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To dear friends - 5


「ロベルト君とさんは欠席ですかね」


汗だくになって組み手をする生徒達を眺めながら、マクスウェル教官は姿を見せない二人の事をボヤく。
最前列にいたアーサーは、彼の言葉に注意を引かれながら、組になっているアレンが繰り出した足払いを難なく避けた。

校長室に呼び出された事は、教官も生徒も知っているので、授業開始時に二人が居なくても、話が長引いてる程度にしか思わなかった。
は気分が悪くなってロベルトに付き添われて休んでいると言ったのは、マクスウェル教官の補助である講師のレナード。
ロベルトは遅れても来るだろうと思っていたが、終了時刻が近いにも関わらず姿を現さないという事は、出てこないのかもしれない。

が授業に出ない本当の理由は、当然ながらアーサーも想像がつく。
自分が撒いた種でありながら、少しだけ気を引かれている自分に、彼は内心小さく溜息をついた。
瞬間、油断していた彼の顔目掛けて拳が飛んできて、アーサーはハッとしてギリギリで避ける。
連撃を予想して防御の体制に入ったかれだが、攻撃してきたアレンは彼の予想を裏切り、少し距離を取った。


「アーサー、集中してよ」
「ああ」

「…油断されて倒されてあげるほど、僕は優しくないよ」
「知ってる。来い」


不機嫌そうな表情を見せ付けるアレンに、それが単なる素振りであると察したアーサーは、少しだけ口の端を上げると授業に集中し始めた。
だが、再度アーサーに向かってきたアレンの攻撃は、集合をかけるマクスウェル教官の声に止められる。
授業終了までは少し時間があると思いながら、二人は集まってきた生徒達と共に整列した。

講師のレナードと話し合いながら、笑みを深くしたマクスウェルに、生徒達は嫌な予感がして緊張する。
少し困った顔をするレナードが、チラリとアーサーへ目をやり、心配そうな顔になった。

何だ、とアーサーが首を捻りかけた瞬間、マクスウェル教官が楽しそうな声で、自分が誰か一人と戦ってみようと言った。
誰が選ばれるのだと引け腰になる生徒の中、何とはなしに察したアーサーだけは、まっすぐに前を見る。

嫌そうな顔をする生徒を、それはそれは輝いた瞳で眺めていたマクスウェル教官は、やはりアーサーに目をとめて彼を前に出した。
同情する生徒達と、心配そうに見るレナードとアレンの視線を感じながら、彼はマクスウェルの前に立つ。
場所を空けた生徒達に見つめられながら、二人は間合いを取って構えた。

自分が生徒であり、相手が教員である以上、ここで命を取られる可能性は低い。
だが、肋骨の1本や2本折られても不思議は無いだろうと考えながら、アーサーは作った笑みを貼り付けるマクスウェルを見据えた。


「よろしくお願いしますね、アーサー」
「……お手柔らかに」


僅かに殺気を燻らせたマクスウェルに、これは骨どころか片目を取るぐらいはされるかもしれないと、アーサーは内心冷や汗をかく。
下手な事はしないだろうが、自分がやられれば次に狙われるのが誰かぐらいはわかっていた。

マクスウェルの肩越しに、ジョヴァンニの元へ行くアレンが見えた。
一人でいようとする自分とは違い、それが何も知らない人間であっても、誰かを傍に居させる事を選んだ彼は、己の弱さを自覚している。
彼が自分の弱さを受け止めるだけの強さを持っている事はわかるが、だからと言って自分の分まで背負わせる事など出来ないだろう。


「何処を見てるんですか?」
「っ!」


意識が逸れたほんの一瞬。だが、攻撃を出すには十分な隙に、マクスウェルは容赦なく拳を突き出す。
手加減など無い速さのそれに、彼が考えているだろう続く攻撃を読んだアーサーは、重い拳を片手で受け止めた。


「受け止めるとは…意外ですね。しかし、逃げなかった事は褒めてあげましょう」
「…………」


少し驚いた顔をしながら、マクスウェルは何時もの笑みを浮かべる。
だが、口元に見えたかすかな歪みに、アーサーは捕らえている拳を捻ると、そのまま突き返した。
投げ飛ばされるかと踏ん張っていたマクスウェルは、予想とは違う方向へかけられた力に僅かに体勢を崩す。
その隙を逃さず、彼の手首を掴んだアーサーは、マクスウェルの懐に入り込むと襟を掴んで宙に浮かせた。

マクスウェルは、流れそうになる体を横にずらし、片手を付いて背中からの落下を免れる。
千切れた芝生が目に入り、後方に飛び上がった瞬間髪に何かが掠ったかと思うと、アーサーの足が自分の頭があった場所を踏みつけていた。


「ホッ。危なかったですねぇ。流石校長先生の御子息。いやー、やりますねぇ」
「親は関係無い」

「そうですか?」


スッと目を細めたマクスウェルに、アーサーの背中には一瞬冷たいものが走った。
だが、そんな事に気を取られる気も、そんな余裕も彼は持ち合わせておらず、間合いを詰めてきたマクスウェルの拳がまた顔面目掛けて飛んでくる。
最初と同じ攻撃を、また受け止めたアーサーは、今度はそれを捉えずに横に振り払う。
逆の拳を突き出してきたマクスウェルに、小さく舌打ちすると同時に、彼はその拳を下から殴り上げた。
逸れた拳に気を緩める事無く、今度はアーサーがマクスウェルの脇腹を蹴り上げようとする。
身を引いて避けたマクスウェルは、身を翻すと立ち位置をずらした。


「また受け止めましたか…君は逃げるという事を知らないようだ」
「相手によります」

「それはそれは…。しかし意外ですね。私は、校長先生は貴方をジュノンへ行かせると思ってたんですが…」
「俺は何処へも行きません」

「…ロベルト君はともかく、さんを選ぶとは意外です。意外すぎましたよ。そう思いませんか?」
「さぁ」


マクスウェルの口から出た彼女の名に、アーサーは微かに焦った自分を押し止める。
表面的には何一つ感情の乱れを見せず、構えを取り直して見せれば、マクスウェルはニッコリ笑って向かってきた。
与えられる攻撃を防ぎ、隙を突いて出した攻撃もまた防がれる。
幾度もの攻防を繰り返しながら、少しも息が上がっていないアーサーに、マクスウェルは関心しつつ、喜びとは別の場所で笑みを深くした。
それが小さな恐れと焦りである事に、彼は気付かないまま、対峙するアーサーに語りかける。


「…君は予想以上かもしれませんね。いやぁ、面白い」
「………」

「面白くて、意外いですよ。本当に…君といい、さんといい…」
「彼女と俺は関係無い」

「…そうですね。しかし何故君がこんなにも強いのか、校長先生が彼女を選んだのか、私には不思議で仕方ないんですよ」
「…………」

「誰かに口添えでもされたんでしょうかね?」
「知りませんよ」

「そうですか。ですが私は・・・・・彼女に、少し、興味が出てきました」
「………」


胸の奥から全身がザワリとするのを、アーサーは無表情で固めながら奥底に押し込める。
先程と同じ、何時もとは違う歪みの混じる笑みを浮かべたマクスウェルに、歯止めが利かなくなりそうな自分を必死に繋ぎとめた。
渦巻く感情を持ちながら、冷静になり始めた心は冷えていて、思考だけが働いていく。
血を流すのだけは避けろと自分に言い聞かせながら、アーサーは自分が何の音も聞こえていない事に気付かないまま踏み込んだ。


「がっ…」


胸に叩き込んだ拳に、マクスウェルの体がグラリと揺れる。
逃さないようそのまま彼の服を掴んだアーサーは、苦痛に歪んだ顔を殴りつけ、脇腹を蹴り飛ばした。

本気を出していると、冷静な頭で考えながら、しかし体は感情のままにマクスウェルを追う。
受身を取って立ち上がろうとする彼の顔を、容赦なく下から蹴り上げると、その踵を右の肩に落とした。
マクスウェルが崩れるより先に体勢を落とし、体重がかかっている足を払うと、支えを無くした体が蹴ったばかりの肩から地面に落ちる。
反応が遅れる事を予想しているアーサーは、すぐに立ち上がると、いつの間にか鼻血で真っ赤になっていたマクスウェルの顔目掛けて、足を振り上げた。


「やめろって言われてるだろ!」


突然耳に戻ってきた音が、アレンの声だと理解する間もなく、アーサーの視界は反転した。
見下ろしていたはずのマクスウェルの顔から、真っ青な空へと目の前が変わり、驚いた瞬間背中に叩きつけられたような衝撃が走る。
一瞬止まった息に少し咳き込みながら目をぱちくりさせていると、ようやく騒がしくなっている周りに気が付いた。

少し顔が青くなっているアレンが自分を見下ろし、回復だ医務室だと騒いでいる生徒達が、周りを走っている。
何が起きているのだと、呆然としながら視線だけをキョロキョロさせていると、険しい顔をしたジョヴァンニが手を差し出してきた。
それに捕まり、ようやく体を起すと、レナードや他の生徒達がマクスウェルに回復魔法をかけている。
何処か怯えた目で自分を見る他の生徒にも、やはり理由がわからず呆然としていると、溜息をついたアレンが傍に腰を下ろした。


「アーサー、君…レナード先生が『それまで』って言ったの、聞いてなかったの?」
「……は?」
「…その様子じゃ、皆がやめろっつってたのも、聞こえてなかったみてぇだな」


アーサーの反応に、アレンとジョヴァンニは溜息をついて、レナード教官に背負われて行くマクスウェル教官を見る。
レナードはカーフェイに何か指示を与え、顔面血塗れのマクスウェルは、心配そうな生徒達に見送られて行った。


「誰か…何か言ったのか?」
「…アーサーって、頭に血が上ると、何も聞こえなくなるタイプ?」
「厄介だなぁオイ」

「…あ?お前ら…?」
「…大人なのに、世話が焼けるよ、君」
「ハハハ。まぁ、持ちつ持たれつが丁度良いんじゃねぇか?俺とお前みたいによ」

「そ、そりゃぁね。僕と・・・ジョヴァンニがいれば・・・恐いものなんか・・・ないよ・・・ふんっ」
「・・・・・・・」
「ダハハハ!だよなぁ!俺とアレンが組めば最強だ!」


辺りの緊張した空気など何のその。いつも通り笑って言うジョヴァンニに、アレンは少し頬を染めながらそっぽを向いて答える。
流石ジョヴァンニは恥かしい言葉を平然と吐くとアーサーが考えていると、レナードから指示を受けたカーフェイが、授業終了を告げた。

休み時間になった途端真っ先にアーサーへ群がってくるはずの女子も、今はチラチラと見つつ寄って来ない。
男子まで何処か怯えるように自分を避けていて、一人状況が分っていないアーサーは、アレンとジョヴァンニに連れられて演習場を後にした。




二人の話によると、アーサーがマクスウェル教官の顔面に拳を入れた瞬間、レナード先生が終了を告げたらしい。
だが、アーサーは手を止める事無く攻撃を続け、静止の為にレナードやアレン達が飛び出しても、皆がやめろと声を上げても止らなかった。
生徒の中でも特に抜きん出た実力を持つ一人である上、無表情のまま攻撃を続けるアーサーを、生徒達が恐れないわけがない。

だが、その時のアーサーには、そんなものは耳に入っていないので、止めなかったのは当然といえば当然だろう。
何も聞こえていなかったと、普段と変わらない雰囲気で言うアーサーに、アレンは深い溜息をつき、ジョヴァンニはそんな事もあると笑っていた。


案の定、その後の休み時間は、アーサーとマクスウェル教官の話で持ちきりになった。
二人揃って授業をサボったロベルトとの事を気にするのは、アーサーだけだったが、人の目が何時も以上に注がれる状態では、どちらに近づく事も出来なかった。





2007.11.10 Rika
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