次話小説目次 

『アーサー・・・ガイ・・・』

薄暗いステージの上。
観客と自分が見守る中、ただならぬ雰囲気をかもし出す二人に、は小さく、震えた声で名を呼ぶ。
それでも、二人は何も聞こえないかのように、互いの体を絡ませていた。
目の前の光景に、頭はただ真っ白になっているだけで、ただ呆然と見つめるだけしか出来ない。

「いい香りだ・・・心が落ち着く」
「身も心も暖めてあげるよ・・・あっ」

嬌声が暗闇に響く。
途端、観客からは黄色い悲鳴が上がり、の顔は真っ青になり、ガイはこれから与えられる快楽を喜ぶような表情になった。

「痛く・・・しないで・・・優しくして」
「・・・・・・」

まるで人形のように、感情のない顔をしたアーサーは、ガイの足を掴む。
再び響いた敏感すぎる嬌声に、彼はニヤリと口の端を吊り上げると、ガイの襟に手を伸ばした。

「気色悪い声出してんじゃねぇ!!」

叫ぶと同時に、ガイの体がステージの端まで投げ飛ばされる。
呆然とすると観客など気にも留めず、アーサーは乱れた服をなおすと、ガイを受け止めたジョヴァンニを確認して椅子にかけ直した。




Farce 1






神羅士官学校ミッドガル校。
さほどの広さもない会議室で、呼び出された11人の生徒達は、ホワイトボードに書かれた文字に頭を垂れる。
苦笑いするレナード教官は、適当な慰めの言葉をかけるが、彼の隣に居る校長とアベル教官の存在が、生徒達の不平を抑え込ませていた。

「そういう訳だからさ、お前らなら成績も十分問題無いし、頼むよ。内容は任せるから。な?」
「俺達はこれから会議がある。後の事は、アーサー、お前に任せる。6時までには帰るように」
「楽しみにしてますよ。何度も言いますが、拒否権はありませんからね。それでは」


行くんじゃねぇよ

そんな生徒達の視線を無視し、3人は会議室から出て行ってしまった。
扉が閉じると同時に、アーサーは溜息をつき、3人がいた場所まで移動すると、再度そこにかかれた父の字を見る。


『神羅祭り★士官学校の出し物は、将来有望者による演劇だよーん』


ふざけている。我が父ながらふざけている。

数週間前妻に怒鳴りかかった姿が嘘のように、いつも通り穏やかな態度だった父に、アーサーは何とも言えない気持ちになった。
馬鹿にしたような主題の下には、演劇の日時と場所以外書かれていなかった。
神羅祭りとは、年に一度。5月の初めにある、神羅のイメージアップ行事だ。
神羅系列の組織や会社が祭りを行い、一般人の客を楽しませるという、大掛かりだが何処にでもある祭り。

系列という事は、当然士官学校も参加するわけで、その為にアーサー達は集められた。
例年は、教員が主体となり、生徒と共に催し物を行うらしいのだが、今年は裏の事情で教員は忙しい。
反神羅組織の潜入。
その事実を知るアーサーは、鉢が生徒に回ってくる事に納得出来るが、それ以外の生徒にしてみれば訳がわからない事だろう。

例年では模擬店やアトラクションの企画だったが、不幸な事に今年はステージを使った催事らしい。
文句を言いたい所だが、スケジュールは神羅本社側にあり、他の組織と連携した祭りなので、我侭は言えない。
任されたからにはやるしかないと思いながら、アーサーはそこにいる面子の顔を見渡した。

呼び出された11人の生徒は、先日の試験で20位以内に入った者達だ。
恐らく、ある程度学業を疎かにしても、成績に問題無い生徒が選ばれたのだろう。

とはいえ、入学してからまだ半月ほどしか経っていない今、アーサーには目の前に居る全員の顔と名前が一致する自信が無い。
幼い頃から何度か会っていたアレンは勿論、同じクラスの人間は分かるのだが、隣のクラスの人の名は微妙だった。


「アーサー!この後、どうすんだー?」

何とも言えない沈黙の室内で、明るい声を出したのは、同じクラスの変態・・・否、女好きカーフェイ。
教室でも五月蝿い奴は、何処でも五月蝿いのかと思うものの、先に進む切欠をくれた事には少し感謝した。


「まずは・・・自己紹介した方がいいな」


カーフェイの隣に、よく自己紹介する事で有名なという女子を見つけ、アーサーは少し驚く。
ある程度の力がある事は聞いていたが、まさか20番以内に入る程とは思わなかった。
試験の時、怪我をして少し騒ぎになった覚えがあるが、見る限り傷は治ったらしい。


「俺から、時計回りに自己紹介しよう。1組のアーサーだ」


校長の息子。試験で1位になった人。入学式で挨拶した人。
この3つがあるので、顔を知らない者はいないだろうと思いながら、アーサーは一番前に座っている男子を見た。
目が合った彼は、静かに立ち上がり、人当たりの良い笑顔で集められた面子を見る。


「2組のロベルトです。よろしくお願いします」


見るからに優等生のロベルトは、確か試験で自分に負けて、二位になった奴。
実力は勿論、に8回自己紹介されたという話で、彼もある程度有名だ。
いや、今日の午後にあった授業でも自己紹介されていたので、9回だろうか。
正確に数えてはいないので、もしかしたらもっとされているのかもしれないが・・・。


「何か改めて言うと恥かしいな。1組のジョヴァンニだ。よろしくなぁ!」


デカイのの次はデカイの。
アレンと仲が良いので、覚えていただけだが、とにかく明るくて大らかな奴。
確か、今回の試験では筆記が壊滅的で、6位ぐらいにはなれたはずが17位になったと聞いた。
哀れになるぐらい馬鹿だ。


「1組のアレン。・・・言っとくけど男だから」


やっぱり性別は強調するんだな。
昔はもっと可愛気があったと、幼い頃のアレンを思い出し、アーサーは少し残念な気持ちになる。
フリフリでフワフワの、女の子の服を着せられ、髪にリボンまでつけられていた小さなアレンが懐かしい。
遊びに来る度一緒に遊んだ。一緒にピアノを弾いたり、散歩したり、花壇の花を摘んであげたり。
大きくなったらアレンと結婚するんだと言った、幼い自分が憎らしい。
あれは全てお互いの両親の悪戯だった。
親の悪戯で初恋を奪われた。
自分のこの性格も、アレンが男であると強調するのも、全てお互いの両親のせいだ。


「お・・・とこ・・・?」
「・・・制服見ればわかるだろ?次、君の番だよ」

「あ、2組のディーンだ。・・・ってか、あの・・・マジで男なの?」
「・・・・・・・」


頬に出来た傷以外、特に特徴らしい特徴がないディーンは、信じられないという顔でアレンを見る。
最初のうちは無理もないと思いつつも、ずっと顔が赤かったディーンにアーサーは納得した。
同時に、アレンがこの場で自分の性別を強調した理由も。
ただ、問題はディーンの言動によって、アレンの機嫌が損なわれたという事だ。
どうせ騒ぎという程の事にはならないと思っていると、アレンはディーンの手を掴み、自分の股間に押し当てた。


「男でしょ」
「ご・・・ご立派なものをお持ちで・・・」


こいつ一言多いな・・・。

アレンの行動に唖然としていた室内は、ディーンが漏らした言葉で凍りつく。
特に、とディーンの隣にいる女は、完全に顔が引き攣っていた。勿論アレンの顔も引き攣っている。
そろそろと手を引っ込めたディーンの顔は、先ほどまでの赤さが嘘のように真っ青になっている。
ショックを受けるのは仕方ないにしても、そのあまりの落ち込みようは、まるでこの世の終わりのようだ。
その顔は、何処かで覚えがあるような・・・


「ディーン、可哀想に・・・アンタ本当可哀想だわ。その失恋、姫は心底同情しちゃう」


言ってやるなよ。

ディーンの隣に座っていた女子は、思い出したように姫キャラを被り、目をウルウルさせている。
なるほど、これが本性なのかと考えながら、項垂れて腰を下ろしたディーンに、アーサーも同情した。
否、今この会議室にいる面子は、アレン以外皆ディーンに同情している。


「姫の恋のアドバイスも〜、無駄だったみたいね。男の子相手じゃぁねぇ〜」
「うっせぇよ!黙ってろ馬鹿!」

「あぁ!?馬鹿!?アンタ今私の事馬鹿って言った!?ディーンのくせに何様のつもりよ!這い蹲って腹出しやがれコノヤロー!」
「犬の服従じゃねぇか!!ってか、お前が何様だよ!あと姫キャラ外れてんぞオメェ!」
「いいから自己紹介しろよ。先進まないから」


いきなり取っ組み合いの喧嘩を始めた二人に、アーサーは冷めた声で制止をかける。
事の中心だったアレンは、馬鹿馬鹿しくなったようで、ジョヴァンニとお菓子の袋を開けていた。


「1組のマイラで〜す。姫姫言ってるけど〜・・・・根は女王様だから」
「没落しちゃえ。2組のガイでーす。この子が女王様なら、僕は神様かなぁ〜」


変人の神様な。

マイラの宣言に、間髪いれず止めを刺したのは、隣のクラスの変人ガイ。
実力はかなりのものだが、日によってムラがある。
放課後校内に出没する、馬の被り物をした変質者が彼だという噂があるが、証拠も無いし、確かめた奴もいない。


「おいアーサー、何なんだこりゃ。ガキの集まりか?」
「かもな。自己紹介してくれ」

「ハッ!今更だけど、仕方ねぇな。2組のユージンだ。知ってる奴もいんだろ。特に・・・ちゃんはよ」


横柄な態度で自己紹介したのは、先日の試験でに怪我をさせた男だ。
顔の右半分を覆う大きな眼帯をしているが、それでも隠しきれない傷跡が髪の間から見える。
名指しされたは、目を丸くしてユージンを見つめ、数秒経ってから思い出したように声を上げた。
どうやら忘れていたらしい。凄い女だ。

「あ、試験の時の人。・・・えーっと・・・股間はもう平気?」
「っ・・・!チッ」

試験で怪我を負ったが、諦めずに挑んだ結果、ユージンの股間に蹴りを入れたのも有名である。
それはわざとではなく、ただの不幸な事故らしいのだが、と同じくユージンも医務室へ運ばれる結果となった。
は気を使ったつもりなのかもしれないが、男としては黙って忘れてほしい過去だろう。
思い出して、同情の眼差しを向ける一同に、ユージンは大きく舌打ちして顔を背けた。


「次、俺な。1組のカーフェイだ。よろしく」
「1組のです。よろしく」


こいつら仲いいな・・・。

教室では席が隣で、休み時間もよく話をしている二人は、此処に来ても仲が良いらしい。
カーフェイに普通に接してくれる数少ない女子だからだろうか。
親密とまではいかないが、彼と一番仲が良い女子と言えば、間違いなくだろう。
それは一重に、カーフェイの個性というか性癖というか・・・このオープン過ぎるエロを、が許容出来るからだと思う。

入学した当初は、特待生でこの顔、この身長、明るさのため、カーフェイはアーサー達より女子に人気があった。
が、隠す気が無いカーフェイのエロさは、彼女達を引かせるには十分で、今や閑古鳥状態。
お陰でアーサーやロベルトが女子に囲まれる事となったのだが・・・。

は、いわずもがな。
その物忘れ・・・というか、人忘れの凄さで、密かに有名である。
彼女と関わった者は、皆必ず3回は自己紹介される。されなかったのは、担任のアベル教官ぐらいだろう。


「2組のイザークです。よろしく」


そういう名前だったのか。

頭より大きいような気がするアフロヘアーを持つイザーク。
インパクトがある姿なので、そのシルエットは覚えていたが、アーサーはその時初めて彼の名を知った。
顔自体は全く特徴が無く、声もごく普通。
このアフロヘアーが無ければ、彼の存在感は皆無かもしれない。



付き合いは短いが、恐らく個性が強いだろう10人を前に、アーサーは少し先が心配になる。
面倒だと嫌がる自分に、これも将来の為の勉強だと言い聞かせると、彼は教員達が残していった書類を手に取った。

セットや衣装の都合上、演劇で選べる話は限られている。
今回は他の組織が過去に使ったものを借りる事が出来るそうで、それを十分活用出来れば、自分たちは台詞を覚えるぐらいで済むだろう。


「道具はあるものを使えるらしい。で、劇の話、何かやりたいものあるか?」


と、いきなり聞いても、帰ってくる言葉があるはずもない。
生徒達はそれぞれ首を捻って考えているものの、出来れば1日ぐらい考える時間が欲しいところだろう。
残念ながら、それを与えてやれるほど時間は無く、決められる事は今のうちに決め、明日からは本格的に動く必要がある。
色々と無茶苦茶だという思いは、きっと皆一緒だろう。
いざとなれば、保育士の勉強をしていた頃に使っていた、幼児向けの劇の資料から良いものを探そうか。

黙る生徒達に、アーサーがそんな事を考えていると、何かひらめいたらしいガイが勢い良く手を挙げた。


「はいはーい!アーサー王伝説!!」
「人数足りねぇだろ」

11人しかいないキャストで、どうやって13人もいる円卓の騎士を演じるのか。
間違いなくアーサーの名前だけで思いついた提案に、彼は冷たく言い放った。
再び沈黙が降りた室内に、今度はディーンがおずおずと手を挙げる。


「ドキドキメモリアル・ガールズサイド」
「お前禿げろ」


真面目な顔で今流行のゲーム名を出したディーンは、アーサーの一言で撃沈した。
一体何処の世界に、男落とし恋愛ゲームの劇をやる奴がいるのか。
皆が皆呆れていると、彼の隣にいたマイラが手を挙げた。


「マイラ」
「メイド長は見た」

「小さいお子様も見るんだから、もっとクリーンなイメージのもの考えろよ」


マイラが上げたのは、毎週土曜夜10時から放送される、金持ちのドロドロ家庭事情を家政婦が目撃してしまうドラマだ。
シナリオを選ぶにしても、新たに考えるにしても、時間がかかりすぎる。
何より、神羅祭りは神羅の祭り。
一般参加者の中には小さなお子様もいるのに、そんなものを劇で出来るわけが無いだろう。

当然の反応とはいえ、ダメ出しばかりのアーサーに、皆は更に首を捻る。
そんな中、ハッとした顔になったが、勢い良く手を挙げた。


「白雪姫は?小人が7人、白雪姫、王子、魔女、森に連れてく兵士か王子の馬で、丁度11人だよ」
「・・・候補にいれとく」


アレン以外は小人と言えるサイズではない気がしながら、アーサーはホワイトボードに白雪姫と書く。
一体誰が馬になるんだろうと思いながら、他の面子を見回すと、触発されたらしい何人かが手を挙げる。


「ロベルト」
「101匹モーグリ」

「ここに何人いると思ってる?」
「・・・11人」

それはモンスターに村を滅ぼされた1匹のモーグリが、100匹の仲間とともに故郷の敵を討つ戦記物。
確かに見た目は子供向けで、内容は大人でも通じるが、人数的に問題がある。
借りられるもの中には、確かにモーグリの衣装も入っているが、101着なんて数あるわけがない。

「アレン」
「中指姫?」

「教育的によろしくないだろ」

それは、中指を立てすぎて、中指サイズにされたお姫様の物語。
最後は王子様のキスで元の姿に戻るのだが、いきなり唇を奪った王子に姫は腹を立て、再び中指を立ててしまった。
結果、またも中指サイズになってしまい、姫は自分の理想の王子様を探す為に再び旅に出るというラスト。
子供の前で中指を立てるなんて、保護者から苦情が来てしまう。

性格的にも、身長からしても、自分が中指姫役になる確率が高い事にアレンは気付いているのだろうか。
マイラは多分165cmぐらいあるように見えるので、中指サイズとは言い難い。
は・・・彼女が中指を立てる姿というのを、あまり見たいと思えない。


「カーフェイ」
「走れエロス」

「一人で走ってろ」


恋人の命を救う為、誤解を解く為に遠い地から走ってきたエロス。
その道中、行く町行く町で女を口説きながら、彼は漸く恋人の元へ着いた。
だが、その噂は捕らわれていた恋人の耳にも入り、彼女は自棄になる。
捕らえていた男は、そんな彼女を不憫に思い、励まし続け、やがて二人は恋に落ちた。
浮名を馳せていても、エロスが本当に愛していたのは恋人だけであり、エロスはその男と決闘する事となる。

そんな男と女のドロドロ話を、濡れ場が多い話を、お子様がいる舞台の上でするつもりなのだろうかこの馬鹿は。
しかも、この面子では、男女が入れ替わって演じる事になる。
ジョヴァンニが女装する事になったら、どう責任をとってくれるのか。


「イザーク」
「あのー・・・名前忘れたけどさ、マリアとドラクゥが出てくるやつ」

「それは去年ソルジャーがやってた。何て題名だったかな・・・」


西軍に制圧され、マリアは敵国の王子だか将軍だかと結婚する事になる。
マリアは夜な夜な恋人ドラクゥの事を思い城を徘徊する。
行方知れずの恋人と望まぬ結婚に、精神が限界に来ていたマリアはある日、ドラクゥの幻を見る。
自分の気持ちを再確認したマリアは、塔の上に立ち、己の迷いを花束と共に投げ捨てて、永久にドラクゥを待ち続けることを誓う。
日は流れ、マリアは結婚式の日を迎えたが、そこにドラクゥが兵をつれてやってくる。
マリアを巡る決闘が始まり、舞台が最高潮に達した時、空から悪魔が遣わしたタコの化け物が落ちてきて、マリアを攫おうとする。
それを止めようと、神の使いの戦士達が舞い降り、ドラクゥ達そっちのけでバトルが始まるのだが、それが終わる頃、マリアは謎のギャンブラーに連れ去られてしまうのである。

その続きがどうなったのか、物語を綴る本には書かれていなかったが、去年それを演じたソルジャー達はその先を捏造していた。
確か、連れ去られたマリアは実は偽者で、本物のマリアは生き残ったドラクゥと共に、西軍と戦うのだ。
特にマリアの活躍は素晴らしく、西軍を追い払う事に成功する。
二人と国は自由を取り戻し、末永く幸せに暮らしたと・・・そんなラストだったはずだ。
とはいえ、そのマリアの活躍が素晴らしかったというのも、マリア役が英雄セフィロスだったからという理由かもしれないが。

美人だがガッシリ筋肉がついていて、強すぎるマリア。
本物や造花ではない、花束役の人間をセットの上から投げ捨てた、怪力マリア。
アーサーは去年ジュノンにいたので、直接舞台を見たわけでは無いが、その時のビデオを見ようか見まいか、未だに迷っている。

去年と同じものをやるというのは、流石にダメだろうと、アーサーはイザークの案を却下した。


「アーサーは何か無いのか?」
「・・・そうだな」

机に突っ伏して見上げてきたカーフェイの言葉に、皆がアーサーに注目する。
よもや、人の意見を却下ばかりしている人間が、何も無いなどとは言えないだろう。
そう思いながら、頭に浮かんだ話と人数を照らし合わせたアーサーは、条件に合う話をいくつか見つけた。


「大きなカブ」
「小学生かよ」

「ゴールドアックスとシルバーアックス」
「だから小学生向けだろ」


先ほどの突っ込みが厳しかったせいか、カーフェイから返される言葉は鋭い。
散々否定しておきながら、五十歩百歩の答えを出すアーサーに、皆何とも言えない顔になっていた。


「あとは・・・裸の王様?」
「誰が王様になって脱ぐんだよ?」
「俺脱いでもいいぞぉ!」
「やめておきなよジョヴァンニ。捕まるから」


今この場で脱ぎそうな勢いのジョヴァンニを、アレンが呆れた顔で止める。
乗らない方が良い場所でノってきた彼に、皆は微妙な視線を返し、再び頭を悩ませ始める。


「ケッ!どいつもこいつもロクな意見言いやしねぇじゃねぇか。小学生の学芸会かっつーの。こんなんで本当に平気なのかよ?」


小学生の学芸会では『ドキドキメモリアル』も『メイド長は見た』も出ないと思う。

そんな冷静な突っ込みを心の中でしながら、アーサーは椅子にふんぞり返るユージンを見た。
いつの間に出したのか、彼は柿ピーの袋を大事そうに腕に仕舞いながら、頬を膨らませてモゴモゴさせている。


「お前、リスみたいだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


アーサーの言葉に、ユージンはギッと彼を睨みつけたが、頬を膨らませた状態では凄みも何も無い。
反論したいのかもしれないが、口に物を入れているのでは喋るに喋れない。
物凄い勢いで柿ピーを噛み砕いたユージンは、鞄から水筒を取り出し、ふたの中に橙色の液体を注ぐ。
漂ってきたオレンジの香りに、それを見ている面子が唖然としているのも構わず、彼は飲み物と一緒に口の中の柿ピーを飲み込んだ。


「ップハ。・・・おいアーサー、テメェ俺に喧嘩売ってんのか?」
「お前・・・水筒に何入れてんだ?」

「あぁ?オレンジジュースに決まってんだろ。文句あんのかよ」
「・・・・・いや、無い」


可愛い所があるんだな・・・。

柿ピーや水筒を持ってきている事も、それを食べる姿も、荒くれた外見からは想像つかない。
その上、水筒にオレンジジュース。
それが当然であるかのようなユージンに、アーサーはそれ以上何も言うまいと決めた。




「ユージン、お前は何かあるのか?」
「あぁ?・・・この面子でねぇ・・・」


品定めするような、何処か馬鹿にするような目で、ユージンはそこにいる面子を見回す。
彼が不平を発した瞬間は嫌そうな顔をしていた生徒達も、彼の柿ピーとオレンジジュースによって、微妙な顔つきへと変わっていた。
その中で、全く自分に興味が無いような澄ました顔のアレンと、その隣にいる対照的なジョヴァンニに彼は目を止める。


「・・・いいの思いついたぜ」
「何だ?」

「美女と野獣。そこの大小コンビが主役でよ」


大小コンビと、この場で呼ばれるのは、一組しかいない。
その呼び名にアレンがピクリと眉を上げ、ジョヴァンニとアーサーが慌てた顔になった。
だが、ユージンはまるで気にしていないようで、挑発するかのように言葉を続ける。


「小せぇのが美女。デケェのが野獣だ。面白そうだろ?」
「・・・・・・・・・・」

「下手に女子にヒロインやらせるよりゃ、よっぽど美人じゃねぇか」
「・・・・あー・・・」


ユージンの言葉に頷きたい気持ちはある。
だが、対するアレンの冷え切った目を見ると、返答に困らずにいられなかった。
それに、ちゃんと女子がいるのに、それを差し置いて男をヒロインにしてしまうというのもどうか・・・。
人数的にも申し分は無さそうなので、候補に入れても良い気はする。
下手に入れて採用されてしまった場合、ユージンが言う配役になってしう可能性もあるのだ。

女子の意見はどうなのだろう。
そう思って、とマイラの顔色を伺ってみたアーサーだったが・・・・二人の目は、輝いていた。


「姫賛成〜絶対凄い美女になるよ。ううん、してやるわ!」
「私も・・・見て見たい・・・かも・・・あの、ゴメン・・・」
まで・・・勘弁してよ!何で僕が女装するのさ!君達のどちらかがやればいいだろ!?」

「女子がやるんじゃ普通過ぎてつまんないじゃない。やるからには一番を狙うの!絶対勝つ!!方法なんか二の次よ!」
「せっかくならアッっと驚くものにしたいよね」
「驚きすぎだよ!何処の世界に女子そっちのけでヒロインになる男がいるんだよ!」

「此処にいるじゃない。頑張りなさいアレン。・・・女子がやるよりよっぽど美人って・・・ユージン言ってたし・・・」
「そうだよね。その一言で私達の女のプライドは木っ端微塵の再起不能。この期に及んでマトモな女役やる根性なんて・・・ね・・・」
「い、いきなり沈まないでよ・・・」


先ほどのユージンの発言は、マイラとにとって相当ショックだったらしい。
アレンの女装に気分が高揚したのも一瞬。二人は思い出したように肩を落とすと、生気が消えた顔で下を向いた。
女子の落ち込みように狼狽えたアレンは、事の発端であるユージンに視線を向けるが、彼はケロリとした顔をしている。


「んだよ、本当の事言っただけだろうが。
 大体よぉ、演劇なんてヒロインだの姫だのは大概1人だけじゃねぇか。
 二人いる女子のどちらかにやらせても、選ばれなかった方はどうすんだ?
 だったら始めっから男がやった方が後腐れねぇだろ。
 ま、そういう意味じゃ、オメェ以外の男でも平気だけどよ」


案はさておき、それなりに筋が通った事を言うユージンに、アレンは言葉に詰まった。
他の生徒も、彼の言葉になるほどと頷き、思ったより考えて喋っているのかと感心する。

後腐れ。つまり、女子特有の難しい心理が、今後どう人間関係を左右するかはわからない。
マイラとの性格にもよるが、知り合って間もない彼らには、判断するのは難しかった。
ならば、仲間内の関係を優先し、あえて奇抜な配役をするのも手だろう。


「候補に入れとく。これで一応全員案は出したな」


『白雪姫』の下に『美女と野獣』と書き入れると、アーサーは仕切りなおすように声をかける。
心の傷から復活したらしい女子二人に、少しだけ安心するものの、項垂れたアレンを見ると、口論は再発しそうな気がした。


「アレン、別にお前がヒロインに決定したわけじゃない」
「そうだね。ありがと、アーサー」


そうなる可能性は否定出来ないが・・・とは言わないまま、アーサーは儚げに笑ったアレンに一応の安心をする。
出てきた2つの候補のどちらかであればいいと思いつつ、アーサーは借りられる衣装やセットの内容に目を通す。


「・・・白雪姫はキツそうだ。小人用の・・・7人同じような衣装が無い」
「じゃぁ、美女と野獣だね〜」


アーサーとガイの会話に、アレンの周りの空気が一気に暗くなる。
ジョヴァンニは楽観的だが彼らしい言葉で励まし、ロベルトとカーフェイは不憫そうな目でアレンを見ていた。
先ほどのアレンの嫌がりようを考えると、彼らの中の誰かが代わると言うかもしれない。
出来ればその方がアレンは助かるかもしれないが、残念ながらこの3人は揃って背が180cmを越えている。
彼らをアレンの代わりに美女役にするなら、相手の男がいなくなりそうだ。

話がこじれるなら、自分が代わりに美女役をやってやろうかと考えながら、アーサーは美女と野獣の登場人物を思い出す。
だが、暫く読んでいない話だからか、美女と野獣以外の登場人物が思い出せなかった。


「・・・美女と野獣って、何が出るんだ?あと、二人の名前って何だ?」


アーサーの言葉に、生徒達はハッとして考え始める。
言いだしっぺであるユージンにチラチラと視線が注がれると、彼は面倒くさそうな顔をして、頬に詰めた柿ピーを噛み砕いた。


「野獣の名前は知らねぇな。美女は・・・ベ何とかつったか?」
「ベ何とかって・・・それ、どっちも知らないんだろ」

「知らねぇんじゃねぇよ。忘れただけだ」
「同じだ」

「微妙に違げぇだろ。あ、あと美女の名前、確か二文字だ」
「二文字・・・」

腕を組んでふぞりかえるユージンの屁理屈に、アーサーは呆れた顔をすると、『ベ』出始まる女の名前を思い浮かべる。
他の生徒も、同じように美女の名前を思い出そうと、「ベーベー」言いながら頭を悩ませていた。
すると、ガイが思い出したように顔を上げて手を挙げた。
また参考にならない意見を出すのではないかと思う面子など気にしないように、彼は満面の笑みを浮かべると口を開く。


「思い出したよ〜。美女の名前は〜・・・ベラ!!」


自分には何一つ間違いは無い。
そんな顔で間違えるガイだったが、美女の名前が思い出せない生徒達は、なるほどと頷いた。


「じゃ、美女はベラだな」

本当の美女の名前はベル。
美女が妖怪人間になってしまった事に、全く気づいていないアーサーは、何の疑問も無くホワイトボードに「美女=ベラ」と書く。


「後は何がいるんだ?」
「美女の父親と、美女に求婚する男と、ポットにされた女の人、その子供がいた気がする」


一気に4人思い出したに、アーサーは頷いて返すとマジックペンを渡す。
それが板書を頼むという意味だとすぐに理解した彼女は、彼の代わりに自分が上げた登場人物を書いていった。
ある程度の人物が分かると、その後の物語も覚えやすく、残る登場人物が次々とあげられてゆく。
だが、朧な記憶を無理矢理引き出した結果のそれは、美女の名前のように何処か間違っていた。


「何か灯りっぽいのあったよなぁ。アレン、わかんねぇ?」
「・・・暗い城にいる灯り・・・・行灯小僧とか?」

「おお!それそれ、きっとそれだ!」
、行灯小僧追加して」
「何かアレンの考えてる文化が皆と違う気がするけど・・・まぁ分かればいっか。行灯小僧・・・っと」



「ポットの子供って何だったかなぁ〜?姫忘れちゃったぁ〜。ディーン、思い出しなさいよ」
「命令かよ・・・ポットの子供つったら・・・茶葉じゃねぇの?」

「子供にお湯注いでエキス出すの?何かおかしくない?」
「じゃぁ電気ポット?」

「進化し過ぎよ!電気が無い童話に何で電気ポットが出てくんのよ!ちゃんと考えなさいよアンタ」
「考えてんだろさっきから!お前こそ・・・あ、お前見て思い出した。魔女いるぞ。最初に魔女出てくる」

「ちょっと、それどういう意味よ!!」
ー!魔女追加〜」
「はーい。魔女1名様追加でーす」




「ポットは液体を注ぐものでしょー?だからー、その子供はきっとお猪口だよ!ねーロベルト?」
「・・・え?そう・・・なの?」

「そうそう!」
「ガイ、僕はポットにお猪口って、何か変だと思うよ?」

「子供は小さいから、それぐらいの方が可愛いし合ってるよ〜」
「そういう問題じゃない気がするんだけど・・・」

ー!ポットの子供は御猪口ー!書いておいてー」
「・・・本当に合ってるのかな・・・」
「御猪口・・・ね。一応書いておくけど・・・子供ってそんなのだったっけ・・・?」



「なぁアフ・・・じゃない、イザーク。俺、時計みたいなのいた覚えあるんだけど、お前わかるか?」
「うん。合ってるよカーフェイ。確か時計の・・・ゴ・・・ゴ・・・ゴブリンだったかな?そんな名前のがいた気がする」

「よっしゃ!やっぱ普通に思いだせる奴に聞くのが一番だな。ありがとイザーク!」
「どういたしまして。、時計役で名前がゴブリン、追加しておいて」
「はーい。時計のゴブリン・・・っと」


順調に進む会議。
だが、その順調さと引き換えに、彼らはおかしな配役で事を進めることとなっていた。
その後の話し合いでも、彼らの間違った意見は止らず、十数分後ホワイトボードには全ての役柄が書き終えられる。

美女(ベラ)、求婚男(ガストラ)、野獣、王子、ポット(マジックポット)、ポットの子(御猪口)、提灯小僧、時計(ゴブリン)、魔女、美女の父(モーグリ)、箪笥。

議論に議論を重ねながら、結局は間違いだらけの配役が残った。
曖昧な記憶は、この場の雰囲気に流されて、真実を遠ざける。
皆が考えて出した答えに間違いはないだろうという、間違いだらけの集団心理に捕らわれた彼らが、本当の美女と野獣を思いだすのはまだ先のことだった。
成功させたいはずの劇が、肝心要の最初の時点からおかしな方向に向かっている事に、この場に居る誰一人として気づいては居ない。



「美女はアレンで決まりでしょー?」
「だから僕は嫌だってば!女子がやればいいだろ?」
「アレン、アンタさ、さっきアタシ達が言ってた言葉・・・忘れたの?」
「落ち込むなよマイラ。お前の女のプライドなんか、元から在って無いようなもんだ」


ディーンの余計な一言に、またもマイラが怒り出して掴みあいの喧嘩を始める。
子供すぎる二人に、周りの面子は呆れるやら苦笑いするやら。
どの年齢を対象にしたまとめ方をすれば良いのかと、アーサーはこの面子の精神年齢を比較しながら、二人を適当に仲裁した。
どうせ話し合いでは無駄に時間を食うだけだと、彼はノートを破るとクジを作り始める。
誰が何に当たるのか。その結果を考えると少し不安はあるものの、最も公平な決め方である以上、誰も口を挟む者はいなかった。

皆が恐れているのは、筋肉隆々のジョヴァンニが美女になるという事態ぐらい。
ロベルトとカーフェイという長身の二人が美女になる可能性もあるのだが、そうなればどちらかを王子役に据えてしまえば良い。
11分の1の確率なのだから、きっとジョヴァンニは美女の父親辺りの、妥当な役でも当たるだろうと、誰もが考えてた。

アーサーがクジを作り終わると、ガイが順番も公平にしたいと余計な一言を言い、全員で前に出ると一斉に手を伸ばす。
取った取られたと言い出す程、皆が子供じゃなかったことに、アーサーは失礼と思いつつも安心した。


「あら、私ティーポットだわ。ねぇ、アレンは何になったのよ?」
「・・・野獣」
「ハッ!野獣ってより、子獣じゃねぇか?ま、俺は魔女だが、魔法使いにすりゃぁいいしな。おい、カーフェイ、お前どうなんだよ?」
「俺は箪笥。ってか、肝心の王子と美女は誰なんだよ?」
「はーい!僕僕ー!王子様役はガイ君がいただきました〜!ねぇねぇ、美女は?美女は誰〜?僕がいいなぁ〜」
「えぇ?私は美女のお父さん役だよ。アーサーは?」
「求婚男。ディーンか?」
「キュウコンって、芽が出そうだな。俺はポットの子の御猪口役だ。ロベルトじゃねぇの?」
「ううん。僕は提灯小僧だよ。イザークは時計だし」
「・・・って事は・・・」

美女以外の役が分かり、10人はまさかという顔になる。
残る一人に、全員が恐る恐る目をやると、ジョヴァンニは困ったように笑って紙を見せた。


「わりぃ皆」


11分の1の美女役は、192cmのマッスルボディに大当たりした。


「やりなおしーー!!!」


ガイの悲鳴のような叫びと共に、全員が手に持っていた紙を畳んで机の上に戻す。
その素早さは実技の授業に見せるそれのようで、ポカーンとしたジョヴァンニの手から、紙は一瞬で奪われる。
全員が・・・特にガイが必死になってクジを混ぜ、数分後、改めてくじ引きが行われ、揉めに揉めた配役は決定する。





童話パラレルって、一度書いてみたかったんですよ。
早くも何かおかしい方向にいってますが・・・(爆)
ジョヴァンニを美女にしてもよかったんですが、それじゃあんまりにも王道すぎてやめました。
配役については、次回から始まる劇本編をお楽しみに。
2008.04.14 Rika
次話小説目次