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『何かの壁にあたった』という感覚がしたのは、コスタから帰って2週間ほどしてからだった。
再び始まった次元の狭間での戦闘の日々。実力がどんどん上がっているのを感じるが、目安だったレベルの数字は上昇が止まってしまう。
それでも、力や魔力が増している自覚があったセフィロスは、同じく首を傾げ、次いで目が死んだに、自分の感覚が間違いではない事を確信する。

不安はなく、奢りもない。
ただ、これから訪れるだろう人類……否、この星に生きる命にとっての激動も、今の自分であれば乗り越えられる事だけはわかった。
同じく何かの壁に当たり、けれどそれを越えているが、再び身を犠牲にせずとも良い事も。

一つ、大きな重荷が下りた感触に、セフィロスは自然と表情を緩め、『また強くなってしまった……』と肩を落とすに、声を上げて笑った。




Illusion sand ある未来の物語 72



無事であると確信できても、いつでも油断は命取りで、できる準備は念入りにする。
そんな姿勢を変えることなく、春が過ぎ、梅雨の気配がしても、セフィロスとは次元の狭間に通い続けた。

世間は未だ新種の魔物の脅威に晒され、最も危険な地帯のひとつであるアイシクルエリアは、避難していた住民の半数が既に移住をしている。
ウータイの半分が陥落したのはひと月ほど前だろうか。
海は既に魔物に支配され、ジュノンとコスタの間の船はずっと欠航している。
人類にとっての朗報は、カームからチョコボファームにかけて広がる穀倉地帯の魔物が一掃され、食糧供給の不安が消えた事だろうか。
それに従い、食料と資材が豊富となったエッジへの流入者が増え、危機の中にあって景気が上昇しているようだ。

そんな事を、時折聞くラジオとルーファウスからの電話で知りながら、とセフィロスは昨年と同じく、のんびりと畑を耕し、種を植える。
朝の農作業を終え、狭間で剣を合わせ、休息日には魔物が寄り付かなくなった山を散策する。
世界で唱えられる、人類生存圏の危機など、2人には完全な他人事だった。

今日も、山をふらりと歩いた二人は、セフィロスの希望で半年ぶりに沢で釣り糸を垂らす。
いつの間にか、山歩きの時は針と糸だけ持ち、竿は適当な木の枝を使うようになった彼に、はそっちに来たかと苦笑を零した。
出かけるたびに釣具屋に行って竿やルアーを物色していたので、てっきり色々と道具を揃えて楽しむのかと思っていた。
その辺の倒木を割って出てきた虫を、躊躇なく取り出して釣り餌にする彼が逞しすぎる。

新種の魔物は情報共有する能力があるのか、冬の発生以来、達の家には近づいてこない。
雪が解けて2人が山に出た頃、何度か森の奥で目にしたが、こちらの姿に気づいた瞬間長い脚を使って凄い速さで逃げて行った。
おかげで、とセフィロスの散歩圏内には、新種どころか在来の魔物も、野生動物すら姿を見せなくなった。
虫と魚が残っていなかったら死の山である。

害獣がいないおかげで、以前セフィロスが無警戒に口にして酷い目にあった木の実も、今年はかなり多く残っていた。
セフィロスが釣りをしている間に木の実を山ほど摘んだは、嫌そうな顔をする彼に気づかないふりをしてジャムやドライフルーツにする。
狭間に行ったとき、召喚獣にも分け与えると、ラムウが懐かしい味だと悦び、その後、手に籠を持って山を徘徊するラムウの姿が時折見られるようになった。

今、川へ来るために山の中を歩いていた時も、とセフィロスは茂みの奥で木の実をとっているラムウと挨拶してきたばかりだった。


「分かっていても、森の中を老人が歩き回っている姿を見ると、ドキリとするな……」


日が悪かったか、全く魚が食いついてこず暇になったセフィロスは、川の中で尾を揺らす魚を眺めながらぽつりと呟く。
隣で山菜を塩揉みしていたは、ラムウに会った森をちらりと見ると、少し昔を思い出して小さく笑みを零した。


「ラムウは、初めて遭遇した時も森の中を徘徊していましたから、そういう習性でもあるのかもしれませんね」
「……よくただの老人だと思わなかったな」

「いえ、最初は間違えましたよ。てっきり、近くの集落から迷い込んだボケ老人だと思って保護しようとしたんですが、いきなりサンダラをかけられたので、袋叩きにしました」
、お前……いや、お前の仲間もだが、袋叩きだの、殴り合いの喧嘩だの、王族を3人も連れているとは思えない行動ばかりだな」

「3人も連れているからこそ、分かりやすく力を示した方が、身の安全を確保できるんです。女所帯でしたから、トラブルが多くて」
「それは分かるが……一人で飛び出してくる王女というのが、まず想像できん。ルーファウスが単独で旅に出るようなものだろう」

「ええ。それは私も、最初何かの間違いじゃないかと思いましたよ。反乱でも起きて逃げ出してきたと言われた方が納得できますから……」
「だろうな……」

「顔を知っていなければ、王族を騙る無礼者として首を撥ねていたところです」
「…………」


やれやれといった顔で、当たり前に言ったに、セフィロスは身分制度の恐ろしさを感じる。
からは、この騒ぎが落ち着いたら彼女の世界に行ってみないかと誘われ、セフィロスは特に異論もなく同意したが、事前学習は念入りにした方が良さそうだと思った。

未だ英雄を記憶する人間の多さは、春に訪れたエッジで嫌というほど理解した。
今、と大人しく平穏に暮らし、ルーファウスと昔より親しくなってはいるが、燻り揺らめくこの世界への憎悪が全て消えたわけではない。
少し、絆されただけ。本当に、ほんの僅かばかりの猶予を許そうと思う程度。
が面倒事に意図せず特攻する性質でなければ、とっくに昔の続きを始めていただろう。

けれど、ほんの少しだけ、この世界に生きている事に疲れ始めている自分もいる。
だから、過去を思い出して頭を振り続けることもなく、が与えるこの微温湯のような時間に留まり続けられるなら、どんな世界だろうと共に行きたいと思った。
が生まれ育った世界なら、何に脅かされる事もなく、ただ存在することを許されるような、そんな根拠のない予感があった。

昔は、元の世界に帰ればはその身に宿る力を失い死を迎えるだけだと言っていたが、彼女から『生まれた世界へ』と言い出したという事は、解決策があるか、既に解決済みなのだろう。
色々抜けていて力押しも少なくないが、決して無策ではないがどこまで先を考えているのか。
そこは昔より分かりにくくなったと思いながら、引かれた竿先にセフィロスは水面を見た。


「…………」
『う゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』


一年ぶりに見た紫色の骸骨魚に、セフィロスは無言で石を投げつけた。
水中でひらりと身をひるがえして石を避けた魚をタモで掬いあげると、セフィロスは魚の口に石を噛ませて針をとる。
この魚が出ると、他の魚が釣れなくなるのは去年体験済みなので、彼は溜め息をついて魚を川に戻すと竿にしていた枝から糸を外した。


「ん?おやおや……?」
、どうした?」

「……ルーファウスがまた襲われてますね。ところで、釣りはもうよろしいのですか?」
「ところで、じゃないだろう……。あの紫の骸骨魚が出た。今日の釣りはもう終わりだ」

川の水で山菜についた塩を落としながら聞いたに、セフィロスは少し呆れながら、水中を悠々泳ぐ骸骨魚を指さす。
なるほど、と頷いて山菜の水気を切ったは、それを籠に戻すと腕を組んで考え込んだ。

「うーん……セフィロス、一人で家に戻れそうですか?」
「ここからなら問題ない。そんなにルーファウスは危険な状況か?」

「今のところ無事ですが、瓦礫の中に閉じ込められてますね。タークスは瀕死なので、今フェニックスに回復させましたが……」
「すぐに行ってやれ」

「そうします。場所が遠いので……ちょっと肉体を崩して、下から潜って行った方がよさそうです。セフィロス、貴方には見るのが辛いかもしれませんから、先に帰っていただけますか?」
「……崩すとは、砂になるのか……わかった。無理はするな」

「昼食までには帰ってきますね。あ、できればスープパスタが食べたいです。あさりと塩のやつです」
「わかった。作っておいてやる」


今日は酢豚の気分だったんだがな……と思いながら、セフィロスは荷物をまとめると山道に戻る。
その背を見送り、肉体の構築魔法を解いたは、その身を一瞬で象牙色の砂に変え、ライフストリームの中に入り込んだ。

久しぶりに飛び込んだ闇と青緑色の光の世界は、以前より騒がしく流れも速い。
嘗て知ったるその空間に感慨を持つでもなく、素早くルーファウスの魔力を手繰ったは、上空を駆ける風よりも速くそこへ向かった。

地面から水のように溢れ出た象牙色の砂は、一度大きく渦を巻くと、一瞬で人の形へと変わる。
崩れた壁と柱の間。
運よく出来た大きな空間に腰を下ろしていたルーファウスは、最強の盾の出現に僅かばかり表情を緩め、しかしその姿を確認すると目を伏せて上着を脱いだ。


「無事ですね、ルーファウス」
、再会を喜びたいところだが、その前にこれを着てもらえるか?」

「……おっと……これは失礼」


急ぎすぎたのと、久しぶりに砂から肉体を作ったせいで、はルーファウスに5回目の全裸を晒していた。
もし自分が男だったら完全に変態だった……いや、女でも十分変態だと思いながら、大人しくルーファウスの上着を借りたは、とりあえず外で戦闘と救助をしているタークスに補助魔法と回復魔法をかける。

崩落を防ぐために辺りを氷で囲ったが、それでも瓦礫の向こうからは激しい戦闘音と破壊音、そして警報が響いていた。
ざっくりと付近の魔力を確認し、ここがジュノンの端であることと、海からの魔物に襲われている事を理解したは、瓦礫を前にしたタークスの傍にゴーレムとタイタンを召喚する。
召喚獣が瓦礫を動かすと、タークスが魔物の相手に集中したので、はルーファウスのそばに膝をつくと魔法で体を麻痺させ、傷の手当を始めた。
腿に刺さったガラスを抜き、傷口を洗いながら塞ぐと、白いズボンが血と埃と水で酷い有様になる。
穴も開いているので今更だと考え、最後にもう一度、全身に回復魔法をかけて漏れがない事を確認したところで、タイタンが瓦礫の中から顔を見せる。
外から差し込む光に、ルーファウスが小さく安堵の息を吐くのを背に聞きながら、は素早く昔の装備を身につけた。


「見事なフルアーマーだが……目立つのは、避けたいのではなかったか?」
「この恰好なら、召喚獣だと言い張って通じるでしょう?私は外へ出たら姿を消します」

「いいだろう。、撤退の手伝いを頼みたい。行き先はエアポート。進路とエアポート付近の敵の殲滅をしてくもらえるか?」
「死骸を残して良いのなら、敵の殲滅は今すぐにでも可能です。無事飛空艇がここを去るまででよろしいですね?」

「では、私は召喚獣により崩落から免れ、飛空艇でジュノンから脱出する」
「あ、レノが海に落ちそうですね」

「悪いが、私の部下も助けてもらえるか?」
「ええ、勿論です」


顔を覆う兜の中で、が柔らかく目を細めると同時に、海から勢いよく飛び出してきたリヴァイアサンの雄叫びが響き渡る。
同時に、耳を覆うような水しぶきの音、そして住人とレノの悲鳴も聞こえてきて、ルーファウスは物言いたげな目をに向ける。
タイタンとゴーレムがせっせと作ってくれる道の向こうから、レノの「今の絶対にだろ!?」という怒りの声が聞こえるが、彼女はごく自然に聞こえていないふりをした。

詫びの代わりに、彼らが相手する魔物……以前コスタ・デル・ソルで日課のように狩っていた新種の魔物を、嘗て知ったる手順で始末する。
人一人が通れるほどになった瓦礫の通路から、敵がいなくなったタークスが顔を覗かせ、無事を知らせるように頷いたルーファウスに安堵の表情を見せる。
先にルーファウスを行かせ、1歩下がって後を追ったは、レノが文句をつけてくる前にエリクサーを投げ渡し、残る魔物を始末した。

安全な位置まで瓦礫から距離を取り、ルーファウスの怪我を確認したツォンと頷きあうと、は呼び出した召喚獣達を帰し、来た時を逆戻しするように体を砂に変える。
風に乗るようにジュノンの上階へ移動し、朧な砂の身のままルーファウス達を見下ろすは、彼らの行く先はもちろん、ジュノンやその近辺に群がる魔物をまとめて始末した。

全身を切り刻まれたのは、透明で巨大なクラゲのような魔物だった。
突如止んだ襲撃と、同じくして現れた海の上に山となった魔物の残骸に、住民たちは一瞬理解が追いつかないようだった。
だが、この沈黙を一時のものと理解した者から、次々と声を上げて避難を再開し始める。
死骸の山を乗り越え、再びジュノンへ近づこうとする魔物を片っ端から始末している間に、ルーファウスは無事飛空艇へ乗り込み、空へと飛び立った。
何処へ避難する予定なのかは知らないが、多分いくつかある神羅の施設だろう。

次に離陸準備していた民間人用の飛空艇が、ミッドガル……いや、おそらくエッジの方へ飛んでいくのを見送ると、最後に敵の一波を殲滅し、もまたジュノンを後にした。





行きとは打って変わり、特に急ぐでもなくライフストリームの中を進んだは、見慣れた川辺に舞い戻る。
置き去りにされている衣服や靴、それに携帯電話に、何とも言えない気持ちになりながら、素早く肉体を作り直すとモソモソと着替え始めた。
間違って全裸で現れた事を、セフィロスに言うか、言わないか。
いや、言った方が良いのか、黙っていた方が良いのか。

既に、復活前に何度か全裸でルーファウスの前に現れた事があるのは教えているが、今になってまたやらかしたと言ったら呆れながら説教されるのは間違いない。
言わなくても説教はされるが。
ならば正直に言って説教されようと腹を括ると、は服に付いた汚れを払い、山道を走って帰る。

家に帰り、希望通りの昼食の香りに頬を緩めながらリビングに入ると、正直に言う前からセフィロスに呆れた顔で見られた。


、ルーファウスから連絡があった」
「……はい」

「どんなに急いでも……せめて下着は、忘れるな」
「……はい」


説教はなかったが、不憫そうな目で見られて爆発したくなった。
セフィロスが作ってくれたスープパスタが美味しかった事が、のその日一番良い出来事だった。







ルーファウスが危機になるほど、の全裸率が上がる(笑)

2023.08.09 Rika
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