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それは、2人が蘇ってから4年目の秋。
夏が終わり、冷たい風に体が慣れ始めた頃だった。



Illusion sand ある未来の物語 75(元74話) 4年目 秋


服がキツい。

衣替えで出したばかりの冬物に袖を通したは、太腿の途中で止まったズボンを見つめた。
細身な作りな上、冬仕様の、裏地がついているものだからかと一瞬考えたが、それでも今手にしているズボンの生地は伸縮性があるものだ。

「去年より……筋肉がついたからな……」

蘇った直後の一昨年は、このズボンは大きくてベルトでとめているような状態だったから、サイズなんて全く気にしていなかった。
翌年の秋は丁度良い着心地になっていたが、その冬はセフィロスを鍛えるために次元の狭間に行く事が多く、昔の装備ばかり着ていた。
だが、思い返せば、その年の春に冬物を片付ける頃には、衣類が少しキツいような気がしていた。

少し考え、ズボンを箪笥に戻したは、下の引き出しからニットのワンピースを出して袖を通してみる。
元々ゆったりとした作りだったと記憶していたが、それもやはり初めの頃のが細すぎたせいだったらしい。
肩回りの動きにくさと、腕どころか体全体にぴったりとした着心地、伸びた編み目からは下着が透けてしまっている。
考えるまでもなくサイズアウトだ。

以前とは違いうっすら割れている腹筋を見て、仕方がないかと溜め息をついたは、袖を掴んで脱ごうとするが、肩回りに余裕がなくて上手く脱げない。
その拍子に、服の中で引っ張られた下着から胸がボロリと零れてしまった。
思えば、下着もサイズが大分変わってしまったと思いながら、は袖から手を離し、比較的余裕がある裾部分を掴む。

最初に用意してもらった下着は2年目で合わなくなったが、こちらはセフィロスを鍛える事ばかり考えていて買い替えを失念していた。
運動用の下着で事足りたので気にしていなかったが、最近こうして胸がこぼれ出る事が増えてきたので、やはりこちらも買い替えが必要だろう。
下の方は、紐で結ぶ下着なので問題ないと思い込もうとしていたのだが、胴回りも胸の大きさも変わっているのだから、腰回りだって当然変わるのだ。
微妙にサイズが合っていないとは、前々から勘づいてはいた。

「うむ。これは贅沢じゃない。当然の必要経費……必要経費」

次元の狭間への出入りが増えて、昔の貧乏性が変な所で蘇ってしまった自覚はある。
だが、少なくともパンツはまだ着用可能なので、簡単に捨てようと思えないのが困る。
擦り切れるまで履こうという気持ちと、文明人に戻ったのだからボロボロなパンツなど履くなという気持ち。
以前なら、こんなボロボロパンツをセフィロスには見せられないと、すぐに腹を決められたのだが、実際のところ彼が下着などあまり見ていないとは気づいている。
だが、逆にセフィロスがボロボロの下着を着ている姿を想像すると、すぐに新品を買ってあげようと思うのだから、彼がこのボロパンツに気づく前に買い換えたいとは思った。
彼の目に下着が入りそうな時は、初めから着用しないようにしたせいで、余計に捨てる気が無くなったのは自分でもわかっているのだ。
だが、流石にもう、色々と限界だと諦めるしかない。

秋の収穫作業は先週終わり、これから冬ごもり用の買い出しを考えようとしていたところだったので、その時に一緒に買ってくれば丁度良い。
同時に、コートや上着も新調しなければならないだろう。

今年は買い物がいっぱいだと思いながら、は裾をぐいぐい引っ張り上げるのだが、困ったことに服はお尻に引っ掛かるのか上手く上がってくれない。
着るときはそこまで苦労しなかったし、ニットなのに脱げないとはどういう事だともがいていると、摩擦でパンツの紐がちぎれかかっているのが見えた。

「もう、切ってしまうか……」

どうせ破棄する予定だったからと、はうなだれて諦めた。
リビングにいるセフィロスに、この間抜けな姿を見られるのは恥ずかしいし、説明するのも凄く嫌だが、こうなってしまっては仕方がない。

「せめてガウン…………洗濯していたか」

よく晴れているからと、朝に目につく衣類を洗いまくった事を思い出して、は小さくうなだれる。
中途半端に恥じらわず、堂々としていた方が恥ずかしくないはずだと考えると、は胸を張り、何でもない顔をして寝室を出た。
1歩1歩あるくごとに裾が上にズリ上がっていくが、やはりお尻に引っ掛かって、途中で止まってしまう。
だが、『おかしいことは何も無い。これが自然な姿ですよ』そんな自己暗示をかけながら、はリビングの扉を開け、裁縫用の鋏が置いてあるテレビ台へ向かった。
ソファで本を読んでいたセフィロスは、リビングに入ってきたへちらりと視線を向けただけで本へ視線を戻し、すぐに驚いた顔でを見る。


「待て。、その恰好は何だ?」
「何と言われましても、見てのとおりです」


いや、全く答えになっていない。
あまりに堂々としたの態度に、もしや自分の目がおかしくなったかと思ったセフィロスだったが、すぐにこういう時は彼女がやらかしている時だと思い出す。
小さなニットを無理に着ているし、編み目が伸びて下着が透けているし、胸は片方が零れているし、パンツもズレてお尻も片方出ている。
暗い色のニットだから透けて見える肌が艶めかしいが、それを差し引いても普通の恰好じゃないし、堂々とした態度は間違いなく不自然だ。

久々に何と声をかたら良いか分からず固まるセフィロスだが、対するはまるで気にした様子もなく、テレビの前に膝をつく。
引き出しの中に仕舞った裁縫箱から、裁ちばさみを出して立ち上がった彼女は、じっと見つめるセフィロスに首を傾げ、その拍子にまだ下着の中にあった方の胸がポロリと零れた。

いきなり痴女と化した妻になんと言うか。
というか、そもそもこれはどういう状況なのだと思いながら、セフィロスは本をテーブルに置いて、鋏を手にリビングから出ていくを追う。
ついてくるセフィロスを、ちらりと視線を向けただけで済ませたは、寝室に入ると脱げなくなったワンピースの裾に鋏を入れた。

利き手を返しながらなので、切るのが少し難しい。
上手く開かない脚の間に切れ目を入れて余裕ができると、は少しだけ安堵する。
だが、更にワンピースを切ろうとしたところで、寝室に入ってきたセフィロスに鋏を持つ手を掴まれた。


、何をしているんだ?」
「ですから、御覧のとおりです。服を切っているんですよ」

「それは見ればわかる。どうしてそんな事をしている?」
「冬物に袖を通してみたら、サイズが合わなくなっていて、脱げなくなったんです」

「……着る前に、分からなかったのか?」
「ニットなら伸びるので試してみたのですが、駄目でした」

ニットだろうと、普通は着る前か着ている途中で気づくだろう。
やっぱり馬鹿な理由だった、と、セフィロスは眉間に皺を寄せて頭を抱える。
とりあえず、このまま一人でやらせるのは見ていて危なっかしいので、セフィロスは彼女から鋏を取り上げる事にした。

「自分でやれば、そのうち肌に傷を作りそうだ。俺が切る」
「よろしいんですか?では、ありがたくお願いします」

この期に及んで全く恥じらう様子がないに、開き直りすぎだろうと内心呟きながら、セフィロスは彼女の前に膝をつくと、切られた裾に鋏を入れなおす。
だが、左利きのセフィロスの手では右利き用の鋏は上手く扱えず、彼は早々に自分用の鋏を取りにリビングへ向かうことになった。

寝室に戻ると、が気まずそうに小さなナイフを差し出してきたが、それでは肌を傷つけそうなのでセフィロスは断って持ってきた鋏を使う。
肌の上を滑るように鋏を動かすと、ピンと張られた毛糸が2本、3本と切られていくが、同時に金属の冷たさにの体が一瞬震えた。
気を付けていても、勝手に動かれては怪我をさせそうで、セフィロスは少しだけ考えると、手を止めて一旦鋏を肌から離す。

、冷たいのは分かるが、動かれると危険だ」
「ええ、すみません、鋏の冷たさでつい……」

「それは分かるが……ベッドに横になれ。多分その方が体が安定して安全だ」
「お手数をおかけします」


本当にな。
しかし、待っている間に、自分でナイフを使って切ろうとしなかっただけマシだろうかと思いながら、セフィロスはゆっくりベッドに乗る彼女を見る。
が、腰をおろしながら、さりげなく捲れていたパンツを直してお尻を隠し直していたのは、気にしていないフリをしてあげた。
毛糸の繊維が散らかっているので、終わったら布団に粘着テープをかけようと思いながら、セフィロスは仰向けに寝るの隣に腰を下ろし、再び切れ目に鋏を入れる。
ニットの中ではみ出たままの胸に一瞬目が行き、次いで目に入った同じく透けて見えている下着のひもの結び目に下心が湧きかけたが、それよりも、何でこんな事をしているんだろうという気持ちの方が大きかった。
一緒に暮らして3年程になるが、こんな世話の焼き方をさせられるとは予想外である。

さっさと終わらせてしまおうと思いながら、セフィロスはワンピースを切っていく。
誤ってパンツの紐の端を少しだけ切ってしまったが、数ミリ程度なのでバレないだろう。

以前は肋骨が浮いて折れそうなほど薄かったの体は、この数年でゆっくりと肉がつき、少し力を入れて撫でれば程よい皮下脂肪と筋肉を感じられるようになった。
セフィロスの我が儘で、剣を振るう体と言えるまでは筋肉をつけずにいてもらっているが、今のの体は十分に戦う人間の体だ。
それでいて女性らしい丸みがある体は肉感的で、慣れるくらいに見て触れているのに、いつも彼を邪な気持ちにさせる。

ウエスト、脇腹と鋏を進め、胸の横を切ると、締め付けられて抑えられていた胸の膨らみが、自由になった事を安堵するようにふるり揺れる。
そこに一瞬で目が行き、呼吸と共に上下する膨らみと露わなままなその先端を見つめたセフィロスは、摘まむべきか、食むべきか迷った。
丁度セフィロスが掴むのに丁度良い大きさまで肉がついた胸に、とりあえず、まずは揉んでおこうかと手を伸ばしかけたところで、鋏が止まって不思議そうな顔をしていると目が合う。
久しぶりに、邪さなど微塵も気づいていない純粋な目でに見つめられ、セフィロスは良心の痛みと同時に加虐心が刺激されるのを感じた。


「セフィロス、できれば肩の上の方まで切っていただけませんか?その方が袖を抜きやすいんです」
「……わかった」


言われた通りに肩の上まで鋏を入れたセフィロスは、そのまま鎖骨の上と反対の肩から胸の辺りまで切ると、使っていた鋏をベッド横にあるナイトボードの引き出しにしまう。
上半身を起こし、切れ目で緩んだ肩から腕を抜き取ったは、もう片方の腕を抜こうとしたところで上手くいかず四苦八苦していた。

その姿を見て、やっぱりちょっと馬鹿だな……と思いながら、セフィロスは彼女の背中に近づき、彼女の半身にまとわりつくだけになったワンピースを掴む。


……破いていいか?」
「ええ、お願いします」


何を、と指定したわけでもないのに、簡単に了承する彼女に、セフィロスは本当に馬鹿だな……と内心呟いて小さく笑みを零す。
だがその油断も、全幅の信頼があるからだろうと考えると、セフィロスはのワンピースを思いっきり引き裂き、毛糸数本でつながるだけになった袖を彼女の腕から抜き取った。

ようやく肩が楽になったは、大きなため息を一つつくと、残りを脱ぐために首の後ろ部分を掴む。
後ろからセフィロスが引っ張ってくれたのに合わせて腰を浮かせただったが、予想外にセフィロスがワンピースを強く引っ張ったせいで、千切れそうだった下着の紐からブツリと音が鳴った。

辛うじて糸数本で繋がっているパンツの紐に、は咄嗟に手で押さえたが、それまで堂々しすぎていたせいで、この期に及んで恥じらうという選択肢まで手が届かない。
とりあえず、何事もなかったようにパンツの紐から手を離し、首に引っ掛かっていたワンピースを脱いだは、礼を言うべく平然とした顔でセフィロスへ振り向いた。


「下も破くぞ」
「ん?」


礼を……と口を開きかけた瞬間、彼の唇から出た言葉には思考が止まる。
何を言われたのか理解できる前に、セフィロスの腕に引き寄せられたかと思うと、の体はベッドの真ん中でうつ伏せになっていた。

夜だったら、風呂上りに下着をつけずに寝るので、ボロボロ下着を彼に見られることは無い。
だが、今、この昼間の明るさの中では、下着のくたびれ具合が嫌でも目にされてしまうのは間違いない。
貧乏性は蘇っているが、流石に無残な下着を見られると分かって開き直れるほど、は恥じらいを捨てていなかった。
夜まで待ってほしい。だめならせめて自分で脱がせてほしい。
そう言おうと振り向いたが見たのは、千切れそうだった下着の紐を、楽しそうな笑顔で引きちぎるセフィロスの姿だった。

『見るな!セフィロス、ポイです!ポイ!ポイしてください!』

下着をはぎ取られる事より、ボロボロの下着を見られてしまう事の方が、今のには重要だった。
どうして彼がいきなり下着まで破き始めたのかは謎だが、彼の手で破損されたなら多少のボロは誤魔化されるかもしれない。
だからとっとと破いたパンツから意識を離してくれまいか。
そう強く願ったのが天に通じたか、セフィロスは手にあるの下着を観察することもなく、やや乱暴に膝辺りまで引き下げて手を離した。

『よし!よし!そのままパンツの事は忘れるのです!』

そう思いながら、はゆっくりと覆いかぶさってくるセフィロスと見つめあう。
願い通り即行で彼の意識から外れたパンツに内心安堵しながら、脚に引っ掛かっていたボロパンツをベッドの外へ必死に放る。
後で、彼に見られる前に回収してゴミ箱に捨ててしまえば、無残な下着を履いていた事はバレないだろう。

『完璧だ』

そう安堵しかけただったが、腰から背を掌で撫でていた彼の指が、上の下着を引っかけた感触で我に返った。
ボロ下着は、下だけではなかった。

『ぬぉおぉおお!見られて……認識されてなるものか!なるものか!!』

どうして彼がパンツに気を取られている間に脱いでおかなかったのかと、は数秒前の己を責めながら、怯え切った目をセフィロスに向ける。
徐々に笑みが深くなる彼から目を逸らさず、何とか気取られないように下着を始末したかったが、既に彼の指が下着にかかっている以上、それを自分で高速ではぎ取るのは難しかった。


「セフィロス……あの……」


まさか、この状態で下着だけ燃やして灰にするわけにもいかない。
まさか、この状況でセフィロスを昏倒させるわけにもいかない。
追いつめられ、しかし下手な動きをしてセフィロスに下着の状態を気取られるわけにもいかず、必死で頭を働かせたは、楽しそうにパンツの紐を千切った彼に賭けることにした。


「セフィロス、上も……全部、破ってください」


ボロ下着だとバレるくらいなら、衣服を破かれたい変態になってやる。

新たな扉も、緊急避難なら事後に閉鎖可能なはずだと言い聞かせて、はセフィロスにバレないよう魔法で下着の紐に切れ目を入れて告げた。
僅かな恐れと、強い懇願、希望、羞恥。
様々な感情を瞳に映し、頬を染めて求めたに、セフィロスは微かに目を見開くと、少しだけ困った顔を作り、けれど躊躇うことなく彼女の下着を引き千切り、剥ぎ取った。

息つく暇もなく後ろから胸を鷲掴みにされながら、ベッドの下に投げ捨てられた下着を視界の端で確認して、はまた心の中で『よぉぉぉし!』と叫ぶ。
後は、この後、何とかしてセフィロスより体力を残した状態で事を終え、破り捨てられたボロ下着を回収すれば万事解決である。

その体力を残すのが一番難しいところだが、彼は陽が高い時間なら気を使って無体をしない。
セフィロスを騙しているようで少しだけ罪悪感が湧いたが、それよりも、彼が紳士的な人でよかったと心から思ったは、息が触れ合うほど近くにある彼に笑みを向けた。


「それほど嬉しいなら、久しぶりに少し乱暴に抱いてみるか?」
「!?」

「好きだろう、?」
「…………はい」

『ぬぉおおおお!計画失敗!計画失敗だぁぁあああ!』


これまでのやり取りで、今更否と言う事もできず、は怯えを隠さないまま小さく頷く。
噛みつくような口付けを受けながら、内心で激しく頭を抱えて、細心の注意をもって床にある下着をエアロでベッド下に飛ばす。

明日……いや、明後日だろうか?
とにかく動けるようになったらすぐ、新しい下着を買いに行くのだ。
いや、その前に、決意が鈍らないよう、今箪笥にあるボロ下着を全て処分しなければ。
こんな事が、もう二度と起きないように……。


「お前は、時々どうしようもなく馬鹿だが、俺はそれも可愛いと思っている」


弄る耳に囁いて噛みついたセフィロスに、は悲鳴のような嬌声を上げながら、『多分貴方が思っている以上に馬鹿です』と心の中で頭を下げる。
早々に息が上がり思考が鈍りそうになるが、今日彼が目にした色々な物を可能な限り有耶無耶にするため、は羞恥で目に涙を滲ませながら彼に応えた。









……違うって。
体型変わったの冬物を2人で買いに行ってキャッキャウフフするのが書きたかったんだって。
何でこんな事になってんだよ。
Rikaさんワケわかんねえよ……。

2023.09.03 Rika
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