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「去年は少しキャベツが余りましたから、少し減らして、他の葉野菜を植えましょうか」
「胡瓜とズッキーニも、瓶詰めがまだ残っている、これは去年の半分でいいだろう」

「そうですね。そうだ、セフィロス、菜の花を増やしていいでしょうか?去年は少ししか食べられませんでしたから」
「悪くないな。他に増やしたいものは……」


去年残しておいた種と、わざわざ遠い町まで足を運んで手に入れた新しい野菜の種を仕分けながら、とセフィロスは今年の農作物の植え付け予定を考える。
たまに窮地に陥っているルーファウスを助けに行く以外は特に特筆する事件はない。
平穏な日々を過ごすとセフィロスは、僻地の山中にある家で5度目の春を迎えていた。




Illusion sand ある未来の物語 77(元73話) 5年目 春



午前中の農作業を終えたセフィロスは、毎年お決まりとなった場所にハンモックを張ると、今春最初の外での昼寝を始めた。
葉が開き始めた枝の間からは暖かな陽の光が注いでいるが、雪解けを始めた山々を抜ける風はまだ肌寒い。
ちらりと家の方へ目をやると、ウッドデッキを降りてくるが持つ籠にはブランケットが二つ乗っていたので、セフィロスは微かな笑みを零して空へと視線を戻した。

セフィロスが使うハンモックのそばには、が使うガーデンテーブルがあり、栞が挟まれた本が置かれている。
革張りの古びた本は、イフリートがセフィロスへ文字の学習用にと貸してくれたものだ。
最初は簡単な文書で書かれているが、徐々に文書が成長し、後半では高い教養を持つ人間特有の難解な言い回しも含まれるようになるので、学習にはうってつけらしい。

しかしその本、何故セフィロスではなくが持っているかというと、最初の数ページを読んだところで取り上げられてしまったのだ。
昔のの仲間が書いた、実話に基づく冒険譚なのだが、海賊だった筆者がと知り合った冒頭部分しか読めなかった。
その後が大いに気になるセフィロスだったが、頑なに本を守るに、その時は諦めてやる事にした。
だが、奪った本を読むが、不満そうな顔をしたり、赤くなってプルプル震えたりしているので、いつかコッソリ借りて読んでやろうと思っている。

瞼の裏に太陽の光を感じながら、セフィロスがその時を想像して頬を緩めていると、が彼の体にそっとブランケットをかける。
セフィロスが眠りかけていると思った彼女は、音を立てずに椅子に腰を下ろすと、静かに深い息を吐いて白い冠が残る山々を見た。



今日は雲もなく晴れているおかげで、山々の間から北の大空洞が僅かに見えた。
外の世界は相変わらず騒がしく、時折近くの山を飛空艇が飛んでいくのを見るが、この土地に訪れてくるものなどいない。
世界に混乱を齎した魔物はまだ人類の脅威として存在するが、以前のように大都市を落とされるような事もなく、戦況は拮抗したまま今に至る。

混乱が起き始めてから4年。
危機の中で生まれてくる子供達のなかに、不思議な力を持つ者が現れ始めた。そんな知らせをルーファウスからもらったのは、去年の秋だ。
何か知らないかと問う彼に、は物事は必然だとしか伝えなかったが、流石というべきか、彼はそれでおおよその見当をつけたらしい。
と言っても、に聞いてきたのは、多分最終確認くらいだろうが。

何度か魔物の襲撃を食らって住む場所を転々としていたルーファウスだが、ここ1年はミディールでまたゆっくりと過ごしている。
一度変な集団に壊された料亭は、予定より数か月遅れで再開して今も健在だ。
とセフィロスは、半年に1度くらいの頻度で訪れており、今年も梅雨の暇な時期に行く事になるだろう。

次のお土産は何がいいだろうかと考えながら、は読みかけだった本に手を伸ばす。
ふと、遠くの山々から大きな音が迫ってくるのが聞こえて顔を上げると、より先にセフィロスが氷の壁で自分たちの周りを覆った。

ありがたいが、それではせっかく耕した畑の土が舞ってしまう。
身を守るには十分だが、余裕があるならもう少し広く守ってほしかったと思いながら、は家の敷地を氷の壁で覆った。
次の瞬間、強風が当たった氷の壁から大きな音が鳴り、辺りの森も大波に攫われたかのように枝葉を振り乱す。
これまで何度か経験している、新種の魔物が現れる時の強風だが、もセフィロスも既に慣れていた。
寝入りを邪魔されたものの、再び目を閉じたセフィロスと、栞を挟んだページを開いたは、ほぼ同時に魔法を解く。

最初の頃に比べると頻度が増しているが、畑が荒らされるのでなければ、どれだけ新種が湧いてこようが、2人にとって注目には値しなかった。
今度はどこの地域が戦場になるのやら……と考えたことすら、最初の頃だけだ。

けれど、今日はいつもと少し違っていて、はこれまで感じなかった、どこからともなく生まれた魔力の揺れに、ようやく視線だけ上げる。
同時に、地中深くでライフストリームが蠢く気配を感じた。
畑からライフストリームを出されて、農作物に影響があるのは困るので、は地上を目指して動く星の力を自身の魔力に物を言わせてごり押しで敷地から逸らす。
異変に気付いたセフィロスも目を開けて空を眺めているが、彼の表情もまた、同様危機感のかけらもない。

やがて地上に現れたライフストリームだったが、それはよく知る青緑色の光ではなく、無色透明な魔力の波となり、雲一つない青空を揺らす。
星が何をやっているのかは分からないが、正直興味はまったくない。
とりあえず、畑が巻き込まれなくて良かったと安堵して、再び本に視線を落としただったが、昼寝をやめてハンモックから降りたセフィロスに顔を上げた。


「おや、お昼寝はよろしいんですか?」
「そう言える状況か?空を見てみろ」

「空?」

小さく笑って言ったセフィロスに首を傾げて、は言われた通りに空を見上げる。
快晴だったはずだが、雨でも降るのだろうか。
そう思いながら、相変わらず雲一つない空を見回したは、ようやく遥か上空に生まれた青黒い星に気づいたが、驚くでもなく視線をセフィロスへ戻す。
テーブルを挟んでの向かいに腰を下ろした彼は、月ほどの大きさの天体が現れても全く動じない彼女に、少しだけ諦めたように肩を落とした。


「そこそこのメテオっぽい何かがあるだけですね」
「……そうだな。お前なら、そう言うかもしれないと、少しだけ思っていた」

「まだ遠いところにありますから、落ちてくるまで放っておきましょう」
「今の人間達に対処できると思うか?この遠さでも分かるほどの大きさなら、他の大陸に落ちても影響がくる」

「……確かに、水脈や気候が変わると、作物に影響が出ますね。様子を見て落とすか軌道を逸らしましょうか」
「俺が昔落としたメテオより、大きそうだが、どうするつもりだ?」

「あれが普通のメテオなら、横から別のメテオをぶつけて砕けば良いでしょう。そうでなかった場合は、またその時考えれば良いんですよ」
「この距離では詳細はわからない……か」

「ええ。元々、私達が対処する問題ではありませんから、若い子達に頑張ってもらいましょう」
「それもそうだな」


昔自分が落としたメテオは赤かったが、あの青い星の正体は何なのだろう。
がメテオのような何かと言っていたので、多分ただの燃える岩ではなさそうだが、流石に宇宙にあるものを魔力で調べたりはできない。
魔力の操作や感知に長けたが出来ないのだから、セフィロスには尚の事無理だろう。

強風と変な星のせいで、心地良く昼寝する気分ではなくなってしまったセフィロスは、彼女が持ってきた籠から自分の飲み物を出す。
頬杖をついて、昼寝の代わりに構ってほしい相手を見るが、彼女は既に本に視線を落としていて、何やら物言いたげな顔をしながら文字を目で追っていた。
小さな欠伸を噛み殺し、水筒に口をつけて一息つくと、見たことがない白く大きな鳥が空を飛んでいくのが見えた。





その日生まれた新種の魔物は、その大きさと純白の羽の美しさ、そしてその強さから、『神の鳥』または『終末の鳥』と呼ばれるようになった。
これまで唯一安全な移動手段だった空の安全が脅かされた上、突如として空から現れては作物や町を荒らす上に、鳴き声には付近の魔物を呼び寄せる効果があった。
手練れを数十人集めてようやく1羽倒せるほどの強敵なため、一度現れるとその被害は甚大。
出現から半月で軍用飛空艇が20隻も失われることとなった。


「セフィロス、あの鳥、1羽だけで良いので捕まえてみて良いですか?」
「何を……いや、分かった。食べるのか、乗り回すのか、どっちだ?」

珍しくテレビを見ていたが、ニュースに出てきた鳥の魔物を見て言い出した言葉に、セフィロスは彼女の膝を枕にしたまま呆れた視線を向ける。
雑魚相手に腕試しなんて発想はしないので、彼女の目的は限られた。
捕まえてみるというなら、多分飼いならして乗ってみたいのだろう。
たしかに、白い鳥は最大でバハムートサイズらしいので、乗ることはできるだろうが、このご時世ではむしろバハムートのほうが目立たない気がする。
調教できるだけ頭が良ければ良いが、駄目なら食べられるか試すのだろう。


「もちろん、両方ですよ。あの大きさなら、貴方と二人でも乗れそうですし、そうしたら、毎回馬鹿トカゲやフェニックスを呼んで文句を言われなくても済むでしょう?」
「……まあ、確かにそうだな」

この頃、調子に乗って人を背に乗せたまま急上昇や急降下、旋回などをするようになったバハムートを思い出して、セフィロスはつい納得してしまう。

「エピオルニスの肉と出汁は美味しいですからね、あの白い鳥の味にも少し期待しているんです。それに、あの白い羽も、使い道があるかもしれません」
「……ルーファウスに、何処の鳥を狩ってほしいか相談しておこう」

「お願いします。それと、彼のお店で肉の調理をしてもらえるよう頼んでおいてください」
「高級料亭に未知の食材を持ち込もうとするな。まずは自分たちで試してからだ」


どちらにしろ最初の1匹は食べるつもりらしいに、セフィロスは小さくため息をつくとルーファウスにメッセージを送る。
ミディールはまだ朝の9時ころなので、早ければ夕方には返事が来るだろう。

携帯をテーブルに戻したセフィロスは、仰向けだった体の向きをの体の方へ変えて目を閉じる。
昼寝の姿勢に入った彼に、はテレビを消すと、自身もクッションにもたれかかり寝る姿勢をとった。
静かな雨の音にゆっくりと体の力を抜きながら、彼の頬にかかる髪を指先でそっと払う。
昼食後間もない彼の頬はいつもより少し温かく、つい親指で撫でてしまうと、薄目を開けた彼に手を捕まえられてしまった。
寝かけているところを邪魔した自分が悪いので、は抵抗もせず、ゆっくりと指を絡めてくる彼の好きにさせる。
途中で飽きたか、眠気がきたか、程なく彼は彼女の手を柔く握ると、再び目を閉じた。

ところが、その眠りは携帯から出た電子音によって妨げられ、セフィロスは眉を顰めながら目を開けることになる。
起き上がろうとした彼を手で制し、代わりにテーブルの上から携帯を取ったは、仰向けに向きを変えた彼にルーファウスからのメッセージ受信を表示する画面を見せた。
少し気だるげに携帯を受け取ったセフィロスは、暫く携帯を触ると、眠気を追いやるようにきつく目を閉じ、ゆっくりと起き上がる。


、ルーファウスから急ぎの依頼だ。3日前からミディール近辺に現れ始めた白い鳥を始末してほしいらしい」
「おや、丁度良かったですね。では、早速行きましょうか」

「……今からか?」
「こちらの地方は明日の夜まで雨ですし、特にやるべき事はありません。いいでしょう?」

「移動中、寝ていても良いか?」
「バハムートが大人しくしてくれれば……ですが」


半ば予想していたが、やはり寝られそうにないと諦めたセフィロスは、と共に外出の準備をする。
遅くても明日には帰ってこられるだろう。

腹が減ったとぼやくバハムートに乗ってミディール地方へ行くと、街が見えたところで丁度近くの山から白い鳥が出てきた。
善は急げとバハムートから飛び降りたに、白い鳥は驚き、突然背に乗ってきた彼女を振り落とそうとする。
が、白い鳥が少し体を傾けた瞬間、の拳が鳥の頭を容赦なく殴りつけ、鳥は彼女もろとも近くの山に突っ込んでいった。

残されたセフィロスが墜落場所のそばへバハムートに寄ってもらうと、は半死半生の鳥と見つめあい、なにやら話しかけている。
回復魔法をかけたり、威圧したり、縄をかけては外したり。
途中何度も魔獣使いのアビリティを駆使し、服従を求めてみるのだが、どうやらこの鳥はそれほど賢くないようで、力の差も分からずを攻撃しようと暴れていた。
そもそもこの魔物は、同型種からの進化でもない、突然現れた変種だ。知能というもの自体が存在しないのかもしれない。

『……これは無理だな』

土に汚れても損なわれない白い翼の輝きは魅力的だが、今のにはこの魔物を長期間かけて調教するメリットは見いだせなかった。

『よし、肉にしよう』

即決すると、はオーディンとバハムートに手伝ってもらいながら血抜きを始める。
解体も、それを見るのも未だ苦手なセフィロスは、フェニックスに乗り換えると、ルーファウスがいるミディールへ向かった。

出迎えたルーファウスに早速の討伐を驚かれながら、セフィロスは突然の訪問を詫びての到着を待たせてもらう。
素材の引き取り業者への連絡を頼み、待つ事数時間。
時刻が午後3時を回った頃、香ばしい匂いをさせているが合流してきた。
バハムートに協力してもらった時点で、肉の半分は持っていかれるとセフィロスは予想していたが、彼女がその場で試食まで済ませるとは予想外だった。
満面の笑みを浮かべているし、落ち着いた態度なのに浮かれている空気が隠せていないので、相当美味しかったのだろう。

「こんにちはルーファウス。今回の獲物は、かなり良いものですよ」
「人類の脅威も、お前たちにとってはただの獲物か……相変わらずだ。素材はタークスに渡してくれ。引き取りが可能か分かり次第、連絡しよう」

「ええ。多分、この肉は貴方も気に入るくらい、美味しいですよ」
「それは興味深い。期待しておこう」


夕方から予定があるというルーファウスに別れを告げると、とセフィロスは来た時同様バハムートに乗って帰る。
やたらとご機嫌で出てきたバハムートの顔には、所々血で汚れた白い羽が沢山ついていて、お腹もぽっこりと膨らんでいた。
呼ばれるまでの間何をしていたのか察した二人だが、空を飛ぶ速度に変わりはなかったので、何も言わないでおいた。


その日食卓に出した白い鳥の肉の味はセフィロスも感心するほどで、もし討伐依頼が来なかったとしても、食材として狩りに行こうと2人は決める。
とりあえず、この辺りを縄張りにしている白い鳥は、天候が回復したら狩る。バハムートに食われる前に狩る。これは決定だ。

ベヒーモスに並ぶ味の獲物の発見に喜んだ1週間後、タークスから素材の買い取り結果が届いた。
が勧めた肉は予想通りの値段。一緒に渡していたその他の部位も、全て買い取ってもらえるらしく、同時に追加の討伐も依頼もされた。

結果、白い鳥は1羽狩るだけで大量の肉が手に入る上、味も良いので、速攻で達の良い収入源になり、ルーファウスの料亭でもメインに使われるようになった。
その羽は寝具や装飾品を初めとした様々なものへ姿を変え、鉱物のように硬い爪や嘴も高値がついた。
最初はバハムートと獲物の取り合いになりかけたが、バハムートの目当てが買い取りに含まれない内臓だったため、むしろ積極的に移動に協力してくれるようになる。

噂が噂を呼んで、ルーファウス経由による狩猟依頼が増えたため、その年の秋から、達はかなり忙しくなった。
空飛ぶ魔物の脅威に慄いていた人類だが、金になる存在と知られると、見方はガラリと変わる。
けれど、魔物は魔物。
どれだけ副産物があろうと、その脅威に変わりはなく、速やかな根絶が求められ、数が減ったところで制限はされなかった。

とセフィロスは家の上を鳥が通るたびに遠慮なく魔法で撃ち落として売りさばいていたのだが、最初に現れた新種の魔物より頭が悪かったのか、1カ月経っても1年経っても白い鳥は無警戒に二人の家の上を飛ぶ。
その殆どが、とうとう近くの山に巣を作って住み着いたバハムートの餌食になり、難を逃れた鳥も待ち構えていたとセフィロスに仕留められた。

『神々の鳥』『終末の鳥』、そして『空飛ぶ宝石』と呼ばれ恐れられた白い鳥は、出現から僅か2年で人間達の胃袋に収められ、空から姿を消す事となる。






今回でけっこう時間が飛んでます。
復活から2年目で新種出現。
2年後(復活から4年)変な力を持つ子供出現。
3年後(復活から5年目)今回の白い鳥モンスターと青黒い星が出現。
更に2年後(復活から7年目)白い鳥絶滅。

……ザックリ書いたけど、けっこう詰め込んでるなぁ……。
次からのお話は、この飛ばしてた期間のにちょっと時間が戻ったりするかもしれません。
戻らないかもしれません(笑)


2023.08.26 Rika

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