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Farce 3 ステージの下手奥。 天井から下げられたカーテンの合間から、ガイはディーンとマイラのやりとりを眺めていた。 本来ならば、彼女ではなく自分とが出るはずの場面なのだが、は自分の足で立ってはいるものの、まだ舞台に出れる様子ではなかった。 少し遊びすぎて、少しだけ本気になってしまった自分に、ガイは参ったと内心溜息をつく。 それでも、その表情は少しだけ楽しげな笑みを浮かべていて、傍から見ても反省の色が無いから困ったものだ。 ガイ自身、一応反省はしているつもり・・・ではあるのだが、勝手に笑っている顔の事を考えると、自分でもどちらなのかわからない。 そんな一時の感情など些細なもので、どちらでも良いと結論を投げ出すと、彼は自分にとって今唯一の問題であるを見た。 舞台上で止められた時の震えは既に無いが、未だ怯えが見える彼女は自分と目を合わせてくれない。 その程度の事、普段ならどうでも良いのだが、今は劇の本番真っ最中なので、放ったらかしにもできなかった。 この反応から考えて、恐らく彼女は実戦経験が無いのだろう。 逆に、多少驚いても取り乱す事が無かったアーサーは、多少経験があると分かった。 それが人間相手か、魔物相手かは知らないが、しかしそれもガイにとってはどうでも良い。 いずれ手にかけなければならない人間を、わざわざ知って情を持つような、酔狂な趣味は無いからだ。 とにかく、経験がないと、裏の仕事をしている自分とは許容できる感覚が必然的に変わってくる。 だから、少しだけ遊びに本気が混じって、殺気を出してしまった自分に、彼女は怯えてしまったのだ。 何とか平常まで彼女の気持ちを上げなければ、劇は進まないだろうし、他の面子からも怒られるだろう。 それは少し嫌だと思いながら、ガイはに視線を戻したが、どう扱ったらよいのかは正直わからなかった。 「」 「・・・うん・・・」 「うーん・・・」 「・・・な、何?」 どうしたら君が元気になるのかわからない。 なんて言葉、本人に向かって、しかも元凶の自分が言えるはずがなく、ガイは腕を組んで考える。 「僕が恐い?」 「・・・こ、恐いってゆーか・・・その・・・」 「びっくりした?」 「うん・・・」 少しだけ気が抜けたようでも、まだ恐がっているのが見てわかるのに、それを口にしない彼女にガイは小さく笑みを零す。 気を使っているのだと感じながら、しかし普通はそこで「うん」とは答えないだろうとも思った。 自分の周りに入る人間を思い浮かべても、皆どこか癖があるから、普通の人への対処がよくわからない。 裏組織に普通の人間など滅多にいないので、さして気にした事はなかったのだが、こういう事態になると少し困りものだ。 だが、震えていたとはいえ、あの状況で殺気を出す自分にを止めに動いた彼女は、少しだけ普通ではないかもしれない。 そこら辺にいるような女なら、あのまま震えて誰かが止めてくれるのを待っていただろう。 何処にでもいそうなのに、少しだけ変わっている。けれど、平凡な、何処にでもいる普通の人にもなれる。 そんな彼女が、少し羨ましいと思いながら、ガイはの頬を掴んで、自分の顔ぐっと近づける。 驚き、目を丸くする彼女は、思考がついていかないのか固まっていた。 次第に顔を赤くしていく彼女に、可愛らしい反応だとは思うのだが・・・何せ、格好が格好だ。 彼女はマジックポットの衣装のままで、自分も半ズボンの生足な上頭に丼まで乗せている。 一応真面目に頭は使っていたが、傍から見た光景を想像すると、なんだか馬鹿らしくなってくる。 雰囲気も何もあったものじゃないこの状況では、湧いて来る欲情だってすぐに消え失せ、表に出てきても精々苦笑いだ。 「怯えなくても大丈夫だってば。もう、が恐がる事はしないから」 「う・・・うん」 状況についていけない彼女に、普通はそうだろうと思いつつ、ガイは頬を緩める。 いつか、と、その他の何人もの人間を裏切る事になるが、その時に彼女が感じるのは恐怖ではなく悲しみと絶望だと思った。 だから、この約束はきっと嘘にならない。 気に病む事など何一つ無いのだ。こんな些細な約束も、始まったばかりの裏切りと共に、いつか不要な記憶として切り捨てる日がくるのだから。 彼女を捕らえていた手を離したガイは、自分の頭に乗せていた丼を取り外すと、それをそっと彼女の頭に被せた。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・ガイ・・・何して・・・」 「スポーン!!」 謎の擬音語を口にしたガイは、の頭に乗せた丼をサッと上に上げ、何事も無かったかのように自分の頭へ乗せなおす。 唖然とするに、ガイは子供のように首を傾げ、無邪気な笑みをうかべて見せた。 「びっくりしたー?」 それ以前の問題です。 ガイの奇怪な行動は今更だが、やはり今回も全く意味がわからない。 そもそも、この行動に何か意味があるのかもわからない。 何をしているんだろうこの人は。 何がしたいんだろうこの人は。 何を求めているんだろうこの人は。 そんな言葉が無駄だなんて事は、普段のガイの行動を考えればわかる。今の行動だけでもわかる。 きっと何の意味も無い。 返事を待つ彼に、は心底残念そうな生暖かい目で、引き攣った微笑みを返すのだった。 その頃、舞台の上ではマイラとディーンの遣り取りが終り、ロベルトとアーサーが再びステージの上に出ていた。 ロベルトこと、時計の執事・ゴワスに案内され、モーグリのアーサーは薄暗い廊下を進む。 やがて通された部屋は、所々埃が溜まり、長年使われていない様子が伺えたが、品の良い家具でまとめられていた。 暖炉で揺れる火と、テーブルの上にある燭台の蝋燭が、淡いオレンジ色に室内を照らす。 「私どもの主人は少々気が難しい御方でございます。そのため、申し訳ございませんが御客様がいらっしゃったお話はしておりません」 「いいのか?・・・クポ」 「では、御客様はこのまま城から追い出されても、よろしいので?」 「いや・・・クポ。でも、見つかったらお前らだってタダじゃ済まないはずクポ」 「仰るとおりでございます。ですから、今宵はこの部屋で、ごゆっくりお休みくださいませ。決して部屋から出たり、大声を出したりなさらないよう」 「わかったクポ。世話をかけてすまないクポ」 「いえ。寝る前に、何か温かいものをお持ちしましょう」 「お言葉に甘えるクポ」 アーサーが喋る度、ロベルトの頬がピクピク痙攣する。 練習でも聞いているのにこんな反応をするのは、アーサーが着ているモーグリ衣装のせいだろう。 深々と礼をしたロベルトは、ステージの中央でソファに座るアーサーを残して舞台から消える。 すると、先程洒落にならないアドリブをしてくれたガイと、彼に手を引かれたが、ティーセットを持って出てきた。 演技なので勿論中は空なのだが、二人が来た途端、アーサーは何とも言えない臭気を感じた。 ニッコリ笑うガイに、先程の事を思い出し、アーサーは嫌な予感がする。 これから先の台詞を思い出し、まさかと考えた彼は、申し訳無さそうに笑うに、その予感が当たった事を知った。 「御客様ー、先程は失礼いたしましたー」 「息子の御無礼、どうかお許し下さい。私はこの子の母、マジックポットでございます。温かいポーションをお持ちしました」 「あ、温めたポーション!?そこは普通お茶が出てくるものクポ!」 「だぁってお客さん、体力消耗してるんでしょー?」 「疲れたときはポーションです。雨でお体も冷えていらっしゃるし・・・」 「だからってポーション温める奴なんか普通いないクポ!冗談じゃな・・・うぉ臭!ちょ、なんか酸っぱい匂いするクポ!」 何とも言えない臭気。 その正体である、温めたポーションを差し出され、アーサーはウッと顔を顰める。 いくら本番とはいえ、本当に温めたものを持ってくるなど、正気とは思えない。 いや、相手がガイなのだから、予想しなかったわけではないが、まさかまでグルになるとは思わなかった。 「暖めるとー、独特の匂いが強くなるんですよー。さ、御猪口の僕が飲ませてあげるから、グイッとどうぞ〜」 「嫌クポ!全然持て成されてる気がしないクポ!マジックポット、お前の子供何とかしろクポ!」 「じゃぁ、エリクサーちょうだい」 「大丈夫だよー。熱いと火傷すると思って、人肌程度に温めたからー」 「余計にタチが悪いクポ!嫌がらせ以外の何者でもないクポ!!」 「お気に召されませんか?では、普通のお茶をお淹れしますね」 「もー。我侭なお客さんだなー」 「わ、我侭!?普通の反応クポ!」 「御猪口、さぁ、お客様にお茶を・・・」 余程アーサーに温めたポーションを飲ませたかったのか、ガイは心底残念そうな顔をしてからティーカップを受け取る。 ただでさえ朧な記憶で作った台本に、単調な劇ではつまらないと、笑える要素を入れたのは誰だっただろうか。 確か・・・そうだ、確か台本を作ったのはジョヴァンニとマイラとガイだ。 マイラとジョヴァンニがいるから大丈夫だと思っていたのに、結局二人はガイに懐柔されて台本はとんでもない事になった。 時間が無いながらも皆で話し合い、ある程度省いたにも関わらず、ガイは更に話をおかしくするつもりなのだろうか。 こんなサプライズいらない。 『、どうなってるんだ?』 『さっき、ちょっと空気悪くなったでしょ?だから、和ませようってガイが・・・』 『・・・・・・仕方ないな』 『ゴメンね』 『いい。ガイは誰にも止められない』 『うん』 結局つきあってやるしかないのかと、アーサーは早くも諦める。 ガイに関わったのは、この準備期間中だけだったが、無理に制止するよりこうした方が、ガイが大人しくなる事を皆学んでいた。 二人が内緒話をしている間、ガイはそれまで持っていた温かいポーションを、舞台袖のバケツに捨てる。 元気にステージの上を走り回りながら、漸く茶の準備を終えた彼は、ティーカップを持ってアーサーの隣に腰を下ろした。 「こら、お客様に失礼でしょ!」 「いいクポ。子供は元気が一番クポ」 「へっへっへー!男前の隣ゲットー!羨ましい?羨ましい?でーもー・・・譲ってあーげない!」 ニコニコと無邪気に笑いながら、客席の最前列に陣取っているアーサーの取り巻きに喧嘩を売るガイ。 明らかに自分達をからかう彼に、ムッっとした彼女達だったが、ガイは更に楽しそうな顔をしてアーサーに体を絡ませていく。 明日、ガイは生きているのだろうかと心配するは、彼女達にもガイにも無反応なアーサーを見る。 彼が普段から物事に動じない人だとは分っているが、段々と怪しい方向に体を絡ませて行くガイに反応しないのはどうか。 照明を担当する神羅の社員も、何を勘違いしたのかステージを薄暗くさせる。 ほんのりと照らされた二人の姿は、何処からどうみても異様で、もし衣装を着ていなかったら本気で洒落にならない光景だ。 いや、衣装を着ているからこそ、この二人の姿は色んな意味で異様だった。 『アーサー・・・ガイ・・・』 ただならぬ雰囲気をかもし出す二人に、は小さく、震えた声で名を呼ぶ。 だが、二人はそれに何も返さず、アーサーの腕がガイの体に回される。 ぐっと体を密着させる二人に、流石のも頭が真っ白になって言葉を失った。 「いい香りだ・・・心が落ち着く」 「身も心も暖めてあげるよ・・・あっ」 ガイの嬌声に、観客席から黄色い悲鳴が上がり、の顔は真っ青になる。 次の出番を待つジョヴァンニが、袖口で口をあんぐりと開けて見ているのを横目に、ガイは怪しい笑みを浮かべてアーサーを見つめた。 「痛く・・・しないで・・・優しくして」 「・・・・・・」 流石に少々いけない事態だと感じたのか、アーサーちらりとを見ると、自分の足の上にあるガイの生足を掴んだ。 半ズボンだから、この日の為に剃ってきたという彼の足は、それなりに筋肉がついているものの細く白い。 が、掌に感じるのは滑らかな肌の感触ではなく、生えかけたスネ毛のチクチクとした感触で、アーサーは期待してもいないのに一気に気分が落ち込んだ。 再び響いた敏感すぎる嬌声に、アーサーはヒクリと顔を引き攣らせ、ガイの襟に手を伸ばす。 「気色悪い声出してんじゃねぇ!!」 叫ぶと同時に、ガイの体がステージの端まで投げ飛ばされる。 呆然とすると観客など気にも留めず、アーサーは乱れた服をなおすと、ガイを受け止めたジョヴァンニを確認して椅子にかけ直した。 「美味しいお茶だったクポ。でも、次は普通に飲ませてほしいクポ」 「は、はい!ただ今!!」 ステージから下ろされたガイは、暫く出してもらえないだろう。 その方が、平和に劇を進めれると、少々申し訳無い事を考えながら、はアーサーにお茶を淹れ直す。 だが、再び出されたお茶を彼が受け取ろうとした瞬間、城の中に獣のような雄叫びが轟いた。 「な、何が起きたクポ!?」 「いけない、ご主人様です!お客様が静かにしてくださらないから、今の騒ぎで気づいてしまわれたのです!」 「お前の息子のせいクポ!!」 「早く隠れて下さいませ!ここは私が・・・」 「侵入者かーー!?」 ズドーンという効果音と共に、獣の衣装を着たジョヴァンニがセットの扉を蹴り飛ばして登場する。 驚いたアーサーはティーカップを落とし、は慌てて彼を背に隠した。 「ご主人様、これには訳が・・・」 「五月蝿い!!俺の許可無く城に人を上げるとは、お前何を考えている!?」 「あ、あわわわわ・・・何て恐ろしい野獣クポ!でも女の人を盾になんて出来ないクポ!」 「いけません御客様!」 「怯えているな・・・そんなに恐ろしいか?そんなにおぞましいかこの俺の姿が!!」 「クポーー!!」 自分の前に立つを下げ、前に立ったアーサーに、ジョヴァンニは声を荒げる。 演技とはいえ、彼怒る様は二人が想像していた以上に迫力があった。 普段の大らかさとのギャップもあるのだが、そうでなくともジョヴァンニは体格だけで十分相手を威圧できる。 これが演技なのだから、彼が本気で怒ったらどうなるのだろう。 「道に迷っていらっしゃったのです!どうかお許しを!!」 「道にだと・・・こんな嵐の夜に?・・・ふざけるな!!そんなもの、あの女神の差し金に決まっている!!俺達をこんな姿にした奴の仲間など、ただでおくものか!!」 「そんな!勘違いクポ!どうか許して欲しいクポ!」 「ご主人様、お願いです、どうか私に免じて!!」 「断る!何かあってからでは遅いのだ!このまま牢に閉じ込め朽ちさせてくれるわ!!」 「クポーーーー!!」 大きな稲光の音と共に、アーサーの悲鳴が響き、袖口にいたマイラ達が舞台の上にサンダーを落とす。 白黒する視界の中、ジョヴァンニはアーサーを担いで舞台袖に走り、セットが城外のものへと変わった。 城の外に待機していたケンタウロスのイザークは、自分の主であるモーグリの悲鳴に驚き、舞台の上をあたふたと歩き回る。 すると、少しウロウロしすぎたのか、運悪くマイラのサンダーが彼の衣装の後ろ側。丁度尻の部分に落ちた。 「おぉぉぉぉぉ!!?」 稲妻を食らってひっくり返ったイザークだったが、視界が悪い舞台の上での事。 マイラは彼に魔法が当たった事に気づいていない。 休む間もなく落とされるサンダーが、倒れたイザークの目の前に落ち、彼は驚いて飛び上がった。 衣装の尻尾と、フワフワのアフロ髪からは、少しだけ煙が立ち、イザークは顔を真っ青にする。 『本気だ』と、ありもしないマイラの殺意を感じた彼は、必死にサンダーを避け、転がるように舞台袖へと逃げた。 | ||
何か、毎度毎度アーサーが可哀想な事になってる気が・・・。 2008.06.22 Rika | ||
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