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To dear friends - 7








翌朝、ロベルトに一応の断りを入れ、はアベル教官にジュノン行きに了承する旨を伝えた。
二人とも、少しホッとしたような、それでいて今更寂しそうな顔をして、「そうか」と言うだけだった。
明日の朝HRで伝えても良いかと聞かれて頷くと、アベル教官はすぐに校長先生へ連絡に行った。

その前に、アーサーと一度話がしたいと思っていたが、教室は昨日の騒動から落ち着いていた。
私だって女の嫉妬が恐ろしい事は知っている。
何時ものように彼の周りを囲んでいる女子に割り込んで、話しかけるだけの勇気は無かった。
残り僅かになった此処での学校生活を、最後の最後でドロドロにはしたくない。

機会があれば・・・無ければ今夜と考えていると、そんな私の様子を見ていたらしいカーフェイに心配された。
「生理か?」と。

思わず頭を叩いてしまったよ。


昼休みが始まってすぐレナード先生に呼び出された彼は、どうやらジュノン行きの話を聞いたらしい。
少し怒っていたようだが、粗方の説明は既にされていたようで、長い休みにはミドッドガルへ遊びに来いと約束されただけだった。
正直彼はかなり怒ると思っていたのだが、どうやら怒りや混乱は先にレナード先生にぶつけられたらしい。

と言っても、彼らは一緒にいる所こそ滅多に見ないが、それでも結構仲が良さそうな雰囲気が見える。
だから、ぶつけると言っても、多分取り乱したカーフェイを、レナード先生が宥めたぐらいだろう。

自分なりに納得出来る答えを出せたのか、カーフェイは引き止める言葉も、送り出す言葉も口にしなかった。
ただ、今夜の花火が楽しみだと、またミッドガルに来たら誘うからと、少し寂しそうに言い、は勿論だと頷く。


そういえば、アーサーには今夜の事を連絡したのだろうかと考えていると、彼を囲んでいた女子が少し騒がしくなった。
何だと思って見てみると、そこにはアーサーを連れて集団から這い出てくるアレンの姿。
女子に「可愛い」という禁句を連発され、彼の顔は凄まじく不機嫌なものだった。


「あれ、隣りのクラスの女子だからなぁ・・・」


カーフェイの呟きに、なるほどならばアレンへの禁句を知らなくても仕方がないと思っていると、予鈴が鳴って皆席に着き始める。
廊下に出たアレンとアーサーをちらりと見てみたが、二人の姿は斜め後ろの席に座っているジョヴァンニの巨体のせいで見えなかった。

ジョヴァンニと目が合って、ニカッと笑われたので、ニコッと笑い返したが、『ゴメン、君を見たんじゃないんだ』と、心の中で謝っておいた。


本鈴が鳴り、廊下に残っていた生徒と先生が入ってくると、机に向かう暇な授業が始まる。
軍の規律を主とした教科だが、進軍中の過ごし方とか、注意事項とか、とっくに習った事を今更おさらいするのは、実習旅行があるからだろう。
自分には、関係あるが、関係ない。
既に頭に入ってしまっている事を、今更真面目にノートに書き写す気にもなれず、は夢の国への船を漕ぎ始めた。

シャープペンを持ち、教科書を開いて頬杖をつきながら、見つかったら怒られるなーと思いながら瞼を伏せる。
「教科書23ページ」という教師の声に合わせ、全く違うページを適当に開いていると、後ろから背中を突付かれた。
シャープペンを置いて手を出してみると、折りたたまれた紙が回ってくる。

とんでもなく汚い字で書かれた宛名に失笑しながら、誰への手紙だとよく見てみると、自分の名前に見えなくもなかった。
自分でいいのか?と、後ろを覗き見ると、こちらを見ていたジョヴァンニが小さく手を振る。
彼から自分へ手紙など珍しいと思いながら、音を立てないように開いてみると、中に書かれた文字は表の宛て名が嘘のように綺麗な文字だった。

似合わねぇ・・・

初めてじっくり見たジョヴァンニの字に、なんて繊細な文字を書くのだと失礼な事を考えながら、はエンピツ書きの文字を見た。


『今日の夜アーサーも来るってよ。あと、ガイとロベルトも大丈夫らしい。お前の愛しのアーサーは来るってよ。来るってよ。よかったな』


待てやぁぁぁぁ!!


叫びそうになるのを必死で堪え、はじとりとジョヴァンニを睨む。
何で知ってるのだとか、何だこの書き方はだとか返事を書いて後ろの人に渡すと、暫くしてまた返事が帰ってきた。


『昨日辺りから、お前がアーサーを見る目は恋する乙女そのものだった。少女漫画にいそうだった。恋する乙女だった。乙女だった。乙女だった』


強調すんなよ!

この野郎、完全に楽しんでやがると、今度はにらむ事はせず、短く返事を書く。
渡し役になっている後ろの人に、侘びとして飴を一つプレゼントすると、また暫くしてジョヴァンニの返事がきた。


『どんなに隠そうとしても、俺の目は誤魔化せない。お前は完全に包囲されている。大人しく自首しろ』


私は彼の中でどんな犯罪を犯したのでしょうか・・・。



『お前もうすぐジュノン行くんだろ?ガイとロベルトが言ってた。だから今夜がチャンスだ。花火に感動する奴の隙をついて、正面から急所を突け』


教員すら倒す男の急所をどうやって正面から突けというのか。


『帰り、アーサーに送らせるから、食っちまえ』


無茶言うな。


『じゃなきゃお前、ロベルトに食われるぞ?』


何で?


『じゃあ仕方ないからアレンに食わせる』


私は必ず食われるなきゃならない運命なんでしょうか・・・?
ってか、『じゃあ』って何だ『じゃあ』って・・・仕方ないってアンタ・・・。

無礼極まりないジョヴァンニの言葉に、は呆れながらまた返事を書く。
何度も何度も手紙を頼んでしまっている後ろの人は、少し嫌そうな顔をしていて、は仕方なく鞄の中からジュースを出して後ろに渡した。
少ししてから、またジョヴァンニが動く気配がして目を向けると、何故か彼の手には大きな打ち上げ花火が一つ。

え?と思うのも束の間。
ジョヴァンニはニコニコ笑いながら、事もあろうかその花火をの後ろの席の机にドンッと置いたのだ。
ポカーンとするのは、後ろの席の人もも同じ。
何考えてるんだコイツと心の中で叫ぶものの、板書していた教師がこちらに振り向く気配に、は慌てて前を向いた。
後ろの席の人も、机の上に置かれた花火を慌てて教師の死角へ避け、また教師が背を向けると、それを鞄の中に突っ込む。

どんなお礼だよと思いながら、また背中を突付かれて振り向いたは、口の動きだけでゴメンと謝ると、ジョヴァンニからの手紙を受け取った。


『ビックリしたか?とにかく今夜頑張れよ。他の奴は何とかしてやるから。フラれたら失恋祝い花火してやる』


余計なお世話だコノヤロウ。

こっちが押せ押せモードでも、アーサーの気持ちはわからないだろうに。
何も知らないからこそ、応援してくれるジョヴァンニの気持ちを、は少し嬉しく、少し寂しく思った。


『俺達実習旅行行くし、学校行事つっても、実戦だから、万が一の事だってあるかもしれねぇ。黙ってるのも嘘つくのも全然楽じゃねぇぞ。それに、何もしないで後悔するよりブチかまして後悔した方がいい』


先程までとは違う、何度も消した跡の上に書かれた文書に、は少しだけ目を伏せる。
良い返事が思い浮かばず、殴り書きのように『ありがとう。 P.S ジョヴァンニ大好きだー!』とだけ書くと、彼女は手紙をすぐに後ろの席に回した。
するとジョヴァンニは満足したらしく、もう手紙は返って来なかった。

授業が終わり、休み時間になると、彼がそっと近づいてきて、わざわざその手紙を大事にすると言う。
出来るなら今日の勇気の源とジュノンへの土産に欲しかったが、彼が持っていてくれるなら、それでいいと思った。

ジョヴァンニなら、きっとずっと大切にしてくれるだろうと思いながら、は汚い字の下に一筆添える。
今日の日付と、自分の名前と、彼が書いた自分の名に匹敵するほど汚い字でジョヴァンニの名を。
そして、彼への思いを込めて『親愛なる友へ』と。

自分の名の字が汚すぎると言いながら、ジョヴァンニは嬉しそうにそれをポケットにしまう。
この学び舎で交す最後の手紙を、は彼に託した。

だから彼女は、彼が続けようとした手紙の最後にあった『ゴメン』の跡も、『お前は生きろ』という字の跡も、知る事は無かった。















「決まっちゃいましたねー、さんのジュノン行き」
「別に良いんじゃないの」

「そうですか?私は少し興味があったんですがねぇ」
「そう」


日が傾き、僅かに西日が差し込む室内で、マクスウェルは頬杖をつきながら出欠簿に書かれた彼女の名を指でなぞる。
放課後の校舎は喧騒を無くし、この体術教官準備室もまた、静かな放課後の時間を刻んでいた。

傍にある机でテキストを開いている少年は、気の無い返事を返しながら、ペンを動かす。
黙々と昨日の授業の内容をノートに書き写していく彼に、マクスウェルは少し目を細め、冷たくなったコーヒーを啜った。


「彼女は・・・」
「鼻、折られちゃったんだって?」


言葉を遮って、ちらりと覗いてきた彼に、マクスウェルは一瞬表情を固め、すぐに笑みを作る。
胡散臭いと毒を吐き、逸らされたアイスブルーの瞳に、マクスウェルは口の端を歪めると椅子から立ち上がった。

少年の一つに纏めた金の髪に、少しだけ指を絡めて遊んだマクスウェルは、そのまま静かに室内を歩き回る。
足音を背に聞きながら、ペンを置いた少年は、開いていたノートを鞄の中に突っ込むと席を立った。


「アルヴァ、君はさんをどう思います?」
「ガイです」

「おや、そうなんですか?」
「・・・・・・」


彼の言葉に、わざとらしく目を丸くしたマクスウェルは、ゆっくりと近づくと彼の瞳をまじまじと見る。
冷たく見つめる瞳は、まるで狼のそれのようで、ゾクリと背筋がざわつきそうになる。
不快感から殺気立つ彼に、マクスウェルは愉快そうに笑みを浮かべると、彼から顔を離した。


「そうですね。君はガイだ。失礼しました」
「・・・・・・・・」

「話を戻しましょうか。私はね、彼女はアーサー君のアキレス腱になるんじゃないかと、そう思ってるんですよ」
「・・・・・」

「彼女の名を出した途端、彼は私をこんな風にしてしまった」
「・・・・・・・・」


眉を下げて、ギブスがつけられた自分の鼻を指差すマクスウェル。
既に彼に視線を向けてもいなかったガイは、鞄から出した回復マテリアを、マクスウェルに投げ渡す。
最高レベルまで育てられているそれに、彼は小さく笑みを零すと、自分のポケットに仕舞った。


「始末してみましょうか。きっと彼も、学校も、皆混乱するでしょうねぇ。彼らの慌てふためく顔が・・・」
「マクスウェル」


呼ぶと同時に、マクスウェルの頬を何かが掠め、後ろの壁からタンッという音が鳴る。
小さな痛みと共に、その頬には一筋の赤い線がじわりと浮かんだ。
目を細めるマクスウェルに、対峙するガイはニヤリと口の端を歪め、狂気すら覗える笑みを見せる。

ゆっくり近づく彼は、目を逸らさないマクスウェルなど眼中に無いように、壁に刺さったナイフを抜き取った。
一度それを指先で遊び、ちらりとマクスウェルに目をやると、頬に出来た傷をナイフの先でそっとなぞり、そのまま肌を辿る。


「それだけは・・・・・・させないよ?」
「フッ・・・かっこいいですねぇ。君らしくも無い。・・・下らない情にでも絆されましたか?」

は僕らのお気に入りなんだ」
「おやおや・・・僕ら・・・と、きましたか。ますますらしくない。・・・ですが、使える事に変わりは無いんですよ」

「ジョヴァンニは友達だよ。ロベルトも彼女が好きだ。・・・この意味、わかるよね?」
「・・・厄介ですねぇ、子供というものは」


頬からこめかみ、顎、首筋へと刃を這わせながら、ガイは囁くような声で問う。
暗に全て台無しにしてやれると言う彼に、マクスウェルは顔を顰め、だが張り付けた笑みを消しはしなかった。


「いいでしょう。今回だけは見逃してあげますよ」
「そう?アリガトね先生」

「流石の私も、君達全員が相手では勝てそうにありませんからね」


困ったように笑うマクスウェルを、ガイは冷めた目で見つめ、ナイフを仕舞う。
代わりに出した馬の被り物に、マクスウェルが目を丸くするのも気にせず、彼は結っていた髪を解くと、馬の面を被った。


「ガ、ガイ、それは・・・」
「じゃぁ先生僕帰りますね〜。また明日〜」


間延びした暢気な声色で別れを告げ、ガイは教官準備室から出て行った。
扉が閉じると同時に笑みを消したマクスウェルは、頬に出来た傷に触れ、指先についた僅かな自分の血を見つめる。

少しして、廊下の向こうからアベル教官の怒鳴り声とガイの悲鳴が聞こえたが、彼は興味も持たず自分の椅子に腰掛けた。
途中だった教員の仕事を再開し、今朝配られた書類の中にあった、神羅本社からの警備員要請書を手に取る。
神羅カンパニー創立記念日の祝賀会における警備を増強するため、教職員の中から数名補助を出して欲しいと。

自分とは別の反神羅組織が、祝賀会当日に事を起すという情報はあったが、マクスウェルにとってはどうでも良いものだった。
関わる気も更々無い。
だが、これに出てもし邪魔者が巻き添えで消えてくれたなら、こちらとしては万々歳だろう。
そう上手く行くとは思えないが、もし向こうの組織が、こちらの組織の者が警備にいると知れば、後々芳しくない状況になるかもしれない。


「神羅の事は神羅でやってくれませんかねぇ・・・自慢のソルジャーで何とかしろっつんですよ」


何だって士官学校の教員まで借り出されねばならないのだと、鬱陶し気に溜息をつくと、マクスウェルはその書類を自分の補助である、講師レナードの机の上に投げ置いた。









2007.11.14 Rika
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