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休暇を無事終えてミディールに戻ってから数週間。
温暖なミディールにも冷たい風が吹き、年の瀬の準備に追われる頃。
1昼夜空が赤紫色に染まった後、ミッドガルを覆っていた魔物のなれの果てが倒されたとの知らせが入った。
空に浮いていた青いメテオの残骸も破壊され、再び世界の復興へ奔走するWROの姿と、今代の英雄の姿が世間を賑わせる。

今日も老いた姿でタークスの制服に袖を通しているセフィロスは、意図して新たな英雄の情報から目を逸らしたかったようだが、仕事柄それは不可能だった。
この姿なら、見つかることはあるまい。
避けつつも、そう油断していた彼を嘲笑うかのように、英雄が銀髪の男を探しているという噂が届く。
ミディールの山の頂が、白く色を変えた寒い日の事だった。


Illusion sand ある未来の物語 92



「申し訳ないと思っている。だが、世界が勝利の潮流に包まれる今、勝利の立て役者である英雄を押さえる事は、いかに我々とて困難だった。わかってくれ」
「……ルーファウス、謝るな。これまで押さえてくれいただけでも、感謝している」
「どれくらい経てば消しても騒がれなくなるでしょうか……」
「殺す目途、立ててるんじゃないぞ、と」

「レノが言う通りだ。、今代の英雄は、今後復興のシンボルとなる。心配するな。セフィロスがここで老いた姿を保っている限り、見つかることはない」
「先が見えないのが難点だがな……」
「最近、この辺りも鼠が増えています。皆さんあまり油断しすぎないでください」
「復興特需で鉄鋼類の値段が上がってるせいだぞ、と。今の社長は、また独身の優良物件に返り咲きだ。あちこちから縁談の打診が来てる」

「せっかくの趣味が、その範囲を超えてしまって残念だ。年があけたら、ニブルヘイムの鉱山とエッジの不動産事業の全権を神羅に売却する。レノ、準備をしておいてくれ」
「その程度で縁談が消えるのか?」
「才覚を見込んで婿に求められるだけでは?」
「どっちにしろ、来年は今より仕事の量が減って楽になるぞ、と」


年末なのに大きな仕事をブチ込んできた上司に文句を入れるでもなく、レノはタブレットに予定をメモしていく。
確かに、日々の仕事の中で二つの事業の書類が増えて負担になってきていたので、頃合いとしても丁度良いのだろう。
元々の経営手腕が有り余り、これまでも何度か大きくなった事業を神羅や関連会社に売り渡していたルーファウスだが、相次ぐ腹心の引退を切っ掛けに、元々やっていたミディールの料亭以外を手放すことに決めた。
趣味として楽しんでいたはずが、時間を追われるほどの仕事になってきて、楽しくなくなってきたらしい。

打ち合わせが終わると、レノはセフィロスを連れて部屋を後にし、ルーファウスと護衛のが残る。
デスクの上で山になっている鉱山の書類と、その他の事業の書類を前に、ルーファウスはあからさまにため息をついた。

確かにこれは趣味の範囲ではないな……とその様子を後ろから見て考えたは、一先ず部屋の隅にあるティーセットで紅茶を入れてる。
レノの引退はルーファウスと相談の上で3年後と決めているらしく、事業の縮小自体は前々から予定されていた。
その後は若いタークス二人だけをそばに置き、以前のような隠居生活に戻る予定らしい。

しかし、そうは言っても、ルーファウスだ。
多分数年もすれば、また暇を持て余して色々な事に手を出すのだろうと、は書類に目を通している彼を眺めた。




「人類の復興が進む事は喜ばしいが、老体でかかえる仕事の量ではないと思わないか、
「手放すまでの数か月辛抱するだけでしょう?もう少しですよ。頑張ってくださいな」

1時間ほど経って、ようやく書類の山を片付けたルーファウスは、が新たに入れた紅茶を受け取りながら愚痴る。
事業規模に対し、そばに置く人員が少なすぎるから余計に疲弊しているのは、ルーファウス本人もわかっていた。
人手不足を感じたら、手に余ると判断して取捨選択していたのだが、今回は復興による急激な業績成長がルーファウスの予測を超えてしまった。
ニブルヘイムの鉱山は最初から規模が大きくなると予測していたので、神羅と共同経営という形をとって面倒は丸投げしていたのだが、それでも山になる書類がまわってくるのだ。
情報溢れる街中から離れ、更にツォンとルードが抜けた穴が埋め切れていない証拠だろう。今回は珍しく引き際を誤った。


「それほどお体が辛いなら、また10年ほど若返らせましょうか?」
「……困ったことだ。私は、今のお前の言葉を、少しだけ魅力的だと思ってしまった。仕事をしている間だけ、若返ることが出来るのなら……とな」

「肉体年齢は30代半ばでしょう?そこまで変わりますか?」
、お前の体はいくつで止まっている?20代と30代では、想像しているより体力に差がある。セフィロスも、今の姿をするようになってから、よく疲れた顔をしているのではないか?」

「どうでしょうか。元々体力が有り余っている人ですから……今代の英雄の話が出ると、疲れた顔になりますがね」
「……羨ましいことだ」

脳筋夫婦に聞く話ではなかったと思いながら、ルーファウスはカップに口をつける。
旧友2人がそばに来てくれたことに浮かれたせいで、今回はらしくないミスをしてしまった。
若い頃ならそれを反省して気を引き締めただろうが、年のせいだろうか、もうそんな意地は起きない。
最初に始めた料亭こそ一応手元に残すつもりだったが、いっその事、とセフィロスの家の近所に小さな家を建てて本格的に隠居しようかなんて考えたりもした。
この二人なら嫌とは言わないだろうが、田舎での隠居願望が疲労による一時的な気の迷いの可能性があるので、口には出さないけれど。

顔に疲れが出ているのを自覚しながら、ルーファウスは書類を整えてくれているを見る。

昔の、触れたら折れそうな姿も悪くなかったが、今の女性的な線がある彼女も女性として魅力的だ。
蘇り、セフィロスと過ごしていた彼女は、会うたびに美しさに磨きがかかり、これが愛の効果かと思いつつも、田舎で引き籠っているせいでどこか服装が野暮ったくて苦笑させられた。

ミディールに来てからは、タークスの名に恥じないようにという名目の元、レノや若い二人に毎日化粧や小物等を指導されている。
それでも、独特のセンスは根が深すぎてなかなか改善しないので、最近は諦めて服装はセフィロスに指導しているようだ。
セフィロスも服装のセンスは悪くないのだが、数十年死んでいた上に田舎暮らしなので、昔のように洗練されているとは言いがたい。
だが、セフィロスの場合は不足している知識と昨今の流行を教えればすぐに順応してくれた。

服のセンスはさておき、の化粧の技術は順調に上達している。
と言っても、元の素材が良い上に、元々流行に左右されない上品な化粧をしていたので、劇的に顔が変わるなんて事はないが。
それでも、流行を取り入れて垢抜けた顔にすると、一気に洗練された都会の女のようになった。
仕事場に華やかな異性がいるのは、恋愛対象でなくとも心が浮き立つものだが、の場合は華がありすぎて仕事をしていても目がいってしまうという弊害が出た。
ルーファウスですら、打ち合わせ中に何度もに視線が吸い寄せられてしまったので、以来、彼女の化粧は『程々』をコンセプトに指導されていた。
女王の専属騎士として華のある存在感も必用だったので、そのように気配調節していたと聞いたのは数日後だった。
ならばと試しに気配の調節をせず、先日と同じ化粧をしてもらったが、頻度は減っても視線が吸い寄せられることに変わりはなかった。
彼女にとっては、そんなふうに視線が注がれることは、普通のようだったが……。


「……どうしたんですかルーファウス?」
「相変わらず、美しい顔だと思っていた。、今日のお前はどこか頼りなさげに見えるが、同時に底知れなさも感じる」

「ありがとうございます。今日の化粧はガイがしてくれました。私をどれだけか弱く見せられるか、試したそうですよ」
「なるほど。私が感じたのは、隠しきれないお前の内面というわけか」

「否定はしませんよ。ガイも、何故恐くなるのかわからないと言っていましたからね」
「女性に対し、酷い言い草だ。叱らなかったのか?」

「貴方の言葉も十分酷いのでは?……これくらいでは叱りませんよ。一番困惑していたのが、あの子でしたからね」
「そうか……」


猛獣にリボンをつけたところで、獰猛さは消えないという事だろう。
先日は、カーフェイが如何にの色気を引き立て妖艶にできるかと挑戦し、大成功した結果セフィロスにアイアンクローをされ、レノに叱られていた。
ルーファウスも、見事だとは思ったが色気がありすぎて仕事場でするにはどうかと思ったし、も呆れ顔ですぐ化粧を落としていた。
がいると、若い二人の雰囲気が明るくなるのだが、その分年甲斐もなくハメを外しがちなのが困りものだ。
懐いていると同時に、不老により普通の人生を送れなくなった苛立ちがそうさせていると分かっているので、が容認している以上誰も強く止めないが。

その点を考えると、やはり春以降の達の契約更新は慎重に判断した方がよさそうだ。
そんな事を考えていると、書類を片付け終わったがルーファウスのスケジュールと時計に目をやる。
彼女の胸ポケットから覗く謎の柄のハンカチに、何故それを選んだのかと少しだけ呆れた。

「ルーファウス、休憩されるなら、少しお話があるのですが、よろしいですか?」
「……30分時間をとろう」

「十分です。今回の世界の騒ぎの結果と、今後についてですが……」
「そこのソファにかけてくれ」

世間話をするような顔で、世界の命運に関する話をしようとするに、ルーファウスはもはや驚くでもなく応接用のソファをすすめる。
自らも仕事用のデスクからソファへ移動した彼は、今日はどんなトンデモ話が飛び出るのかと思いながら、ゆったりと足を組んだ。


「及第点ではあるようですが、星は人々が今回の危機を乗り越えたと判断したようです。本来の目的であった古代種復活についても、その種となる能力に目覚めた者が、想定を大きく上回る人数生き残ったそうですから」
「及第点とは……?」

「私が、英雄を鍛えた形になった事と、新型の魔物の討伐と間引きをした事です。その辺の文句は黙らせましたので、お気になさらず」
「わかった。では、今後の話とは何だ?」


星を黙らせたのかこの女……。
後々人類にそのツケが回ってこなければ良いが……と思いながら、ルーファウスは温くなった紅茶で唇を濡らす。
に関しては、細かい事を気にすると頭痛と胃痛持ちになると彼女の夫が証明してくれているので、ルーファウスは話を進める事にした。


「次の危機は、種が成長した頃に起こすそうです。恐らく、20〜30年後。それまで、彼らをしっかりと育てる必要があります。どうやら、一部の地域では彼らの事を今回の災厄の原因と考え、迫害しているようですから」
「後で該当地域を教えてくれ。息子に対処させる。ところで、危機は、これで終わりではないという事か?」

「星が起こす危機は、恐らく次が最後でしょう。そう悠長にする時間もないようですし。
ですが、古代種の種を成長させるため、今後も定期的に小さな事は起こすようです。変異種の魔物の出現や、一部地域での自然災害等が。要は、レベル上げと、腑抜けの排除ですね」
「そうか……。我々人類の平穏は遠いようだな」

「悠長な計画ですから、本当の危機への備えと思えばよろしいかと。上手く乗り越えて行けるなら、本番も多分大丈夫でしょう」
「他人事……いや、未来を断言はできない……か」

しかし半分くらいは、本当に興味がないのだろう彼女を眺めながら、ルーファウスは諦観のため息をつく。
彼女が語ったのは、間違いなくルーファウスの死後の時代だ。多少の対策は残しておくが、今ここで気を揉んだところで、何の意味もない。

「ルーファウス、今後についてですが、貴方の事でも、まだお話が」
「私の?」

「ええ。今回の危機、貴方が出るまでもなく、人類は一応乗り越えられました」
「一応……か」

「ええ。ですから、貴方が望まれるなら、本来の年齢に肉体年齢を戻す事ができます。どうなさりたいか、考えておいてください」
「……やはりそうか」

方法は違っても、セフィロスを老化させられるのだから、彼女がそれを可能とする知識を持つとルーファウスは確信していた。
口にされないのはまだ時期ではないのだろうと思っていたし、今の時期に告げられたのも予想通りだ。
彼女の思惑の後ろに、星の意思がある事も分かっていたが、隠し子疑惑を持たれる20代まで若返ったのは間違いなくのウッカリだろう。
あの時の彼女の慌て方は、割と本気だった。


「レノが引退するまでは、このままでいよう。その頃には、身辺の整理も終わっているはずだ」
「わかりました。では、その頃にまた、確認します」

「私といる時間が短くなったと、セフィロスが泣かなければ良いが……」
「そうですね。最近、彼は涙脆いので……」

「ほう。それは、毎日老化している影響かもしれないな」
「……あの変態が大人しく諦めてくれたなら、こんな事にならなかったでしょうに。やはり、どうにかしておかなければ……」

老齢のセフィロスも魅力的だが、やはり見慣れた姿の方が良い。
近頃では老化していない時の動きもどこかゆったりし始めていて、は少しだけ危機感を覚えていた。
ルーファウスも、それは少しだけ気になっていて、つい数日前、この先老化の影響はないのかとに確認したばかりだ。

が今代の英雄を忌ま忌ましく思うのは仕方ないが、変態という括りで言うなら、昔のセフィロスの裸コートも似たレベルではないだろうか。
この世界には、英雄と変態はセットになる呪いでもあるのかと考えながら、ルーファウスは残りの紅茶を飲み干した。






2023.11.21
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