次話前話小説目次 



顔の痛みが治まっても、に置いて行かれたショックでセフィロスはウッドデッキから立ち上がれなかった。
陽が傾き、秋の風が体の熱を奪っても自分の掌を呆然と見つめていた彼は、しかし強く吹いた風が置き去りにされた彼女の服を飛ばそうとすると、すぐさま手を伸ばしてそれを抑える。

冷たくなったシャツを握りしめて、ようやく彼は動く事を思い出す。
緩慢な動きで彼女の剣と服を拾い、両手で抱えるように持って立ち上がると、置きっぱなしになっていた茶器のトレーに気づいてそれも手に取った。
家の中に入っても、暖炉の火はとうに消えていて、セフィロスは肩を落としたままトレーを台所に戻す。
が置いていった服を洗濯に持っていくだけの思考能力はあり、そのままフラフラと廊下へ向かった。

だがどうしてか、気づけば彼女がきれいに整えたベッドの上で、秋の空気の匂いに変わってしまった彼女の服と剣を抱いて横になっている。
が最初に死んだ時も、こんな事をしていた気がすると脳裏で考え、このままではいけないと思ってゆっくり起き上がる。
溜め息をグッと飲み込み、真っ暗だった寝室の灯りをつけると、彼はそのままフラフラと洗面所へ向かい、抱えていた服を洗濯かごの中に放った。



Illusion sand ある未来の物語 90



『お前ら、いつか夫婦喧嘩で星を滅ぼしそうだぞ、と』
『本当にすみません。少なくとも貴方とルーファウスが生きている間は、そのような事はしませんので。今後はもっと気を付けます」
『……私達が死んだ後も、気を付けてもらいたいものだ』


3日前、ルーファウス達のところへ謝りに行った時の事を思い出して、は深いため息をつき湯の中に顔を半分沈ませた。
昔よく使っていたミディールの山奥にある温泉は、相変わらず人がおらず、訪れるのは時折来る登山客ぐらいだ。
この数日、夜が更ける度に湯を求めて訪れていたは、天上の月を見上げて大きく息を吐くと、星空を散歩するバハムートの影を眺めた。

あの日、セフィロスとが漏らした魔力は当然人間たちにも察知され、更なる強敵の出現かと人類の軍は大騒ぎになったらしい。
家を出てから速攻でルーファウスの元を目指したは、アイシクルロッジに駐留するWROの軍が調査隊を派遣する様子を見て、慌てて数体の召喚獣を召喚した。
山を一つ越えた瞬間に見えた、じゃれあっているバハムート、リヴァイアサン、フェニックスの3匹に、人間達はひとまず観測だけをして帰ってくれた。
無事誤魔化されてくれたか心配しながらルーファウスの元を訪れたは、出迎えたレノに叱られ、待っていたルーファウスに説教されて、事の経緯を説明した後は休暇返上で仕事をしている。
といっても、主に自分達がやらかした事の後始末と情報収集で、相変わらず夜には暇になった。

アイシクルエリアの家にいるセフィロスがどんな様子かは分からないが、大きく魔力が揺らぐことは無いので、は遠い地から静観している。
彼の身が危険に晒されることは無いと安心しているが、精神状態の無事までは確信が持てず、つい何かしらの口実をつけて様子を見に行きたくなってしまう。
いやいや、それでは出てきた意味がないだろうと自分に言い聞かせ、同時に思い出す彼の許しがたい一言に、腹の底からは何度も沸々とした怒りが蘇った。
いずれ彼からの謝罪を貰って喧嘩を終わらせるのは分かっているが、決して許せない一言を吐かれたのに、心配だからの一点で帰り許す気にはなれない。
10年近く一緒にいて、一体何を見てきたのだと吐き捨てたくなるのを抑えて、は体を砂に変えると一気に空へ飛びあがった。

下手にバハムートと話をすると、昔のように喧嘩になって近隣に被害を出してしまう。
何となく口うるさい召喚獣に会いたい気分ではなくて、仕方なくミディールエリア上空を漂っていたは、遠い夜明けに暇を持て余すとライフストリームの中に入った。

何しに来たのか様子を窺っている星の意思を感じつつ、何をするでもなく命の流れを眺めていると、懐かしい気配と珍しい気配がしてくる。
話題に出していたからな……と思いながら意識を向けると、今日も元気に手を振るザックスと、その保護者のように同伴しているセフィロスの元同僚の男性がいた。


「お久しぶりですザックス。お元気でしたか?」
「おう、見ての通り!で、は……今日は元気ないな」
「セフィロスと派手に喧嘩していたようだからな。大丈夫か?」

「ご心配なく。それと、少し魔力が漏れましたが、やりあってはいませんから、派手な喧嘩とはいいがたいかと」
「あれだけ魔力が漏れてたら十分派手だって」
「さっきセフィロスの様子を見てきた。泣きそうな顔で反省していたぞ。帰らなくていいのか?」


それはまた随分情けない姿を見せたものだ、と、は相変わらずセフィロスから揺るぎない信頼を得ている黒髪の元同僚に小さな嫉妬を覚える。
男同士の関係に口を出すほど野暮ではないが、セフィロスから手放すやもなどという疑念をもたれて喧嘩した身では、どうしても引っ掛かるものがあった。


「まだ許せる気がしませんので、あと二日は帰りたくありません」
「……そっか。じゃ、気が済んだら、ちゃんと仲直りしておくんだぞ?」
「去年までは甘ったれていたが、今年は突き放された事で、セフィロスもようやく少ししっかりしてきたようだ」

「そうですか」
「そうそう。あ、でもさ、帰って家がどんなふうになってても、セフィロスの事、あんまり怒らないでやってくれよ?」
「奴も必死だ。そこは汲んでやってくれ」

「……は?はぁ……待ってください、家が……どうなっているんですか?」
「じゃ、俺達もう行くから」
「セフィロスの奴にも、一応注意はしておいたが……覚悟はしておけ」

「いや、待っ……」

覚悟とはどういう事か。
よもや家を破壊してなどいないだろうかと心配になるに、2人は逃げるように言い残すと去っていく。
あと2日は帰らないと言ったばかりなのに、今すぐ家に帰って家屋の無事を確認したくなったではないか。
明日もレノと共に仕事をするつもりでいたので、それを放り出して見に行く事はできない。
3日後の早朝に帰る気だったが、2日後の夕方、仕事が終わり次第向かった方が良いかもしれないと考えると、はライフストリームから抜け出し、数時間前までつかっていたミディールの温泉へと戻った。


ミッドガルで融合している魔物の討伐作戦が始まり、注意深く情報を確認しているタークスに頭を下げると、は予定通りの日程でアイシクルエリアに帰った。
セフィロスの無事を魔力で探り、家の外見に変化がない事に内心安堵しながら、は玄関前で体を作り直す。
ミディールの家に持って行っていた服を身にまとっているが、冬を前にしたアイシクルエリアでは寒く、自然と肩がすくむ。

さて、セフィロスはどんな様子かと扉を開けたは、真っ暗な家の中に一瞬驚き、次いで窓を塞いでいる事を思い出す。
家の奥……おそらく2階からからガタリと物音が聞こえて、彼の居場所に見当をつけると、冷たい風が吹き込むドアを閉めて灯りをつけた。

数時間の時差でこちらはまだ昼を過ぎたころのはずだが、陽の光がないだけで一気に夜になったように思える。
少し時間の感覚が乱れそうだと思いながら靴を脱いだは、1歩家の中に踏み込み、しかし鼻に感じた匂いに眉を顰めた。

異臭ではなく、動物臭でもない。
人間の匂いなのだが、他人のそれではなく、確かに覚えがある匂いなのに違和感がある。
出て行った日の換気が足りなかったとは思わないが、寝室の窓だけは板を外して換気するべきだったか。
そう考えてみたが、確かめるように嗅いだ匂いは、その手の残り香ともまるで違った。
とにかく、人間の匂いなのだ。

何故だろうと首を傾げながら、はセフィロスがいる2階へ向かうべく、リビングへ向かう。
すると、扉を開けようとしたところで、今度は色々な料理が混ざったような匂いを感じ、彼女は嫌な予感がしながら扉を開けた。

「…………何を作ったんだ……?」

リビングは仄暗く、吹き抜けの2階部分にある明かり取りの窓と、暖炉にある消えかけの薪が、ほんのりと辺りを照らしている。
ソファの上にはブランケットが乱雑に丸めて置いてあり、その前にあるテーブルは空の酒瓶と汚れたグラスだらけで、しかもよく見れば約6日前にセフィロスが使っていたのと同じ状態でマグカップがそのまま置かれていた。

まさか……と思って台所に目をやると、生ごみこそないようだが、シンクには洗い物が山になっている。
これは誰が片付ける事になるんだと思いながらキッチンに入ると、土間の奥に見慣れない紙袋が置かれているのをみつけた。

まさか、買い出しに出たのだろうか。
そんなに元気でよかったと思うべきか、反省しているのか疑うべきか。
悩みながら近づいたは、その紙袋が以前ジュノンに行った際に寄った服屋のものだと気づく。
そして、その中にある、割れたり欠けたりと無残な事になっている食器類も見つけた。

「…………」

あれだけ台所が汚ければ、食器の一つや二つぐらい割るだろう。
日用品なのだから、仕方がないと自分を納得させたは、しかし目の前の紙袋の奥に、更に大きな紙袋と、中に入っている割れた食器類に少し考えを改めた。

覗き込んでみれば、それは故意に割られたものではなく、端が欠けたり皹が入ったりしているものばかりだ。
不注意がよくわかる壊れ方だが、これだけ割る前に対処を考えなかったのだろうかと思いながら土間を後にしたは、家中の鍋があるような状態のシンクに足を止める。
一人で食べたにしては、その痕跡は量も種類も多すぎる。

よもや自分がいない間自棄食いでもしていたのかと思いながら冷蔵庫を確認したは、中に詰め込まれた料理の数々に無言で冷蔵庫の扉を閉めた。
あと数日すればまたミディールに帰るのに、どうしてこんなに作ったのか。
余ったら持っていけば良いだけなので始末の心配はしていないが、ストレスを発散するにしても、もう少し考えてはどうか。

料理と人間の匂いが混じっておかしな状況になっているリビングに、は眉を顰めると土間の勝手口を開け、次いで足早にウッドデッキの扉を開けに行く。
家の中が冷えてしまうが、この匂いが染みつくよりはマシだと考えると、廊下の扉を開けて抑え、玄関のドアも開けておいた。


家の中を通る風に、閉めている扉が音を立てているが、それは後回しにする。
とりあえず、家をこんな状態にしているセフィロスが何をしているのか確認しようと決めると、は彼がいる2階へと向かった。

「っ……」

階段を上ると、匂いが更に強くなる。
ザックスたちが言っていたのはこの事かと思いながら、廊下やトイレ、シャワールームの窓まですべて開けると、はセフィロスがいる物置兼客間のドアを開けた。


「……ぅ……ぐ……」


くさい


臭い……!


つい数時間前まで、いい匂いがするレノやルーファウスと一緒にいたからか、人間という生物そのものの匂いを強くしたような室内に、は一瞬目も口もギュッと閉じる。
しかし、きっと自分も次元の狭間では似たような状況……いや、水浴びは毎日していたからここまで臭くはなかったはずだが、砂漠を走ってこの世界に来た時は同じくらい臭かったはずだ。
そう考え直して目を開けたは、全開にされたクローゼットと散らばる段ボール、それに古い写真の数々を見下ろし、ベッドの上に腰掛けている幽霊……否、セフィロスへ目をやった。

が置いていった剣を抱きしめながら、胡乱に見つめるセフィロスの顔色は青く、目の下には濃いクマがあるのに、目は充血していてほんのり瞼が腫れている。
たまに顎の下を剃り残す程度だった髭はまばらに伸び、無精ひげと呼べるほどの量が生えていないせいで逆に小汚く見えた。
唇はカサカサを通り越してガサガサなのが遠目に分かるし、銀糸のようだった髪は何日櫛づけていないのか不明なくらいボサボサベタベタゴワゴワで、後頭部など完全に鳥の巣状態。
服なんて、が家を出た日から全く変わっておらず、扉からでも襟元が黒ずんでいるのが見えた。
しょぼくれて覇気がないせいもあって、その姿は急に老けたように見える。

監禁されていたわけでもないのに、どうしてこんな姿になっているのか。
いや、それよりも、この人は、こんなにブッサイクになれたのか、と、は謎の感動を覚えてしまった。


「セフィロス、ただいま戻りました」
……」


淀んだ空気と匂いにの顔は自然と強張り、意図せず目が潤んでしまう。
ポツリと呟くように呼んだ彼の声は捨てられた仔犬のよう……かと思ったら、酒焼けしたのかガラガラで、一瞬本当にセフィロスの声かと耳を疑ってしまった。

たった6日家出しただけで美丈夫から小汚いオッサンになった夫に、は怒りも忘れて笑いそうになる。
目をじわじわと潤ませ、剣を抱きながらふらりと立ち上がったセフィロスに、ああ、抱きしめられるなと感じたは、そのままスルリと彼の傍を回避して部屋の窓を開けた。


「……っ……、まだ怒……」
「セフィロス、怒りはもうどうでもいいので、まずはお風呂に入ってください」

「どうでも……?」
「自覚なさっているかとは思いますが、今の貴方は……」

「どうでもいいとは何だ!?」
「……っ」


家出する程の喧嘩をどうでも良いで片付けられ、セフィロスは激昂しての腕を掴む。
瞬間、彼の口からした酒や色々なものが混じった匂いには思わず息を止め、ダメージを避けるために顔を伏せて顔を背けた。


「…………すまなかった、。つい……カッとな……」
「いえ……あの、セフィロス、本当、今すぐお風呂に。あと、歯磨きも……」

「…………」
「正直、喧嘩を一度保留にしたくなるくらい、匂いが凄いです。ですから、落ち着いてお話しするためにも、早く、風呂に………ね?」

小汚いオッサンから汚いオッサンに進化(退化?)したセフィロスは、言われた言葉に口を閉ざすと、そっと自分の腕の匂いを嗅ぐ。
だが、この状態と環境に慣れた嗅覚ではうまく匂いを感知できなかったようで、不思議そうに首をかしげた。

とっとと全身洗ってこい。さもなくばベッドマットのように魔法で水洗いするぞ。
そう内心で零してしまうものの、ここまで消耗しているセフィロスに対しそれを口にする気にはならず、は当たり障りない笑顔を作ると部屋外へ彼を促す。
だが、一体何が琴線に触れたのか、彼は目にブワッと涙を浮かべると、一定の距離を保っていた彼女にぐっと近づき、同時にその体を腕の中に閉じ込める。

……俺が悪かった。頼むから、もう出ていくな。俺を……一人にするな」
「……へい」


クサイヨー……
髪に口臭つきそうだヨー……


強く抱きしめる彼の腕の中、の心は無になった。
気持ちは分かるが、そういう事は風呂の後にしてくれと思いながら、仕方ないのでこのまま風呂まで運ぼうと彼のベルトと背に手を回す。

すると、何を勘違いしたかセフィロスはに体重をかけ、彼女が首をかしげる前にその体をベッドの上に押し倒してきた。
来客用のベッドからは、今のセフィロスと同じ匂いがした。


「ぅっ……ぐっ……」
……!」

「っ……やめろ!」
「!?」


涙を流す彼に首へ吸い付かれると同時に様々な香りに襲われて、はついカッとなって彼の体を投げ飛ばす。
開いていたドアから廊下へ放り投げられたセフィロスが呆然としている間に、彼女は彼の体をレビテトで浮かせて担ぎ、1階の浴室へまっすぐ向かった。


、何を……」
「匂うと言っているだろうが!まずはその服を脱げ!下着も全部だ!その後は歯を磨け!その間、私は風呂を掃除します!」

「………」
「呆けていないですぐにやれ!」

「っ!わ、わかった」
「もし、掃除が終わってもその臭い服を着てたら、また廊下に投げ飛ばしますからね」


困惑しながら返事をするセフィロスに、指を突き付けて念押しすると、は匂いが移った自分の服を脱ぎ捨て、下着姿で風呂の掃除を始める。
時折手を止めて様子を見てくる彼を睨みながら急かし、準備を終えて浴室の椅子にかけた彼に洗ってほしいとせがまれたは、漂う匂いに怒る気力が失せて、望まれるまま彼に頭からシャワーをかけた。
軽く湯で汚れを流したところで、自分の肌のべたつきに気が付いた彼は、髪を洗うに断りを入れて自分の体を洗い始める。
肌につけた瞬間まったく泡立たなくなったスポンジに、ようやく自分の汚れ具合を自覚した彼は、絡みまくった髪を丁寧に洗うを見た。
地肌を丁寧にお湯で揉み解してくれる指が心地よく、セフィロスの口からは思わず安堵の息が出る。
が、ふと目に入った数日ぶりの鏡の中には、自分によく似た汚い野郎が、水色の下着姿の妻に髪を洗ってもらっている姿が映っていた。


「……酷い有様だ」
「次からは、風呂と歯磨きはしてくださいね」


汚い野郎は、声も汚かった。
自分の喉から出たとは思えない声に今更気づき、人はここまで落ちるのかと思いながら、セフィロスは肩を落としながらスポンジで体を擦る。
髪の毛も、肌と同じくシャンプーが全く泡立たなかったようで、2度目でやっと髪の毛が泡に包まれた。


「何ですか?」

「そこまで体が濡れているなら、お前も一緒に風呂に入ったらどうだ?」
「そのような破廉恥なまねはいたしません。掃除もありますので、遠慮します」


下着姿で男の風呂の世話をして、今更何が破廉恥じゃないというのか。
やっぱり基準がわからないと首を傾げている間に、は風呂に湯を溜め、後は自分でやってくれと言って風呂場から出て行ってしまった。
世話を焼いてくれてはいるが、仲直りはまだなので、その対応も仕方なしと考えるとセフィロスは湯船に身を沈める。

が入れてくれていた花の香油の香りが浴室いっぱいに広がり、セフィロスは大きく息を吸い込むとこの数日で凝り固まっていた体を伸ばして解した。
洗濯機を回したが脱衣所から出ていくのをすりガラス越しに眺め、じわじわと染みていくお湯の温かさに体を緩めて目を閉じたセフィロスは、気づけばバスローブのまま寝室のベッドで横になっていた。

いつの間に風呂から出たのか。
首を傾げて起き上がると、洗濯物を抱えたが足早に廊下を歩いていくのが見えた。
運んでくれたなら、礼を言わなければ。
そう思って声をかけようとしたセフィロスは、外の匂いに交じる嗅ぎなれない匂いに、思わず眉を顰めた。

ベヒーモスの解体をしている時に感じる匂いに似ているようで、しかしそこまで強烈な獣臭ではない。
何か覚えがあるような気がするが、しかし確認のために更に匂いを嗅ごうとは思えず、セフィロスは眉間に皺を寄せながら着替える事にした。

物置から出してきた物干し台をウッドデッキに置き、洗濯物を広げて風に晒したは、急ぎ足で洗面所へ戻る。
寝室でセフィロスがクローゼットを漁っているのが見えたが、構う余裕などなくバケツに水と雑巾を入れると、2階のトレーニングルームに駆けこんだ。
ドアを開けた瞬間襲い掛かってくる匂いにはもはや反応すらせず、窓を全開にするとエアロでひたすら空気を入れ替える。
その間、セフィロスが使いっぱなしにしていた器具を避けて床や棚を拭いていると、あっという間に雑巾から匂いがするようになった。

料理をしまくったりたり、トレーニングしまくったり、彼は他には一体何をしていたのだろうか。
気分転換やストレス発散は結構だが、掃除と風呂ぐらいはしてくれと心の中で叫びながら、は洗面所とトレーニングルームを何度も往復した。
途中セフィロスが様子を見にきたが、手伝いの前に髭を剃ってこいと言うと、ションボリしながら去っていく。
先日とは別の理由で喧嘩になりそうだと思いながら床と器具を拭き終えたは、一度窓を閉めると、寝具までやられた客間へと向かった。


「おや……」


沈み始めた陽に照らされた室内は、既に片づけが終わり、ベッドの上もマットレスが残っているだけだった。
カーテンまで外されている事に感心しながら中に足を踏み入れたは、ほんのりとマットレスに残る香りを明日に持ち越すと、窓を開けてまた魔法で換気する。

ミディールに行ったら、良い消臭剤を探そう。
客間とトレーニングルームの壁にほんのりと染みついてしまった匂いにそう決めると、は一度掃除を終えて1階へ戻った。
テーブルの上に出しっぱなしだったグラスや瓶は既に片付けられ、台所からは洗い物をする音が聞こえてくる。
あの台所の状態は、街中であれば間違いなく大量の虫が集まっていただろう。
そんな惨状の後始末を手伝う気にはなれず、はそのままウッドデッキへ出ると、干していた洗濯物を魔法で乾燥させながら、新鮮な空気の中で少しだけ一息ついた。

換気をし、綺麗に掃除してはいるが、数時間の掃除で完全に匂いをとるのは難しい。
燃えるような夕日に故郷が重なり、よもやこんなに必死になって掃除をする日が来るとは……と、身の回りの片付け以外は使用人がしてくれていた頃を思い出した。
当時は鍛錬で泥だらけになっても、服が破れても、全て使用人が始末をしてくれていた。あれは楽だったな……と思いながら、しかしふと、その使用人に毎回汚しすぎだと叱られていた記憶がよみがえる。
足腰を鍛える鍛錬と言って、洗濯物の桶の中で1時間近く腿上げ運動させられた記憶も蘇ったし、鍛錬するといって逃げようとしたら気絶しそうなほど痛い拳骨を食らった記憶も蘇った。

まるで今、当時とは逆の立場を体験しているようだ。
その相手はセフィロスで、彼は当時の自分のように青臭くないし人使いが荒くもないが、やらかす内容は少し似ている。
多分今回の彼の匂いは、野営のみの遠征から帰ってきた時のそれに近い。
不摂生で臭くなったのと、仕事で風呂に入れなかったのでは事情が違うが、酷い匂いという点ではそう違いはないはずだ。
当時のでも歯ぐらいは磨いていたが……。

夕日を眺めながら洗濯物を畳み終えると、晩秋らしい肌寒さに気づく。
袖の匂いをかぎ、掃除中に移った匂いに少しだけ目を伏せたは、食事の前に風呂に入ろうと決めた。
セフィロスが作り置きした料理があるので、夕飯の準備はしなくて良い。

そこだけは良い点だったと思いながら室内に戻ると、綺麗になったダイニングテーブルにはのお気に入りのカップに温かな紅茶がいれられていた。
透明感のある色合いに、また味も香りもないんだろうな……と思いながら、は抱えていた洗濯物をリビングのソファに置……こうとしたが、ソファからも匂いがしたのでテーブルの上に置いた。
革のソファだし、水拭きすれば匂いは落ちるだろうか。
そんな事を考えながらダイニングに戻ったは、こちらを気にしながら視線は向けず台所を片付けているセフィロスを眺めつつ、彼が用意してくれていた紅茶に口をつけた。


久しぶりに飲んだ彼の紅茶は、やっぱり薄すぎて味も香りもなかった。






何で仲直りしてないどころか、セフィロスが臭くて汚いオッサンになっちまったんでござるかー……。
風呂に入って元に戻ったけど……不思議ですなぁ(笑)

2023.11.01 Rika

次話前話小説目次