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久しぶりにやってきた神羅のヘリに、セフィロスは首を傾げる。
今は特に大きな荷物を頼んでいた覚えは無いのだが、考えている間に、吊り下げられた大きな包みが地面に下ろされ、ヘリは去っていく。
家の西にある雪山の上に下ろされたそれに、セフィロスがリビングで首を傾げていると、台所にいたが急ぎ足で外へ出て行った。

先週ホットドリンクメーカーが壊れたので新調する話はしていたが、届いた荷物はそれにしてはあまりに大きすぎる。
とりあえず、荷解きを手伝ってから話を聞こうと考えると、セフィロスは未だ冷たい風が吹く外に向かった。



Illusion sand ある未来の物語 79 6年目 春




、これだけの布、どうするつもりだ?」
「いずれ必用になるものなので、ルーファウスにお願いしたんです。ああ、そちら、岩塩が入っているので、濡らさないようにお願いします」

「塩……?」
「詳しくは家に入ってから話しますね。先に、これらを仕舞ってしまいましょう。水に弱いものが多いので、長く雪の上に置きたくありません」


染色はされているが、柄が全く入っていない大量の布と、重さも大きさも様々な麻の袋。
一体何に使うのか不明な品々を、セフィロスは言われるがまましまい込み、と一緒に荷物が包まれていたシートやワイヤーを片付ける。
シートとワイヤーは、次にロケット村へ買い出しに行ったとき、神羅の施設へ返却する約束らしい。

「驚かせてしまってすみませんでした。まさか、こんなに早く届くとは思っていなくて、お話しする間がありませんでした。家に入ったら説明しますね」
「……わかった」

不審げな顔をするセフィロスに、は苦笑いを返すと、春先の風に身を震わせながら彼の腕にしがみつき、家へと急ぐ。
また何かおかしな事を考えているのだろうと思いつつ、しかし届いた荷物の量の多さに不安が隠せないセフィロスは、まっすぐをリビングに連れて行った。


「それで、どんな説明をしてくれるつもりだ?」
「……えー……はい。あの……セフィロス、今回は、膝の上で捕まえなくても、逃げませんよ?」

「暖炉を消しているから寒いだけだ。気にするな」
「なるほど。では、説明しますが、今届いたのは絹、木綿、麻の布と糸、白・赤・黒色の岩塩、麻のロープ、鉄・銅・鋼のナイフ、あとは細々とした木工品です」

そんなものを大量に買ってどうするつもりなのか。
膝の上に載せたの声を聞きながら、セフィロスは数秒考えたが、答えなど出てこない。
布や糸だけなら、何か衣類を作るのかと思うのだが、届いた布は軽い気持ちで買う量ではない。


「何に使う気だ?」
「使う事もあるでしょうけれど、これらは売るためのものです。星の危機とやらを無事終えたら、貴方がこの星から自由になれると言ったことは覚えていますか?」

「……ああ。そういう話は、前に言っていたな」
「ええ。その時に話したと思うのですが、もし貴方が良いと仰るなら、この星を離れ、他の世界にお連れすることも可能です。今回購入した品は、その時の準備ですよ」

「……他の世界……」
「貴方が嫌だというなら、無理にとはいいません。ただ、私は生まれた世界に用事があるので、一度は行くつもりです。今回の品は、その時用なんですよ。途中で路銀が尽きては困りますから、換金用に」

「…………それで、ルーファウスに頼んでいたのか。だが、どうしてこの品を選んだ?換金目的なら、宝石や貴金属の方が荷物が少なくて済むだろう?」
「この世界のように中古の貴金属の買い取り業者が一般的あれば良いのですが、行った世界でそれが存在するかはわからないでしょう?」

「普通の装飾品を売る店くらいないのか?」
「私が生まれた世界の、当時の文明レベルでの話になりますが、正直かなり難しいでしょう。
理由はいくつかありますが、一つ目に、平民……一般市民は大量の貴金属などもっていませんから、盗品を疑われ牢屋行きです。
二つ目、この世界の宝石の加工技術は高すぎて、間違いなく徹底的に出所を探られるでしょう。
三つ目、下町にもアクセサリー屋はありますが、装備品ではない装飾品は、豪商や貴族しか相手にしません。
四つ目、後ろ盾となる権力者を持たない場合、どれほど価値がある宝石を売ろうとしても、徹底的に買い叩かれます。
五つ目、裕福層を相手にする商人は大勢の護衛を連れながら客先の屋敷に訪問して契約書付きで商談をしますから、この世界のような気軽に商売できる実店舗はありません。
六つ目、それでも商売をする商人は後ろ暗い所が……」

「もういい、よくわかった。迂闊に貴金属を売るのは、相当な世間知らずという事だな」
「ええ。ですから、平……一般市民や彼らを相手にする商人たちが取り扱う品を換金するのが、一番安全で効率的なんです。塩・布・ロープは、どこの街や村でも買ってもらえますから」

「なるほど……」
「魔物の素材も買い取ってもらう事はできますが、異世界の魔物の素材なんて、価格評価が難しいですし、出所を探られますからね」

「確かにな……」

久々に一気に情報を渡されたな……と思いながら、セフィロスはの肩に頬をつけて頭を整理する。
空想童話や冒険譚では、換金用に持つのは宝石やアクセサリーが定石だが、なるほど、確かに話を聞けば身元不明の人間が売りつける貴金属なんて盗品を疑われて当然だ。
そもそも、そういった品を買い取ってくれる店がどこにでもあるわけでもない。
田舎町の小さな商店に高級車を売ろうとするようなものなのだろう。

やはり現地で生まれ育った人間は違うな……と感心したセフィロスは、しかしそこで、はたと初歩的な事に思い至る。

世界の話につい注意が向いてしまったが、が一度向こうの世界に戻るとはどういう事か。
用事があるというが、その間、セフィロスをどうするつもりなのか。
一緒に行く事を前提にしているようだが、もし彼が難色を示すなら、一人で出かけてきそうな雰囲気である。
冗談ではない。
さらりと流してくれていたが、異世界だなんて、ちょっと近くの川に釣りに行くのとはワケがちがうではないか。


、生まれた世界での用事とは何だ?いつ行くつもりだ?」
「昔は知らなかったのですが、あちらにはネクロマンサーの力を得られるクリスタルがあるそうなんです。今後のために、その技能を取得したくて。行くとしても、こちらの世界が落ち着いてからの予定ですよ」

「……ネクロマンサー……」
「戦闘技能よりも、ジョブとアビリティに不随する知識が目的です。今私たちが使っている肉体構築の魔法に変更を加えるためには、知って損はない知識なんですよ。冬にラムウやオーディンから色々教えていただいていましたが、それだけでは限界がありまして」

「そうか……変更とは、具体的になんだ?」
「……はっきりと言えば、子を成せる肉体を作るための変更です。ここは、生殖機能だけではなく、魂を引き寄せたり生命を宿すという部分も関わるので、死霊とはいえアンデットを扱うネクロマンサーの知識がある程度必要になるんです。……ああ、もちろん、今、子を成したいと思っているわけではありませんよ?ただ、先は長いので、何百年後の私達がどう思っているかは、わからないでしょう?術式の完成も、どれだけかかるかわかりませんから、その時のために、今のうちに知識を蓄えておこうかと」

「……俺はまだお前と二人だけがいいが……そうだな。事前に準備しておくのは、悪くないだろう」
「私も、まだまだ貴方と二人きりでいたいと思っていますよ。変更をした魔法は、使わなければ使わないで、いいんです。ただ、私達の肉体構築魔法も、いつかは手を加える必要が出てくるでしょうから、その時のためにも知識は必要なんです」


子を成すと聞いて、言いにくそうに呟いたセフィロスに、は小さく苦笑いして、その額にそっと口づける。
一緒になって5年も経つのに子どもがほしくないだなんて、大半の夫婦にとっては亀裂になりそうな話だが、双方合意な上に寿命が長いとなれば、問題ですらない。

そうでなかったとしても、の命日が来る度に心身のバランスを崩す今のセフィロスには、父親になるだけの余裕は無いだろう。
自身、か弱い子供を抱えながら、毎年どんな転び方をするか分からないセフィロスの対処までできるとは思えない。
許容量を超えてしまうだろうことは、考えただけでもわかってしまった。

の返答にホッとした表情を見せた彼が可愛く思えて、彼女はつい笑みを深くしてその唇に口づけた。
唇を離すと、急に上機嫌になったに彼は腑に落ちない顔をしていたが、彼女は気にせず彼の首筋に頬を寄せた。

で暖を取ると先ほど言っていた通り、額に掠めた彼の耳は赤く、冷たかった。
自身の掌が暖かい事を確かめたが、セフィロスの両耳にそっと当てると、彼は一度だけ心地よさそうに目を閉じ、彼女の下唇を柔く噛んでくる。


「……何か、俺が手伝えることはあるか?」
「術式の変更を考える時、一緒に頭を使ってください。ですがその前に、あちらの世界の文字と古代文字、あとは魔導のお勉強からおねいします。急ぐものではありませんから、ゆっくりやっていきましょう」

「それはかまわないが、ならばファリスの本を取り上げたのは何故だ?」
「他に分かりやすい本を渡したでしょう?」


片眉を上げて問うように笑うセフィロスに、はしれっと返すと、話は終わったとばかりにまた彼の肩口に顔をうずめる。
よほどあの本に触れられたくないらしい彼女に、彼は声を殺して笑い、自分用の鍵付き棚に入っている件の本を思い出していた。

奪われるなら、隠れて読めば良いだけの事。
がイフリートに本を返した時点で、新たにその本を借りなおしたセフィロスは、の不在を狙っては少しずつ本を読み進めている。

今は、風のクリスタルが失われて水門を通った達が、封印を破って現れた魔物と戦い、がこれは海老なのか、食べられそうかとファリスに相談してきたところまで読んだ。
と一番長い付き合いらしいファリスをしても、の言動は時折理解しがたく困惑させられたらしい。
やはりそうだったか、と思いながら、それなら、彼女が生まれた世界に行っても、それなりに馴染んでやっていけそうだと、セフィロスは密かに安堵している。
もし皆が皆、のようにセフィロスの常識から定期的に飛び立ってしまう世界だったら、やっていける気は全くしないかっただろう。

この世界にしがみついて留守番する理由は無いし、を一人で遠出させるのは色々と心配なので、その時がきたらついていこう。
だがその前に、この世界のいろいろな景色を、もう少し彼女に見せておこうか。
討伐で各地へ足を運ぶ中、昔目を奪われ、けれど忘れていた景色を見つけなおした彼は、それらを思い出して微かに頬を緩めた。

セフィロスの腕の中で、は心地よさそうにその肩に頭を預けている。
どんな景色を見せても、彼女は喜んでくれるだろうと想像できる。それは目にした景色にも、肩を並べてその景色を見られた事にもだ。

去年が酷く忙しかったので、今年は畑に植える作物を半分にして、のんびり過ごそうと話をしている。
きっとまた魔物討伐で各地を転々とするだろうが、その合間に、を色々な場所へ連れて行こうと考えた。

ふと、くすぐったさを感じて、セフィロスは喉仏を辿っていた彼女の指を捕らえる。
気にすることなく手を握り返したに、どうしてやろうかと考えたが、少しだけ眠そうな彼女の目を見て仕返しはやめた。

この後は何をしようか、今日の夕食は何にしようか。
そんな事をとりとめもなく考えていると、瞼が自然と落ちてくる。
静かに膝から降りたに促されるままソファへ横になり、自然と大きく息を吐いたセフィロスは、頬を撫でる彼女の手の温かさを感じているうちに、眠りの中に落ちていった。






2023.09.07 Rika
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