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の世界では、オーバーテクノロジーだと言ったせいだろうか。
長年愛用している釣り竿との暫しの別れを惜しむように、セフィロスは日暮れまで釣りに没頭していた。

としては、あちらの世界に行っても、人目につかない場所ならこの世界の道具を使ってかまわないのだが、セフィロスはそう思っていないようだ。
郷に入っては郷に従えと考えているのだろう。
訪れる前から、あちらの世界に順応しようとしてくれるセフィロスの気持ちを嬉しく思う反面、は彼のストレスが心配になる。

同時に、選びに選んで決めたこのお気に入りの寝袋を、あちらの世界でも当たり前に使おうとしていた自分に、後ろめたさを感じた。

だって仕方ないではないか。
あちらでの野宿は、身に着けた外套か、安物のタオルみたいに薄っぺらい毛布という名のボロ布に包まって寝るのが普通だったのだ。
この世界の技術が込められた、柔らかく、軽く、温かい、そして消臭効果付きで臭くなりにくい寝袋を知ってしまったら、もう戻れないのだ。

名残惜し気に釣り竿をしまうセフィロスを眺めながら、はどう話し合おうかと、ちょっとだけ悩んだ。



Illusion sand ある未来の物語 137話




セフィロスの事だ。
話せばわかってくれるとは思うが、どう切り出そうか。

そう、少しだけ迷っているのが顔に出ていたのだろう。
釣り道具を片付け終えた彼は、夕食の支度をして待つの顔をじっと見つめながら、ゆっくりと戻ってくる。
つい数刻前、楽しそうに釣りをしていた時とは一転。どこか気まずそうな雰囲気の彼に、は内心首を傾げた。


……悪かった。魚を釣る事に夢中になって、蟹やエビの事を忘れていた」
「え?……ああ、大丈夫ですよ。私も、今、貴方が言うまで忘れていましたから、気にしないでください」

「そうか。……それなら、何かあったのか?考え込んでいる顔をしていたが」
「ご安心ください。貴方が思うほど、深刻な事ではありません。それより、釣った魚は……」

「待て、今言え。お前がそう言うときは大概……いや、今は半分くらいの確率で、面倒なことが起きている」
「……ある意味、信頼ですね」

否定できないのが辛いな……と、内心で冷静に呟きながら、はセフィロスの手からクーラーボックスを受け取る。
誤魔化しを許さないという彼の視線の圧は、気が弱い人や子供なら間違いなく泣いているだろ。

何だかちょっと勘違いさせてしまっていると思っただが、念のため本当に大したことがないのか、自分の迷いを今一度考えてみる。

生まれた世界に存在しない、この世界の道具。
大っぴらに見せるべきではないが、人目が付かない場所ならば使用して問題ない。
物は野営に使う寝具。素材は布とスポンジ、綿、一部羽毛。
あちらの世界でも、代用品を用いれば性能は劣るが再現可能。


「……うん、問題ないな」
「自己完結するな。、取るに足らない事かどうかは、聞いてから判断する」


この信用の無さよ……。


もう10年以上連れ添っているのに、言うか秘めるかの判断だけは信用されないのはどういうことか。
前科は多くないが、その数少ない前科の内容が大きすぎるからだろう。
その点はも自覚している。

こんな風に促され……というか、圧をかけられて口にするのはよくある事だが、いつも大した問題ではない事だ。
それでも、彼がこうして見て見ぬふりをせず、全てを詳らかにしようとするのは、過去の教訓が大きすぎたのか。それとも、単に心配性が彼の元々の性分だったのか。


、黙っていないで、何か言え」
「ああ、すみません。ちょっと考えすぎていました。気になっていたのは、貴方が釣り竿に暫くの別れを告げていたことです」

「……なぜあの距離で聞こえている」
「結構普通の声量でしたよ?」

「…………」
「あ……いえ、私は貴方の声も、とても好いていますから、小さな声でも、聞き耳を立ててしまうのかもしれません」


セフィロスは時折正宗にも話しかけているので、釣り竿に話しかけるぐらいはあり得ると思ってはスルーしていた。
もしやどちらも無意識だったのだろうかと、咄嗟にフォローしようとしたが、得物に向かって話している事には変わりないのでフォローになっていなかった。

何とか挽回すべきかと、次元の狭間にいた頃に、岩に向かって話しかけていた経験を語ろうと一瞬思ったが、すぐに逆効果だと気づき口にするのはやめる。

いやもう、これは話を進めて、釣り竿に話しかけていた話を終わらせようと思っていただったが、そう考えている間にセフィロスは口元を抑えて顔を背けてしまった。

完全にそっぽを向いていないが、だからこそ、手指の隙間から見える彼の色づいた頬に視線が行く。
おや可愛らしい、と口にしてしまえば仕返しされるし、あまり凝視しても、恥ずかしさを紛らわせるためという名分で何故かこちらが恥ずかしい思いをさせられる。
彼の珍しい恥じらいを、『おやおや』と優しい気持ちで受け入れても、また何故かさらに恥ずかしい思いをさせられるのは経験済みだ。

触らぬ神に祟りなし。

自分は何も気づいていないアピールのため、いつも通りの空気でクーラーボックスから生きた魚を出したは、暴れる魚の口へ容赦なく串を差し込んだ。


「もしや、あなたが、私が生まれた世界では、この世界の道具を使えないと思っているのではないかと思ったので、気になったのです」
「……文明が違いすぎるのは、余計なトラブルを生みそうだが?」

「確かにその通りなのですが、貴方が使っている釣り竿程度なら、あまり問題はないと思います。素材はさておき、構造自体は、あちらでも何とか再現できるでしょうからね。人目を避けて、こういった山の中で使う分には、大丈夫だと思いますよ?私も、この世界の寝袋や簡単なキャンプ用品は、あちらでも使うつもりですからね」
「……そうなのか?」

「ええ。よほどの権力者の前に見せびらかさない限りは、問題ないでしょう。目立って生きる気はないのでしょう?なら、大丈夫ですよ」
「そうか……」

「文化や常識の違いはあるかもしれませんが、そう恐い世界ではないはずです。私がいなくなってから、随分と時間が経っていますが、文明のレベルは当時からあまり変わっていないと、シヴァもオーディンも言っていましたからね」
「1000年近く経っているんだろう?それで未だに竈で料理か?」

「何度か大きな戦が起きて、文明の停滞や衰退があったそうですよ。私の祖国も、仲間の国も、今は僅かな遺跡が残るだけとか……」
「………………寂しいか?」

「いいえ。人の営みの、自然な流れでしょう」
「そうか……」


感傷を隠している様子もなく、自然にそう答えるの横顔を見て、セフィロスは心配は必要ないと理解した。
むしろ、彼女の意識は故郷の現状より、その手で作っている今日の夕飯のメインに集中しているようだ。

が魚に串を打ち終えて塩をすると、セフィロスはお願いや指示をされるまでもなく、それを持って焚き火へ向かう。
切れ目を入れた丸太を燃やすだけの焚き火だが、一晩の灯には十分だ。
セフィロスがその周りの地面へ等間隔に串刺しの魚を立てている間に、は川へ手を洗いに向かう。
燃える丸太の上にある蓋がされたフライパンからは、美味しそうなリゾットの匂いが漂っていた。




翌朝、昨日の夕食の残りで朝食を済ませた二人は、少しだけ沢に沿って山を登る。
川が広く浅くなっている場所で、川海老釣りと沢蟹取りを楽しんでそれを昼食にした二人は、手ごろな木にハンモックをかけて昼寝まで楽しんだ。
アーサーの村や、ガイとカーフェイへの心配など微塵も無い。

薄情と言えばその通りだが、同情で過ぎた力を貸すことで、手を差し伸べた相手に予期せぬ不幸を引き寄せる事を2人は知っている。
そもそも、村人たちはそれぞれの矜持を持って武器を持っているのだ。
頼んでもいない助力をしたところで、それは誇りの軽視と侮辱、屈辱を与えるだろう。

それに、あの謎の『名物』の威力を目の当たりにしては、心配する要素が見つからない。
日ごろから十分な練度を保ち、常に警戒を怠らず生活するあの村では、尚の事。



さて、不意にできた余暇をどう過ごそうかと、はセフィロスに手を貸してもらいながら乗ったハンモックの上で考える。
ちらりと斜め横のハンモックへ目をやれば、セフィロスは本を胸の上に置いてお昼寝の真っ最中だ。声をかけて起こすのはかわいそうだろう。

どうせなら、コスタ・デル・ソルへ、予定を変えて遊びに行ってしまおうか。
常夏と呼ばれる気候は、故郷の世界に無いもので、この世界のような露出が多い水着もあちらでは存在しない。
いや、そもそも漁を生業にする者でもなければ、一生泳がないのも普通なので、遊泳目的の水着が存在しないのだ。
素潜りの漁をする者は、皆局部を隠す衣類を身に着けるが、遊ぶためのものではない。

海洋貿易が盛んで、海軍も保持していた国の騎士だったは水泳訓練の経験もあったが、軍服での着衣水泳だった。
この世界の兵士の服装とは違う、厚い生地に刺繍や勲章、そして外套まで着いた状態の着衣水泳だ。
騎士団での訓練前に、実家の庭にある池でみっちり練習させられた。
ちなみに、庭の池とは言っても訓練用なので、底は泥が溜まっているし、水草だらけで虫や泥鰌がたくさんいる、かなり汚い池だった。

その場にセフィロスがいたら、有無を言わさず浴室に運び込まれ、抵抗を無視して徹底的に体を洗われただろう。

想像して、つい笑ってしまったは、セフィロスが眠っていたことを思い出して慌てて声を抑える。

アーサーの村はどうなっているだろうかと、魔力で探ってみると、今日も元気に魔物の殲滅にはげんでいるようだ。
一部、多少賢い個体が奥の森……達がいるこの山中へ引き返してきているのを感じるが、こちらは気配も魔力も抑えていないので、勝手に避けて通るだろう。

村人だけなら長期戦になっただろうが、今はガイとカーフェイがいる。
明日の夕方には村での戦闘も結果が見えてくるだろうと考えると、は再びセフィロスへ視線をやった。

柔らかな木漏れ日の中で、彼は気持ちよさそうに寝息を立てていて、暫く起きそうにない。
は一人ではハンモックの乗り降りできないので、彼が起きてくれるまでこのままだ。

慣れない姿勢で長時間いるため、ちょっと腰が痛くなってきたが、寝返りを打とうとしてそのまま地面に落下するのはアイシクルエリアに住んでいた頃経験済みだ。
ちなみに、1人でハンモックに乗ろうとして滑り落ちたり、何故か足腰にハンモックが絡まって逆さづりになった事もある。

どうしようかと、半ば途方に暮れながら木漏れ日を見上げたは、もう一度セフィロスの方へ目をやり、彼が眠っていることを確認した。

「……よし」


何がヨシなのか分からないが、とりあえず小さく気合いを入れると、は体を砂に変え、そのまますぐそばの地面の上で体を作り直す。

「……うむ」

ハンモックから転がり落ちない事。
そして、肉体から砂になった拍子に、反動でハンモックにある砂を辺りにぶち撒けない事に気を取られてしまったせいだろうか。

草の上に立つは、一糸まとわぬ全裸だった。

こんなはずではなかったのだが……。

不思議なことがあるものだと思いながら、腕を組んで失敗の理由を考えていたは、ふと視線を感じて振り返る。

見つめているのは、もちろん呆れを隠さないセフィロスの瞳だ。
が肉体を砂に変え、再構築する際の魔力の動きを感じ、目を覚ましたのだろう。

何も言わずとも全てを察し、そして何も言わずにいてくれる彼の気遣いがありがたい。
いや、呆れて言葉が出ないだけだろうか。それとも寝起きに森の中で全裸になっている妻を見て混乱しているのだろうか。
多分両方だろう。

「おはようございますセフィロス。まだ眠いのでは?」
「おかげで一気に目が覚めた」

「そうですか。まだ時間はありますから、お昼寝の続きをしていても大丈夫ですよ?」
「気遣いは有り難いが、別の事が大丈夫じゃない」

「…………普段通りに見えますが?」
「俺の下半身の話じゃない。お前の文明人としての羞恥心の話だ」

「ああ、なるほど。ですが、これは事故ですから、それこそ気にしなくて大丈夫ですよ」
「…………とりあえず、服を着ろ」


森の中で昼寝していたら突然全裸になっていた妻に、再三大丈夫と繰り返されたセフィロスは、ひとまず色々と諦める事にした。
がおかしな事をするのは今に始まった事ではないが、最近はかなり大人しかった。
久々だから動揺しすぎただろうかと、セフィロスは天上から零れる木漏れ日に視線を見つめながら考えた。

考えたが、久々だろうがよくある事だろうが、驚くものは驚く。

が着替える衣擦れの音に、全く色気を感じないのは久しぶりだ。
本人は事故だから仕方ないと思っているようだが、問題はそこじゃない。その後なのだ。
何故恥じらわないのか。

そういえばこの女、であった頃もこんな風に全裸で開き直っていたな……と、古い記憶が蘇って、セフィロスはへ視線をやる。

既に下着を身に着け、ズボンに足を通す彼女の後ろ姿。
ショーツの横で結ばれている紐は端が解れ、よく見ればお尻を隠す部分も薄くなって擦り切れそうになっている。
彼女は必ず上下セットで下着をつけるので、多分上の下着も色々とお察しだ。

荷造りの時、古い下着は全て捨てたはずなので、後からコッソリ戻したのだろう。
何で千切れるまで使おうとするのか。
穴が開くまで使うのは靴下だけにしてくれまいか。
元の育ちがいいはずなのに、定期的に文明人をやめるは何故なのか。

ズボンに隠れたボロボロショーツを、色欲ゼロの理由で引っぺがしてやりたくなるのを、セフィロスはきつく瞼を閉じて堪える。

今後、の衣類は下着まで自分が管理しよう。

独占欲とか支配欲とか変態的欲求ではなく、必要性からそう考えなければならない事に、セフィロスは久々の頭痛を覚える。

とりあえず、この後はの荷物から下着を全て出させ、選別しよう。
肌着や下着は、今後を考えてかなりの量を買い込んでいるため、選ぶのはかなり時間がかかりそうだ。
始末は、河原で燃やして灰にすればよいので、それほど時間はかからない。

いっそ新品以外は処分させようか……と、少し面倒になって考えたが、一応彼女にもお気に入りはあるだろうと考えると、あまり酷い事もできない。

いや、妻にボロボロ下着姿を見せられ、処分を決意させられた自分の方が、酷い目にあっていると言えるのでは?


なるほど、どっちもどっちだな。


と、面倒になってきた思考で、そう雑な結論を出したセフィロスは、が着替えを終えると同時にハンモックから降りた。














2025.08.15 Rika

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