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村長一家が不在となった最初の週末、とセフィロスは南方の川へキャンプへ行くと言って次元の狭間に行き、無事やり過ごした。 アーサーと村長夫妻は、春期休暇の半分をゴンガガで過ごす事にしたらしく、翌週もは一人村の空き家で生活した。 村でも実地学習でも大きな問題は起きないまま、春の休暇が始まる。 休暇初日の早朝、学校が手配した迎えの車に乗せられた学生たちは、ゴンガガの飛空艇離着陸場まで送られる。 そこからジュノンへ戻る者、他の地域へ向かう者と様々だ。 とセフィロスは一般人らしく空路でミディールへ向かうつもりだったが、空港の混雑を前に踵を返した。 町から離れ、平地でモンスターと交戦してバハムートを召喚すると、敵を倒して去ろうとするその背に飛び乗って雲の上を移動する。 高い所を飛べば反応しないWROの最新防衛システムを相変わらずだと笑うが、余計な手間をかけさせられている事は変わらない。 久々の空の旅をのんびり楽しみながら、はルーファウスに間もなく到着する連絡を入れた。 Illusion sand ある未来の物語 118 「、セフィロス……相変わらず、お前たちは目が離せない」 「今回はたまたまですよ」 「人類にとって益がある発見だ。文句を言われる理由がわからん」 「ただの珍しい虫であればな。お前たちによって発見されたあの虫だが、早速大きな発見があった」 「もう私たちの手は離れているので、聞きたくありませんね」 「まて。関わらなくても、聞くだけ聞いてみるべきだ」 かって知ったるルーファウスの家のリビングで、とセフィロスはすっかり慣れた様子でソファにかけ、お茶を楽しむ。 90歳半ばだというのに、どこかの村の元校長のように背筋がシャンと伸びているルーファウスは、一人掛けのソファにゆったりと腰掛けながら深刻そうな顔を作って見せた。 御馴染みの前振りに、は『もう虫の話は聞きたくない』と言いたげにクッキーに手を伸ばしたが、虫と聞いてほんのり目を輝かせているセフィロスがそれを止める。 一瞬嫌な顔をしただったが、セフィロスが聞くだけなら止めなくても良いだろうと考えると、クッキーを口に入れて姿勢を戻した。 「あの虫は、あらゆるステータス異常への強力な耐性を持っている。それこそ、これまで発見された生物、これまで開発された技術を簡単に凌駕するものだ」 「大丈夫ですよルーファウス。セフィロスや貴方が見つけた私も、他の生物を凌駕する各種耐性を持ってます。貴方達にとっては珍しくない生物ですよ」 「あの森の魔物は、様々なステータス異常を常時発していた。そこに生息している虫なら、それだけの耐性を持っていてもおかしくはない」 「その通り。だが問題は、解析された耐性の中に、我々人類にとって未知のものが発見された事だ」 「紅茶のお代わりをいれてきますね」 「……魔物が発していたステータス異常から考えるなら、老化への耐性だろうな」 「……なるほど。だが、解析の結果はまだ出ていない。何しろ、我々にとっては未知の効果だ。何かへの耐性という事は予想できても、それが何を防ぐものなのかは、まだわからない。お前たちが危険だという、古い森の黒い魔物……それを捕らえる術も、今の人類は持っていないくらいだ」 「これまで使い続けていた召喚獣の生態や、そのマテリアがある理由も未知なのでしょう?今更世界の不思議が一つや二つ増えても、大したことではありませんよ」 「が言う通りだ。今は目新しくて注目されているだけにすぎん。ルーファウス、あまり心配するな」 「もっともな言い分だが、数少なくなった友人の心配をする事は、止めないでくれないか?なにしろ、私は今、更に心配事が増えたところだ」 「私は紅茶のお代わりを入れただけですよ?」 「何故未知のステータス異常と耐性が老化だと分かったか……だな?」 前科がありすぎて、反射的に無実を主張するに、ルーファウスは残念な視線を向ける。 だが、今回ばかりは何もしていないし、むしろ虫の発見はセフィロスと幽霊2人組が起こしたようなものだ。 心当たりなど全くなかった。 「、お前が、森で遭遇した魔物から受けたステータス異常。それに、お前が生まれた世界にあってこの世界にないものがあった。セフィロスが老化と即座に考えたのも、それがこの世界にとって未知であり、これまで存在しなかったものだからだ」 「ああ、セフィロスには、あちらの世界の魔法を教えていますし……今ほどではありませんが、昔は私が星からの干渉を受ける事も多かったので、その時知られて取り入れたのでは?」 「簡単に言っているが、問題があるとは思わないのか?」 大したことではない様子で言うに、セフィロスは呆れ顔になり、ルーファウスは溜め息をついて目を伏せる。 しかし、手札にするために引き込んだ化け物を、思い通りに動かないからと殺しにかかってくる星が、未知の力を前に学習しないはずがないだろう。 真似できる生き物を作れるかはさておき、自分が持ち得る技能は全て星に知られているだろうと予想していたは、男二人の反応に微かに驚いていた。 星は、の最大の急所であり唯一倒せる方法である魔力枯渇を、本人が気づくより先に突いて始末したのだ。 この世界に受け入れると同時にその全て暴かれていた、ぐらい考えても過剰ではない。 「2人とも、そう深刻にならずとも大丈夫ですよ。ルーファウスはあと10年もすればあの世ですし、そうなれば私とセフィロスはこの世界を去るんです。未来の事は、未来の人類とこの星が何とかするでしょう」 深刻な顔で眉間に皺を寄せているセフィロスとルーファウスに、は安心させるように柔らかく微笑む。 だが、友人に向かって笑顔であの世と言った上、単に問題を未来に丸投げしているだけな言葉に、2人は眉間の皺こそ消したものの、遠い目で窓の向こうに目をやった。 そんなに楽観視していて、再び星が牙を剥いてくることになったらどうするのか……と考えたが、そうなったら警告でウータイの南半分ぐらい海に沈めるが想像できる。 黙ってしまったセフィロス達に、悩みは解決したと解釈したは、空になったお皿を持ってクッキーのお代わりを貰いに行った。 台所では、去年までとは違う家政婦が昼食の準備をしていて、頼むと快く新しいお茶菓子をくれる。 自分達ではあまり買わないお高いお菓子に、は内心ホクホクしながらテーブルに戻り、空になっているルーファウスのカップに新しい紅茶を入れた。 「2人とも、浮かない顔ですね。まだ心配事がおありですか?」 「いや……気にするな」 「セフィロス、彼女の未来はお前次第。だが、無理はするな」 問題や心配事にを即座に力技で解決しそうな爆発物みたいな女に首を傾げられて、2人は同じ表情で視線を交わらせる。 また2人で分かりあったような顔をしている、というの小さな愚痴を聞き流しカップに手を伸ばした2人は、程よい温度と広がる香りに肩の力を抜くと、気を取り直して話題を変えた。 夕方までルーファウスと過ごしたとセフィロスは、町での仕事があったガイに宿まで車で送ってもらった。 途中で通った繁華街は相変わらず観光客で賑わっていたが、予約していた宿の周りは静かだ。 以前ルーファウスの料亭があった場所に近いが、それよりはやや中心街寄りにあるので、高級宿と普通宿の丁度中間にある宿が多い。 部屋に露天風呂がある事だけを条件に選んだ結果、その価格帯の宿になったのだが、丁度良い落ち着きがある宿だった。 「最近のミディールの宿は、ウータイ風ばかりですね」 「靴を脱いで畳で休めるからな。どこの地域にいるのか、少し分からなくなる時もあるが……」 フロントで鍵を受け取った2人は、客室に向かう廊下で声を潜めて話す。 照明や壁紙の雰囲気はウータイの雰囲気があるが、現地ほどアクや主張が強くない。 他の地域に住んでいる人間が丁度良いと感じる内装だが、それでも景色が見えない廊下を歩いていると、どの土地に来たのか見失いそうにはなった。 「ですが、接客はウータイ風ではないんですよね。あちらの地域の宿にいる客室係……仲居でしたか?それはいませんし、外観はウータイ風ですが中の廊下や部屋のドアは他の街中のホテル風ですし」 「高級宿に行けば、仲居はいるが、ここはいないんだろう」 「ああ、なるほど。完全にウータイ風の宿もあれば、コスタ・デル・ソル風の宿もあると、以前レノが言っていましたが、価格帯でも違いますか」 「コスタ風か……あまり想像できんな」 「スパリゾート風と言っていましたよ。後で少し調べてみましょうか」 「行くかどうかは、わからんがな。、待て、部屋はここだ」 番号ではなく部屋の名前がついている入り口の前でセフィロスは足を止め、そのまま廊下を進んでいこうとするを慌てて止める。 周りを見て歩いているはずなのに通り過ぎたという事は、もしや部屋の名前をちゃんと覚えていないのだろうか。 しかし、温泉は部屋についているし、食事も部屋でとるので、確かに覚える必要はないかもしれないが……。 若干呆れるセフィロスに気づかないまま、は室内に足を踏み入れる。 部屋の入口には、ウータイ風らしく靴を入れる場所はあるのだが、スリッパがあるだけで段差は無い。 部屋の中の玄関に当たる部分の床は、廊下とは違う色の絨毯が敷かれているだけだった。 ウータイ風の宿は大概土足禁止の場所が段差になって分かりやすくなっているので、少しだけ珍しく感じた。 ウータイ風の畳の香りや、落ち着いた色調と雰囲気は、も好きだ。 だが、あの畳の上に布団を敷いて寝るのだけは、どうにも腰や背中に違和感があって好きになれない。 勿論、泊まる宿の寝具次第では快適に眠れるし、地べたに毛布を敷いただけの野宿に比べればずっといいのだが、柔らかい布団の下に感じる絶妙な畳の固さがいつまで経っても慣れなかった。 だが、調子が悪くなるほどではないし、要は気分の問題なので、口にしたことはない。 とはいえ、生まれ育った環境と、普段使っている寝具への慣れのせいだろうか。 適当な弾力と抵抗があるベッドのマットレスの方が、は断然熟睡出来た。 それこそ、時折セフィロスのパジャマの肩を、涎だらけにする事すらあるほどに。 しかしここは、セフィロスが時間をとって選んでくれた宿だ。 文句など言おうはずもない。言ったとしても、それは宿泊困難なほど程酷い宿だった時ぐらいだろう。 室内用のスリッパに履き替えて玄関の先へ入ると、客室には程々に年季が入った畳に座椅子、茶器が乗せられたテーブルがあった。 壁には大きなテレビが設置されているが、多分天気予報ぐらいしか見ないだろう。 ウータイ風にしては天井も建具も高さがあり、セフィロスも不便はなさそうだった。 さて、セフィロスが言っていた客室付きの露天風呂はどうなっているのだろうかと、はバルコニーがある方へ目をやる。 だが、その目は大きな窓の向こうに揺れる湯煙へ向かう前に、横にあるベッドルームへ向かった。 「セフィロス!ベッドがある部屋にしてくださったんですか?」 「ああ。完全な和室は埋まっていた。そういう時期だからな。嫌だったか?」 「いいえ。私はベッドの方が好きなので、嬉しいですよ。貴方と別の布団で寝るのは、少し寂しいですけれどね」 「なら、一緒に寝るか?」 「いえ、流石に狭そうなので遠慮します。多分、一緒に寝ても寝苦しくて、夜中に別のベッドに行きそうですし」 「……確かにな」 一人ならまだしも、2人で使うとなれば間違いなく寝苦しくなりそうなサイズのベッドに、セフィロスは納得しながら荷物を下ろす。 そんな彼を横目に、はベッドに腰を下ろしてその固さを確かめると、満足げに頷いて当初の目的だったバルコニーの目をやった。 建物は5階建てで宿としては大きくないが、2階以上にある客室全てのバルコニーに専用の露天風呂がついている。 それもあって、客室の数は1フロア6部屋以下なのだが、それも部屋の広さを考えれば納得できた。 寝室側からバルコニーは見えるが、出る事はできない。 出入口は隣のリビングスペースにあり、その傍にはタオルやバスマットが棚に入れられていた。 室内でカーテンを引けば、バルコニーは見えなくなるし、外にもちゃんと照明がある。 カーテンが無くとも、入浴が終わるまでバルコニーを見ない程度の配慮はセフィロスだってしてくれるので、心配はしていないが……。 「確か、夕食は30分後でしたか。お風呂はその後ですね」 「そうだな。すぐに準備しに来るだろう。だが、まずは上着くらい脱いだらどうだ?」 「おや、言われてみれば、そうですね。失礼、外のお風呂が気になってしまって、失念していました」 「そうか……」 セフィロスに言われて初めて自分の姿に気づいたは、少しだけ恥ずかしそうに笑うと、薄手のコートを脱ぐ。 アイシクルエリアで夏に着ていたコートだが、温暖な地域の春ならこれで十分だった。 サイズの変化や汚れはないが、5年以上着ているコートは、袖に傷みが見える。 ジュノンに帰ったら、新しいコートを買いに行った方が良さそうだ。 その時間が確保できたらの話だが……。そうと考えながらクローゼットにコートを仕舞ったは、既に座椅子で寛いでいる彼を横目に確認して茶器に手を伸ばした。 思ったより良いお茶が置いてあったので、少し感心しながら湯飲みを準備していると、徐に立ち上がったセフィロスが荷物の中を漁り始める。 気にせず2人分のお茶を入れたは、そのままセフィロスが戻ってくるのを待っていたが、彼は目当ての物が見つからないらしい。 間もなく食事の準備に人が来るのだし、急ぎでなければ後でも良いのでは? そうが声をかけようとするのと、セフィロスが片手で靴下を脱いで放り捨てるのは同時だった。 今までの彼はしなかった行儀の悪い行動に、は目を丸くして床の上で丸まっている靴下を見る。 何かをしながら靴下を脱ぐくらいなら、たまにやっていた事……いや、それでもあまりなかったが、時折やっていた事なので良い。 だが、それでも脱いだ後の靴下は必ず洗濯しやすいように伸ばしていたし、何処かしら洗濯物を置くと決めた場所に置いていたのだ。 脱ぎたてを、急いでもいないのに、その辺の床に、見もせずに放り捨てるなんて、今までのセフィロスは一度だってしなかった。 「……セフィロス、その靴下、何故放り捨てたんですか?」 「ん?」 に言われて床を見たセフィロスは、そこで初めて自分が靴下を放り捨てた事に気づいたようで、目を丸くしていた。 もしかすると、脱いで丸まったままなどころか、自分が靴下を脱いだ事にすら、今気づいたのかもしれない。 数秒ポカンとした顔をしていた彼は、しかしすぐに表情を戻すと、転がっている靴下を拾って伸ばし、荷物の中に入れる。 そのまままた探し物を続けようとしたセフィロスだったが、それはいつの間にか隣に来ていたに腕を掴まれて止められた。 「どうした、?」 「どうしたではありません。セフィロス、貴方、あんな品のない所作、しかも無意識ですね?一体どこで覚えたんですか?」 「……その話は長くなるのか?」 「貴方次第です」 「……怒られるほどの事ではない気がするが……」 「私が同じ事をしていても、同じことが言えますか?やって見せてさしあげましょうか?」 「…………俺が悪かった。宿舎での生活で、悪い癖がうつったようだ」 「ええ。気を付けてください。こういう習慣は、うつりやすく、治りにくいんです。わるい風邪と同じですよ」 「そうだな……他にも何かしていたら、教えてくれ」 「はい。ところで、先ほどから何を探しているんですか?」 「携帯の充電器だ」 「……空港までの車から降りる時、袋に入れて私のカバンの外ポケットに入れていましたよ?」 「……その時渡したのは、ゴミ袋じゃなかったか……?」 「ゴミ?!何か袋の中に紙切れとかが入っているとは思いましたが、無いと困るものをゴミと一緒にしたんですか?セフィロス、貴方、あの宿舎の中で、一体どんな生活をしていたんですか!?」 「個室の無い男所帯だ。色々と、察しろ」 「…………このまま貴方を攫って、家に閉じ込めてしまいたい……」 野宿や急な外泊では知る事が出来なかった彼の悪い変化がどれほどのものか、想像しては両手で顔を覆う。 多分宿舎生活の倍くらいの期間、2人きりで生活すれば、うつった悪癖は消えてくれるだろう。 だが、アーサーの村での実地学習はまだ1カ月は残っているし、その後も別の土地で実地学習先が最低でも1年半はある。 その間、彼に与え続けられる影響と、悪い変化を考えると、は不安が募って仕方が無かった。 アイシクルエリアの牧場妻たちから聞かされた、朝に夫の大きなくしゃみで目覚めるとか、挨拶に屁で返事をされるとか、歩いた後に脱いだ服が点々と落ちている生活が、突如現実身を帯びてきて、気が動転しそうだった。 「、落ち着け。顔色が悪い」 「貴方に宿舎生活させる事が不安で仕方がありません。無作法に拍車がかかって下賤の輩のようになったらどうしましょう……」 「いくら何でも、そこまでにはならない。それに、これからは、気を付ける」 「……信じてますよ?もし、今後おかしな癖が酷くついたなら、休学させてルーファウスの元へ行儀見習いに出しますからね。そのためなら、またルーファウスを若返らせますよ?いいですね?」 「よくない。奴を巻き込んでやるな。本当に気を付ける」 「……信じますからね」 何でもかんでもルーファウスを巻き込もうとしてくるに呆れつつ、セフィロスは本気で顔を強張らせている彼女に反省する。 同じ寮生活している生徒たちは、職人気質というか、下町気質というか……。 良く言えば気取らず、悪く言えば雑な者ばかりなので、その中に放り込まれたセフィロスは慣れるほどにそちらに染まっていたようだ。 ソルジャー時代の同僚は、お坊ちゃん育ちのジェネシスと、貧しくともしっかり躾されて育ったアンジール。 当時は普通だと思っていたが、今思えば神羅の顔でもあるソルジャー1stと言われて遜色ない品位はあったのだろう。 深い深いため息をついて落ち着いたを視界の端に見ながら、セフィロスは彼女が言っていた通り彼女のバッグの外ポケットから携帯の充電器を見つける。 グシャグシャで絡まった状態で出てきた充電コードに、なるほど、こういう所かと納得していると、ホテルの従業員が夕食の準備のために尋ねてきた。 邪魔にならないようベッドルームに移動したに倣って、セフィロスも荷物をベッドルームに運び、ふと自分とのカバンの中を見比べる。 整然といったほどではないが、それなりに整っているのカバンの中に対し、セフィロスのカバンの中身は荷物を探す前からグチャグチャだ。 貴重品や小物ぐらいはポケット部分や小さな袋に入れているが、着替えは雑に突っ込まれただけの状態になっていた。 以前はセフィロスのバッグの中身もと似たような状態……むしろ彼女よりキッチリ整理整頓されていたはずなのに、今は見る影もない。 このままではマズい。 そう、本格的に理解したセフィロスは、夕食の準備が終わるまでの時間で、バッグの中の皺だらけな衣類を綺麗に畳みなおした。 出された夕食は可もなく不可もなかった。 付き始めた悪癖を恐れて、セフィロスは少しだけ慎重に食事をしていたが、幸い食事のマナーは悪化していなかった。 セフィロスには一先ずゆっくり風呂に入ってもらい、その間にはルーファウスへメッセージを送る。 ここ数年でルーファウスの就寝時間は徐々に早くなっており、8時には既に布団に入ってしまっている。 朝も随分早いようだが、何処かのアーサーのようにフラリと庭に出て運動するようなことはなく、本を流し読みしながら朝日が昇るのを眺めているらしい。 寝ている間に届いたメッセージには、翌日の暇な時間に返事をくれるので、今回の返事も明日の昼に返事が来るだろう。 今送ったメッセージは、今日の訪問の礼だけなので、返信も明日の朝か昼になるはずだ。 セフィロスの良くない変化はまだ伝えなくて良いと思っている。 だが、もし彼の無作法が許容範囲を超えていた場合は、素直に助言と助けを求めるつもりでいた。 ようやく2人だけでゆっくり過ごせると思っていた休暇なのに、どうしてこんな心配を抱えなくてはいけないのか。 溜め息をつきたくなるが、所詮一過性の事だと自身に言い聞かせて、はそれ以上嘆くのをやめる。 次に頭を抱えるのは、セフィロスが蟹股で歩き出した時だ。 そしてそんな日はきっと来ない。股関節を負傷でもしないかぎり来ない。そんな怪我をしても自分が直せば良いだけなので、やはりそんな日は来ないし、来させない。 セフィロスの行動に、あまり事細かに目くじらを立てるのも休暇が嫌な時間になるので、は彼の注意を促すだけに留めようと決める。 従業員が来て食事を片付けてから暫くすると、すっかり寛いだ顔のセフィロスが風呂から戻ってきた。 入れ替わりでバルコニーに出たは、生憎の曇天を残念に思いながら、手早く服を脱いで体を洗った。 セフィロスが先に使っていた洗面器や椅子は、きちんと揃えてシャワーと蛇口の前にある。 あの脱いだ靴下のように、適当に放置されてはいない。 それに内心で少し安堵したは、温暖とはいえ冷える夜の空気に身震いすると、体を軽く洗って湯船に入った。 一瞬じわりと染み込む熱に体の力を緩めるが、しかしそれに身を任せるほどお湯は熱くない。 全ての客室の露天風呂に湯を回すのだから、仕方がないだろうかと考えると、はそのまま縁に背を預けて体の力を抜いた。 軽く温まったら髪を洗って、その後は家にいる時間と同じくらい温まってから出よう。 お湯は温くも熱くもない。 夜風に当たりすぎないようにしなければと考えると、は移動で凝り固まった体をグッと伸ばした。 何を考えるでもなく見上げた空は、街の灯りが雲をぼんやり照らしているだけだ。 風が時折雲を押しやり、月明かりを見せようとするが、追うように流れる雲がそれを妨げ一瞬の朧を見せるだけだった。 眺めていては寝てしまいそうだと考えると、は湯船から上がり全身を洗う。 温めのお湯だったが、予想していたより体が温まっていたおかげで、冬の風が吹いても震えずに済んだ。 もう一度ゆっくり温まったら出て、一息ついたら眠ろう。 そう決めて再び湯船に浸かると、自覚している以上に体が冷えていたらしく、また熱がじんわりとしみてくる。 この宿の湯は、他のミディールの温泉とは少し質が違うようだと考えながら大きく息を吐いたは、久しぶりののんびりとした入浴を満喫する事にした。 そして満喫しすぎた。 湯船から上がった瞬間に回った視界に、は落ち着いて湯船の縁に腰を下ろすと、両手で体を支えながら脚を湯船から抜く。 夜風の冷たさは心地良いが、体の芯に籠もった熱は早々に抜ける気配がない。 このまま湯あたりが治るまで夜風に当たっていても良いが、それでは間違いなく風邪をひくだろう。 視界が揺れるごとに意識が朦朧としてくる。 仕方がないと腹を括ったは、頭に巻いていた手拭いを取って申し訳程度に体を隠すと、声をあげる代わりに魔力をぶつけてセフィロスを呼んだ。 手拭いでまとめていた濡れ髪が落ちてきて視界を遮るが、構う余裕は無い。 彼はが出てくるまで軽く酒を飲んでいると言っていたので、まだ眠ってはいないだろう。 こんな手間をかけてしまうのを少し申し訳ないと考えていると、怪訝な顔でそっとカーテンを開けた彼は、を見て微かに目を見開き、次いで呆れた顔で出入口の窓を開けた。 「、湯あたりか?」 「はい。眩暈がするので、手を貸してください。それと、タオルをとってください」 「わかった。それと……ウータイのホラー映画に出てくる幽霊に見えたぞ」 「……?ありがとうございます?」 よく回らない頭ではどういう意味で彼がそう言ったのか分からず、とりあえずはお礼を言っておく事にした。 体の表面は夜風で冷たいのに、薄皮一枚内側は火照って仕方がない。 動悸が激しく視界が揺れるせいで息が上がるし少しだけ吐き気もしてきた。 セフィロスの手がわきの下に差し入れられ、犬猫のように持ち上げられたかと思ったら、入浴用の椅子に移動される。 セフィロスが来るまでの間で湯に浸かってしまった髪の毛からはポタポタと水滴が落ちていて、なるほどウータイ映画の幽霊だと納得した。 髪の水気を絞りたいが、下手に動くとそのまま石畳の床に倒れそうだ。 ここは下手な事をせず、セフィロスに全て任せようと決めて、揺れる視界を遮るように目を閉じていると、彼が軽く髪をまとめてくれる感触がした。 水滴が床の上でビチャビチャなる音と共に、跳ねた水が脚の甲にかかる。 それすら冷たくて気持ち良いと考えていると、タオルで頭を拭かれ、そのまま顔、首、肩と順番に拭かれた。 うっすらと瞼を開けると、呆れ顔のまま体を拭いてくれているセフィロスの顔が見える。 気持ちは分かるが、そこまで呆れなくても良い気がすると思いながら見ていると、その視線に気づいていないのか、セフィロスはの胸や体を見て、溜め息をつきながら肩を落としていた。 なんだその溜め息と落胆は。 最近ちょっとセフィロスの希望より筋肉を多めにつけているが、溜め息をついて落胆されるような体はしていないとは思っている。 抗議したいが、未だ視界は揺れていて気持ちが悪く、声を出す気力が湧かない。 しかし、見逃すことは出来ない態度に、は再びセフィロスに魔力をぶつけて抗議した。 「何だ?」 「…………」 「……わかった。後で聞く。だが……先に髪をまとめた方が良さそうだな」 「…………」 恨みがまし気に見るに対し、詫びるどころか残念そうな目を向けるセフィロスに、彼女の機嫌が悪くなっていく。 濡れた手拭いを絞り、それでの髪をまとめたセフィロスは、再びの体を拭くと、今度はちゃんと横抱きにして部屋の中に運んだ。 ベッドに下ろしてもらい、セフィロスにされるがまま下着を着用させてもらっただったが、寝巻き用の浴衣は暑いので断った。 冷房を入れてもらったが、体の芯の熱は引かず眩暈も収まる気配がない。 いっそ体を作り直したくなったが、それでは実地学習で日焼けした肌が元の白さに戻ってしまうので、それもできない。 セフィロスが差し出してくれた水をチビチビと飲んでいると、まとめていた髪を下ろされ、タオルで優しく拭かれた。 その間にも背や首筋に浮いた汗を拭いてもらい、喉元を冷やしてくれる水の冷たさにホッと息をついていると、軽く持ち上げられた髪が温かな風と共にふわりと軽くなった。 乾いてさらりと肌の上を滑った黒髪は、しかしすぐに浮いた汗によって肌にはりついてしまう。 何故かゆるく波打っている自分の髪を数秒見つめただったが、セフィロスに頼むとたまにある事なので、気にしないことにした。 髪が乾いたので、はゆっくりとベッドに横になり、眩暈を堪えて目を閉じた。 肌の上を滑る彼の指先と、汗で張り付いた髪が払われる感触がくすぐったくて、は小さく笑みを零す。 眩暈が治まったら、そのまま寝てしまいそうだと思いながらうっすら目を開けると、ベッドの縁に腰を下ろして残念そうな顔をしているセフィロスと目があった。 だから、何故人の裸体を見てその顔をするのか。 再びじわりと滲む汗を拭われながら、は物言いたげな目をセフィロスに向ける。 視線に気づいた彼は、それをどう勘違いしたか、やれやれと肩を竦めて見せると彼女の額に唇を落とした。 そうじゃない。そうじゃないのだが、あまりに互いの気持ちが通じなさ過ぎて、は段々どうでも良くなってきた。 乾いたばかりの頭皮に再び汗が滲んでくるのを感じたせいもある。 「、ジュノンに戻ったら、買い物に行くぞ」 「いいですね。私も、今のコートを買い換えたかったんです」 「そうか。だが、その前に下着を買い足さないか?」 「……今持ち歩いているのは、先々月に買ったものですよ?まだボロボロではないはずですが」 「履き心地は良さそうだが……前はもっと色気があるものを着ていなかったか?」 「……そういう下着は、家に置いてあります。これは実地学習用に用意したものです」 「……洗濯物を干しているのは借りている部屋の中だろう?」 「村に着くまでは、上級生の女性と一緒だと聞いていたんですよ?そんな中でレースや透けがある紐の下着を洗ったり干したりするのは、流石に気が引けます」 「…………わかった」 「家に帰ったら、貴方が選んだ下着を着ますから、それでいいでしょう?」 「……ああ」 「湯あたりが治まってきました。汗だけ流してきます」 綿100%でシンプルな……シンプル過ぎて色気が無い下着を着たまま、は再び露天風呂があるベランダへ出て行ってしまう。 軽くシャワーを浴びたら戻ってくるだろうが、この宿の湯は温度こそ低めだが体に熱がこもりやすい。 シャワーだけで、また湯あたりして助けを求める残念ぶりを見せられたらどうしようか。 いくらでもそれはないと思いたい。 だが、湯あたりを起こし裸で助けを求めるなんてちょっと抜けて可愛い事をしたくせに、色っぽく手助けを求める過程を突き抜け、ウータイ産の年季が入った幽霊みたいになって声ならざる声で呼び立ててくる女だ。 普通に信用できなかった。 心配しながらを見送ったセフィロスは、彼女がバスタオルを忘れて行ったことに気が付くと、小さな溜め息をついて彼女の後を追った。 |
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2024.09.05 Rika |
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