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昨夜の雨で木々が濡れていた事もあり、予定している地点までの道はイフリートの火球で開くことにした。 若干睡眠不足なは、イフリートの肩に乗せてもらって眠り、元凶のセフィロスは後ろから燃えた跡を凍らせながらついて歩く。 移動速度の点からいつも呼ばれるバハムートに対し、密かに嫉妬していたらしいイフリートは、空回りする休日の父親のように調子に乗っていた。 しかし、セフィロスが知る限りでも、これまでがイフリートを呼んだ回数は片手で数えて足りる程度だ。 燃え盛る炎で正直ちょっと視界がウザったいが、可哀想なので、今回だけは調子に乗らせてやる事にした。 Illusion sand ある未来の物語 115 イフリートが張り切ってくれたおかげで、4時間ほどかかるはずの地点へは3時間ほどで到着出来た。 己の頑張りを得意げにアピールするイフリートと、それを愛想笑いしながら聞き流しているを横目に、セフィロスはテントを出して今日の寝床を作る。 古い森は程よい間隔に大きな木が聳え、その枝葉で日が差し込まないお陰か低木や雑草が殆どない。 代わりに、地面はあちこちから伸びる木の根と、その合間に生える柔らかな苔で覆われていた。 鳥の声さえまばらな森に耳を澄ませば、微かに水が流れる音がする。 は、10分ほど歩けば水場があると言っていたが、そこが釣りを出来るだけの川なのかは分からない。 けれど、セフィロスは早くもこの静かな森が気に入った。 釣りのために多少歩く事になっても良いと思えるくらいには。 ちらりと様子を見れば、イフリートは未だ自慢しているし、も聞いているふりをしたままだ。 テントも休憩スペースのタープもたて終えたセフィロスは、テーブルを出すと今日使う器具を出し、自分の珈琲を入れながら昼食の準備を始めた。 その後、食事が出来上がったタイミングでイフリートは帰り、少し疲れた顔のと昼食をとったセフィロスは、トイレと浴室を作るという彼女を残し釣りに向かう。 釣りができる大きさの川でなければ、森を散策して戻ってくるという彼に、はちょっとだけ迷子の予感がしながら見送った。 彼の姿が見えているうちから、はテントから少し離れた場所に浴室を作り、更に少し離れた場所で木の根が少ない所を探してトイレを作る。 テントに戻ってくると、既にセフィロスの姿は森の向こうに見えなくなっていたが、魔力で凡その位置は把握できるので問題なかった。 セフィロスの椅子の隣に自分の椅子を出してからテントの中を見ると、昨夜使っていた寝袋と共に予備の毛布が何枚も出してある。 テントの下は木の根と地面で凸凹しているので、簡易ベッドを使うとグラつくからと諦めたのだろう。 ひとまず寝床の準備は夜にして、はテントを出た。 念のためテントの周りに虫と獣除けの薬を撒き、仕上げに自分の魔力を辺りに漂わせると、潜んでいた小さな生き物たちが一斉に逃げていく音がする。 その効果に、よしよしと頷いてもう一度キャンプを確認したは、水場の周りをフラフラ迷っているセフィロスの魔力に向かって歩き出した。 が追いつく頃には、彼は既に川に到着し、岩に腰を下ろして釣り糸を垂らし始めていた。 道中で竿にする枝は確保したが、餌になる虫は手に入らなかったため、彼は手持ちの疑似餌を使っているようだ。 今はまだ、食いついてくれるか試しているのだろう。 「お待たせしました。釣れそうですか?」 「魚影は多い。時間をかければ、期待はできそうだ」 「おや。それはよかったですね」 「ああ。、俺が釣りをしている間、お前はどうする?」 「特には考えていません。テントの方は虫よけと獣除けをしてきたので、匂いが薄れるまでは戻らないつもりですけれどね」 「そうか。東に少し強い魔物がいるが、行かなくていいのか?」 「うーん……考えてはみたのですが、襲ってくる気配はないようですから、そっとしておきます」 「わかった」 セフィロスが言う魔物の存在はも察知しており、おそらく、この古い森の主だろうと予想していた。 この森に足を踏み入れると同時に、その主は動き回るのをやめてじっとしているが、おそらくこちらから近づかなければ姿を現すことはないだろう。 とセフィロスは明日の昼にはこの森を出て村に向かう予定なので、大きく刺激しなければ襲ってくることもないはずだ。 セフィロスの斜め後ろに折り畳み椅子を出して腰を下ろしたは、携帯のアラームをセットすると、本を出して中身をパラパラと読み始める。 それとほぼ同時に竿が引いたセフィロスは、期待した顔で慎重に釣り糸を手繰り寄せた。 疑似餌に騙されて針にかかっていたのは、どの地方でもよく見る食用の魚だった。 けれど、人里遠い山の中に住んでいるだけあり、その大きさは通常みられるものより5割は大きい。 釣って楽しいまでは良いが、これは2匹も釣れれば2人で食べるに十分すぎる大きさだった。 「おや、この魚……他の所で釣るのよりも、大きくありませんか?」 「ああ。ここは、外敵が少ないんだろう」 「なるほど。ですが、大きすぎて……釣りすぎには注意が必要そうですね」 「アーサーへの土産は、3匹か4匹が限度だろうな」 「そうですね。全員高齢者ですから、多くは食べませんし」 「今夜の分を入れたとしても、釣って9匹くらいだろうな」 「……3食魚ですか?しかも下手をすると、私は明日の夕食まで魚になりますよ?」 「言われてみればそうだな。わかった。多くても7匹釣れたら戻すようにしよう」 「そうしてください」 「ああ」 宿舎の学生たちの土産にするという発想を持っていない様子のセフィロスに、は小さく苦笑いを零す。 下手に美味い魚を食わせて、釣りに興味を持たれたくないからだろうとは想像できるが、狭い村の中で魚の評判を知られるのは時間の問題な気がする。 たとえ学生たちが山の釣りをしなくても、道が直されたと知った村人の何人かは、釣りのために山へ入るようになるだろう。 数か月後には遭難事故が起きそうな予感がするだったが、おそらくその頃には自分達は実地学習を終えてこの村を去っている。 アーサーと村長には念入りに注意をしておこうと考えると、は再び竿が引いて喜ぶセフィロスを視界の端で見てから、本の上に視線を戻した。 その後、竿は何度も引いていたが、セフィロスが求める大きさにないものが多く、6匹ほど釣ったところで終わりになった。 2時間半程の成果としては十分な量だろう。 クーラーボックスに水を入れ、魚は生きたまま持って行く事にすると、2人は手早く片づけを済ませてテントの方へ戻る。 開けていた川から森に入ると、数分も歩かないうちに視界が暗くなったが、巨木が並び低木や雑草もないおかげで閉塞感はなかった。 緩やかな起伏と大きな木の根を越えながら進んでいくと、視界の端により濃い影を見つける。 煙のような朧な体をしながら、ズルズルと引きずるような音を立てるそれは、一見すると煙でできた芋虫のようだった。 妖魔系の魔物のように実体を持たない種類の魔物は、遠くで動かない森の主に似た気配をしていた。 とセフィロスが視線を向けた瞬間、魔物はビクリと震えて動く速さを増したが、元の移動速度が遅いので早足が駆け足になった程度の違いしかない。 村長から様子を見てくるよう頼まれた魔物とは違うし、この山奥から出てこないのなら村にとって脅威ではない。 「セフィロス、どうしますか?私は、逃げているなら追う必要はないと思っていますが」 「俺も同じだ。かかってきたら対処すればいい。」 足を止めないまま顔を見合わせた2人だったが、すぐに結論が出たのでそのまま魔物の後ろを通り過ぎようと進んでいく。 3mほどの距離まで接近したところで、何か仕掛けられたような感覚がして足を止めると、魔物はまた大きく体を揺らし、先ほどより少しだけ早く動く。 「、この魔物からステータス異常を仕掛けられていないか?」 「ええ。毒と、暗闇、眠り、麻痺、徐々に石化、スロウ……おや、この世界では珍しい老化もですね。他にもまだありそうです。この魔物の意思に関係なく、近づくとかかるのでしょう」 「攻撃力と防御力も少し下げられた。普通の人間には、かなり厄介だろうな」 「……おや、食らってしまったのですか?」 「一瞬だけだ。すぐに弾いた」 「そうですか」 一瞬とはいえ食らってしまうとは、油断していたのか、元の耐性の強化を忘れていたのか、それともこの魔物の影響力が強すぎるのか。 考えたところで、どの答えでも大きな問題ではないので、はすぐにそれについて考えるのをやめる。 代わりに、この魔物について、アーサーと村長に確認する必要があるかもしれないと考えた。 人里を襲ったわけではないので、WROが動いてくることはないだろうが、色々な魔物を見てきたセフィロスも首を傾げる魔物だ。 魔物の調査研究の人間くらいは来るだろう。 試しにライブラをかけてみると、『正体不明(幼体)』という結果と共に、結構な高さのレベルやHPとMPの情報、それに弱点が聖属性と出てくる。 一応地を這って動いているが肉体はなさそうだし、物理攻撃が効くように見えない。 ならホーリーで簡単に倒せるが、聖属性魔法が無いこの世界の人間が倒すのは少し難しいのではと考えた。 因みに、セフィロスもが生まれた世界のホーリーは使えるが、次元の狭間では上手に出せるのに、何故かこの世界ではやたらと威力が弱いホーリーしか出なかった。 そんなセフィロスのホーリーでも、多分この魔物は倒せるだろう。 魔法で倒すしかなさそうだが、弱点属性が使えないまま戦うなら、普通の人間には厳しいくらいHPがある。 MPと魔法耐性が比例していた場合、ステータス異常まで仕掛けられた上では、倒すのはかなり難しい気がした。 「山奥で静かにしているなら、大丈夫でしょうか……」 「念のため、村長に注意だけはしておいてやるといい。俺達を見て逃げるくらいだ。それに、この移動速度なら、わざわざ村に来ることはないだろう」 「そうですね。では、テントに戻りましょうか」 「ああ」 とセフィロスはのんびり話しているのに、魔物は未だ50mほどしか逃げられていない。 木の根や地面の起伏があるとはいえ、あんまりな移動速度に、若干同情した視線を向けると、2人は気をとりなおして足を進めた。 曇天のせいもあって、森の中は既に夕方のように暗い。 時間は少し早めだが良いだろうと話して、2人はランタンに灯りをつけると夕食の準備を始めた。 「昨夜から、適当に作ったものばかりでしたからね。今日くらいはきちんとしたものを作って食べましょう」 「ああ。久しぶりに、自分の好みだけを考えたものが食べたい」 「切実ですね。お疲れ様です」 「いや……悪かった。お前に食べたいものがあるなら、それでも俺はかまわない」 「ありがとうございます。ですが、私は特にそういったものはありませんので、貴方の今の気分に合わせて作りましょう」 「ああ。悪いな」 そう言いつつ、自分が飲みたいワインは出しているに、セフィロスは小さく笑みを零した。 先ほど釣った魚を食べるのは確定だが、それ以外にもワインに合うものがほしい。 キャンプ用のコンロで作れる料理となると限られてくるが、酒との相性も考えてアヒージョを作る事にした。 既に生ハムやチーズを出し、酒のつまみを作っているの向かいに立つと、セフィロスは必要な食材を出して調理を始める。 「、これだけ木の根がある場所で焚き火をするのは危険だと思うが、お前が旅をしていた時はどうやっていた?」 「根が少ない所を探すか、少し土を盛って焚き火をしていましたが、それが叶わない時は不要な盾を使うという手があります」 「盾?」 「ええ。大きな金属製の盾をひっくり返して、その上で火を焚くんです。フレイムシールド等の、炎を吸収する盾だと更に安心して使えますね。今では地面をブリザドで凍らせれば、心配せずに焚き火出来ますので、盾を使っての焚き火は随分とやっていません」 「そうだな。、今後の参考のために、今日はその盾をつかった焚き火を見せてもらえるか?」 「ええ。では、あとで魚を焼くときに」 ニコニコ笑いながら答えて、はグラスに入れたワインを一口飲む。 いつもは焚き火の傍に串刺しにした魚を差して焼いていたが、盾での焚き火では魚はどう焼くのだろう。 そう考えていたセフィロスは、視線を手元の包丁に戻して数秒してから、ハッと顔を上げてと彼女の手元に置かれたグラスを見た。 「、もう飲んでいるのか?」 「うふふ……ええ、つい」 「……久しぶりの酒だろう?夜までもつのか?」 「少しだけですよ。ご心配なく」 「わかった。だが、風呂の前に酔わないように気を付けろ」 「今は、このグラスの1杯だけですから、大丈夫です」 「なら、もしお前が風呂前に酔っていた時は、俺がお前の体を洗ってやろう」 「……夕食まで我慢します」 セフィロスに風呂に入れられると言われた瞬間、は緩んでいた表情をスッと戻すと、グラスをテーブルの端に寄せる。 相変わらず、風呂に関してだけは分かりやすい反応をするに、セフィロスは軽く噴き出すと、端に置かれてしまったグラスを彼女の手元に引き戻す。 「遠慮するな、。お前も、何も考えず俺に甘えみたらどうだ?昔お前が俺にしてくれたように、耳介の隅から足の爪の隙間まで丁寧に綺麗にしてやる」 「お気持ちだけいただきますね。ですが、戦闘の疲労で世話をするのと、泥酔して世話をかけるのは違いますので、遠慮します」 「そうか……なら、その時を楽しみにしておこう」 「…………」 妖しく笑うセフィロスと絶対に視線を合わせないようにしながら、は無言で生ハムを削ぐ。 村長婦人から分けてもらったサラダ用の野菜を皿に載せ、先に切っていたチーズと一緒に生ハムをちりばめた。 続いてバゲットを取り出して切り始めたのだが、何やら視界の端にちらちらと、白とも黒ともつかない物が入り込む。 またさっきの妖魔系の魔物だろうか。いやしかし、ならば近づいてこないはずだし、この気配は覚えがある。 「ん?」 覚えがある気配とはどういう事か。 ハッとして振り向いたは、テーブルの端にいるぼんやりとした影をようやく視界に収めた。 一瞬白く揺らめいたと錯覚したが、それはその影が動いている影響にすぎず、しっかりと目をむければそれが懐かしい黒髪の仔犬青年だったとわかる。 「ザックス!?何故出てきた!?」 「何?」 『それどころじゃないってーの!セフィロス!うしろ!うしろ!!』 かれこれ10年近く顔を見ていなかった旧友に驚くのも束の間。 の声にセフィロスも驚いて顔を上げたが、当のザックスは挨拶など不要と言わんばかりに、セフィロスの後ろを指さしている。 彼が化けて出て知らせるほどの事とは、一体なにか。 考えながらも、反射的に差された方向へ目をやったとセフィロスは、何の変哲もない森をじっと見る。 けれど、真っ先に思い浮かんだ魔物の気配は無く、それに次ぐような危機もない。 よもや自分達には察知できない何かだろうかと、セフィロスは瞬時に武器を出し、も防御と補助の魔法を備えた。 『そこじゃないって!上!木の上の方!幹にしがみついてるだろ!』 一体何が……? よもや視覚出来ないタイプの透明な魔物か。 先ほど妖魔系と思しき未知の魔物に遭遇したので、そんな魔物がいてもおかしくはない。 言われるまま視線を上げて巨木の幹を見たが、どれだけ探っても魔物の気配は感じられない。 姿が見えず、気配も感じられないとなると、苦戦は必至。 同時に、自分に察知できない敵がセフィロスの背後に迫っていたという事に、は僅かに焦燥を感じ、そして即座にそれを抑えて倒し方を考える。 まずはどの程度の敵か調べなくては。 癖になった油断と余裕は、久々の実力不明の敵を前にすると、嘘のように消え去る。 まずは反撃にそなえこちらのステータスを底上げしなくては、と、補助魔法を発動しようとしたところで、突如セフィロスが武器を捨てて木の上に跳び上がった。 「セフィロス!?」 彼には敵が分かったのかと純粋に驚き、しかし武器を捨てて跳んだことに、は困惑する。 高い場所の枝に跳び、幹についた何かを獲ったセフィロスは、そのまますぐに地上に降りてきた。 『よし!さすがセフィロス!』 「ザックス、まさか、お前が言っていたのはこれだったのか……?」 「セフィロス、ザックス……え……何ですか、その巨大な虫は?」 『「アレクサンダーオオカブトを知らないのか!?」』 知るか。虫なんぞ。 男二人から驚愕されるも、は冷めた目を向けながら内心そう吐き捨てた。 辞書のような大きさの白っぽいカブトムシをキラキラした目で見ているザックスと、デカい虫を両手で掴みながら横や上と色々な角度から見るセフィロス。 何だかセフィロスの目もちょっと輝いているが、手にしているのが大きな虫という時点で、はあまり微笑ましい気持ちになれない。 ザックスは、こんな虫のためにわざわざ化けて出てきたのだろうか。 驚きと呆れが混じる目でザックスを見ただったが、よく見るとセフィロスを挟んだ反対隣に、腕を組んで感心した様子のアンジールが見えた。 「……セフィロス、右に、元同僚の方も来てますよ」 「アンジール……見ろ、本物だ」 『凄いな。本当に角の先がマテリア化している』 『アンジール、セフィロス、見て見ろよ!腹と羽の縁のとこ、本当にきれいな模様が入ってる!』 化けて出てこられている事を脇に置いておいても語りたいほど、このデカいカブトムシに魅力があるという事だろうか。 全く理解できないと思いながら、は無言で調理を続ける。 とりあえず、持ったまま近づいてこないなら、好きなだけ楽しめばいい。 弱ってしまわないうちに、木の上に帰してあげてくれればいいが……。 いや、このはしゃぎよう。村に持って帰るなんて言いそうな、嫌な予感がする。 今、セフィロスとは一緒に住んでいないし、男ばかりの宿舎なら、持って帰ってもザックスたちのように好反応をくれる可能性もある。 大きくて強そうな虫が好きなのは、どの世界の男も共通なのだろうかと思いながら、は3人の写真をとってルーファウスに送る。 サイド2人の幽霊はうすぼんやりしているし、セフィロスの手にいるカブトムシは殆ど腹側しか写っていないが、状況が分かれば十分だろうと撮り直しはしなかった。 【セフィロスが、山でアレクサンダーオオカブトとかいう巨大な虫を捕まえて喜んでいます。有名なのでしょうか?】 メッセージが届くには時間がかかりそうだが、電話の電波は数十年前まで飛空艇の通信で使われていたものが転用されているので、こんな山奥ても通信可能だ。 明日村に帰る頃に届くか、返事が来れば良いほうかな……と思いながら、は携帯を仕舞うと、自分の仕事を再開する。 バゲットを切り終え、セフィロスが放置している料理の続きをしているが、男衆は勝手に盛り上がっていてこちらの様子に気づいていないようだ。 スパイスとハーブはセフィロスがその時の気分で入れるので、は大蒜の微塵切りと油だけを鍋に入れて準備を終えた。 後はセフィロスが見たいと言っていた盾を使った焚き火だが、彼が持つ巨大な虫には近づきたくないし、虫の傍で火を熾して逃げられたら怒られそうだ。 ならば暫くやることはないので、はテーブルの端に放置していたワインを手に持ちながら携帯を開く。 見れば、つい数分前にルーファウスから返事が届いていた。 【アレクサンダーオオカブトは、幻のカブトムシだ。昔、ミッドガルの博物館に世界に1体だけの標本が展示されていたが、メテオにより無くなってしまった。生きたアレクサンダーオオカブトが発見され、さらに捕獲できたのなら世界的な事件だ。もし可能なら、研究者用にもう1体捕獲し、譲ってもらいたい。すぐにガイを村へ向かわせる】 こんなデカい虫をもう1匹連れて歩くのは嫌だ。 つい顔を顰めてしまっただが、セフィロスたちが興奮している理由は理解できた。 ルーファウスまで幽霊2人を無視するくらい興奮しているのもわかった。 面倒なことになりそうなのもわかったし、この後セフィロスとザックスにもう1匹探してもらった方が良さそうな事もわかった。 よしよし、よく理解できたぞ、と投げやりに納得すると、はグラスの中身を一気に飲み干した。 もはやセフィロスは虫に夢中で、の方など見向きもしない。 多分このままワインを1本あけても、エスナで酔いを醒ましてしまえばバレないだろう。 ならば彼が気づくまで、勝手に楽しく飲んでいようと決めて、はグラスにワインを注ぎ、先ほど作ったおつまみに箸を伸ばした。 暫くすると、ザックスとアンジールは満足したようで帰っていき、落ち着いたセフィロスが戻ってこようとする。 ワインは既にボトル半分まで減り、の頬は赤くなっているのだが、それまでセフィロスが彼女の様子に気づく気配はなかった。 「待ってください。セフィロス、それを持ったままこっちに来ないでください」 「?……ああ、そうだな。、飲んでいたのか?……まあいい。ところで、これは村に持って行く。何か、虫籠の代わりになるものはないか?」 「流石にその大きさは難しいですね。クーラーボックスの余りはないんですか?」 「丁度いいのは魚で使っている。……いや、思いついた。昔、沖に釣りに行ったとき、漁師から少し網を買っていたな。それに包む」 「それで上手くいくかは知りませんが、頑張ってください。それと、ルーファウスにその虫について聞いたのですが、できれば研究用にもう1匹捕まえてほしいそうですよ」 「そう簡単に見つかる虫なら騒ぎはしない。こいつは村にやって、対処は村長に投げるつもりだったが、そういう事なら、ルーファウスと村長で取り引きするよう伝えておけ。念のため、もう1体探してはやるが、期待しないように言っておけ」 「いえ、3本向こうの木の上の方に1匹いるのが見えてるので、捕まえてきてください」 「何!?」 暗い森の中、白い体はよく目立つ。 探し物の姿さえ知っているなら、にとって見つけるのは難しい事ではなかった。 仄暗い木漏れ日に混じって木にへばりついているアレクサンダーオオカブトを指さして教えたに、セフィロスは驚いて振り向くと、持っていた方のカブトムシを慌てて出した網に包み、2体目の捕獲に向かう。 先に捕まえた1匹を預けられなくて良かったと思いながら、今の時間を確認したは、先ほどルーファウスに送った写真を添付してアーサーにメールを送った。 次いで、即行で2体目を捕獲したセフィロスの姿を写真にとり、ルーファウスへ報告と連絡のメールを送る。 古い山道を整備して来たので村までは半日ほど歩く距離だが、直線距離ならその半分で済む。 しかし、バハムートやフェニックスを使って移動したら、村人の許容範囲を超えているのは間違いない。 村人を驚かせず、最速で村へ戻るなら、やはりオーディンに頼んで村の近くまで乗せてもらうのが一番いいだろう。 「セフィロス、村の方へは私から連絡しておきますね」 「……ああ。ところで、悪いが両手が塞がっている。テントを開けてもらえるか」 「何か必要なものが?言って下されば、とってきますよ?」 「いや、こいつ等を中に入れておく。そこら辺に置いておいたら、間違って踏んで殺しそうだ」 「……は?」 中に……入れる? まさか、その虫を?と、は険しい顔で彼の手にある二つの網を睨み、次いでセフィロスに不審げな目を向ける。 目を丸くする彼に、そんな顔をしたいのはこちらだと内心呟くと、はそれ以上セフィロスと虫が自分にもテントにも近づかないよう、掌を向けて制した。 「その虫を寝床に入れるというなら、嫌です」 「気持ちはわかるが、外においていたら、朝には逃げられているかもしれない」 「今からオーディンを呼びます。スレイプニルに乗せてもらって、村の近くまで送ってもらってください。その間に、私はアーサーへ話をしておきます。村長宅に行って、虫を預けたら、またオーディンに乗せてもらって帰ってきてください。今から行けば、夜の10時頃には戻って来られるでしょう」 「だが……」 「それ以上その虫をもって私に近づいたら、貴方の腕ごと虫を消し炭にしますよ」 「…………」 本気の目で言うに、セフィロスはそこまで嫌なのかと驚きながら、大人しく1歩下がる。 十分距離を取った彼に小さく頷いたは、すぐにオーディンを召喚してセフィロスの送迎を頼んだ。 有無を言わさず追い立てられて、セフィロスは不満げな顔をしながら時計を確認し、凡その時間を計る。 「、今から村まで往復すれば、戻ってくるのは夜の9時を過ぎる」 「帰りは虫がいないのですから、飛ばしてもらえばもっと早く着くはずですよ」 「だが、お前と二人でいる時間が減る事に変わりはない。カブトムシは網に入れている。そう嫌がるほどでもないはずだ」 「残念ながら、嫌がるほどです。どうしてもその虫と同じテントで夜を明かすと言うなら、私は別の場所で寝ます」 「……お前は、何でも平気そうだと思っていたが、苦手なものがあったのか……」 「愛玩動物のように寝床に入れたいとは思わないだけです」 「……わかった。出来るだけ早く戻る」 「はい。いってらっしゃい」 頑として譲らない雰囲気のに、セフィロスは両手の網に入った大きなカブトムシへ目をやり、改めて見るその大きさに納得して諦める。 確かに、網に入れて自由を奪っているとはいえ、この大きさの虫がカサカサ動く場所で寝るのは難しいだろう。 無理を押し通したとしても、待っているのは殺伐とした空気だけで、甘い雰囲気や艶やかな時間などまずない。 村に虫を届けて戻ってくる頃には、の機嫌も直っているだろう。 胸にモヤつきがあっても、彼女なら引きずらずに切り替えてくれると知っているので、セフィロスは特に心配せず、スレイプニルに跨がった。 両手が虫入りの網で塞がっているので、手綱を握るのはオーディンだ。 既に何度も世話になっている時のように、セフィロスはオーディンの背中から腹に手を回してしがみつく。 腿の横でカサカサ動く虫の脚に、オーディンは一瞬嫌そうに目を細めたが、すぐにそれを魔法で保護すると、スレイプニルの腹を蹴った。 馬というより競技用のバイクのような速さで去っていったスレイプニルを見送ると、はすぐに携帯を開く。 ルーファウスには、2枚目の写真を送った際、今日中に虫を村長に預けると伝えたので、その返事が来ていた。 次いで、アーサーからのメールを開いたが、書かれていたのは虫やガイの事ではなかった。 【件名:Re:珍しい虫を見つけたので頼みがある 虫よりも、セフィロスさんの両隣に写った白い人影の方が気になります。 憑りつかれてませんか?】 「そうだな。アーサー、お前は正しい。普通は虫よりそこが気になるはずなんだ」 いくら珍しい虫だからといって、ザックスとアンジールの心霊写真を完全にスルーするルーファウスの反応はおかしいのだ。 普通の反応を返してくれて良かったと思いながら、はとりあえずモヤは木漏れ日がそう見えただけで心配ないと返して、再度村長への連絡を頼む。 同時に、数時間後にセフィロスが虫を届けるので、その受け取りをお願いしておいた。 次いで、ルーファウスには、1枚目に移りこんだ2体の死霊について、何故言及しないのかと尋ねてみる。 もしかして、ルーファウスは目が悪くなったのだろうか。あと数年で年齢が3桁になるのだし、あり得るかもしれない。 そう考えていると、早速ルーファウスからの返信が来たが、セフィロスが余裕の顔をしているので心配する必要を感じないという、納得できる返事だった。 同時に、以後の虫に関するやり取りは直接村長と行うという事と、2匹目捕獲の礼が書かれていた。 自分の仕事はここまでだな、と考えると、は携帯をしまって椅子に掛け、ワインの続きを楽しむ。 バハムートに乗っていくならまだしも、高速とはいえスレイプニルで村までの往復となると、3~4時間はかかるかもしれない。 スレイプニルは、急ぐ時や長距離ならば空を駆けるので、あまり速いという意識はなかった。 まさか、地上を急げと言ったときの速度があれほどとは……。 セフィロスに悪い事をしてしまっただろうかと、少しだけ罪悪感をおぼえたが、テントの中に虫を入れられるのは嫌だったので後悔はない。 セフィロスが帰ってくるまで、は一人暇を持て余し、結果一人で飲みながら待つ事になるだろう。 ならば今のうちにゆっくり汗を洗い流してしまおうと、はタオルと着替えを手に浴室へ向かった。 やはり浴槽が欲しいと思いながら、いつもよりゆっくりと入浴を済ませたは、木漏れ日も僅かな西日も見送って、夜の闇に落ちた森の中ランタンの灯りを眺めていた。 テーブルには空になったワインボトルが1本。今手を付けているボトルは、半分しか残っていない。 少し飲みすぎていると自覚しながら、つまみに持ち込んだ生ハムのブロックをナイフで削った。 静かな森は、月明かりも星の光も届かず、虫の声すら聞こえない。 ともすれば、沈黙と闇に怯えそうな場所だが、時を置き去りにするような静けさがには少しだけ懐かしくもあった。 静かで、良い場所だと思う。 けれど、幻と呼ばれる虫が見つかったこの森の静けさは、そう長く続かないのだろう。 森に悪い事をしてしまっただろうか、と考えて、けれど森の闇の更に奥にある魔物の気配に、杞憂になるかもしれないとも思う。 この森に足を踏み入れるなら、昼間とセフィロスが遭遇した黒靄の魔物に出迎えられるだろう。 セフィロスが鍛えたステータス異常への耐性を越えて影響を与えてくるのだ。 並の人間では逃げる間もなく餌食になるだろう。 その魔物のことは、虫について連絡した時、ルーファウスにもアーサーにも伝えている。 けれど、それも含めて調査はされるだろうし、多少の犠牲はでるだろうなとは考えた。 せっかく見つけた静かな場所だが、次にいつ訪れられるかは分からない。 あの虫で注目が集まってから落ち着くまで、それなりに時間はかかるだろうし、その頃には実地学習を終えてこの土地を去っているだろう。 もう少し森の奥まで進めば、今日のように静かに過ごせるのかもしれないが、それでは黒靄の魔物やこの森の主らしい魔物を刺激しすぎる。 まかり間違って村の近くに出てこられたりしては、アーサーに申し訳が立たないので、やはり今いる位置が影響なく過ごせる最奥のラインだろう。 村から続く道は、この森の入り口まで繋がっている。 そこからこのキャンプ地まで、30分程あるいた距離があった。 後から虫の調査にくる人間が、その30分の距離を超えるのは容易ではないだろうが、平然と進んでいく自分たちの姿を知られれば間違いなく同行や護衛を求められる。 ならば最初から近づかないのが吉だろう。 村に来た時に感じた、歩いて五日の距離にある魔物の気配。 魔物と言うか、随分昔にミディールで痛い目に合わされた化け物に似た気配だ。 それは、この森からは3日半ほどの距離にある、絶壁の上の高地に広がる大森林の中にいた。 古の森と呼ばれるそこは、長く人を寄せ付けず閉ざされていたため、独自の生態系をもっているという。 そこで眠る化け物は、いつかのための、星の隠し玉なのだろう。 そちらも、下手に刺激して星から過剰反応されると厄介。 やはり今日のキャンプ地よりも奥には近づかないのが吉だ。 グラスの残りを飲み干したは、底に薄く残るワインを見て、まだ飲むかどうか、少しだけ考える。 ちらりと時計に視線をやると、時刻は午後8時を回っていた。 セフィロスが森を出たのは夕方の4時から5時頃。今はおそらく村から戻っている最中だろう。 彼が帰ってくるまで飲み続ければ、昨日の彼のように先にベッドで休むことになりそうだ。 それはさすがにセフィロスが可愛そうだな……と、グラスを遠ざけたは、小さく息を吐くと背もたれに身を預ける。 さて、あれはどうしようかと眺める視線の先には、木の枝からこちらをじっと見つめる黒靄の魔物たちの姿があった。 |
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特に虫嫌いじゃなくてもドン引くレベルのカブトムシ参上。 そして退場。 2024.07.17 Rika |
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