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Illusion sand − 104



「騒がしいな……」


慌しくすれ違って行く社員を眺め、はポツリと漏らす。
微かに口の端を上げ、視線を送って答えたレノは、副社長室の前にいる秘書に手を上げて挨拶した。

「戦時中だからな。当然だぞ、と」
「タイミングが良いのか悪いのか、わかりませんね」

「副社長だからな」
「さぞ、良い笑顔をしているんでしょうね……」

「諦めたか?」
「それなりに」

「そいつぁ良かった。ほら、ご対面だぞ、と」


もう玩具でもペットでも、好きに考えてくれ。
そう苦笑するに、レノのは可笑しそうに笑うと副社長室の扉を開く。
デスクで待ち構えていたルーファウスは、予想通り満面の笑みを浮かべて二人を出迎えた。


「会いたかったぞ、
「また妙な事を思いついたんですか?」

「失敬な。私は純粋に君との再会を喜んでいるに過ぎない」
「その喜びの理由は何でしょうね……」

「そう心配するな。ただの気まぐれだ」
「…………」


これは……間違いなく、しょうもない事を考えている。
しかし、彼のそれは今に始まった事ではないので、は呆れた笑みだけを返し、応接ソファに腰を下ろした。


「早速だが、。士官学校は退職してきたのだな?」
「後始末は殆どありませんので、明日、明後日の授業が最後です。籍は今週末までありますよ」

「かまわん。では、来週からは、私のボディーガードを勤めろ。勿論、給与は出す」
「は?」

「こんな時勢だ。個人的に警備を雇ったところで、不思議はあるまい」
「神羅の面目はどうなるのですか?」

「戦争に人員を割かなければならないのだ。私の警備に割り当てる人間が減るのは良いことだろう」
「レノだけで十分では?」

「タークスは神羅の組織だ。私ばかりに構っているわけにはいかないだろう。今は総出で、ウータイ軍の情報収集に当たっている状況だ」
「なるほど」


ニヤニヤ笑うレノを横目で確認して、は小さく頷く。
最初から拒否権など無いのだ。神羅側に利がある事なら、文句を言われる事は無いだろう。


「セフィロスへは、任務から戻り次第私から言っておこう。安心すると良い」
「…………」


ニタァと笑って言ったルーファウスに、は彼の機嫌が良かった理由を悟る。
安心しろ…つまり期待して待っていろ。すなわち、覚悟しておけ、という意味だろう。
一体どんな報告の仕方をするのか……いや、あまり想像したくないので考えないでおこう。どうせ考えるだけ馬鹿らしい結果だ。

しかし、いつもなら「ほどほどに」と言って済ませるが、今は少々避けてほしいと思う。
昨夜の会話で、セフィロスがどう感じたのか、どう考えるのか、今のには予想がつかない。

彼のやりかたを拒絶し、重荷になると言ったも同然なのだから、当たり前だろう。
どれだけの深さかわからない溝に、嬉々として塩を投げつけるのは遠慮してほしかった。


「……なるほど。セフィロスと、何かあったのか」
「ええ、まぁ……」


いつもなら苦笑いで終わらせる彼女が、今日は神妙な顔で考え込んだ。
あっさりと原因に目星をつけたルーファウスは、面白そうな顔をして彼女を眺め、レノに目で退出を促す。


「珍しいな。お前とセフィロスがもめるとは。……押し倒されでもしたか?」
「ぶん殴りますよ?」

「お前が言うと、洒落にならん」
「前科が多いので」

「セフィロス……哀れな男だ」
「否定できません」


レノが出て行くと、ルーファウスは彼女の隣に移動してその表情を覗き込んでくる。
ニタニタ笑いながら観察してくる彼に、は箱詰めしてやりたくなる気持ちを抑えた。


「……無自覚……か。……お前は、本当にこういった事に疎いな」
「何をおっしゃっているのか、理解しかねるのですが?」


心の中を読まれたか……いや、もしや口に出してしまっていたのだろうか。
手を貸してくれる人間を箱詰めするなど、確かに普通に聞けば常識的ではない。いや、それでは彼の会話とうまく繋がらないのではないか?
相変わらず何を考えているかわからない男だ。

珍奇なものを見る目を返すに、ルーファウスは苦笑いを零し、ソファに背を預ける彼女の肩を抱く。
これで理解するだろうと思い、けれど相手がなので分からないかもしれないと思っていると、案の定彼女の表情は全く変化しなかった。


、お前は……本当に何も感じていないのか?」
「……ん?敵の気配のようなものはしませんが?」

「…………私は男で、お前は女だ。この距離に、何も感じないか?」
「……ルーファウス、貴方、私とは孫どころかひ孫・玄孫ぐらいの年の差がある事を忘れていませんか?見た目はこうですが、私は白骨レベルのババアなんですよ?」


ルーファウスは心底思う。

何故、セフィロスはこの女に恋愛感情をもてたのだろう、と。
逆もまた然り。

1度は求婚したのだから、多少は意識するだろうと踏んでいたのに、赤子程度にしか思われていなかったとは意外だ。意外すぎだ。
おそらく彼女は、今、自分がどれだけ距離を詰めようとしても、幼子にじゃれつかれている程度にしか思わないのだろう。
いや、彼女の思考なら、珍しいモンスターか動物にでも懐かれた……というあたりだろうか。

男の敵以外の何者でもないな。

神妙な顔で、ババアを自称した
女として激しく間違っている気がするのだが、『だから』と考えると、ある程度納得できてしまうのはどういうことか。
いや、どうも何も、彼女の日頃の言動のせいだが……。


「……お前は……」
「何を求めたところで、私は変わりませんよ」

「…………フッ。……なるほど。そういう事か……」
「…………」


どれだけ近づこうとも、どれだけ触れても、どれだけ言葉をかけても、彼女がルーファウスの期待に答えることは無い。
白けさせる言葉に乗せられ、呆れて立ち止まった自分に、ルーファウスは口の端を歪めた。
無様な姿を晒した事を自嘲し、それによって増した歪みさえある感情に、薄笑みへと表情を変える。

見つめ返す彼女の瞳は冷めていて、けれど同時に哀れみの色も混じる。
無意識にプライドに爪を立ててくるに、ルーファウスは彼女の肩を掴む手に力を込めた。


「こうするのがセフィロスなら……お前はどうしていた?」
「触った瞬間、無意識に投げ飛ばしてるでしょうね」

「さて……本当に、そう思うか?」
「…………」

「身を任せるのではないか?セフィロスが望むままに、お前は肌を晒し、淫らに喘ぎ、喜んで足を開く。そうだろう?」
「…………」


は石化していた。

悉く雰囲気を粉砕する彼女を、ルーファウスは冷めた目で見つめると、心底哀れんだ笑みを浮かべる。
考えた事もなかったのだろうか。いや、そんなはずはないだろう。おそらくは、現実的に考えていなかっただけだ。
先は分からない、と。誰より未来を恐れていたはずなのに、この女はまだ生ぬるい現実の夢を見ていたという事か。
それとも……分からないからこそ、夢を見ていたのだろうか。恐れるがゆえに、考えずにいたのだろうか。
どちらにしろ、ルーファウスにはその姿が酷く滑稽で、哀れに思えた。


「壊してみるのも……悪くはないと思わないか?」


同情が破壊衝動に変わるのに、そう時間はかからない。

放心状態から抜けずにいるを強く引き寄せ、ルーファウスは耳元に囁く。
ピクリと反応した彼女に笑みを深め、知られぬように髪に口付けながら、その香りに目を緩めた。

感情が無様に暴走を始めたのだ。けれど、時には愚か者の仲間入りするのも悪くないと思っている。
どうせまた、すぐにが現実へ引き戻してしまうのだから、時には酔狂になっても良いだろう。


「どんな姿を晒してくれる?地に這い足掻き苦しむか?誇りを捨てて頭を垂れるか?諦めの薄皮に憎悪を隠すか?」
「…………」

……お前と、セフィロスを断ち切ったら……どんな醜態を見せてくれる?」
「……できませんよ」

「…………」


一時の夢に酔うことすらさせてくれないのか。
彼女の一言で、呆気なく平静に戻された感情に、ルーファウスはそっと目を伏せる。
静かに身を離し、名残惜しむように頬に指を滑らせるが、彼女の瞳は穏やかだった。

それは追い討ち以外の何者でもなかった。何の感情も無い瞳の方が、よほど優しく思えただろう。


「私には、傷を抉る趣味はありません」
「知っている」

「気まぐれな期待などしないでくださいな」
「熱も冷たさもなければ、傷は腐り落ちるだけだ」

「それでも、貴方は、本当は何も望んではいないでしょう?」
「……………その通りだ」


深く息を吐きながら、ルーファウスは体の力を抜く。彼女から手を離し、ソファに身を預けて天井を仰いだ。
蛍光灯の眩しさに眼を細め、窓の外にある薄暗い雨を横目に見る。
夕暮れも無く夜の闇に変わり始めた景色は、濡れた建物に反射した魔光で、晴れの夜空より明るい気がした。


……」
「何ですか?」

「私は、お前を殺すことになるかもしれない」
「……必要なのでしょう?」


今更の事を言われたように、彼女は小さく笑って言う。
それにちらりと視線を向けたルーファウスは、動じる様子がない彼女に微かに目元を緩めた。

ルーファウスの傍にいるという事は、これまでよりずっと神羅に近づくという事だ。
いくらルーファウスの傍とはいえ、立場がある彼がを守ろうと表立つ事は無い。この時期なら尚更だ。

ルーファウスが、多少手を貸す事はあるだろう。だが、その気になればいつでも糸を立てる距離である事に変わりはなかった。
その状況に、手ぐすね引いて待っている科学部が、動かないはずがないだろう。
自棄でも起こしたかのような動きだ。だが、停滞続けるよりも、動きがあった方が良い。



「そう焦らずとも、私は簡単にやられません。ご心配なく」
「…………」


彼女の言葉に、ルーファウスは一瞬疑問を持つ。
だが、すぐに自分の行動を思い返し、なるほど、といった顔で彼女を見た。


「一番逃げたがっているのは私でしょう。けれど、それでは何も解決しない。そうでしょう?」
「随分と正直だな。それほど、余裕が無いという事か」

「…………そうですね」
「……」


微かに笑って視線を逸らしたに、ルーファウスはここにいない英雄を思う。
本来、今の彼女の言葉を聞くのは、セフィロスの役目だったのだろう。
彼ならば、きっと彼女が楽になるような言葉で答えてくれたに違いない。

だが、今ここにいるのはセフィロスじゃない。
それに、彼女の様子を見る限り、戻って来たとしても容易に口に出来ない状態なのだろう。

最も焦りを覚えているのは、自身だ。
だからと言って、やみくもに心を乱すような事は無いだろうが、最たる安定剤のセフィロスが劇薬になっている現状は、少々厄介だと思う。

ルーファウスが、その役目に取って代わろうとしても、それを成したとしても、正解ではないはずだ。
彼女自身、誰かをセフィロスの代わりにして甘えることは望まないだろう。そこまで軟弱な女ではない。
受け止めて慰めてやるより、肩を組んで前を向かせ、厄介な獲物を指し示してやるほうが、よっぽど元気になる女なのだから。


「今後、ソルジャーの役目は増える。、お前も、常に私の傍で警護に当たることになるのだ。セフィロスに会える時間は、これまでよりずっと少なくなるだろう」
「…ええ、そうですね……」

「仕事は月曜からだ。考え込む余裕などなくなる。お前達の問題ならば、お前達だけで解決しろ」
「そのつもりです」


言われなくともそのつもりだ。

そこまで尻を拭ってもらう気など無いことは、考えずともわかるだろうに、一体どういう風の吹き回しか。
よもや、セフィロスの過保護さがうつったのではないかと思いつつ、は席を立つ。
2〜3の挨拶をして執務室を出た彼女は、廊下で待っていたレノに連れられ、神羅本社を出た。

毎度お馴染みの車の助手席で、窓の外を眺めていたは、レノから紙袋を押し付けられる。


「アンタ用の携帯だ。副社長、セフィロス、俺、ザックスの番号は、入れておいたぞ、と」
「…あの機械は、あまり得意ではないのですが……」

「心配するな。老人用だ」
「それは、どういうものですか?」

「数字の他には、5つしかボタンが無いやつだ。言っとくけど、メールは使えないぞ、と」
「5つも……」


たった5つのボタンで、不安そうな声を出したに、レノは少々驚きながら彼女を横目で見る。
一瞬ふざけているのかと思ったが、眉間に皺を寄せて紙袋を見つめる彼女の目は、本気だ。


「アンタ、普段はどうやって電話してるんだ?」
「受話器を取って番号を押すだけでしょう?切るときは受話器を押せば良い」

「それがわかるなら携帯も使える。通話と電源のボタン、通話を切るボタン、着信履歴、発信履歴、決定の5つだけだからな」
「…………なるほど」


テレビのリモコンや電子レンジを使えるのだから、携帯ぐらい普通の機種でも使えそうなのだが…。
いや、下手に高性能なものを渡して、全く使えないような事になるよりは、必要最低限の機能だけのもので良いのかもしれない。
最近は携帯電話相手の詐欺も多いことだし。


「これから副社長の自宅に行く。月曜の朝は、家から直接副社長の家に迎えに行ってくれ。アンタの家から、徒歩でも5分かからない」
「わかりました。……もしや、本社ビル側に見える、大きなマンションですか?」

「ああ、そこの16階だ。……空から行ったりなんかしないだろうな?」
「私はムササビか。やりませんよ、緊急時でもない限り」

「その台詞、出来るって言ってるように聞こえるぞ」
「…レビテトとエアロ…いや、ブリザトか……。まぁ、二つ三つ魔法を合わせれば、一気にベランダまでは飛べますよ。……目立つからやりませんけどね」

「緊急時のみ…だな。まぁ、ほどほどに頼むぞ、と。普段はエレベーターを使ってくれ」
「そのつもりです」


まぁ、こういう女だよな…。

常人の無茶苦茶も、彼女にとっては普通の手段の1つ。今更大げさに驚く事はない。

そう考えて終わる時点で、自分もちょっと変わっているのだろうかと思いつつ、レノは大きなマンションの地下駐車場に入る。
鍵をかけ、エレベーターから一階へ出ると、顔なじみになった受付嬢がフロントで微笑んでいた。


「地上から入るなら、まずフロントに行ってくれ。指紋認証で訪問記録を取るからな。基本的に、ここの中は全部指紋認証で動く。だから、最初に受付に行かないと、エレベーターは動かないし、建物から出ることも出来ないぞ、と。ああ、言っておくが、アンタは副社長のボディーガードだから、準住人扱い。受付で認証を受けるのは、今回だけだ。次からは、そのままエレベーターに向かっていいぞ、と。ただし、部屋のドアは住人の許可がなきゃ開かないし、エレベーターが他の階に止まる事も無い。行けるのは副社長の部屋だけだ。覚えておけよ、と」
「……おおまかには理解しました」


受付嬢が差し出した機会に手を突っ込み、はベラベラ説明するレノに相槌をうつ。
副社長が住んでいるのに、警備兵が全くいないと思っていたが、なるほど、そういう事か。
しかし、有事の際には、多分大勢の警備兵がなだれ込んでくることになるのだろう。
いたるところに設置されている監視カメラは、せわしなく動いている。

「警備の数は、どの程度ですか?」
「はい。当マンションでは、常時20人の警備員が待機しております。監視カメラに異常があった際は、セキュリティールームから、各階の待機室にいる警備員に連絡が行きますので、すぐに駆けつけます。同時に、神羅治安維持部にも連絡が行きますので、数分で神羅からの応援が参ります。警備員が出動した際には封鎖措置が取られ、その階にはエレベーターは止まりません。その際、他の住民の皆様が建物に出る事は可能ですので、ご安心ください」

「ああ、ご丁寧に、どうも……」



営業スマイルで教えてくれた受付嬢に礼を言いつつ、はレノへと視線をやる。
副社長の寝床なるような場所なのだから、警備が厳重なのは当然だが、神羅本社より厳しいのではないかと思う。
視線を送られたレノも、多少はそう思っているようで、乾いた笑いを返した。


「今日はこれで終わりだ。16階は1部屋しかないから、部屋を間違えることは無いはずだぞ、と」
「わかりました。では、私は帰らせていただきます」

「いや、迷子になると困るから、家まで送っていくぞ、と」
「…………」


別に必要ない。

そう言いたかっただったが、以前迷子になってザックスに保護された事があるので、はっきりと拒否出来ない。
家との位置関係はわかっているので、一人で帰る事は可能なのだが、そう考える間にレノは玄関へ向かってしまった。

士官学校へ行くより簡単な道なはずなのだが・・・。
そう内心呟きつつ、は小ばかにした笑みを向けるレノを追いかけた。






2011.02.11 Rika
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