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Illusion sand ある未来の物語 78話 5年目 夏


恐れられていた白い鳥が、何者かによって次々と討伐され、その肉や爪などの素材が市場に出始めると、人類は一気に活気づいた。
それに触発されて、これまでに現れた新種の魔物が討伐されたという報告が、各地から次々と出てくる。
不思議な力を宿した子どもたちと、自然の魔晄によって図らずも力を増した兵士達の活躍。
不定期にもたらされる、謎の実力者による白い鳥の討伐が更に後押しする形となり、各地で上がった反撃の狼煙は大きな波となって世界を飲み込んでいった。


図らずに人類の反撃の起爆剤となった白い鳥の討伐。
だが、それをなした張本人であるとセフィロスは、例年にない暑さに汗を流しながら夏野菜の収穫に勤しんでいた。
外の世界がどうなっているとか、元々2人は気にしていないし、たとえ教えられたとしても農作業が忙しくて、それどころじゃない。
ルーファウスが電話で『英雄再び』とか『表舞台に上げたがってる人間がいる』とか言っていたが、それより収穫作業を体験しにこないかと誘ったら、それ以上何も言わなくなった。

適度に降ってくれる雨と例年にない暑さのおかげで、作物の成長が著しく、また想定以上に実ってしまった。
朝に青かったトマトが、夕方には真っ赤になっているなんてザラである。

アイシクルエリアなのに、どうしてこんなに暑いのだと悪態をつけていたのは最初だけ。
半月も経つとそんな事を言う気力もなくなる。
口を動かす余裕があるなら手を動かせと言わんばかりに作業する2人は、陽が沈むと同時に作物をフェニックスに持たせ、南に送り出す。
作物が余っているとルーファウスに言ったら、最近飛空艇の生産で忙しいロケット村で引き取ってもらえるよう話をつけてくれた。
町から離れた場所にある神羅の施設で、普通のトラックに積み替えて配達してくれる手はずになっている。

それだけ畑が忙しいと、魔物の討伐依頼もままならなくなる。
最近一気に増えた依頼は、可能な限り期限を待ってもらっているが、急ぎのものは通りすがりのバハムートが好物の白い鳥を狩る幸運で対処していた。





「明日からしばらくは雨か……」
「トマトが割れますね」

「……もうペースト作りはしたくない」
「私もです。……燻製小屋に押し込めて、小屋ごと冬まで凍らせておきましょうか……」

「悪くないな。ソースやケチャップにすれば、多少の味の違いは誤魔化せる」
「では、そうしましょう。よかった。明日からは少しゆっくりできそうです」

今日も畑仕事を終え、いい加減飽きてきた夏野菜の料理を胃に収めると、とセフィロスは酒を手にリビングのソファに身を預ける。
やっとゆっくり過ごせる時間になったのは、夜の9時半を過ぎてからだった。

例年は、もっとのんびりと夏を過ごしていたのに、どうして今年はこんなに慌ただしいのか。
ルーファウスに愚痴ったら、春に現れた青黒いメテオが熱を発しているとか何とか言われたので、は星の意図を無視してあの青黒いメテオを次元の狭間に葬り去ってやりたくなった。


「ここ暫くは忙しすぎた。何もしない日は、必用だ」
「同感です。明日はゆっくり寝ましょう」


体力がある2人の肉体疲労は程々だが、畑にばかり手がかかるせいで、精神的な疲労が酷い。
去年までなら、その手で育てた作物の収穫に喜ぶ余裕もあったが、物には限度があった。
魔法で出した氷で畑を囲い、作物の育成を遅らせる案もあったが、畑の一角で試したら著しく味が変わったので却下した。
水やり程度なら問題ないが、自然の作物に対し、不自然な温度変化は、いけなかったらしい。

明日の方針を固め、同時にグイッと酒を飲みほした2人は、揃ってグラスをテーブルに置くと深く息を吐き出す。
いつもは翌日を考慮し、1杯だけで終わらせるが、今日は冬のように程よく足元が浮くくらい飲みたい。

今日のように疲れていると膝ではなく隣に座るを、セフィロスは無言で膝の上に引きずり上げ、その髪から漂う緑とラベンダーの香りを深く吸い込んだ。
グラスが遠のいたから物言いたげな視線を向けられ、数秒粘ったセフィロスだったが、自分もグラスに手を伸ばせないと気づくと、諦めて彼女を解放する。

「すみません、セフィロス。甘えてくださるのは嬉しいのですが、今はお酒を楽しみたいので、もう少し後からにしてください」
「わかった。俺のグラスにも注いでくれ」

少しだけ肩を落としているセフィロスの頬に軽く口づけて詫びると、は二つのグラスにワインを注ぐ。
葡萄を育ててワインを作ってみたいなんて2人で話したのは3年も前で、一度木を植えてみたものの、アイシクルエリアの冬は越してくれなかった。
懲りずに植えた果樹の多くも、容赦ない寒さと深い雪に倒れ、いつか別の土地に移った時の夢になる。

慰めに、街で買ってきた果物で果実酒を作っていたら、ついつい面白くなって地下室の棚二つが果実酒の瓶で埋まってしまった。
大きな甕を買った時、梅干しを作りたいセフィロスと、林檎のお酒を造りたいで意見が対立した結果、新たに甕を買って両方作ったりしているせいだ。
そろそろ加減しようと話しあっていた所だったが、そこにきて予期せぬ大豊作が訪れたため、地下室は更に瓶詰めされた野菜でいっぱいになっている。

晴れた昼間は畑仕事に追われ、夜と雨の日は一日中瓶詰めづくりに追われる。
もし許されるなら、1カ月くらい畑を放り出して旅行に行っていたいくらい、今夏の二人は疲れていた。


「セフィロス、今年は秋植えの野菜を作るのはやめませんか?せめて、玉ねぎだけにして……もうゆっくり休みたいのですが……」
「俺も、できればそうしたい。少し、違う土地で羽を伸ばすか……」

「行き先は………………ゆっくり決めましょう。さあ、どうぞ飲んでください」
「そうだな。、お前も飲め。今日は泥酔したい」

「ですが、貴方、最近は酔うと何度も私を踊らせるじゃないですか。今日は早く寝させてください」
「お前も俺を歌わせるだろうが……」


言い合う気力もない二人は、じゃあ今日は大人しく飲むだけにしようと約束して、それぞれグラスやつまみに手を伸ばす。
去年までは呑気に晴耕雨読な生活を楽しんでいたのに、どうしてこんな仕事に追われる生活になっているのか。

農耕生活も十分楽しめたし、そろそろ畑を小さくする事を考えても良いかもしれない。

思い返すと、一昨年もそんな事を考えていた。
たが、その時は味噌を造ってみたいというセフィロスが大豆と麦を植えたおかげで、結局畑の縮小は叶わなかった。

去年も、畑を減らそうと考えた。
けれど、冬に飲むコーンスープのために、更にとうもろこしを増やし、苗を買いに行ったとき安売りしていた西瓜とメロンを沢山植えてしまった。

今年は何も増やさなかったが、予想外の大豊作で例年より忙しい。

来年こそ、作物を減らそう。
そう思いつつも、今朝収穫して茹でたばかりの落花生に伸びる手が止まらないは、セフィロスから来年は落花生を増やすか問われて心をグラつかせていた。
グラつかせたが、ここは堪えなければ駄目だ。
あの変な青いメテオのせいで大豊作なら、来年だって同じように畑仕事に追われることになる。
作物を増やすなら、その分忙しさだって増す。


「セフィロス、私を誘惑するのはやめてください。来年大変なことになります」
「そうだな。悪かった。お前が美味そうに食べているから、つい、な」

「お気遣いくださってありがとうございます。そのお気持ちだけで、十分嬉しいですよ」
「そうか」


ふわりと目を緩めながら、モリモリ落花生を食べているに、セフィロスは本当に良いのかと思いつつ、彼女の意思を尊重する。
あっという間に減っていく落花生と酒に、大丈夫だろうかと彼女のお腹を見るが、そこは胃に入ったもので多少膨らんでいるだけで、贅肉は殆どなかった。
彼女は毎朝外で剣を振っているし、忙しさの合間は勿論、食べ過ぎたと思った時点で、次元の狭間に行って思いっきり体を動かしているので、体型の崩しようもないだろう。


自分もそろそろ刀を振りに行きたいとセフィロスが考えていると、携帯にレノからの魔物討伐依頼が来る。
収穫時期である事を考慮して、期限を長めに見てくれるよう頼んでいるので、今回の討伐も『早めだと嬉しいが1カ月後まで』という余裕を持った依頼だ。
依頼内容は、ウータイ南方に出現した白い鳥3体。

最近おなじみの敵だと考えながら、画面をに見せると、じゃあ来週辺りで、と悠長な返事がきた。
現地の人間にとっては、早く討伐してほしいのだろうが、そこは今の世代の人間達に極力頑張ってもらいたいところだ。
魔晄炉跡付近での魔晄濃度上昇は相変わらずで、天然ソルジャー(実際は別の名前が付けられたようだが、興味が無いので2人は覚えていない)も数が増えているのだから、やってやれないことは無いだろう。

壁のカレンダーに予定を書き込みに行ったを眺めながら、セフィロスはレノに返信を送る。
農作業が落ち着く時期まで討伐を後回しにしているせいか、週が明けてからはほぼ毎日討伐の予定が入っていた。
旅行を計画するまでもなく、あちこちに出かけることになりそうだ。
一日のうちにゴンガガエリアとミッドガルエリアの討伐が入っていたりするので、野宿をするか、二手に分かれての仕事になるだろう。
何もしない日々は、まだ少し遠そうだ。


がカレンダーを見て考え込んでいる間に、セフィロスはこっそりと落花生を片付けに行く。
冷蔵庫を閉じた音で気づいた彼女が、酒だけになったテーブルとセフィロスを見比べているが、彼は知らんぷりしてソファに戻った。


「あの……セフィロス、私の落花生は……」
「もう十分食べただろう?そろそろ膝に来い」

「……はい」

先ほど一度断った手前、渋々といった態度をしながらも、は大人しくセフィロスの膝に腰を下ろす。
とりあえず、この忙しさを乗り切って、秋の収穫をやり過ごせば、後は……

「今年はどうなるでしょうねぇ……」
「?」


冬ごもり……の前に、毎年恒例セフィロスが絶不調に陥るの命日がやってくる。
離れたがらないとか、苛々しやすい程度ならまだ可愛らしい。
だがあれは、彼の心の回復と日ごろのストレスに比例して症状が悪化するようで、去年は本当に酷かった。
できればあの手の不調は1度限りで勘弁してほしいと思うくらい、本当に酷かった。

あれを繰り返さないためには、可能な限り彼のストレスを発散しなければと思いながら、は不思議そうな顔で酒を飲んでいるセフィロスの頭をヨシヨシと撫でた。







2023.09.07 Rika
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