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をアーサーの家へ送り届けたセフィロスは、宿舎に近づくに順って耳に届く老人たちの声に内心で首を傾げる。
日が暮れているのに、老人同士の集まりでもあるのだろうか。
そう思いながら目をやると、宿舎の玄関前で並んで正座させられている学生達と、箒や棒きれ片手に彼らを叱責している近所の老人たちが見えた。
面倒な騒ぎは御免だと思いながら近づけば、老人たちの傍に立ち、彼らに頭を下げているバートの姿が見える。

暫く時間を置いてから帰ろうかと思いながら正座している面子を確認すると、先ほどセフィロスに脅されて色々垂れ流した学生達だった。
服は着替えているようなので、一応後始末はしているのだろう。

やはり何処かで時間を潰して帰ろうか。そう思って踵を返そうとしたが、温暖な気候だからか、冬を越えて生き残った蚊がまとわりついてきて、仕方なく宿舎に足を向けなおした。

「いいか!二度とあの化け物夫婦にちょっかいかけるんじゃないぞ!」
「もしまたあの2人を怒らせてみろ!村が滅ぼされる前に、ワシらがお前ら全員の首を落としてやるからな!」

聞こえてきた老人の声で、セフィロスは大体の事を理解した。
さすが長い危機を耐え忍び生き延びた村だけあり、取捨選択の判断と決断の早さは迅速だ。
正直、学生たちの首を差し出されても、面倒なだけで迷惑だが、村人がこちらと敵対する気が無いとはっきり聞けたのは良かった。

正座している学生の方はどうでもいいが、老人たちに謝るバードまで放置するのは賢明とは思えない。
それに、夕食を放置して集まっているご近所の老人たちまでそのままにしては、ご家族が様子を見に来て騒ぎが大きくなりそうだ。
とっとと解散させようと決めると、セフィロスは顔の前を横切ってくる蚊を払い、大きなため息をついた。



Illusion sand ある未来の物語 114



その週末の夜、現場から帰るなり汗を洗い流したは、アーサーから釣りの道具を受け取ると、村長宅を出た。
村の堀にかかる橋の一つへ向かうが、セフィロスはまだ来ていない。
少し早かっただろうかと彼がいる宿舎の方へ目を向けると、宿舎と橋の中間あたりを歩く彼の姿を見つけた。

山の空には少し雲があるので、セフィロスはと同じく既に雨用の上着を着ている。
山中で雨が降った時のために、アーサーは山小屋の場所を教えてくれたが、何十年も使っていないらしいので森に呑まれて跡地も見つかるか不明だ。
日曜夜の帰宅までは、どんな天候だろうと魔法で凌ぐか、ダメなら次元の狭間で過ごすつもりでいる。
魔法で荒天を凌ぐ方法に、アーサーが興味深そうにしていたので少し困ったが……。

村長からは、山を使わせてもらう対価に、気が向いた時、山奥の魔物の様子を見てきてほしいと言われている。
いるのは、村の近くに住む魔物より少しだけ強い種類らしい。
頼まれたのはあくまで様子を見るだけ。
間引きしても良いが、しなくても今の村の防衛には影響はないので、対処は一任された。
そのため、セフィロスと話し合い、襲い掛かってきた個体だけ対処すると決めている。

本来、天候が怪しい時は山に入るべきではない。
だが、セフィロスがいる宿舎の近隣住民が、先週の殺気で少しストレスを感じているようだった。
とセフィロスだって、帰省した子どもたちへのストレスに加え、ご近所さんにまで負担を強いるのはさすがにまずいと思った。
とはいえ、悪天候でも良しとして外出するのは、2人だけの時間がほしいという理由が大半だが……。

ここで天候を気にして逢瀬を諦めるとならないのは、互いが互いであるお陰だろう。


「待たせた。行けるか?」
「ええ。では、このまま北西の山道を行きましょう。1時間ほど歩くと、古い石切り場があるそうです」

「なら、今日はそこでキャンプか」
「一応作業小屋があるとは言っていましたが、随分使っていないそうです」

「山の中なら、森に呑まれているかもな」
「ええ。それに、道も無事残っているかは微妙でしょうから、道を開きながら行くことになりそうです」

「夕方からする作業ではないな」
「ええ。ですが、今しておけば、今後釣りに行くときは楽になります」

多分、体よく仕事を押し付けられているな……と苦笑いしながら、2人は村を囲む道から伸びた北西に向かう道へ足を向ける。
入り口付近はそれなりに人が入っているようで、車1台くらいなら通りそうだが、10分程歩いたところにある畑を超えると、一気に獣道になった。
それでも、元は車が通れる程度の幅があった事が、陽が落ち始めた山の暗さでもわかる。

「思っていた以上の道だな。、逐一枝を払っていたら、きりが無い。魔法でやるんだな?」
「ええ。一先ず私たちが通れれば良いので、邪魔な枝だけエアロで落としましょう」

道の整備を頼まれたなら、道の真ん中に生えた木やその根、地面の凹凸まで手をかけるが、求めるのは2人が徒歩で行ける程度の状態だ。
最低限の枝払いをしたら、落とした枝は処理せず道の端に寄せておく。
それだけでも、村からすれば十分だろうと考えると、2人は次々と寄ってくる蚊を巻き込むようにエアロを放った。

日が沈み始めた山は視界が悪く、はすぐに魔法で灯りをつける。
山火事を避けるため、ファイアではなくホーリーを使って辺りを照らす彼女に、セフィロスは一瞬呆れた視線を向けたが、すぐ諦めたように枝払いに意識を戻した。

そのまま作業を続けること10分ほど。
2人は順調に進んでいたが、ふとは違和感を覚えて辺りを見回す。
既に陽は差さず、灯りはホーリーの柔らかな光のみだった。

魔物の気配は遠く、辺りは2人が出す魔法と切り落とされた木々の音が絶えず響いているが、同時に湧いてくる羽虫の音も途絶えることが無い。

住み処の枝葉を落としているからだろうか。
落とした枝から、道の端に寄せてきた枝葉から、羽音は絶えず向かってくる。

やたら寄ってくる虫に、暖かい土地は3月上旬でもこれだけの蚊がいるのかとげんなりしただったが、しかしそれにしては羽音がやかましいと気がついた。

首を傾げて後ろを見れば、暗闇の中から影のように群れる虫たちがこちらへ向かってくる。
ふと、もしやこれは蚊ではないのでは?と思って目を凝らすと、それは1匹が1匹がの小指程もあり、尻には特徴的な黄色と黒の縞模様があった。

「……ん?蚊じゃなくて……蜂?」


こんな時期に?と首を傾げたは、一先ず確認してみなければと思い、枝落としをやめた。
次いで、虫が近づいてこられないよう、自分とセフィロスの周りをドーム状に出した氷で遮断し、手を止めた彼の袖を引く。

どうした?」
「この地域、冬が終わったばかりなのに、蜂がいるようです。落とした枝に巣があったのでしょう。さきほどから、私たちに向かってきています」

「……そのようだな。てっきり大きな蚊だと思っていた」
「私もです。山ですから数がいるのは仕方ないと思っていましたが、それだけではなかったようですね」

濁りの無い氷の向こうには、冷気で近づけない蜂たちがブンブンと威嚇しながら無数に飛び交っている。

あくまで枝を落とす事しかしていなかったせいで、蚊だと思って魔法に巻き込んでいた蜂も、少しすれば再び2人に向かってきていたのだ。
寄ってくる虫も、舞ってくる木の葉も、気にせず風に巻き込んで道を開いていた2人が異常に気づいた今、すでに結構な規模の蜂の群れが出来上がっていた。
異なる巣の蜂が集まっているので、所々で蜂同士の争いになっているが、大きな群れであることは変わりない。

アイシクルエリアの冬では、木の枝に出来た蜂の巣も寒さで凍っているか、既に棄てられて空になっているものだ。
それが当たり前だと思っていた。
冬を越えた山に、まだ使われている蜂の巣があるなんて、2人にとっては盲点だった。


「暗闇での枝処理は、迂闊にするものではありませんでしたね」
「山道だからな。しかもここは南の土地だ。アイシクルエリアの山とは違う事を、俺もお前も、分かっているようで分かっていなかった」

「放置もできませんし、私が寄ってきた蜂を、落とした枝と一緒に魔法で集めて燃やしてしまいます。セフィロス、貴方はこれまで通り、枝を落とす事だけに専念していただけますか?」
「いいだろう。後ろの巣の始末は帰り道でいいな?」

「ええ。それにしても……羽音がうるさすぎて、まるで夏の蝉ですね」
「どちらも可愛げはないな」

これまで落とした巣は多かったようで、そんな話し合いをしている間にもあちこちからブンブンと音が聞こえてくる。
とりあえず、今、氷の壁の向こうにいる蜂をエアロで集めたは、それらを一瞬で灰にしたのだが、絶えずやってくる増援の羽音ですぐ騒がしさが戻ってくる。

「あと3回くらいまとめて灰にしたら、氷の壁をとりますね」
「わかった。目標地点到着には、思ったより時間がかかるかもしれんな」

「急ぐ道ではありませんし、気長にやりましょう」
「そうか」


どうせ雨が降ってきても、が魔法で何とかするのだろうと考えると、セフィロスは氷の向こうで行われる駆除作業を眺める。

彼女によって風で集められた蜂の群れは、一塊になった後で軽くグラビデで圧縮され、一瞬赤く光ったと思ったら次の瞬間には灰になっていた。


「蜂の巣があるなら、はちみつがとれたかもしれませんねぇ……」
「回収しに行くか?」

「……いえ、数が多そうですから、いいです。巣に残っている蜂や幼虫の処理も面倒ですし」
「ああ、確かにな」

養蜂家が育てているのではない、野生の蜂だ。
蜜蝋はとれても、蜜の量と質は期待できるのか怪しかった。
岩塩だの絹だの買い込んでいるが不要というなら、多分それらも既に買いだめしてあるのだろう。
巣なんて放っておいても、自然に還るか野生動物の餌になるので問題はない。
そう納得したところで、が氷の壁を消したため、セフィロスは枝払いを再開した。


山道に入って30分ほど。ぽつりぽつりと雨が降ってきたが、2人は気づかず道の枝を処理していた。
湿った風に足を早めはしていたものの、枝葉や虫を処理しながら進んでいるにも関わらず、2人が進む速度は普通の散策とそう変わらない。
予定通り1時間後には古い石切り場付近に到着出来そうだった。

ただ、問題はその石切り場が洞窟ではなく岩山を削るタイプであり、近くに谷と川があるという点だ。
2人が使うテントは雨天でも問題なく、中に水が入ってこない設計になっているし、折り畳み式の簡易ベッドもあるので、寝床が水浸しになる心配はない。
ただ、岩山で雨が降るとなると、蛇などの変温動物が、暖を求めて寄ってくる可能性が高くなる。
村人のストレス軽減も目的の一つとして山に来ているので、威圧や殺気で追い払う事もできない。
寝ている間に丸呑みにされるなんて間抜けは起こさないが、安眠できるかと聞かれると否だった。
とはいえ、2人は野宿の経験がないわけではないし、ある程度の対処はできるので、それについて話し合うことはないまま進む。

予定していた1時間を15分ほど過ぎたところで、2人は目的地の石切り場に到着した。


「残骸のようなものは辛うじてありますが……」
「立派な木だな」

アーサーが言っていた古い作業小屋は、予想通り使える状態ではなくなっていた。
基礎と外壁の一部、それに腐った床も少しだけ残っているが、床下から生えた立派な木が慰め程度に残った屋根に代わり、建物の上に大きく枝葉を広げている。
岩山を削る石切り場と聞いていたが、実際は僅かに岩がむき出しになっているだけの斜面だ。
アーサーと同年代の老人たちが、大人になる前に使わなくなったという石切り場は、既に単なる岩場でしかなかった。

、テントはどこに張る?」
「とりあえず小屋の跡の近くにしましょうか。雨はさておき、あなた以外の生き物と同衾はしたくありませんので、氷で土台を作ります。その上にテントを立てましょう。冷気は遮断しておきますね」

「わかった。テントのペグを打ち込めないが、いいのか?」
「入り口以外は、氷の壁で覆ってしますから、大丈夫でしょう。作業場跡の木がかなり枝を伸ばしていますし、上から生き物が降ってくる可能性もありますから、上も塞ぎますね」

「タープの代わりも作ってくれ。テントの中で炊事はできない」
「わかりました。あ、すみませんが、そこ、少し避けてください」


言うと、は柱と屋根だけの簡単な炊事場と、四隅に膝ほどの高さの土台に載せた氷の箱を作る。
飾り気はなく、氷の中には気泡が入って透明度のないそれは、シヴァに見せれば、適当すぎるとか、美しくないとか呆れられるレベルだった。
だが、一晩使う程度ならば機能は十分。それに、下手に純度が高い氷を作ると、硝子のように中が丸見えになるので、気泡でそれなりに目隠しされているほうがいい。

セフィロスに、そこら辺に放置されている適当な大きさの岩をステップ代わりに持ってきてもらうと、はテントの設営を彼に任せて夕食の準備にとりかかった。

山で夜釣りがしたいだとか、釣った魚をその場で食べたいだとか、セフィロスが今まで何かと理由をつけて買いそろえたために、キャンプ用品はそれなりに充実している。
とはいえ、今日は食事して眠るだけなので、最低限の物を出すだけで充分だった。

何を作ろうか少し考えたが、早く休みたいという気持ちが大きかったので、適当に切った根菜とベーコンを入れた簡単なスープにする。
久しぶりに夫に作る料理が大雑把な男料理というのはどうなのか。
そうが気付いたのは、全ての具材を鍋にブチ込んだ後だったので、彼女は気づかなかったふりをして鍋に胡椒を入れた。

セフィロスに鍋を火にかけている事を告げると、少し離れた場所に穴を掘り、テントと同じく気泡で濁った氷の壁で囲む。
10分もかからず作業を終えて戻ると、セフィロスもテントの設営を終えて鍋の前に出した椅子に腰を下ろしていた。

「セフィロス、あちらの方にトイレを作っておきました。紙は毎回持って行って下さい」
「わかった。ところで、この鍋の中身は何だ?」

「根菜とベーコンのスープです。胡椒は入れてますよ。沸騰したら、コンソメと醤油を少し足して、味を調えるつもりです」
「そうか。ならいい。……味見をしたら、薄い塩と胡椒の味しかしなくて、少し焦った」

「まだ野菜が煮えてもいないのに、味見するのは早いでしょう?」
「そうだな。暫く他人が作った料理が多かったせいか、つい疑心暗鬼になった。気を悪くしたなら謝る」

「気にしてませんが……お腹を壊しそうなので、せめて鍋が煮立ってから味見するようにしてくださいね」
「ああ」

初日の激辛騒動以降も、度々食事で揉め事が起きていた事は聞いていたので、は同情してセフィロスの背をそっと撫でる。
件の激辛上級生は、あれ以降炊事禁止になったが、掃除が得意だったのでそちらの係専門になってもらったらしい。
他にも、実は極度の猫舌で温かい食事が辛いと泣き出す1年生が出てきたり、鍋に入れる具材の順番で喧嘩をする奴らがいたり、唐揚げの大きさで会議が開かれたり。
そんな賑やかな騒ぎが、週に1度はセフィロスから報告される。
当番制になっていた食事も、料理ができる数名が必ず監督しながら作っているらしいが、油断すると味が無い汁物や生焼けの野菜炒めが出てくるらしいので、気が抜けないし目も離せないそうだ。

セフィロスの宿舎ばかりが賑やかなようだが、と同じく家を建てる学科の宿舎も、似たようなものらしい。
慣れない生活と仕事の疲労というストレスの上なのだから、揉め事が起こるのは仕方がないのかもしれない。

もう少し早く外に誘ってあげればよかったかもしれないと思いながら、はセフィロスの後ろに回ると、彼の髪を軽く結ってまとめる。
コーヒーでも入れてあげようかと思ったが、生憎のガスコンロはスープに使っているため、水筒に入れてきたハーブティーを出した。


……これは、何の汁だ?」
「アーサーの家で貰ったハーブティーですよ。この地域では普通に飲むお茶だそうです」


水筒の匂いを嗅ぎ、怪訝な顔で問うセフィロスに、は思ったより重症かもしれないと思いながら笑顔で応える。
恐る恐る水筒に口を付けたセフィロスは、何も言わないが水筒を返してこないので、可もなく不可もない味だったのだろう。
鍋を見つめながら調味料を手元に引き寄せた彼に、は何とも言えない視線を向けつつ、自分の椅子を彼の隣に寄せて腰を下ろす。

「セフィロス、スープ以外に何か召し上がりますか?」
「……餅が食べたい」

「も……わかりました。今出しますね」
「頼む。もう一台コンロを出した方がいいな……」


コンソメ味のスープに餅を合わせるのかと、は頭の中で疑問符を浮かべつつ、個包装の餅を二つ出す。
その間に、自分のガスコンロと網を出し、設置し始めたセフィロスの動きはどこか緩慢だ。
思った以上に、彼は今の生活に疲れているのかもしれないと思いながら、は封を切った餅を彼に差し出した。

食事ではなく、オヤツとして餅を食べたかったらしいセフィロスは、焼けた餅を二つペロリと平らげてしまった。
根菜のスープもかなりボリュームがあるのだが、彼の胃袋なら大丈夫だろうと考えて、はそっとセフィロスの方にある調味料を取り戻して鍋の味を調える。
その手元を、網を洗いながらじっと見つめてくるセフィロスに、彼女は宿舎の調理場はどれだけ油断できない場所なのだろうと考えてしまう。

「セフィロス、出来上がりましたよ。念のため、味見をお願いします」
「ああ」

多分自分で味を確認してからでなければ、納得しないだろうと考えて、はセフィロスに匙を渡す。
使った材料も調味料も分かっているのだから、そこまで警戒しないでもらいたい。

匙を口に入れ、数秒確認したセフィロスは、やがてフッと肩の力を抜き表情を穏やかなものに変える。
その分かりやすい安堵の様に、食事は近所のご婦人達を寮母として頼んだ方が良いのではないかと思ったが、おそらく予算の都合なので何も言えなかった。

、美味い。人の料理を安心して食べられたのは、久しぶりな気がする」
「大げさですね」

貴方、味見するまで警戒していましたよね……?
そう思っただったが、口には出さず、笑顔で匙を受け取る。

その後、満足そうに食事をしたセフィロスは、トイレと同じように氷で作った個室で汗を流すと、が髪を乾かしてあげている間にうとうとし始めた。

「セフィロス、もう雨が降っていますし、座ったまま寝ては風邪をひきますよ?」
「ああ。今日はまだ寝ない。珈琲をいれてもらえるか?」

「わかりました。入れたら、私も汗を流してきますが、そこで寝ないでくださいね?」
「わかった」

屋外とはいえ、他人がいない空間を実感してきたのだろうか。セフィロスの瞼は重そうだ。
本当に座ったまま寝ることはないと思いたいが、汗を流して戻ってきたら、既にテントで寝ているかもしれない。
屋根がある所で寝てくれるならまあ良いだろうと考えると、は眠気眼のセフィロスに珈琲を渡し、汗を流しに向かう。

トイレより少し広い氷の箱の中には、昔安売りで買った大きな銅製のバケツが二つ。
片方は空になっているが、もう片方は半分お湯が残っていて、そこに木製の手桶が浮いている。

この小部屋は、野宿用にとセフィロスが考えた浴室だった。
といっても、魔法でバケツに出したお湯を掬って使うだけの、本当に簡単なものだし、元はセフィロスに魔法だけでお湯を作らせる時の練習用だ。
の世界の魔法は随分前に学んでもらったので、最初こそ苦戦していたがすぐに習得してくれた。
調子に乗って魔法でシャワーが再現できないか試した彼が、冷水と熱湯が混じる雨しか作れなくて肩を落としていた姿が懐かしい。

彼が何度も練習し、結局作れなかった温かなシャワーを魔法で出して、は体の汚れを落とす。
比較的暖かいとはいえ、夜の山にいる体は思ったより冷えていたようで、お湯の熱が体にしみた。

食事の後片付けは終わっており、セフィロスも眠そうにしていたので、は時間をかけて体を温める。
思えば自分も、ここ暫くは、村長宅の就寝時間に合わせて短い入浴で済ませていた。

春の休暇は、ミディールの温泉に1泊ぐらいしに行こうか。ルーファウスに受け取ってもらっている本を取りに、行く予定もあるし。

明日にでもセフィロスに相談しようと考えると、は体の水気を落とし、手早く着替える。
残っていたお湯を捨て、空になった胴のバケツを軽く洗って片付けると、テントの方へ戻った。

予想通り、椅子にセフィロスの姿はなく、照明用の小さなランプが背もたれのパイプに引っかけられて辺りを照らしている。
そっとテントの中を覗き込み、二つある簡易ベッド上の寝袋を見たは、片方が膨らんでいるのを確認する。
ついでに、脱ぎ捨てられている彼の靴を軽くそろえると、歯を磨きながら辺りを軽く確認した。
雨に紛れられると思ったか、弓が届く程度の距離から様子を窺う魔物の気配がしたが、拳大の氷を飛ばしてやると一目散に逃げていく。
そこで逃げる判断力があるのに、何故察知される距離まで近づいてきたのか疑問だが、安眠妨害しないならそれで良いので、気にするのはやめた。

念のため椅子やランプも片付けると、は静かにテントの中に入る。
持ってきたランプの明かりで、セフィロスがうっすらと目を開けてしまったが、寝ぼけているのか何も言わなかったので、は寝袋に入る事を優先する。
テントは狭くないのに、簡易ベッドがぴったりとくっつけられているために、ただでさえ窮屈な寝袋が余計窮屈に感じる。

そもそもとしては、野宿は咄嗟に動けない寝袋ではなく、毛布を使うのが普通だ。
正直、横から下へ繋がるファスナーを開けて、1枚の布団として使いたいのだが、メーカー仕様なのかこの寝袋のファスナーはやたらと音が大きいのだ。
それでなくても雨音だけが聞こえる静かな夜だ。
灯りで薄目を開けたセフィロスが起きるには十分な音がだろう。

袋状だと、暑かった時に脚を出せないのも嫌なんだがな……と内心で愚痴りながら、は灯りを消して静かに寝袋に入る。
ふとセフィロスを見ると、彼は何故か眠るのを必死にこらえる様に目をあけようとしているが、多分変に寝ぼけているのだろうと思った。


「無理はなさらず、眠ってください」


どうせ明日は久々の釣りで静かに大はしゃぎするのだから、今のうちにしっかり休んだ方がいい。
連日の疲れもたまっているのだろうと、は彼の頬を手で包み、重い瞼を親指でそっと撫でて伏せさせる。
それだけで眠りに落ちた彼に、小さく笑みを零したも、目を伏せると一瞬で眠りに落ちた。

セフィロスの肩幅ギリギリ程度の狭いベッドを並べていたせいだろうか。
夜中、はセフィロスの腕が胸の上にのる重さで薄く目を開いた。
避けるほどではないが、少し邪魔だな……と思いながら隣に目をやると、寝る前のように何とか目を開けようとしている風に見える寝ぼけたセフィロスがいる。
とりあえず、寝る時と同じように彼の頬と瞼に触れて寝かしつけたは、時計を確認する気も起きないまま再び眠気に身を任せた。

ストレスに加え、普段使わない寝袋と狭いベッドだからか、セフィロスの寝相がやたらと悪い。
隣から寝袋のファスナーを開ける音が聞こえたが、彼が暑くなって目を覚ましたのだろうと考えたは、またそのまま眠ろうとする。
だが、彼はまたその腕をの体の上に載せ、しかも今度は足まで乗せてきている。
はっきり言って重い。

そんなに寝相が悪いならレビテトで浮かばせてやろうかと思いながら薄く目を開けたは、テントの中がまだ真っ暗なことに少し驚いた。
彼の腕で押さえられた自分の腕を寝袋から出し、ベッド横に置いている携帯に手を伸ばして確認すると、時刻はまだ午前0時。

テントに入ったのは、遅くても10時頃だったはずなので、最悪1時間置きに起こされている事になる。
やはり朝までレビテトで浮かせておくべきらしい。

そう考えて彼の方へ視線を戻したは、しかし何故かモゾモゾと動いてこちらのベッドへ乗ろうとしてくる彼に目を丸くする。
今にも落ちそうな瞼を必死に開けて、力が入らない体でしがみついてくる彼が何をしたいのか、にはさっぱりわからない。
わからないが、セフィロスが寝ぼけている事はよく分かるので、とりあえずは彼を抱きかかえるようにして、そっとベッドに押し戻した。

「大丈夫ですよ、セフィロス。私はちゃんとここにいますからね」
「……嫌だ……」

「今日はとても疲れているでしょう?ゆっくり休みましょうね。私はいなくなりませんからね。安心して眠りましょうね」
「……」

しつこかったらスリプルをかけようと思っていただったが、セフィロスはあっさりと陥落して穏やかな寝息を立て始めた。
一安心すると同時に、変に起こされた疲労感でつい大きなため息が出る。
とりあえず、また彼がねぼけた時にも身動きがとれるように、寝袋のファスナーを開けると、はもう起こされませんようにと祈りながら瞼を閉じた。


朝、日の出と共に目を覚ましたセフィロスは、テント内の明るさに暫し呆然とする。
ちらりと横に視線をやると、片手を伸ばしてギリギリ届かない場所に移動された簡易ベッドの上で、すやすやと眠るがいる。

寝る前には、確かにすぐ隣で寝ていたはずなのに。
何度か目を覚まして手を伸ばすたび、確かにすぐそばにいて頬を撫でてくれたはずなのに。

ようやく2人きりで過ごせる夜を、それはそれは楽しみにしていたのだ。
ここひと月の間、宿舎生活で溜まった色々をに受け止めてもらおう、彼女を甘やかして、自分も甘えさせてもらおうと思っていたのに、何故今自分は、爽やかで健全な朝の目覚めを迎えているのだろう。

夜中眠りが浅くなるたび必死に起きて、せめて手ぐらい繋ぎたいと必死になっていた努力は何だったのか。

溜まった何某よりも疲労の方が大きかったのだと理解していても、せっかく2人きり、誰にも邪魔されないはずの夜を健康的な睡眠で潰してしまったことを悔やまずにいられない。
今からを誘ってどうにかできれば良かったが、ベッドの位置を離されるほどはっきり拒絶をされては難しいだろう。
せっかく寝ている所を何度も起こされるのだ。セフィロスがでも物理的に距離を取るだろう。

そもそも、誰もいないとはいえ、テントという布一枚で出来ただけの場所で事を致せるかなどと期待したのが間違いだったのだろうか。

仕方がないと自分を納得させるために、セフィロスは大きく息を吸うと深く深くため息をつく。
二度寝する気にもなれないので、少しだけにちょっかいを出したら、とっとと顔を洗って珈琲でも飲もうと決めた。
夜中の努力でただの布団になっている寝袋を静かに畳んで片付けた彼は、眠っているに四つん這いで近づく。
簡易ベッドから20cmくらい上に浮きながら寝ているは、近づく気配にうっすらと目を開けると、何事もなかったかのように目を閉じた。

面倒そうな顔をされなかっただけマシと考えたセフィロスは、彼女の頬にかかる髪をそっと払い、昨夜彼女がしてくれたようにその頬を撫でる。
ピクリと頬の筋肉を反応させたものの、目を覚まそうとはしないに許されていると解釈したセフィロスは、彼女の額に唇を寄せながら寝袋ごとその体を抱き込んだ。


「んぅぅ……セフィロス?」
「悪いな、少し許してくれ。これ以上の事はしない」

「あー……?」
「俺も色々溜まっている。理解してくれ」

「……わかりました。……私の眠気も、理解してください」
「そうだな。悪かった。眠ったままで構わないから、このままもう少し触らせてくれるか?」

「……好きにしてください」
「ああ」


会話が面倒になり、投げやりに答えたは、セフィロスの返事を聞かないうちにまた目を閉じてしまう。
完全に夫の自分より眠気を優先されてしまったが、覚め無い範囲なら勝手を許してもらえたので良いことにした。

ここ暫く分の不足を補うように、セフィロスはを抱きしめ。頬と頬を重ねてすり合わせる。
寝起きで髭が少し伸びた状態での頬擦りは嫌だったのか、から反射的に顔を背けられて多少ショックを受けたセフィロスだったが、諦めずにまた彼女の頬に自身の頬を寄せた。

顔を背けられた事で晒された首筋に唇を寄せるが、いつもなら小さく息を漏らす彼女は、今日は呑気な寝息しか漏らさない。
それはそれでよしと考えて彼女の首筋の感触を楽しんだセフィロスは、そのまま暫くを縫いぐるみのように抱いていた。

再び熟睡し始めたに、どこまでやったら目を覚ますかと彼が悪戯心を持つまで、そう時間はかからなかった。

寝袋を取り、靴下をとり、上着を脱がせてもは起きず、試しに軽く髪を結ってみてもは寝息を立てて目を開けない。
調子に乗ったセフィロスが彼女の服に手を入れたら、胸を触る直前で目を覚まして止められ、その後普通に怒られたが、その頃には山間の岩場にも既に陽が昇っていた。





お疲れセフィロス

2024.07.11 Rika
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