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魔物除けのために、2人が気配を抑えなかったため、森は不自然な静寂に包まれていた。 鳥の羽音はもちろん、虫の声一つせず、ただ川のせせらぎと木の葉が風に揺れる音だけが響く。 時折、遠く村の方から爆発音が届くが、それでも森の生き物たちは息を殺したままだった。 過ぎた静寂は、本来なら深く遠い奥底へ潜められているものまで浮かび上がらせる。 ライフストリームの中に、見逃してやっていた些細な変化の末を感じて、は僅かに眉を上げた。 数秒考えると、彼女は傍らでナイフの手入れをしていたセフィロスへ、ちらりと目をやる。 それに気づき、視線を向けて首を傾げた彼と見つめ合った彼女は、何も気づいていない様子の彼に、小さく笑みを返して首を横に振る。 すぐに手元に視線を戻した彼の横顔を眺め、彼の魔力に交じる僅かな星の力の残滓に、彼女は笑みの消えた目を細めた。 Illusion sand ある未来の物語 138話 月のない真夜中にあっても森は静かで、獣の気配もない静寂が今日ばかりは心地よくさえ思えた。 けれどその夜闇の深い底では、随分と古く懐かしい魔法が動いている。 いや、もしかすると、ずっと動き続けていたのだろうか。 相変わらずこの星は、コソコソと動くのが好きなようだ。 久しぶりに、少しばかりの怒りを感じながら、は傍らで寝息を立てるセフィロスの頬に指先を伸ばす。 頬にかかる髪をそっと掬い、指の間に流れる銀糸の感触に僅かに頬を緩めて、彼が目覚めないよう静かにその髪を耳の上に戻す。 もう懐かしささえ感じるほど昔、彼のメテオを妨げた力。 その残滓が、何故今も残り、消えることなく動いているのか。 それとも、これは残滓ではなく、あの魔法はあの日で終わっておらず、何かの目的をもって静かに動き続けていたのだろうか。 感覚を澄ませば、森から遠く、村よりも遥かに遠い地で、人々の魔力が大きくうねりを上げているのを感じる。 それは、昔この星を包み、今なお細い糸のように続く魔法によく似ている。 似ているが、根幹に流れる魔力は多くの人間のそれが入り混じり、不格好だ。 発動条件を満たしてはいるようだが、拙く、不安定にも思える。 星は、どんな意図でそれを人々に齎したのか……考えて、僅かに感じた憐憫を、は目を伏せて押しやる。 行使する人々は知らないだろう。 彼らはきっと、かつてのように訪れた巨星の大災厄を退け、その先の未来を求めているだけだ。 人間らしく、生き物らしく、自然な願いでしかない。 今、結末を知るのは、筋書きを立てたこの星だけ。 とて、何かをしているかは感じても、何を目的にしているかはわかっていない。 ただ、この辺境の村を襲う魔物の群れもまた、星がお膳立てした大災厄回避の演出の一つだろうとは思っている。 本来なら、村はとうに蹂躙され、森を出た魔物は街を襲う悲劇をもって、人々を更に奮い立たせていたのだろう。 それを挫いているのが、過去が命を拾い上げた教え子達だと思うと、彼女はつい意地悪く口の端を上げてしまった。 新たな天からの災厄。ジェノバの再来。 昔、星がへ仄めかしたそれらは、全てが偽りではないかもしれない。 けれど、人間たちに気づかれぬよう秘めながら何度も巨星を落とそうとする様を見ては、話半分聞き流す程度の信用もない。 は星と仲間ではない。 隠し事があるのはお互い様と思っていた。 当然、セフィロスの身を脅かすこの世界のホーリーを、何度も発動させたくはない。 元より星から疎まれていると知っているは、僅かな迷いや躊躇いもなく、星の奥深くへ魔力を流し入れる。 星の力の大きな流れに沿い、けれどその流れよりも早く進んだ先に、人間達が必死に発動させようとしているホーリーの力を見つけた。 生きるために必死な彼らに恨みはないが、星の思うままに事を進めさせたくなくて、はホーリーの発動を妨げる。 不発にするほどの妨害ではなく、ただ、発動が一昼夜遅れる程度の軽いものだ。 万が一不発に終わっても、星が人間たちを滅ぼす結果は避けるために動くだろう。 ライフストリームへ伸びるの魔力に、星が真意を探るように力をまとわりつかせてくるが、彼女は気づかぬフリをして横になった。 静かな寝息を立てるセフィロスに変化がないことを確認すると、もまた同じように瞼を閉じる。 川のせせらぎと木々のざわめきに交じり、遠くで上がる魔物の断末魔が耳に届いた。 夕方から掃討戦に移行したのか、今はもう真夜中だというのに、魔物の減るペースが増しているのは何故なのか。 『やはり、あの村おかしいな……』 今に始まった事ではないが……。 そう内心で呟くと、は意識を睡魔に委ねた。 次の夜明けは静かにやってきた。 風は相変わらず止み、木の葉の擦れ合う音すらない山の中、唯一の音は川を流れる水の音だけだ。 焼け付くように赤い朝日がテントの中まで染め、閉じていた瞼の裏にまでその色を届ける。 鬱陶しくすら感じるそれに眉を顰めながら、掌にセフィロスの手の感触を確かめたは、寝袋の中に顔を隠しながらゆっくりと瞼を上げる。 和らぐ朝日に目を慣らしてから、ゆっくりと顔を出して隣を見ると、セフィロスもまた寝袋の中に顔を隠していた。 彼は目を覚ましてはいるが、まだ起きる気はないらしい。 けれど、このまぶしさの中で二度寝するのは難しいだろう。 どれだけ耐えられるのだろうかと眺めていると、彼は繋いでいた手をスルリと離し、出していた腕はもちろん、頭の先まで寝袋の中に潜ってしまった。 これは暫く起きそうにないな……。 セフィロスと違い、しっかりと目に朝日を浴びて目を覚ましてしまったは、静かに寝袋から抜け出す。 そのままテントから出ると、川の方へ歩きながらロングソードを出し、数回振って重さを確かめる。 セフィロスと打ち合うなら強度不足で使えない剣だが、1人で素振りするなら、使い古したこの剣で十分だ。 魚の気配がない川辺に着くと、は剣を構え、慣れた動きをなぞる。 最近、元ののんびりとした生活に戻ってから、またセフィロスの体型チェックが厳しくなってきたので、あまり思いっきり素振りできないのが最近の悩みだ。 自分だって武器を振り回すくせに、人の肩回りの筋肉に文句を言わないでほしいものだ。 だが、この頃になって、彼は筋肉をつける事で服のサイズが変わると言うようになってきた。 その言葉は、貧乏性がなおらないに、効果覿面だった。 効果がありすぎて、体を鍛えようとする度に躊躇いが生まれ、苛々するほどだ。 近いうちに、セフィロスにもイラッとさせてやる。 そんな小さな復讐心を抱えながら、は魔力で体を強化し、風圧で飛沫が上がるほど剣を振った。 そんな気持ちが通じたのだろうか。 朝方響くヒュンヒュンという剣の風切り音と、同時に鳴る水音で起こされたセフィロスは、ちょっとだけ苛ついていた。 静かな山の中、平穏な朝を装うことを楽しむ二人は、食後の珈琲を口にしながら風の音を楽しむ。 生憎、鳥や野生動物は森の異常に息を潜めたままで、風に揺れる木々の音以外に聞けるものがないせいだが……。 「何事もなければ、明日あたりに村の方は結果が出そうですね」 「そうだな……。だが、何事もなければ……と言う事は、お前は何かあると考えているのか?」 「ええ。ちょっとまた、星の動きが活発になっていますので、何かするかもしれませんねぇ」 「……暢気だな。一度殺してきた相手だろう?」 「うーん……どうにも狙いがはっきり見えないもので……いえ、狙いの一つに貴方が含まれているのはわかるのですが……。まあ、今は、あの子達の戦いがある程度終わるのを待ちます」 「……久しぶりに不安と心配で動悸がしてきた」 「おや、それはいけませんね。落ち着くまで私の腕の中で休んで下さい」 「……そうだな」 昔より遥かに荒事へ抵抗が無くなったから出た不穏な言葉に、セフィロスは心の古傷が傷んで胸を抑える。 そんな彼に、は一瞬で辺りの土を柔らかいものに変えると、シートを広げて彼の手を引いた。 大人しく椅子から降りたセフィロスは、彼女の胸に顔を埋めると細い背に腕を回す。 そっと背を撫でる彼女の手の温かさに少しだけ落ち着きを取り戻し、けれど重いままの胸の内を晴らそうと、何度も深いため息を吐き出した。 嘗て彼女から感じていた草原の香りは、もう微かに感じるだけになってしまった。 そんな僅かな香りで、不快な肺の中を塗り替えたくて、彼は彼女の胸へ強く顔を押し付ける。 慰めるように包むの腕の感触と、ゆっくりと注ぎ込まれる魔力が自分のそれと交じり合う感覚。 深い安堵と共に、揺れていた心が静まっていくのを感じながら、セフィロスはこんな事に慣れてしまっている彼女の顔をゆるりと見上げる。 「……、どうして嬉しそうな顔をしている?」 「おや?それは失礼。すみません、貴方がこうして甘えてくださるのは、久しぶりだったので、つい顔が緩んでしまいました」 「……そうか。嫌じゃないなら、よかった」 「ええ。せっかくですから、今日は遠慮せず甘えてください」 の言葉をありがたいと思う反面、甘えたところで、不安の原因は消えないと理解している彼は、再び落ち込む気持ちに、彼女の胸へ顔を埋めなおす。 今更、過去が繰り返されることなどない。 そう分かっていても、もしもの選択の時、が自分よりセフィロスを優先することを知っている以上、本当に安心することはできない。 それはきっとお互い様だが、そのもしもの時の後の反応が二人は似ているようで違うのだ。 セフィロスは怒りと同時に絶望するタイプだが、は怒り狂っても絶望はしないタイプだ。 精神的な強さという点で、セフィロスはの事は心配していない。 だって、人並みに情緒や感傷、感情を持っている。 だが、その心の芯は、鋼だとか、オリハルコンだとか、ヒヒイロカネだとか、そんな既知の存在とは別次元の硬度の何かだとセフィロスは思っている。 次元の狭間で見た幻の奇行で、それはゆるぎない確信になった。 だから、もし自分がどうにかなっても、ならあらゆる手段で見つけ出し、その隣に連れ戻してくれると信じている。 信じられないのは、自分自身だ。 が再び隣から消えた時。 その存在も魔力も感じられなくなった時。 彼女が平然とした顔で戻ってくる時まで、懐かしい絶望に呑まれる自分が分かってしまう。 自分の存在を、もっと彼女へ繋ぎ留められないだろうかと、セフィロスは静かに注がれる彼女の魔力に自分のそれを絡める。 触れる掌から、胸に埋めた頬から、自分の魔力を彼女の中へ流し込み、水にインクを落とすように広げていく。 彼女のおかげで、昔は想像もしていなかった魔力操作ができるようになった。 自分も本当に人間離れして……いや、元々人間という枠に入るか微妙だったが……化け物らしくなってきたと思いながら、セフィロスは彼女の中の魔力に自分のそれを流し込んでいく。 そうしていると、彼女が肉体を構築するために巡っている魔力の流れや、姿勢を楽にするために背中にエアロとレビテトを混ぜた魔法と使っている事がわかってくる。 糸のように細く伸ばした魔力で、戦闘中の村と元教え子たちの様子を見守っていることも、他にもいくつも魔力を伸ばし遠くの様子を見ていることもわかる。 その糸の一部が、星の深い場所へ伸ばされていることも。 セフィロスが分かるのは、そこまでだ。 その糸でが何を知り、何を感じているかまではわからない。 けれど、今になって彼女がセフィロスの安全を楽観しなくなったのは、そこから何かを感じたからだろう。 「、お前が今更慎重になるのは、星から何かを感じたからか?」 「ええ。元々何か企んでいる気はしていたのですが、最近の人類への干渉が気になってしまって。それだけならこの星の事情と思うだけだったのですが……ルーファウスに、私の力が及ぼす影響も妨げていましたから、無関係ではいられないかもしれません」 「ルーファウス……お前が言っていたより、早く逝ったのも……?」 「ええ。ですが彼には、私の我が儘で随分と無理をさせました。おそらく、本来の寿命はもっとずっと早かったでしょう。本来の流れに戻す自然の力が働いた……とも、考えられます。」 「その力が、俺にも及ぶことを恐れているのか?」 「星が貴方を私に渡す条件だった、新たな災厄。今空に浮かぶメテオが、星の作り出した茶番ですからね。何を考えているのか、いよいよ分からなくなってきました」 「、分かっていると思うが、俺を守るために、自分を盾にすることだけはやめろ」 「……ええ。もちろん、貴方が嫌がることは、しませんよ。ただ、状況次第で、貴方には先にこの世界から避難してもらうかもしれません」 「お前だけが残る選択肢をやめろと言っている」 「……善処します」 「」 「……数秒……貴方の方を早く逃が……」 「駄目だ」 「…………わかりました。殺られる前に殺って逃げる。これでいきましょう」 「そうだな」 共倒れしないことを最優先にしたかったのだが、頑として譲らないセフィロスに、は諦めて肩を落とす。 縋りついて甘る姿勢のくせいに、説教する時の声のトーンで言わないでほしい。 そう思うものの、の手はセフィロスの頭と背中を撫でたままで、流し込まれるセフィロスの魔力を心地よく受け入れていた。 |
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2026.01.04 Rika |
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