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偵察の結果、が指摘した通り、山には低級の魔物が溢れ、変異種も複数確認された。 明日から3日は村中で仕事が休みになり、戦闘能力のある者は山狩りに出るらしい。 村の女性の殆どは、朝から集会場へ行き、討伐や村の見回りをする人員用の食事を準備するそうだ。 「では、私もお手伝いに行きます。特にやる事はありませんから」 「あら、さん、ありがとう。とても嬉しいのだけど、できればお家で義父さんの相手をしていただけないかしら?大人しくしてくれているけど、目を離したら山についていきそうで心配なのよ」 「そうですか……わかりました。食事等で、気を付ける事はありますか?」 「固いものは最近苦手そうかしら。でも、それ以外は好き嫌いの無い人だから、大丈夫だと思うわ。放っておくとパン1つとか果物一つで食事を済ませようとするから、注意してあげて。よろしくお願いね」 アーサーの食事のために家と集会場を往復せずに済むだけで楽だという婦人に、はちらりとリビングを見る。 年よりのくせに食事に頓着しない困った人だと暴露されたアーサーは、何も聞こえていないフリをしてお茶を飲んでいるが、そんな彼を見つめる村長の視線は生暖かかった。 Illusion sand ある未来の物語 110 婦人からアーサーの世話を任された翌日、小学校跡に集まった村人はこの数日一番の多さだった。 昨日まではいなかった手練れの気配もあり、なかなか頼もしい村だと頬を緩めたは、ふと玄関から出ていく達人の気配に慌ててパジャマから着替える。 「アーサーめ、婦人から止められていたではないか……」 老人の自覚がないのか、それとも自分が育てた村人たちが心配で声をかけに行っただけなのか。 どちらにしろ無茶をされる前に様子を見に行かなければと、は急いで洗面所へ向かい、身だしなみを整えると、今日はまだ無人の台所を通って外へ出る。 庭を突っ切った方が早そうだが、人様の庭を我が物顔で踏み荒らすことはできない。 広場の中で村人たちに声をかけているアーサーを見つけたは、一先ず無茶をしていなくて良かったと安堵しながら、足早に彼の元へ向かう。 このまま切りかかったらどれくらいの速さで反応するだろうか……。 なんて、いけない興味を抱きつつ、は若い村人に指導するアーサーの傍に着いた。 「おはようございます。……さん、何か妙な事を考えていませんでしたか?」 「おはよう……ございます。何の事を言っているのか、わかりませんね、班長」 「また懐かしい呼び方を……。剣を振りに来たんですか?」 「婦人から、『お義父さんの面倒をみてあげて』と言われたので」 「ああ、昨日の夜、言っていましたね。それはご苦労様です。今日は軽い指導だけですから、家に戻っても大丈夫ですよ。それとも、若い衆を鍛えてみますか?」 「いえ、やめておきましょう。頼りになる班長さんやカーフェイほどの突出した資質がある者ならともかく、普通の者ではついてこられないでしょうから。仕事として依頼するなら、引き受けますが、彼らは貴方からの指導の方がよほど実になるでしょう。師弟関係において、信頼は大きな影響力を持つ。そうでしょう?」 「ええ、その通りです。さんにそう言っていただけるなら、嬉しいですね」 「世辞ではありませんよ。皆、貴方が心血注いで育てたのがよくわかる」 「そうですか」 「ええ。ところで、そろそろ朝食の準備が始まるようです。私は外しても?」 「もうそんな時間ですか。ええ、私に遠慮せず、行って下さい」 「では、朝食の準備が出来たら呼びに来ますね」 本当に無茶はしなさそうな様子のアーサーに、は一先ず安心して家に戻る。 後ろからは、アーサーを見て鍛錬で会うのは久しぶりだと喜び、指導を求める村人たちの賑やかな声が聞こえていた。 天候に恵まれた事もあり、村人たちは予定通り朝早くから山に入っていった。 朝に入った村人は昼頃戻ってきて、午後に行く人間と交代するらしい。 翌日は1日かけて更に奥の山へ行き、問題がなければそれで間引きは終了となるそうだ。 変異種が確認されても、過去の事例通りで問題なしとできるのは、この村特有の戦闘能力の高さのためだろう。 因みに村の防衛は残った人員と戦闘できる御婦人方が担うそうだ。頼もしい限りである。 朝食を済ませた村長と奥方を送り出すと、はリビングで本を読むアーサーを横目に台所を片付ける。 この後は全く予定が無いので、人気が無い今のうちに庭の草刈りでもしようかと考えていると、アーサーから手招きをされた。 「さん、もう片づけは終わりましたか?」 「ああ。どうした?」 「さんも知っている、私の友人達について、少しお話ししようかと思いまして」 「それはかまわないが、生憎、私はお前の顔すらうろ覚えだ。名前だって、カーフェイが言わなければ忘れていたくらいだぞ?」 「そうだろうと思って、アルバムを出してきました。士官学校を卒業した時、友人達と作ったものです。さんが写った写真もありますよ」 「そうか。では、頼もう」 ガイとカーフェイ以外は、一人がジュノンでカフェを営んでいたのを知っているくらいで、当時の生徒たちの足取りをたどる事はしなかった。 アイシクルエリアの家に置いたままにしている古い荷物の中には、いくつか当時の写真があるはずだが、仕舞いこんだままだ。 アーサーは友人について教えるとは言っているが、その実、彼が昔話をしたいのだろう。 苦笑いしてソファに腰を下ろしたに、アーサーは持っていた本を開いてテーブルの上に載せる。 手作りらしいアルバムの写真は少し色褪せているが綺麗で、彼がこれを大事にしていたのがよく分かった。 ダークブルーの瞳と金の髪に、ああ、これだ、この子はこんな顔だったと思い出し、目の前にいる皺くちゃの老人と見比べる。 共に写っている彼の父親……当時の士官学校の校長も似た色彩を持っているが、アーサーよりずっと目の青さが濃い。 そして今でこそ雰囲気が似ているが、やはり母親似らしい外見はあまり似ていなかった。 「校長……お前の父親は、いつ頃?」 「親父は、母と一緒にディープグラウンドの騒ぎの時に亡くなりました。カームにいる親戚に呼ばれて収穫祭に行って襲撃に巻き込まれ、逃げる途中に……その、食中毒で……」 「食……そうか。それは、さぞ無念だったろうな」 「ええ。ですが……誰も恨まずに済む死に方だった事だけは、感謝しています」 「そうだな。そこは、大切だ」 「ええ」 聞かない方がよかっただろうかと思いつつ、は再びアルバムに目を落とす。 懐かしい教室での風景には、見慣れたカーフェイやガイの姿の他に、懐かしくなる顔が多い。 けれど、やはり随分古い記憶だからか、関わる期間の短さのせいか。 顔を見ても名前が出てきてくれなかった。 「ああ、この子、ジュノンでカフェをしていただろう?私と同じ剣術を教えていた叔父と一緒に。昔、何度かお菓子を作って差し入れてた覚えがある」 「アレンですね。ええ、彼は叔父のアベルさんと、ずっとカフェをしていました。私も何度か行きましたし、アベルさんが生きていた頃、何度か一緒に訪ねてきてくれましたよ」 「カーフェイたちが、よく彼の店のクッキーを差し入れてくれていたんだ。8年ほどまえに、店を閉めたと聞いたが、その後彼がどうしたかは聞いていないな」 「アレンは年齢から店を閉めた後施設に入って、4年……いえ、5年前に亡くなってしまいました」 「彼の叔父は?」 「ジュノンが新種に襲撃された事件をご存じですか?アベルさんは足を悪くしていたので逃げ遅れて、亡くなったそうです」 「ああ、あの時か……」 「知ったのは、封鎖が解除された後になってからでした。とてもお世話になったのに、墓に参る事ができませんでした。カーフェイとガイが、代わりに行ってくれましたがね。アレンの墓参りも、2人に頼むしかなかった。……年をとるという事が、これほど不便だとは、この頃には想像もしていませんでした」 そう言って、アーサーは写真の中で笑う友人達を寂しそうに見つめる。 お望みだったら連れて行ってやろうかと思っただったが、今のアーサーではバハムートに乗せた瞬間に心臓が止まりそうなので、言うのはやめておいた。 ゆっくりとページが捲られると、満面の笑みなカーフェイに肩を組まれ、一緒に『8班』と書かれた紙を持ったアーサー、アレン、それと3人の生徒にが並んでいる写真が現れた。 サングラスをして坊主頭の金髪に、これはガイだな、と一瞬思ったが、漠然とした記憶がそれに待ったをかける。 ガイだが、確か偽物だった気がする彼に、何て名前だったか思い出そうとしてみたが、まあ、普通に無理だった。 「アーサー、この、ガイっぽいのは、たしか違う子だったな?」 「ええ、彼は……すみません、私も名前は忘れてしまいました。あれから、殆ど面識はありませんでしたので。彼の事はガイに聞いた方が分かるかもしれません。……教えてくれるかは、わかりませんが」 「そうか。じゃあ多分、教えてくれないな。アーサー、この一番体格が良い子は、何て名前だった?」 「ジョヴァンニです。彼は、士官学校を卒業してから軍にいましたが、メテオの後からはピアニストになって世界中を飛び回っていました。それまでも、何となくでピアノを弾いていたらしいんですが、酒場で出会ったプロに楽譜の読み方を教えてもらったら、才能が開花したそうです」 「そうなのか。見た目からは想像がつかないが、意外な才能があったんだな」 「ええ。ただ、酒を飲むのが好きだったので、50になる前に酒で体を壊したんです。その後はウータイの田舎で自給自足の生活を始めたのです。酒も完全にやめていました」 「……そんなに極端に走る子だったか?」 「彼の父親は酒と女癖が良くなかったそうです。酒で体を壊した事で、自分が父親のようになるのは嫌だと思い、スッパリと辞めたと言っていました。彼の家族から、去年の秋に亡くなったと連絡が来ました。孫やひ孫に囲まれて誕生日を祝ってもらっている最中、大笑いしたと思ったらスッと眠るように逝ったそうです」 「そうか……何と言うか、気持ちが良い豪快さだな。昔も……そんな感じだった気がする」 「ええ。とても彼らしくて、訃報を聞いて笑ってしまったのは、後にも先にもあれだけでしょう」 「そうだろうな」 全く覚えていなかったはずなのに、何処からか『ダッハッハ!』という笑い声が聞こえてきそうで、は小さく苦笑いを零す。 同じく小さく笑みを零したアーサーは、紅茶で唇を湿らせると台所の方へ一度視線をむけ、首を傾げたにニッコリと微笑みかける。 「ジョヴァンニは、はちみつ入りの梅干しを作るのが上手で、毎年沢山送ってくれていたんですよ。去年送ってくれたものが、まだ冷蔵庫に残ってるはずですから、後で食べてみてください」 「ほう、梅干しか。それは楽しみだ」 セフィロスと一緒に作る梅干しもいいが、他の人の手作りと聞くと、やはり味見してみたくなる。 はちみつ入りの梅干しは挑戦した事がないので、今後またゆっくりとした生活に戻ったら挑戦してみようと、は密かに決める。 だが、セフィロスに言ったら速攻で梅を調達しに行きそうなので、暫くは黙っておかなければならない。 「アーサー、この茶色い髪の子は……」 「ロベルトですよ。彼は15年程前までアイシクルロッジで理容師をしていました。奥さんが美容師さんだったので、2人でそれぞれ店を持っていたそうです」 「意外と近くにいたんだな。その手の店には行かなかったから、知らなかった。今はどうしているんだ?」 「新種騒ぎで一時期ロケット村近くに避難していました。その後アイシクルロッジに戻りましたが、この村の封鎖が解除された後で連絡がきましてね。すぐに引っ越してきました。あちらの街の雰囲気が変わって嫌になったそうです」 「ああ、今のアイシクルロッジは、半分が軍事施設だからな。元々小さな村から観光で栄えた、長閑さがある街だったから、嫌気がさす気持ちは少しわかる」 「私はその街に行ったことはないのですが、そこまで変わったんですか」 「ああ。帰ってきた住人も、2割くらいはロベルトのように移住したらしい。ところで、この村に越してきたという事は、今もいるのか?」 「いえ、一昨年亡くなりました。それまでは、そこの小学校跡地を挟んだ4軒隣で、床屋をやってくれていました。当時は嬉しくて、用もないのに毎日店に遊びに行っていましたよ」 「それは楽しそうだ。アーサー、できれば、今度ロベルトの墓参りに同行させてほしい」 「ええ、是非ご一緒しましょう。この村の墓地は少し山に近い丘にあるせいで、皆、無理して行くなと止めてくるんです。おかげで、好きな時に花を添えてやることもできなくて」 「老人だからな。皆、お前の事が大切なんだろう」 「それはもちろん、分かってはいるんですが……たまに、若い頃のように走り回ったり、お腹いっぱいに肉を食べたりしたくなるんですよ。後が怖いので、できませんがね」 「そうか。だが、死ぬ前に一度くらいはやってみても良いんじゃないか?私がいる間なら、死にはしない限り体は治してやれるぞ」 「それは心強いですね。では、その時は共犯になってください」 「ああ。覚えておこう」 端とはいえ村内の墓地くらいなら、いつでも一緒に行ってやろう。 目に見えて嬉しそうな顔になったアーサーに、年をとってから表情が豊かになる者もいるのだな……と思いながら、は少し温くなった紅茶を飲む。 その後もアルバムを見て、生徒たちのその後を聞いたが、半分以上の生徒が卒業後6年以内で亡くなっていた。 ウータイ戦争の再開も大きかったが、死者のうち半分はメテオや神羅ビル崩壊によるもので、やらかした本人を夫に持つはちょっとだけ気まずくなる。 士官学校の生徒なのだから、殆どが卒業後神羅の軍に所属しており、その死因も仕方ないのだが……。 その後の星痕症候群やディープグラウンドソルジャーの襲撃事件により、追い打ちをかけるように死者は増え、その頃になると頻繁に連絡を取っていた友人達以外の生死はわからなくなったらしい。 彼らは一番貧乏くじを引いた激動世代だ。 生き残って老後を迎えている人数は、人口比率から見てもかなり少なかった。 「皆の話はいいが、アーサー、お前はどうだったんだ?卒業後は、軍に入ったんだろう?」 「私ですか?ええ、卒業後は3年だけ軍にいましたが……元々性に合いませんでしたからね。ストレスで髪が抜け始めたので、妻の勧めもあって辞めてしまいました」 「そんなに合わなかったのか……」 「ええ。あのガチガチでいつも誰かに足を引っ張られる環境は、私には無理でした。元々、保育士になるつもりでいましたからね。その後は夢だった保育士になったのですが、僻地に赴任してくれる教師が不足していると聞いた事がきっかけで、教師の資格を取ったんです」 「たしか、僻地の教師は、戦闘技能が必須だったか……」 「はい。私はその辺には問題ありませんでしたからね。それに、田舎の小さな学校だと、働く親の代わりに赤ん坊を背負って学校へ来る子なんかもいましてね。私にとっては天職でした。それからは、呼ばれるまま、各地を転々とした後、縁があって50歳頃にこの村へ校長として呼ばれました。良い村でしたし、生まれ育ったミッドガルは廃墟でしたから、そのままこの村に骨を埋める覚悟をしたんです」 「学んだことをすべて生かせたのか。よかったじゃないか。ところで、結婚は早かったようだが、奥方はとはいつ頃?」 「彼女は士官学校時代の同級生です。卒業から2年ほどして……丁度私に10円ハゲが出来はじめた頃に、一生養うから仕事をやめてとプロポーズしてくれました。当時の私は、彼女にそんな事を言わせた自分が恥ずかしくて、意地になってしまいましてね。結局入隊3年目になる頃に、後頭部の防御力がゼロになる前に主夫になってほしいと土下座されて、結婚したんですよ。同期入隊した友人達にも、それ以上禿げる前にやめろと言われていましたし」 「……奥方は、相当必死だったんだな。だが、その気持ちはよくわかる。私もセフィロスが禿げるような環境にいたら、土下座もするし、攫って逃がす」 「そうですね。あの頃の彼女には、本当に心配をかけてしまいました。その後、男の子と女の子を2人ずつ産んでくれて、20年前に亡くなりました。ああ、今、一緒に住んでいるのは次男です。他の子どもたちは、都会に行ってしまいました」 90を越えてもフッサフサなアーサーの髪が禿げるとは、彼にとって軍人生活は相当なストレスだったのだろう。 戦う才能がある事と、軍人としてやっていけるかは別だ。 周りに言われるほど禿げるまで我慢するのはどうかと思ったが、が知る昔のアーサーは、一人で全部抱え込もうとするところがあったので、やりそうだと納得できてしまう。 少し話し疲れた様子のアーサーに、は少し無理をさせたかもしれないと思いながら、お茶のお代わりを取りに行く。 お茶を出したら、暫くは何もせず休憩した方が良いかもしれない。 そう思いながら紅茶を入れなおしたは、美味しそうにカップを傾けるアーサーを微笑ましく見守る。 だが、紅茶を飲み終えた途端、墓参り用の花を採りに行こうと立ち上がった彼に、村民たちが事ある毎に無茶をするなと止める理由が分かった気がした。 |
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不死身の毛根 2024.05.23 Rika |
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