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ちゃんとした台本を見てから、役を決めればよかったと言ったのはカーフェイ。
どうして気付かなかったんだろうと言ったのはロベルト。
台本自体を自作したのも無謀だったと言ったのはディーン。
面白くて良いだろうと言ったのはジョヴァンニ。

今更どうしようも無いと言ったのはマイラ。
独特で良いと言ったのはガイ。
逃げ道なんか無いと言ったのはアレン。
自分はこれで満足だと言ったのはイザーク。
客が楽しめれば失敗にならないと言ったのはユージン。
真実に言葉が見つからなくなったアーサー。
なるようにしかならないと腹を括った


それは開演5分前。
本当の『美女と野獣』の物語を知った彼らの、後悔と自棄が入り混じった会話だった。

真実を知るには遅すぎたと、誰もが眼前の不安に惑い、それでも立ち向かわなければならない。

朝早くから、衣装を着て会場内を歩き、宣伝した美女。
女性に囲まれながら、演劇の宣伝をした王子。
ガラの悪い客と喧嘩になり、圧勝で治安維持に貢献した結果、男女問わず宣伝が出来た色男。
他の役を受けた者達も、それぞれ衣装を着たりビラを配ったりと、様々な宣伝をしてしまった。

舞台袖から覗く観客席は、満員どころか立ち見すらする者までいる。
中央の来賓席には、神羅の重役と、護衛らしい英雄セフィロス。士官学校の校長、アベル教官もいる。
傍の席には、レナードやマクスウェルといった教員達と、同じ仕官学校の生徒達の姿まである。

最初から逃げ場は無いのに、知らないうちに自らの首を締めていたという事実を、まざまざと見せ付けられた気がした。


「行くしかないな」
「ここまで来たら、なるようにしかならないよ」
「気楽に行こうよ〜。大丈夫!僕達は僕達だけの『美女と野獣』をやればいいんだよ〜」
「そうだね。本当に『美女』と『野獣』ぐらいしか原作に沿ってないけど、今まで練習したんだから、きっと何とかなるよ」

舞台の冒頭から登場するアーサーとイザークに、次いで登場するガイ、は励ましの言葉を送る。
楽観的とも言えるが、3人の言い分は真実で、アーサーの不安もいくらか軽くなった。
苦笑いを零し、礼を言おうとした瞬間、会場内の照明が落とされる。
舞台を挟んで向かい側にある上手で、最初に出るマイラが小さく頷いたのが見えた。

暗闇に静まり返る観客と、出番を待つ役者に見守られながら、舞台が幕を開けていく。




Farce 2



夜の帳が落ちた空を、暗雲が包んで幾億の涙を落とす。
響き渡る雷鳴は天の嘆きのように、稲妻となって地上に落とされた。
広がる森は闇夜より深い闇に落ち、吹きつける風に枝を揺らす。

雨と土と草木の匂いが立ち込める森の中、灯り一つ無い道を辿った先に、一つの城があった。
石造りの堅固な城壁は蔦に覆われ、しかしその奥にある庭には雨にぬれて尚美しい花々が咲き誇る。
白亜のような城を見上げれば、小さな窓にはあかりが灯り、激しい嵐の中に与えられた救いの導のようだった。
真夜中の嵐に、外を歩く者など誰一人としておらず、窓を叩きつける風雨を耐えるように、城は静まり返っていた。

そんな城の扉を、突如叩く音が響く。
こんな嵐の夜に、一体誰が尋ねてくると言うのか。
よもや悪魔の使い手が、人の血肉を求めて来たか。
怯える家人の騒ぐ声を聞き、この城の若き主が剣を持って扉を開く。


「こんばんわヒャァァァァ!!!」


城の主は、扉を開けた瞬間そこにいる人物に剣を突きつけた。
驚いた訪問者は、驚いて悲鳴を上げるとその場に尻餅を付く。

『げ!悪い!マイラ』
『悪いじゃないわよこの馬鹿ーフェイ!アンタそれ本物の剣じゃない!』

『いや、だって台本にそう書いてたし・・・』
『いいわよもう。台詞言って』


訪問者である老婆役のマイラに、城の主役であるカーフェイは剣をつきつけながら台詞を思い出す。
目の前でギラリと光る刃に、マイラは舌打ちしながら怯えた素振りを見せた。


「こんな嵐の夜に訪れるとは、老婆よ、お前は何者だ?」
「夜分遅くに申し訳ございません。道に迷ってしまいまったのでございます」

「嵐にあったとはいえ、随分酷い身形をしているものだ。泥だらけだな」
「ええ、酷い嵐でございました故、年老いた身では上手く歩けませんで・・・」

「ならば初めから一人歩きなどせねばよかろう。ここは老人110番のステッカーなど貼っていない」
「もっともなお言葉でございます。ですが、どうしても山を越えねばならぬ用事があったのでございます」

「こんな嵐にババアが一人訪れて来て、怪しまれぬとでも思っているのか!?刺客ではなかろうな!?」
「滅相もございません!ただ一晩の宿を与えていただきたかっただけでございます!!」

「宿だと・・・?そうだな・・・なるほど。いいだろう。泊めてやらんでもない」
「本当でございますか!!」

「ああ。ただし、お前が寝るのは厩だ!!」
「な、何故でございますか?!それはあんまりでございます!!」

「理由は4つだ。1つ、お前が怪しすぎるから。2つ、お前の身形が汚いから。3つ、お前の容姿が美しくないから。4つ、俺はムッチムチセクシーな美女しか招きたくない。わかったか!!」
「愚か者ーー!!」


怪しすぎる訪問者を、城の主は厩に泊める事にしました。
多くの召使も住んでいる城の主として、それは当然の対応でしたが、老婆はそれに納得できません。
食い下がる老婆に、城の主は怒り、その理由を教えてやりました。
するとどうでしょう。
老婆の体は突然光り、次の瞬間美しい女神へと変身したのです。


「何と心の冷たい人間か!弱り困ったものをこれほどに邪険にするとは!!」
「つ、冷たいって、怪しいんだから仕方ないだろう!俺はこの城の主だ!!この城に住む者達の命を預かる身だぞ!当然の判断だ!!」

「黙りなさい!例え大きな物を背負っていようと、人一人慈しむ心が無くて多くの者を幸せに出来ると思うてか!」
「お前が怪しすぎるからだろうが!昼間に来ればいいだろ昼間に!!俺は悪くない!」

「この期に及んでまだ自分の罪を認めぬか!?なんと心の醜い人間だ!」
「お前こそ自分の非を認めろよ!どんだけヘソ曲がってんだ一体!?」

「人を身形や容姿で区別するなど、まして、煩悩に従った判断で人を貶めるなど言語道断!!」
「服装で身分だってわかるだろーが!怪しい奴を怪しいつって何がわるいんだよ!お前の方が言語道断だーー!!」


怒り狂う女神に、城の主は負けじと言い返します。
しかし、女神の怒りは収まるどころか増すばかり。
遂に女神は、その手に眩い光を放ち出しました。


「人を愛し慈しむ心を忘れた愚か者め!お前が蔑む、醜い姿となってしまうがいい!」
「な、何だと!?」

「お前の家臣達も道連れにしてくれる!ムッチムチセクシーじゃなくて悪かったなー!!」
「うわぁあああ!理不尽だーー!!」


女神の怒りは収まらず、城の主は女神の光に襲われて倒れた。
目が眩むほどの光の中、静かな女神の声が響く。

「哀れな男よ。お前に1度だけ機会を与えよう。
 もしもその醜い姿で人を愛し、愛される事があるならば、その呪いは解け、お前は元の姿に戻ることが出来る。
 だが、もし出来なければ、お前は未来永劫その醜い野獣の姿のまま。
 時間は、この赤薔薇が散る時。最後の花弁が落ちるまでだ」

目が眩む程の光が城と森を包み、それが消えると、今までの嵐が嘘のように星空が広がる。
残るのは、恐ろしい獣へと姿を変えられた城の主と、その傍に落ちる1本の赤い薔薇だけだった。





照明が落とされると、観客がひそひそと話す声が出始める。
冷たい心をしていたはずの城主が、家臣の安全を考える助平男に。
城主の心を見抜いて試練を与えたはずの女神は、人の話を聞かず、自分の非も認めない偏屈女神に。
少しおかしな始まり方をした劇に、観客が首を捻るのは無理の無い話だ。
裏方に割り当てられた神羅本社から来たスタッフも、苦笑いを浮かべていた。

己の変わり果てた姿に、城主が城に引きこもったというナレーションが流れる。
舞台袖で複雑な顔をするアーサーは、苦笑いするイザークと顔を見合わせ、再び照明が照らされると、ゆっくり舞台の上に姿を現した。
その瞬間、観客の声は一気に引き、同時に凝視する視線が彼に向けられる。


上下が繋がっている真っ白な服。背中に生えている大きなコウモリの羽。
頭の上につけたカチューシャからは、猫のような耳が生え、真ん中から伸びるワイヤーの先にはピンク色のボンボンが揺れている。
薄暗い舞台の上で、キョロキョロと周りを見回した、180cm近いモーグリ姿の青年・アーサー。

そしてその傍らにいるのは、赤毛の尾を揺らし、背に荷物を乗せて歩く4本足の動物。
その首筋に流れているだろう鬣は、雷にでも打たれたのか、モッサモッサとしたアフロヘアーになっている。
下半身だけ馬の衣装を纏い、上半身は裸。
前列にいた数人が溜息をついたのは、彼の体についた黄金率とも呼べる筋肉のせいか。
それとも、異様としか思えないケンタウロス姿のせいか。

しかし、そんな瞳も、イザークは気にしない。
羨むジョヴァンニを前に、幸運にも勝ち取った、裸の役。
普段は髪型に気取られてしまう自分のインパクトを、この肉体美に摩り替えてみせるという野望が、彼の中では激しく燃え盛っていた。

アフロなんて有触れたアダ名は、今この時から終わる。
明日からの自分は、この肉体美からミケランジェロと呼ばれるに違いない。
さぁ見てくれ。俺のこの美しい体を!!至高の肉体の美しさに酔いしれてくれ!!

と、大人しくケンタウロス役を演じるイザークは考えているわけだが、彼の数少ない出番はアーサーが城の前で彼を待たせた瞬間に半分終る。
灯りの無い城を見つけたアーサーは、赤くて大きな丸い付け鼻を、肉球付きの手で少し上げると、扉を強く叩いた。


「誰かおられませんか!?嵐で道に迷った者です。一晩の宿をお借りしたい!・・・クポ!」


忘れていた語尾を付けたしながら、モーグリ青年が声を上げると、扉の向こうから大きな物音が鳴る。
確かに聞こえた音に、モーグリ青年はケンタウロスと顔を見合わせ、此処で待つよう言い聞かせると、大きな扉に手をかけた。
ギィィと音を立ててゆっくり開いた扉に、モーグリ青年は城の中に入り込む。
仄かに照らす蝋燭が、慰め程度に足元を照らしてくれるが、城内は薄闇に包まれ人の声もしなかった。


「人の気配は確かにするのに、何故誰も出てこないクポ?誰かいないクポ!?」


客人としても、モーグリとしても少し大きい態度で、彼は辺りを見回しながら城の中を進む。
舞台の中央まで歩み出た彼は、観客席に向かって立ち止まると、付け鼻を軽く擦った。


「怪しいクポ。臭いすぎて鼻が赤くなりそうクポ」


元々赤い付け鼻を軽く掴んで揺らし、アーサーは再び城内を歩き始める。
すると、彼が通り過ぎた部屋の扉がゆっくりと開かれ、中から頭に丼を乗せた半ズボン姿のガイが顔を出した。


「母さん!お客さんだよ!お客さんが来てるよ!!」
「ガ・・・じゃない、御猪口坊主、騒いじゃ駄目!主様に見つかっちゃうでしょ」


廊下に飛び出そうとした、ティーカップならぬ御猪口坊主のガイ。
そんな彼を、ティーポット・・・ではなく、マジックポットの格好をしたは慌てた様子で止める。
すると御猪口坊主は不服そうな顔で母であるマジックポットに振り向く・・・はずだったのだが・・・


「何言ってるのさ母さん!久しぶりのお客さんなんだよ?御持て成しするのが僕らの務めじゃないか!!」
「え?!ちょ、待って!駄目だってば!!」


台本を無視して廊下に出て行こうとするガイに、は慌ててその胴体にしがみつく。
足を踏ん張って室内に戻そうとする彼女に、彼は自分の胸元にあるその手をぎゅっと掴むと、ニヤリと口の端を上げて振り向いた。


、指が乳首に当たってるんだけど〜・・・誘ってる?』
『・・・・・・・・・』


ゲシッ


「痛ぁあい!酷いよ母さん!可愛いわが子を蹴るなんてー!!僕今生足なんだよー!?今日の為に毛の処理だってしてきてツルッツルなのにー!!」
「五月蝿い変態小僧!跡になれ!!とにかく静かにしなさい!!」

「母さんが一番大声出してるんじゃないかー!酷いよ僕何もしてないのに!幼児虐待だ!!」
「お前の何処が幼児だ!母さんよりデカイ体して馬鹿言ってんじゃないの!」

「うえぇぇぇん!モーグリのお客さん助けて〜!!」
「あ、こら!!」


台本と全然違う。
そう心の中で叫ぶを置き去りに、ガイはアーサーの元へ走る。
二人のやりとりに気づきながらも、ステージの上にいる以上演技を続けていたアーサーは、声を上げて走ってきた彼に振り向いた。

どう台本の通りに話を戻すか。
そう考えていたアーサーだったが、飛び込んできたガイに僅かな殺気を感じ、その身を翻す。
同時に、それまでアーサーがいた場所にガイの手刀が突き入れられ、彼はすぐに間合いを取る。


「何のつもりだ?・・・・クポ」
「不審者は捕らえないと。それが城にいる者の勤めだよ」

『ガイ、勝手な事するな』
『その方が面白いじゃん。は・・・止めたら、巻き添えだよ』


無邪気な笑みで言うガイに、は困惑してアーサーへ視線を向け、彼はガイを見つめたまま顔を顰める。
アーサーがゆっくりと構えをとると、ガイは目を細め、一気に間合いを詰めた。

その瞬間、観客席からワッと歓声が上がる。
平和で退屈な祭りの劇は、熟練でもないが未熟でもない生徒達の、本気の戦いを見せた。
来賓席のハイデッカーや、軍人達と思われる観客も、来年来る新入隊員の技量が見れるのかと、興奮した様子で身を乗り出す。

ガイの暴走に、アベルは溜息をつき、校長がその肩をポンと叩く。
苦笑いを浮かべるレナードと視線が合い、穏やかな笑みを返した校長は、彼の隣にいるマクスウェルに視線を向けた。
少し呆れた顔をしていたマクスウェルに、校長がおや、と目を開くと、視線に気づいたマクスウェルがこちらを見る。
気が抜けた笑顔を向けた彼に、校長はその顔に笑みを張りつけ、薄く開いた目で彼を見据えた。
その視線に、マクスウェルは満面の笑みを浮かべると、再び戦いが続く舞台へと視線を戻す。
二人の遣り取りに、少し心配そうな顔で見つめるアベルへ、校長は穏やかに微笑んで見せた。


薄暗いままのステージで、アーサーは何度目かの攻撃を交す。
突き出されたガイの腕を捕らえ、そのまま舞台袖近くまで投げ飛ばすが、ガイは空中で猫のように体を捻り、綺麗に着地すると再び向かってきた。


『ガイ、何考えてる』
『何だろ〜?』

『・・・遊びたいなら別の時にしろ』
『それでもいいんだけどねぇ〜』


顔を出しては隠れるようなガイの殺気は、得体の知れない感覚のように、じわじわと焦りを与えてくる。
彼の意図が掴めず、当惑したまま相手をするアーサーは、観客に見つめられながら進む時間に、そろそろ潮時と判断した。


『遊んでほしかったら、後で好きなだけ遊んでやる』
『・・・本当に?』


ニヤリと口の端を歪めたガイは、その表情に驚くアーサーの足を払い、彼の首目掛けて手刀を下ろす。
自分で生んだ隙に反応が遅れたアーサーは、本気としか取れないその攻撃に、回避は不可能だと悟った。
食らえば劇どころではない。上手くかわす自信も時間も無い。
何故こんな事になったのかと、そんな言葉が浮かぶ中、自分の命を奪うだろう手を瞳に移す事しか出来なかった。


「やめて!」


叫び声と共に、自分に向かっていた手が止まる。
笑みを消したガイの視線を辿ると、彼の体にしがみ付いて止めるの姿があった。


『もういいから・・・ガイ、もうやめてよ』
『・・・・・・・・・・』


助かった・・・などと考える暇は無い。
笑みを消した事で分かった、ガイの冷たすぎる瞳は、道に落ちた石をみるように彼女を見下ろしている。
止めたら巻き添えだと、その言葉は偽りでも何でもなく、ガイの標的はアーサーからへ変わっていた。


「やめろ!」
「そこまでです」


ガイを止めにかかろうとした声は、凛とした声に阻まれた。
新たに舞台に現れた声の主に、ガイはちらりと視線を向け、もゆるゆると視線を上げる。


「二人とも、もう結構です。御客様へのお持て成しの準備をなさい」


穏やかだが、有無を言わせない声で言ったロベルトに、ガイは漸く戦意を解く。
緊張が解けてその場にへたり込んだを、ガイは黙って抱き上げると、舞台袖へと下がって行った。
それを見送ったロベルトは、微かに胸をなでおろしたアーサーに手を貸して立ち上がらせる。


「無礼、どうかお許し下さい。人が寄り付かぬ城故、不届きな輩が入り込む事もありまして・・・」
「試したって事か・・・クポ。そういう事なら気にしなくていいクポ。勝手に入ってきた俺も悪かったクポ」

「・・・プッ・・・恐縮でございます。私はこの城の執事をしております、ゴワスと申す者です。今は訳あってこのように時計のような姿をしておりますが、どうか御気になさらず」
「変な姿なら見慣れているクポ。俺の馬も、ケンタウロスクポ」

「・・ブフッ・・・フッ・・・左様でございますか。では、こちらへどうぞ。雨にぬれて冷えていらっしゃるでしょう?今温かいお茶を御用意させていただきます」
「感謝するクポ」

「・・・ッ・・・」
『笑うな』

『無理だよ・・・グッ』
『・・・・・・・・・・』


語尾にクポクポつけるアーサーに、ロベルトは笑いを堪えながら話を元に戻してゆく。
彼に連れられるように舞台から下がると、舞台の逆から頭に蝋燭を巻きつけ、ボロボロの提灯を持った半ズボン姿のディーンが飛び出てきた。


「おいおいおいおい!あいつら勝手に城に人入れちまって・・・主様に怒られるじゃねぇか!」


頭を抱えながらその場で叫んだ提灯小僧・ディーンは、共に台詞の遣り取りをするはずのガイとをちらりと見る。
だが、二人はまだ袖口で話をしていて、出て来れそうに無かった。
普通なら怒るところだが、先程のガイの暴走を考えれば、そうなるのは当然。
むしろ、中途半端に反省した状態で出てこられて、また暴走されるよりはマシと思えた。

だが、此処で一人喋って話を進めて行くというのも妙な話。
客は台本を読んでいる訳ではないので、問題無いと言えば問題無いが、大勢を前にして一人で演技するのは、正直ちょっと心細かった。
が、舞台に出てしまっている以上、四の五の言ってはいられない。

何とかするしかないだろうと、次の台詞を考えていると、既に役目を終えたはずのマイラが何やら羽だらけの衣装を着て出てきた。


『マイラ・・・サンバ?』
『羽箒よ』


ああ、確かにそれっぽい衣装だ。
マイラは、ガイのようにいきなり暴走しだすような性格ではない。・・・怒らせなければ。
助けに来てくれたのだろうと判断したディーンは、彼女への感謝に頬を緩めた。
が、サンバという言葉に気分を害したらしいマイラは、彼をギッと睨むと、その背中に蹴りを入れる。


「いっ!お前なぁ!!」
「もう城に入れちゃったんだから、オタオタしても仕方ないでしょ?ホラ、提灯小僧!貴方がしなくちゃいけない事はなぁに〜?」

「えー・・・っと・・・主様に報告?」
「バッカ!違うわよ!明日の朝まで騒がないように言ってぇー、明け方になったらすぐに此処を出てもらうの!」

「ハァ!?バレたら主様に怒られるだろ!?お前、この城の人間じゃないか!お前の主は誰なんだよ!?」
「酷い!困ってる人を放っておくなんて、そんなの酷すぎるわ!提灯小僧は、私があのモーグリだったら同じ事するの!?」

「うん」
「歯ぁ食いしばれぇえ!!」


つい素に戻って即答した提灯小僧の頬に、羽箒の拳がめり込む。
思いっきり吹っ飛んだディーンの体は、派手な音を立てて舞台の上に転がり、同時に彼の意識も吹っ飛んだ。
あっさりKOされた彼に、マイラは大きな舌打ちをすると、倒れるディーンの足首を掴む。


「ホンット手間がかかる男ね。さ、久しぶりの御客様で、しかも男前なんだから、し〜っかりお持て成しなきゃ!」


ディーンの足を掴んだまま、マイラは可愛らしい声で言うと、キャッと頬を押さえる。
ズルズルと引き摺られていくディーンが、時々セットに頭をぶつけるが、彼女は気にせず舞台袖に消えていった。









早くもおかしくなってきたゾ!(笑)

2008.05.18 Rika
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