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Farce 4



「アレン、頑張って!」
「・・・わかってるよ」
「客席は殆ど見えないから、大丈夫だよ」
「お前が思ってる以上に、似合ってんぜ、美女さんよ」

、ロベルト、ユージンに励まされながら、アレンは濡れた紅色の唇から深い溜息をつく。
長い睫毛が憂いる顔に艶を与え、ふわりと頬にかかる巻き毛のウイッグが僅かばかりの幼さを与える。
少女から女性へと変わる瞬間の、まさに花が開く瞬間のような姿は、見る者の心臓を高鳴らせた。

「似合ってても、嬉しくないんだけど・・・」
「ハハッ!まぁ、仕方ねぇだろ、クジだったんだからよ。ホラ、出番だぜ」

セットを変え終えたステージに、アレンは腹を決めると歩き出す。
すれ違う度に呆然と自分を見る神羅スタッフの視線を無視し、帰った後の叔父アベルの態度を想像しながら、彼は自分の立ち位置へと着いた。



Farce<ファルス>−喜劇・笑劇  4




壁から突き出た煙突から、昼夜を問わず白い煙を上げる家。
見るからに怪しげな外見の建物だが、その周りには色とりどりの花が咲き、庭の端にある木には、赤く熟れた果実が実っていた。
アンバランスな家の看板には、可愛らしいモーグリの絵が描かれ、端に「天才モーグリ発明家の家」と書かれている。

その家の扉を、横に引いて現れたのは、黒い髪をフワフワの巻き毛にし、赤いリボンをつけた少女。
登場した瞬間、観客席からは男性達の歓声が上がり、女性達からは溜息が出た。
だが、その反応をされた少女役・アレンは、それらの声にピクリと眉を動かしただけで無表情。

玄関先にある木製のバケツを手に取り、家の庭から出た少女は、舞台中央の広場にある井戸まで歩いた。


「よぉベラ!こんな朝早くから会うなんて、奇遇だな」
「朝に水汲むのは普通でしょ。ガストラ、貴方奇遇って言葉の意味知ってるの?前々から思ってたけど、馬鹿でしょ」

「ハンッ!相変わらず口が減らねぇ女だな」
「貴方は血の気が減らないね」


舞台袖から出てきたガストラ役のユージンは、ニヤニヤ笑いながらベル・アレンの傍に寄る。
長身で体格が良い彼が立つと、アレンの体はより小さく、華奢に見えた。
登場人物の名がおかしい事も、既に観客は慣れてしまったようで、ガストラを無視して井戸から水をくみ上げるベラを見守っている。


「クハハハハ!いいぜ、気が強い女は嫌いじゃねぇ」
「気が強いんじゃなくて、嫌ってるだけだよ。毎日毎日よく飽きないね。いい加減諦めたら?」

「お前こそ、そろそろ諦めて俺のものになったらどうだ?他の男なんか目に入らねぇぐらい、良くしてやるぜ?」
「その前に自分の頭を良くする事をお勧めするよ。大体、ぼ・・・私じゃなくても、寄ってくる女なんか沢山いるんでしょ?その子達を良くしてあげたら?」

「媚びるだけしか出来ねぇ香水臭せぇ女はいらねえんだよ。何だ、嫉妬してんのか?」
「羨ましいくらいおめでたい頭だね。悪いけど、私、馬鹿は嫌いなの」

「ああん?!俺の魅力に気づかねぇ馬鹿に言われたくねぇよ。ホンット、つれねぇなぁお前。そんなんじゃ嫁の貰い手も見つかんねぇぞ?ま、誰が寄ってこようが、お前を手に入れんのは、この俺だけどな」
「起きたまま寝言が言えるなんて、貴方、思ったより器用だったんだね。役に立たなさそうな器用さだけど。同情してあげるから、喜びなよ。じゃぁね」


ツンとそっぽを向いて家に戻ってしまったベルを、ガストラは肩を震わせて笑いながら見送る。
踵を反して歩き出したユージンは、入れ違いに入ってくる手筈のイザークに目をやったが、舞台袖に控えているはずの彼がいない。

自分達のシーンで、やっと何とか台本に沿う流れになったというのに、これは一体どういう事か。
眉を潜め、歩く速度を遅くしてイザークを待っていると、マイラとが青い顔をした彼を引き摺ってきた。

先程の落雷がショックだったようだが、劇の最中に止まられるようでは困る。
情けないケンタウロスに舌打ちしたユージンは、舞台袖に入り込むと同時に彼に歩み寄り、その頭を思いっきり殴りつけた。


「いっ!」
『何ビビッってやがる。もう雷は落ちねぇよ。分かったらさっさと行け』


イザークの首をガッと掴んだユージンは、彼を睨みつけながら小声で言うと、その体を舞台の方へ投げる。
文字通り飛び出てきたケンタウロスは、大きな音を立てて井戸に突っ込み、顔面を軸にして1回転した。
丁度家から出てきたベルは、その光景に目を丸くし、バタバタともがいて顔を抑えるケンタウロスを見る。


「・・・これは、父さんのケンタウロス!」


一瞬呆気にとられながら、ハッと我に返ったアレンは、慌てて台詞を言うとケンタウロスの傍に駆け寄る。
だが、余程ダメージが大きいのか、此処で父の危機を訴えるはずのケンタウロスは顔を抑えて蹲ると、そのまま動かなくなった。

舞台袖でそれを眺めていたユージンは、イザークの予想外の打たれ弱さに、他の面子同様呆気にとられた。
先程の雷のダメージは、予想していたよりずっと大きかったらしく、焦って乱暴に扱ってしまった事に少し反省する。

だが、そんなものは既に後の祭り。
今はアレンがこの状況をどう上手く乗り越えるかだ。
先程まで出ていたアーサー達は、何だかんだで話の流れを戻す事が出来たが、一人でする芝居というのは限度がある。

この状況を招いた原因の一部である以上、出番が終ったからといって他人事とする事も出来ない。
ステージの上、指先でイザークの体を突付いて様子を伺うアレンを眺めながら、暫し思案した彼は傍に控えていたに目をやった。


イザークがすぐに復活する様子は無く、一人で何とかするしかないと考えると、アレンは溜息を飲み込んで息を吸い込む。
本来はこのケンタウロスに城まで案内してもらう手筈だったのだが、自力で辿り着く流れにするしかないだろう。
無茶がありすぎると、自分でもわかっているが、それ以外に方法は考えられなかった。


「常勝無敗、一騎当千と詠われるケンタウロスがこんな風になるなんて、まさか、父さんの身に何か!?」
「おい、ベラ!何があった!?」

「ユ・・・ガストラ!?何で此処に・・・ってゆーか、その壷みたいなの、何?」


暫く出てくるはずがないユージンが、何故かを肩に担いで出てきたので、アレンは目を丸くする。
だが、そんな彼にはお構い無しに、ユージンはを地面に下ろすと、動かないイザークに目をやった。


「何でもクソもあるかよ。お前のところのケンタウロスが、凄げぇ勢いで森から走ってきやがったんだ。こいつは、馬の背中に引っかかっててやがった」


言って、ユージンはの頭を軽く叩いて見せた。
落ち着き無く目を泳がせ、助けを求めるように見てくる彼女に、アレンはすぐにユージンの独断だと理解する。
同時に、何となく彼がしようとしていた事がわかり、少しだけ感謝したが・・・・・・巻き込まれたの事を考えると、あまり素直に喜ぶ気にはなれなかった。


「森だなんて、どうしてそんな危ない所に・・・」
「俺が知るかよ。お前の親父さんはこのケンタウロスと出かけたんだろ。なら・・・ソイツにくっついてた、この壷が知ってるはずだ」
「つ、壷じゃないよ、マジックポットです!!」

「壷が喋った!」
「心配すんなベラ。モンスターじゃねえ」
「そ、そうです!だから、恐がらないで!貴方、モーグリさんの娘さんですか?」

「父さんを知ってるの!?父さんは今何処に!?」
「森・・・だろ。おい壷!ベラの親父が何処にいるか吐きやがれ!まさか、森の奥にあるっつー化け物の巣じゃねぇだろうな!?」
「ひっ!あ、あの・・・それは・・・」

「ちょっとガストラ!この子が恐がってるでしょ!脅さないでよ!」
「あぁ!?何だそれ!俺はお前の為に聞いてやってんだぞ!」

「そんな事頼んだ覚えなんかないよ!大体貴方、普段から乱暴すぎるんだよ!すぐ怒鳴ったり、いう事きかないと殴ったり!」
「俺がどうしようが俺の勝手だろうが!お前に指図されるいわれはねえんだよ!」

「だったら此処で貴方に首を突っ込まれたり、口出しされるいわれも無いよ!これはウチの問題なんだから、貴方の問題じゃない。放っておいて!」
「っ・・・テメェ・・・わかったよ!だったら勝手にしやがれ!」


ベルの言葉に、ガストラは唾を吐き捨ててその場を去ろうとする。
だが、思い出したように足を止めると、オロオロしながら二人の喧嘩を見守っていたマジックポットの襟を掴んだ。


「おい、壷!」
「マジックポットです!」

「同じだろうが。いいか、ベルに何かあったら、粉になるまで砕いて川に流すからな。覚えとけ!」
「は、はいいい!」


演技とは思えない剣幕で凄むユージンに、は声を裏返して冷や汗をかく。
役を決めたときは、あまりにもはまり役すぎて皆笑ってしまったのだが、実際こんな風に凄まれたら、もっと温和な役になってくれればよかったと思わずにいられない。
演じていると言いつつも、殆ど素の状態の彼に脅されると、本当に彼を怒らせた気分になってくる。

確かに、は前に一度ユージンを怒らせた事があるが、その時彼は股間を抑えて担架で運ばれて行ったので、こうして怒鳴られる事はなかった。
謝りに行った時も、お互い様だと言って許してくれたし、彼が負傷した場所が場所だけに、水に流したのだが・・・。


本気で怯えているを、ユージンは少しの間見つめると、目を逸らして掴んでいた襟を放す。
崩れ落ちそうになった彼女は、アレンの腕に支えられ、二人は去って行くユージンの背中を見つめていた。



、平気?』
『う、うん。ちょっとびっくりしたけど、平気』

『そう。ならいいけど』


見事美女に変わったアレンの顔がすぐ傍にあって、は思わずドキリとする。
同性なのにこんなに心臓が高鳴るなんて、やはりアレンは綺麗な顔をしている・・・・と、考えたが、彼は男だ。
男が相手なら、見惚れる事におかしな事は無い。
だが、しかしアレンを見ていてドキドキするのは、彼が女装している時限定での事。しかし彼は男。

考えると、自分はどうしてドキドキしているのかわからなくなって、はアレンの顔をまじまじと見つめた。


『・・・何?』
『何・・・だろう?』

『・・・何でもいいけど、そういう風に見つめられると、恥かしいんだけど』
『あ、ごめん、変な意味は無いの』

『・・・そう』


呟くように答えたアレンは、仄かに頬を紅潮させて目を逸らす。
長い睫毛は彼が瞬きする度に揺れ、艶やかな唇から漏れる微かな溜息は、ふわりと揺れた髪に隠された。


「マジックポットさん、父さんは何処にいるの?」
「え?あ、モーグリさんは、私達の城に・・・」


まっすぐに見つめる瞳と、突然引き戻された現実に、は慌てて言葉を返す。
背中を支えていた彼の手が、しっかりしてと言うよう軽く背中を叩き、彼女は気を引き締める。


「じゃぁそこに案内して!話は、歩きながら聞くから」
「は、はい!」


気押されるように返事をしたは、反射的にアレンの手っを取った。
自分が考えていたより、ずっと大きくて皮が厚い彼の掌に少し驚きながら、それを表に出さずに舞台袖へ歩く。

ステージから消えると同時に、舞台は真っ暗になり、慌しくセットの移動が始まった。
殆ど返事をするだけだったが、急な出番を何とか乗り切ったは、大きく安堵の息を吐く。
袖では、マイラとユージンに加え、暫くは出番待ちだったカーフェイが二人を出迎えた。


、大丈夫だったか?」
「うん、ユージンとアレンが、殆ど何とかしてくれたし」

「そっか・・・ならいいんだけど・・・。無理、すんなよ?ヤバくなったら、俺も何とかするからさ」
「大丈夫だよ。何だかんだで、結構流れは台本に沿った感じだし。心配いらないって」

「ん・・・じゃ、頑張れ・・・な」


歯切れ悪く言ったカーフェイは、少しだけ視線を彷徨わせ、手に持っていた飲みかけのジュースを差し出す。
笑顔でそれを受け取ったは、一口飲んでカーフェイに返す。
満面の笑みでそれを受け取るカーフェイに、マイラは何も言わずユージンに目を移し、視線に気づいた彼にニッコリ笑って返した。

暫くマイラと見合っていた彼は、やがて小さく舌打ちすると、ステージの方へ目をやる。
まだ暗い舞台の上を見た彼は、少し驚いた顔をすると、小さく溜息をついてステージへ出ていった。

何だろうと4人が彼の姿を目で追うと、彼はステージ中央に置き去りにされていたイザークを担ぎ、早足で戻ってくる。
彼の存在をすっかり忘れていた面子は、戻って来たイザークの顔を覗き込んでみたが、彼は完全に意識を失っていた。


「チッ。ダメだな、こりゃ」
「いいんじゃないの?どうせもうイザークの出番無いじゃない。終るまで休ませてあげましょ」

「へぇ?まぁ、こうなったのはお前のせいだからな。優しくすんのは当たり前か」
「トドメ刺したのはアンタでしょ。お互い様よ」


ニヤリと笑ってみせたイザークに、マイラはフンッと鼻を鳴らして髪をかき上げる。
不幸にも戦闘不能意識不明の状態になったイザークは、舞台袖の端に横たえられた。


「イザークは俺が回復しとくよ。終るまでみてる。皆、頑張れよ」

そう言うと、カーフェイは苦笑いしてイザークの傍に膝をつく。
瞼を上げ、首の脈をとる彼から目を離すと、丁度舞台の上の準備が出来た頃だった。

この流れだと、次の場面も自分とアレンで進める事になるだろう。
頑張らなくてはと、もう一度気を引き締めたは、明るくなり始めた舞台に目をやる。


「頑張ろうね、アレン」
「・・・うん」

流れ始めた音楽に、二人は舞台の上に戻る。
その姿を後ろから眺めていたカーフェイは、ずっと繋がれたままの二人の手を見つめ、しかしすぐにイザークへと向き直った。



「青春ねぇ・・・」
「テメェもだろうが」

楽しむような顔をしながら、冷めた声で呟くマイラに、ユージンは舞台に目を向けたまま返す。
その言葉に、ピクリと眉を動かした彼女は、微かに口の端を上げると、振り向いたユージンと目を合わせる。


「何の事かしら?」
「ディーン」

「アイツとはただの腐れ縁よ。それにね、ユージン。私、アンタの方もどうなのかしらーって、思ってるのよ」
「腐れ縁で士官学校まで一緒か。すげぇもんだ」

「はぐらかすんだ。図星?」
「逃げるだけの腑抜け女にどう言われようと、興味ねえな」

「ふーん・・・否定しないんだ」
「肯定もしてやらねえがな。安心しろよ。俺は、テメェを楽しませてやるような事をする気はねぇ」

「あら、それは残念」
「・・・・・・・」


クスクス笑うマイラを見下ろしていたユージンは、興味をなくしたようにステージへ視線を戻す。
それ以上口を開く気配の無い彼に、マイラは辺りを見回し、丁度通路から入ってきたガイを見つける。
暫く彼を眺めていた彼女だったが、良いからかい相手にはならないと判断すると、ユージンと共に舞台を眺める事にした。







うん。
ヤマがありませんでしたね、今回の話はorz
ギャグの要素もあまりなく・・・こう・・・淡々としてたかな、割と。
そんでもってユージンが出張ってた。気に入ってるから、ついつい出しちゃった。うん。

次は、もうちょっと楽しめるようなものを書きたいと思います。
はい。

2008.7.20 Rika
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