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ひやりとした湿気と水音に中和され、洞窟特有の籠もった空気は、セフィロスが知る洞窟よりも不快感がない。 けれど、次元の狭間がもたらす空間の異常さ、それに対する本能的な恐れは変わらなかった。 改めて時間を確認しようと胸ポケットに手を伸ばした彼だったが、聴覚とは違う場所で、懐かしい砂が流れる音を感じてその手を止める。 本の小部屋が嵐に見舞われたタイミングを思い出し、次元の狭間で、銀の懐中時計は危険だったと知った。 「体内時計に頼るか……」 次元の狭間に来るときは、紛失を恐れて携帯を所持していない。 腕時計ぐらい付けておけば良かったと後悔しながら、今の時点で既に狂っている時間の感覚を自覚する彼は、深いため息をついて洞窟から出た。 Illusion sand ある未来の物語 123話 先ほどの魔物は何処に行ったのか。 垂直な崖にある広い道の上で、セフィロスは視線を巡らせる。 だが、洞窟の中にあった魔物の血痕は道の途中で忽然と消え、死骸は何処にも見当たらない。 代わりに、今いる道や、遠くに見える幾つもの滝の向こうには、見たことが無い魔物の姿が見え隠れする。 これまで散々目にしてきた幻とは違い、まるで普通に生息しているように闊歩している魔物たちだが、セフィロスの姿は見えていないのか平然と隣を歩いていく。 試しに油断しているその背に手を伸ばしてみたが、まるでセフィロスの方が幻であるように、その手は魔物の体をすり抜けた。 「これも『異常』か……」 早々にこの場から去った方が良いとセフィロスは思うが、本の小部屋に戻るのは気が引ける。 進むことも躊躇うが、一先ず他の生物の気配がない場所まで進む事を決めると、セフィロスは大きな滝の裏の道を進んだ。 少し奥まったそこを越えると、急に道が太くなって広い場所に出る。 端に群がっている魔物に目をやると、どうやら他の魔物の死肉を漁っているようで、後からやってきた別の魔物と争い始めた。 こんな場所でも、食物連鎖は起きていたのか……と考えたところで、ならば繁殖もしているのだろうかと、どうでも良い事を考える。 達が仲間と訪れるまで、次元の狭間は場所によって1000年近く閉ざされていたと聞いている。 その間、次元の狭間に飲まれた場所の時は止まっていたと聞いていたセフィロスは、野性的に動いている魔物の姿に首を傾げた。 魔物達は幻のように希薄に感じるが、感覚を澄ませると生きる者と同じ気配がする。 道を隠すように流れる滝に手を伸ばすと、水は数秒ごとに彼の指に当たるのとすり抜けるのを繰り返した。 色々と調べてみたくなるが、下手な行動はしない方が良いのだろう。 そう考えて再び足を進めようとしたセフィロスだったが、ふと、魔物達の気配が騒がしくなったのを感じて足を止めた。 滝の音に混じって聞こえた魔物の悲鳴と刃音に、彼は滝の上にある崖を見る。 遠目に、そこにも道があるのは見えていたが、垂直な壁の下から様子を見ることは叶わなかった。 そうこうしている間に、上からは小さな爆発が起きて、火だるまになったドラゴンのアンデットがセフィロスの後ろに落ちてきた。 数秒もがいたアンデットは、水を求めるように滝の方へ這おうとするが、すぐに力尽きて、ただの燃える死骸になる。 近くにいた魔物は、最初は驚き距離をとったものの、食料にもならない腐った焚き火に、すぐに興味を失ったようだった。 再び崖の上に目をやったセフィロスは、気配を探り耳を澄ませてみる。 だが、ドラゴンのアンデットを倒した者は既に去っているようで、そこには何の気配もなかった。 けれど、確かに感じた魔力は、セフィロスが良く知るものだ。 ただ、彼に忘れ難い記憶を思い出させるくらいに、小さく弱弱しかったけれど……。 何とはなしに、この先を予想しつつ、セフィロスは手前に見える洞窟の入り口に足を向ける。 天然の洞窟を削って作った階段を上り、その先に見えた淡い光に自然と安堵したセフィロスは、辿り着いた小さな空間の壁に刻まれた傷に足を止めた。 洞窟の中の小さな空間は、中央にある床から放たれた白く淡い光で照らされて、程よい明るさだった。 けれど、その壁の一部は、明らかに人の手によるものと分かる傷がいくつもつけられ、所々に仕切るような切り込みも入れられている。 これが、が言っていた日付を数えるための傷だとすぐに理解した彼は、壁の傷に広げた手を当て、中指と親指の間に収まる傷の数から、刻まれた日数を計った。 「2年と……少し……か……」 まだ初期だな……と考えたところで、今後がこの空間で過ごす時間の長さに彼はゾッとする。 このセーブポイントに帰ってくる彼女を、そのまま連れて帰れないだろうかと、不可能な考えが過ぎった彼は慌てて頭を振った。 仮にそれが出来たとしても、過去を変えた先がどうなるのか。 今、自分の隣にいるが消える事もあり得ると考えて、セフィロスは乱れる心を落ち着けるように、一度深呼吸をした。 ここで目にした魔物達が幻なのか、自分が幻なのか。 答えなど分かりはしないが、煙のようにかき消えてくれないものを、幻と割り切るのが難しくなっているのをセフィロスは感じた。 何を見ても過去の幻と思えないなら、長居するのは危険だ。 一先ずこのおかしな状態の洞窟を抜け、幻以外に動くものがない場所に出ようと決めて、セフィロスは傷をなぞっていた指を壁から離した。 今上ってきた階段とはセーブポイントを挟んで反対にある階段から、負傷者特有の重い足音が近づいてくる。 いっそ目を閉じて全てやり過ごそうかと、一度目を閉じて深く息を吸ったセフィロスだったが、そんなものは無駄だろうとすぐに結論を出した。 諦めの溜め息を堪えた彼は、このフィールドの出口があるだろう、階段へ向かう。 見上げれば、左の脇腹を血で染めたが、それを感じさせないまっすぐな姿勢で歩いてきた。 肩で息をしていながらも、彼女は傷を抑えもせず、手を剣の柄に添えながら階段を下りてくる。 セーブポイントの光を目にしても安堵することはなく、は油断なく背後を確認していた。 青白い顔に滲む汗は、傷が浅くないからか、それとも、他に負傷している場所があるからか。 誰が見ているわけでもないだろうに、その顔に全く苦痛を見せないに、セフィロスは色濃い死の気配を感じた。 目の前まで歩いてきたに、セフィロスは無意識に腕を広げるが、彼女はそんな彼の体をすり抜けていく。 自分は何をしているのかと我に返りながら、セフィロスはの背を目で追う。 思考を置き去りにするように腕が伸び、彼女の肩に触れようとしたが、その手は先ほどと同じくその体をすり抜けた。 セーブポイントに足を踏み入れるや、そっと脇腹を抑えたは、静かに膝をつくと右足を引きずりながら光の中央まで這う。 セーブポイントの灯りの中で、彼女の手から洩れる回復魔法の光が傷を負った腹部に吸い込まれた。 何度も深く呼吸しながら回復を繰り返すだったが、回復の光が止まるより先にその瞼が閉じ始める。 痛めているだろう右脚が痙攣を始めた事で、再び瞼を開けたものの、彼女はそちらを見る力もないようで、眉を顰めながら目を閉じた。 荒かった呼吸が僅かに緩んだが、それはが意識を失ったからだ。 気を失う直前ですら、油断も諦めもなかった彼女の瞳に、セフィロスはらしいと思いながら、これからどうするべきかと迷う。 迷ったところで、何もできはしないと分かっているのに、彼の足は勝手にの方へ向かった。 傍らに膝をつき、覗き込んで見た顔は、汗と埃で汚れ、長い睫毛の影でも誤魔化せない濃いクマができていた。 彼女の手から漏れる回復魔法の光は徐々に弱まり、代わりに傷を押さえた手指の間に血が滲んでいく。 消えることない命の灯だと知っていても、ただ見ている事ができなかった彼は、触れられないと知りながら彼女の頬に手を伸ばした。 頬にかかるベタついた髪の感触と、暖かな温もり、滑らかな肌についた小さな土埃の固さ。 指先と、掌に感じたそれに、セフィロスは驚き一瞬手を止めた。 けれど、その感触から手を離すことはなく、確かめるように指を滑らせた彼は、彼女の伏せられた睫毛を指でなぞり、唇にまでついた土を拭った。 「…………」 恐る恐る顔を近づけ、耳元で名を呼んでみるが、が目を開けることはない。 けれど、呼びかける声と息により、彼女の髪は確かに動いていた。 徐々に静かになっていくの呼吸と、力が抜けていく体に、セフィロスはそっと彼女の肩を支えて仰向けにする。 それでも彼女が目を開ける事はなく、腹部を押さえていた手は力なく冷たい床の上に投げ出された。 何もせずとも、彼女はクリスタルの力によって息を吹き返すだろう。 それを知っていても、セフィロスは未だ血を滴らせる彼女の傷に触れ、それを塞いだ。 掌に感じる血の湿り気と、それにまだ残る彼女の体温に、セフィロスは眉を顰めながら更に回復魔法をかける。 不健康、満身創痍、そんな状態の彼女には、過ぎるくらいで丁度良いとばかりに、セフィロスは彼女の全身に治癒の魔法と自らの魔力を注いだ。 険しかったの表情が和らぎ、青白かった頬に赤みが差す。 それでも消えない目の下のクマに、セフィロスは親指に回復魔法を込めて、瞼の下を優しく撫でた。 未来を狂わせただろうか……と、思い出したように考えたが、今更だったので考えるのはやめた。 不意に目に入った煌めきに目をやれば、彼女の襟からはみ出たクリスタルのペンダントが、何かを訴えるように輝いている。 「……役立たずが……」 お前が生かさず誰がを生かすのか、と、セフィロスは舌打ちしてクリスタルを睨んだ。 しかし、当のクリスタルは知った事かと言うかのように、セーブポイントの光を反射させてキラキラと輝いている。 苛立ちは感じたが、ただの物に怒るのも馬鹿馬鹿しく思えて、セフィロスはクリスタルから視線を外した。 の体に巡らせている回復力が行き場を失くし、宙に零れてきたところで、セフィロスは魔法を止めた。 古傷や癒え切らない怪我も全快し、セフィロスの魔力で満たされた状態の彼女には、暫く魔物も近寄ってこないだろう。 まだ化け物に足の小指を踏み入れた程度のこのなら、体に魔力が満ちている事は感じても、それが自分以外のものだとはわからない。 魔物からの襲撃が和らぐほんの数日が、にとって少しでも安息になれば良いと思いながらセフィロスは彼女の頬に手を伸ばした。 だが、撫でようとした彼の手は、再び彼女の体をすり抜け、彼女の顔面を突き抜けたような形で床に手をつくことになる。 「っ……」 『……んぅ……』 の顔面にめり込んでいる自身の腕に、セフィロスが顔を顰めて腕を戻すのと、が瞼を開けるのは、ほぼ同時だった。 呆けた顔で天井を見上げるに、セフィロスはそっと顔を覗き込んでみるが、彼女の瞳は彼を捕らえず宙を彷徨っている。 ぐっと顔を近づけたセフィロスは、彼女の瞳に自分が映っていないことを確認すると、小さく息を吐いて立ち上がった。 よく知る寝ぼけ顔をしているに、セフィロスは小さく噴き出すが、彼女にはそれも聞こえていないようだ。 ゆっくりと起き上がったは、ハッとして脇腹を押さえ、次いで慌てたように服を捲り上げて傷がない事を確認し始めた。 の事なので、黙って聞いていれば変な事を言いだすに違いない。 それを聞くために立ち止まるのもどうかと思うし、ここのでの自分の仕事は終わったと感じたセフィロスは、回復アイテムの在庫を確認し始めたを横目に部屋を後にした。 細い階段を上り、曲がりくねった洞窟の中を暫く進むと、再び滝の音が聞こえてきて崖に出る。 細い滝の裏をいくつか抜け、再び洞窟に入ったセフィロスは、その奥で震えて固まっている魔物たちを横目に森の匂いを辿った。 洞窟から踏み出した足の裏に、土と草を踏む感触がした瞬間、聴覚が森のざわめきに覆われる。 けれど、更に1歩踏み出すと、森は葉の擦れる音すらない静謐に沈んだ。 自分が踏む草の音しかしない森を見回したセフィロスは、風に攫われたまま宙で浮かんでいる木の葉を見つけて、辺りに生き物の気配がない事を確認する。 視界に入った動く何かに目をやると、茂みの中で赤紫色の茸を手に悩んでいるの幻を見つけて、少しだけホッとした。 一応見守っていると、幻のは怪しげな茸にポイゾナをかけると、ファイアで焼いて、更にポイゾナポイゾナと唱えながら食べ始める。 痩せ細った体で、解毒しながら茸を食べている彼女に、セフィロスの胸は猛烈に痛んだ。 『狭間の食べ物は、採っても翌日には元通り生えているので、そこだけは助かりました。どれも味がしない上に砂みたいな食感でしたけれど、あるだけでマシでしたよ』 そうが語っていた事を思い出して、更に胸が痛んだ。 『ぐぁっ!エ、エスナ!』 どうやら茸から毒以外のバッドステータスを食らったらしいの悲鳴に、セフィロスはそっと顔を背けて森の中を進む。 だが、進めば進むほど森は緑との幻で溢れていて、そこかしこで何か食べては悲鳴を上げながらエスナをかけているの幻を見る羽目になった。 おかげで、初めて訪れる森の中で道を見失うことはなかったのは良かったが……。 の各種耐性の高さはこの食生活の成果だろうかと考えながら歩く彼は、ただ徘徊しているだけの幻を見てなぜかホッとしてしまう。 だがよく見れば、そのは口の中からエスナの光を漏らしつつ、手に持った怪しい青い木の実をつまんで歩いていた。 よく見る奇行がなくて良かったと思うべきか、毒物をエスナしながら食べている姿を奇行と受け取るべきか。 そんなどうでも良い事を考えながら、セフィロスはお食事中なの幻を無表情で避けて歩く。 幻で賑やかな森の中を暫く進み、少しだけ木々が開けた場所を見つけると、セフィロスは少しだけ迷った後、に教わった召喚魔法でオーディンを呼び出した。 遠くの空から届いたような馬の嘶きに、無事召喚できたと安堵しながら数秒待つと、森の中を魔力の突風が襲う。 辺りを賑わせていた幻は煙のように風に吸い込まれ、木々を大きく揺らす風はセフィロスの目の前で渦を巻き始めた。 また異常が起きたかと、半ばうんざりするのを堪えながら、セフィロスは身構える。 だが、強風に揉まれても葉の一枚すら纏わない森の竜巻は、瞬きする間にスレイプニルとオーディンに姿を変えた。 いつもより派手な登場は、漂う魔力を吸収したからだろうか。 スレイプニルの毛並みは、水に濡れているかのように艶やかなのに、仔猫の毛のように柔らかそうだ。 黒い鬣も狭間の森の不規則な木漏れ日を反射するほど艶があり、呼吸に合わせてサラリ、サラリと流れている。 きっと尻尾も同じ状態なのだろう。 よく見れば蹄まで磨いた黒曜石のようにピカピカだ。 それに跨がるオーディンも、いつもの使い込んだ鎧ではなく、似た作りだが細かい装飾がされ、宝石までついている豪奢な鎧を着ている。 一体どんな素材でできているのか、金とも銀とも見える色の鎧は、光が当たると様々な色を映しこむような深みがある。 マントだっていつもの元上質なボロ布ではなく、真新しく厚みがあるものだ。 腰に差している剣は、鞘に収まっているのにただの剣ではない怪しい気配がプンプンする。 「……今日は随分と派手だな」 「漂う魔力を使わせてもらった結果だ。そのままでは顕現に障りがあった」 心なしか、いつもより張りがある声で言うオーディンに、セフィロスはなるほどと思いながら、すまし顔のスレイプニルを見る。 いつもは荒い鼻息で食い物を要求する馬は、まるで別の馬のように静かに澄ましていた。 普段からこの姿だったら、その高貴ささえ感じる雰囲気に気を使って乗せてもらおうと考えることはなかっただろう。 しかし、そうなると、狩りで余ったベヒーモスの尻尾をやる事もなかったので、スレイプニルにしたら普段の馬鹿っぽい雰囲気の方が得なのかもしれない。 「少し前のフィールドで、とはぐれた。家まで送ってもらいたい」 「ラムウより、話は聞いている。だが、今日のスレイプニルは、我以外は乗せる気がない。道を空けてやるゆえ、そこを通って帰るが良い」 「そうか。感謝する」 『今日の俺は主以外を乗せない高貴な馬だ』なんて言うかのように、スレイプニルは鬣を靡かせながら気取って顔を背ける。 セフィロスはそれを視界の隅にすら収めずに、静かにグングニルを構えたオーディンから距離を取った。 槍の先を向けられるのは、先が見えないほど深い森だ。 剣もそうだったが、グングニルには全体に文字のようなものが掘られていて、刃先は鋭く、全体的にピカピカしている。 漂っている魔力が使い放題だから、やりたい放題しているのだろう。 の前でここまでしないのはどうしてだろうと思いながら、セフィロスは空間に丸い光の輪を作っているオーディンを見守る。 やがて輪の中の景色は森から雪原へ、雪原から荒野、砂漠、夜の森へと移り変わった後、雨の草原になった。 草と土が濡れた匂いとともに、しとしとと草に落ちる雨音が耳に届く。 よく知る音と匂いに、少しだけ肩の力を抜いたセフィロスは、雨で霞んだ草原の向こうに自宅の屋根を見つけた。 「助かった。これなら歩いて行ける」 礼に頷くだけで返したオーディンに見守られながら、セフィロスは光の輪の中へ足を踏み入れる。 一瞬で雨の草原の匂いに包まれた彼は、振り返り、光の輪が小さくなって消えるのを確認すると、家の方へ足を向けた。 狭間からの出口になったのは、家の周りに広がる休耕田だ。 家から見ると、海から反対側にある山の方に広がっている草むらのど真ん中だった。 何もない草原だが、他人の私有地なので、セフィロスは足早に草原を抜けた。 家の周りにある柵を跳び越えて庭に下り立つ頃には、服も髪も雨でびしょ濡れだった。 草原を進んできたせいで、コートや靴には草もついている。 これは少しに怒られるかもしれないと思いながら、玄関横のウッドデッキで上着を払っていると、バスタオルを手にしたが玄関を開けた。 「おかえりなさい、セフィロス」 「ただいま。どれぐらい時間が経った?」 「私が帰ってきてから、20分ほどですよ。今、午後4時を回ったところです」 「そうか。日をまたぐほどのズレがなくてよかった」 「ええ。それよりも、お疲れでしょう?お話はあとにして、先にシャワーをどうぞ。コートは私が綺麗にしておきましょう」 「ああ。頼む」 予想していたより早い時間に少しだけ眉を上げたセフィロスは、上着をに預けるとタオルで髪を軽く拭きながら家の中に入る。 帰宅に備えて早めに食事の準備をしていたようで、台所では鍋の準備がされていた。 「…………」 ざるに乗せられているのは、葉野菜と焼き豆腐、そして数種類のキノコだ。 普通にスーパーで売っている食べなれたキノコだが、10数分前まで視界にひしめいていた幻のせいで、何となく怪しく感じてしまう。 「ポ……ポイゾ……」 「セフィロス?」 「いや……なんでもない」 「…………そうですか。風邪をひいてしまいますよ?早く暖まってきてください」 「わかった」 「…………」 つい解毒魔法をかけたくなったセフィロスだったが、玄関でコートを拭いていたに声をかけられて我に返る。 台所の鍋を凝視しているのだから、彼女が気にするのは当然だろう。 幸い呟いた声は聞こえていなかったようなので、セフィロスは軽く首を振って誤魔化すと、足早にシャワールームへ向かった。 シャワーで体を温めながら身綺麗にしたセフィロスは、漂う香りに誘われるように台所へ向かった。 今日の夕飯は、結局食べずに持ち帰った弁当と、キノコ多めの鶏塩鍋。 セフィロスがダイニングテーブルに鍋を移している間に、が弁当と取り皿を広げれば、もう夕食の準備は完了だ。 「狭間にいた時間は、体感では3時間くらいだったので、昼ごはんのような感覚ですね」 「こちらと時間がズレたのは、俺は初めてだ。倍近くズレているが、これも、あの異常に巻き込まれたせいか?」 「ラムウは、その可能性が高いと言っていました。次からは、異常を見たら即、帰るようにしましょう」 「そうだな。狭間ではぐれるのは、正直肝が冷える」 「同感です。無事に帰ってきてくださって、本当に良かった」 「俺も、お前が家で待っていて安心した。……食べるか」 鍋に入る前のキノコを見た時は、今日だけは食べたくないと思ってしまったセフィロスだったが、鍋の中で湯気を立たせるキノコを見ると自然と意識は切り替わる。 2人そろって手を合わせると、セフィロスは鍋に、は雑穀米のお握りに手を伸ばした。 「セフィロス、小部屋に入った後は、どうしたんですか?」 「そのまま待機しようとしたが、部屋の中がおかしくなり始めた。お前がいたフィールドに戻ろうとしたが、扉の外がそのフィールドになったり、洞窟になったりしていた。たまたま目の前に飛んできた赤い本を掴んだら、扉の外が洞窟に変わったから、その隙に脱出した。それから、洞窟を抜けて森に入って落ち着いてから、オーディンの手を借りて戻ってきた」 「それは、大変だったでしょう。ところで、何故洞窟でオーディンを呼ばなかったのですか?あそこは、小部屋より次元は安定してたと思いますが……」 「小部屋で異常に巻き込まれたからか、洞窟では魔物が普通にいた。俺の姿は見えなかったし、触れもしなかったが、幻と言うより、俺がいる時間とその時代の時間が重なっているような、妙な感じだった。だから、念のため洞窟で召喚獣を呼ぶのは避けた」 「……それは、賢明な判断ですね。私も、ちょっと想像していませんでした」 「ああ。それに……」 セーブポイントでお前を見た。 そう言いかけたセフィロスだったが、何となくそれは口にしない方が良い気がして、言葉を探す。 口にしても、きっと彼女は見苦しいものを見せたと言うだけで、気にはしないだろう。 けれど、にとっての嫌な記憶を掘り起こすことは確かで、今夜の彼女の夢見を悪くさせるのは間違いない。 咀嚼を止めて首を傾げるに目をやり、数秒考えた彼は、鍋の茸に箸を伸ばしながら口を開いた。 「森で、エスナやポイゾナをかけながら、怪しい色のキノコや木の実を食べているお前の幻を、大量に見た」 「ああ……それは……はい」 「とりあえず、俺が傍にいる限り、お前にあんな食生活を差せない事は誓おう」 「ふふっ。ありがとうございます」 恥ずかしいところを見られたと照れるに、セフィロスは小さく笑みを零し、安全で美味しいキノコを口に入れる。 「狭間では、いつもあんな食事でしたから、この世界に来た時は何でも美味しく感じましたよ」 「それでよく、ザックスに食事を奪われて大人しくしていたな」 「ああ、あの人参しか食べられなかった時ですね。よく覚えていますね」 「奴の人間性を疑ったのは、後にも先にもあの時だけだからな」 「あの時は、今後も普通の食事を得られると知っていましたから、許容はできましたよ。そうでなければ、ザックスも他の兵も敵と見做していたでしょう」 「当然だな。だが……今思い出しても、あの時のザックスの行動は酷い」 「とはいえ、支給された食事は固形物ばかりでしたから、全部食べていては逆に体調を崩していたでしょう。ですから、ザックスのあの行動は、結果だけ見ればそう酷くはないと思いますよ」 「本当にそう思ったのか?」 「だってあの後、ザックスのお菓子をいただいたでしょう?それで帳消しにしました」 「そうか……」 お菓子の事までは覚えていなかったセフィロスだったが、鶏肉を口に入れたところだったので、そう言って頷いた。 暫くそのまま食事を続けていると、小鉢に盛った鍋のつゆを飲んだが、思い出したように箸を置いて口を開く。 「そうそう。貴方が小部屋に消えた後、私も洞窟の方へ貴方を探しに行ったんです」 「そうだったのか?」 「ええ。と言っても、私が行った方もかなり時空がずれていたようです。洞窟の途中までしか行きませんでしたが……未来の貴方らしい方に出会いましたよ」 「……は?」 「自称と、私の感覚が根拠ですけれどね。髪をばっさりと切ってしまっていたので、見ていて悲しくなってしまいましたよ。理由が私を怒らせたせいだと聞いて、更に悲しくなりました」 「……そうか」 「見たことが無い鎧を着て、武器も政宗より短い刀でしたが、魔力は間違いなく貴方なんです。ちょっと混乱して警戒してしまいましたが、今になって思うと、なかなか面白い体験でした」 「……、次元の狭間は、未来とも繋がるのか?」 「さあ……?あそこはは、分からないことだらけですからね。もしかしたら、貴方がいなくなって錯乱した私が見た夢かもしれませんし、本当に未来の貴方に会ったのかもしれません。後者だとしても、私が未来に迷い込んだか、未来の貴方が過去を通りかかったのか」 「……結果がどうであれ、確かめるすべはない……か」 「ええ。ですからセフィロス、もし遠い未来で、今日の私に出会ったら、心配せず家で待つように言って下さいね」 「……わかった」 その時覚えているかは自信がない……と内心で付け加えて、セフィロスは冷たいお茶に手を伸ばす。 今の自分が過去のの傷を塞いだのだから、今のが未来の自分に合ったとしても不思議はないかもしれない。 いや、むしろ不思議しかないのだが、常識なんてない空間に正常を求めるのは不毛だ。 鍋と弁当の残りは、明日の朝ごはんにしようと話すと、セフィロスは使い終えた食器をに任せる。 残った料理を片付けて、食器も洗い終わったセフィロスは、炬燵に向かったを追いかけると彼女の膝に頭を預けた。 「ちょっと狭くありませんか?」 「少しな。それより、少し休みたい」 「足が炬燵布団からはみ出していますよ?」 「暑すぎなくて丁度いい」 頑としてそこから動かないと意思表示すると、セフィロスは諦めて笑う彼女に満足げな視線を返す。 先の事など知らないが、今とそう変わらないと考えていた彼は、未来に不安など持っていない。 けれど、遠い未来の自分も、この凡庸な平穏を享受している様が彼女の言葉から垣間見られた気がして、安堵と同時に心が浮き立ってくる。 その感情のままに行動したから、が髪を切れと言うほど怒らせたのだろうとも思った。 それだけの想像力があるうちは、謙虚を心掛けていれば間違いは無い。 楽しそうに銀の髪を撫でるを横目で見たセフィロスは、自分に向けられる穏やかな黒い瞳に、自然とその頬を緩めた。 |
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2024.10.04 Rika |
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