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眠るのが早かったからか、夜が明ける前に目を覚ましたは、真夜中に届いていたカーフェイからのメッセージを読む。
今回がこの村へ来たのは偶然だが、アーサーにの世話を頼んだのは、ルーファウス側から連絡がつきやすいようにするためらしい。
どうやら相当暇を持て余しているらしく、先日とうとう大型のハープと防音室を買ったそうだ。

老体で大きな楽器に挑戦しようだなんて、正気だろうか。
防音室の中で楽器の下敷きになって身動きが取れなくなっているルーファウスの姿を想像してしまい、は心配になる。
大丈夫なのかとカーフェイに聞けば、彼もそれを心配していたらしく、10分置きにガイかカーフェイが無事を確認しているそうだ。

カーフェイは大丈夫だとは言ってくれたが、はルーファウスに竪琴を与えた責任を感じずにはいられなかった。



Illusion sand ある未来の物語 108



村の朝は早い。
村人たちは、まだ陽が出ていないうちからぞろぞろと家から出ると、小学校跡地に集まり、各々の武器を手に鍛錬を始める。
若くても30代半ば。殆どは40~50代の年齢だが、70を越えていそうな高齢者の姿も多く見える。

何か決まりがあるでもなく、各々の気が済むまで鍛錬をすると、彼らは爽やかな顔で再び家に帰っていく。
時折気合いのままに掛け声を上げる者や、共に鍛錬する者に指導を求める者、朝稽古のついでに仕事の打ち合わせをする者もいた。


夜明け前から賑やかな窓の外に、は一つ大きな欠伸をすると布団から出る。
やたらとはっきり聞こえる会話に、そっとカーテンを捲ると、窓の2m先で剣を振っている村人の背中があった。

なるほど、これは目が覚めるわけだし、村長一家が早くに寝るはずだ。
納得しつつ、気づかれないうちにそっとカーテンを戻したは、薄暗い室内で手早く着替える。

剣を振れる場所があるのは有り難いが、村人とは時間をずらそうと考えながら顔を洗いに向かったは、洗面所で歯を磨いているアーサーと出くわした。


「おはよう、アーサー。早いな」
「おはよう。年を取ると、朝は早くなるものです。外も賑やかですから」

「ああ。私も目が覚めた。いつもああなのか?」
「昔、封鎖されて、村人を鍛えてからです。煩いなら、部屋を変えましょうか?」

「いや、目が覚めて丁度いい」
「そうですか」


職歴のせいか、喋り方が父親に似てゆっくり丁寧になったアーサーに、は何とも言えない感慨深さを感じる。
一晩経って落ち着くと、昔の記憶がポロポロ蘇ってきて、ついつい思い出に頬が緩む。


「……さん、なにを笑っているんですか?」
「いや、人は変わるものだと思ってな……」

「……老い先短い老人の黒歴史を掘り返すのはやめてくださいね」
「そうだな。大人げない事はしない」


最初の授業で3サイズ聞いてきたんだよなぁこの子……。
スカした態度の奴のフリして、一人だけ先生って呼ばずに『さん』付けで呼んで敬語も使わないで、背伸びしてたしなぁ……。
色々一人で背負い込みすぎて頭のネジが飛びかけていたんだろうなあ……。

思い出すと顔がニヤニヤしてしまうのを堪えたは、アーサーと交代すると身なりを整える。
台所に行くと、村長婦人が朝のお茶を終えた所だったので、朝食の支度と片付けを手伝うと、身支度を調えて現場へ向かった。


少し早めに出たつもりが、道行く村人と挨拶していたら、予定より遅く着いてしまった。
それでも、集合時間にはまだ余裕があったので、早くに来ていた地元の大工に断りを入れて、辺りの林に潜んでいる魔物を狩って歩いた。
短い冬の半ばを過ぎたこの時期、春を控えた山の恵みは一年で最も少なくなり、日に3度は魔物に襲撃されて現場が止まるらしい。
この村の人間は鍛えているので簡単に倒せるが、狙われるのは昼食や休憩時間用の食べ物と、昨日達が運んできた石らしい。
石は魔物が巣作りに使うために狙われるそうだ。

今日は中断せずに仕事が出来そうだと喜ぶ大工達から、使用している道具の話を聞いていると、他の学生たちがやってくる。
その後間を置いて、始業開始時刻前に棟梁が来ると、今日の作業確認をして仕事が始まった。

今日は昨日に引き続き石を運び、午後からは更に山の中にある別の川から粘土をとってくるそうだ。
予定では、道中の魔物を相手にする人手を呼ぶはずだったが、が朝イチで魔物を倒して回っていた事を聞いた棟梁が、その役目をに頼んだ。
同時に、生徒たちには今後は自力で魔物に対処する必要が出てくるので、戦いの心得がない者は朝の鍛錬に出た方が良いと話がされる。

素人が無暗に戦おうとするより、大きな音が鳴る鈴や金属片を持ち歩いて追い払う方が安全だ。
しかし、中にはそれでも向かってくる魔物がいるし、僻地で仕事をするなら対処方法は学んでおく必用があるので、はひとまず黙っておいた。

昨日の川で、作業の合間にまた魔物を狩り、午後から入った山で次々出てくる魔物を狩り。
思った以上に湧いて出る魔物のせいで、の手は度々止まるし、移動中も右の藪に入ったり、戻ってきたと思ったら左の藪へ行ったりと大忙しだ。

威圧を放てば逃げる魔物しかいないのだが、同行する学生や大工が腰を抜かして動けなくなるのは間違いないし、精神力が脆い人間だと混乱状態になりそうだ。

ここは地道にやるところだろうと考え、はひたすら魔物を狩って歩く事に集中する。
足場の悪い山の中を、縦横無尽に走り回り魔物を狩りまくる彼女を、守られる側の生徒と大工がドン引きして見ている事など、全く気付いていなかった。


目的の粘土が採れる川に着くと、生徒たちは指示された場所で土を掘り、も剣の汚れを落とすと作業に加わろうとする。
だが、剣を鞘にいれたところで、同行していた大工に呼ばれた。


「お疲れさん。助かったよ。疲れただろうから、さんは少し休んでくれ」
「いえ、それほど疲れいませんから、作業できます。……何か問題がありましたか?」

「問題じゃあないんだが、本当に疲れてないのか?あんなに走り回ってたろ?道が安全になるのは助かるんだが、張り切りすぎて無理していないか心配だったんだ」
「そうでしたか。ありがとうございます。ですが、以前の仕事では、一晩中魔物を追った事もありましたので、この程度は、何の苦にもなりません。帰り道も、魔物は近づけませんので、どうぞ安心してください」


以前、コスモキャニオンで低級の魔物が大量発生した時の事を思い出し、は小さく笑みを零す。
大量にいるのに群れることはなく、殺気や威圧が漏れると脱兎のごとく逃げるという、臆病な魔物だった。
近くにWROの基地があったため規模が大きな魔法や、細かい操作を加えた魔法が使えず、已む無くセフィロスと二人で一晩中魔物を追い掛け回していたのだ。
荒地だったので視界は良かったが、その分魔物にも見つけられやすく、無駄に走り回らされた覚えがある。

それに比べれば、この山の魔物など、数が多いだけなので可愛いものだった。
見た目はあまり可愛くないが。


「そ……そうなのかい。大変な仕事だったんだな。でも、俺達を安心させるためと思って、少しだけ休んでくれよ」
「わかりました。では、少しだけ、お言葉に甘えます。ところで、一つ聞きたいのですが、まだお時間はよろしいでしょうか?」

「ん?何だい?」
「弱い種類だけとはいえ、これだけ大量に魔物が湧くのは異常ではないでしょうか?村までも遠くありません。この村は、いつもこのような状態なのですか?」

「いや、さすがにこれだけ湧くのはそうそうないさ。……まあ、いつもは、周りにいても様子を見てるだけで、襲い掛かってくるのは1回か2回だけどな……」
「襲ってきたものだけ対処していたという事ですか……。定石ではありますが、最後に間引きをしたのはいつ頃でしょう?今来た範囲内にいる魔物の量を考えると、変異種が出てもおかしくない頃合いだと思います」

「変異種か……。確かに、5年くらい山狩りも間引きもしてないな。帰ったら、棟梁と村長に相談してみるよ。ありがとうな」
「はい。では、そろそろ作業に戻ります」

「いや、だから休んどけって」
「材料採取は、大事な学習の一つですので」


体力オバケか……という大工の呟きを聞き流し、は他の生徒に交じって粘土を掘り出す。
谷に似た低地の川のせいか、山の上から様子を窺う魔物の気配があったが、ここで狩りに行っては何のための実地学習か分からない。
今は様子見する事にして、上級生の助言を聞きながら手押しの荷車にどんどん粘土を積んでいく。

次に粘土を取りに行くときは、もっと村に近い場所に行くという大工の言葉に学生たちは喜んでいるが、おそらく魔物の量を鑑みた末の言葉なのだろう。

行きの道で多くの魔物を狩ったおかげか、帰り道で姿を見せる魔物は少なかった。
それでも、その量は普通の山より多い。

現場に戻ると既に陽は傾き始めていいた。
同行した大工は棟梁と相談しはじめ、学生たちは別の大工と上級生の指示のもと、粘土を台車から下ろす。

その大工が、明日は別の材料をとりに違う山へ行く。今日は早く風呂と食事をして、ゆっくり休めと告げると、以外の1学年が安堵のため息をつく。

定時より少し早いが、片づけをしたら終わりだと言われると、学生たちは更に安心した顔になり、素早く後片付けを始めた。
急ぎすぎて手元がおろそかになりがちなのを上級生が注意しているが、そんな上級生も少しだけ早く仕事が終わったのが嬉しいようだった。

今日は他の学生にタイミングを合わせて帰ろうとしただったが、川に連れて行った大工と棟梁に呼ばれ、一緒に村長宅へ帰る事になる。
予想通り、理由は山で倒してきた魔物の事だった。






2024.05.20 Rika
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