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「……油断したな……」

セフィロスが入るとほぼ同時に閉じてしまった扉を見ながら、はため息交じりに呟く。
不可抗力としか言えない状況だったが、手を離すなと散々言った身でありながら、みすみす彼を見失った自分を情なく思わずにいられない。
しかし、彼女は悠長に反省するのは止めて、閉じた扉を開いてみる。

読書に丁度良い明るさの室内は、床に散らばっていた本が綺麗に書棚に並んでいて、先ほどは足が折れていた大きなテーブルも元の通りだ。
セフィロスの姿も、彼の魔力の痕跡すらない。

「ラムウ、来てくれ」

厄介な事になったと思いながら、はオーディンに次ぐ知識を持ちマトモな性格の召喚獣を呼んだ。



Illusion sand ある未来の物語 122



はぐれたら、その場から動かず、30分経ったらオーディンを呼ぶ。

何度も確認し合った約束に従って、セフィロスはその場で腰を下ろせるものを探した。
だが、椅子と思われるものは脚の部分が見つかるだけで、他は本の山に紛れているのか見当たらない。
ベッドは真っ二つだし、二つある大きなテーブルも脚を切られて斜めになっていたり、ベッドのように真っ二つだったりと、とても使えるものではなかった。
本の山には陶器の破片も混じっていて座ればお尻が血まみれだ。
これは仕方ないと諦めて、セフィロスは部屋の入り口近くの壁に背を預けた。
ふと思い出して頬にかかった血を腕で拭ったが、袖には血どころか埃もついていなかった。
確かに頬に血がかかった感触がしたし、その生ぬるさも、獣の血の匂いすら感じたのに、それが後から幻になって消えるとは思わなかった。
思わず小さくため息をつくと、何かが息を飲んだ音がする。
怪訝な顔で視線をやると、セフィロスがこの部屋に入るきっかけとなった魔物が、恐れ慄いた顔をしながらこちらを見ていた。

「俺が見えているのか?」

幻のはずでは?と思いながら話しかけてみると、魔物は大げさなくらい体を飛び跳ねさせた。
一瞬ワニかトカゲのようだと思ったが、血まみれの背中をよく見ると、何かが生えていた跡があるので、もしかしたらドラゴン系なのかもしれない。
しかし、肝心の翼が無くなっているなら、もはやただの大きなトカゲか……。

幻が実体を伴うなら、それはもう現実だ。
けれど、この魔物はとうの昔に死んでいるはずで、今生きているセフィロスを認識できるはずがない。
だが、そう考えたところで、セフィロスはここが次元の狭間だったと思い出して、常識的に考えるのをやめた。

狭間では一切抑えることないセフィロスの魔力や覇気、勝手に漏れ出る威圧感のおかげで、魔物は天地がひっくり返っても勝てない相手と理解しているようだ。
世界の終わりが人間の形をしてやってきたような心地だろう。

とはいえ、この状況だ。
魔物も、この部屋にある物と同じく、下手に触れない方が良いと判断して、セフィロスはすぐに魔物を意識の外に追いやった。


道に迷ったのではなく次元がずれた状態ではぐれても、30分の待機に意味があるのか。
むしろ、すぐに次元の狭間から出て、家で待っていた方が良いのではないか。

そんな事を、以前セフィロスはに聞いたことがある。
だが、その時は十中八九何かしらの異常が起きて次元が歪むかズレているので、30分程様子見して安全を確認してから狭間から出た方が良いと言われた。
その時一緒に話していたオーディンからも、狭間内での次元の歪みより、外界と狭間との行き来の方が次元への影響が大きいので、住んでいる世界に穴を開けたくなければ待つべきと言われた。

つまり、次元の狭間で起きる次元の歪みを見計らって何度も世界と行き来すれば、それだけで星を破滅に追いやる事も可能というわけだ。

面白い事を聞けた。……と思ったのを顔には出さなかったセフィロスだったが、おかげでその話はしっかりと覚えていた。
なので、状況や切っ掛けに拘わらず、とはぐれた時はとにかく30分待機なのだ。
ただ、明らかな次元の歪みや異常を目にした時は、安全確保のために多少場を移すのは問題ないと言われた。


そして、この荒れた室内と、セフィロスを認識し怯えている魔物は、達が避けろと言った異常そのものだった。

にも拘わらず、セフィロスがここに留まってしまった理由は、そもそもこの部屋が本来どういう状態だったか知らなかった事が一つ。
元来た道を戻ろうにも、扉の向こうが、どこまで続くか分からない見知らぬ洞窟だった事が一つ。
そして、とはぐれた今、蘇ってから初めて彼女の魔力を全く感じない状況に陥り、若干混乱してしまっているためだ。

怒らせて家出された時ですら、は自身の魔力が染みついた剣をお守りのように置いて行ってくれたのに、今はそれすらない。
それを理解した瞬間、急に湧き上がってきた寂しさと孤独感に、セフィロスはそれらを受け止めるか無視するか悩みながら目を伏せた。

一先ず、時間を確認しておこう。
そう現実逃避したセフィロスは、胸ポケットから銀の懐中時計を出す。
蓋を開けた瞬間微かに漏れ出たの魔力に、セフィロスはさざ波が立つ心が落ち着いたのを感じて自然と目元が緩む。
けれど、同時に聞こえた紙が動く音に、彼はハッとして時計をしまうと室内に目をやった。

倒れていた本棚や、棚から崩れ落ちて山になっていた本、ボロボロにされていた家具がガタガタと震えだし、風とも魔力とも違う流れが部屋の中に渦巻き始める。
叫び声をあげて狼狽え始めた魔物へちらりと視線を向けると、魔物は慌てて扉を叩き、血まみれの体で扉に体当たりをし始めた。

その扉は、押し開くのではなく内側に開く仕様だ。

と、冷静に考えたセフィロスだったが、傍らにあったテーブルが元に戻った事で、落ち着いている場合じゃないと気づいて距離を取る。
ゆっくりと元の形に戻っていく家具に対し、本や陶器の欠片、粉々になった何かの木片は、竜巻にでもあっているかのように、部屋の中で暴れまわる。
目と鼻の先を掠めて行った赤い本に、セフィロスは一瞬だけ迷ったものの、狭間にいて長そうな目の前の魔物の行動に倣う事にした。

だが、必死に扉を押し開こうとしている魔物に近づこうとした瞬間、扉は反対側から勢いよく開かれ、魔物は床の上に倒れる。

が来たかと一瞬思ったものの、扉から出てきたのは恐ろしい速さで伸びる木の枝だ。
考えずとも、近づいてはまずいと理解している間に、枝は渦巻く本に弾かれると、木の葉一枚残さず扉の向こうに戻り、大きな音を立てて扉が閉まる。
床に倒れていた魔物が起き上がり、地面を這うように扉に近づくと、再び扉は開いたが、今度は何も入り込んではこなかった。

ギャウギャウと怯えた声を出す魔物の横から扉を覗くと、向こうの景色は先ほど目にした洞窟と青空のフィールドが、テレビのチャンネルを変えるように目まぐるしく変わっている

確かにこれは、魔物でも叫びたくなるかもしれないと思ったセフィロスだったが、そんな間にも部屋の中の嵐は続いていて、また赤い本が目の前を掠めていく。

似た色の本は沢山あるが、顔のスレスレを跳ぶのは一際鮮やかな色の本だったので、またコレかと苛々した。
復元された家具には当たらないものの、本や瓦礫は互いにぶつかり合い、時折魔物にもあたっている。
おまけに、何故か奥の壁にある本棚がガタガタと動き出し、元通りになっていたベッドなんて溶けたチョコレートのように歪んで床の上に広がりはじめた。

どう考えてもこれで30分待機は無理だが、部屋から出る事もできそうにない。
無理矢理にでも狭間から出るべきだろうかと考えたところで、再び赤い本が飛んできたので、セフィロスは反射的にそれを掴んだ。

すると、魔物が叫びながら扉の外に飛び出す。
自棄を起こしたのかと視線をやったセフィロスだったが、それまで変化が激しかった扉の向こうの景色は、一転して洞窟のまま動かなくなり、部屋から逃げ出した魔物の背中が見える。

理由は知らないし、知ったところで理解できないだろうが、この部屋から退避できるならそれでいい。
明るさは変わらないのに、天井の闇がゆっくりと降りてくるのを感じたセフィロスは、慎重に部屋から出た。

「……?」


扉をくぐったところで、つん、と手を引かれるような感覚に、セフィロスは足を止める。
目をやれば、持ったままだった本が、強力な磁石に引かれるように、扉の中へ引き寄せてくる。
だが、赤い本は鬱陶しいから捕まえただけだったので、セフィロスはあっさりと本から手を離した。

すると、本は伸ばされたゴムが戻るように本の渦の中に戻り、かと思うと、扉の向こうの景色が嵐巻き起こる部屋と綺麗に整頓された部屋、何度も交互に切り替わる。
それは、つい先ほど小部屋の中から見た、外の景色の変化そのものだった。

別にゆっくり眺める理由はないので、セフィロスはとりあえず魔物が向かった方向へ足を向ける。
安全な場所など見当がつかないが、このよくわからない部屋から離れた方が安全なのは、確実そうだったからだ。

常識など通じない場所だと分かっているが、他に手がかりのようなものはない。
から、狭間にいる時は永遠に流れ続ける滝で体を洗い、その近くにあるセーブポイントを拠点にしていたと聞いたことがある。
彼女が拠点にしていたのなら、次元の狭間でもある程度安全が確保されていると判断したセフィロスは、ひとまずそこを目指すことにした。








よ……おぬし、ちょっと冷静すぎやせんかの?」
「取り乱して解決するならそうしている。それよりも、ラムウ、何か方策は思いつかないか?」

「難しいのー。だってここ、次元の狭間じゃしー」
「そうか……仕方ないだろうな」

手に込める魔力を変えたり、開ける速度を変えたりしながら、は数秒置きにセフィロスが消えてしまった扉を開け閉めする。

けれど、扉の向こうに見えるのは、見慣れていた整理整頓がされている状態の部屋で、先ほど警戒した荒れた状態の部屋ではない。

呼び出したラムウに聞いても、一度次元がずれてしまったら、狭間で再会するのは難しく、むしろ家に帰って待っていた方が確実だと言われた。
もそうだろうとは思っているが、多分セフィロスは約束通り、30分は次元の狭間に留まるだろう。
その場に留まって……という前提もあったが、あの異常な部屋の中が、30分間そのままでいる可能性は半々だ。
荒れた状態から、元の状態に戻ろうとする動きに巻き込まれたことは、ですらない。

しかもあの部屋は、青空広がるこのフィールドと、洞窟のフィールドの分岐点でもある。
その上、二つのフィールドへ向かう切り替えのスイッチは、1冊の赤い本で、床の上に山積みだった本の中に紛れた状態だろう。
平常なら、切り替えスイッチになる本は中央にあるテーブルに、ポツンと一冊置かれているので分かりやすい。

だが、あれだけ荒れた部屋の状態で、セフィロスがその仕組みに気づくのは難しいだろう。

あの小部屋は、次元の狭間の中でも得に次元の変化が激しく、その分ズレも起きやすそうだ。

もし彼があのまま部屋で待機しているなら、が自力で見つけるのは難しく、地道にやるなら年単位で時間がかかるかもしれない。
だが、運よく切り替えの仕組みに気づき、避難しているなら話は別だ。
それに、セフィロスが大人しく部屋の次元の歪みと心中することもあり得ない。それくらいなら、無理矢理次元に穴をあけてでも家に帰るか、オーディンを呼び出して助けを乞うだろう。


「とりあえず、私は約束している30分は彼を探す。ラムウは、家で待っていてくれるか?あちらと時間がズレるのは避けたい。もし彼が先に帰っていたなら、教えてくれ」
「オヤツ食べても良いならやってやるぞい」

「ほどほどにな。冷凍庫のアイスさえ手を出さなければ何を食べでもいい」
「……ワシ、それが食べたかったんじゃがのう」

「あれはセフィロスが楽しみにしていたから駄目だ。それと、何でお前、うちの冷蔵庫の中身を知っているんだ?」
「ワシの召喚マテリア、リビングに置きっぱなしじゃったろ。丸見えじゃわい」


マテリアの管理はセフィロスが担当しているので、犯人は間違いなく彼だ。
悪癖だからと口煩くするのもどうかと思っていたが、物を片付けないのを見守るのはやめたほうがよかったらしい。
召喚獣がマテリアを介して外を見るなんて聞いたことがないので、多分セフィロスの持っているマテリアにラムウが何か細工したのだろう。
家に帰ったら、セフィロスに整理整頓と収納をしっかり言い聞かせなければと考えながら、はラムウを帰した。


一人になったは、一つ大きくため息をつくと、気合いを入れて小部屋に入る。
扉がしっかり閉まっているのを確認し、ゆっくりと足を進めたは、朧にしたこびりつく記憶の風景が鮮明になるのを感じて内心で舌打ちをする。

清潔で寝心地の良さそうな、同時にうさん臭さしか感じないベッドを腹いせで真っ二つに斬ると、剣を鞘に収めて中央のテーブルに寄る。
テーブルの上にある開かれた本を閉じ、そのまま数秒待ったは、扉の近くの空気が変化している事を確認して部屋の扉を開ける。

薄暗い洞窟と、ひんやりとして湿り気がある空気、水が流れる音。
それまでより各段に薄くなった自分の魔力の残滓に、彼女は怪訝な顔で首を傾げつつ、セフィロスの魔力を探した。

「……ん?」

多分いないだろうな……。
と、考えていただったが、少し遠く……この洞窟のフィールド入り口近くに彼の魔力を感じて、驚き眉を動かす。
幸運にも同じ場所に……と安直に考えることはない。
今も昔も、この次元の狭間に不信感しかないは、異常の次は何かの罠が来るかと、更に警戒心が増した。
それに、関知したセフィロスの魔力は、さっき一緒にいた時より遥かに大きい。

いくらセフィロスでも、漂っている魔力を吸収して強化するような能力は無かったので、こんな急激に強くなるはずがなかった。

「罠……偽物……それにしては……?」


強大な魔力の主は、絶対にセフィロスではないはずだ。
だが、その魔力の性質を細部まで探っても、セフィロの魔力としか思えない。
とうとう、星だけでなく次元の狭間まで嫌がらせをしてくるようになったのだろうか。
そう考えたが、そもそもこの空間に意思などないので、それはありえない。
とりあえず接触してみて、変な生物なら倒し、喋れるなら情報を吐かせ、セフィロス本人だったら説明をもらう。
ここで感じている時点で、セフィロスもどき(仮)の魔力はより大きい。
だが、最近自分より強い者がいなかったものの、は格上相手の戦闘だろうとあっさり負けはしないし、基本的に生き汚いので手段は択ばない。
次元の狭間でならば、撤退も奇襲も数えきれないほど経験している。

攻撃的でなければ情報を貰い、敵意があるなら力で解決する。
の判断基準はシンプルだ。
脳筋なので仕方がない。

懐かしくはあるが、訪れても嬉しくない古巣に小さくため息をつくと、はよく知る道を歩き出す。
ほんのりと明るい滝の洞窟だが、その先に見えるのは何度も身を投げた漆黒の闇で、嫌でも視界に入るそれにどんどん気分が重くなる。

セフィロスもどき(仮)も、先ほどの探知でこちらに気づいているようで、の魔力を確認するように探って来ていた。

「探り方も同じか……」

魔力の繊細な操作をセフィロスに教え、鍛えたのはだ。
その手法は、多少彼用の変化はあっても、似たやり方になる。

これは本当にセフィロス本人かもしれないと思いながら、しかし、ならば急激に強くなっている理由が分からず、は首を傾げる。

洞窟を抜けた先の崖で、セフィロスもどき(仮)がいる方を見たが、途中流れる何本もの滝に遮られて、その姿は見えない。
少し考える時間も欲しかったので、は崖を飛び越えてショートカットすることはせず、正規のルートを進むことにした。

大きな滝の裏を通り、かつてオメガがいた広い足場を過ぎ、再び洞窟に入る。
天然洞窟を粗く削った階段を上ると、懐かしのセーブポイントと、傷だらけの壁があった。
地面から洩れるセーブポイントの淡い光に、習慣的に足向けそうになるのを堪えて横を通り過ぎると、階段を上って次のエリアに出たところで近づいてくる足音がした。

その靴音はセフィロスが持つどの靴とも一致しないが、歩き方は同じだ。
あちらもの接近に気づいていて、足を止めて待っているようだったので、はますます訳がわからないと思いながら進むことにした。
U字の曲がり角や脇道がある場所で遭遇するのは気が進まないが、ここで引き下がれば一気に距離を詰められて悪化した状態から戦闘になりそうだ。
今の時点で敵意も何もない相手なので、下手を打たなければ戦闘になる事はなさそうだが、突然襲い掛かってこられる可能性はある。

ヤバそうな相手ならとんずらしようと決めると、は念のため剣の柄に手をかけながら、セフィロスもどき(仮)が立つ曲がり角を覗き込んだ。


「…………は?」
「やはりお前だったか…………ん?どうした……?」


壁の向こうにいたのは、壁に背を預け、何処か呆れ顔で腕を組んでいるセフィロスだった。
だが、身につけているのはが見た事もない服と鎧で、得物は刀だが政宗よりいくらか短くて刀身が黒と赤の斑になっている。
やっぱりよく似た偽物か、と考えられたら良かったが、彼女の思考はそれらの事柄より、短く切られた彼の髪でいっぱいになっていた。

つい昨日、腰のあたりで切った髪が、どうして胸も肩も通り過ぎて、バッサリ切られてなくなっているのか。
ソルジャーになった頃、と言って見せてもらった昔の写真より遥かに短く、昔のレノより少し長いくらいになっているセフィロスの銀髪に、は彼が本物か偽物かも忘れて呆然としてしまった。


、落ち着け。大丈夫か?」
「髪が……髪が……」

「これか……。お前を怒らせて、こうなった。だが、お前にとっては、随分と先の事だ。心配しなくてもいい」
「……髪……私の……セフィロスの髪……」

「……重症だな。いつ頃だ?、お前はいま何処の世界にいる?」
「…………何言ってるんだコイツ……」


短髪になっているショックだけで精一杯なのに、よく分からない事を言い始めたセフィロス(仮)に、は取り繕うことなく不審げな目を向ける。

目の前に来てより深く探る事ができた彼の魔力から推察するに、目の前のセフィロスはが知るセフィロスで間違いない。
間違いないが、やはり違うのだ。
特に、その目や表情は今と比べ物にならなくらい穏やかで、今の彼にはない精神的な安定感や余裕がはっきりと見える。

だから、目の前にいるセフィロスは、間違いなくのセフィロスではないのだ。
どんな理由かは知らないが、が好きな銀髪を切るなんて蛮行をしている点でも、彼女の機嫌を著しく損ねている。

段々目つきが険しくなっていくに、セフィロス(仮)は呆れた顔で肩を落とすと、溜め息をつきながら左手の指輪を見せる。

が薬指につけているのと同じ、家紋が入った指輪を見せてみるが、の表情は多少敵意が和らぐ程度だった。


、ここは次元の狭間だ。どんな時間とも、空間ともつながる事がある。滅多にないが、過去や未来のお前と遭遇したことは、一度や二度じゃない」
「…………それで、貴方は、私にとっては未来の貴方だと?」

「そういう事になる。恐らくだが……、今のお前は、こういった事は初めてだな?」
「少なくとも、記憶にはありませんね」


澄ました声でいいながら、親の仇を見るような目で短くなった銀髪を睨むに、セフィロスは少し気まずげに視線を逸らす。
自分の視線に気づいたは、すぐに視線を落として表情を直そうとするが、いつも彼の胸元を見ればあった銀の髪が無い事実に視界がじわじわと滲んできた。
普段であれば、見知らぬ鎧や刀への興味が先立ち、何の素材か、防御力と攻撃力は、強度はどうか等と考えるが、そんな余裕がないほどの精神はグラついている


、泣くな!」
「これが泣かずにいれるか!よくも……よくも髪を切りましたね!!そうなるまで私を怒らせるなんて、何をしたんですか!?」

「落ち着け。今のお前は、そんな事を気にしている状況か?」
「こんな状況でも問いたださねばならない姿をしているのは誰だ!?誤魔化さずに白状せんか!」

「か……………うん、いや、未来の事は教えない。因果を捻じ曲げる可能性がある」
「待て。今……少し欲情しましたね?しょうもない理由を隠しましたね?」

「……どうしてこんな時だけ鋭い……」
「もう結構ですよ。確かに先の事など聞いたところで、損も得もなく面倒だけが増える可能性がある。しかし、貴方がどうやって私をそこまで怒らせたかは、凡そ見当がつきました」


20年以上一緒にいるのだから、セフィロスにその手の欲が湧いたときや、ベッドでの事を思い出している時の目ぐらいはわかる。
何気ない会話の途中ならいざしらず、対面し表情や仕草の変化を観察しながら話しているのだから、いくらでも見落とさなかった。

どうせしつこくして抱き潰したか、やたらとねちっこくして怒らせたのだろう。
この男……雰囲気から、かなり未来の自分の夫だが、髪を切らせるほど怒るような抱き方をするとは……。

呆れと軽蔑の視線をまっすぐ向けてくるに、セフィロスは一瞬気まずげに視線を逸らした。
だが、すぐに思い直したように彼女と視線を合わせると、その両肩を掴み、腰を屈めて視線を合わせる。


、確かに俺はやりすぎた」
「でしょうね」

「そうだ。だが聞け。、お前もお前で、この先、俺に色々してくる。危うく性癖を曲げられそうになったことだってある。わかるか?」
「わかりません」

「……随分と冷たいな。、俺の髪が短いのがそんなに嫌か?」
「違うわ阿呆」

「待て。髪は魔力を操作すればすぐに伸ばせる。それからの方が、お前は話を聞いてくれそうだ」
「…………」


時が経つほど馬鹿になるんだろうかこの人……。
自分の言っている事が理解できていないらしいセフィロスに、の目がシヴァ並みに冷たくなっていく。
もしやこれは寮生活の悪癖の延長にあるのだろうかと、家庭外に責任転嫁している間に、セフィロスの髪はするすると伸びて、見慣れた長髪に戻った。
だが、今更である。


、これで落ち着いたか?」
「……うん、いいんじゃないですか」

「かなり前もっての話になるが、あの時の事は、当然同意の上だ。お前を傷つける事もしていない。それはこちらのも言っている。ただ、ちょっと俺が欲を張ってお前に無理をさせすぎた。髪を切る事で、もう二度としないと約束し、話はついている」
「…………そうですか。よくわかりましたよ」


もう今のこの人、何言ってもダメだな……と諦めたは、いつかの未来の自分に同情する。
とりあえずこのセフィロスと離れて、自分が良く知る方のセフィロスを探しに行きたい。
もしくは家に帰って夫の帰りを待ちたかった。


、お前が未来の俺に初めて会ったのなら、今日は初めて水晶と星空のフィールドより先に進んだ日か?」
「ええ、そうですよ。本の小部屋ではぐれたので、一応探しているところです」

「そうか。なら、俺の事は気にせず、家に帰って待っていると良い。心配しなくても、俺はすぐにオーディンを呼んで帰ったはずだ」
「……そうですか。わかりました。では、私は帰りますね」

「ああ。気をつけて帰れ」
「はい。失礼します」


もう何でも良いから帰りたい。
未来の、ではあるが、本人から了承も得たので、は精神的疲労に促されるまま足元の空間に穴を開けた。
庭の井戸の横に落ちるように位置を調整すると、その風景を懐かしそうに見下ろすセフィロスに会釈をして、穴に足を踏み入れる。

数秒に満たない自由落下の後、草を踏みしめた感触に、は安堵の息を吐いた。
ふと穴があった空中を見上げるが、既に穴は閉じていて湿った雲が浮かぶ青空があるだけだ。

家の中にラムウの魔力を感じ、時間のズレがない事を確認したは、バタークッキーが残っている事を願いつつ玄関に向かった。





2024.09.28 Rika
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