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乾いた風に冬の香りが交じり、山々が白い薄衣を纏う。
いつもなら、冬に備えて餌を求める鳥や動物が森の奥に影を見せていたが、今年はその気配すらなかった。
広大な森と山々には豊かな実りが溢れているのに、熟した木の実や果実は地に落ちて虫に食われ、あるいは緩やかに腐敗して土に還ろうとしていた。
生命力に溢れながら、生き物の気配が薄れた森の姿は、歪で不自然な死を思わせる。

冬が近づくこの時期に、この森の姿は厄介だ。
溜め息を飲み込み、穏やかな表情を保ったままのが目をやった先には、陰鬱な目で森を見つめるセフィロスの姿があった。

昨年は蘇ったばかりの頃のように、から離れたがらない日が3日ほど続いた。
今年はいったいどうなる事やら……と、迫る自分の命日に、は静かに気を引き締めるのだった。



Illusion sand ある未来の物語 73 2年目 秋



、どこへ行く?」
「少々お花摘み……トイレですよ。すぐに戻りますね」

「……わかった」


ソファから立ち上がったとたん、咎めるように問うてきたセフィロスに、は笑顔を崩さないまま柔らかい声で答えてリビングを出る。
苛立ちを自覚している彼は、彼女の答えに納得した顔をして腕を組んだが、言いなおされるまで花摘みとトイレを結びつけられず表情を険しくするくらい余裕がない。

の命日となった日から3日前。
去年同様、精神状態が悪くなったセフィロスは、彼女の姿が見えなくなると不安になり、離れたがらない。
それでも、トイレに行く間も離れたくないと言って廊下までついてきた去年より、ちゃんと待てるようになった今年はマシなのだ。
その代わり、待っている間は苛立っているし、の姿が死角に入ると慌てて姿を確認する。

朝、先に起きたが一人で朝食の準備をしていたら、遅れて起きた彼は走ってリビングにやってきて、何故一人で先に行ったのか、どうして置いていったのかと激怒した。
何故も何も、毎日やっている事だろうと呆けただったが、今日の日付と去年の出来事を思い出して納得する。
去年はひっつき虫だったが、今年は癇癪だろうかと思いながら謝って彼をなだめると、彼は今度は青い顔をして怒鳴ったことを謝ってきた。

なるほど、感情の振れ幅が激しくなる感じかと理解したは、去年同様離れたがらないセフィロスを洗面所に連れて行き、それからこの朝食後の珈琲タイムまで、彼から離れず隣にいた。

長く続くなら力技でどうにかしようと考えるが、去年は命日翌日にはケロリとなおり、朝の目覚めと同時に謝罪をされた。
多分今年もそうだろうし、そうでなければ……得意の力技と肉体言語で適当に何とかしよう。そう思うくらいには、は楽観的だ。
毎月こうなるのであれば少し考えるが、年に1度くらいなら、どうってことはない。
せっかくだから、記念に毎年写真や動画をとってみようかと考えたりしたが、バレたらセフィロスが凄く嫌がりそうなので、流石にやめておいた。
といっても、せっかくなので手記的な記録はつけているが……もちろん、彼には内緒である。

不安ばかりを見せていた去年に比べれば、今年は苛立ちや怒りであっても、他の感情を出せるようになったので良い傾向なのだろう。

何だか成長を見ているようで微笑ましい気持ちになりながら、は足早にリビングへ戻る。
ドアを開けた瞬間振り向いた彼は、今朝のように不機嫌な顔をしていたが、すぐに深呼吸して感情を落ち着けていた。

「セフィロス、ただいま戻りました。怒りたいのなら、無理に抑えず怒って良いのですよ?」
「といれくらいで逐一怒ってはいられん」

そう言いながらも不機嫌さを隠せていないセフィロスに、は面白い子だなぁ……と微笑ましく思いながら彼の隣に戻る。
冬の準備は殆ど終わり、ここ1週間は家でゆっくりしたり、森を散歩したりして過ごしていた。
だが、少なくとも命日が過ぎるまで森に行くのはやめた方が良いだろう。それくらいは、でもわかる。

ならば、去年と同じく家の中でゆっくりしているに限るだろうと考えて、は本棚から出した料理本とノートを開いた。
冬用の保存食の量は問題ないが、これからはそれらを使った料理を考えなければならない。
去年作った保存食の料理から、特に美味しいと思ったものを思い出しながら、これから作る料理をメモしていく。

セフィロスはまだ感情を落ち着かせようとしているが、声をかけると焦らせる事になるので、は一応注意しつつ、気にしたそぶりを見せずに本に付箋を貼っていた。
少し経つと、落ち着き始めた彼が大きく息を吐いて彼女の肩に頭を乗せてくる。
その頭に一度頬擦りして、けれどそれ以上の反応はせずに暫くそっとしておくと、目当ての料理に付箋を貼り終えた頃、セフィロスがゆっくりと姿勢を戻した。


「付箋を付けた料理は、食べたいものか?」
「ええ。去年食べておいしかったものと、まだ作ったことが無くて興味が出たものです」

「……そうか」
「つい欲張って、沢山選んでしまいました。実際、どれだけ作れるかわかりませんが、今年も一緒に作りましょうね」

「ああ。そうだな……。その本とノートだが、少し見せてもらって良いか?」
「ええ、もちろん。貴方も、作りたいものに付箋をつけておいてください。どうぞ」


本と文具を受け取ると、セフィロスはすぐに本に集中し始め、時折新たな付箋を貼っていく。
その様子を眺めながら、さて今日はどれだけ冷え込むだろうと携帯を開いたは、表示された予想気温を見て、暖炉に火を入れるか悩んだ。
南に面したリビングはこの季節まだ暖かいが、明日の朝に降る初雪の予報を見ると、前もって暖炉に火を入れておきたくなる。
煙突掃除は既に済んでいるので、いつでも暖炉はつかえるのだが、いざ火を付けたら暑いなんて事だって予想できた。

暖炉の代わりに、竈で調理すれば、リビングくらいは十分に暖まるかもしれない。
駄目なら魔法で温度調節しようと考えていると、視界の端でセフィロスが真剣にノートに書き物しているのが見えた。

情緒が不安定でいつになく苛立っているが、集中力は変わらないようだ。
なら、いつもに増して、彼が好きなようにさせようと考えると、は上体を倒してクッションに頭を預けた。

5分か、10分か。
いつの間にか眠っていたは、顔にかかる影とものすごい視線を感じて、おそるおそる目を開ける。
目の前には、予想通りセフィロスの顔があって、いつかのように無言無表情でを見つめていた。

普通に恐いからやめてほしいと思いつつ、しかし今時期は口にだせないので、は溜め息すら抑えて何とか顔に笑みをつくる。
つられるように微かに口元へ笑みを浮かべた彼に、やっと人間に戻ってくれたと少し酷い事を思いながら、ゆっくり体を起こした。


「すみません、つい眠ってしまったようです」
「もう起きるのか?」

「ええ、そのつもりです」
「…・・・本に載っていた料理を、いくつか試したい。地下に食材を取りに行くのを手伝ってくれ」

「わかりました。では、下に行く前に、髪を結ってきましょう」
「ああ」


無表情で凝視されると分かっていて、二度寝する気になれるか。
そう内心てボヤきながら、は土間から食材を入れる籠を持ってきたセフィロスと廊下へ出る。
地下への入り口がある物置部屋の前に籠を置き、寝室に入って彼に鏡台の前へ腰を下ろしてもらうと、輪ゴムや髪飾りが入った引き出しを開いた。


「料理をするなら、1本にまとめた方が良いですね。竈を使うなら編んでしまいますが、どうしますか?」
「編んでくれ。農作業をする時のように簡単でいい」

「わかりました」

座ると床についてしまう銀髪に手早く櫛を入れると、は彼の髪を首の後ろでまとめて三つ編みにしていく。
以前、暑くないようにとポニーテールにしたら、竈の火で少し焦がしてしまったので、料理をする時は極力髪が散らないようにしている。
溜め息をついて焦げた毛先を切っていた彼に、いっそ腰のあたりまで切ってしまえばいいのにと思ったが、どうせ聞きやしないのでは彼の髪が焦げるたび生暖かく見守っていた。

セフィロスの髪を結い終えたは、立ったまま自分の髪も軽くハーフアップにして道具を片付ける。
その間に彼が出してくれたエプロンを身につけて廊下へ出ると、物置の奥から地下へと降りた。

地下室は特有のしっとりとした空気に満ちているが、埃や湿っぽい匂いがしないのは、奥に設置されたボイラーと換気口のおかげだろう。
一帯が閉鎖されているので、修理が必用になったらルーファウスにお願いして技術者をヘリで連れて来なければならないのが難点だ。

セフィロスからメモを受け取ると、は棚にある瓶詰めや奥にある木箱から野菜を取り出して籠に入れていく。
予想していたより大量の食材に、どれだけ料理するつもりだろうと思いながら、言われるままに物を出していると、途中で自分の分を終えたセフィロスにメモを取り上げられてしまった。
おやおやと思いながら端に寄って眺めていると、足早に貯蔵庫の中を歩き回る彼によって、二つの籠が山盛りになる。

もしや、今年は情緒の不安定さによるストレスを、料理で発散するのだろうか。
それにしても、かなりの量になりそうだ。去年の冬のように、お腹がほんのり柔らかくなるなんて事にならなければ良いが……。

冷凍できそうな料理は冷凍してしまおうと考えると、は瓶のせいで馬鹿のように重くなった籠を魔法で軽くして地下室を出る。
同じくらい重い籠を平然と持って階段を上る彼は、こちらを気遣う素振りを全く見せず、それだけで、彼の余裕のなさが伺えるというものだ。

台所に食材を置いて手を洗っている間に、セフィロスはリビングテーブルから本とノートを持ってきて、これから使う食材を調理台の上に並べる。
彼が冷凍庫から出した大きな肉塊を差し出され、一瞬だけ遠い目になったは、言われるまま肉を解凍して求められる形に切り始めた。




『これがあと2日続くのか……』


短い昼食の後、再び台所に戻って忙しく料理を始めたセフィロスを眺めながら、は珈琲片手に一息ついていた。
ダイニングテーブルの上には、午前中に作った料理が3つほど鍋のまま置かれていて、休憩後粗熱がとれたらタッパに分けるよう言われている。
このままでは容器が足りなくなるのは明白で、その時セフィロスがどんな感情の出し方をするかわからなかったは、普段食べ無いような手が込んだ料理を食べてみたいとお願いしてみた。
今の彼がそう簡単にいう事を聞いてくれるかは賭けだったが、彼自身食卓を圧迫する鍋の量に思うところがあったのか、あっさり受け入れてくれた。
今は、ベヒーモスの肉の塊に、隠し包丁ならぬ隠し針を入れ、ハーブや塩を揉みこんで下味をつけているところだ。
ナッツやドライフルーツの袋を手に、後で暖炉に火を入れてほしいと言われたので、多分パンも作る気なのだろう。

包丁よりも剣を振りに行きたいと内心ぼやきながら、は空になったカップを手に台所へ戻る。
色々な作業を平行しながら調理している彼の姿に、下手に一緒に料理するより、片付けに集中した方が良さそうだと考えると、は既にシンクで山になっている料理器具を洗うことにした。
後始末を引き受けてくれると理解したからか、その後のセフィロスは使い終わった菜箸やおたまを次々シンクの中に入れてくる。
平時ならも注意するのだが、数日だけだと思って大人しく洗っていると、急に目の前に彼の掌が差し出された。

「ん?」

何か、急ぎでほしいものでもあるのかと、セフィロスへ振り向いたが、彼は手を差し出したまま、もう片方の手でフライパンを揺らしている。
予想していなかった無作法に、彼女が驚いている間にも、差し出した手は早く渡せと言いたげに揺らされた。


躾しなおしてやろうかこの小僧……。


愛情と心の広さがあっても見逃せない態度に、説教しようかと考えただったが、しかし今の彼に言ったところで反発されるか落ち込まれるだけだと思いとどまる。
しかし、そのまま見過ごす気にもなれずどうしようかと考えたは、とりあえず、差し出された彼の掌を返し、その甲にキスをして洗い物を再開した。
予想外の感触にセフィロスが驚いて振り返ったが、は気にせず濯いだ菜箸を拭き、彼に向かって空いた手の甲を差し出す。
戸惑っての手と顔を見比べる彼に、早くしろと横目で促すと、彼はおずおずと彼女の手の甲に口づけ、次いで差し出された菜箸を受け取った。
その後しばらく、ちらちらとこちらを見るセフィロスの視線を感じたが、彼が無言だったのでも無言で洗い物を続ける。
彼女が言わんとしていたことに気づいたか、幸い、それからセフィロスが無作法な態度をとる事は無かった。




翌日。
いつもより遅く起きたは、手早く着替えて寝室を出ようとしたところで、昨日の朝を思い出し、セフィロスを揺り起こす。
昨日の彼は一日中料理をしていたので、流石に疲れているのだろう。
いつもはすぐに目を覚ましてくれるのに、今日は何度か体を揺らしてようやく目を開けてくれる。

何度も欠伸をするだけでベッドから降りようとしない彼に着替えを用意すると、出された服を数秒見つめた彼は素早く立ち上がり、上の服と靴下を取り換えた。
やはり、自分が服を選んで渡すと、彼はすんなり起きてくれる。

昨日つくった料理で朝食をとり、さて今日はどうしようかとソファで紅茶を飲んでいると、セフィロスがまた料理本を手にしだした。
冷蔵庫も冷凍庫も、昨日の料理でパンパンだし、流石にもう作らないでくれと思って見ていると、彼はうどん職人の特集記事を真剣に見始める。
昨日使っていたノートを引っ張り出し、記事に書かれた出汁の取り方をメモし始めたかれに、それくらいなら良いかとは肩に入っていた力を抜く。

窓の向こうに見える森の木々には早朝の雪がうっすらと残っているが、地面の上の雪はもう解けてなくなっていた。
朝、起きた時に火をつけてそのままだった暖炉の事を思い出し、薪を足しにソファから立つと、セフィロスも同時に立ち上がり台所へ向かう。
暖炉に薪を足しながら、まさかセフィロスは、今日もまた料理をする気だろうかと様子を見ていると、彼は珈琲のお代わりをしているだけのようだ。
密かに胸を撫でおろし、火が衰えた薪と新たに入れた薪の間に木の皮を押し込むと、は本棚から小動物の写真集を出してソファへ戻る。
とうもろこし畑で盗みを働いている狐の写真に頬を緩めながら、冷蔵庫の食材を消化したら、暖炉でとうもろこしを焼こうと決めた。
紫色の毒々しい色をした林檎を食べている兎や、木の洞から体半分出して寝ているモモンガ、どんぐりの山に上半身を突っ込んでいるリス。
少々特徴的な写真が多い写真集を見終わり、満足して本を閉じたは、そこでようやくセフィロスが台所から戻ってきていない事に気が付く。

耳に届いた包丁とまな板の音に、まさか……と台所へ振り向けば、案の定そこにはエプロンをしたセフィロスと、大きな深鍋。
切っては鍋に入れられているのは、野菜くずだろうか。次いでエピオルニスの骨も入れていたので、出汁をとっているのだろう。


一体いつたべる物をつくっているのだろうか……。


冷蔵庫の中には明日の夜までは料理しなくて良いくらい料理が入っているし、昨日焼いたパンもまだ沢山ある。
出汁やスープだけなら、冷凍できるので気にしないのだが、台所にいるセフィロスの目は昨日料理をしていた時のそれだ。

今止めても手遅れな気がしながら、は本を片付けると恐る恐る台所へ向かう。
既に洗い物で半分埋まっているシンクの中に、何とも言えない視線を向けると、セフィロスが少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「セフィロス、何を作る予定なのですか?」
「……うどんだ」

「まだ冷蔵庫に料理が沢山入っていますし、別のものになさっては?」
「悪いが、もう出汁の準備をしている」

「ええ。出汁は冷凍しておけば大丈夫ですから、そのまま作ってくださって大丈夫ですよ」
「そうか。、今日は洗い物も俺がやる。ソファで休んでいろ」

「……料理をして下さるのは嬉しいのですが、あまり、作りすぎないようにしてくださいね」
「わかった」


いや、昨日あれだけ作っておきながらまだ料理するのだから、全然分かってないだろ。
そうは思っても、やんわりと止められただけで苛々し、台所から追い出そうとする彼に、は諦めてソファへ戻った。
戻る途中、本棚から古い旅行記を取り、先ほど座っていた所ではなく、彼の姿が見える位置へ腰を下ろす。


『コスモキャニオン何もねえ。水もねえ。道もねえ。1日目で死にかけた』

そんな冒頭を読んだだけで眠気を感じて、はつい頭を振る。
適当に買った本のうちの1冊だが、これは失敗の1冊かもしれないと思いながら文字を追っていると、予想通り5分もせずに居眠りしてしまった。



冷たい外の空気が顔を撫でて、朧な夢が覚めていく。
眠っていたことを理解し、浅くなった眠りの中で目覚めようか眠ろうか迷っていたの耳に、ウッドデッキへ繋がるドアが閉まる音が届いた。
セフィロスが外へ出たのだろうかと薄目を開けると、ウッドデッキでビニール袋らしきものを持って振りかぶっている彼の姿が見えた。

何をしているんだろうか……。
呆けた頭で眺めている間に、彼は持っていたビニール……中に白い何かが入っている。それを、思いっきり足元に叩きつけた。


ドバァァン!!
「ふぉお!?」


ウッドデッキどころか家にまで響く音に、は一気に眠気が醒めて飛び起きる。
一体何をしたのかとセフィロスをみると、彼は叩きつけたビニールを拾い上げて何やら確認すると、再びそれを振りかぶる。

「や、やめてください!セフィロス!家が壊れます!窓が割れます!待って!やめろ!」

慌てて叫びながらドアまで走ると、声に気づいたセフィロスが窓の向こうから不満そうに振り返る。
ブーたれてんじゃねえよ。と内心口汚く叫びながら、ウッドデッキへ出たは、彼の手からビニール袋を奪うとウッドデッキが壊れていないか目を走らせた。


、邪魔するな」
「邪魔じゃないでしょう!?凄い音がしましたよ!?何を手加減せずにやってるんですか!?このまま続けたらウッドデッキどころか家まで壊れます!」

「うどんはこうするとコシが出るんだ」
「だからってウッドデッキでやらないでくださいよ!貴方一昨年、パン生地で同じことをした私に説教した側じゃないですか!」

「……わかった。タイタンを呼べ」
「何で!?」

「川から適当な岩を持ってこさせる。それに叩きつけるなら、家は壊れないだろう?」
「庭に余計なものを増やさないでください。だったら別の場所に行ってやればいいじゃないですか。いえ、手加減すれば良いだけでしょう?」

「だからコシが……」
「あぁ、いいです。もう……はい、分かりました。では、次元の狭間に行きましょう。そこなら好きなだけ物を地面に叩きつけて大丈夫です。ね、そうしましょう」

「……いいだろう」
「じゃ、行きますよ。サンダルのままですが、いいですよね?」


不満タラタラな顔ながら、はっきりと頷いた彼の手を取ると、はビニール袋を返して次元の狭間へ移動する。
昨日のパン作りではこんな暴挙はしなかったのに、突然何をしてくれるのだか。
しかも、出汁だけだと言ったくせに、うどんを打っている事について、まったく弁明がない。うしろめたさもない。

出来上がったうどんは、いつ食べるつもりで、冷蔵庫のどこに入れる気なのか。
生地の量は少ないが、2人で2食分はありそうな量に、は考えることを半ば放棄した。

から許可を得たことで、セフィロスは先ほどより強い力で、ビニールに入ったうどん生地を地面に、あるいは近くにある水晶柱に叩きつけている。
家でやった時より激しい音を立てているのが、まさかうどん生地だなんて、きっと普通の人なら考えないだろう。

ストレス発散なのだとは思うが、あまりに生地を力強く叩きつける様子に、はビニールの強度が心配になる。
破れて更に苛立つなんて事にならなければ良いが……。

心配しながら少し離れた場所で見守っていると、水晶柱に叩きつけられたビニールから嫌な音がして、中から飛び出た生地が星空の彼方に消えていった。


「ふざけるな!」


怒鳴ると同時に叩きつけられたセフィロスの拳によって、彼の体と同じくらいの大きさの水晶柱が崩れ去る。
普段はしっかりして頼りになるのに、年に一度、この命日前の数日だけ愉快なことになってしまう彼に、は何とも言えない愛おしさを感じて笑みを零した。
だが、その後、もう一度生地を作り直しに行きたいと言った彼に、は無表情になると無言で頷いた。







***

ほのぼのした日常……日常?
いや、でも、ほのぼののはず……ほのぼの……ほのぼの……ほのぼの?

2023.09.11 Rika
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