次話前話小説目次 



To dear friends - 3





「…?…ねぇ、きいてるの?」
「……え?あ、おはようロベルト」

「おはようって…もう昼だよ」
「あれ?」


『あれ?じゃないよ…』と言って溜息をついたロベルトに、は誤魔化すように空笑いをした。
朝からずっとこの調子だという事は分っているのだが、何をしていても昨日の事を思い出し、彼女の意識はそのまま何処かへ飛んでしまう。
お陰で一時間目の体術では、マクスウェル教官に演習場を20周もさせられ、2時間目の剣術ではアベル教官に一時間ずっと素振りさせられた。
3時間目の射撃は隣の人の的に当てて、そのまま隅で正座させられ、の半日は散々である。

事の元凶であるアーサーは、絶不調のとは対照に、いつも通り黙々と授業を受けていた。
普段どおりである事が悪い訳ではないのだが、少しぐらい何か変化があってもよいだろうに。

自分が教官に叱られても、視線を向けることすらしない彼に、昨日のアレは夢だったのではないかとすら思えてしまう。
特別大きな何かを期待している訳ではないが、一度ぐらい視線が合っても良い物を、まるで避けられているようでは段々腹が立ってきた。


、眉間に皺よってる」
「え…あ、ごめん…」

「………」
「何の話だったっけ…?っていうか、何でロベルトが私の所に?」


首を傾げる彼女に、ロベルトはガックリと項垂れて深い溜息をつく。
周りの生徒は、そんな彼に同情の眼差しを向けながら、明らかに調子がおかしいを見ていた。


「昼休み、校長室に来いって言われてなかった?」
「え?そうなの?わかった。ありがとね」

「ありがとねじゃないよ。もう昼休みだし」
「え?」


いわれて顔を上げた彼女は、午後1時に近づいた時計に目を丸くした。
だからカーフェイが席にいないのかと考えていると、天井のスピーカがブツリと鳴って、自分とロベルトの名が呼ばれる。
大至急校長室にくるようにと、アベル教官が少し不機嫌な声で告げ、は慌てて席を立った。


「何?私何もしてないよ!?」
「僕だって何もしてないよ。でも呼ばれたんだから行こう」

「あーあ。昼食べ損ねちゃった」
「…ハァ」


物欲しそうに自分の鞄を眺めるに、ロベルトは再び溜息をつく。
足早に教室を出て校長室に行くと、放送の声以上に不機嫌な顔をしたアベル教官に迎えられた。


「……入りなさい」
「はい…」
「失礼します」


怒られなかったのは幸いだが、この人の沈黙が一番恐いと思いながら、はロベルトの後に続いて中に入る。
出迎えた校長は、アーサーと同じ銀に近い金髪だが、体格は大きく、顔立ちもまるで違っていた。
顔の右半分にある大きな傷が、少し恐い印象を与えるが、おっとりした笑みがそれを相殺している。
アーサーは母親似なんだ…と、暢気な事を頭の隅で考えながら、来賓用のソファに促されたは、ロベルトと共に腰を下ろした。
入り口に立っていたアベル教官も、校長に呼ばれてその隣に腰を下ろしたのだが・・・


ブゥ


「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

アベル教官が座った瞬間、何とも言えない音が校長室の中に響いた。
これは無視してあげるべきだろうかと静かに焦るとロベルトだったが、音の主であるアベル教官はバッと立ち上がると、事もあろうか校長につかみかかる。


「アーネストー!!貴様またこんな懐かしい物を使いおってー!」
「アハハハハハ!引っかかった引っかかったー!」

青筋を浮かべて、布製の袋を掴むアベル教官を、校長は両手で指差しておかしそうに笑う。
アベル教官が握り締める袋からは、放屁に似た音がブーブー鳴り響き、下品なBGMのようになっていた。


「いや〜、生徒が緊張してるからさ、リラックスさせてあげようかなーって…」
「だったらお前が使えばいいだろうが!何でいつも俺なんだ!?」

「俺とお前の仲じゃないかー。ケチくさい事言うなよ。な?やっちゃったモノは仕方ないって!」
「俺の自尊心と威厳はどうしてくれる!?」
「ご歓談中申し訳ありませんが、先生方、お話を進めていただけませんか?」


大人気ない口論をする二人に、唖然としていたロベルトが恐る恐る声をかける。
同時に小さく頷いたに、校長はニッコリ笑い、アベル教官は咳払いしながら座りなおした。


ブゥ


「二段重ねかー!」
「さぁ、さん、ロベルト君。今回君達を呼んだのは…他でもありません」


憤慨するアベル教官を無視し、校長は真面目な顔で二人に話を始める。
大人気ない大人に、半ば呆れているとロベルトは、アベル教官に同情しつつも校長の話に集中した。


「君達のどちらかに、ジュノンの士官学校へ転校していただきたいのですよ」
「え…?」
「それは…どのような理由があっての事でしょうか?」


訳がわからない校長の言葉を、はすぐに理解できず目を丸くした。
彼女と同じく驚いたロベルトだったが、すぐに頭を切り替え、理由を問う。
彼の反応に笑みを深くした校長は、怒りが収まったらしいアベル教官に目配せし、テーブルの下から書類を取り出させた。

目の前に出された紙には、ジュノンの士官学校の印が押されており、いくつかのグラフが書かれている。
その隣に出された紙は、ミッドガルの士官学校の印が押された、同じようなグラフが載っていた。
縦軸に書かれた単位にLvと書かれている事から、恐らく生徒のレベルなのだろう。


「見ての通り、ジュノンの士官学校は、生徒数は多いが、実力がある生徒が少ないんです」
「ジュノンの上位10位の生徒の平均レベルが15に対し、我校の上位の者の平均レベルは23」

「特に上位3人。ロベルト君。君と、アーサー、そしてカーフェイ君は実力が抜きん出ていて、現在レベルが26です」
「このままでは、同じ新入隊員でも、力の差が出来すぎる。そこで、両校で協議した結果、こちらの優秀な生徒を一人、あちらに転校させようという結論になった」
「待ってください。一人だけというのは、少ないのではありませんか?」
「それに、私、そんなに優秀じゃありません。いつも一番を取るのはロベルトとアーサーですし、どうしてアーサーじゃないんですか?」


それぞれの疑問を投げかけ、眉を寄せる二人に、校長とアベル教官は目を合わせる。
だが、二人の言葉は想定内だったらしく、また別の書類を出してきた。

1枚は誓約書。
そしてもう1枚は、の詳細な成績が書かれた紙だった。


「まず、何故一人だけかという事についてお話しましょう」
「実習旅行の事は、二人とも知っているな?実習先は、生徒らの戦闘能力を考えて選ばれた。既に神羅側にエリアの使用許可ももらっている。変更は出来ない」
「下手に戦力を変動させる事が出来ないという事ですね?」


理解力に長けているロベルトの言葉に、二人は満足そうに頷き、もなるほどと彼を見る。
書類には既に一人と書かれており、両校の校長のサインと印がされているので、変更は出来ないのだろう。


「次に、さんの質問の答えですね。それは・・・まぁ、確かに本来であれば、アーサーを呼ぶでしょう。しかし、それには少々事情がありましてね、今は無理なんですよ」
「一応声をかけはしたが、答えはノーだった。そして、、彼はお前とロベルトを推薦した」
「!?」
「確かに、は常に10位以内に入っていますね。ですが、カーフェイでも良かったのではありませんか?」

「カーフェイ君は、確かに優秀なんですが…」
「風紀的な問題だ。我が校の代表である限り……相応の…品位や…うむ。慎みも、必要だろう」
「そんな…カーフェイは別に不良でも何でもないじゃないですか!」
「…、違うよ。その…カーフェイは……Hすぎるから…」


友人を貶されたようで怒ったに、ロベルトは服の裾を引っ張りながら、小さな声で言う。
頬を染める彼の言葉に、目を丸くした彼女だったが、気まずそうに頷いた教師二人に、怒りは情けなさに変わってしまった。

確かに、カーフェイを向こうに行かせたら、女の子女の子と騒いで大変だろう。
今でこそ十分落ち着きが無いのだから、向こうに行ってからを考えると、代表どころの話ではない。
「あの馬鹿」と項垂れた彼女に、3人はカーフェイをフォローする事も出来ず、咳払いをすると話を戻した。


さんの他にも、何人かの生徒を考えていたんですが、総合的な技術や対人面を考えると、推しても問題ないと判断しました」
「何より、アーサーが是非にと…な」
「…何で…」


アーサーの名に、は唇を噛み、握り締めた拳を隠す。
たった1日経っただけで、昨日の彼を忘れる事など出来るはずもなく、ぐるぐると回る記憶に怒りと悔しさが生まれた。
色んな事への『何故』で頭の中がいっぱいになり、何より主張したがる悲しみが、雫になって目から零れそうになるのを必死に抑える。

個人的な感情だと、押し込めようとするものの、内側から棘を射すような胸の痛みが消えるはずもない。
少し驚いている教師二人に、平静を装おうとするが、既に手遅れである事も自覚していた。

様子が変わったに、ロベルトもまた驚いていたが、彼女の顔色を見ると、彼はすぐに校長らに向き合う。


「…いつからですか?」
「早ければ来週から・・・と考えています。向こうにも寮はありますし、学校の都合ですから、引越しの費用も持ちましょう」
「急で悪いが、二人で話し合い、3日以内に返事をくれ」

「…わかりました。今日はこれで失礼します。結果は、二人で話し合って、早いうちにアベル教官へお伝えします。それでよろしいでしょうか?」
「ええ。そうしてください。出来れば、決定するまで他の方には内密にお願いしますね」
「実習旅行前だ。生徒達への混乱は避けたい」


二人の言葉に頷くと、ロベルトはの腕を引いて席を立った。
一礼し、校長室から出ると、丁度午後の授業開始のベルが鳴る。


閉じた扉に、校長アーネストは立ち上がり、ブラインドの間から、野外演習場で整列する生徒を眺めた。
綺麗に整列する生徒達の中に、自分と同じ金髪の息子を見つけ、その目で生徒の前に立つマクスウェル教官を見る。
補佐の講師と共に、生徒に指示を与える姿に、険しく目を細めると、テーブルの上を片す友人に振り向いた。


「怒ってるか?アベル」
「屁の玩具か?今更だろう。久しぶりすぎて、少し頭にきたがな」

「ハハッ!悪い。懐かしいだろ?でも、そうじゃなくて…」
を推した事か。確かに、不自然すぎるだろうな。時期も急すぎる」


言って、アベルはソファの上にドッカリと腰を下ろす。
教員として、校長を前にしてはあるまじき態度だが、アーネストは咎めるどころか、二人分の飲み物を用意した。


「何故彼女なんだ?優秀な生徒をと頼まれたなら、他にもいるだろう」
「息子の…頼みでね。昨日の夜、久しぶりに実家に来た。顔をみるなり、いきなり頭を下げられたよ」

「相変わらず、子供には弱いな、お前は」
「どちらにしろ、アーサーは抜けられんよ。少なくとも、実習旅行が終るまでは…ね」


苦笑いを浮かべるアーネストからカップを受け取ると、アベルは緑茶じゃないと小さく文句を言いながら口をつける。
眉間の皺が深くなった彼に、アーネストは一瞬ニタッと笑ったが、すぐに表情を正すとソファに腰を下ろした。


「そしてロベルト君も、実習中の混乱を収めるには必要だろう。彼はなかなか状況判断が出来て、冷静な判断も出来るようだ。万が一こちら側の教員が皆死んでしまった時は、アーサーと共に生徒を纏めてもらわなくては」
「カーフェイも、義兄であるレナードの生存がどうなるかわからない以上、引き離す事は出来ない…か」

「君の甥…アレン君はアーサー同様、生徒を纏め、危険回避の為に必要不可欠」
「あれはまだ幼すぎる。器でもない。補佐向きだ」

「手厳しいな」
「本当の事だ。私がいなくなった時は…ジョヴァンニ無しでは何も出来なくなるだろう」

「あの子か。確かに仲がよさそうだが…アベル、子供は親が思っている以上に強いものだよ」
「だが、大人が思っている以上に弱くもある。内面的には、特にな」


不味そうな顔でコーヒーを啜るアベルに、アーネストは自分のカップの中を見つめる。
白いカップの中にある緑茶から、嫌いなコーヒーを黙って飲むアベルに視線を移し、彼はまた一瞬だけ口の端を上げ、すぐに表情を直した。


「息子の妻がね、別の男の子供を妊娠したんだ」
「………」

「カッとなって、妊婦に向かって怒鳴ってしまったんだよ。気が付いたら、息子が私を押さえつけていて、やめてくれと泣いていた。初めて息子の前で怒ったんだ。21年目にして、初めてね」
「普通は怒………お前が…怒ったのか?」

「ああ。いつもは脅すだけだったからね。叱る事はあっても、感情的に怒った所は見せた事が無かった」
「息子を脅すな」

「…息子夫婦はそのまま家を出たよ。一番辛いのは息子だと分っているのに、私はあの子を家から追い出したんだ。そんな女は放っておけなんて、あの子が出来るわけが無いのに言って。夢だって諦めさせたのに、帰る場所まで無くさせた」
「………」

「その上更に重い物を背負わせている」
「俺も似たようなものだ。アレンの利口さに甘えている」

「…昨日息子が来た時、君の事を頼まれたんだ。実習旅行には行かせないようにしてくれと、巻き込ませたくないと頭を下げられた。何でもすると言ってね…死ぬ事だって受け入れそうな顔で言うんだ。どうしたらいい?」
「叶えてやれ。俺に異論は無い」


アベルの言葉に、アーネストは柔らかく頬を緩める。
空になったカップを置いたアベルは、書類の中からロベルトのデータを抜くと、残りをアーネストに差し出した。
のデータの文字一つ一つを、憂いを帯びた目で辿る彼は、まだ緑茶が入ったままのカップを置くと立ち上がる。

ゆらゆら揺れる黄緑色のお茶に、アベルの目は釘付けになっているが、彼は気にせずデスクの上に書類を置いて窓の外を眺めた。


「可哀想な事さ。いつだって子供は、大人の都合で振り回されて、背負わされる」
「…………」

「…うん。アベル、今日のお茶は、渋くて美味しかったよ」
「アーネストォォォォ!!!」






2007.11.06 Rika
次話前話小説目次