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学生達への指導は老人たちの暇つぶしとして決まったようだが、やはり何故かセフィロスが代表扱いされる雰囲気は変わらなかった。
それこそ上級生の仕事ではないかと言ったセフィロスに対し、彼らから返されたのは『餅は餅屋』という言葉だ。
確かにその通りではあるが、今のセフィロスは学生の立場としてこの村にいるのだ。当然納得できなかった。

一番強い人間が頭になった方が揉めないと言って宥めようとする村人に、自分たちはもはや人間かどうか怪しいし、そもそも一番強いのは俺じゃない、と、セフィロスはを見る。


「ほーれぇセフィロス。奥さんにエエところ見せるチャンスだぞぉ?」
「そういう意味で見ていたんじゃない。、聞いていたな?」
「ええ。ですが、貴方はいつでも素敵ですよ」

「人前でノロケおったわぁ。やっぱこの英雄何か腹立つのぉ」
、そこじゃない。村の奴らは一番強い奴を頭にした方がいいと言っている。なら、お前がやるべきだ」
「おや、そうですが。ですが……先ほど、私の案を止めていたのは貴方でしょう?私より貴方の方が適切な判断ができると思っているのに、私の方針で行こうとするのですか?」

「やめとけぇ。何でもなぁ、女に口で勝つのは難しいぞぉ?根に持って後から揉めるから、早めに折れとけぇ」
「…………」
「でしたら、代表は上級生の方にお願いして、貴方はあくまで指導担当のみにしていただいては?」

「ここで責めずに妥協してくれるじゃと?折れとけ!セフィロス、折れとけぇ!今折れんと、忘れた頃にネチネチ言われる事になるぞぉ」
「……うるさい爺だ……わかった。、お前が言う通りにする」
「ええ。程々に鍛えれば良いのですから、肩の力を抜いてください」


横からアレコレ言ってくるヘンリー爺さんを鬱陶しく思いながら、セフィロスは一先ず妥協して広場にいる一番マトモそうな上級生に目星をつける。
既に予感があったのか、近づいていくセフィロスから必死に顔を背けていた上級生だが、逃げ出しはしなかったのであっさり捕まった。
見た目の年齢はセフィロスと近い上級生だが、身長は頭一つ半分は違うので、完全にセフィロスから見下ろされている。

セフィロスと並ぶと、どんなひとも小さく見えてくるなぁ……と呑気に考えたは、喉が渇いたというアーサーと一緒に村長宅へ戻った。



Illusion sand ある未来の物語 113



が予測していた通り、近隣の山には複数の変異個体が発生しており、山狩りは翌日も行われる事となった。
二日目は魔物の死骸運搬のため、村の老人達も何人か駆り出されるらしい。
元ソルジャーの爺さん2人を中心にした老人たちは、手押しの荷車や背負子を持ち寄って、討伐隊の後ろを着いていった。

村長と婦人は今日も討伐と食事作りのため留守にしており、は前日同様にアーサーの相手を任されたのだが、今日の彼は昨日と打って変わって大人しい。
自宅の居間でのんびりとお茶を飲んでいるアーサーに、はお代わりの紅茶を入れながら首を傾げた。


「アーサー、死骸の運搬は老人が割り当てられたようだが、お前は行かないのか?」
「ええ。あの仕事は、90歳までの年齢制限をしているんです。私は今年で93才ですから、緊急時以外は追い返されてしまうんですよ」

「なるほど……」
「ヘンリーさんは来年、コリンさんは年が明けるまででですが……あの2人は誕生日も出身地もコロコロ変わるので、どうなる事やら……」

「流石に年を誤魔化すのは止められるんじゃないのか?ところでアーサー、今日はどうする?学生たちも、今日は体力づくりに専念するらしいが」
「昨日外出しましたからね。今日は家でゆっくりとしているつもりです。さんも、一人の時間や勉強する時間は必用でしょう?何処かへ行きたい時は声をかけますから、好きに過ごしてください」

「そうか……なら、部屋で少し勉強している。昼食の時までに戻って来なかったら、悪いが声をかけてもらえるか?」
「ええ、いいですよ。どうぞ、ごゆっくり」


ただの一日休みなら、セフィロスと次元の狭間で体を動かしてくるのだが、アーサーに付き添っているとそれはできない。
世話になって数日の家にセフィロスを呼ぶのもどうかと思ったので、は静かに机に向かう事にした。

借りている部屋に戻り、小さな机に本を出していると、窓の外から聞こえる声に気が付く。
小学校跡地と隣接している部屋からは、汗を流して走る学生たちが見えたが、そこにセフィロスの姿はなかった。

昨日の今日なので、来たくないのだろうと考えると、は一度携帯を確認してからノートを開いた。
この村の職人から教えてもらった内容を走り書きしたメモを出し、内容をまとめながら教科書の内容と比較し、出てきた疑問を別のメモに書き写す。
それを聞く相手を上級生にするか、この土地の職人にするか考えながら、この世界を去る時はノートも買いだめしておかなければと脳裏で考えていた。

建築の他にも土壌の知識も必要になりそうだが、そこまで学んでいてはいつまでもこの星から去れそうにない。
そちらの知識は本を買って補おうと考えたは、勉強が一段落つくと早速本の注文をするため携帯に手を伸ばした。




「……配送可能地域外……か」

数分後、大量の書籍を注文しようとしていたは、携帯を片手に眉を顰める。
アイシクルエリアの家でさえWRO経由で通販が出来たのに、この村はあそこより更に僻地扱いらしい。
冬でも雪が降らない土地なのに、変なところで不便な土地だと内心愚痴を零したは、ルーファウスに本の受け取りと保管を頼むため電話をかけた。





無事山狩りを終えた村人たちが戻り、翌日から村は一部を除いて日常を取り戻した。
非日常のままなのは、運搬を担当していた老人たちで、彼らはこれから数日かけて討伐した魔物の解体作業をするらしい。
死骸は村の東にある休耕地に運ばれており、出た素材はトラックで街にある買い取り業者へ運ばれる。
残った部位は燃やして灰にし、あるいはそのまま肥料にする。
その作業も老人と、村内の農業従事者の仕事だった。

死骸の数が多く、手が足りなさそうだからと出かけようとするアーサーを村長夫妻と一緒に止めて、は二日ぶりの現場へ向かう。
アーサーのおかげで少し出発が遅れたが、他の学生達の出勤時間と一緒になる程度だったので、初日以来で彼らと現場へ向かう事になった。
昨日、一昨日と学校跡にいた学生達が、普段使わないところが筋肉痛だと呻く声を微笑ましい。
討伐に駆り出された職人の数人が、体に痣を作っていたり、絆創膏を貼っていたりしているが、大きな異変もなくその日の仕事が始まる……と、は思っていた。



「ん?おい、学生の数、何か減ってないか?」
「はい。2年と1年が一人ずつ脱落しました。魔物が恐くて耐えられなかったそうです」

「そっか。都会育ちだったら、仕方がねえなぁ。じゃあ、仕事、始めるぞ」
「はい。よろしくおねがいします」



言われて初めて気づいたは、ぐるりと学生たちを見回し、確かにいない顔がある事に気が付く。
予想通り、消えたのは一昨日にしつこく魔物の対処を問い不安を訴えていた同じ1年の生徒。
上級生はまだ顔と名を覚えきっていなかったのでピンとこないが、何となく細身でひょろりと背が高い生徒がいたような気がする。

頭では分かっていても、実際魔物の脅威が身近に迫ったら耐えられなくなる人間がいるのは、もよく分かっている。
いざという時パニックを起こす前に身を引ける賢さは、むしろ褒めるべきだと思った。

脱落者が出たことに何処か残念そうな空気を引きずる一年生に対し、上級生たちは慣れているようですぐ空気を切り替えている。
は他人が脱落しようが、追加が来ようがどうでもいいので、切り替えも何もなく普通に作業を始めた。


作業現場も、資材の材料がある山の中も、魔物の気配がすっかり無くなっている。
これなら、普通に散歩できそうだし、セフィロスが釣りに行ってストレス発散もできそうだ。
村の子供たちが帰ってきた時に怯えられるようなら、自分もセフィロスの釣りに同行しようとは考えた。



結果だが、その週末は村の入り口に死骸の山が残っていたことから子供たちの帰省は中止され、その翌週帰ってくることとなった。
アーサーに相談したところ、まず子供達の反応を見てから考えようという事になったが、怯えたり警戒したりする子が半分、平然としている子が半分だった。
5歳以下の子供は漏れなく遠巻きに見てくるし、2歳以下は10mくらい近づいた辺りでギャン泣きして親兄弟にしがみつく。
試しに気配を限界まで抑えて回復魔法を垂れ流しにしてみても反応は変わらなかったので、は潔く諦めた。

一時期だけ世話になる身で、現地の子供と親の平穏を壊すのは、いくらでも気が引ける。
最初は村長宅で勉強して過ごそうと思っていたのだが、借りている部屋が隣接している小学校跡は子供の遊び場にもなっていた。
いつもの遊び場を恐がる子がいると聞いたは、これはダメだと早々に見切りをつけて、その週末は次元の狭間で剣を振って過ごした。
セフィロスがいる宿舎に行こうかとも思ったのだが、そのためには子供がいる家庭が沢山ある村の中心を通らなければならないので、諦めたのだ。


「人目を気にせず剣を振れる場所があるなんて、少し羨ましいですねぇ」
「アーサー、そんな目をしても連れて行ってはやれんぞ」


朝に剣を振って汗を流すだけで心配されるアーサーは、物欲しそうな顔を作って見つめてきたが、連れて行った瞬間発狂して心臓麻痺を起こされたら困るのでは却下した。

村にはあと2カ月以上滞在する予定だが、この地域では、3月の最終週と4月第1週の2週間に、春の休暇どある。
春の訪れを祝い、1年の豊かな実りを祈ると同時に、冬の間に亡くなった命を悼み、寒さで弱った体に英気を養う習慣があるらしい。
冬も暖かいゴンガガエリアで、その習慣があるのは違和感があったが、この地域の冬は、餌を求めて南下してくる魔物の被害が古くから多かったため、その風習は受け入れられ、根付いたそうだ。
新種騒ぎ後は村人が強者揃いになったので、冬の犠牲者が出なくなったと言うアーサーに、は『だろうな……』としか思えなかった。

その春休み、子供達が平気そうなら村で過ごそうと思っていただったが、今の状況では難しそうなので、その時はジュノンの家に帰る事にした。

長い休みは予定を入れやすいが、問題は週末ごとの休みだ。
今週は次元の狭間で過ごしたが、毎週末行く先不明で姿を消すのは不審すぎる。
ここは無理に考えずセフィロスに相談しようと決めては、彼に電話をかけた。


「セフィロス、すみませ……」
「ぅぉおお!奥さんコンニチハ!よければ……」


5コールめでようやく出たと思ったら、夫と似ても似つかない声が聞こえたため、は電話を切った。
30秒ほどそのまま待ってみたが、かけなおしてこないので、多分セフィロスの携帯は今彼の手元にないのだろう。
トイレか風呂か、どちらかだろうな……と思いながら携帯をポケットに仕舞ったは、時計を確認すると上着を手に部屋を出る。


「リンさん、少し夫の様子を見に外出してきます」
「あら、わかったわ。子供達もさっき街に戻って行ったから、安心して行ってらっしゃい」

「はい。遅くなる時は連絡しますが、私を待たず夕食は先にとってください」
「ええ、ええ。どうぞごゆっくりね」


が子供や小動物から恐がられる体質だと聞いている村長婦人リンは、子供達が村から去ってようやく外出できるようになった彼女を快く見送った。
因みに、子供に恐がられてしまうと言ったときの婦人と村長の反応は、『抑えていてもその気配だし仕方ないね』だった。
話がわかる村人で大変ありがたい。

村に来てからのは、仕事での外出以外は家事の手伝いとアーサーの付き添いばかり。
それ以外の時間は部屋で勉強しているので、婦人から夫婦の時間がない事を心配されていた。

というのも、セフィロスとの連絡は携帯のメッセージアプリばかりだったが、面倒な上級生がいるので落ち着くまで訪ねて来ないように言われている。
しかし、実地学習開始から既に3週間は経つというのに、未だに訪ねても大丈夫という言葉がない。
落ち着くのを待っていてはこの村での実地が終わるどころか、卒業までかかりかねないと思った。

セフィロスに、普通の学生のような気分を味わわせてあげられたらと考えていたが、夫婦間の邪魔になるなら考えねばならない。
とりあえず、勝手に電話にでるという行動が既に目に余るので、やってくれた生徒に遭遇したら威圧して黙らせようとは決めた。

夕食の香りが漂い始めた村の中、学生たちの宿舎を目指して歩くと、通りかかった村人がアーサーは一緒じゃないのかと聞いてくる。
アーサーの付き添い以外では外出していないも同然なので、当然の反応だろうと思ったが、それはそれでちょっとどうかと思ったりもする。
同時に、そう思われるほどセフィロスと関わらない生活を続けているなら、今の彼のストレスは相当なものだろう。

山での釣りより、剣の手合わせから先に誘った方が良さそうだと考えている間に、セフィロスが滞在している宿舎に着いた。
ここも既に夕食の支度をしていたらしく、玄関先にまで美味しそうな匂いが漂っている。

もしかすると、セフィロスは夕食の支度をしていたのだろうかと考えながら、はインターホンに手を伸ばす。
だが、そこにはセフィロスの字で『故障中』と書かれていて、その代わりのように獣除けの大きな鈴が釘に引っかけられていた。
その適当さに呆れつつ小さく笑みを零すと、は中に聞こえるように鈴を思いっきり鳴らす。
数秒すると、玄関が見える部屋の窓から学生がこちらを確認し、直後バタバタと走る音がして玄関が開けられた。

「こんにちは。セフィロスの奥さんだよね?」
「はい。夫に用があるのですが、不在ですか?」

「いや、今ちょうどシャワーから出て着替えてるところだよ。すぐに来るから中で……いや、煩いのがいるから、やっぱりここで待っててもらっていい?」
「ありがとうございます。この後少し夫を借りたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「うん。平気平気。むしろここで話すと会話にならないと思うから、場所を変えた方がいいよ」
「そうですね……。ありがとうございます。そうさせていただきます」

対応した上級生は髭面で髪もボサボサだが、落ち着いていて常識的だ。
だがその後ろからは、『是非挨拶を!』だの『友だち紹介してもらうんだ』だのいう声と、それを止めて叱る声が聞こえてくる。

なるほど、たしかにこれは招けないとは納得した。
だが、ちゃんと制止する人間もいるのなら、セフィロスのストレスも思ったより酷くなさそうだ。
『1回紹介頼んで、断られたら諦めるから!』という必死な声に、そもそも友だちが老人一人しかいないと答えたらどんな顔をするのだろうか。

セフィロスがメールで愚痴っていた通りの言動をする学生たちに、の顔には呆れた笑みが浮かぶ。
気まずそうに謝る上級生に、気にしないよう言っていると、良く知る魔力が近づいてきた。

2週間ぶりくらいに見るセフィロスは、しっかり着替えてはいるが湯上がりの頬は紅潮していて、濡れた髪のまま肩にタオルをかけただけの状態だ。
色気が増して見えるのは、風呂上りだからか、久しぶりに見るからだろうか。
多分両方だろう。

、どうした?」
「こんにちはセフィロス。電話をかけたのですが、別の方が出たので直接来ました。何かあるわけではないのですが、少しお話しできませんか?」

「……わかった。勝手に電話に出た奴と話をしてくるから、外で少し待っていろ」
「はい。不快だったと伝えておいてください」

勝手に電話に出られたと知って顔を顰めたセフィロスと、バートというらしい対応してくれた上級生が家に戻っていくのを見送ると、は玄関を閉めて敷地から道の方へ出る。
そう長い説教はしないだろうと呑気にしていたら、家の中からセフィロスの殺気が漏れてきて、ご近所の家からも物を落とすような音が聞こえてきた。
やはり驚かせてしまっていると、少し申し訳なく思っていると、静まり返った宿舎から未だ機嫌が悪いセフィロスが出てくる。

「待たせたな」
「いえ、大丈夫ですよ。では……どこへいきましょうか」

「村の中はお前の方が詳しいだろう。アーサーとよく散歩しているんじゃないのか?」
「あの子と行くのは、もっぱら丘の上にある墓地ですからねぇ。眺めも居心地も悪くはないのですが……」

「そうだな。なら、適当に歩きながら話すぞ」
「はい」

平和で何もない村に、男女がゆっくり語り合う場所などない。
アイシクルエリアも同じようなものだったので、2人は行く先未定でも気にすることなく田舎道を歩き始めた。

「何か用事があったのか?」
「ええ。週末の過ごし方で相談がありまして。最初は姿を見せなければ大丈夫かと思っていたのですが、小学校跡が子供達の遊び場にもなっているので、部屋に引きこもっているわけにもいかなくて。私が使っている部屋は、小学校跡地と隣接していますから」

「ああ、そうだな。今日はどうしていた?」
「……ついさっきまで次元の狭間にいましたよ。ただ、いつもそれというのも、他の村人に不審がられるので、貴方に相談しようかと」

「……そうか。こちらの宿舎に呼びたいところだが、馬鹿がいるからそれは出来ない。俺と出かけたことにして、次元の狭間で過ごすか?」
「ええ、お願いします。それと、アーサーと村長が、山の中の川で釣りをする許可をくれました。行かれるでしょう?」

「わかった。次の週末に晴れたら行くぞ。……いや待て、釣り針がない。村の商店にあるか見にいくぞ」
「この村の店は4時で閉まりますよ。釣りの道具はアーサーが少し持っているので、くれるそうです。針と糸はあるでしょうから、心配はいらないでしょう」

「そうか。後で礼を用意しておく」
「もう使わないものなので、沢山釣れた時に分けてくれたら、それで良いそうです」

「今度礼を言いにく」
「わかりました」

数分前まで不機嫌だったのに、釣りができると知った途端表情が柔らかくなったセフィロスを、は微笑ましく見つめる。
彼が釣りに乗り気になってくれたおかげで、も休日村から姿を消す口実が出来た。
釣りをしている間、セフィロスは全く構ってくれないが、も好きな事をして時間を潰せば良いだけだ。
2人だけの落ち着ける空間をもてるというだけでも、十分価値はある。

ほんのりと縹色に染まり始めた景色に、彼の濡れた髪はより強くその色を映す。
彼と話す事に気が逸り、また暫く共に生活していなかった事ですっかり失念していた事を申し訳なく思いながら、は彼の髪を魔法で乾かした。

一際暖かな風が彼の髪をふわりと持ち上げると、水気で重くなっていた銀の髪がさらさらと風に流れ遊ぶ。

よく知るその感触を、指で、腕で、体で、肌で感じたくて、自然と手を伸ばしそうになる。
道の往来で誘うのは不味いな……と、それを押しとどめたは、代わりに彼の手を指先で軽くつついた。
歩きながら、視線だけ向けたセフィロスは、しかし自分を見つめる彼女の瞳に色と艶を見つけて、微かに目を見張る。
一瞬迷うように視線をさ迷わせた彼は、そのまま数秒思案したが、再び柔く手を突かれる感触にへ視線を戻した。

、今からは、流石に難しい。何処か場所はあるのか?」
「は?何の事ですか?」

「…………」
「もしや釣りですか?ええ。貴方が仰るように、今からはやめた方がいいですよ。明日も仕事ですし、釣りができるのは山奥の……」

「違う。、どうして今、俺の手をつついてきた?」
「え?ああ、それは……貴方から手を繋いでほしかったので、ちょっと、気づいてくれないかと思って……」


に笑顔で言われて、そう言われてみれば、確かに彼女は手を握ってほしい時そうやって意思表示してくるとセフィロスは思い出した。
自分から触れるのではなく、相手から触れてほしい時があるのは彼だって理解できる。
だが、暫く触れ合っていない上に、夜に誘う時に似た目を見せた状況で、それはしてほしくなかった。
が無理を承知でも誘ってきたと勘違いして、状況を整えれば大丈夫かもと期待した自分が可哀想じゃないか。

久々に彼女の朴念仁ぶりに気持ちを虚仮にされた気がして、セフィロスは僅かな苛立ちを覚えながら彼女の手を握る。
その途端、幸せそうに目を細めた彼女に、つい全て許そうになったが、むさ苦しい環境で禁欲生活を余儀なくされていたせいだろうか、心がそれに待ったをかけた。

最近の彼女はずいぶんと気を抜いているし、そろそろ色々思い出させて分からせておいた方が良いのではないか。

8割はただの欲望でそんな事を考える自分に、共同生活のストレスは自覚している以上だったと思い知ったセフィロスは、一つ大きく呼吸して冷静さを引き戻す。

ゆっくりと山々の間に傾いていく太陽に促され、自然と村長の家の方へ足を向けようとしたに、セフィロスは軽く手を引いて回り道へ誘う。

幼い子供ではないのだ。
星を眺め、月を見上げてから帰ったところで、咎められはしない。
久しぶりに握る彼女の小さな手が離し難くて、許されているのならもっと長くと思っただけだった。

舗装されていない道は、冬を過ぎたばかりでありながら実りがある畑を越え、川の上にかかる橋へと続いている。
道はその先の畑を越え、森との境界になっている道まで繋がっていた。
落日に染まる景色の中で、そこは山と木々の陰により夜のように暗い。
けれど歩く2人は、闇を怖がる幼さをとうの昔に手放している。

村の周りを大きく囲む道……おそらくは昔の防衛線の一つを、魔物の気配もない森を横に歩く。
湯に火照った肌を撫でる風の心地良さを、あるいは傍らから感じる互いの香りを感じながら行く2人の間に言葉は少ない。
顔を合わせることはなくとも、毎日のように連絡をとっていたので、近況を既に知っているからかもしれない。

アイシクルエリアの生活で日に焼けていたセフィロスの肌は、この村の日差しでまた色を少し変えたようだ。
も少しだけ日に焼けたが、彼に比べて頻繁に体を作り直す機会がある彼女の肌はまだ十分に白い。

せめて実地学習が終わるまでは、体を作り直して他人に違和感を持たれる事は避けなければならない。
となると、次元の狭間でセフィロスと運動するのも、互いに手加減が必要になりそうだった。
互いに力量を把握しているので、ここ数年は手合わせの時に手加減はなく、どちらかの腕が飛ぶこともままあるし、時には体を作り直すほど損傷する。

今の2人には、人の目がある村にいるより、次元の狭間の方が落ち着いて2人の時間を作れるのだが、あの場所と手合わせはセットのようなものだ。
しかし、行けば必然的に剣を合わせる流れになるので、行くのは避けたほうが良さそうだ。
それに、頻度は減ったが、相変わらずの過去の幻が現れるので、時々セフィロスの手元が狂ったり、気分がとんでもなく落ち込んだりしてしまう。


この村人たち相手では、山奥まで行ったとしても、何処かへ行くためにバハムートを呼び出した事は隠せないだろう。
たちにとって、以前のように気軽に2人だけの時間を持つのは、普通の人間と同じように難しい。

「……ちょっと残念ですね」
「何がだ?」

つい零した言葉に、セフィロスがゆっくりと振り向く。
どう言おうか少し考えたが、ストレスが溜まっている彼に言えば、少しだけと言って次元の狭間に誘われてしまいそうだ。
秘密にしておいた方が良いだろう。

「いえ、大したことではありません。ただ……」
「……今更遠慮するな」

セフィロスは『何でもない』は聞いてくれないだろうな……とが言葉を濁せば、やはり彼は少しだけ目を細めて先を促してくる。
時にはの言葉を頭痛の種と判断して沈黙を求める彼だが、今はとりあえず聞く余裕はあるらしい。
彼を困らせる言葉にならないか、が少し考えている間に、彼は彼女の手を握る手に少しだけ力を込めて急かす。
迷っても、彼が判断するというなら任せる事にしたは、この言葉が彼を困らせなければいいけれど、と少しだけ思いながら表情を緩めた。

「釣りにご一緒するのも良いのですが、その前に、貴方と2人だけでゆっくり過ごせる時間があればいいな……と、思っただけです」
「……ああ。そうだな。それは、俺もそう思っている」

「よかった。同じ気持ちでいてくれて、嬉しいですよ。こうして貴方と手を繋いでいるだけでも、嬉しくはあるのです。でも、できればもっと貴方に触れて、貴方にも、その手で私に沢山触れてほしいと、その時間がほしいと思ってしまうんです」
「…………」

誤解なく気持ちを伝えることばかりに気を取られて、その内容がセフィロスの足をとめた事には気づいていなかった。
そのまま歩こうとしていた彼女は、つんっと彼の手に引かれて振り返る。
もしやまた誤解で困らせてしまったかと考えた彼女の瞳には、困惑と照れが混じる苦笑いを浮かべる彼がいて、あまり見ないその表情には微かに目を丸くした。

……」
「はい」

「お前に他意がないのは分かっているが、俺は時々お前に試されているのかと感じることがある」
「今のは気を付けたつもりなのですが、おかしな事を言ってしまいましたか?」

「いや、ただ……」
「?」

思案し、続く言葉を途切れさせた彼に軽く手を引かれ、は1歩彼に歩み寄る。
何の警戒もなく腕に囲える距離に入ってくる彼女に、相変わらずという気持ちと共に懐かしさを感じて、彼の目は自然と柔らかく細められた。

もしかしたら、彼女の言葉に多少の認識の違いはあるかもしれないと、セフィロスはつい癖で警戒してしまう。
だが、空いている手でセフィロスのシャツを軽く掴んで僅かに距離を詰めたに、彼は自分の受け取り方が間違っていないと安堵して彼女の額に口づけた。

「お前が、時折、そうやって素直に言ってくれるのは……そうだな、悪くない」
「……それにしては、何か引っかかっているような言いようですが……?」

「お前のこれまでの言動を思い返せ。嫌でも警戒する癖がつく」
「…………?」

僅かに呆れが混じる声で言うセフィロスに、は逡巡するも理解ができず首を傾げる。
自分は、セフィロスに対しては過ぎるほどに腹の内を曝け出していると思っているは、自覚がない分だけ更に内心で首を傾げた。
だがそれよりも、額に口付けた彼の顔が離れてしまう方が気になって、彼女は思考を止めると彼のシャツを強く引いて引き留める。

「もっとください」
「……」

「それに、口にして欲しいです」
「……ちょっと待て」

「……セフィロス」
「わかっている。だから、少し待て」

これまで誤解が無いよう気持ちを伝える努力をしてきた成果か。
それとも、殆ど顔を合わせない期間が何日も続いた事が、にとって自覚する以上にストレスだったのか。

何もしていないのにベッドの上にいる時のようなおねだりをしてきたに、セフィロスは色々と心配になってきた。
この体制ならば、顔を離すだけで、は身長差でセフィロスに何もできなくなる。
けれど、離れがたいと訴える瞳にそれをするのは可哀想に思えたセフィロスは、彼女の頭に頬を乗せて抑えながら大きなため息をついた。

「セフィロス、そんなに嫌ですか?」
「嫌じゃないが、少し考え事をさせてくれ。お前が言う時間をどうやってとるか、考えている」

「私も難しい事は分かっています。長い休みまで、2人だけの時間は難しいでしょう。ですから、こういう時の口付けぐらいは沢山ください」
「舌を入れない自信がない。だから少し落ち着かせてくれ」

「入れてもいいですから、してください。貴方なら私にどんな風にしても良いと、知っているでしょう?」
「待て。分かっている。すまない。少し待ってくれ」

不満そうに繋いだ手とシャツを引くは、可愛らしくも悩ましい。
だが、全く手を出せない状況なら、むしろ朴念仁モードでいてくれた方が悩みの種が無くて良かったと、ちょっとだけセフィロスは思ってしまった。

どうして同じ家に住んでいる時は、こんな素直に強請ってくれなかったのか。
その理由は、強請るまでもなく触れ合えたからだと分かっていても、無い物ねだりをしてしまう。
そしてその思考が、自分を冷静にさせていくのを分かっているから、セフィロスは雑念をそのままに彼女の髪に唇を押し付けた。

と一緒になってもう20年以上だ。
昔ほど互いの熱を交わし合う事は減ったが、多分同じ期間共にいる他の男女より頻度はあるほうだろう。
肉体が若いので、それほどおかしなことではないとセフィロスは認識しているし、互いに触れたいのなら余計な事は気にしなくていいと思っている。

だから余計に、互いにそばにいながら、清い距離に置かれたことが堪えるのかもしれない。
形振り構わなければ、村から離れた位置で召喚獣を呼び、2人の時間を取れる場所へ行ける。
だが、そこまでするほど理性を試されている状況ではないし、そうなったとしても、盛りがついた猿や犬ではないので、逆に冷静になるだろう。
今、のおねだりに、セフィロスが思案しているように。

とりあえず、は長期休暇まで求める熱は得られないとよく理解しているので、大丈夫だろう。
そうと考えると、セフィロスは待たされすぎて睨み始めたの唇に自分のそれを重ねた。







今回は1万文字くらい~ と決めて書いたので、前回より少し眺めになりました。 まあ、元々1話につきこれぐらい書いてたんで、元に戻った感じかな?


2024.06.23 Rika
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