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年末休暇を数日後に控えた日、あふれんばかりの笑顔で契約から帰ってきたレノに、事務所にいた面々はそっと視線を逸らす。 先日、とうとう今代の英雄から探し人として似顔絵を公開されたセフィロスは、端末から手を離して耳まで塞いでいた。 「そう嫌がるなよセフィロス、楽しいお知らせだぞ、と」 「聞きたくない」 今はこれ以上のストレスを与えてくれるなと視線で訴えるセフィロスに、レノは一瞬だけ同情した目を向け、持っていた可愛らしい紙袋をセフィロスのデスクに置いた。 「神羅本社に、アンタのファンクラブが出来てたぞ、と」 予想外だが、同時に肩透かしを食らう報告に、セフィロスは一瞬呆け、ガイはけらけらと笑い、カーフェイはすぐに書類の山に向き直った。 何度か仕事で神羅本社へ行く事はあったセフィロスだったが、ファンクラブを作られるような事をした覚えがなくて、頭の中は疑問符だらけだ。 老いた姿でも人を惹きつける元英雄に渡されたのは、可愛らしいが一目でお高いのがわかる差し入れのお菓子。 『奥様とどうぞ』と書かれたメッセージカードに、ひとまず害はないと判断したセフィロスは、ありがたく受け取ることにした。 Illusion sand ある未来の物語 93 お菓子を渡してもデスクに戻らないレノに、セフィロスはまだ何かあるのかと顔を上げる。 レノの顔には相変わらず楽しそうな笑みが、しかし今度はそれに苦笑いが混じっていた。 それでも、深刻さの気配がないそれに、セフィロスは小さくため息をつくと言葉を促すように首を傾げる。 「もう一つお知らせだぞ、と。が社長の愛人って噂が出てる」 「そんな事か。放っておけ。本人達も、虫よけに丁度良いくらいしか思っていない」 「いいのか?アンタの嫁だろ?」 「あの二人が、今更どうにかなると思うか?」 「…………無いな。無い」 「なら考えるだけ無駄だ」 出かける時は必ずを護衛として連れて歩くルーファウスが、その手の憶測を狙っているのは明白だ。 しかし、元妻が困っていないか、頻繁にへ様子を見に行ってもらっているルーファウスに、おかしな心配をしろという方が無理である。 未だルーファウスと縁を結ぼうとする誘いは絶えないが、安定経営が見込める鉱山を手放すという情報が広まるにつれ静かになってきた。 一部には、実は赤字経営だとか、事業を全て手放して神羅社員になるなんて噂も流したので、正式に鉱山を手放す頃には元の静けさを取り戻せるだろう。 寒さのせいで動きが鈍る指先を解すと、セフィロスは中断していた不動産関連の書類に取り掛かる。 エッジの不動産事業の仕事が終わったら一息つけると言っていたが、つまり年末休暇が過ぎても暫く忙しいという事だ。 趣味だと言っていたから快く手伝いに来たのに、予想していたものと規模が違いすぎて怒る気も起きなかった。 金と時間が有り余っている人間の趣味などそんなものなのだろう。 年末のボーナスは堅実に老後の資金に当てるというレノと、老後は無いのでパーッと使うと言う若者組。 どちらも、久しぶりの長い休暇に小旅行するらしいので、年末休暇中ルーファウスのそばにいるのはとセフィロスだけだ。 市場へ買い出しへ行くという年配の家政婦と、荷物持ちとして同行するを見送ると、残った男二人はリラックスした顔でリビングへ向かう。 「ルーファウス、何か飲むか?」 「ああ……いや、セフィロス、せっかくだ。今日は私が珈琲を入れよう」 当たり前の顔で紅茶の準備をしている若い顔のセフィロスに、ルーファウスはそっと缶を取り上げると、棚の中から珈琲を入れる道具を出した。 以前、ホットドリンクメーカーが壊れたと達が言った際に贈ったものと同じサイフォン式の珈琲メーカーを出して準備をする。 その間に、セフィロスは2人分の珈琲カップと水を用意し、邪魔にならないようすこし離れた位置で壁に背を預けた。 器具はどれも使い込んでいるが、よく手入れされている。 数年使っている自宅のコーヒーメーカーより、少しだけ古びているルーファウスのそれは、その愛着が趣として現れているようだった。 「使い込んでいるな。どれだけ前から使っている?」 「フィルターの事か?」 「いや、本体だ」 「これは20年ほど使っている。しかし、これは3代目で、ランプも1度買い換えている」 「長いな」 「そうそう壊れるものではない。大切に使えば、それに応えてくれるものだ」 小さく笑みを浮かべながら、カップの水をフラスコに入れたルーファウスは手元を見回し、気づいたセフィロスからライターを受け取る。 元の位置に戻り、再びルーファウスの様子を眺め始めたセフィロスは、先ほどの言葉と彼の年齢を考えて、少しだけ首をひねった。 「1台目はいつからだ?」 「神羅の社長になって間もない頃だ。誰にも煩わされず、一息つきたくて社長室に持ち込んだ」 「なるほど……」 「お前の反撃でビルや社長室ごと吹き飛ばされたがな」 「悪い事をした……珈琲メーカーにな」 「そう言うだろうと思っていた。……ところでセフィロス、お前に渡す物がある事を思い出した。悪いが、続きを任せても良いだろうか」 「行ってこい」 罪悪感が無いどころか棒読みで謝ったセフィロスに、少しだけ肩を揺らして笑ったルーファウスは、粉が入ったロートと木べらを彼に預けて室へ向かう。 フラスコの水が沸騰し始める様子を注意深く見つめ、ロートをセットして珈琲を抽出していると、カップに珈琲を入れたところでルーファウスが戻ってきた。 洗浄は後で家政婦に任せると言う彼に頷き、リビングへ移動したセフィロスは、とりあえずソファに腰を下ろす。 最近お気に入りだという、民俗音楽の古いレコードをかけたルーファウスは、ソファにかけるとリラックスした様子でカップを手にとる。 口をつけるでもなく、香りを楽しんでいる彼を眺めたセフィロスは、足元に感じた肌寒さにエアコンの設定温度を上げた。 「こちらの暖かさに慣れると、来年の冬が辛くなりそうだ」 「ならば、ミディールへ引っ越して来るか?いい家を用意しよう」 「夏の湿気が耐えられん。遠慮しておこう」 「それは残念だ。お前とが傍にいるなら、楽しい老後になると期待したのだが」 「まだ体は40にもなっていないだろう。何故今から隠居を始める?」 「から何も聞いていなかったのか?レノが隠居した後になるが、私は元の隠居生活に戻るつもりでいる。残すのは、あの料亭だけだ」 「それは聞いた。は、お前ならまた暇を持て余して、新しい事業を始めそうだと言っていたが……」 「そうか……だが、流石に私も年をとった。身辺の整理を終えた後は、に肉体を元の年齢に戻してもらい、静かに余生を過ごすつもりでいる」 落ち着いた様子で、静かに珈琲に口をつけながら言ったルーファウスに、セフィロスはそれが本音だと感じるが、相手が相手だけに嘘くささも感じてしまう。 余生といってもかなりあるのではと考えたところで、セフィロスは自分が老人のルーファウスを見た事がなく、正確な年齢すら知らないことに気がついた。 「ルーファウス、お前の実年齢は幾つだった?」 「さて……確か、7……いや、80くらいだった気がするが……その中には、今の若い体で過ごした空白の10年がある。幾つと言ったら良いと思う?」 「知らん。どちらにしろ、その年ならすぐに死にそうだな」 「酷い言い草だ。セフィロス、私が死んだ時は、寂しいと泣いてくれるか?」 「さて。どうだろうな」 「ほう……少なくとも、悲しむ気配はあるか」 そう言って、口の端を釣り上げて見つめるルーファウスに、セフィロスは呆れた視線だけを返す。 昔なら、今の会話で多少は感傷的になってしまったかもしれないが、セフィロスは何度も死んでライフストリームの中を経験した身だ。 しかも、つい先日は懐かしい仔犬と飼い主が化けて出てきたうえに、口うるさくあれこれ言われた。 ルーファウスがそんなお節介な性格ではないと知ってはいるが、ライフストリームの中で呼んだら普通に出て来そうな気はする。 こうして珈琲片手に無駄話できなくなるのは少し残念だが、友人との別れと考えて真っ先に思い浮かぶのが、寂しさや悲しさではなく懐かしさな時点で、自分の生死に関する感覚は狂っているのだろう。 のように、その辺の感覚が壊れていない事だけはわかるが……。 ルーファウスが死んだ時、自分はどんな反応をするのか。 漠然と想像してみるが、こればかりはその時にならなければわからない。 ただ、彼の意識がライフストリームに解け、星に帰り切ってしまうよりも、自分がこの世界を去る時の方が早いのだろうとは、何となく思った。 「ところで、俺に渡したいものとは何だ?」 「懐かしくて涙が出るものだ。手を出すがいい」 ルーファウスの言葉に、疑わしげな表情を隠そうともせず、セフィロスは渋々といった様子で掌を差し出す。 あまりに警戒する彼に、ルーファウスは一度小さく噴き出したが、すぐに表情を正すと懐から小さな袋を取り出した。 柔らかな光沢がある布地の袋ら聞こえた鎖の小さな音と、中から感じるよく知る魔力に、セフィロスはルーファウスへ視線を向ける。 掌に載せられた重さは、懐かしさを感じるには記憶に遠すぎて、それよりも袋に使われた絹の手触りの良さの方が鮮明に感じた。 「まさか、お前に返せる日が来るとは思わなかった。受け取れ、それは、お前が持つべきものだ」 「…………」 そっと袋を開けてみれば、思っていた通り昔が持っていた銀の懐中時計が入っていて、取り出すと鎖が擦れる心地良い音がする。 よく手入れされて曇り一つない時計を開き、その針が正確に動いている様を見つめたセフィロスは、今は読めるようになった蓋の裏側の文字を見た。 「ルーファウス、お前はこの蓋の裏に書かれた文字の意味を知っているのか?」 「古き友……いや、親愛なる友へ……だったか。セフィロス、お前はが私にこの時計を渡した時の気持ちを尊重したいのだろう?だが、だからこそ、今、私からお前にこれを贈ろう」 「…………」 「複雑そうな顔だな。心配するな。他にも理由はある」 嬉しいような、ちょっと嫌なような、微妙な顔を返したセフィロスに、ルーファウスはショックを受けるでもなく笑う。 少しだけ気まずく感じて視線を時計に逃がしたセフィロスは、時計に着いた鎖が記憶と違う気がして、時計から垂れ下がるそれを掬うように掌に載せた。 「息子が幼い頃、たまたま見せた事があったが、以来、随分と気に入ってしまった。何度断っても、私が死んだら形見に貰うと言って聞かない。ただの時計であれば譲ったが、この時計はと、そして僅かだが彼女が生まれた世界と未だに繋がっているようだ。彼女を召喚するマテリア同様、非力な人間が持つものではない」 「の召喚マテリアはもう始末したのか?」 「望み通り、鉛と石膏で覆い、海溝へ沈めた。心配はいらない。たとえ回収を求められても、今の科学力では不可能だ」 「それならいい。前の鎖は、壊れたのか?」 「何処かの誰かが神羅ビルを破壊してくれた時、私の珈琲メーカーと一緒に駄目になってしまった。時計も、中の部品を一部交換している。あの時代に修理できる技術者を探すのは骨が折れた」 「素材が違うな」 「回収したかったが、以前の鎖はビルの瓦礫の下になってしまった。更に数年後リユニオンした誰かによって、再びビルの一部が破壊され、もはや何処へ行ってしまったのやら……」 「……大変だったな」 「時計が……か。その鎖は白金だ。銀より手入れがしやすい。金に困ることがあったら売ると良い」 「余計なお世話だ」 過去の行いでチクチク言われて憮然とするセフィロスに、ルーファウスは声を出さずに笑う。 セフィロスが時計を袋に入れ、上着のポケットに仕舞ったのを見届けた彼は、必用な話はおわったとばかりにテレビをつける。 近隣地方の天気が丁度終わり、各地の簡易情報の見出しが並ぶ中、アイシクルエリアの文字を見つけて2人は自然と画面に集中した。 変種や新種の魔物がミッドガル跡地に終結したため、それらがいなくなった各地の復興は順調に進んでいる。 その中で、討伐が間に合わず立ち入り禁止区域に指定されていたエリアは、年が明けてから順次指定を解除される事になっていた。 アイシクルエリアは、山の雪解けに合わせ、梅雨に南方から解除されていく予定だったが、現地調査の結果夏には全面解除される見通しらしい。 街道の整備には遅れが見込まれるので、流通の正常化は数年後だろうという情報だった。 アイシクルエリアは元々発展が難しかった僻地だ。 放置された農耕地に戻る者は少ないだろうし、元の街に戻れる可能性は低いだろう。 「セフィロス、残念だが、アイシクルエリアは暮らしにくいままになりそうだ。と共に、ミディールへ引っ越してきてはどうだ?」 「今でも特に不自由はない。会いたければこちらから行く」 「そんな事を言われては、お前たちを毎日呼び出してしまそうだ」 「ならお前が越してこい」 「酷な事を言う。あの極寒の地を、老いた体で過ごせるわけがない」 「静かで悪くない場所だ。釣りをする場所にも困らん。……冬はこちらで過ごすようにに言ってやる。それで手を打て」 「優しいことだ。ならばその言葉、ありがたく受け取っておこう」 ルーファウスの我が儘という形で言っているが、その実、こちらに気分転換させるための提案なのだろうと感じながら、セフィロスは何も言わず頷く。 この男とこんなやりとりが出来る時間はあとどれくらいあるのだろうか。 そう考えて、少しだけ感傷的になったセフィロスだったが、ルーファウスの悪運の強さとしぶとさを思い出し、100ぐらいまで生きそうな気がしてきた。 がルーファウスの体を若返らせすぎたのも、半分は当時老体だったルーファウスの体が健康すぎたせいだ。 本当は、35〜45歳ぐらいにしようと思っていたと言っていた。 100やそれ以上生きたとしても、不思議はなさそうに思う。 空になったカップに、珈琲のお代わりを作ろうかと顔を上げたセフィロスは、ふと、どこからか聞こえる騒がしさに気が付く。 ルーファウスも気づいたようで、怪訝な顔でカップを置いた彼は、声がする玄関の方へ目をやるとセフィロスへと視線をやった。 聞こえるのは、一際大きな男の声と、それと止めるような複数の声。 明らかに玄関の方から聞こえる声に、セフィロスは外の気配を探り、門の近くにいるの魔力に気が付いた。 騒ぎは彼女と、その近くにいる複数の人間が起こしているものだろう。 玄関へ走ってくる小さな気配は、同行していた家政婦だと予想できた。 「達が帰ってきたが、おまけがいるようだ。様子を見てくる」 そう言ってセフィロスがソファから腰を上げると同時に、玄関の扉が開き、家政婦が駆け込んでくる物音が聞こえる。 慌てて足がもつれたか、倒れこむ音と紙袋が落ちる音がしたため、ルーファウスも様子を見るために立ち上がった。 廊下の扉を開けると、初老の家政婦が肩で息をしながら体を起こしていたところだ。 歩み寄って手を貸すルーファウスの後ろで、セフィロスは袋から零れて廊下に広がる食材を拾った。 外で、の気配が一瞬膨れ上がったのを感じる。 威圧したか、何かしらの技をかけたのだろうと考えながらセフィロスが袋を廊下の端に寄せるのと、家政婦がルーファウスの手を借りて立ち上がるのは同時だった。 「セフィロス、こういう時は、先に女性に手を貸すものだ。ところで、予定にない来客のようだが……外で何があったか、話せるだろうか?」 「はい。さんと買い出しをして帰ってきましたら、数人の武装した人達が家の前で待ち伏せをしていて、その中のお一人が、突然、さんを『魔女』と」 「……魔女……?」 魔王と思ったことはちょっとだけあるが、魔女とはまた可愛らしい呼び方をされたものだ。 そう、つい一瞬微笑ましく思ってしまったセフィロスだったが、厳しい表情のルーファウスと青い顔の家政婦に、慌てて表情を引き締める。 赤の他人に突然魔女呼ばわりされるような事を、がしたとは……思うが、バレないようにやれる女なので、にわかには信じがたい。 静かになった外の様子に、まだ彼女一人でも大丈夫そうだと判断して、セフィロスは家政婦の話を聞くことにした。 「どんな奴らだった?」 「それが……さんに暴言をなさったのは、見間違いでなければ、新聞に載っていたあの英雄なのです。ただ、何だか様子がおかしくて……。セフィロスさん、さんから、外に出てこないようにとの伝言です。一緒にいた武装していた人達は、英雄を止めていましたけれど、あの剣幕では……」 「なら心配ないだろう。が……セフィロス、お前はどうする?」 「……俺が出る。もう解決してるかもしれんがな」 今の時代で英雄と言ったら、間違いなく例の奴である。 名前は知らないし、知る気もないが、妻の背中にかくれて怯えるほどの脅威では……生理的嫌悪感はあるが、脅威ではない。 老化して隠れていればやり過ごせるとしても、ずっとそんな生活はしたくないし、滞在先までたどり着いたのなら老化していても探し人だと知られるのは時間の問題だ。 家政婦がいる手前、口ではなく目で『殺すな』と念押ししてくるルーファウスに、セフィロスは深く頷くと外へ出た。 |
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2023.11.24 |
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