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Illusion sand ある未来の物語 128話 「そなたたち、揃って酷い匂いではないか。頼むから、それ以上我に近づいてくれるな」 「シヴァ、気持ちはわかるが、騎士にまで鼻をつまませるのはやめてくれないか?」 「我が指示しているのではない。諦めよ」 「わかった。なら、早く破壊活動を終えて撤収する」 あからさまに顔を顰めるシヴァはまだ良いが、無言で鼻をつまみ距離をとる氷の騎士たちに、は嗅覚などないくせにと小さく愚痴り、トンネルの奥へ魔力を通す。 普段あまりされない態度で距離を取られ、若干虚無の目になっているセフィロスは、溜め息を飲み込みなら早く風呂に入りたいと何度も心の中でとなえていた。 やがて、トンネルの最奥。 隠し通路の更に奥にある僅かな隙間まで魔力が行き渡らせたは、普段は使わない強力な魔法を連発し、辺りに爆音と閃光が広がる。 同時にやってきた爆風に対し、自分とセフィロスを包むように魔力で障壁を張ると、その向こうにいた氷の騎士達が塵のように飛んでいく。 まさか彼らが防御していないとは思わず、「え?」と振り向いたの視線の先には、突然騎士達をぶっ飛ばされたシヴァの驚いた顔があった。 シヴァがここまで驚いた顔をするとは、珍しいな……と思いながら、土煙の中潰れているトンネルに、今度は外から魔法を放つと、再び爆音と閃光が辺りを包んだ。 再度襲い掛かる爆風に、バハムートが負けじとフレアを吐き出し、リヴァイアサンが山のように巨大な波を作る。 オーディンが放ったグングニルに加勢するように、ラムウの雷とイフリートの業火が後を追い、シヴァは無言で防御の氷壁を張っていた。 俺が昔落としたメテオ並みに酷い。 エッジどころか、グラスランドエリアを超えジュノンエリアまで届く閃光と爆風を眼下に、セフィロスは隣のに呆れた視線を向ける。 リヴァイアサンと暴風で荒れ狂う海は、いくつもの巨大な波を産み、それはミッドガル方面どころかコスタ・デル・ソル、そしてアイシクルエリアがある大陸にも向かっている。 あの波は、恐らく、ゴブリンアイランドを飲み込み、そのまま北大陸の最北端やミディールまで届くだろう。 それでも更に魔法を重ねて放とうとしているに、セフィロスは止めるか否か少し悩みながら、雲が吹き飛ばされた空を見上げる。 「……酷いな……」 月かと思って見あげた場所にあった真っ赤な巨大隕石と、その周りにある無数の小さな隕石を目にして、セフィロスは思わずつぶやく。 そこにあるメテオは十分に大きいし、何より数がやたらと多かった。 メテオに加えてコメットを重ね掛けしているのだろう。 人が住んでいない地域なので人的被害はないが、破壊力の大きさは昔ミッドガルに落としたメテオなど比ではない。 もしやはこのまま星を滅ぼす気なのだろうか? そう首を傾げたセフィロスの視界の端で、爆風に負けたオーディンがスレイプニルに跨がったまま錐揉み回転しながら吹っ飛んでいった。 「、それ以上やると、ルーファウスが泣くぞ」 「ん?何か……すみません、よく聞こえないので、後にしてください」 別に地形を変えようが星を壊しようがセフィロスは気にしないのだが、あまり被害を出しすぎては後が恐そうだ。 そう思っての耳元に囁いてみたのだが、破壊音が響く中では当然聞き取れるはずがなかった。 赤く燃える隕石の雨がトンネル跡地1点を目掛けて降り注ぎ、海水とぶつかっては大きな水蒸気爆発を繰り返す。 追って降ってきた巨大な隕石は、それらを飲み込むように大地の上に落ち、一際大きな爆炎を撒き散らして夜空を赤く染めた。 ミッドガル跡地上空にいた、衝撃と熱風で飛空艇は全滅だろう。 ミディールのルーファウスは生きているだろうか。 別の意味で息をしていないかも……いや、ルーファウスなら大丈夫そうだ。 そんな事をぼんやり考えながら、セフィロスは思考を放棄して魔法障壁外の赤い世界を眺める。 もはや召喚獣の姿は見えないが、残っていた召喚獣は、恐らくメテオとコメットが落ちてきたと同時に帰っているだろう。 適度に破壊して撤退するのではなかっただろうか。 シルドラに運んでもらうとか、ゴブリンアイランドで待機とか言っていたのは幻聴だったのか。 当初の予定はなんだったのかと思いながらへ目をやると、彼女は心底不思議そうな顔で首をかしげていた。 今一番首を傾げたいのは神羅の遺跡処理を頼んだのに世界を滅ぼされそうなルーファウスだろう。 「、何故この状況で首をかしげる?」 「すみません、やっぱり聞こえないので、ちょっと待ってください」 やりすぎどころじゃない状態に、思わず口を出したセフィロスに対し、振り向いたは小さく微笑んで言うと視線を前に戻す。 この状況でいつも通り微笑むのぶっ飛びっぷりに、セフィロスはもう一度思考を放棄しようか考える。 だが、そんな小さな迷いの間に、辺りの色は爆炎の赤から水蒸気の白に変わり、次の瞬間それらは雪と雹に変わって地面に落ちていった。 地面に落ち、その熱を撒き散らしていたメテオは氷に閉じ込められ、見上げるほどの氷山の中で燃え燻っている。 「お待たせしましたセフィロス。それで、先ほどから何か仰っていましたよね?何でしょうか?」 「……やりすぎだ。ルーファウスを寝込ませたくなければ、それくらいに……いや、もう手遅れだな」 「ああ、すみませんね。神羅の施設だからか、頑丈な金属で作ってあるところがあって、破壊にちょっと力が必要だったものですから。それに、ちょっとWROが予想より弱かったので、すこし刺激してあげる必要があると思いました。ああ、それについては、また後で説明しますね」 「……お前の言い分はわかった。だが、辺りの被害が想定より大きい。もう大技は控えろ。召喚獣達もいなくなった」 メテオの熱で干上がった海が雪と雹、そして戻ってきた海水で冷やされて、大量の蒸気を生む。 瞬く間に生まれる積乱雲が雷名を轟かす中、呆れた顔で辺りを見回したセフィロスに、は視線だけで周りを見る。 できればディープグラウントまで破壊し、海水に沈めてしまいたかったが、セフィロスが言う通りこれ以上の破壊は控えた方がよさそうだった。 ひとまず、必要な破壊活動は終えたと判断すると、は氷の中のメテオの始末に作業を切り変えた。 「わかりました。では、あのメテオを処理して終わりにしますね。そのままにはしておけませんから」 「ああ。控えめにな」 「……善処します」 「駄目だ。確約しろ」 「……善」 「」 「……わかりました」 「…………」 本当に分かっているのだろうか、というセフィロスの視線から逃れるように目を逸らして、はメテオを内包する氷山を見る。 周りを破壊せずに消す方法を数秒考え、どこまで許してもらえるだろうかと考えただったが、広がる惨状を前に今更許し何もないと腹を括った。 とりあえず、落としたメテオを始末することを第一優先事項にする。 そう決めると、はメテオの魔力とそれを包んでいるブリザガの魔力を繋ぎ、構成を組み換える。 ガラガラと瓦礫が崩れる小さな音が、やがて大きな崩落の音へ変わり、それに伴って氷山の周りに暴風が吹き始める。 雷を孕んでいた重い雲すら引き寄せるそれは、やがて燃える岩と氷、そして雷を纏う巨大な竜巻となって空と大地の間を暴れ狂った。 巨石となって宙を舞うメテオの破片は、残る熱を雪と氷に冷やされながら砕かれ、徐々に小さな石へと姿を変えていく。 石が竜巻の範囲内に落ちるよう調節して、後は自然に竜巻が収まるのを待つだけ。 そうして待ちの姿勢に入ったの横で、セフィロスは新たに起きた大災害を虚無の表情で眺めていた。 「ねえガイ、俺、さんに世界滅ぼしていいよって言ったっけ?地形変えていいよとは言った記憶あるんだけど、何か自信なくなってきちゃった……」 「ごめ~ん、俺、その時キッチンにいたから聞いてな~い」 「カーフェイ、気にする必要はない。恐らく、調査した施設に、が見過ごす事の出来ない何かがあったのだろう」 窓の外には、その身を楯にして暴風から家を守ってくれている、ゴーレムの腰が部分が見える。 簡単な任務を頼んだはずがとんでもない状況になり、カーフェイは途方に暮れて窓の外を見ながら目に涙を浮かべている。 対し、ガイは気にした様子もなくクッキーを咥えながら、ルーファウスに薄めの紅茶をいれていた。 そんな二人の部下を前にしても、ルーファウスは余裕を崩さず、ゴーレムの向こうに見える朝焼けに似た色の空を見ている。 が久しぶりに想を逸脱した行動をし、ルーファウスも多少は驚いたが、それだけだ。 こちらへ防衛用の召喚獣を差し向ける冷静さと余裕があるのなら、腰を上げる必要はないだろう。 ルーファウスは過去、彼女の手腕を見込んで、何度か厄介な事案を依頼した事があった。セフィロスが蘇る前の事だ。 派手な陽動も、静かな破壊も、彼女は簡単にこなすことができる。 秘密裏に神羅の施設を消してもらったのは、今回が初めてではない。 にもかかわらず、世界を騒がせる騒ぎを起こしたのは何故か。 有力なのは、依頼とは別の所で、その必要性があったからだが、最有力のわりに情報はなにもない。 次点で、施設の中ににとって受け入れがたい物……たとえばセフィロスに関する何かがあった可能性だ。 しかし、それでもなら、ここまで派手な騒ぎを起こさず事を収めることができる。 多少常識離れしたところはあるが、彼女はあれでも強大な力の影響力を理解しているのだ。 元々の温厚な性質もあり、無駄な争いや軋轢を進んで生むことはしない。 もし、これの騒ぎが、彼女から人類に対する警告であったなら、ミッドガル崩壊以上に頭が痛くなる未来が待っている事になる。 それまで、この命があればだが……と、無関係を装って現実逃避しかけたルーファウスだったが、セフィロスから告げられた『あと3年は平気だ』という言葉を思い出し、自然と苦笑いが浮かぶ。 老体に鞭を打って、それこそ死ぬまで、生き残っている者の責務を果たすことになるのだろうか。 そう考えたところで、窓の外のゴーレムが目に入り、思い浮かんだ考えを否定する。 が防御のみに徹する召喚獣を差し向けた事にも、意味があるのだとしたら、それは何もせず身を守っていろという意味だ。 老いた者の時代はとうに終わっており、今と未来は、この時代の者たちに託せと言うのか。 言うのだろう。自分がでも、きっと同じことを言う。 そんな考えが、考えすぎであれば良いと思う。 過酷な時代を生きた老人の、過ぎた心配であれば良いのだが、なまじ経験が多いだけに簡単に否定できないのだ。 けれど、もしそれが本当に思い過ごしであってくれたなら、それはそれで驚く事になる。 なにせ、がここまで破壊するほどの何かが、件の隠し港にあったという事なのだから。 ルーファウスはと長い付き合いだが、セフィロスと喧嘩してツンとしている姿は見たことがあるが、怒髪天な彼女は見たことがない。 もののついでに派手な破壊をしたのか、施設に何かあって徹底的にやったのか。 世の中的には後者の方が良いので、ルーファウスは神羅のせいであれと小さく祈る。 ただ、彼女がこんな騒ぎを引き起こした理由がどんなものであれ、自分は蚊帳の外で守られるのだろうと言う事は分かって、それがルーファウスは少しだけ寂しく思った。 が何を思い、この災厄を引き起こしたのか。 気になったものの、彼女の傍にセフィロスがいる以上、心配というものはは一切していない。 代わりに、セフィロスの事が……正確には、彼の胃腸が少し心配になったぐらいだ。 依頼の結果が想像以上の破壊活動になった点は、ここまでくれば諦めて開き直るしかないと思っている。他にどうしようもない。 明朝被害の状況が分かったら、自分にできる事を、人並みにするだけだ。 もう昔ほど力はないので、大したことはできないだろうが……。 傍らで涙目になっている部下の事も少しは気になったが、馴染みがあるからといって猛獣を犬と勘違いし、安易に首輪を緩めた結果だ。 それは自分も同じなので、ルーファウスはこれ以上カーフェイのフォローはせず、好きなだけ反省させることにした。 荒れ狂う竜巻はやがて収まり、深くえぐれた陸地跡を海水が満たし始める。 静かに陸地へ広がっていく海と、そこへ導かれてくる波の音は、風の音も消えた夜によく響いた。 天上には無数の星が瞬き、遠くの空にすら雲の影一つ見当たらない。 召喚獣達が喜んで散歩するような夜だが、彼らが戻ってくる気配は無く、それどころか、地上にも海にも、生き物の気配はなかった。 唯一あるのは、未だ魔力の障壁の中にいるとセフィロスだけだった。 新たに広がった海はミッドガル跡により近く、しかしディープグラウンドまでは至らない。 ミッドガルを挟んで丁度反対側にあったエッジの街は、恐らく最も被害をうけた場所だろうが、生憎たちの位置からは確認できなかった。 頼まれていた隠し港とそれに付随した施設が完全に破壊できた様子を確認し、は肩の力を抜いて大きく息を吐いた。 「飛空艇もいなくなりましたし、このままバハムートを呼んで帰りましょうか」 「……先に、ルーファウスに連絡してやれ」 一仕事終えてスッキリした顔をしているに、セフィロスはもはや呆れる気もおきず、ただ携帯を差し出す。 だが、一度携帯を受け取ったは、画面に表示された時間を見ると彼にそれを突き返した。 「セフィロス、もう夜の10時を過ぎていますよ?さすがにこの時間の電話は非常識では?」 「……奴は、お前からの連絡を待っているだろう。かけてやれ」 常識とは……? この惨状を前に常識を語るな、と言いたくなったセフィロスだが、今のに言っても無駄だろうと早々に諦める。 電話帳からルーファウスに電話をかけ、携帯をに押し付けると、彼女は仕方なさそうな顔でそれを受け取った。 「……ん?おや、通じませんね」 「何?」 「さきほどの攻撃で、電話が通じなくなっているようです。ルーファウスの元へは、ゴーレムを向かわせて被害が出ないようにしていますから、無事は間違いありません。明日の朝、直接伺いましょう」 「……わかった。なら、帰るぞ」 抜け目ない彼女に感心しつつ、身の安全だけが被害の範囲ではないだろうという言葉を飲み込んで、セフィロスはバハムートを呼び出す。 大暴れが余程たのしかったのか、いつもよりスッキリした顔で現れたバハムートは、2人を背に乗せると、心なしかいつもより丁寧に北の家に運んでくれた。 上空から見下ろした陸地は酷いもので、海岸は荒れ、内陸も爆風が届いた場所は被害が出ているようだった。 月のない夜、星の明かりで見る限りでもわかる惨状に、セフィロスは何も見えなかったフリをして空を見上げる。 星々の中、一際近く輝く赤い星は、が落とし忘れたコメットだろうか。 処理すると言ってまた地上に落とされても困るので、セフィロスは赤い星から視線を逸らし、仕方なくバハムートの後頭部を見た。 すると、それに気づいたが、顔を覗き込んでくる。 「セフィロス、お疲れなら、少し眠りますか?」 「いや、大丈夫だ。それに、もう着くだろう?」 「……そうですね。ですが、無理はなさらないでくださいね」 「…………ああ。わかっている」 久々に頭が痛くなっているが、2~3日すれば慣れるだろう。 そう切り替えて表情を正した彼に、は数秒その顔を観察すると、同じように前を見る。 既に一行は忘らるる都を超え、アイシクルエリアの山脈の上を飛んでいた。 鎧や兜も既に脱いでいるので、家に着いたらすぐに入浴と夕食の準備を始められるだろう。 地下貯蔵庫にある生ハムと、瓶詰めの酢漬け、主食は蕎麦の粉が残っていたはずだと考えながら、は宙を見上げる。 月と雲がない夜は、星が良く映え、いつもは見えない星まで確認できた。 暫く遠ざかっていた、白く染まる厳しい冬を少しだけ恋しく思いながら、はアイシクルロッジにあるWROの基地を見下ろす。 空港に隣接するそこは、上空からでも慌ただしいのがよくわかる。 冬には雪雲を陸地に留める山脈が、今日はミッドガルからの爆風を遮ってくれたのか、被害は殆どなさそうだ。 これなら北の家も無事だろうと安心していると、バハムートが徐々に高度を下げ、見慣れた山の中腹に降りる。 まだ雪が残る家は、窓に雪対策に板を打ち付けて塞いでいたおかげもあり、被害を受けた様子はない。 屋根の雪が少し風で飛んだ形跡があるが、それは吹雪の翌日にも見られるものなので、そちらも大丈夫だろう。 いつもよりよく見える北の大空洞を一瞥すると、はセフィロスと共にバハムートから降り、中に入った。 「私は空気を入れ替えてから、2階のシャワーを使います。セフィロス、貴方は先に1階のお風呂にどうぞ」 「わかった。着替えは後で持って行く」 「お願いします」 玄関を開けるなり室内の温度を温めたは、まっすぐ浴室へ向かった彼を見送るとウッドデッキの出入口や勝手口を開けに行く。 管理会社が定期的に空気を入れ替え、軽い掃除もしてくれているおかげで、家の中に埃っぽさはなかった。 僻地という立地に加え、時代遅れになった住宅設備のせいで、この家は既に売ろうとしても買い手がつかない状態だ。 それならそれで、と手元に残したまま便利に使ってはいるが、再びこの地に戻る予定もないのに保持する意味があるのかと、考える事もある。 そう遠くない未来に去る世界なのだから、些細な事として気にしなければ良いのかもしれないが……。 家の中に一通り風が通ったのを確認すると、は扉を閉め、寝室にあるバスローブを手に2階のシャワールームへ入った。 トンネル内の匂いが染みついているだろう衣類を、大昔から使っている革の袋に詰め込む。 恐らく、家に帰ってしっかりと洗わなければ、この臭いは落ちないだろう。 1階の浴室と違い、年単位で使っていないシャワールームは、掃除して綺麗ではあるものの、最後にいつ使ったかわからないセフィロスのシャンプーしか置いていなかった。 恐る恐る蓋を開けると、昔彼からよくしていた香りがして、安堵すると共に少し懐かしくなる。 1階の浴室に行けば、が使っているシャンプーがあるが、今行けばセフィロスと一緒に入浴する事になりそうなので、は遠慮せず手に持っているシャンプーを使った。 一度軽く全身を洗い、泡を洗い流したが、何となく自分の嗅覚が信じられない。 ふと、トンネルを出た後、鼻を押さえて距離をとったシヴァの姿を思い出し、数秒考えたは、再び髪と体を念入りに洗い、頭の先からつま先まで泡で包んだ。 羊のような姿で腕を組み、泡が弾ける音を耳に静かに待つ。 1階で水道を使っている音が止んで数秒後、1階浴室の扉が開く音が聞こえたので、はシャワーを出して全身の泡を洗い流した。 泡が多すぎてうまく流れず、お湯で体を温めながら対処していると、脱衣所を開ける音がする。 ちらりと目をやると、すりガラス越しにセフィロスが棚で何かしているのがみえた。 すぐに出て行ったので、着替えを届けに来たのだと理解したは、泡が全て流れたのを確認すると髪の水気を絞ってシャワールームを出る。 下着から服まで一揃えしてくれていたセフィロスを有り難く思いながら、体の水気をふき取り、髪を乾かす。 僅かに身じろぎする度、髪が揺れる度、少し懐かしいセフィロスの香りがして、少しだけこそばゆかった。 彼が置いていった下着は、先ほど脱いだものと似た薄紫色。 先日街で服を買った時もその色を勧めてきたし、最近のお気に入りカラーなのだろうかと思いながら、は用意された衣類を身につける。 薄桃色のブラウスに合わせられたのは茶色い革のロングスカートで、その下にはベージュの薄いストッキングを合わせてある。 ここで赤や紺色のタイツを出したり、黒いベルトを合わせたりしない辺りが、自分とセフィロスの色彩やセンスの違いなのだろうと、も最近はぼんやり理解できてきた。 それでも、セフィロスが出したもの以外身につけず完璧だと思ったら、ため息交じりにリボンやシュシュの色を変えられる事が多々あるが……。 さすがに、下着から靴下まで用意してもらった今日は、何かを交換される事はないだろうと思いながら、はシャワールーム内の水気を魔法で飛ばす。 吹き抜け部分から聞こえた台所の物音に、食事の事を思い出したは、ルームシューズをはくと慌てて1階に降りる。 「すみませんセフィロス、長湯してしまいました」 「いや、気にす……どうしてそのルームシューズをえらんだ……」 既に貯蔵庫から食材を移動し、台所で生ハムを切っていたセフィロスに、は壁にかけていたエプロンを着けながら詫びる。 ナイフを止めてちらりと振り向いたセフィロスは、湯上がりでほんのり頬を赤くしている彼女に目を緩め、しかし、その足に装着していものを見て表情を消した。 それは、出かけた先でやっていた祭りの抽選で当たった、ゴールドソーサー元園長デュオの顔が前面にプリントされたルームシューズだった。 サイドにはデュオがドレスアップしたり際どい水着を着たりしながら、様々なポージングをしている写真がプリントされた、とても濃い品である。 数十年前に数量限定で販売されたお土産で、現在はプレミアがつき、マニアには垂涎の品……というわりに8等の景品だった。 その祭りのフリーマーケットに出店していた者から提供された景品らしいが、とセフィロスはそれより9等の箱ティッシュ10個の方がよっぽど嬉しよかった。 あまりの濃さに、忘れたフリをして置いて行こうとしたが、人目を引き印象にのこる二人の見目の良さが足を引っ張り、会場から去る前に呼び止められて届けられてしまった。 途中で捨てても手元に戻ってきそうな呪いじみた何かを感じ、仕舞いこんだり燃やしたりしても夢に出そうな気がする。 対処に困り、今は使っていないアイシクルエリアの家に置いておくことにした。 日常生活の中に入り込まれるのは嫌だが、時折見る程度になったルームシューズに、2人は徐々に慣れていった。 今ではスリッパを履くとき視界に入っても気にならない。 しかし、だからと言って、履いている姿を見て気にならないはずがない。 「よくそれを履く気になったな」 「足元を見ずに選んで履いたので、後から気づいたんです。わざわざ履きかえるのも面倒でしたし、先にシャワーを浴びたかったので」 「……そうか」 「結構暖かくて良いですが……履き替えたほうがいいですか?」 「どうせ家の中だ、そのままで……いや、やっぱり履きかえてくれ。何だか気になる」 「わかりました」 よもやルームシューズで服装をダサくされるとは思わなかったと内心で呟きながら、セフィロスは足早に玄関へ向かうを見送る。 久々に真正面から見てしまったオッサンプリントのルームシューズは、相変わらずの破壊力で、景品だと言われて差し出された時の記憶が鮮明に蘇る。 やっぱりあの濃いルームシューズは燃やしてしまおう。 明日の朝日が昇ったら燃やそう。 そう心に決めていると、普通のスリッパに履きかえたが戻ってきたので、セフィロスは一緒に遅い夕食の準備を進めた。 |
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2024.11.10 Rika |
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