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真夜中に鳴った電話をとった後、彼は慌しく家を出て行った。

『暫く家には帰れない』

予想通りの、けれど、出来るなら聞きたくない言葉を残して、その背中は血色の嵐へと続く夜の闇に消えていく。



窓の外には、冷たい雨が降り注いでいた。





Illusion sand − 103






「幸い忙しくない時期ですから問題ありませんが、急な話で、正直驚きましたよ」
「突然申し訳ありません」

「いえ、元々臨時の採用でしたからね。教官になっていただく時も、タークスから、いつ辞める事になるかわからないと聞かされていましたから」


からの辞表を受け取った校長は、頭を下げる彼女を咎める事なく、穏やかに笑って返す。
早朝、レノから教官の職を辞するように連絡を受けた彼女は、出勤すると同時に校長室のドアを叩いた。
どうやら校長へも、今朝のうちにレノから連絡が行っていたらしい。
勤務は今学期いっぱいという事で話はついているようだが、残る日数は数日しかなかった。
幹部クラスを目指す生徒もいるが、それらは春から大学に通う事になるので、教室での授業しかしなくなる。
そのまま軍に入る生徒も、既に軍は配属先の選定を始めているらしく、それぞれの配属先に必要な科目を割り振られる。
実技授業は遠征や警備の模擬演習が主になるので、武術実技の授業しか受け持たないは、辞めたところで学校側に大きな支障が無かった。


「…しかし、教官の授業は見ていて面白かったので、もう見られなくなるのはとても残念です」

死屍累々と地べたに這い蹲る生徒達の姿を思い出しているのか、校長は嫌な笑みを浮かべながら、残念そうにため息をつく。
器用な真似をするものだと思いつつ、は彼に視線を合わせないよう、校長の隣に立つアベル教官を見た。


「…………」
「…………」

物凄く、睨まれている。

女子供には耐えられそうにないような、凄まじい眼光で睨みつけてくるアベルに、は噴出しそうになるのを抑えた。
アベルの表情は笑えるようなものではないし、笑えるような場面でない事も分かっているが、何故だか笑える。
面白い顔になっているわけではない。
間抜けな面になっているわけではない。
彼は至極普通の、怒りの表情を浮かべている。
突然職務を放棄する事に対し、怒っているわけではないだろう。
おそらく、科学部に気をつけるよう言われておきながら、結局は追い詰められる形になっている事を、彼は察しているのだ。
申し訳ないとは思う。
せっかくの助言を無下にしてこの醜態ならば、怒るのは当然だ。だが…

だが……しかし、申し訳ないが、怒っているアベル教官の顔は、何故か笑える。


このままではイカン、と、は口元を引き締めて俯く。
笑いそうになる顔を正すため、小さく深呼吸していると、視界の外で校長が大きなため息をつくのが聞こえた。


「アベル教官、そうにらむのはやめなさい」
「……わかっている」

「わかっているなら睨むのをやめなさい。教官にも事情があるんです。幸い授業に大きな支障はありません。教官、アベル教官の事は、気にしないで下さいね」
「……悪かった」
「…んブフッ!!」

「あらら?」
「ちょっと待て、何故笑う」
「いや・・・すみません、お気になさらず…」

「もう、アベル教官が睨むからですよ?」
「待て、何故俺が睨むと笑われるのだ?教官、どういう事だ」
「…………睨み方が、アレンとそっくりだったので、つい。申し訳ありません」


頭に血が上ったときのアレンの顔を思い出したは、笑ってしまったことを適当に誤魔化してアベルから視線を逸らす。
ニヤニヤ笑う校長と、憮然とするアベル教官の視線を、愛想の良い笑顔で誤魔化したは、その後細かい打ち合わせをすると校長室を後にした。




授業中の廊下は静かで、朝よりも激しさを増した雨音だけが響く。
何気なく外の景色に目を移そうとするが、窓ガラスは露に曇り、朧な陰影を透かせて見せるだけだった。

ガラスに張り付く水滴を拭い、歪に映される景色を眺める。
暗雲に覆われた雨の街には、いつもの活気が無く、それに代わるように武装した兵の姿があった。

達がジュノンに着いた日から、ミッドガルの街では兵の姿が増えていったという。
プレートの下にあるスラム街では、既に反神羅組織との戦いが始まっており、1日に聞く銃声の数が格段に増えたらしい。
上の街で騒ぎが起きれば、街の混乱に拍車がかかる。
それを防ぐために、街のあらゆる場所に兵を配置しているおかげか、今のところ上の街では目立った騒ぎは無い。

そう、今のところは……だ。
本格的に軍が遠征に動き出した今、街の警備に穴が出来ていくのは時間の問題だろう。


「私ものんびりしていられんな……」


乱にまぎれて攻め込むか、手招きをして迎え撃つか、はたまた餌を置いて雲隠れするか。
ルーファウスがどんな指示を出してくるかはわからないが、腰を上げる時が来た事だけは確かだと感じた。
















戦前。
馴染んだ沈黙に、セフィロスは瞼を伏せ、静かに思案する。
冬の海上、その上、雲の中を進んでいるといのに、ヘリの中は生ぬるさを覚える暖かさに保たれていた。

誰かが、壁に取り付けられたパネルを操作し、今回の任務の内容を再確認する。
薄く開けた目で、画面に表示された文字を目でなぞったセフィロスは、再び静かに瞼を伏せた。





『明日、ジュノンに駐留する神羅軍が出発する。コスタからコンガガを経由しグランドキャニオンに潜伏するウータイを追い出す計画だ』


日付が変わったばかりの深夜。
司令室に集められたソルジャーを前に、ラザードは今回の戦いの概要を説明する。
大きな画面に表示された世界地図の上には、彼の説明に合わせて、軍を表す駒が移動していた。


『ミッドガルの神羅軍本隊は来週出発。ジュノン海軍の半分と合流の後、空と海両方から進軍して、ロケット村を目指す。
 その後は、陸軍は海軍の協力の下、ロケット村を拠点にウータイへ向かう。
 同時に、残るジュノンの海軍がミッドガルで補給の後、大陸東から海路にて進軍。南・西・東からウータイ軍を囲い込む』


何ともおおまかな説明だ。
しかし、主力は軍が担当するのだから、ソルジャーに細かな作戦が来ないのは当然だろうと思いながら、セフィロスは駒に囲まれたウータイを見る。
戦況が悪化すれば、軍はまたいつものように、ソルジャーを前線に出せと言ってくるのだろう。
上がもう少し賢ければ良いが、あのハイデッカーだ。恐らく今回も、各軍の頭が奮闘してくれるのだろう。



『我々の任務は、軍に先だってウータイ及び各経路、各拠点予定地の工作に向かい、軍の受け入れに備える事だ』


いつも通り、最も危険な任務が回ってきただけだ。
そう考えると、セフィロスは新たに画面へ表示された、各任務の割り当てを見る。
自分の名前は、最初に。ウータイへの直接工作を行う部隊の一番上に表示されていた。
アンジールは同じくウータイへ行く中に入っているが、場所は海岸線。内陸で動く自分と合流する事は無いだろう。

ジェネシスの名は、やはり無い。


『ジェネシスは現在任務につく事が出来ない。代わりに、2ndソルジャーで固めて補う。任務完了後は、即時に帰還。スラム街の掃討チームと合流の後、市内及び魔晄炉の警備に当たってもらう』


戦中の、しかも少数精鋭のソルジャーでは、休みが無い事など当然だ。
余程の怪我をしない限り、この程度で休息をもらえる事など無いだろう。

ラザードが解散を言い渡すと、ソルジャー達はぞろぞろと司令室を出て行く。
出口にある機械で、早速任務内容を確認したセフィロスは、廊下へ向かうアンジールを見つけて呼び止めた。


『アンジール、お前もゲリラ組織の拠点潰しか』
『いや、俺は海岸線のウータイ兵討伐だ』

『そうか。……ジェネシスはどうしている?』
『もう大丈夫そうではあるが……どうだろうな』

『どういう事だ?』
『俺の気のせいかもしれないが……少し、様子がおかしかった気がしてな。まあ、大した事じゃないだろう。少し休めば、あいつもいつも通りになるさ』

『…………』
『気に病むなよ、セフィロス。おまえのせいじゃない』

『……ああ』
『それじゃあ、俺はもう行く。お前も頑張れよ』




「間もなく目標地点へ到達する。各員降下準備せよ」


操縦席からマイクを通して告げられた言葉に、セフィロスは回想をさえぎられた。
すぐに切り替わった意識は、それまで身を預けていた雑念を思考の奥底に追いやり、刀を握る手に戦いの感覚を呼び覚ませていく。


「10秒後に到達だ。5秒で全員降下完了しろよ。ハッチ開放」


機体が降下する感覚と共に、ヘリ後部にあるハッチが開いていく。
接近に気づいたウータイ兵の銃撃が始まったが、距離があるらしくヘリには届いていなかった。

移動手段が空しかないとはいえ、派手な登場になってしまった。
今回も、工作だけで帰れないだろう。

共に行くソルジャーたちには、既に降下後の指示をしてある。
確認するように、一度彼らへ視線をやったセフィロスは、頷いて返した彼らを確認すると、月の無い闇に飛び立った。
















「……ったく。入り込みすぎだろ?」


昼も尚暗いスラムの中、建物の影から飛び出してきた影を一刀で切り捨てる。
返す刃で飛び道具を弾き、左手から出した炎を隠れた敵に向けて放つと、炎に巻かれた影が悲鳴を上げながら躍り出てくる。
一気に間合いを詰めたザックスは、助走の勢いを乗せた刃を振り上げ、倒れこんだ陰の胴と頭を切り離した。

そのまま後方に飛びのけば、新たに飛んできた銃弾が、返り血を弾きながら、ザックスの頭があった場所を過ぎっていく。
後を追うように打ち込まれる銃弾を剣で弾く中、再び彼の手に出現した炎は、敵に向かわず上空へと舞い上がった。
銃撃音が一瞬止むのと同時に、建物から数メートル上で炎が爆発する。

瞬間的に明るくなった視界に、同僚によって仕留められる敵の姿を確認すると、ザックスは剣についた血を払った。

刹那、背中に向かってくる小さな気配を感じた体が、本能的に剣でそれを弾く。
振り返ると同時に、再び銃弾の雨に襲われたザックスは、弾を弾くたびに酷くなる刃こぼれに眉を顰めた。


「こんな所にいないで、自分らのウータイを守りにいけっての!」


開戦したばかりの忙しい時期に、新たな剣の支給を求めて良い顔をされるわけがない。
予想以上にミッドガルに入り込んだウータイの刺客と、備品を求めるたび向けられる事務員の微妙な表情を思い出し、ザックスは声を荒げて駆け出した。


「なっ!?」
「遅いんだよ」


数メートルあった間合いを一瞬で詰めたソルジャーに、銃を向けていた男は驚愕して身を強張らせる。
呆れた声で小さく呟いたザックスは、剣を握る手を相手の首に叩き込み、その骨を砕いた。
一瞬で事切れた男は、取れかけたボタンのように頭部を揺らしながら吹き飛ぶ。
巻き添えになった道端のゴミバケツから、生ゴミが散乱し、漂い始めた死臭を更にきつくした。


「……ちょっと、やりすぎたか?」


軟体動物のように首が折れ曲がってしまった死体に、ザックスは若干顔を引きつらせつつ、辺りを見回す。
建物の上にいた同僚が向ける呆れた視線に目を泳がせつつ、わざとらしく時計を確認した彼は、通りに入ってきた兵を出迎えた。



「14時28分……予定通りだな。じゃ、後は頼む」


生ゴミだらけの死体に驚く兵に、何食わぬ顔で挨拶すると、
建物から出てきた同僚と共に、軍がよこした兵を出迎えたザックスは、死体の処理を任せてその場を離れる。
すぐに後を追ってきた同僚に軽く振り向くと、道端の死体に顔を青くしている兵の姿が目に入る。
きっと、普通の人間とソルジャーの力の差に、恐れをなしているのだろう。初めてソルジャーの戦いを見た兵は、だいたいそうなる。

強くなれよ少年!と、死体の前で嘔吐している兵に心の中でエールを送ると、ザックスは駅を目指して歩き出した。


「…じゃ、さっさと報告しちゃいますかね」
「そうだな。ザックス、お前はたしか、この後3番魔晄炉だったか?」

「売れっ子は大変なんでね。お前らは?」
「本部待機。まあ、何かあったら連絡しろよ。駆けつけてやるから」

「……お前…そんなに俺の事、愛してくれていたなんて……!!」
「さようならザックス。後は一人で頑張ってくれ」

「おーーい!軽い冗談だろ!おいてくなって!」
「さ〜て、さっさと本部に報告するかぁ〜」

「ちょっとー!!」


振り向きもせず行ってしまう同僚の後を追い、ザックスは改札を抜ける。
何事かと目を向ける通行人をかき分け、電車に乗り込んだザックスは、さっさと別車両に移ろうとする同僚をまた追いかけた。

発車のベルの後、電車はゆっくりと動き出す。
長い暗闇を抜け、プレートの上に着くと、窓の外は雨音の世界に包まれた。
夕暮れのような暗さの中、幾億の雫が高速で走る鉄の箱に叩きつけられる。
窓の外の景色は滲みながら揺れ、静かに滑り込んだホームは沢山の傘で溢れていた。

濡れ鼠になる事を覚悟しつつ、こんな時だけ、天候とは無縁のスラム街を羨ましく思う。
神羅ビルに向かう同僚を駅で見送り、一度だけ空を見上げたザックスは、雨粒から逃れるように三番街に走った。







銃を手に、物々しい姿でビルの外を歩き回る兵を見下ろしながら、ルーファウスはブラインドを軽く指で弾く。
サイドボードの前で、青く光る水槽の中を覗いていたレノは、穴倉の中からハサミを振り回すザリガニをからかうように、側面のガラスを突付いた。


「レノ、お前はどう思う?」
「手を出しても、待っていても、つれない態度に代わりはなさそうですよ、と」


威嚇の態度を崩さないザリガニに、レノは眉を下げながらルーファウスへ振り向く。
お手上げだと肩をすくめて見せた部下に、ルーファウスは咎めるでもなく、椅子に腰掛けると、机の上にある警備体制の報告書を手に取った。


「報告しろ」
「持ち込まれたのは、神羅製作所時代の古い研究材料。古代種復活計画に関わった物だと思いますが、確信を得られる資料は10年以上前に抹消済みですよ、と。…まぁ、表向きは…だと思いますがね」

「当然のセキュリティだな」
「抹消の日付は、ガスト博士の失踪時期と重なってます。真偽はわかりませんがね」

「この期に及んで彼の研究に手を出す理由がわからんな。社長が直接許可を出すとなれば、余程の大事だろう」
「持ち込まれたのは、大きなコンテナに入ってたそうですよ、と。よっぽど大きなものか、それとも・・・・・・」

「厳重に管理せねばならないもの……」
「運搬目録では機材になってますが、取りに行った研究員は技術部門の人間じゃありません。宝条の傍で生物関連の研究をしている人間。それと、半年前までソルジャーの調整を担当していた人間です」

「……ソルジャー部門から、科学部に何か要請は出ていたか?」
「特には。ただ、セフィロスの調整は多くなってますよ、と。半分は任務で流れてましたが、今年科学部から要請された調整の回数は、去年より5割増し。しかも、全て夏からです。他の1stソルジャーも増えてますが、せいぜい1割か2割ですよ、と」

「他に目立った動きは?」
「研究員の一部が、宝条博士の下で、極秘研究をしているそうですよ、と。始まった時期はミディールで士官学校の実習があった直後」

「新種のモンスターの研究……とでも言っているのか?」
「お察しの通り」


嘘では無いだろうが、恐らくの血液の研究もしているのだろう。
以前市内の病院で行った血液検査では、魔力値と病原菌の抗体がおかしいというぐらいしか分からなかったが、科学部が見たとなれば別の事が出てくる可能性もある。

1ヶ月。
あの実習旅行から、メディアを使って騒ぎ立てる事で、科学部がに近づく事を防いでいた。
だが、ごく普通に生活する事に徹する彼女が、人々の興味を引くような騒ぎを起こすわけがない。
そろそろ、人々の興味も無くなり始め、道端に潜んでカメラを構える人間も少なくなってきていた。
よく持ったほうだと考えるべきだろう。


「セフィロスはどうしている?」
「今日の2時に、任務でウータイへ向かいましたよ、と。戻ってきても、すぐに別の任務が入ってます」

を動かすには、丁度良いな」
「士官学校へは、先週のうちに辞職の話をしています。には、今朝辞表を出すよう連絡しました」

「彼女の仕事が終わり次第、ここへ連れて来い」
「了解、と」


デスクの上の書類をまとめ始めたルーファウスに、レノは短く答えると執務室を出て行く。
内線をかけてきた秘書から、会議時間の連絡を受けると、ルーファウスは小さく息を吐いて椅子から腰を上げた。

一瞬だけ窓から溢れた光に、彼はちらりと視線をやる。
数秒の後、ガラスの向こうから低く唸る雷鳴が届き、しかし、すぐにまた雨音だけの世界に変わる。

まだ昼にもならないというのに、広がる街は夜のように暗い。
刹那に過ぎった、終わりの無い夜の中にいる感覚に、ルーファウスは微かに口の端を上げると、滲む世界に背を向けた。







2011.01.31 Rika
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