| 次話 ・ 前話 ・ 小説目次 | ||
|
昼間に見た時とは違い、怯える様子もなく見下ろしてくる黒靄の魔物達に、はどんな心境の変化かと首を傾げる。 殺気立ってはいないが、妙な動きをすれば一斉に襲い掛かってくるのは予想できた。 自分たちが常に発しているステータス異常を、が全く受けていないことに気づいていないのだろうか。 いや、気づいていれば、頭上を取り囲む前に撤退しているか……と考え直して、は酒の代わりに水を飲む。 グラスに口をつけるだけの動きで、頭上の気配がざわめいたので、一応警戒はされているのだろう。 夕方までは距離を取っていたはずの森の主も、今ではぼんやり目視出来る距離まで近づいていた。 頭上の黒靄同様、移動速度が極端に遅いのか、勿体ぶってゆっくり進んでいるだけなのか……。 待ってやる理由がないので、は気にせず生ハムを削っていたが、どうやらその余裕がお気に召さないらしく、森の主は時折殺気やステータス異常を飛ばしてきた。 当然、はノーダメージで生ハムをムシャムシャ食べていた。 Illusion sand ある未来の物語 116 生ハムは少し飽きてきたから、セフィロスの夕食も兼ねて肉と葱の串焼きでも準備しようか。 そう考え始めた頃、ようやく森の主がの目の前まで到着した。 その姿は、深緑の髪をした女の上半身を持ち、下半身は頭上の黒靄芋虫がくっついているような姿だ。 せめて上半身と下半身が逆だったら、もっと早く移動できただろうにと憐れんだが、想像した姿がマヌケすぎてはつい小さく噴き出した。 瞬間、森の主から強めの毒効果が飛んできたが、やはりにはそよ風ほどの効果もない。 魔物相手とはいえ、勝手に想像して笑うのは失礼だったと思い直して、は居住まいを正して生ハムとナイフをテーブルに置いた。 対峙する魔物は、驚きも怯えもせずに水を飲んでいるに、少し困惑した様子を見せると、今度はまじまじと見つめてくる。 「何を黙っている?お前がこの森の主か?上にいる芋虫の女王のようだな。……ああ、人語はわからんか?山奥だしな……」 人に近い姿をしているなら、ある程度の知能はあるかと思っては言葉をかけてみる。 だが、返されたのは怪訝な視線だけだ。 言語や意思疎通という知能はあっても、流石に人語はわからないのかもしれない。 魔物とはいえ違う生き物なのだから、考えてみれば当然か……。 「しかし、隠れていたのがわざわざ出てきたんだ。用件はあるのだろう?」 昼間セフィロスと一緒にいる時は遠くから観察し、黒靄の魔物も逃げの一手をとる知能はあったのだ。 が一人になってから出てくるのだから、無意味に姿を晒したわけではないだろう よもや、一人ならば仕留められるなどと、勘違いしたわけでも……。 「あ……そうか、すまないな、忘れていた」 よもやの勘違いをさせていたかもしれない、と気がついて、は魔力や威圧を抑えるのをやめる。 その瞬間、木の上にいた黒靄たちがボタボタと地面に落下して痛そうにもがき、森の主はビクリと全身を震わせると硬直してしまった。 村長一家や村人に負担をかけないようにと、は普段から一般人程度まで色々と抑えていたので、もはや癖のようになっていたので忘れていた。 セフィロスが昨夜のキャンプの時点で気配を抑えるのをやめていたので、魔物が近寄ってこなかったのも失念の理由だろう。 魔物にとって、一見無力なは自分達の巣にやってきた餌だったのかもしれない。 セフィロスが去ってすぐに襲って来なかったのは、様子見をしていたのか、やはり移動に時間がかかったのか。 両方だろうな、と思いながら森の主の様子を眺めたが、森の主は灰色がかった体に滝のような汗を流しつつ、全く動かなかった。 「お前、私一人なら仕留められると思ったのか?こんな場所で野営してる奴が、本当に気配通りなわけないだろう?森の主なら、もう少し知能を働かせろ。待つという選択肢があるなら、せめて相手が眠るまで待った方が確実だろう?」 何がしたかったんだコイツら? 首を傾げながら、はグラスを置いて再び生ハムに手を伸ばす。 見た目は霞とは言え芋虫なので嫌だが、変な匂いがしない分、昔砂漠にでた巨大ミミズよりはマシだと思った。 逃げるなら見逃すが、この移動速度の遅さでは、どれだけかかるのか。 しかしセフィロスが帰ってくるまでには、いなくなっているかな……と考えながらハムを口に入れたは、次の瞬間四方八方から飛んできた黒い糸をファイアで燃やし、ついでにそれを吐き出した黒靄芋虫の口も焼いておいた。 芋虫たちが悲鳴を上げるまでの一瞬に、森の主の口から吐き出された白い糸と、下半身から飛んできた黒い針がに向かってくる。 だがそれも、彼女に届く前に魔法で燃やされ、次いで放たれたホーリーによって森の主の右耳と髪の一部が消し飛ばされた。 少し厚く削げてしまった生ハムに、は一瞬手を止めるが、さして気にせずにそれを口に入れる。 周りで上がる黒靄芋虫の悲鳴に、顔を上げて数秒考えた彼女は、埃を払うように魔物をエアロで森の奥へ吹き飛ばした。 「全滅したいなら相手をしてやるが、お勧めしないな。逃げるなら見逃してやる」 そう声をかけたところで、言葉が理解できないなら無意味だろうが、黒靄芋虫を殺さず森の奥に遠ざけたので最低限は伝わるだろう。 後は森の主としての矜持の問題かもしれないが、多くの魔物は矜持より生存を優先する。 人の上半身を持つ森の主ならば、人間に似た思想の上で行動するかもしれないが、向かってくるなら今度は全身消し飛ばしてやるだけだ。 「……ちょっと塩気をとりすぎたか……」 また酒が……正確には水分がほしくなってきて、はどうしたものかと時計を見る。 今からまた飲んだら、セフィロスが帰ってくる頃には泥酔状態だ。 一度エスナで酔いを醒ますという手もあるが、それはそれで、せっかくの酒精が勿体ない。 そもそも暇だからといって生ハムばかり食べるのが悪いのだ。 「む?さっきの私は、何をして時間を潰そうと思っていたんだったか……?」 黒靄の魔物達のせいですっかり忘れていたな……と、は腕を組んで記憶を辿る。 ああ、そうだ。セフィロスの夕食も兼ねて。串焼きを準備しようとしていたんだ。 そう思い出した彼女は、グラスに残った水を一気に飲み干すと椅子から立ち上がった。 その動きに、森の主が大きく身を揺らしていたが、は横目でみる事もなく調理台にしているテーブルの前に立つ。 塩コショウもいいが、セフィロスは甘じょっぱいタレが直火で少し焦げているのも好きなので、そちらも準備しておいてあげよう。 醤油、みりん、砂糖、酒だけのシンプルなタレを小鍋に入れて、小さめのコンロの上にかけた。 肉と葱を交互に串打ちしている間に、森の主は失った耳を押さえながら、ゆっくりと後退していく。 その動きの遅さと、自動でバットステータスを撒き散らす性質から、獲物を追いかける狩り方ではなく、無力化した獲物をゆっくり捕食する性質なのだろうと想像できる。 しかし、やはり遅い。 邪魔になったら、他の黒靄芋虫同様、森の奥に転がしてしまおうと考えていると、南東の山向こうから高速で近づいてくるセフィロスとオーディンの魔力を感じた。 「ん?思ったより帰りが早いな」 どうやら、帰りは地上の道ではなく、空を駆けて山を飛び越えて移動しているようだ。 串焼きは10本目を打っている最中だし、タレももうすぐ出来るので、丁度良いタイミングだった。 10本目の串に肉を打ち終わり、次の串を手に取ったところで、森の主が驚いた様子で空を見上げて更に慌てだす。 まだ山一つ向こうにいるセフィロス達の気配に気づくとは、索敵能力自体は高いようだ。 移動速度の遅さと合わせて考えると、やはりこの魔物は獲物を巣に誘導して、ゆっくりと仕留めるタイプなのだろう。 天敵がいないからできる狩猟方法で、それに甘んじ続けた結果が動きの遅さか。 しかし、慌てて背を向けて逃げているのに、森の主の移動は本当に遅い。 黒靄芋虫より多少速いが、それでも多少だ。 セフィロスが帰ってくる前に逃げるのは無理だろうな……と思いながらタレの鍋を火からおろしていると、早速馬の嘶きが聞こえてきた。 時刻は午後8時20分。夕食兼晩酌を始めるなら悪くない時刻だ。 串焼きと合わせるなら、ウータイの米酒とビールのどちらが良いだろうかと考えている間に、セフィロスとオーディンがトイレがある辺りに降りてきた。 オーディンとスレイプニルはすぐに帰り、セフィロス一人がこちらへ歩いてくるのが見えた。 暗闇の中では、彼の長い銀の髪は良く見える。 軽く手を振ると、彼も片手を上げて返してくれたので、はすぐにテーブルの上に視線を戻した。 盾を使っての焚き火は既に火を付けるだけの状態まで準備している。串を焼く網も設置している。 何となく、全てだけでやるのはどうかと思ったので、着火だけセフィロスにお願いするつもりでいた。 「おかえりなさい、セフィロス。思ったより早いお帰りでしたね」 「オーディンが飛ばしてくれたからな。帰りも、途中から空を進んでくれたおかげで楽だった」 「そうですか。ですが、お尻は痛くないんですか?腿の内側は?」 「いつの話だ。とっくに慣れた……と言いたいところだが、流石に3時間以上乗っているのは体に堪えた。ところで……、アレはなんだ?」 口の端に笑みを浮かべて体を伸ばしたセフィロスは、数十m先でこちらに背を向けて逃げる森の主に目をやる。 微笑みながら肩を竦めたは、ビールの瓶から栓を抜くと、グラスに入れてセフィロスに差し出した。 「この森の主です。貴方が出かけてからも、私は気配や魔力を抑えたまま忘れてしまっていたので、寄ってきてしまったんです。気が付いて抑えるのをやめたら、逃げたのですが、移動が遅くてこの通り」 「そうか……。ところで、悪いが、先に汗を流してきてもいいか?」 「ええ、どうぞ。ああ、すみませんが、その前に焚き火に火をつけるのだけ、お願いします。まだ串打ちが残っているので、あまり色々触りたくなくて」 「わかった」 頷き返すと同時に、魔法で焚き火に火を付けたセフィロスに、は『この人も色々と慣れたな……』と思いながら、浴室へ向かう彼を見送る。 少し疲れた顔をしていた彼に、もう少し串焼きの量を増やそうと手の動きを早めたは、20本ほど作ると別の料理の準備を始めた。 セフィロスが希望していたアヒージョは既に準備できているが、そちらも量を増やした方がいいかもしれない。 朝食用に残していたバゲットも全て切り終えたところで、汗と埃を落としたセフィロスが戻ってきたので、は彼を椅子に座らせて網に串打ちした肉を載せた。 アヒージョ用の小鍋と調味料をセフィロスに預け、調理台の上を片付けたは、ふと思い出して森の主の方へ目を向ける。 頑張って逃げた主は、もう森の闇に姿を隠しているが、目を凝らせば人型の上半身が見える距離だった。 が飛ばした黒靄芋虫とは、まだ随分距離があるが、視界には入らなくなったのでそれ以上確認するのはやめる事にした。 セフィロスはが用意していた大蒜を全て鍋にいれ、海老やブロッコリーなどをどんどん鍋に入れていく。 予定外に村と往復することになり、疲れているのだろう。 コンロの火を弱火にした彼は、使い終わった調味料をに返すと、先ほど飲みかけにして温くなっているビールを手に椅子に戻る。 同じタイミングで片づけを終えたも、白ワインが入ったグラスを持つと、彼の隣に置いた自分の椅子に掛けた。 「大丈夫なのか?俺が村へ行っている間に随分飲んだようだが」 「ええ、貴方が帰ってくる前に、一度エスナで酔いを醒ましましたから」 「ボトルを1本開けておきながら、勿体ない事をする……」 「思ったより酔いが回ってしまっていて、そのままだと串焼きを焦がしそうな気がしたので」 「焦がす前に俺が何とかする。ところで、串焼きの中に、葱しか刺さっていないものが混じっているが……あれは酔ったせいか?」 「まさか。単に葱が余ったからそうしただけです。流石に、外でそこまで酔いませんよ」 「そうか。それは悪かった」 「ふふ。お気になさらず。肉と鍋が出来るまで、こちらのおつまみをどうぞ」 から生ハムとチーズのサラダを受け取ると、セフィロスはそれを口に運んで大きく息をつく。 一方のは、彼が帰ってくるまでのつまみ食いでそれなりに腹が膨れているので、サラダにも酒にも口を付けなかった。 「あの虫は、無事村長に渡せましたか?」 「ああ。村の入り口まで、アーサーと村長が来てくれていた。ただ、石切り場へ続く道の途中からは、残していた蜂と巣の処理をしながら進んだせいで、少し待たせてしまったようだ。アーサーは眠そうにしていた」 「ああ、彼らは、寝るのが早いですからね」 「もう年だからな。村長は、カブトムシを見て喜んでいたぞ。村興しのネタになるそうだ」 「そうですか。それは良かった。ですが、黒靄の魔物の事はアーサーに伝えていたはずなのですが、それについて何か言っていませんでしたか?」 「あの魔物が村まで来る可能性が低い事も、お前から知らされていたようだからな。あまり警戒はしていなかった。どの辺りから遭遇するかだけ、聞かれたくらいだ」 「そうですか。おそらくあの村の人間でも勝つのは無理でしょうから、村に戻ったら私からも少し注意しておききますね」 やらかすのは魔物への警戒心が強い村人ではなく、虫の噂を聞いて外部から来る人間だろうが、矢面に立つのは村長だ。 日頃世話にもなっているし、ある程度は力になってやるべきだろう。 村から続く道は、元々この森の入り口までしか開いていなかったようだったので、達もその位置で整備をやめている。 念のため、帰りは道が終わるところにロープをはり、境界線を分かるようにしておこうか。 おそらく最初は村人が確認に来るだろう。 ロープに魔力を込めておけば、黒靄芋虫も他の魔物も、その付近には近づかないはずだ。 が焼け始めた串焼きに塩と胡椒を振ると、セフィロスが次々に串をひっくり返す。 肉と葱が焼ける匂いに、空腹ではないのに食欲が湧いただったが、酒のつまみと言い訳をして今日は我慢しないことにした。 こっそりタレの味見をして安堵しているセフィロスに気づかないフリをしてあげて、は空になった彼のグラスにビールを注ぐ。 ふと、宿舎生活で思うように運動できない彼の腹部を確認したが、そこはまだ大丈夫そうだった。 何となく不安になって触った自分のお腹にも問題はなかったが、セフィロスの監視が無い環境で肉体労働しているせいか、そこはかとなく腕や肩回りに筋肉がついているのは自覚していた。 3月半ばとはいえ山なので長袖を着ているし、そうバレることはないだろう。 ただ、半袖や薄いシャツになったら勘づかれるかもしれないし、抱かれたら間違いなくバレる。 は昔から自分の剣の重さに丁度良い筋肉をつけたいと思っていたので、密かに喜んではいるのだが、セフィロスはそうじゃない。 どうせ魔力で筋力を補助しているのだからと言われるし、彼の好みの具合だと言われればもつい希望に添ってしまう。 だが、純粋な力で勝負した時に勝てない相手から、その力をつけるなと言われるのは、理屈とは違う部分がいつも反発するのだ。 だから、セフィロスから離れざるを得ない生活をしていると、つい魔が差して体に筋肉をつけようとしてしまう。 できれば、背中と腿にも、もう少し筋肉をつけたい。 しかし腿は彼によく噛まれる部位なので、筋肉をつけても即行でバレてしまう。 これまでも『気のせい』で済ませられるギリギリのラインを攻めては失敗していたので、セフィロスの目も厳しかった。 「セフィロス、少し気が早いかもしれませんが、次の週末はどうしましょうか?おそらくこの森は、立ち入りできなくなるでしょうし……」 「街……いや、石切り場の奥でキャンプを張って、次元の狭間ぐらいか……」 「……私だけ、狭間に隠れましょうか?貴方だけなら、子供達も怯えまぜんから、村に残っても休めるでしょう?」 「却下だ。ただでさえ色々と我慢して生活しているのに、お前との時間まで取り上げるな」 「すみません、そういうつもりではなかったのですが……。ですが、石切り場までの道も騒がしくなる気がします。村に戻ったら、私からアーサーに相談してみますね」 「……また埋もれた山道の整備を頼まれる気がするが」 「だとしても、二度も世界的に珍しい何かが見つかる事などないでしょう。たとえいても、次は無視すれば良いのですから」 「お前が好きな、乗れるタイプの珍しい魔物が出たらどうする?興奮してルーファウスに知らせない自信があるか?」 「今回ルーファウスに告げ口したのは、貴方が目の前にいる私より虫に気をとられた上、ザックスたちとずっと盛り上がっていたからです」 「告げ口だったのか……。ところで、まさか、虫に嫉妬したのか?」 「おや、いけませんか?あの時の貴方は、私に見せたことがない、宝物を見つけた少年のような顔をしていたんですよ?しかも、大の男3人で顔を寄せ合って、自分達だけが分かる世界を作って盛り上がって……」 「…………そろそろ串焼きに火が通ったな」 怒りの矛先をストレートに向けてきたに、セフィロスはちらりとワインの減りを確認する。 落ちた油で上がった小さな火に、網の上から串を上げると、半分にタレをつけて網の上に戻した。 醤油が焼ける香ばしい香りが広がる中、一番形と焼き加減がいい串焼きをに差し出す。 酔いと不機嫌でトロンとしたジト目で彼を見たは、小さくため息をつくと串を受け取り口に運んだ。 「盛り上がるまではいいですけれど、あの大きさの虫を自らテントに入れようなんて、二度と考えないでくださいよ?」 「ああ。あれは、俺も後から悪いと思った。ところで、そのワインのボトルを見せてくれるか?」 「これですか?どうぞ。適当に選んだのですが、セフィロスも飲みますか?」 「……そうだな。ビールを飲み終えたら、少し貰う」 虫は拒絶しても、それ以外は見守る姿勢でいてくれたは、内心では怒っていたらしい。 いつもは串焼きを食べさせれば切り替えて笑顔を見せてくれるのに、の機嫌は直っていない。 感情的なのは酔っているせいもあるだろうと思いながらボトルを受け取ったセフィロスは、ラベルに書かれたアルコール度数16%の文字に納得した。 よく飲んでいるワインの倍の度数だ。 本人の自覚以上に酔っているパターンかもしれない。 とりあえず、面倒な酔っ払い化する前に、機嫌を直させて甘えたがりの可愛い酔い方に変えてしまいたい。 からは、面倒な酔い方をしていると思ったらスリプルで寝かせていいと言われているが、それはそれで寂しいものだ。 とはいえ、今のは魔物が接近していたからか、いつもはわざと下げている各種耐性や防御が、元の高い状態のままだ。 多分セフィロスがスリプルをかけても効かないし、下手をすると酔い覚ましのエスナも不機嫌を理由に弾かれる。 言葉で機嫌をとるしかない。 「野営中のテントに、たまたま虫が入ってくるのはいいですよ。しかし、わざわざ入れるのは嫌です。いくら貴方が一緒でも、虫の方が気になって何も手に着かなくなります」 「そうだな。俺も、その環境では虫の方が気になるな」 「そうでしょう?横で虫がカサカサしてる中じゃ、口淫だってできませんよ」 「…………」 串から葱を引き抜きながら愚痴るの横で、セフィロスはその内容に一瞬咀嚼の動きを止める。 すぐに気を取り直して肉を飲み込んだ彼は、ビールを口にしながら横目でを見た。 今日は口でしてくれるつもりなのかと少し喜んだが、いや、いつもしてもらっているから今更喜ぶ必要はないかと思い直す。 次いで、もしや今日は口だけで終わらせる気なのかと不安になった。 とりあえずビールを飲んで、程よく焦げたタレが香ばしい串焼きをから受け取ったセフィロスは、残り少なくなったカップの中身との間で無意味に視線をさ迷わせる。 まさか本当に今日は口だけで終わらせるつもりなのか。 せっかく浴室を作ったのは、それ以外もするつもりだからではないのか。 いや、の事なので浴室は単に汗を流す以外の理由はないかもしれない。 そもそもテントでというのが、にとっては心もとなくて選択肢にないのかもしれない。 だが、だって先週末の時点で、そういう時間がほしいと言っていたのだから、考えていないわけがない。 流石に、自分も触れたいと思っているのに、口で以外はしないなんて考えてはいないだろう。 いや、しかしのことだ。想像して無理だと判断したら一人で勝手に妥協して納得するなんて事もあり得る……。 「セフィロス、タレがズボンに落ちますよ?」 「ああ」 の言葉に、セフィロスは少し慌てて串を皿に置く。 口淫なんて普通に口走って、今も普通に注意してきたに、セフィロスはもしやかなり酔っているのではと注意深く彼女を見つめた。 皿と串を手にしている彼女のグラスはカップホルダーの中で、覗き込むと中身はない。 焚き火の炎で分かりづらかったが、彼女の頬は既に赤く、よく見れば黒髪の間から見える耳も真っ赤になっていた。 「、水に切り替えろ。これ以上飲むと、お前は絶対に寝る」 「……おや、そう思いますか?では、エスナで酔いを醒ましましょうか……」 「日に二度もやるのはやめておけ。流石に内臓に悪い」 「……そこは抜かりなくできるのですが……わかりました」 機嫌の悪さは多少収まっているが、それを差し引いても、今のはいつもより瞼に力が入っていない。 昨日先に眠りこけた身で言えた事ではないが、今夜に先に寝られてはやりきれない。 大人しく水を飲み始めたに、セフィロスは彼女の手が届かない位置にワインボトルを移す。 空になった自分のグラスに、そのワインを少し入れて飲んでみたら、思ったより強くて少し咽そうになった。 だが、今日のつまみには合うので、が盃を重ねてしまうのは理解できる。 そのまま飲み続ければ酔いつぶれそうだが、新たにビール瓶を開けても全ては飲みきれない。 少し物足りない気がしたが、セフィロスも水に切り替える事にして、一先ず空腹を癒やすことを優先した。 その夜、無事望みを叶えたセフィロスは、久々に満ち足りた気持ちで眠る事ができた。 来週はどうなるか分からないが、その翌週からは約2週間の春期休暇になる。 既にからミディールの温泉に行きたいと希望を受けているし、宿の手配は済んでいるので気楽なものだ。 翌朝、まだ顎がダルい気がすると言って口周りに回復魔法をかけているを横目に、セフィロスは上機嫌でキャンプを撤収した。 村までの徒歩半日の道は、召喚獣に頼めば8割は短縮できるが、そうするとまだ村に子供達がいる時間に到着してしまう。 適度に休憩をとり、時間があるなら途中の沢で少し釣りを楽しめば、ちょうど夕方前に村へ着くだろう。 「、もし途中で疲れたら、召喚獣を呼ぶが、いいな?時間は休憩で調整する」 「……はい。わかりました。とりあえず、歩けるだけ歩きましょう」 貴方がいつもより噛んでくださったおかげで、歩き始める前から内腿が痛いですけどね……。 内心呟いて呆れた目を向けそうになっただったが、口にしたら確認すると言って脱がされそうな気がしたので、大人しく頷くだけにした。 いつも内腿は一つか二つ跡をつけられる程度だが、今日はちょっと引くくらい彼の歯形だらけだ。 それもこれも、見えない所だから跡を消さないでおくなんて言ったの自業自得なので、今更文句を言うのも気が引ける。 村長宅に帰ったら、薄めの歯形だけ、こっそり治してしまおうと考えると、は差し出されたセフィロスの手を取って帰路についた。 しかし、結局、とセフィロスは、すぐにシヴァを呼んで氷の馬車にのせてもらうことになった。 テントと敷物があったとはいえ、木の根で凹凸だらけの地面に寝袋で眠ったせいで、歩くにつれ体が痛くなってきたからである。 「次にああいう地形で野営するときは、レビテトをかけながら寝ましょうか」 「賛成だが、俺は寝ている間も魔法を使い続けるような器用な真似はできない」 「では練習しましょうか。出来るまでは、私が魔法をかけてあげますね」 「頼んだ」 肩を回して背中の筋肉を解しながら話す2人に、シヴァは足を組みなおして呆れた視線を向ける。 ゆっくりと森を走る氷の馬車は、斜面を削るように作られた細い道に、時折車輪を落としそうになる。 だが、馬車の持ち主であるシヴァがすぐに氷で足場を作って脱輪を防ぐので、時折不意に揺れる以外は快適だった。 「布を敷いた程度で終わらせようなどと横着するからそうなるのであろう?平らでない地面ならば、氷で均し、上に雪を被せれば柔らかな寝所になるではないか」 「シヴァ、それは、お前以外は凍死する」 「いや、、お前の耐性の高さなら、一晩くらいは大丈夫だろう。一昨日作った氷のテントの土台は悪くなかった」 「小僧、話が分かるようになったではないか。のうよ、雪の寝床、今度試してみるが良い。あれは涼しくて、快適だ」 「シヴァ、セフィロス、落ち着いて考えてほしい。耐性で凍死を乗り切れても、体温で雪が解けるから起きる頃にはびしょ濡れになっている」 「……言われてみれば、その通りだったな。風邪をひくかもしれん。、やっぱりその案はダメだ」 「惰弱な肉体じゃのう」 「人間仕様だからな」 「人間らしいのは、見た目だけだがな」 言って、小さく笑ったセフィロスは水を飲もうとボトルを出し、凍り付いた中身に気づいて小さくため息をつく。 苦笑いして氷を溶かしてくれるの隣では、シヴァがどこ吹く風で小さな氷を口に含み、飴玉のように口内で転がしていた。 シヴァには石切り場まで送ってもらい、近くの川で少し釣りして時間を潰してから村へ帰る事にした。 釣れる魚は多かったが、どれもこれも山奥の川より小さい。 命の気配があふれる森に、少しだけ安心した様子のセフィロスに対し、は逆に警戒していた。 無意識に気配を餞別している自分に気づき、やれやれと内心頭を振りながら、不意の何かに備えたがる自分を宥めた。 微かに聞こえたヘリの音に、村の方へ視線をやったが、生い茂る木々に遮られて何も確認できない。 ルーファウスはガイに虫を回収させると言っていた。 回収した虫は神羅か研究施設に運ばれるので、移動時間と距離を考えて、ヘリを使って回収しにきたのだろう。 今戻ると騒がしそうだが、セフィロスはまだ1時間は釣りをすると思うので、2人が村に到着する頃には落ち着いているだろう。 そんな事を、欠伸をしながらのんびり考えていると、セフィロスが勢いよく引き上げた魚が、の顔面に直撃した。 |
||
森の主にも逃げられる 2024.07.23 Rika |
||
| 次話 ・ 前話 ・ 小説目次 | ||