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Crown or Clown 08



お世辞にも広いとは言えない部屋の中、ガイはベッドの上で地図を睨んでいるロベルトを見る。
顎に手をやり、もう片方の手には開いた本を持って唸る部屋の主は、向けられる視線に気づくとゆっくり顔を上げた。
まっすぐに向けられる瞳に、彼は微かに目を細めたものの、別段気にした様子もなくガイと向き合う。


「どうしたの?」
「……まだ続けるの?」

「何の事?」


「ああ、それか…」


組組んでいた足を解き、片手で地図を仕舞ったロベルトは、小さく苦笑すると柔かな笑みを作る。
それに対し、ガイは微かに片眉を上げたが、何を言うでもなくロベルトを見つめていた。


「もう…そう長くはないよ。だから、大丈夫」
「……これ以上動いたら、きっとアーサーは君を許さない」

「そうじゃなきゃ、困るよ」
「……本当に…馬鹿だね、ロベルトは……」

「知ってる」


小さく笑って言うロベルトに、ガイは呆れたように言い放つ。
けれど、苛立ちを見せる表情をしながらも、彼の声に冷たさは無く、その事に、ロベルトは柔らかく目を細めた。


「ロベルト、何笑ってるの……」
「さあ?どうしてだろうね」

「…………」



心底怒れない自分を分っているから、彼はこんな時でも嬉しそうに笑う。
それを知っているガイは、あからさまに顔を顰めて見せると、諦めのように一つ大きな溜息を吐いた。


「遊びと本気は、分けなくちゃダメだよ」
「それも、知ってる」


ズルズルと歩き続ける自分を引き止めようとするガイに、ロベルトは口元を押さえながら苦笑いを零す。
傍観すると言いながら口を出す彼と、その真摯な瞳に、ロベルトの頬は否応無しに緩んでいた。


「ねえ、ガイ。僕は大丈夫だから…」
「………」

「そんな風に、心配しないで」


柔らかな拒絶に、ガイは瞼を閉じ、天井を仰いで深く息を吐いた。
ガイの視線から逃れた一瞬、ロベルトの顔には憂いが滲むが、彼はすぐに笑みを作りなおす。


「本当…馬鹿すぎ」
「ありがとう」


じとりと睨むガイに、ロベルトは柔らかく微笑み返す。
窓の外に広がる濃紺の空へと視線を移した彼は、天上で煌々と輝く月に目を細めた。






「アーサー、いるー?」
「いないよ」


廊下の大時計が10時30分の鐘を鳴らすと同時に、はアーサーとロベルトの部屋のドアを叩いた。
だが、ドアを開けて答えたのは、部屋の主達ではなく、遊びに来ていたと思われるガイ。
一瞬キョトンとした顔になった彼女に、ガイは小さく苦笑いを浮かべると、ちらりと室内に目をやった。


「いらっしゃい、


出迎えの言葉をかけたロベルトは、柔らかな笑みを浮かべると二人の元へ歩み寄る。
じっと見つめるガイの視線を無視し、ドアを大きく開けたロベルトは、を中へ促すように道を開けた。


「アーサーはそのうち戻ってくると思うから、中で待ってるといいよ」
「うん、ありがと。ガイも遊びに来てたんだねー」
「うん」

「でも、ガイの用事はもう終ったんだ。丁度、今戻るところだったんだよ」
「そうなんだ」
「………ああ…」


確かに用らしい用など無く来ていたガイだが、帰るだなんて言った覚えは無い。
容赦無いと言うか、変わり身が早いと言うか……。
分かりやすく追い出すロベルトに、ガイは半ば呆れつつ、物言いたげな視線を向けた。

が、流石ロベルトと言ったところか…。
彼はさり気無くの背を押して中に入れながら、罪悪感の欠片もないような笑顔ガイに向けた。

「ロベルト…」
「じゃあね、ガイ。また後で」

「…………」


薄く笑うロベルトに、ガイは眉を潜め、その瞳で制止を訴える。
けれどロベルトは、作った笑みに僅かな陰りを滲ませるだけで、廊下へと視線を向けて退出を求めた。
瞼を伏せ小さく肩を落としたガイは、今日何度目かの諦めの溜息をつくと、ゆっくり足を動かす。
そっと背に添えられた彼の手は、まるで小さな謝罪のようで、それが余計にガイの心を曇らせる。


「大丈夫」


囁く声に、ガイは視線だけでロベルトを見る。
笑みを消している彼は、振り向く事も、視線を向ける事も無く、何処か遠くを見るように前だけを見つめていた。


「言っただろう…?そう…長くはないって…」
「ロベ…」

「でも僕は汚いから、もう待ってあげないよ」


言って、漸く視線を合わせたロベルトの顔には、柔らかな、しかし、いつもとは違う笑みが浮かんでいた。
その顔に、ガイは一瞬の既視感を覚え、瞼の裏に褪せた記憶の光景を見る。

目の前にいる友の笑顔は、初めて会った日の彼と重なった。


「アーサーに伝えて…。猶予は15分だけだよ」
「ロベルト!」


名を呼ぶ声を遮るようにドアが閉ざされる。
夜の静寂と闇に落ちる廊下に閉め出されたガイは、深い溜息をつきながらドアに額をぶつけた。


「俺は傍観するって……言ったじゃないか……」


呟きながら、脳裏に流れる記憶の断片にガイは思いを引き摺られる。

汚れた路地裏で手を差し伸べた大人の傍にいた彼は、手を取った自分達を一瞥する事すら無かった。
漸く目が合った時に彼が見せた表情は、苛立ちでも作り笑いでもなく、嘲笑だった気がする。
そんな時でさえ、ロベルトの瞳は本当は何も…彼自身すら映していなくて、それがとても恐かったのに、彼を1人にしたくないと思った。

彼の表情に、感情が映り始めたのはいつ頃からだっただろうか。
それに気づいて余計な事をするなと怒った大人から、彼が庇ってくれたのはどれぐらい前になるのだろう。


「勘弁してよ……」


あの頃から薄れ始めたあの瞳は、流れていく時の中で消えていって、もう彼がそんな目をする事は無いと思っていた。
もう大丈夫だ…と。
そう安心したはずの心は、まるで裏切られたように不安の中に戻ってしまった。

愚かな事だと知りながら、己の時を戻した彼は、一体何処へ向かう気なのか。
その先に得た喪失感を甘美だとでも言うのだろうか。
友への贖罪の念を未だ心の底に抱えたままの彼は、自らの破滅を償いにでもするつもりか。


「馬鹿すぎて…笑えないってば………………ロベルト…」


呟く声には、苦痛が滲む溜息が混ざり、ガイは僅かに唇を噛む。
けれど、ロベルトが与えた僅かな猶予は、希望を持って足掻くには十分だった。

胸に広がる暗雲を吐き出すように、ガイは大きく息を吐く。
顔を上げて廊下を見回した彼は、無人の静寂に顔をしかめると、アーサーのいそうな場所を考えて歩き出した。















「…………ハァ」
「何だよアーサー、さっきからじっと掌見ながら溜息ついてさぁ」


窓辺に腰掛けて小一時間程同じ動作を繰り返しているアーサーに、カーフェイは剣を磨く手を止めて振り向いた。
呆れたように見てくる友人に、アーサーはちらりと視線を向けるものの、すぐに掌に視線を戻してしまう。


「ゴッキーでも素手で潰した?」
「違う」

「じゃぁ何だよー」
「………」


口を尖らせるカーフェイの声を聞きながら、アーサーは知られないようにそっと溜息をついた。

何と聞かれても、自分でもよくわからない。
ただ、掌に残るの感触と体温がいやに気を引いて、他の事に思考が向いてくれないのだ。

初めて触れたわけでもないのに、妙な感じだと思ったりするが、そう考える思考とは裏腹に、掌がまた彼女に触れたがる。
離れている訳でもあるまいし、すぐに会いにいけばいいのだが、そこまでするほど彼女に会いたいわけでもない。
否、正直に言えば可能な限りは傍にいたいと思うが、中高生のようにベッタリしていたいとは思わないのだ。

曖昧な感覚というか、どっちつかずというか…。
そんなハッキリしない自分が女々しく思え、それがまた苛々する。


「別に……何でもない」
「ふーん……」


眉間に皺を寄せておいて、何でもないはないだろう。

そう思いつつも、触らぬ神に祟り無しという言葉に従い、カーフェイはそれ以上言葉をかけるのをやめた。
どうせ原因はロベルトと絡みだろうと検討はついている。

昼間の打ち合いで何も解決していないのだから、いい加減アーサーにはその重い腰を上げてほしいものだ。
一暴れでも二暴れでもしてくれれば、アッサリ事は解決するが……相手はアーサー。そういう事に関しては自制心の塊のような男だ。
どうせ今も、ロベルトの気持ちがどうだとか、の気持ちがどうだとか、そんな事を考えて立ち止まっているのだろう。

そんな事まで考えないで、好きなようにやればいいのに…。

すぐに他人の気持ちを前に置いてしまう彼の悪い癖に、カーフェイは呆れた心地でアーサーを眺める。
学生の頃のように、強力な自己犠牲精神を隠し持たなくなったのは良いが、自分の感情を後回しにしようとする癖はまだ残っているらしい。


「アーサーさ、さっきと会ったんだろ?」
「ああ」

「ちゃんと話した?」
「…ああ」

「ロベルトの事も?」
「…………ああ」


絶対遠まわしに言ったな、こりゃ…。

妙な沈黙を挟んだ答えに、カーフェイは二人の会話が容易に想像できた。
恐らくアーサーは、他人の視点から見ても分かるように言ったのかもしれないが、対には通じ難い言い方だったのだろう。
軽く視線を泳がせ、微妙に不安そうな顔をするアーサーの態度が、その考えを確信に変える。


には、ハッキリ言わないとダメだって…。ロベルト今回は結構本気入ってるみてぇだしさ。マジでもう腰上げねぇと、ア〜っつー間に掻っ攫われちまうぞ?」
「………」

「今回ばっかりはさー、の天然パワーでもかわしきれねぇんじゃねーの?ま、がそっち選ぶってんなら、俺は別にそれでもいいけどー」


あーあー。どうやったらこのアーサー兄さんは動いてくれるんだか…。

そう内心呟きながら、カーフェイは剣を放り出してベッドにひっくり返る。
軋んだベッドマットから舞った埃に少し咳き込むと、彼は口を閉ざして暗い天井を眺めた。
だが、暫く天井板を眺めていた彼は、じっと見つめてくる視線に気づき、アーサーに振り向く。


「……何?」
「どういう事だ?」

「…は?」
「は?じゃない。今の言葉、どういう意味だって聞いてるんだ」

「どうって…」


まんまじゃん…。

とは内心答えるものの、それを口にしてはアーサーが怒り出しそうな気がする。
何やら険しい顔をする彼は、眉間の皺をさらに深くして、睨むようにこちらを見ていた。
何故自分が怒られるのだ……。
そう考えながら、カーフェイは少し引け腰になりつつ体を起こす。


がロベルト選ぶなら、それでいいって…お前本当にそう思ってるのか?」
「いや、そりゃ…まぁ…」

「…本気なのか?」
「……ああ、…そうだけど?」


本音はどうあれ、ロベルトの話を引き受けた手前、今はそう言うしかない。
実際、アーサーはアレンにも似たような事を言われ、相当効いていたというし、効果は期待できるはず。

…と、カーフェイ思っていたのだが、彼の返答にアーサーの表情は更に険しくなった。
『全部上手くいくから』というロベルトの言葉を信じて動いていたのだが、何だか雲行きが怪しいのは気のせいだろうか?
首を突っ込むからには、多少の被害は予想していたのだが、今のアーサーの様子はその予想を超えている気がしてならない。


「…ざ……な」
「え…?」

「ふざけるな!!」
「っ!?」


突然怒鳴ったかと思うと、アーサーはガタリと立ち上がり、カーフェイの胸倉を掴み上げる。
そのまま背中を壁に叩きつけられたカーフェイは、軽く咳き込みながら、怒りを露にするアーサーを見つめた。


「お前、自分が何言ってるかわかってるのか?」
「ゲホッ、アーサー…」

「お前、がロベルトを選んでもいいって、本気でそう思ってるのか!?お前だってに惚れてるだろう!それでも良いって言うのか?!」
「………」


ゴメン、アーサー。
今まで黙ってたけど……俺、士官学校の卒業式の日、に告ってフラれてる…。


カーフェイはただ、新たな恋の兆しがないから、過去の恋に思いを馳せて、その気分を楽しんでいるだけだった。
が、多分アーサーは言ってもわからないだろう。
ついでに言えば、のお尻から腿にかけてのラインが、カーフェイの理想そのものという事も理由にある。
が、それを言えば、アーサーは間違いなくカーフェイの目を潰しにかかるだろう。

とにもかくにも、今もカーフェイがを好きだと思っているアーサーには、この状況では何を言っても逃げの口実。
若しくは地獄の扉を開く鍵にしかならない。

完全に怒り心頭のアーサーとは対象に、カーフェイは彼に睨まれながらどう返答しようか頭を捻る。
だが、頭に浮かんだのは、ロベルトが言っていた『この状況では最も言ってはいけない言葉』だった。
流石にロベルトに対して呪いの言葉を吐きたくなるが、話に乗ったのは自分だ。
どうせ悪い状況なら、これ以上悪化しても対して変わりないと考えると、カーフェイは意を決してアーサーと視線を合わせた。


「俺がどうとか、そういうんじゃなくてさ…」
「…………」

「だから…その…、その方が、のためっつーか?が幸せなら、それでいんじゃね?みたいな…さ」
「………………」


腹を括って逃げ場を捨てたカーフェイの言葉に、アーサーの顔から一切の表情が消えた。
どこかで見た事がある懐かしいその姿に、カーフェイはボコボコにされていた元教官の姿を思い出し、ちょっとばかり後悔する。
だが、アーサーが感情に任せて手を上げる性格でない事を知っている彼は、状況にはそぐわない暢気な心地で怒り心頭の友人を眺めていた。

対するアーサーは、カーフェイの胸倉を掴んだまま、今の彼の言葉を頭の中で繰り返す。
覚えがある内容に、否定したい答えが導き出されたのは一瞬の事。
数日前から散らばっていた困惑が1本の線で繋がると同時に、胸の内は不快感で溢れ、否定を叫んでいた憂いは怒りに飲まれた。


「…ロベルトか」
「うっ…!あー、そのー…」

「ロベルトなんだな!?」
「うわっ!!ハイ!そうです!」


本気で殺気をぶつけられ、カーフェイは飛び上がりながらつい素直に答えてしまう。
僅かな希望を絶った言葉は、アーサーから自制を奪い、カーフェイの襟首を掴む手を震わせた。


「それでお前は…アレンは、ロベルトの言葉に従ったのか…」
「…は、はい…」

「……ナメた真似しやがって…!」


低く唸るように呟いたアーサーは、ギリギリと歯を噛み締めてカーフェイを解放する。
ズルズルと壁に凭れながらベッドへ腰を下ろしたカーフェイを見下ろしながら、アーサーは手を強く握り締めた。


「俺が黙ってたのは…いつか、お前らがに正面から向き合うと思ってたからだ。それが…今だと思ってた…。そうだったら、ロベルトが何しようと、お前が何しようと…それでが誰を選ぼうと、俺は喜んでやれた。でも俺は……、こんなコソコソ隠れて、お前まで言いくるめて、薄汚い手段させるために…俺は黙ってたんじゃない!!」



薄く浮かんだ涙は怒りのせいか、それとも悲しみか。
激情に身を震わせて言葉を吐き出したアーサーは、拳を壁に叩きつけると踵を反す。

彼の思考が、明らかに期待は別方向に進んでいるのを感じたカーフェイだったが、それを言う度胸は出ない。
部屋を出て行く彼に、カーフェイは顔を青くしながら、慌ててその後を追った。


「アーサー、何処行くんだよ」
「ロベルトの奴を叩き直す」

「た…!?いや、アーサー、ちょっと待て!」
「邪魔するな!」

「ひぃっ!」


ズンズンと廊下を行くアーサーを追いかけるが、思いっきり威嚇されてカーフェイは悲鳴を上げる。
稀に見る怒り具合に、どうしようかと考えていると、騒ぎを聞きつけたらしいアレンが部屋から顔を出した。


「…何かあったの?」
「…………」


殺気を垂れ流すアーサーに、アレンは少し驚いた様子で問う。
が、ロベルトの口車に乗せられたアレンは、アーサーから見ればカーフェイと同罪。怒りの対象の一つである。
腹の底からこみ上げる怒りを一瞥に込めた彼は、目を丸くするアレンに声をかける事も無く、無言で目の前を通り過ぎた。


「…ア…アーサー…?」


今までされた事も無い態度をとられ、アレンは呆然としながら彼を呼ぶ。
が、アーサーはアレンのか細い声に、足を止めないばかりか、振り向きさえせずに行ってしまう。

そんな彼に、アレンは大層ショックを受けた顔になり、目にはじんわりと涙が浮かびだした。


「お、おい、アレン…何、泣きそうになってんだよ…」
「カーフェイ…、だって……アーサーが…、アーサーが…」

「お前いくつだよ……。とりあえず、ついて来いよ」


半泣きになっているアレンに、カーフェイは呆れた溜息をつき、彼の腕を引く。
兄貴にそっけなくされたぐらいで、17歳の男が本当に泣くとは思えないが…この様子だ。
自分が引き受けるより、第二の保護者ジョヴァンニに預けるのが得策だろう。
必死に涙を堪えるアレンを横目に、足早にアーサーを追うと、運良く廊下の向こうからやってくるジョヴァンニを見つけた。


「おお、アーサー!探したぞ〜。って、アレン達もいたのか。何だよ、皆揃って?」
「…………」


桁外れに大らかなジョヴァンニは、アーサーの様子を知ってか知らずか、暢気に話しかけてくる。
道を塞がれて立ち止まっているアーサーは、無言でジョヴァンニを見上げているが、彼の「どけ」という心の声は、ジョヴァンニには絶対に届いていないだろう。


「まぁいいか。でよ、アーサー、昼間言ってた任務の組み合わせ表作ったんだ。ちょっと中見てくれよ」
「…………」

「急いでるなら、歩きながらでいいからよ。一応今の戦力バランスは考えたけど、細かいデータねえし、どうかと思ってな?」
「…………」

「俺、頭使うの得意じゃねえからよ〜。あんま自信ねえんだよなー」
「…………」

アーサーから垂れ流れる怒りのオーラなど無いかのように、ジョヴァンニは普通に会話をしはじめた。
無言で睨むアーサーの姿に、普通の人間はたじろぐところだろうに、ジョヴァンニは微塵も気にした様子がない。

アーサーの様子を無視する事にしたのか、はたまた本気で動じていないのか。
どちらかは定かでないが、やはりジョヴァンニは何処か変わった所が超越した大物だと言わざるを得ない。

ハラハラしながらアーサーの様子を伺う後ろの2人は、さり気無く二人と距離をとりつつ、いつでもアーサーを止められるよう準備する。
が、その間にもジョヴァンニはアーサーの背をバシアシ叩き、肩まで組む始末。
どれだけ大物なのだと目を疑う2人の前で、ジョヴァンニは手にしていた書類をアーサーの前に差し出した。


「とりあえず、アーサーは1人でも大丈夫だろ?だから、これからははロベルトと一緒になってもらう事にしたぞ〜」
「あぁ!?」


うわぁ、凄いタイミング…。

狙い済ましたかのようなタイミングで言ったジョヴァンニに、カーフェイ達は唖然とした顔になる。
聞き捨てなら無い一言に、アーサーはいち早く反応し、残像が見えそうな速さでジョヴァンニの襟を掴んだ。

普段の冷静さなど遥か彼方。
第三者まで威嚇するアーサーは、まるでユージンが乗り移ったかのような凶悪な顔つきでジョヴァンニを睨みつけている。


「ジョヴァンニ…お前、今何て言った?」
「え?だから……、これからは、は、ロベルトと、一緒!」

「んだと?」
「ん?気にいらねえのかぁ?でも…今はロベルトと一緒になったほうが、のためなんじゃねえかなーって俺思うぞ?」

「……………」
「どうしたんだぁ?アーサー?…って、皆も、どうしたぁ?」


天然魔光キャノンを見事に炸裂させながら、ジョヴァンニは首を傾げて後ろを振り返る。
恐らくジョヴァンニは、戦力バランスを考慮した上での組み合わせとして提案したのだろうが、今のアーサーにそれが通じるわけがない。

語弊があるジョヴァンニの言葉は、見事に『ジョヴァンニもロベルトに丸め込まれた』とアーサーに認識させ、同時に、彼の堪忍袋に引っかかっていた最後の緒を叩き落とした。


「野郎…許さねえ…!!」
「んあ?」

「ジョヴァンニ!ロベルトは何処だ!?」
「ロベルトは晩メシ食ってから見てねえなぁ。ガイなら知ってるんじゃね?今玄関ホールで会っ…って、おい、アーサー!?」


ジョヴァンニの言葉を聞き終わる前に、アーサーは彼の横を通り過ぎ、玄関の方へ向かっていく。
ズンズンと進んでいく後姿に、ジョヴァンニはポカーンとした顔で首を傾げ、深い溜息をつくカーフェイ達を見た。


「なあアレン、アーサーの奴どうしたんだぁ?」
「…ジョヴァンニ…、君、最強すぎ…」
「ジョヴァンニもアーサー止めるの手伝ってくれよな」

「んー?よくわかんねえけど…いいぞ!」


気前良く答えるジョヴァンニに、カーフェイは軽く脱力しながらアーサーの後を追った。




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