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幻の虫発見に浮き足立つ村も、老人たちの夕食や就寝時間近くとなれば落ち着きを取り戻す。
日が傾き始めた頃に村に戻ったとセフィロスは、そのまま村長宅の夕食に招かれた。
発見時の詳細を問われ、山奥の森と黒靄芋虫について語ると、村長もアーサーも揃って頭を抱える。

さん、その魔物、私たちで倒せそうですか?」
「…………全員が捨て身でかかれば、1匹ぐらいは……おびき出せる……かな?」
「なるほど。よくわかりました。村人にはもう一度、奥の森には絶対近づかないよう伝えておきます」

既に一部、村興しのため更にアレクサンダーオオカブトを捕獲しようとする村人もいると、村長は溜め息をつく。
一応、森の入り口には、魔物対策としての魔力を強く染み込ませたロープを張ってある。
それを告げると、それなら村人も恐れて近づかないだろうと、村長とアーサーは安堵していた。
若干複雑な気持ちになったが、彼らを安心させられたなら良いか、と、は自分を納得させる。

セフィロスは、釣ってきた魚を使った郷土料理が気になったらしく、たちそっちのけで村長婦人にレシピを聞いていた。
奥の森や、黒靄芋虫と関わる気がないという意思表示でもあるのだろう。

実際、あの黒靄芋虫と事を構える事になったとして、もアーサーと、オマケで村長夫妻は助ける気はない。
最初から、分かりやすく態度で示すセフィロスの方が、根はずっと優しいのだろう。



Illusion sand ある未来の物語 117



村長とアーサーから、村人に奥の森の脅威が徹底して知らされたおかげか、無謀を起こす村人は出なかった。
万が一の時に引っ張り出されるのを避けたがったセフィロスが、村人が沢山いる朝の鍛錬中に『可能なら戦いを避けたい』なんて嘯いたせいもあるだろう。

村人は上手く勘違いしたようだが、実際は単にセフィロスはやる気がないだけではないか。そう思っただったが、わざわざ指摘する事でもないので黙っておいた。

へっぴり腰ばかりだった学生たちも、村の老人たちが嬉々としてしごいているおかげで、1カ月程度だというのに鈍器を振る姿が様になっている。
武芸や剣術ではなく、実践に基づいた生き延びるための戦い方を指導しているおかげもあるのだろう。
おかげで、学生たちが鍛錬している間は、あちこちで土や小石が舞い、威嚇らしい奇声が上がっている。
時々、どの奇声が一番相手を委縮させるか比較研究しているらしいのだが、鍛錬時間が早朝のため、小学校跡の隣に部屋を持つはその奇声で起こされることがままあった。

件のカブトムシ発見は、ガイが回収した翌日にはニュースになったらしい。
テレビで流れた当日、たちが実地学習している昼間に、早速見慣れない車が村に来たらしい。
自称記者だという者は、村人の制止を聞かずに山に入っていたが、1時間もせずに山にいる普通の魔物に遭遇して逃げ帰ってきたそうだ。
レベル40以下は立ち入り禁止の山に、多少腕に覚えがある程度の一般人が単独で入ったのだから当然だろう。

その後は村人達を捕まえては話を聞きまわり、虫がいる場所まで案内できないかとつきまとっていたらしい。
しかし記者は、昼頃村長宅に訪ねてきた昆虫学者数名が話を聞いて激怒し、彼らの護衛によって拘束された。
例の虫の生息地に許可なく立ち入る、またはそれを試みようとするのは、生物の保護に関する条約だか条例に反しているので、そのまま逮捕連行できる。
迷惑な自称記者は、学者の護衛によって、ゴンガガにある留置所に連れて行かれた。



さん、あの時間に村の中の方にいなくて正解でしたね。いたら間違いなく付きまとわれていたでしょう」
「その時は気配を消すから、心配はいらない」

「おや、それは残念です」
「残念……?」

何を期待していたのか、ちょっとションボリした顔を作ったアーサーに、は何とも言えない表情を返す。

暫く村に滞在するという生物学者達は、村の空き家を拠点に調査をするらしい。
長年野生を相手に研究している分、彼らは自然と魔物の恐ろしさを理解している。
危険と判断したら撤収し、無人飛行カメラによる調査に切り替えるらしい。
しかし、あくまで調査なので、それが件のカブトムシの生態を脅かすと判断した時点で調査は打ち切りになる。

だが、彼ら森で生きた個体を確認できた時点で調査自体は継続されるので、それと同時に借りている空き家は買い上げ、簡易の研究所にするらしい。

その契約と今後の村での生活、それに学者の歓迎のため、村長宅では宴会が開かれていた。
護衛や学者は全員男性で、半数はまだ若い。
そんな彼らに酒が入った状況で、見目が良いを同じ家の中にいさせる事を、アーサーを初めとする村民は心配した。

学者達を無法者扱いしているわけではないが、その前に来た余所者の記者の印象と行いが悪すぎて、自然と警戒心が増す。
それに、マトモに見える学者達だが、会って半日もしない人間が酔ってどうなるかなど、誰だって分からないのだ。

学者たちと、どちらの身を心配したのかは考えるべくもないが、としても、騒ぎを避ける事には賛成である。
村人にとって、村興しにつながり、若い住人となる学者と護衛は大事だ。
けれど、人の形をした化け物を刺激しない方が、遥かに重要だった。


今日だけ、アーサーの部屋で寝てもらおうかという話も出たが、アーサーの部屋は宴会をしているリビングから近く、トイレも近いので間違ったフリをして入ってくることができる。

同じ家で宴会をしていては、眠りが浅い老人はちゃんと休めない。
明日も肉体労働がある学生も、しっかりと休ませてあげたい。

そんな理由を建前に、はアーサーと共に集会場近くの空き家にやってきた。
実際は、村長婦人と、手伝いに来た近所の老婦人たちに追い立てられるように外に出されたのだが、女性の身だからこその警戒心によるものだろう。

空き家と言っても、村の有事に避難先として使われる予備の家なので、家具や寝具は整っている。
基本的に有事の避難先は集会場になるが、昔の経験から赤ん坊や妊婦、避難した村人のストレス軽減のために、プライベートを確保できる家をいくつか村で持っているらしい。

老人とはいえ、男が若い女性と二人で泊まるのは見聞が良くないという事で、空き家には急遽セフィロスも呼んで泊まる事になった。
今彼は、ゆっくりとお風呂に入っている。


元は小さな商店だったという空き家は、元店舗スペースだった土間が大きな台所とダイニングになっていて、6畳ほどのリビングと物置部屋、トイレと風呂があるだけだ。
脱衣所はあるが洗面所はなく、洗顔も料理も広い台所ですることになる。
長く住むには向かない家だが、村人が当番制で管理しているので、これぐらいが丁度良いのだろう。

寝られる部屋は1部屋しかなく、今夜は3人で布団を並べることになる。
順番は誰が言うでもなくアーサーが一番トイレに近い位置になり、無難にセフィロスを真ん中にする事になった。
宴会の手伝いの婦人たちに持たせてもらった夕食を済ませると、アーサーは入浴後すぐ布団を敷き、台所を片付けるの後ろで寝る前のお茶を飲み始めた。


「学者と護衛は暫く様子見ですが、あの記者は……ヘンリーさんとコリンさんが、遊びたかったと残念がってましてね」
「アーサー、お前たちはもう老人だ。無茶をしては、家族が心配する」

さん、こういう田舎だと、詐欺に引っかけようとする余所者が時々来るんです。彼らはね……この村の大事な娯楽なんですよ。無暗に村人から取り上げてはいけないんです」
「おい……せっかく長閑で良い村だと思っているんだ。闇を見せるな」

「いえいえ、勘違いしないでください。私たちがしているのは、健全な撃退ですよ。命はとりませんので、大丈夫」
「…………」


この子の大丈夫が全く信用できないのは初めてではないか?
洗い物を終え、明日の米を研ぎながら、はアーサーに怪訝な目を向ける。
セフィロスに早く風呂から戻ってきて、アーサーを止めてほしい。

「春と、財布の紐が緩む年末年始に来ることが多かったのですが、ここ数年は噂が流れたのかぱったり詐欺師が来てくれなくなってしまいましてねぇ」
「そちらの方が、よかったじゃないか」

「ですが、娯楽の一つなのですよ。始まりは先々代の村長さんが隠居した頃。私がこの村へ来る前だったそうです。街から来て、言葉巧みに村人へおかしな契約を結ばせた男に、危機感を持ったその元村長さんは、ボケ老人のフリをして襲い掛かったそうで、ボコボコにして契約書も破いて川に捨てちゃったらしいですよ。『見慣れない顔=村人じゃない=田舎に余所者は来ない=人間に化けた魔物』という感じで、勘違いして襲い掛かったという事にしたそうです」
「何だろうな……この村なら、らしいと思ってしまう」

「そうですか?私は初めてその話を聞いたとき、とんでもない所に来てしまったと思いましたよ」
「…………」


私にそう思わせる一因はお前だぞ?
と、言いたくなるのを堪えて、は米を炊飯器にセットする。

しかし、今の話を聞くと、この村が変種騒ぎを無事生き残ったのが、更に納得出来た。
アーサーの戦闘能力や指導力もあっただろうが、それに着いてこられるだけの素地を、既に村人は持っていたのかもしれない。

軽く台所を片付けると、は椅子に掛け、既に温くなったハーブディーに口をつける。
甘い花の香りがするそれは、アーサーがまだ校長をしていた頃、村興しのネタとして作ったお茶らしい。
勿論、その時の村興しは不発に終わり、このハーブディーは村人が自分の家で作って飲むだけになった。
だが、使っているハーブの種類を聞くかぎり、軽い解毒とHP回復促進効果はあるので、体に良いのは間違いないだろう。
香りづけに足したという花だって、自律神経を整える効果がある。
の感覚では、ハーブティーというより薬湯に近い。

もしや、アーサーや村人が元気なのは、このお茶をよく飲んでいるからでは?
やたら元気な村の老人たちの姿を思い出し、ふとそんな疑問を覚えただったが、しかしお茶だけで元気になるなら、とっくに他の村にも広まっているだろう。
使われている薬草は、香りづけの花以外は他の土地でも手に入るものばかりなので、は気のせいという事にした。

「アーサー、そろそろ寝る時間か?」
「ええ。このお茶を飲んだら、休みます。こちらの部屋の灯りは点けていても大丈夫ですから、さんとセフィロスさんは夜更かししても結構ですよ」

「ああ。だが、私も彼も、夜と朝は早いんだ。そう遅くないうちに休むだろう。カップはそのまま置いておいてかまわない。後でまとめて洗っておこう」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えますね」


最後の一口を飲んで、満足げに大きく息を吐いたアーサーは、カップを差し出して頭を下げると、ゆっくりとした動きで立ち上がる。

就寝場所になるリビング部分は、土間との段差が大きいので、念のため手を貸して登らせた。
一瞬レビテトで浮かせてやろうかと思ったが、老体で転ぶのはまずそうだったのでやめておく。
アーサーが夜中にトイレに起きた時のため、段差部分に手すりと階段を作っておいた方が良いかもしれない。
しかし、丁度良い資材がその辺に転がっているわけがないので、は間に合わせとして氷でそれらを作る事にした。
手すりは掴みやすいように球体を繋げたような形にし、階段も表面を凸凹にして滑らないようにすると、見た目はさておき十分機能的な補助具になった。
冷気が出ないようにして、昼頃まで解けないようにしたそれは、一見すると硝子で出来ているように見える。
念のため手すり部分に手拭いをかけて、触れやすいようにすれば完成だ。

突貫にしては上出来だと思いながら、2段だけの階段を往復して使い心地を確かめていたは、木戸の隙間から覗くアーサーの諦めたような視線には気づいていなかった。


氷のステップに満足して、アーサーのカップを洗っていると、セフィロスが風呂から戻ってきた。
それまで無かった氷のステップに一瞬目をやった彼だが、すぐに理解すると視線を戻し、クーラーボックスからビールを出してその場で封を切る。
濡れた手を拭きながら彼の髪を魔法で乾かしたは、平日なのに美味しそうにビールを飲んでいる彼を少し心配しつつ、風呂に入りに行った。

試着室のように狭い脱衣所の先には、試着室4つ半程度の狭い浴室がある。
浴槽は人一人が入れる程度の大きさしかないので、多分セフィロスはシャワーで済ませたのだろう。
アーサーが入った形跡はあったので、は安心して栓を抜き、洗剤を吹きかけてからシャワーを浴びる。
髪を洗い終え、泡を流したタイミングで、セフィロスが魔法を使った気配がして彼女は手を止めた。
だが、まだ頭が泡だらけなので浴室からは出られないし、アーサーが寝ているのに大きな声を出すこともできない。
使われた魔力は微々たるものだったので、手すりの手直しでもしたのだろうと考えると、は手早く全身を洗い、そのまま浴室の掃除を始めた。

掃除の間に少し冷めた体を、軽くシャワーで温めると、はようやく浴室を出る。
脱衣所が狭すぎて手足が壁にぶつかりそうだったので、浴室の扉を開けたまま着替えを済ませた。

ゆるゆるのジャージと長袖Tシャツという、完全な寛ぎスタイルで脱衣所から出たは、一仕事終えた顔をしながら二本目のビールを飲んでいるセフィロスと、美味しそうに生ハムを食べている金髪の青年……いや、中年に動きを止める。

脳が理解することを拒んだが、だからと言って目の前の光景が代わってくれるわけではない。
すぐに諦めたは、とりあえずタオルに包んでいる衣類を近くの木箱の上に置くと、2人がいるテーブルにかけた。

「セフィロス、どうしてアーサーが若返っているんですか?」
「……アーサー、説明してやれ」
「すみませんさん。さっき寝ていたら、急に胸が痛くなりまして。セフィロスさんが助けてくれたんです。ですが、不思議な事に、体が楽になったと思ったら……この通り、若返ってしまいました」

「……生きてて何よりだ。セフィロス、説明してください」
「心臓が止まりかけていた。お前が昔、レノやルードの体を治してやっていたのを真似て対処したが……見ての通りだ」
「人生、幾つになっても面白い事が起きるものですね。さん、どうかセフィロスさんを怒らないでください。私を助けるために起きた事故ですから」

「それは分かっている。だが、村長たちにどう説明……いやいい、今夜中に何とかする。アーサー、すこし体をいじるぞ」
「その前に、色々食わせてやれ。お前が作った生ハムも、普段は胃腸が負けて食べられなかったからと、今喜んで食べている」
「すみませんさん。久しぶりに体が羽のように軽く動くので、明日の朝までこのままにさせてもらえませんか?」

「…………好きにしろ。だが、念のため、体の調子は見る。飲み食いは、程々にな」
「……だそうだ。チーズもいるなら出すが……?」
「是非お願いします。乳製品も、最近は重くて胃が負けてしまうので、嬉しいですね。あ、ですが、匂いが強いチーズは苦手なので、軽めのをお願いします」


酒はさすがに控えているものの、普段少ししか食べられないものに笑顔で箸を伸ばすアーサーに、は小さくため息をつく。
やらかした罪悪感か、罪滅ぼしか。セフィロスはいつになく、好意的に食事を提供している。
そんな夫に、一瞬呆れた視線を向けると、はアーサーの後ろに回り、その背にそっと手を当てた。

軽く魔力を流し状態を確認すると、なるほど確かに心臓の辺りにセフィロスがかけたやたら強力な回復魔法の残照があって、それが血と共に全身をガンカン回って機能改善をしている。
朝までそのままでとは言ったが、下手をすればその前に子供まで戻るか、体が耐えきれなくなって死にそうだ。

いくらセフィロスでも、この手の変則的な魔力操作には、もっと修練が必要らしい。
体に負担がかからないよう、余分な魔力を少しずつ抜いたは、昔ルーファウスにしたようにアーサーの体を若返らせるよう魔力を流していく。
心臓が止まりそうになっていたというなら、明日の朝一番で村長宅に連れ帰って、街の病院へ行かせた方がいいだろう。
セフィロスに回復され、に修正と調整をされているので、前より健康になった内臓から異常が発見されることはないだろうけれど……。

とりあえず、外出中に目の前でアーサーに突然死されるのはも避けたいので、明日元の年齢に外見を戻したら、後は知らんぷりをするしかない。
外見は老人に戻すが内臓は健康そのものなので、多分あと3~4年は倒れる事すらなさそうだが……。

ガイとカーフェイに知られたら、本気で怒られそうだ。いや、後で知られる方が厄介なのですぐ報告するから、間違いなく怒られる。緊急事態とはいえ監督不行き届きで。

友人に生きていてほしいが、自然な形で死ねるならそれが一番いい。しかし友を助けてくれたことへは感謝しているという複雑な心境を持って、2人のへ対する感情が更にこじれるのが目に見えている。
その辺は多分アーサーも気づいていて、影から2人にフォローを入れてくれるだろうが、が怒られるのは確定しているのでやはり憂鬱だ。
あの二人、セフィロスには怒らないので、監督しているに叱責が向かってくる。

とりあえず、風呂上りなので水を1杯飲んだら外へ出て電話してこよう。
そう決めた直後、着信を知らせた携帯に、は一瞬表情が抜け落ちる。
発信者はルーファウス………だったらよかったが、案の定カーフェイだ。
ガイは昨日ヘリで長距離移動していたようなので、今日は休みなのかもしれない。

「おや、カーフェイからですね。先ほど、ガイにも私から連絡しておいたんですよ。怒らないように釘を刺しておきましたから、出ても大丈夫ですよ」


流石アーサー。
ライフストリームでフラフラしたり田舎に引きこもっていた2人より、ずっと気遣いができている。
仕草や雰囲気は老人なのに見た目が35才ぐらいのアーサーに、感謝と感動と戸惑いを覚えながら、は小さく礼を言うと携帯を手に外へ出る。

電話に出た瞬間、カーフェイから3連続で大きなため息を貰い、自分もため息をつきたいと思っただったが、さすがにそれは堪えた。
アーサーが事前に説明して釘をさしたおかげで、カーフェイからは今後の対処を聞かれ、明日の朝には体は元通りにすると告げると、あっさり引き下がってくれた。
やらかしたのがセフィロスで、しかもは入浴中で知らなかったこともあるだろう。
ガイの方は、アーサーからの根回しとカーフェイからの報告があれば、落ち着いて理解してくれるはずだ。

一安心ではあるが、セフィロスも1回ぐらいカーフェイに怒られて、ガイに嫌味から始まって皮肉で終わる電話をかけられてほしいものだ。
いや、セフィロスに言ったとしても、彼は風の音が煩い程度にしか受け止めてくれない気がするが……。

電話を切って、大きく溜め息をついたは、未だ賑やかな村長宅の方へ目をやる。
集会場から少し坂を登ったところにある村長宅は、まだ灯りがついているが、帰宅し始める人影もちらほらと見えた。
今日の珍客は噂の変な記者だけだったらしいが、今後は更にその手の珍客が増えるだろう。
静かさが魅力な村が騒がしくなるのは少し残念だが、その切っ掛けの虫を発見した手前不満をもつ事も出来ず、はまた一つため息をついて家の中に戻った。


「セフィロスさん、このビールは何処のですか?」
「それはカームの近くで作っているものだ。黒ビールもあるが、飲んでみるか?」

「では、1杯だけ。楽しいですね、こんなに沢山飲んだのは本当に久しぶりです」
「明日からはまた制限だらけの老人生活だ。今のうちに好きなだけ飲んでおけ」

「囚人生活みたいに言わないでください。ですが、遠慮なくいただきましょう」
「生ハムが無くなったな。削るから少し待っていろ」


人の気も知らず宴会しやがって。
いや、これもアーサーの冥途の土産話。
老い先短く、ほんの少し前に心臓が止まりかけた老人への励まし。

そう自分に言い聞かせることで、は苛立ちを抑えた。
とりあえずセフィロスの隣に腰を下ろし、ハーブティーに口をつけながら、2人が飲み終えたビールの瓶や缶を端に寄せる。

体が若返ったとはいえ、明日に酔いを持ち越すことは避けたいアーサーとセフィロスは、何だかんだと話しながらちびちび飲んでいる。
いや、セフィロスは既に缶二つ分飲んでいるので、落ち着いてきただけかもしれないが。

不意に宿舎以外の場所に泊まる事になったから、セフィロスは少しはしゃいでいるのかもしれない。
それはそれで結構だが、週末キャンプで外泊もしているので、過ぎれば同じ学生達から反感をもたれるかもしれない。
反感を持たれたところで、セフィロスはどうでも良いと気にしないかもしれないが、学業に支障がでないとも限らない。
それに、その原因である身としては、心苦しくなるものだ。

来週末には春の休暇が始まるので、今のところは関係がこじれることはないだろうけれど、その後は宿舎生活が再開される。
休暇中に宿舎へ留まるか家に帰るかは自由だが、学生たちは全員帰宅を希望しているので、心身を休める時間は十分とれるだろう。
問題が起きるとしたら、それが落ち着いてしばらく経ってからだろうか。

4月の末には、この村で建てている家が完成し、ジュノンに戻るか別の土地で次の実地学習が始まる。
環境は変わるので生徒たちの気は紛れるかもしれないが、ストレスが溜まって物事が悪く転ぶこともあり得た。
とりあえず、セフィロスを連れ出しすぎないよう気を付けておこうと考えると、はもう一度歯を磨くというアーサーが洗面所に行くのを見送り、テーブルの上を片付ける。
すると、テーブルの端に置いてある蓋つきの見慣れないカップに気が付いた。

「これは……アーサーのですか?」
「ああ。部分入れ歯だ。抜けた歯も生えてきたらしい」

「……明日、村長に病院へ連れて行かせるんですよね?大丈夫なんですか?」
「聞かれるまで黙っておくそうだ。気づかれても、知らないフリをしておくらしい。本人がそう言うなら、多分大丈夫だろう」

「……そうですか。まあ、起きた事はどうしようもありませんね」
「ああ。自前の歯の方が、具合がいいと喜んでくれていたが……」


せっかく生えた歯を抜くのは可哀想だし、単なる拷問になるので、もそれ以上は何も言わないことにした。
先ほどアーサーが嬉しそうに色々と食べていたのは、一部とはいえ作り物から自分の歯で食事ができる嬉しさもあったのだろう。

そういえば、自分とセフィロスは鍛錬中に手足を切り飛ばす事はたまにあっても、歯を飛ばしたことはないな……。
そう気づいて、何故だろうと首を傾げただったが、すぐにお互い顔に攻撃することが少ないからだと気づく。
いや、目を狙う事はあるので、正確には、頬や口周りを狙わない、だろうか。
不意を突く以外で、顔を狙う理由がないせいでもあるが……。

「セフィロス、片づけはやっておきますから、先にアーサーと休んでください。明日は、予定より少し早く起きて、色々しなければなりませんから」
「わかった。お前も、あまり働きすぎるな」


酔った男二人をさっさと休ませると、は彼らの酒盛りの後始末を始める。
ふと時計を見ると、時刻はまだ午後10時にもなっていないが、アーサーにとっては夜更かしだろう。
空になった瓶や缶は、どれもセフィロスが気に入ってとっておいたものばかりだ。
どうやら、彼なりに結構反省していて、申し訳ない事をしたと思っているらしい。
ルーファウスぐらいにしかあげた事がない生ハムも出していたし。
もしベヒーモスの角煮があったら、それも出していたのだろうな……と考えたら、何だか食べたくなってきて、は慌てて思考を振り払う。

春の長期休暇は、確かに時間は沢山あるが、ルーファウスへの訪問、ミディールでの休息、アイシクルエリアの家の掃除、ジュノンの家の掃除と、予定は立て込んでいる。
流石にベヒーモスを狩って解体、更に料理するまでの時間はなかった。

暇を持て余していた北国での生活が少しだけ恋しくなりながら、は片づけを終えると戸締まりを確認する。
先に寝室へ言った2人の気配は既に眠っている時のそれで、寝支度を整えてから様子を見に行けば、2人はすっかりと熟睡していた。


翌朝、アーサーが起きた気配で目を覚ました2人は、軽い打ち合わせをすると、アーサーの肉体を元の年齢に戻した。
心なしか、前より肌艶が良くなっている気がしたが、それはどうしようもない。

とりあえず、とセフィロスがアーサーの名を呼びながら軽く騒ぎ、何かあった雰囲気を出してみた。
だが、あまりにも棒読みで心配する言葉を吐く2人に、アーサーは苦しむ演技も忘れて生ぬるい笑みを向けてしまった。
瞬間、3人とも無表情で押し黙り、自分達はいったい何をしているのだろうかという沈黙が室内を包む。
だが、軽く騒ぐことは出来たので、アーサーは布団に入り直し、がその傍に付き添って、セフィロスは村長宅まで走った。
たった今、アーサーが胸を押さえて苦しみだした、という事にしたいので、チンタラ走るわけにもいかない。
若干実力がバレているセフィロスが普通に急いだところで村人には不審がられるだろう。
そのため、家屋こそ避けるがほぼ直線で村長宅へ向かうと、到着には2分もかからなかった。

家々の間を抜けたりしたせいで、強者だらけの住人たちが気づいて騒ぎ出していたが、セフィロスは無視して村長宅のドアを叩く。
パジャマ姿で出てきた村長に、寝ていたアーサーが胸を押さえて苦しみだしたと伝えると、村長は婦人にその旨伝えると取るものもとらず家を飛び出した。
痛みはすぐにおさまり、今はに付き添われて休んでいると付け加えるも、村長は聞いちゃいない。

そんな道中、村人たちは既に鉈や鎌、または剣を手に家の前に出てきていて、走る村長を「どうした」と言いながら追ってくる。
夜も明けきらぬ早朝だというのに、寝起きでも完全に戦闘モードに切り替わっている村人たちに、セフィロスは普通に引いていた。

ふと別のところで騒がしさが聞こえて目を向ければ、離れた場所に住む村人たちまで、こちらの騒ぎに気付いて、魔物の襲撃かと騒いで家から出てきていた。

想像以上に大事になってきて、内心焦るセフィロスだったが、下手に村長からはぐれたら襲撃者扱いされて村人から襲い掛かられそうな気さえする。
普通に道を通って走るせいもあり、村長の到着には5分ほどかかったが、その頃には村人の殆どが集会場前に集まってしまっていた。
何があったと問う村人たちに、村長は詫びを入れながら、昨日達が借りた家に入る。
何だ何だと後を追う村人たちに揉まれ、集団から弾き出されたセフィロスは、もう自分にはどうしようもない状況に諦めるしかなかった。

ふと、学生たちの宿舎を見れば、彼らは怯えた顔で集会場の前の村人たちを窓から見ていた。
次いで、虫の研究者達が借りている家を見ると、そちらも同じように怯えた顔で窓から広場を見ていた。
哀れである。
それにしても、まだ辺りは薄暗いのに、寝ていなくて良いのだろうか。


ちょっとした騒ぎにはなっているが、後はとアーサーが上手くやってくれるだろう。
そう考えてそっと集団の外へ行くと、やたらとゴツイハンマーと、突起だらけの凶悪な剣をそれぞれもったコリン爺さんとヘンリー爺さんが寄ってきた。

「ようセフィロス。魔物が来たわけじゃあなさそうだが、何があった?」
「こんな時間にあの速さで走ったから、皆びっくりして起きてしまうわぁ」
「アーサーが、朝に胸を押さえて苦しみだした。すぐに治まったが、急いで村長を呼びに行ったら、この状況だ」

「なるほど。急ぎすぎたんか」
「相変わらず心臓に悪い男じゃぁ」
「…………」

それは俺のせいじゃない。
そう内心呟きながら、セフィロスはため息をついて達がいる家の方をみる。
何があったのかと戸惑う……ではなく、警戒心を露わにしていた村人たちだったが、家の方にいた村人や、セフィロスの周りから何が起きたのか話が伝わり、集団の緊張感は緩んでいった。

そういう事なら、大勢でいても邪魔になる。後で話を聞かせてほしいと言って、寝巻きに上着だけの……いや、手に武器は持っているが、そんな恰好の婦人たちが先に帰っていく。
次いで年寄りたちもばらばらと帰っていき、残ったのは村長と同年代や一つ若い世代の男達が数人だけだった。
ヘンリー爺さんとコリン爺さんも、ご飯を食べてくると言って帰っていった。

すぐに集団が解散した事にホッとしながら、セフィロスは家に入る。
中ではが朝食の準備をしていて、その奥では村長と、いつの間にか到着していた村長婦人が、アーサーに付き添っていた。

布団に横にさせられているアーサーは、困り顔で難しい顔の息子と見つめあっている。
心配そうな顔の婦人に何か言い含められているようで、セフィロスに気づくと助けを求めるように見つめてきた。
セフィロスは気づかないフリをしてと朝食の準備に取り掛かった。

「いいか父さん、今度こそ病院に行ってもらうからね」
「そうですよ。もういい年なんですから、大丈夫の一言じゃ通じませんよ。私たちを安心させると思って。ね?」
「……そうですね。わかりました。」

「今、誰が車を出してくれるか決めてるから、決まったらすぐに行くよ。いいかい?途中で元気になったって言ったって、ダメだからね」
「じゃあ私、お義姉さんに連絡してきますね。先に病院の受付しておいてもいましょう」
「えぇ……?あの子に教えたら、子供達全員に知られてしまうじゃないですか」

「当たり前だろう?。年寄りの親が具合を悪くして病院に行くんだ。連絡しない方が怒られるよ」
「今年の春祭りはゴンガガで過ごすことになるかしら……」
「あぁ……なんてことだ……」


病院に行っても、『元気でした』だけで帰ってくる気だったアーサーは、予想外に話が大きくなって困惑しているようだった。
完全に他人事として聞き流しているとセフィロスは、その後村長達と朝食をとり、村人が出してくれた車に乗って街の病院に行くアーサーと村長夫妻を見送った。
アーサーからは、終始どうにかしてほしいという目を向けられたが、どうにもならないので笑顔で手を振るしかない。


診察の結果、やはりアーサーの健康に問題はなかったが、念のため色々検査するために数日入院することになった。
そのため、長期休暇も近い事もあって、は急遽、村長宅から昨日の空き家に仮の住まいを移すことになった。
現場は午前だけ休むことになり、村長婦人の兄弟だという老夫婦に荷物の移動と村長宅の戸締まりを手伝ってもらう。
その間、研究者の宿舎や集会場にも、荷物や機材がヘリで届けられたり、研究者に朝の騒ぎについて聞かれたりと、少々賑やかな1日になった。






セフィロスがやらかす

2024.08.05 Rika

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