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春期休暇が終わると、再び村での実地学習が始まった。 セフィロスがいる建具や家具の学科は1名が退学して戻って来ず、がいる建築学科では1名が病気療養のため次の実地学習先まで休学になった。 「今回は少ない方だよ。長期休暇の後は、いつもどの学科も2人はいなくなるからね」 学ぶ意欲はあっても、魔物の脅威と命を天秤にかけ、後者をとって街中での建築に進路を変えてしまうらしい。 自習中に失踪しないだけで満点だという上級生たちに、笑って頷く者半分、愛想笑いする者半分。 次の休みにはまた人数が減るかもしれないと思いながら、はモルタルを混ぜていた。 Illusion sand ある未来の物語 124話 「年寄りなら何とかなると思いましたが、駄目でした」 「だろうな……」 倒れる前より肌艶が良くなったアーサーに紅茶を入れながら、はテーブルにある書類に目をやる。 病院での診断結果が至って健康だったのは良かったものの、抜けていた歯まで戻ったのはやはり問題だったらしい。 その上、アーサーは倒れた前後の記憶が半ば曖昧だと嘘をついたので、脳と健忘症の検査を受けるはめになった。 医者がいない村に戻るために、暫くは週に1度、筆記のテストをして病院に送らなければならないらしい。 パソコンやタブレットで済ませられればまだ楽だったが、自分の手でペンを持って書く事も大切だと言われ、更に発送まで自分でしなければならないらしい。 ひとまず、1カ月ほど問題なくその行動が出来ていれば、テストの頻度は徐々に減らされ、発送ではなく答案を写真にとってメールすれば良くなるらしい。 「確かに面倒そうだが、書類を書くだけで済むなら良いだろう?村長夫人に聞いたが、娘に相当心配されて、帰る直前まで同居を薦められたらしいじゃないか」 「あの子は面倒見が良いんですが、私には世話を焼きすぎるんですよ。それに私は、都会よりも村でのんびりしている方が、性に合うんです」 「都会では、気軽に剣も振れないだろうしな」 「ええ。お陰様で、昔のように剣が軽くなりました。張り切りすぎて、朝の鍛錬で、村の皆に驚かれてしまいましたよ」 「そうか。だが、程々にな。健康とはいえ、お前はもう年だ」 「はい。心に留めておきます、先生」 お前、私の事を『先生』なんて呼んだ事、殆どないだろう。 紅茶を一口飲むと、途中だった検査用のテストを再開したアーサーに、は言葉を飲み込んで苦笑いすると静かに部屋を出る。 リビングでは、まだ村長が来客との話を続けていたので、はキッチンにいる村長夫人にお代わりの紅茶を入れた。 「ありがとうね、さん。お義父さんの様子はどうだったかしら?」 「気もそぞろに、テストをしていましたよ。遊びに行くのを我慢する子供のようでした」 「あらあら。もう……仕方がないわね。ゴンガガでは、生まれたばっかりのひ孫にデレデレで、帰りたくないってションボリしてたのよ?なのに、村に帰ってきたら急に元気になっちゃって……元気になりすぎちゃってもう、毎朝子供みたいな顔で剣を振り回してるんだから」 「私からも注意はしておきましたが、そのうち腰でも痛めそうです」 「そうよね。むしろ、一度くらい痛めた方が、大人しくなるかしら?」 「……一理ありますね」 今朝も日が昇る前から小学校跡で剣を振っていたアーサーを思い出し、は夫人と揃って小さくため息をつく。 一度倒れて蘇ったら前より剣のキレがよくなっていたせいで、村人からボス化しただの第二形態だのと囁かれている事を、本人は気づいているのだろうか。 村人から、魔物対策に鍛えるべきと言われて早朝鍛錬に参加している学生や研究職の者からも、アーサーはヤバイ爺さん扱いされ始めている。 今後も村には研究者がやってくる予定だ。 虫の研究者に加え、虫が持つ耐性の研究者、魔物の研究者、そしてその護衛や関係者と、かなりの人数になるらしい。 大半が永住ではなく、数年だけの滞在になるが、それでも村長たちはその対応に大忙しだ。 村には空き家が多くあるので、住居や研究用の家屋の心配がないのだけは幸いだった。 村の中は慌ただしいが、たち学生の生活はあまり変わらない。 建築中の家は、春期休暇中前に外壁が完成しており、今は屋根と室内壁を作っていた。 休暇前は、窓の作成と設置のためセフィロス達も何度か同じ現場に出入りしていた。 家の外観が出来上がるにつれ、同じ現場で作業する事も増え、互いに仕事している姿を目にすることになる。 上級生や職人の言葉を素直に聞き、和気あいあいとした雰囲気に溶け込んで作業しているセフィロスの姿に、は物珍しさを感じつつ安心した。 対するセフィロスは、和やかな雰囲気なのに誰もかれもが背筋を伸ばしている建築現場の人達に内心驚き、その中で控えめで従順な態度をしながら覇気も貴族オーラも隠せていないに閉口した。 何も知らない人間から見れば、が現場責任者か家の注文者に見えるかもしれない。 山に資材調達に行く仕事柄、魔物からの護衛を引き受けていた結果の関係と雰囲気らしいと言われて、セフィロスは納得してしまった。 それに、これでが人好きの良い雰囲気をさせると、冒険心溢れる男に言い寄られやすくなるのはミッドガル時代に知っているので、セフィロスは何も言わない。 学生達は勿論、村に来た研究関係者の中にも、既婚者のに言い寄る者はいないが、自分の妻を見てデレデレと鼻の下を伸ばされるのは普通に気分が良いものではなかった。 それに、万が一妙な気を起こす男が出てきた場合、その男の身の安全を考える面倒も出てくる。 天然で予防線を張ってくれるに、セフィロスは多少思うところはあるが、今は有り難いと思う事にした。 家の屋根は、この地域伝統である草ぶきのため、は資材置き場で同級生と共に葦に似た植物を整えていた。 軒下に作った足場と屋根裏部分では、職人たちが最後の確認をしていて、上級生がメモと写真を懸命にとっている。 問題がなければ、最終確認が終了次第、葺く作業が始められる。 普通は村人にも手伝いを頼むような人手を必要とする作業だが、今回は学生たちの人数が多いので、他からの手伝いは呼ばない。 もし足りなくなったら、建具の学科の生徒が数人手伝う予定だ。 最終確認が終わり、大工の半分と上級生が足場に上ると、葺きの作業が始められた。 普通、女性は地上で草を一定数にまとめるか、草の受け渡し列の中でも負担が少ない中間になるのだが、は学生の中でも体力と力がある方だったので、足場で草の束を引き上げる担当になる。 「普通一番力がある男がやらされるんだけどなぁ……。しかも、この重さを片手って……」 「適材適所ですね」 地上の学生から受け取った草を積み上げながら、束の一つを大工に渡すと、呆れたような顔で言われた。 ちょっとレビテトで浮かせているし、草の束は剣より軽いので、にとっては難しい作業ではない。 それに、大の男が何人も並んで作業する中、草を運ぶのは細身の女性であるの方が丁度良かった。 上級生が大工から草を紐で固定する説明を受けていて、屋根裏からも、屋根の上から刺された針から紐を返す説明がされている。 方法自体は学校で習っており、実際の作業についても日頃から説明をうけているので、今は実際の作業と知識のすり合わせをするだけのようだ。 専門の職人を目指すのなら、もっと時間と経験が必要だが、この学校はその手の学校とはまた毛色が違った。 実践と知識を結びつけることを優先する、というのがこの学校の方針で、生徒たちの前提は『実家がある田舎で家を建てられるようになる』だ。 そのため、大工達の学生への指導は弟子に対するより柔らかく、しかし知識とポイントは押さえて説明している。 学生たちも与えられる知識は貪欲に吸収しているが、地元でどんな家を建てるのかと問われると、土壁だったり煉瓦だったり木造だったりと、皆バラバラだ。 中には、土を盛って作った半地下の集落出身という者までいる。 卒業生のうち数人は、実地で訪れた土地に移住し本格的に弟子入りするらしい。 生憎この村は付近の魔物が強すぎるので、今年の移住希望者はいないらしいが……。 「今は虫でちょっと賑やかになってるが、この村も人が少なくなってきてるからな。新しく家を建てるような若い人は少ないし、いても実家への出戻りばっかりだからなぁ。弟子入りされても逆に困っちまうわ」 「そうですか。私は、騒がしい都会より、静かで過ごしやすいと思いますけれど……ん?何やら、下が騒がしいですね」 周りの作業に合わせて手を止めていた大工と話していたは、地上の騒ぎに気付いて目を向ける。 騒いでいるのは、葺き作業に忙しい大工側ではなく、室内で建具のための計測をしている職人と学生達だ。 屋根にいた他の大工達も気づいて手を止めたが、すぐに地上の大工の一人が様子を見に行ったため、作業は再開された。 魔物の気配はないし、誰かが怪我でもしたのだろうと考えて、は草運びを再開する。 人数がいる上に、草葺きの実地経験がある上級生もいたため、軒の草葺きはあっという間に終わってしまった。 厚く積まれた草の確認が一通り終わると、屋根の斜面の葺き作業が始められ、も忙しなく草を運ぶ。 「さん、疲れないのかい?」 「ええ。魔物を狩るより、楽ですから」 「そっかぁ……そうだよね。…………そうなのかな?」 「はい」 通常数人で作業する運搬を、一人で足音も立てずにこなしているに、それなりのレベルな村人の大工達はつい遠い目になる。 それを見ていた上級生も、大工達の気持ちが分かって似たような顔になったが、彼らは単にが体力オバケなくらいにしか考えられていなかった。 大工達の反応に、そろそろ追加の人員を頼んだ方が良いだろうかと考えていたは、草を担いで梯子を登ってきた人を見つけて声をかけるのを止める。 手が止まる前に対処するとは、流石だと思いながら、は同級生から草の束を受け取った。 「さん、今、旦那さん上に行ったでしょ?家の裏手を担当してもらうから、さんは表側担当してほしいんだって」 「わかりました。やはり、あれは彼だったんですね。しかし、服が違いませんか?」 「うん。それが……あ、後で話すね」 「はい」 地上から草が渡されたのと、葺き作業をしている上級生の手元に草が少なくなっていたため、会話は中断された。 追加の人員がセフィロスなのはその魔力で分かっていただったが、彼は何故か朝と違う作業着で、帽子とタオルで髪を隠している。 何故変装のような事をしているのか分からず、首を傾げただったが、その間にも作業は進むので考えるのは後にした。 雨風に備え、夕方までに作業を終わらせる予定なので、今日はゆっくり世間話する暇がない。 地上から足場へ草を引き上げる人員も追加され、段々屋根が形になってきたかという頃、再び地上の方が賑やかになった。 また怪我人か?と訝しむものの、大工も上級生も手元の草の音で騒ぎが聞こえていないようで、作業が止まる気配は無い。 問題があれば親方が声をかけるので、も気にせず草を運んでいたが、耳に入ったのが女性の声だったのでつい目を向けてしまった。 声の主は身綺麗な若い女性で、どうやら建築の職人に用があったらしい。 学生達数人と話していて、後からやってきた職人が女性の相手を代わったようだが、作業の音で何を言っているのかは聞こえなかった。 さして興味が湧かなかったので、は気にせず作業を続けたが、先ほどまで草の引き渡しをしていた学生に手招きされて手を止める。 「どうかしましたか?」 「ごめん、さん、さっきの話の続き。さんの御主人が上に来たの、そこの女の人から隠すためなんだってさ」 「…………」 ……逆では?あの人、怒りの限界を振り切れたら町一つ燃やす男だぞ?女子供でも容赦なく火あぶりだぞ? それとも聞き間違いか?と思いながら、はとりあえず同級生に言葉の先を促した。 「あの女の人、あっちの親方の建具職人さんいるでしょ。そこの出戻りの娘さんで、さんの旦那さんに一目惚れしたらしくて、頻繁に仕事場に来るようになっちゃったらしいんだよ。勿論、あっちの親方さんと奥さんも、既婚者だって言って止めたんだけど、諦めきれないんだって」 「ああ……なるほど」 「でね、今、あっちの親方さんが説得して帰らせるから、それまでさんの旦那さんには裏で隠れててもらうって話。さっき言おうとしたんだけど、遅くなってごめんね」 「いえ、お気になさらず。事情はわかりました」 なるほど、だから髪を隠して服も変えたのか、と、は納得して作業を再開する。 一目惚れされるのは仕方ないが、既婚と知っても引き下がらないとは、相変わらずちょっと変わった人間に好かれる人だと、はセフィロスに同情する。 仕事場に顔を出すのは少々行き過ぎだが、女性は騒ぎ立てるでもなく、職人と少し話すと肩を落として帰っていく。 昔いた、セフィロスのファンみたいなものだろうと考えると、は気持ちを切り替えて作業を続けた。 「そろそろ昼飯にしようや」 屋根の草葺きが1段と半分になった頃、親方の一言で午前の作業が終了した。 思った以上に早く進んだと喜ぶ大工達と共に、も作業服についた埃を落とし、休憩用のシートに向かう。 いつもは建物のすぐそばで思い思いに腰を下ろすが、今日は埃やゴミが多く出る作業のため、家から少し離れた場所にシートを敷きまとまっての昼食になった。 大工達は奥方の、学生たちは自作の、は村長夫人と一緒に作った弁当を広げ、食事を始める。 建具職人たちも、草葺きの進捗の速さに驚いていて、褒められた上級生たちは嬉しそうだった。 「お疲れ様でしたセフィロス」 「ああ。挨拶もできず、悪かったな」 荷物置き場に忘れた水筒を取りに行ったセフィロスは、一足遅れて合流するとの隣に腰を下ろす。 「いえ、話は他の方から聞きましたから。大丈夫そうなのですか?」 「現れる頻度は高いが、顔を合わせた時に話しかけられる程度だからな。周りが大げさに反応しているだけだ。俺は気にしていない」 「貴方がそう仰るなら、大丈夫そうですね。貴方がこちらの現場に匿われたと聞いて、少し心配だったので」 「そうか。あれは……多分、ファンみたいなものだ。俺にもお前にも、害にはならないだろう」 セフィロスの言葉に、は納得し、彼と同じ現場の生徒や職人たちもなるほどと頷いていた。 女性の親である向こうの親方は、被害者的立場であるセフィロスから現状は問題ない範囲と言われ、安堵しながらも恥ずかしそうに詫びていた。 俺もファンがほしい、と言い出した学生を皮切りに、どうやったらファンはできるのかという議論が始まったので、とセフィロスはそっと存在感を消しながら食事を続けることにした。 セフィロスのお弁当は他の寮生と同じく、男の握り拳サイズの大きなお握りが一つに、の手を二つ並べた大きさの容器に詰められたおかずだ。 内容は5割が肉、3割が野菜、残り2割は雑穀米のお握り。 肉と米の比率が多いのでは?と思いながら、は自分のお弁当に入っている根菜の煮物と川海老の素揚げをセフィロスの弁当箱に移す。 お返しに渡された雑穀米のお握りを半分返し、学生たちの雑談に耳を傾けていると、学生の一部が村の方を見てセフィロスの裾を引っ張った。 「セフィロス君、あれ」 「俺に言うな」 「親方さーん、娘さんが来ましたよー」 「アイツ……悪いな、ちょっと行ってくるわ。みんな、食べててくれ」 また来たの?と驚く学生たちと共に、も根性があるタイプのファンかと思いながら女性の方を見る。 先ほど足場から見たのと同じ女性は、手に大きなバスケットを持っていた。 女性はチラチラとこちらを気にしながら、駆け寄ってきた父親と会話しているが、口論になる様子はない。 だが、手を差し出した父親にバスケットを渡す様子はなく、口ではなく手ぶりでも帰れと訴えられているのに、笑顔でその場を動かなかった。 やはりガッツがあるタイプのファンだ。 「、この煮物は、お前が作ったものか?」 「それは、村長夫人に教えていただきながら作ったものですよ。後でレシピを渡しましょうか?」 「ああ。頼む」 「その川海老は、村の東にある橋の下で捕まえたものだそうです」 「となると、村に来る道の途中にある橋か?」 「ええ。少し北の方へ行くと、沢に降りる道があるそうです」 週末にでも釣りに行くと言い出しそうなセフィロスだったが、周りの生徒は興味深そうにしているし、職人たちも川海老について話し始めた。 職人たちが海老の獲り方を学生たちにレクチャーし始めると、セフィロスは途端に行く気が失せたようで、ただ捕まえ方を聞きながら静かに食事を再開する。 これは忘れた頃に海老釣りに行くパターンだな……と考えていると、散々揉めていた建具職人の親方とその娘が、一同の元にやってくる。 「すまんな。うちの娘から、差し入れだ」 「こんにちは。肉体労働だと甘いものがほしくなると思って、苺のミルクレープを作ってきました。よければ皆さんで食べてください」 本当に申し訳なさそうな顔の親方の隣で、娘は持っていたバスケットを近くにいた顔見知りらしい職人に手渡した。 甘いものときいて喜ぶ職人と学生たちに、娘は嬉しそうに彼らの顔を見回し、分かりやすく頬を染めながらセフィロスを見つめたが、その隣にいるを見て固まると、呆けた後に表情を曇らせる。 「是非セフィロスさんにも……あの、食べて……いただきたくて……はい。あの、お隣の……奥さん……ですよね……?……あの、よければ、召し上がってください。…………何か…………すみませんでした」 笑顔を取り繕ってはいるが、の姿を見るほどに、娘の目は敗者のそれになっていった。 ほら言わんこっちゃない……と親は娘を見つめ、は女性の反応に、根が素直なのだろうと微笑ましく眺める。 セフィロスは一言礼を言っただけで、気にせず食事を続けていた。 予防線とはいえ素っ気ない態度をするセフィロスに、何でこの態度でファンができるのかという男達の物言いたげな視線が彼に向けられる。 「やっぱり顔か……」 「いや、背の高さもあるんじゃないか?」 「背なら俺だって同じくらいじゃん」 「でもお前、足が短いだろ」 「セフィロス君の脚が長いんだよ」 「確かに長い。足も大きい」 「足の大きさは関係ないだろ。匂いは関係あるけど」 「匂い?セフィロス君、足臭いか?」 「は?セフィロス君、足臭いの?」 「でもセフィロス君の枕とかシーツ、いい匂いするぞ?」 「お前何で知ってんだよ。かいでんのか?」 「ってことは、足は臭くてそれ以外はいい匂いなのか?」 「まあ、これだけルックス良かったら、足の臭さぐらい誤差じゃないか?」 「欠点あったんだな。ちょっと安心したわ」 「大丈夫ですよセフィロス。私は貴方の足が臭くないと知っていますからね」 「分かっている」 勝手に足が臭い事にされて呆れているセフィロスは、にいらないフォローをされてため息をつく。 好き勝手なことを言われているが、どうやら彼は空腹らしく、今は食事を優先するようだ。 雑談が進んでいる間に、建具職人の娘は帰り、差し入れは職人と学生の胃におさまった。 「美味しかったですね、ミルクレープ」 「ああ。美味かった」 家に帰って暇が出来たら作ってみようかと思いながら、は自分とセフィロスの弁当箱を片付ける。 既に昼食を終えた職人や学生は、シートの隅は近くの草むらに寝そべり、寝息やいびきを立てていた。 片づけが終わるや否や、当たり前の顔で膝に頭をのせてきたセフィロスに、は欠伸を噛み殺しながら本を開く。 シートの上で寝ていた学生が、舌打ちしながら寝返りをうって背中を向けたが、セフィロスは完全に無視して目を閉じていた。 午後からの作業も順調に進んだが、葺きの作業が終わるまで進める事となり、定時を30分過ぎた頃に終了になった。 最後は建具職人達やそちらの学生にも手伝ってもらったが、おかげで明日は葺いた草を整える作業に集中できる。 夕食と入浴時間の調整を話し合う学生達に交じり、も村長宅へ帰った。 村長一家は既に夕食をとっている最中で、は軽く帰宅の挨拶をすると足早に部屋に戻り、草の葉や埃がついた服から着替える。 手と顔を洗ってリビングへ行くと、席に着くなり村長夫人が目を輝かせて見てきたので、は何を聞かれるのかと身構えた。 「さん、聞いたわよ。ミルアちゃんに不戦勝したんですって?」 「……何の事を仰っているのか、皆目見当がつかないのですが?」 「工務屋さんのとこの娘さん。先週村に帰って来たんだけど、セフィロス君にお熱になっちゃって、仕事場にも顔を出したりしてたそうだけど、聞いていないのかしら?」 「その方でしたら、今日、現場に差し入れを持ってきていましたよ。噂は今日聞きましたが、気にするほどではありませんでしたので」 「あらさんったら、歯牙にもかけてないわ。勝負にすらならなかったってミルアちゃんが言ってたけど、本当だったのね……」 「勝負……?……ああ、なるほど……」 日に二度も現場に来たのは、そういう目的があったのかとは納得しながら箸を進める。 連日移住者とのやりとりで忙しかった村長は、その件は初耳だったようで、夫人から詳しく話を聞いていた。 のんびりと食後のお茶を飲んでいるアーサーは既に眠そうだが、一応息子夫婦の話に耳を傾けているようだ。 事情を聞いた村長は驚いた様子だが、既に解決した話しぶりの夫人に、難しい顔をしながら腕を組む。 「さん、そちらから被害が無いというなら、こちらからもいう事は無いんだが、どうなんだい?村の人間が、よそ様の既婚者に迷惑をかけるというのは、倫理的にもどうかと思うんだ。さんたちが抗議するというなら、村長としてあちらと話をつけてくるが、どうする?」 「夫も私も気にしておりませんので、それは必要ありませんよ。あちらのご家庭でも、親御さんからお嬢さんを説得しているようですし、今日もあちらのお父様から何度も謝罪をいただきました。それに、今日のお嬢さんの様子から見るに、今後は過ぎた行動はしないでしょう」 「そうか。だが、何かあったら遠慮せず言ってほしい。人によっては、言い寄られるだけも不快に思ったりするだろう?自分の夫がとなると、表向き口にはできなくても、嫌な気持ちになる事だってあるだろうからね」 「夫は、あのお嬢さんをファンみたいなものと認識していますし、私もそう思っていますから、良識の範囲内の行動であれば気にしませんよ。それは今日あちらのお父様にも言っています。もし他の方が心配なさってこちらに話を持ってきた時は、そのように答えていただけますか?」 「……そうか。そう言ってもらえると、こちらも助かるよ。だが、何度も言うが、無理はしないでくれ。君も、セフィロス君もね」 「はい。覚えておきます」 既に敗北を認めている普通の女性が、更に行動を起こすとは思えなかったが、は一応村長の話を頭の片隅にとどめておく。 手早く食事を済ませて夫人と後片付けをしていると、件の女性が差し入れに来た後の様子を教えられた。 と一緒にいるセフィロスの雰囲気と、夫婦の空気、それに噂と想像以上だったの容姿に、件の女性であるミルアは一瞬で牙と心を折られたらしい。 『自分とは、何か生き物として根本的に違う気がする』 という、ある意味大正解な感想を抱いた彼女は意気消沈して帰ったところ、待ち構えていた母親に怒られたらしい。 娘を説得するために、母親は村の女性達に協力を求めて呼んでおり、村長夫人も呼ばれていたそうだ。 さあ、恋に浮かれて独り相撲するお嬢さんを説得しようと意気込んでいたご婦人たちは、完全敗北し、戦意喪失した状態で帰ってきたミルアを見て驚いたそうな。 そのままお茶とお菓子を片手に根掘り葉掘り聞き出し、楽しい午後を過ごしたという。 明日の茶飲み話で、セフィロス達がミルアをファンとして認識し、他の人が思うほど不快には感じていない事も伝えてくれるらしい。 ご婦人ネットワークで広めてくれるなら安心である。 とセフィロスはあと1月ほどでこの村から去る予定だが、ミルアはその後もこの村で過ごすのだ。 セフィロスは彼女の父親に仕事で世話になっているし、彼女の悪評を残して去るのは、さすがに気が引けた。 「あらお義父さん、まだ起きてたの?」 「いえ、ちょっとトイレに行っただけです。おやすみなさい」 「おやすみ」 通りかかっただけというには、物言いたげな顔をしていたアーサーだったが、女性の会話に口を挟む気はないようですぐに自室に戻って行ってしまった。 顔を見合わせて首を傾げたと村長夫人だったが、さして気にせず台所の片づけを続ける。 その後、入浴を済ませて部屋のベッドへ横になったは、セフィロスからのメッセージを確認する。 どうやら、同じ寮の学生たちがふざけてファンクラブをつくってきてウザったいらしい。 使っている香水やシャンプー、使っている服のブランドを聞かれるまでは気にしなかったが、仕草や表情を真似してくるのがウザったいそうだ。 楽しそうで何よりだと思いながら、は返事と就寝の挨拶をすると布団をかぶった。 まさか、翌日昼に村の御婦人たちによるセフィロスのファンクラブが出来上がるとは、もセフィロスも想像していなかった。 「やっぱりそうなりましたか……」 唯一、女性達の動きを予想していたアーサーは、ファンクラブを作ったと楽しそうに報告する嫁を見ながら、濃いめのお茶を静かに啜っていた。 |
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2024.10.09 Rika |
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