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4年目 秋2

お馬鹿な自滅をした翌日、魔法で無理やり体力を回復させたは、家の庭で全てのボロ下着を燃やした。
次いでブランドタグを外した服を燃やしていると、何も知らないセフィロスが芋をアルミホイルに包んで持ってくる。
燃え盛る衣類に、呆れた顔をするセフィロスから気まずげに視線を逸らしたは、この後服を買いに行きたいと言って焼き芋を諦めさせた。




Illusion sand ある未来の物語 76(元75話) 4年目 秋2


飛空艇製造拠点として工業の街となったロケット村。
街と技術の発展と共に大きくなりながら、古くから住む住人たちの愛着により、その街は都市でありながら名を変えることはなかった。
工業の中心は旧ロケット村エリアだが、東に少し離れた湾岸線には大きなベッドタウンが作られている。
最近ではアイシクルエリアからの移住者で急激に人口が増えたが、年々街を広げていた事もあり、住民の混乱は一時的なもので済んだ。

ゴンガガの大規模石油プラントと、最近新たに発見されたニブルヘイムの鉱山のおかげで、元々3都市を結ぶ道路の整備計画や新たな製鉄所の建設は予定されていた。
更なる発展が見込まれるこのエリアでは、移住者への仕事や住居が既に用意されていたも同然で、それが大きな混乱を起こさなかった一因でもある。


人口増加に伴い、商業エリアも一気に発展しているため、家からの距離からもあって、2人にとってこの街は買い物に便利だった。
アイシクルロッジは未だ封鎖が解けず、一昨年魔物の襲撃を受けたジュノンは以前より軍事拠点としての面が強い街になっている。
エッジの方が発展しているのは知っているが、あの街は2人にとって鬼門扱いなので、行き先の選択肢には入っていなかった。

北西の海岸にある神羅の施設までバハムートで向かった2人は、車でロケット村の西にある街へ向かう。
途中の広い砂浜沿いには、大きく新しい一軒家が建ち並び、裕福層らしい住人がちらほらと見えた。
それを越えれば、大きな空港と飛空艇ドッグ、部品を製造する工場が並ぶ工業地帯が広がり、道路には大型車両が増えた。
途中目に入った道路の電光掲示板には、大型部品運搬による夜間通行止めの情報が表示されている。

景色を眺めながらハンドルを握るセフィロスの隣で、は処分した服や下着から取ったブランドタグを貼ったノートを開く。
最近ではジュノンからの移住者も増えたため、街には目当ての店が殆ど揃っていた。
いつもは郊外の市場ばかり行くのだが、今回の目的地は中央区画にある商業区画だ。
店の位置から道順とホテルの位置を確認したは、平日にも関わらず満車だらけの駐車場情報に少し考える。

「セフィロス、現地の駐車場はどこも満車のようです。先にホテルへチェックインだけして、車を預かってもらった方が良いかもしれません」
「わかった。ホテルから店までは徒歩で行けるんだな?」

「ええ。商業施設のエリアと1本道路を挟んだところが、宿泊施設のエリアになっています」
「わかった。道案内を頼む」


工業地帯を抜け、田園風景の中に伸びる高速をしばらく走ると、市街地への出口が見えてくる。
数年前に訪れたエッジに負けず劣らず、多くの建設途中の建物が見える都市へ入ると、一気に交通量が増した。
その多くが、建設資材や重機を乗せた大型車両で、この街の勢いの強さを見せつけてくる。
他の地域は新種の魔物の対処で四苦八苦しているが、飛空艇団の本拠地でもあるロケット村があるので、他の地域に比べ被害は少ないせいだろう。

車の流れに乗りながら今日のホテルへ車を預けると、短い休憩をした後、目当ての商業エリアへ向かった。
初めから計画されて作られた街は道が広く、昔ミッドガルで見たような壁がポスターや落書きだらけなんてこともない。
路地裏まではわからないが、少なくとも表通りは、清潔感がある街並みだった。


「……この街に来ると、いつも赤マントに会わないか、不安になる」
「大丈夫ですよ。これまで何度も来ていましたが、遭遇したことは一度もなかったでしょう?」

「わかっているが……奴は、忘れたころに目の前に現れる。あまり油断できない」
「それを仰るなら、ルーファウスとだって偶然の再会をするじゃないですか」

「奴の事は嫌いじゃないからいい」
「そうですね。貴方、なんだかんだでルーファウスの事は好きですもんね」

「……
「失礼しました。ですが、そんなに不安なら、最初は下着の店に行きましょうか」


セフィロスが大きな街に出たくない理由に、は小さく苦笑いを零し、いつも通りの励ましをする。
確かにセフィロスはルーファウスの事を友人として好いてはいるが、それでも神羅の事で複雑な部分も抱えていると知りながらからかうを、彼はついじろりと睨みつけた。
慣れた反応を小さく笑って受け流したは、ショウウィンドウに映った反対側の歩道を行く赤色を目にして、彼の手を引いて傍の建物のドアを開ける。

その色が、件の赤マントか別人かは確認していないし、恐らく別人だが、今セフィロスに赤い服の人間を見せるのは少し気が引けた。
それでなくとも、冬が近づき、が初めに死んだ日が近づいてくるこの季節は、彼の心が不安定になりやすい。
一方、有無を言わさず下着屋のテナントに向かうに、セフィロスは困惑した顔で視線をさ迷わせる。


……俺も一緒に入るのか?」
「私が何を選んでも文句を言わないのであれば一人で行きますが……」

「流石に下着は大丈夫だろう?それに、他の客もいる。俺は店の前で待つ。セットで買うか、店員に選んでもらえば大丈夫なはずだ」
「わかりました。ああ、そうですね、貴方のように、店の前で待たされている男性がいらっしゃるようです」


店の前の通路に置かれたベンチで暇そうにしている数名の男性に、セフィロスは少しだけ胸を撫でおろすと、と手を離して開いているベンチに腰を下ろす。
すぐに店に入り、店員と話し始めたの姿を確認していると、隣に座っていた男性が店に向かって右、左と指さしているのが気になった。
気になって店の方を見て見れば、連れらしい女性が色違いの下着を手にどちらが良いか尋ねているようだった。
なるほど、そういう相談の仕方もあるかと思っている間に、が試着室へ連れていかれるのが見える。
何となく長くなりそうな気がして辺りを見回すと、少し離れた所にカフェが見える。

昔ミッドガルでも見たロゴに少し懐かしさを感じながら足を向けたセフィロスは、珈琲を買うとベンチに戻った。
珈琲に口をつけてが入った試着室に目をやれば、店員が何着もの下着を運び込んでいる。
はサイズが変わったと言っていたので、そのせいだろうと思っていると、その後も下着を手にした店員が何度も出入りする。
そのうちのいくつかはレジの後ろに詰まれていくので、それが購入する分だと思うのだが、既に小さな山になっている。
剣を振ったり農作業をしたりと、1日で着替える回数が多いからと考えれば納得できるが、他の客の会計をしている店員も驚いた顔をしていた。

どうせもうは体型を変える予定が無いので、多めに買っても良いかと考えて、セフィロスは珈琲を飲みながらボーっと待つ。
暫くすると、凄い笑顔の店員と共に、が試着室から出てくる。
入った時とは明らかに体のラインが変わっている彼女は、買った下着をそのまま着用しているのだろう。
下着によってラインが変わったせいで、先ほどまで着ていた服の胸元がキツそうになっている。

下着一つでそこまで見た目が変わるのかと感心しながら、はて、最近のはどんな下着をしていただろうかと考えてみたが、体は思い出せるのに下着はまったく思い出せない。
むしろ、脱がせるときはガウンの下に何も着ていない事ばかりだった気がする。

服にしろ下着にしろ、今回が変な事をして小さくなったのだと気づいたが、今の今まで、セフィロスは本当の意味では全く気づいていなかった。
服の組み合わせは気を付けて見ていたし、体型の変化は肌を合わせていたから分かっていた。
だが、思い返しても自分が意識していたのはその点くらいで、普段彼女が服を着た時どんな状態だったのかは上手く思い出せない。


「……俺は、そんなに余裕がないのか……?」


落ち着いていると自分では思っていたが、ずっと一緒にいてあからさまな変化に気づいていなかった自分に、セフィロスは少なからずショックを受ける。
昔のように物を考えることは出来ているし、視野も狭くないと思っていたが、足元をすっかり見落としているなんて思わなかった。
冬を前にしたこの季節は、がいなくなった日も近づいてくるから、いつも心に余裕が無くなる。
けれど、春や夏に彼女がどんな風に服を着ていたのかも思い出せない以上、それは理由にならないだろう。
そもそも、いい大人のが、自分の服の大きさを考えて買い替えしないのも問題なのだが、彼女の貧乏性は今に始まったことではない。


「お待たせしました」
「ああ。……大分体型が変わったのがわかるな……」

「ええ。サイズが3つも変わっていたので、店員の方に怒られました。最低でも半年に1度はサイズを測った方が良いと……」
「それだけ見た目が変われば、そうだろう。次の店に行くぞ」


反省や思案は後にして、今は早々に服も着替えた方が良さそうだと考えると、セフィロスはが荷物を仕舞うのと同時に手を取った。

次に入った店でも、即行で店員と試着室に入っていったを横目に、セフィロスは同じ店内にある男性用の服を眺める。
今度は下着屋のように店員が商品を手に試着室に出入りすることは無く、代わりに新しいワンピースを着たが出てきた。
ちゃんと体に合った服を着ているその姿に、今までがどれだけ適当な服をしていたのかと溜め息をついたセフィロスは、しかしふと、では自分はどうなのかと思い至った。

セフィロスの場合は特にサイズが変わる事もなく、ルーファウス達が用意した服を今も着られるのだが、いい加減買い換える時期に来ている。
消耗品と化した戦闘用の服に気を取られる事が多かったし、一度戦闘で服を殆ど駄目にして買いなおしたが、箪笥の中は少し心もとない。
その上、どう記憶を辿っても、持っている服の殆どは戦闘用だ。出歩くための服は、多分そう多くない。
そう思い至った瞬間、セフィロスは近くにいる男性店員に声をかけ、自分の服を選び始めた。


「セフィロス、随分沢山買われましたね」
「服の他に、靴を2足買ったからな。お前は……思ったより少ないな」

「そうでしょうか?今着ている服と、上下1着ずつですが、こんなものでは?他にも行きたい店はありますし」
「そうか。次はどの辺りだ?」


店員に服を選んでいる間、セフィロスが別の男性店員と話していたのは気づいていただったが、会計後の彼の姿に少しだけ目を丸くする。
派手な特徴がない、シンプルなデザインが多い店だったので、彼が気に入る物も多かったのだろう。
ただ、靴を2足も買ったという彼に、家にもまだ靴は沢山あったのでは?と、内心で首を傾げてしまった。

店を出ると同時に荷物を仕舞い、手ぶらになったはノートを出して次の店を確認する。
目的の店は、今いる建物の3件隣だが、今出た店以外は女性物しか取り扱っていない。


「外へ出て歩きます。ところでセフィロス、次のお店からは女性物しかありませんから、もしご自分の服を見たいのなら、言ってくださいね」
「わかった。途中で見つけたら入らせてもらう」

「ええ。では、行きましょうか」


その後に行った店では、店員が見繕った服をセフィロスの好みで選ぶという形で買い物を済ませていった。
途中、何度かセフィロスの服を買いに行き、今回の買い物で最重要だった冬用のコートも、とセフィロス両方の分を無事手に入れる。
後は、明日、郊外の市場で冬籠もり用の買い出しをするだけになった事を確認して、2人は商業施設を後にした。

夕暮れを迎えた街は家路に急ぐ人々が多く、予想以上の人混みに2人は自然と身を寄せ合う。
ちらりと見えた街の案内板に、商業エリアの隣にある企業エリアの存在を見て、人の多さに納得した。
行き交う人々につられるように、足早に商業エリアを抜けた二人は、打って変わって静かな宿泊エリアにホッと胸を撫でおろす。

道路の幅や街路樹という違いはあっても、肌寒い季節に見る栄えた街の夕暮れは、昔のミッドガルを思い出させる。
昔は、黄昏色に思い出すのは故郷の街ばかりだった。

それが時の流れというものなのか、それとも掌にある彼の手の感触にるものなのか。
どちらであっても、悪くないと目を細めたは、しかし微かに繋いだ手を引かれる感触に、足を止めて彼を見る。
ホテルはまだ先だったはずと思いながらセフィロスの表情を伺えば、何処か困惑した顔の彼が、惑うようにを見つめ返した。


「セフィロス、大丈夫ですか?」
「……ああ」

頷くものの足を止めてしまった彼の視線は確かめるように辺りをさ迷い、繋いだ手が微かに震えている。
彼に何が起きたのか予想し、そっと手を引いて道の端に避けたは、目を閉じて頭を振る彼の頬に手を伸ばした。


「今と、昔と……思い出して、混乱してしまいましたか?」
「……すまない」

「雰囲気は大分違いますが、何となくミッドガルに似ていますからね。私もそう思ったので、仕方がありあませんよ。季節のせいもあるでしょう」
「…………」

「でも、昔の私は、こんな風に貴方に触れはしなかったでしょう?ほら、セフィロス、今はいつですか?貴方が握っている私の手には、昔と違う感触があるでしょう?」
「……そうだな。その通りだ……」


あの頃のは、セフィロスが少しでも触れようものなら意味が分からず首を傾げるか、真っ赤になってひっくり返っていた。
自分から触れるなんて事はもちろん、頬を撫で、指先で唇を辿るなんて事は、決してしなかった……いや、出来なかっただろう。

納得して、少しだけ表情が緩んだ彼に、も同じように表情を緩めて彼の襟を少しだけ引く。
腰をかがめ、顔を近づけてくれたセフィロスにようやく少しだけ安心しただったが、彼は途中で動きを止め、視線をさ迷わせてまた困惑し始めてしまった。
握る手の力が、まるで縋るように強くなる。

燃えるような赤い夕暮れに、彼が何を幻視したのか。

問うより現実に引き戻すのが先と考えると、は彼の服を強く引き、近づく距離に怯えた目をした彼の額に、思いっきり自分の額をぶつけてやった。


「ぐっ!」
「っ……思ったより、痛かったですね」

「…………、何を……」
「惑っておられるようだったので、少々カツ入れを」

「…………」


てっきり口づけられるかと思っていたセフィロスは、想像と違う対応に額を抑えて、爽やかな笑顔を浮かべるを見た。
ここは頭突きではなく優しくするところではないかと思ったが、しかしもし本当に口づけされていたら、赤い景色に重なる初めて口付けされた時を思い出し、錯乱していたかもしれない。

彼女の対応は、多分一番正解だ。
正解なのだが、もっと他にないだろうかと思わずにいられないし、溜め息を零さずにいられない。


……」
「はい」

「……助かった」
「はい」

「それと……今年は、迷惑をかけるかもしれない」
「ええ。お気が済むまで、甘えてください」


年が経つほど落ち着いてくるからか、冬の初めにあるの命日には、セフィロスの心が不安定になる。
初年はの姿が見えなければ強い不安にかられて離れられなくなるという事が3日ほど続いた。
去年は命日の前1週間から常に苛立ち、寝る間も削って次元の狭間で剣を交えた。
けれど、命日の翌日にの姿を見ると、それらは嘘のように落ち着いたのだ。

今年は一体どうなるのか。できればを酷く傷つけなければ良いと思って見つめるが、対する彼女は彼の不安を理解していながら、それも許容するように微笑んでいる。

年々酷くなるのは、それだけセフィロスが過去を受け入れているという証拠だとは考えている。
一緒に平穏な生活を過ごす事で、彼が消化できず抱えている世界への憎悪を強く抑えている事も、大きな原因の一つだろう。

1年のうちほんの少しの間発散するだけで済ませてくれるなら、むしろ良い方。
その感情をぶつける先が自分なのだから、尚の事対応しやすいと考えるは、浮かない顔をした彼の手を引いて歩き出す。

彼の感情の発露も、いつかピークがきて、緩やかに収束していくだろう。
そうでないなら、とりあえず星の危機とやらが済み、ルーファウスが死んだら、セフィロスに星の命運を好きにさせてしまおうと思う。
そうすれば、彼が抱えるストレスの大半は軽減されるだろう。
もしも駄目なら、その時にまた考えれば良い。

相も変わらず、にとってこの星は、セフィロスについているオマケぐらいの価値しかなかった。


「セフィロス、夕食の希望はありますか?また商業エリアに出るのは気が進まないので、私はホテルでとりたいのですが」
「ああ。それでいい」


昔見た夕暮れのような、けれどあの街よりずっと清潔感がある街の夕暮れをちらりと見ると、は疲れた顔のセフィロスを見上げる。
未だに痛む額を抑えて歩く彼に、ちょっと痛がりすぎではないかと思ったが、視線は先ほどよりしっかりしているので『まあ良いかな?』と思うことにした。



「はい」

「今の頭突き7000くらいダメージを食らったんだが……」
「おや……」

「俺が油断しているときは、もう少し加減してくれ」
「はい」







……だから……何でお前らイチャついてくれんのじゃ。
キャッキャウフフだって。
キャッキャウフフのほのぼのスローライフラブコメが書きたいんだって。
何でこうなる……。

2023.09.06 Rika
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