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静かな夕食を終え、リビングでゆっくりと寛ぐ時間。
しかし2人の間には久しぶりに微妙な空気があり、その証拠にいつもはセフィロスの隣か膝の上にいるが、テーブルを挟んで向かい側にいる。

テーブルの上にあるのは水が入ったグラスだが、脇に寄せてある水差しのそばには果実酒の瓶があるので、話し合いの後は酒を飲める空気にしたいのだとセフィロスは理解した。
この数日、が携帯も持たずにどこで何をしていたのか気になるが、まずは喧嘩を終わらせなくては。

もしも、の命日である明日も喧嘩が続いていたら、またメテオを落とそうとするかもしれないと考えていると、ぼうっとしていると思われたのか、先に彼女に口を開かれた。


Illusion sand ある未来の物語 91



「今回は、私も冷静さを失って家出してしまったのは、やりすぎでした」
「いや、それだけお前を怒らせた俺に非がある。悪かった」

「……はい」
「………………」

「…………セフィロス、まだ、他にも何か言いたい顔をしていまが、言わなくても良いのですか?」
「……少し迷っている」

の顔色を観察しながら、慎重に判断している様子のセフィロスに、彼女はとりあえず答えを待つ事にした。
暖炉に火を入れていてもなお感じる寒さに天井近くの窓へ目をやれば、切り取られた夜の空の中、僅かに雪がちらついて見える。
未だ迷っているセフィロスに、は静かにソファから立つと、キャビネットからアロマキャンドルを持ち出した。
テーブルの真ん中に受け皿と蝋燭を置いて火を灯すと、清涼感がある花の香りが控えめに広がり、僅かに彼の表情が和らぐ。
それを視界の端で確認し、内心で小さく安堵の息を漏らした彼女は、再びソファに腰を下ろすと口を開こうとする彼を見守った。


、一つ聞きたい」
「何でしょうか?」

「ここを出てから今日まで、お前は何処へ行っていた?」
「ミディールへ戻って、仕事をしていました。私と貴方の、魔力の放出の後始末をする必要がありましたので」


なるほど、それは気になって当然だと思いながら、は簡潔に答える。
魔力の後始末と聞いて、一瞬だけ遠くを眺めたセフィロスはすぐに理解した顔になったが、すぐにまた物言いたげな顔になった。

「なるほど。……仕方がないとは思うが、今の時期、俺から離れてルーファウスの所へ行かれるのは……正直まだ不安になる。今のお前は、死んでもすぐ蘇ると分かっているが……。それと、出ていくとき、体を砂にされたのも……今後は先に一言告げろ。流石に、いきなりあれを見て平然としているのは難しい」
「それは……わかりました。気を付けます」

流石に腹に据えかねたのか、セフィロスは言葉の途中から説教をしている時の顔になったが、もその点はやりすぎたと分かっているので大人しく頷く。
どちらにしろ、先日の彼の取り乱し方から、慣れるのは数十年先と考えていたので抵抗はなかった。

言うべきことを言い終えた様子で、少しだけ雰囲気が落ち着いたセフィロスに、一息ついた顔でグラスに手を伸ばしながら、自分がこの数日考えていた事を言うべきか考える。
恐らく彼は溜め込まず口にしてほしいと思うだろう。
けれど、この彼が不安定な時期、しかも数日前に錯乱しかけた状況で言うのは、良い選択とは思えなかった。
急ぐ理由はなく、ならば数年様子を見てからで良いだろうと考えると、は自分と彼のグラス両方に水と酒を注ぐ。

「先日も言いましたが、私は貴方を手離す気はありませんよ。来るかどうかも分からない遠い未来の事を話すのもどうかと思いますが……そうですねぇ……。では、本当にお互いいよいよ駄目になった時は、貴方を弔った後、私も同じ棺桶で一緒に寝てしまいましょうか。それなら、お互い、寂しくないでしょう?」
「…………そうだな」

の言葉に、彼女が今も未来も死ねない事に変わりはないのだと理解して、セフィロスは弱っている場合ではなかったと思い直す。
共に死ねないと嘆く姿も見せず、その真似事で埋め合わせよう言う姿がどれほど痛々しいか。
彼女は理解しておらず、もし理解してもその姿を見せてしまった事にしか気をかけないのが分かってしまう。
そういう所は、やはりどれだけ経っても変わらないのかと一瞬諦めそうになったが、だがすぐに、そうさせているのが自分の不安定さなのだとセフィロスは思い至った。
自分が吐いていた言葉が、彼女を一人で置いていくという宣言だった事に今更になって気づき、それも含めて今回は許されたのだと理解したら急激に頭が痛くなってくる。


「……ん?セフィロス、頭痛ですか?」
「……軽い自己嫌悪だ。気にするな」

「そうですか?……少し、横になりますか?」
「いや、まだいい。それより……どちらかが手放すとか、そういう話はもう終わりにする。落ち着いて考えてみれば、俺がお前を残しながら安心して死ねるとは思えない。気を揉みすぎて、肉体が無いのに胃と頭が痛くなる未来が見える」

「そうですか……」
「俺も今更、お前の手は離せない。少なくとも、今その気が無いのなら、考えるだけ無駄だ」


こめかみを押さえつつ、微かに口元を緩めて言ったセフィロスに少しだけ懐かしさを感じて、は嬉しいような、しかし頭痛までは蘇らなくてよかったのにと、少し残念な気持ちになる。
9年目にして、ようやく命日前日でも落ち着くようになった彼に安心し、こうして秋と冬の間を身構えずに迎えられる日は近そうだと思った。
去年の命日までは手がかかるパターンを繰り返されたが、今年のセフィロスは喧嘩と家出が効いたのか、例年よりずっと落ち着いている。
やらかした内容では家財や寝具に被害が出たので最悪だが、喧嘩+の家出という状況を差し引けば、むしろ一番落ち着いている部類だ。
何せ、が帰宅した時、彼はちゃんとが来るまで我慢して、2階の部屋に留まっていた。
朝起きたらいないだけで怒ってきた最初の頃に比べれば……ちょっとトイレが長かっただけで涙目になられた2年目に比べれば、雲泥の差である。

時の流れは速いものだとしみじみ思いながらグラスに口をつけたは、ふと、こちらをじっと見つめるセフィロスに気が付く。
何だろうと首を傾げると、彼は自分の隣にそっと手を置き、物言いたげな視線を向けてきた。


、そろそろ隣へ来い」
「そのソファ、まだ匂いが少し残っているから嫌です」

「……お前っ……俺にここへ座れと言っておいて……」
「誰が匂いをつけたと思っているんですか。それより、たまには貴方の方から来てくださいな」

決定しているかのようにグラスの位置を直すに、セフィロスは文句を飲み込みながら、ソファに触れた掌の匂いを嗅ぐ。
彼女がつけたアロマキャンドルの香りもあって、言うほど匂いが残っているとは思えなかったが、嗅覚のちがいだろうと考えた。

ちゃんと一人分のスペースを空けてくれたに腰を上げたセフィロスだったが、ふと暖炉の火が弱まっている事に気づいてそちらへ足を向ける。
自然に1階部分の窓へ目をやり、しかしカーテンの向こうに見えた窓を覆う板に、彼は天井近くにある明かり取りの窓へと視線を向ける。
晴れた日には星や月が見えるそこは、今日は雪がちらつき、時折強く吹いた風に雪が流されていくのが見える。
今夜は吹雪くかもしれないと思いながら、暖炉に薪を足していると、ソファにいたはずのがいつのまにか小さな敷物とクッション、それにブランケットをセフィロスの後ろに積み上げていた。

手早く敷物を広げ、大きなクッションを並べたに、セフィロスはテーブルから酒とつまみが乗ったトレーを持ってくる。
既にセッティングを終えて寛いでいるの隣に腰を下ろし、彼女が広げたブランケットを一緒に羽織った彼は、結局一緒に座らなかった窓側のソファをちらりと見た。

背もたれが倒れるソファベッドは雨の日や寒い季節の昼寝用にと、数年前に購入したものだ。
西日が当たる場所に置いているために前のソファの革が劣化してしまい、買い替えた。
布張りで弾力があるソファは、がこれ以外は嫌だと言って譲らなかったものだった。
は簡単にベッドに出来ると気づいていなかったようで、単に座り心地と柄が好みだったようだ。
彼女が好みと言った柄は……家具屋で売っているものなので、洒落たデザインではあるが、この家のリビングには合わないので無地のカバーをかけている。

が大層お気に入りのソファだが、ベッドとしての寝心地はどうだと背もたれを倒して見せたときの、の驚いた顔は忘れられない。
完全に、壊された時の顔だった。次いで、文明の利器の素晴らしさに感動した顔をしていた。
元々セフィロスの昼寝用にと思って買ったソファは、完全にのお気に入りで、日差しが優しい日に2人で昼寝をする事も珍しくない。

夜に一緒に座っていると、そのまま寝られるという事もあってついセフィロスは魔が差してしまうのだが、どれだけ押し流されそうになっても必ずの自制心と素早さが勝つ。
半泣きで説得力の無い説教をしてくるか、ダッシュで寝室に逃げられるか。大概はそのどちらかだ。
必死な顔が面白いやら可愛いやらで、いつもセフィロスはつきあってしまうのだが、普通に止めて寝室へ連れて行ってほしいとお願いしてくれば良いだけなのに、それに気づかないのポンコツぶりにセフィロスはまた笑えて来る。
いつまで経ってもその辺りのおねだりが下手な女だから仕方がないと思いながら、恐らく今日もソファベッドで押し倒されることを避けたかっただろうに、セフィロスは小さく笑みを零した。


、ソファじゃなくてよかったのか?」
「少し肌寒かったので、暖炉のそばが良いかと思いまして。嫌でしたか?」

「いや、ただ、お前があのソファに呼んだからな。期待していたのかと思ったが……違うのか?」
「……ん?何の期待ですか?」

「いい。何でもない」
「はあ……そうですか?」

本当にそんな気がなかった時の反応をしたに、セフィロスは苦笑いを浮かべて彼女の額に口づける。
酒と暖炉の熱のせいか、既にほんのり汗ばんでいる彼女の額は唇に吸い付くようで、ついその肌に舌を伸ばしそうになった彼は慌てて、けれど自然に彼女から顔を離した。

数日家出をされた反動でも出ているのだろうか。

そんな事を考えながら首をかしげる彼に気づかず、は果実酒の甘さのせいもあり杯を重ねていく。
ふと時計を見てミディールとの時差を確認した彼女は、問題なく仲直りした事をルーファウスに連絡した。
ついでに、レノへ作り置きの食事が大量にあるので、タークスに消費を手伝ってほしいと連絡をすると、返事を待たず携帯を仕舞う。
グラスに伸ばそうとした手をとられて隣を見ると、セフィロスはグラスを手にしたまま、少しだけ呆けた顔で暖炉の火を眺めていた。

何か用があって手をとられたのではないと理解して、は軽く彼の手を握り返すと、空いている方の手でグラスをとる。

昼間おかしな匂いを散々嗅いでしまったせいか、果実酒の甘い香りが殊更心地良くてホッとした。

外からは時折風の音が聞こえるが、照明を半分落としたリビングには炎の音と時折薪が爆ぜる音だけがあった。
静かな夜が心地良くて、まだ時刻は8時も過ぎていないというのに、はこのまま眠りに落ちたくなる。
それもこれも、紆余曲折あっても現時点では例年にない程に落ち着いているセフィロスへの安堵のためだろう。
来年も、再来年も、その先も、できればこんな風に、彼が穏やかな心のまま秋の終わりを迎えてくれればいい。

そう考えながら、
ふと手首にくすぐったさを感じて視線を落としたは、手をつないだまま指先で器用に手の甲や手首を艶めかしくなぞる彼の手を見た。
ちらりとセフィロスの顔を見るが、彼の視線は暖炉に向いたままなので、その指先の動きが無意識のものだとわかる。

珍しい状態に、何となく危険な予感がして、はそっとセフィロスと距離をとった。
思えば、今でこそ平常だが、今年の彼は人を抱き潰した後で魔力に変調を起こし、記憶を失うという、今までにない変化を見せたのだ。
不調の期間はまだ1日、それも一番症状が重くなる命日当日が残っているのに、安心するのは気が早いかもしれない。

一定時間記憶喪失になる程度なら、面白い彼が見られるので気にしないのだが、その前段階の行為が問題だ。
いくら噛まれ慣れているとはいえ、先日のような状態になる行為は、年に1回くらいで十分。間違っても数日の間隔でするものではない。

セフィロスの魔力をこっそりと確認し、既に前兆のような乱れがあることを察知したは、思わず真顔になって彼の手を握りしめる。
振り向いた彼と視線を合わせないまま、自身の魔力を彼に流し込んで正常な流れに戻したは、ホッと息を吐くと怪訝な顔をする彼と視線を合わせた。

「すみません、少し貴方の魔力が乱れていたようなので、治しま……した……」
「……どうした?治らなかったのか?」

「……治しました。……戻りましたけど」
「……どういう事だ?」


安堵して目を合わせていたのも束の間、が魔力を引っ込めた途端、また乱れ始めたセフィロスの魔力に、彼女はスッと視線を落とす。
未だ彼の声は少し掠れていて、気のせいだろうか、その声には心なしか艶やかさが滲んでいる。
これはまずいかもしれない。
そう思ったは、首を傾げる彼の手を握り、また魔力の乱れを治してみるが、やはり治ったと思って魔力を引っ込めると彼の魔力はまた乱れる。

明日まで寝ずにこれをやるのか?
可能ではあるが、昨日まで仕事をし、今日は移動と予定外の大掃除をしていたので、できるなら休みたい。

過去、の命日と彼女の疲れが溜まっている時期が丁度重なった時に、申し訳ないと思いつつ丸1日魔法で眠らせた事があったが、そのツケは翌年に払うことになった。
命日を数日後に控えた日の夜中、突然バーサーカー状態になった彼と次元の狭間で殺し合いのような戦闘をする事になったのだ。
セフィロスにその時の記憶はないようだが、手加減しない彼の刀で腕や足を切り飛ばされた回数は、片手で足りない。
制圧するのは簡単だったが、あの時も今回のようにどれだけ魔力の乱れを直してもすぐ乱れてしまっていた。
殺さないよう気を付けながら相手をし続けるのは本当に疲れるので、二度とやりたくない。

今回も、無理に押さえつけたり眠らせたりしたら、来年酷い目に遭うに違いない。

僅かな希望に縋るように、何度も何度も彼の手を通じて魔力を流し込み、乱れる魔力を整えていただったが、19回目でとうとう観念した。


「……もう……諦めます」
「……?、何の事だ?俺の魔力の乱れは……そのままだな。お前でも治せないのか?」

「整えても乱れてしまいます。今の時期は、どうしてもそうなるのでしょう。精神面が安定しているなら、大丈夫だと思いますよ」
「……そうか」


泥酔して寝落ちたら見逃してくれないかな……と思いながら、起こされるのがオチだろうと考えて、は溜め息を堪えながらグラスの中身をチビチビと飲む。
既にグラスを空にしているセフィロスは、グラスを回して残った氷を弄んでいるが、繋いでいた手はいつの間にかの腿とストッキングを撫でていた。


「セフィロス、できれば……今夜は紳士的にお願いします」
「……?」


諦めを隠さない彼女の言葉に首を傾げたセフィロスは、物言いたげに下ろされた彼女の視線を辿り、そこで初めて自分の手の状態に気づく。
無意識にスカートをたくし上げていた自分に驚き、すぐに手を引こうと思ったが、指に引っ掛かった赤いガーターベルトの紐を目にして動きを止める。

紳士の定義とは何か。

裾をぐいぐい引っ張って直そうとするの手を押さえながら、セフィロスは頭の中の辞書を捲る。
が何か言いながらじりじり距離をとっているのに気づいた彼は、とりあえず紳士の意味は後回しにすると、彼女の手からグラスを奪い取って中身を飲み干した。




そして、ふと気がつくと、辺りは橙色の光に染まり、彼は涙でぐしゃぐしゃの顔でを抱きしめていた。
泣きつかれた感覚に呆然としながら、頭をそっと撫で続ける彼女の手の感触と、頬を乾かす冷たい風に瞬きする。
視線をさ迷わせ、そこが家のウッドデッキだと気づいたセフィロスは、寝起きのような呆けた感覚のままゆっくりと彼女から身を離した。


「セフィロス、どうしました?」
「……、何がおきた?」

「……ん?」
「何故いきなり夕方に……いや、待て……」


いきなり夜から夕方へ時間が飛び、まさかまた面倒になって眠らされたのかと思ったセフィロスだが、首を傾げた彼女の柔らかな声と淡い笑み、そして隠しきれない疲労の色にその考えを捨てる。
たった一晩で、随分くたびれた様子の彼女の首筋にはいくつもの噛み跡が残り、それに気づいた瞬間セフィロスには昨夜から今に至るまでの記憶が怒涛のように蘇った。

あの赤い下着が破れたのは勿体なかった、などと呑気に思ったのは一瞬の事。
先日のように一部の記憶を……今回はが死んだ直後までの記憶を失い、隣で寝ていたを起こして大泣きした後、先日同様全裸な事に驚いて大騒ぎした自分に顔を覆いたくなった。
同時に、今が夕方ではなく、明け方な事に気づき、慌てての体が冷えていないか確かめる。


、記憶が戻った。手間をかけてすまない。すぐ家に入るぞ」
「……ええ、それはよかった……じゃあ、家に入りましょう」

魔法で周りの温度を調整していたのだろう。
思ったほど冷えていないの肩に安堵したセフィロスだったが、ほぼ24時間休む暇もなく世話を焼いてくれていた彼女はフラフラだ。
すぐに彼女の肩を抱いて家に入ったセフィロスは寝室に向かおうとしたが、昨日の自分がシャワーを浴びるだけで精いっぱい……何という事だ。
昨日の自分は、嫌がるを泣き落として、とうとう一緒に浴室を共にしていた。
だがそのせいで、寝室を整える余裕すら彼女に与えていなかった事を思い出す。

「すぐに暖炉に火を入れる。ソファで横になっていろ。毛布も後で持ってくる」
「……ありがとうございます、セフィロス。貴方もお疲れでしょうから、無理はなさらず、休んでください。…………あと、レノには、もう2日休暇を伸ばしてくださるよう、おねがいしてあります……」

「わかった」
「あとは……あとは……シーツ……洗濯する時間がないので、後で……燃やします」


洗濯くらいやってやる。そう言おうとしたセフィロスだったが、言えばは無理して自分がやると言いそうだったので、黙って頷くだけにした。
暖炉に入れた焚き付けの火が薪に燃え移り出すのを確認してから、の方を見て見れば、彼女はソファベッドでうつ伏せになって力尽きている。
慌てて寝室に戻り、手つかずのベッドの惨状に少し引いてしまったが、一昨日の夜はが必死に頼み込んで寝汗用だが防水性のあるシートをシーツの下に敷いていたので、マットレスは無事だろう。

急ぎクローゼットから予備の毛布を出してリビングに戻ると、セフィロスは意識を失っているのか眠っているのか定かではないにかけてやる。
柔らかめのクッションを頭の下に置いてやり、まだ寒さを感じて追加の布団を持ってきてかけると、彼女を起こさないよう静かにその隣に入った。
あまりにも静かなに、そっと口元に手を当てて呼吸を確認した彼は、静かな寝息に安堵すると彼女の腰に手を回してその背中にぴったりとくっつく。


昨日の朝に記憶を失った自分は、数十年前の今日、真夜中の森で砂になった彼女が、夜明けの光の中でも腕の中にいて生きている姿を見て、大きく安堵すると同時に記憶を取り戻した。
それはまあ、納得できるのだが、いくら記憶にないとしても、前夜抱き潰した相手を徹夜させるのは我ながらどうかとセフィロスは思う。

冷静に状況を確認する余裕もなく、シーツを体に巻き付けた状態で早朝から長々と説教をする自分。
それに文句の一つも言わずに付き合い、不安や我が儘も全て受け止めてくれたに、申し訳なさで頭を抱えたくなった。
あの頃、彼女に伝えきれなかった事を全て言えたおかげで、心が軽くなっているのが分かる。
けれど、その後も散々彼女に手間をかけさせ、休暇の延長のための電話どころか、彼女と一緒にいて体に跡をつけたこの10年の自分にすら嫉妬していた記憶がまざまざと蘇り、何て面倒な男だろうと溜め息がこぼれた。


明日は、には丸1日何もさせず、ゆっくり休ませよう。
彼女のうなじに残る噛み跡に、そっと唇を寄せたセフィロスは、申し訳なさに眉を顰めながら、眠る彼女に回復魔法をかけた。





仲直り完了……?

2023.11.16 Rika


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