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To dear friends - 6





アーサーに負けず劣らず人気があるロベルトだ。
一緒にサボったとなれば、妙な噂が流れるかもしれない。
アーサーの耳にも、否応無しに入るのだろう。彼はどう思うだろうか。


そんな小さな不安を持ちながら教室に戻っただったが、実際は二人の話どころか、ピリピリした空気でいっぱいだった。
何が起きたのかと目を丸くしながら友達に話しかけても、気まずそうに視線を泳がせて何でもないと言われるだけ。
むしろ、その事には触れるなと言いたげな視線まで送られ、は意味がわからないまま自分の席に戻った。

静か過ぎるのは教室だけではなく、廊下にいる生徒達も、潜めるような声で話をしている。
自分の事を話しているようではないが、しかし何と居心地の悪い事かと思いながら、珍しく女子が群がっていないアーサーをちらりと見た。

考え事をするように窓の外を眺めていた彼は、が目を向けた瞬間こちらに目を向け、二人は今日初めて視線が合う。
それだけで、ドキリとした心臓と、一気に熱くなっていく顔に、彼女はやはり彼が好きなのだと思わざるを得なかった。

席が離れているので、そのまま話しかけるのもおかしいと思ってしまうが、それ以前に何を話せばよいのか。
この教室の状態について聞くというのも手だが、いつもの女子はおろか、周りの席が明らかに空席だらけになってしまっている彼に話しかけるのは、相当な勇気が必要だった。
というか、彼の周りを見る限り、この状態は彼のせいと言っているようなものである。
友人に、その話題に触れるなという空気を出された手前、この話題も却下だろう。

対するアーサーは、何か言いたげに少し口を動かしたが、ちらりと回りに目をやると口を閉ざした。
一瞬か、数秒か、僅かな間だけと見つめ合うものの、彼は結局視線を逸らし、また窓の外を眺め始める。

少しだけ残念な気持ちになっただったが、この教室ではその方が良いだろうと考え、自分の席に座りなおした。
前の席のカーフェイは、ちらりと後ろを振り向くと、読んでいたエロ本を鞄に仕舞う。
軽く髪を直した彼は、スッと後ろを向くと、よく分らないが余裕がありそうな雰囲気での机に肘を置いた。
優雅な仕草をしようとして失敗した人のようだとは思ったが、彼の自尊心や教室の雰囲気もあり、それを口にする事は出来ない。


、君の瞳はあの青い空のようだ」
「…私の目、黒いんだけど」

「………よ、夜空!」
「何言ってんの。ってか、今度は何の本読んだわけ?」

「ドキドキムチムチカーニバル2巻〜青空の下で君と…〜」
「へー。じゃぁ何?私が鞭でカーフェイをビシバシして、恐怖でドキドキさせてあげればいいの?」

「そんなドキドキやだ!」
「じゃぁ変な事言わないの」


何でこの子はこうなんだろうね…。

呆れながら、いつもは言わない愛読書の名前まで言う彼に、は何となく彼の意図を感じた。
近くにいたクラスメートも、カーフェイの言動に呆れたり笑みを零したり、教室の中は少しだけ空気が軽くなる。

何だかんだで周りに気を使う人だと、その手法はどうあれ、は少し微笑ましく思った。
笑みを零す彼女に、膨れっ面を見せていたカーフェイも頬を緩め、帰りのHRに現れない担任に時計を見る。


「アベル先生遅いよなー。カップ麺のびるっつの」
「カーフェイ今カップ麺なんか作ってないでしょ」

「いや、家にある。朝お湯入れて、遅刻しそうだったからそのまま来た」
「とっくにのびてるだろソレ」

「やっぱもそう思う?」
「誰でも思うよ」

「捨てるの勿体無いけどさー、食べると不味いんだよなー」
「天日干しでもしてまたお湯かければ?」

「ダメだって。俺の部屋日陰だからカビるよ」
「そこなのか?ツッこむところはそこなのか?」


アッハッハッハッハと高らかに笑ったカーフェイは、少し息を整えると一度ぐるりと周りに視線を向ける。
彼のお陰で、平常に戻りつつあった室内だったが、まだいつも通りとまではいかなかった。

バラバラと教室に入ってきたクラスメートに、入り口へと目をやれば、アベル教官がいつもの厳しい顔で入ってくる。
帰りのHRは、アーサーが放課後職員室に呼ばれた事意外は、いつも通りに終った。

また静かに騒ぎ出した教室に、やはりアーサーが何かしたのかと思い、は彼を見る。
だが、彼は今度は彼女に目を向けず、鞄を置いたまま教室を出て行った。

約束があると言うカーフェイは、珍しくアレンとジョヴァンニのコンビの元へ行き、他のクラスメートに混じって帰っていった。
鞄の中に机の中の物を突っ込みながら、結局弁当を食べ損ねたとが考えていると、頭の上に影が落ちる。
顔を上げれば、まだ教卓の所にいたはずのアベル教官がいて、首を傾げた彼女に数枚の書類を手渡した。


「これは…?」
「移動に関する詳細の書類だ。念のため、読んでおきなさい」

「…はい」
「最終的に決めるのは君だ。君が嫌だと思うなら、断ってもかまわん。しかし…私は君に期待している」

「………はい」


だがあまり考えすぎないようにと言い残し、アベルは教室を出て行った。

期待しているとわざわざ言うのは、断りにくくなる事を予想しての事だろうか。
それでなくとも、アーサーに推薦されたという事で、十分断れないようなものだというのに、あれではただの念押しだ。
分っているなら性質が悪いと思いながら、渡された書類を眺める。
するとそれは、移動が決まった人間が読むような詳細すぎるもので、一通り読み終えると同時に彼女は深い溜息をついた。


、まだ帰ってなかったの?」


少し離れた場所からかけられた声に振り向くと、廊下から顔を覗かせるロベルトがいた。
いつの間にか誰も居なくなった教室に、が周りを見てみるが、アーサーの机に鞄がある以外は皆帰ってしまったようだ。
ロベルトも今帰ろうとしていたところらしく、鞄を肩にひっかけていた。
隣のクラスの教室という事もあり、少し遠慮がちに入ってきた彼は、の隣の席に鞄を下ろし椅子を借りる。


「それは…?」
「ジュノン行きの書類。・・・ロベルト、貰ってないの?」

「うん、僕は何も・・・」
「・・・・・・・・そっか」


やはり学校は自分に行けと言っているのか。
深く考えるも何も、答えは明白じゃないかと思いながら、は書類を鞄に突っ込んだ。

ロベルトは建前として呼び出した飾りなのだろうか。
だとすれば何の意図があって自分を行かせるのか。
やはりアーサーの言葉か。
アーサーは何を考えている?


「私、帰るね」
「あ…うん、気をつけて」


やはりアーサーに直接聞かなくては分らない。
HRの前、少し目が合った事で、些細な事かもしれないが彼に話かける勇気が出た気がした。
午後の授業をサボっていた時、ロベルトが言った通り、嫌われてるかどうかも彼に聞かなければわからない。
アーサーも、の勘違いでなければ何か言いたそうな素振りがあったので、話をしても大丈夫だろう。
結果どんな言葉が出てくるかは、わからないが・・・。



「ん?」


教室から出ようとした時、呼び止めたロベルトに彼女は振り向いた。
屋上にいた時のように、その瞳に憂いを見せる彼は、少しの沈黙の後口を開く。


「アーサーと気が合うのは癪だけど、僕も、ジュノンには君に行ってほしいと思ってる」
「・・・うん」


やはり自分が行く事は運命だと思うしかないのだろうか。

既に諦めを感じている自分に自嘲の笑みを浮かべながら、はロベルトの言葉に頷き、教室を出た。
まだチラチラと残っている生徒の中を歩き、玄関を出れば、数十分前までの青空が嘘のように、灰色の雲が天を覆っている。
肌に感じる湿った風に、これはすぐに降ってくるかもしれないと考えていると、早速アスファルトの上にポツポツと染みが出来始めた。


「やっべ…」


呟くと同時に、は走り出した。
他の生徒も空を見上げてそれぞれの家の方向や、コンビニに向かって走り出す。
道を行く通行人達も足早に路地を行くが、神羅直営の士官学校の生徒達は身に付けた素早さを生かし、それらをどんどん追い越してゆく。
通行人と生徒達。どれが普通の速さなのかと考えながら、は近道をするために裏路地に入った。

薄汚れてゴミ臭いそこに少し顔をしかめながら、細い道を真っ直ぐ走る。
角を曲がり、あと5分も走れば寮だと考えていたは、建物の間から出てくる人影に気がつかなかった。


「うわっすみま…ぐっ!?」


ぶつかったと思い、慌てて謝ろうとした彼女だったが、痛いぐらいの力で口を押さえつけられ、言葉が途切れる。
そのまま通りに引き摺り込まれ、背中を壁に叩きつけられたかと思うと、深いダークグレイの眼で自分を見るガイがいた。


「!?」
「・・・何だ、かぁー」


彼女が目を見開くと、ガイはようやく自分が押さえつけていたのが誰かわかったのか、気が抜けた声を出して手を離す。
力が抜けて壁に寄りかかるに、ガイは苦笑いを浮かべた。


「いきなり突っ込んでくるんだもん。ビックリしちゃったよ〜」
「そ、それはこっちの台詞だよ。…もう…」

「ゴメンね〜?」
「いいよ、って、あ…」


ボタボタッと落ちてきた雫に、が空を見上げると、真っ暗になった空からバケツをひっくり返したような雨が落ちてきた。
驚くのは一瞬で、一度濡れてしまえばすぐに開き直りに変わる。
バケツどころか滝のように降り注ぐ雨に、彼は何か言っているが、その声は雨音でかき消された。
首を傾げるに、ガイは話すのは無駄だと考えたのか、彼女の手を引いてすぐ傍の建物に入る。
辺りの空気も霞む景色の中で入った扉は、開けると同時にカランと鐘が鳴り、足を踏み入れた瞬間コーヒーの良い香りで出迎えた。

クラッシックがかかる静かなそこは、小さな喫茶店らしい。
カウンターの中でカップを磨いていた中年の男性は、二人の姿に目を丸くすると、出迎えの言葉と共に奥からタオルを出してくれた。
品の良いアンティークで纏められた店内は、天井から下げられたランプ型の電気で、淡い橙に照らされている。
カウンターの奥に並ぶ色々な種類の豆に感嘆しながら、はガイに手を引かれてカウンターの一番奥の席に腰を下ろした。


「こんな店あるなんて知らなかった…」
「隠れ家みたいでしょー?」

「うん。あ…れ?ガイ、家に帰ったの?」
「午後から用事あって早退したんだー」


私服のガイは、の質問にニッコリ笑って答えると、にはよく分らない名前のコーヒーとカフェオレを注文する。
午後の授業をサボっていた彼女には、彼がいたのかいなかったのかわからないが、とりあえず頷いておいた。
が、いつもと色が違う彼の瞳に興味が湧いて、はぐっとガイに顔を近づけた。


「…なぁに?」
「ガイ、それ……カラーコンタクト?」

「・・・え・・・ああ、目ね。そうだよー」
「何か凄いリアル。カラコンって、瞳がちょっと独特な感じになるって聞いてたけど、本物っぽいんだね、最近のやつ………」

「でしょ?お気に入りなんだー」


瞳を見るために顔を近づけただったが、ふと、何処か違和感を感じて彼の顔をまじまじと見た。
何がとはわからないが、今日の彼はいつもと何処か違うような、しかしいつも通りのような、なんとも言えない疑問が生まれる。
とはいえ、彼の顔をこんな風にじっくり見るのは初めてなので、何かおかしな所があってもわからないかもしれないが。
口にするのも曖昧すぎる疑問に、は単にガイの目の色が違っていて、私服で、髪を下ろしているせいだろうと、適当に片付けた。


「何見てるの?」
「いや、何か・・・いつもと違うような感じがして・・・私服初めてだし、髪下ろしてるのも珍しいからさ」

「そう?えへへ〜。の前で髪下ろしてるのって初めてだもんね」
「は・・・・?」

「え?違ったっけ?」
「いや、だって、昨日アンタ馬の被り物しながら髪下ろしてたじゃん」
「ブフッ!!」


やはりコイツは昨日の事を、自分のパンツ諸共綺麗サッパリ忘れてやがるのか。
そう思いながら昨日の事を口にすると、馬の被り物という単語に豆を挽いていた店主が噴出した。
誤魔化すようにニコッと笑った店主に、二人もつられて笑みを返し、再び向き合う。

目が合って苦笑いしたガイは、そういう恥かしい事はすぐに忘れるのもだと、少し口を尖らせた。
だったらそんな恥かしい事をしなければ良いだろうと思っただったが、言っても駄々を捏ねられるだけなのでやめておく。

淹れたばかりのコーヒーと、カフェオレの匂いに顔を上げると、店主が綺麗なカップに入ったそれを出した。
温かいカップを両手で包み、息を吹きかけると、表面に出来た牛乳の膜が皺を寄せながらカップの中を泳ぐ。
カチャリとカップを置いた音に隣を見ると、ガイはポケットから携帯を出して、普通ではありえない速さでボタンを押していた。


「・・・・・・・・・ガイ、ボタン押すの早すぎない?」
「そう?普通だよ〜?」

「いや、普通じゃねぇよそれ。早すぎだよ」
「ん〜じゃぁ、そうかもー」


のツッコミに生返事を返すガイは、数秒画面を見つめると携帯をポケットに仕舞った。
途切れた音楽に、店主はカウンターから出ると、店の奥にある蓄音機からレコードを取る。
鉄の部分が少しくすんでいるが、大事に扱っているのがよく分るそれを、眺めていると、先程とは違うがまた穏やかな音楽が流れ始めた。






















「失礼します」


一礼し、職員室を出たアーサーは、小さく息を吐きながら雨に霞む窓の外を見た。
傘が無いと心中でボヤきながら、人気が無くなった廊下を歩いていると、遠くから足音が聞こえてくる。

職員室にいた教師の顔を思い出しながら、少し警戒して足を進めていると、見慣れた薄灰色の制服が見えた。
髪の色と身長で、それが誰かわかると、アーサーは少し首をかしげながら警戒を解く。
階段へ向かっていた人物は、こちらに気付くと足を止め、じっとアーサーを見つめた。


「まだ残ってたんだね」
「呼び出されただけだ」


少し驚いた顔で言うロベルトに、アーサーは職員室を顎で指しながら答える。
だが、ロベルトの顔からは疑問が消えず、彼は少し肩を竦めると、午後の授業にロベルトがいなかった事を思い出して納得した。


「聞いてないか?午後の授業でマクスウェルとやり合った」
「・・・よく無事だったね・・・」

「返り討ちにしたからな」
「・・・・・・まさか」

「じゃぁ他の奴に確かめてみろ」
「・・・・・・・」


返り討ちという言葉に、ロベルトは耳を疑う。
だが、アーサーの態度は何時もと変わらないし、彼は物事を肥大させて言ったりはしない。それが事実なのだろう。

どうやったらあの男を倒すのだと思いながら、ロベルトは自分の中に生まれた、許されない希望に慌てて思考を切り替える。
呆然とする彼に、アーサーはそれ以上の会話は無いと考えると、教室の方へ歩き始めた。


「アーサー」
「あ?」

「・・・君は・・・・・・」


引き止められ、振り向いたアーサーは、言葉を途切れさせるロベルトに向き直る。
少し迷うように床を見つめる彼は、数秒黙ると顔を上げ、まっすぐにアーサーと見つめあった。


「君は、どうしてをジュノン行きに推薦したの?」
「・・・・・・適任だと思ったからだ」

「違うだろ」
「そうだとしても・・・お前が悩むような事じゃない」

「順番で言うなら僕のはずだ。でなきゃ、カーフェイやアレンを推薦してもよかった」
「そうだな。でも・・・俺にはお前らが必要だ」

「なっ・・・」
「これでも結構頼りにしてる」


アーサーの口から出た思いがけない言葉に、ロベルトは返す言葉を失う。
驚きの中に、何処かその言葉を喜んでいる自分が居て、彼は唇を噛みながら俯いた。


「君が・・・僕らを必要だって言うなら、だってそうなんじゃないのか?」
「必要の意味が違う」

「そんなの君の勝手だろ?!アーサー、君は彼女・・・」
「後に!・・・残るようなものは、作りたくない。それだけだ」


言葉を遮り、己の胸の内にある思いと同じ言葉を吐いたアーサーに、ロベルトは弾けたように顔を上げた。
それに微かに驚いたが、逸らす事無く見つめる彼の瞳は、この胸の奥底に隠すそれと同じ色を映している。

覚悟を決めているような彼に、冗談じゃないと、ふざけるなと、本来の自分の立場ならば出るはずが無い言葉が頭の中に犇めく。
全て見透かすようで、なのに全く気付いていない彼に、ロベルトの中には出所も行き場も知れない苛立ちが募った。
その中心から染み出るように広がる悲しさが、自分の中を壊していくようで、ロベルト捕らわれそうになる感情の波を振り払う。
だが、その心の先に思い出したのは、求めるものとは別のものだった。


「お前・・・に惚れてるだろ」
「そんなの・・・関係無い・・・」

「もし、俺が居なくなる事があったら・・・アイツを頼む」
「・・・・・何だよ・・・それ・・・」

「そのうち分かる」
「・・・・・・・・・・・」


そういう意味で言ったんじゃないと心の中で呟く彼に、それを知らないアーサーは「今は何も考えるな」と言って踵を反す。
何故泣きたくなるのか、堪えるように握り締めた拳に自問しながら、離れていく足音にロベルトは彼の背中を見た。


「僕は・・・君が嫌いだ」


搾り出すように出した声は、情けなく震えていて、ロベルトはぎゅっと奥歯を噛む。
ちらりと振り向いたアーサーは、眉を寄せる彼に微かに目を伏せると、微かに口の端を上げた。


「俺はそうでもない」
「嫌いだよ・・・大っ嫌いだ」

「頼んだぞ」
「嫌だよ。君が何とかしなよ・・・」

「・・・出来れば・・・いいな・・・」


聞いた事が無いくらい穏やかな声で呟いた彼に、ロベルトは視線を上げる。
だが、アーサーはもう振り向く事は無く、背を向けたまま手を振って行ってしまった。


無意識に打たれた深い楔が、必死に保っていた殻に皹を入れる。
座り込むな、立ち止まるなと言う自分の声に引き摺られながら、動く事が出来ないロベルトは、彼がいなくなった廊下に立ち尽くした。


























「いいんじゃない?せっかくだし、行ってみなよ」


ガイの口から出された言葉に、はやはり彼もかと、少しだけ肩を落とした。
ジュノン行きについて、彼に相談してみると、彼は暫く考え込んだ後その言葉を返したのだ。
アーサーの推薦云々については言っていないが、さらりと返した彼の言葉は本心なのだろう。


は深く考えすぎなんだよー。嫌だったら向こうに行って少ししてから戻るって駄々こねればいいんだってー」
「駄々ってアンタ・・・」

「それか問題起こしまくるとかー。そうすればアッチだって別の生徒よこせー!って言うんじゃないの?ってか言わせればいいんだよ」
「ガイってさ、結構力でゴリ押しタイプだよね・・・」

「男は少し強引な方がいいんだよ〜」
「いや、ガイのそれはちょっと違うと思う」

「それにーは僕のお気に入りだからね」
「ありがとう・・・ってか、お気に入りを行かせるの?」

「んー・・・・・・自慢?」
「あ・・・そう」


考えているのかいのか・・・きっと考えてないんだろうと思いながら、は温くなったカフェオレを飲み干す。
カランと鳴った鐘の音に、店の入り口へ目をやると、パーカーの帽子を深く被った細身の男が入ってきた。
鼻から下しか見えないその男は、達の方を見ると帽子を引っ張って深く被りなおす。

一人で傘を3本も持っているその男に、変な人だなーとが思っていると、ガイが立ち上がって彼に歩み寄った。


「ありがとね、アルヴァ」
「・・・・・・」

礼を言うガイに、アルヴァと呼ばれた男は無言で2本の傘を差し出し、そのまま店から出て行った。
知り合いなのかと聞くに、ガイは「うん」と返しただけで、具体的な関係までは口にしない。
彼女が傘を受け取ると、ガイは店主に二人分の代金を渡し、彼女は礼を言いながら二人で店を出た。

店の外は、幾分か小降りになっているものの、雨が止む気配は無い。
ふと道の先を見ると、の帰り道とは逆の方に、先程のパーカーの男性が傘を差して歩いているのが見えた。


「じゃ、僕帰るね」
「うん。あ、さっきの・・・アルヴァさん?にも、お礼言っておいて」

「・・・うん。わかったよ。じゃぁね〜」


水溜りの上だというのに、気にもせずにバシャバシャ飛沫を飛ばして走っていくガイに、は呆れながら手を振る。
先を歩いていたアルヴァに追いついたガイは、彼に何か言い、するとアルヴァはの方を振り向いて少し頭を下げる。
慌てて頭を下げ返したに、ガイは手を振り、彼女も緩く手を振り替えした。

歩いていく同じぐらいの背丈の二人を見送ったは、自分も帰ろうと、寮の方へ歩き出す。
走って帰るつもりだったので、あまり気にしていなかったが、ここは裏道だ。
腕に覚えがあるので、あまり心配らしい心配は必要無いが、女性が一人で歩く場所では無いだろう。
人気は全く無いが、その分街灯も無く暗い道を、は足早に歩いた。

念の為と思い、何本目かの角を曲がって、大通りに近い場所まで出ると、道は大分明るくなる。
道行く人々に紛れ、信号で立ち止まっていたは、道路を挟んだ向こうの店から出てくるジョヴァンニを見つけた。

それに続いて出てくるアレンとカーフェイは、何か大きな袋を抱え、透明なビニール傘を広げている。
青に変わった信号に、が少し早足になりながら近づくと、一番大きな袋を持ったジョヴァンニと目が合った。


「よお。って、今帰りか?随分遅いな」
「何!?!?あ・・・アァ〜ン!オレの!マイスィーごはっ!!」
「カーフェイ、犯罪は良くないよ」
「だ、大丈夫?」


何時もの調子で挨拶したジョヴァンニと、満面の笑みを浮かべて走りよろうとしたカーフェイ。
そんな彼の顔面に、持っていた袋を叩きつけて眉一つ動かさないアレン。
頬を押さえるカーフェイに、がおそるおそる顔を覗き込んでみると、相当痛かったのか、彼は少し涙目になっていた。

体格や容姿で、ただでさえ人目を引く彼らだ。
道の真ん中で騒いだ今は、普段以上に通行人の視線を集めている。

とりあえず彼らを道の端に寄せたは、3人が持っている同じ店の袋を見て・・・固まった。


「あ、アンタら・・・それ・・・」
「おう、花火だ!今時期だとよ、もう何処も置いてねえけど、そこの店は年中置いてるって聞いてな!」
「すっげぇ種類あってさー。つい買いすぎちゃったんだよなー」
「ネズミ花火・・・いっぱい買ったんだ」


子供かお前らは・・・・・・・いや、子供だった。

どれだけやる気だと思ってしまうぐらい、花火でパンパンになった袋を抱える3人に、は思わず頭を抱える。
しかもアレンの持つ袋の一つ。
それほど大きな袋では無いが、透明なビニールの中身は、見る限り全てネズミ花火である。
いっぱい買うにしても、明らかに買いすぎだろう。
しかし、それを眺めるアレンの顔は本当に嬉しそうで、は出そうになる言葉を飲み込んでしまった。

こんな嬉しそうな目をするアレンを、は見た事が無い。


「ちょ、ちょっと多すぎるんじゃないの?」
「やっぱそう思うか?」
「じゃぁも来いよ。明日の夜晴れたらやるからさ」
「・・・アーサーも呼ぼうか。今日のアレで、何か孤立してたし・・・哀れだよね」

「今日のアレって?」
「聞いてねぇか?アーサーの奴、今日の体術でマクスウェルを血祭りにしたんだよ」
「いや、そこまではいってないだろ。まぁ、鼻血出てたけどさ・・・絶対折れてたよアレ」
「二人とも話を大きくするような事言うのやめなよ。1対1の組み手で、ちょっとアーサーが暴走したんだ。大方マクスウェルが何か変な事でも言ったんだと思うよ。そうでもしなきゃ、アーサーの堪忍袋の緒は切れないし」

「じゃ、じゃぁ、今日アーサーが帰りに呼ばれたのって・・・」
「その事じゃねぇかなぁ」
「まぁ、普段はそんな事しねぇし、そんなに怒られないんじゃないか?」
「ああ。校長もアベル先生も、手を叩いて喜ぶだろうね」


それはそれで、マクスウェル先生が可哀想だと思いながら、は帰りのHR前の雰囲気にようやく納得した。
自分がサボっている間にそんな事になっていたとは・・・。
そう考えた瞬間、ロベルトと過ごしていたときの事を思い出し、何故か頬が熱くなる。
アーサーの事を考えている時とは違う、ただの恥かしさからくるそれに、我ながら困ったものだ思った。

事の詳細と言っても、見学をしていた3人からの見解でしかなかったが、はその騒動について漸く情報を得る。
ではあのいきなり演習場が騒がしくなったのがその時なのだろうと考え、その時自分がしていた事を思い出してまた頬が赤くなりそうになった。


「そういやぁ、具合悪かったんだろ?もう大丈夫なのか?」
「あ、うん。もう平気」
「言ってくれれば俺が付き添ったのにさー。俺の唯一の癒しが、まさかロベルトとあんな事に〜って、俺少し焦っちゃったよ」
「君の思考はどうしていっつもそうなんだろうね。、気分を害したならごめんね」

「ダハハハ!カーフェイの治らねぇだろ」
「うん、カーフェイが不純なのはもう慣れてるから、アレンは気にしないでいいよ?」
「不純なんじゃないって。真っ直ぐなんだって俺!」
「はいはいわかったよ。ああ、そうだ。じゃぁロベルトも花火に呼ぼうか。何か最近表情暗いんだよね、彼」

「お、いいなー。でも、あいつはいっつも不幸顔だぞ?」
「そんな失礼な事言わないの。別に不幸顔じゃないよロベルトは」
「人が良すぎて幸薄そうって感じだな」
「同感。考えすぎて、にっちもさっちもいかなくなるタイプだね」


揃いも揃って無礼者ばかりだな。

本人がいないのを良い事に、好き勝手言う彼らに、はロベルトが幸せであるようにと祈らずに入られなかった。
その後、今まで何をしていたのかと3人に聞かれ、ガイと共に居たという事から、花火のメンバーに彼も加えられる事となった。
ロベルトとガイへの連絡はジョヴァンニが引き受け、アーサーへはアレンが連絡するらしい。
男の子ばかりだと思いつつも、この面子で女子を呼ぼうものなら、話が大きくなって収集がつかなくなりそうなので、声をかけるのはやめておいた。

別の買い物があるからと言う3人と別れ、は大分近くなった寮への道を行く。
ミッドガルの学校での最後の思い出だ。と、考えた自分に、もう向こうへ行く気になっているじゃないかと、彼女は苦笑いを零した。
アーサーに推薦され、ロベルトとガイに行けと言われ、アベル教官にもそう望まれている。
長い休みに帰ってきたら、きっと彼らはまた遊んでくれるだろうと思いながら、青緑色に照らされるミッドガルの雲を見上げた。










2007.11.11 Rika
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