前話小説目次 



彼は裏切りの予兆と取っただろうか。
それとも、道化の薄皮と取っただろうか。


真実は未だわからず。

けれど、程なくそれは露になるだろう。
けれど、一人の真実は隠されるだろう。

皆が望むままに、舞い戻る平穏の下に、彼の痛みは覆い隠されるだろう。


そして道化は虚像の王冠を手に入れる。



Crown or Clown 09





閉じた扉に目を伏せて、ロベルトは小さく息を吐く。
ドア越しに聞こえるガイの呟きに、彼は微かに頬を緩めると静かに背を向けた。


「ロベルト、ガイどうかしたの?」


アーサーのベッドに腰掛け、少し心配そうな顔でドアを見るに、ロベルトは微かに目を細める。
彼女には、ガイとの会話は届いていなかったはず。
恐らく、先ほど顔を合わせた数秒で、彼女はガイの様子を感じ取ったのだろう。

は、稀に何の前触れも無く鋭くなるところがある。
大概は本人が気のせいとして片付けてしまうが、直感に近い彼女のそれは、時々ロベルトですら恐くなる程だ。
できれば、その勘の良さを他の部分…特に恋愛に対して発揮してほしいものだが、それは少し我侭かもしれない。


「大丈夫だよ、大した事じゃないみたいだから。何かあったら、また来るさ」
「ん…。なら、いいけど……」


小さく笑ってベッドに腰掛けたロベルトに、は納得した返事を返す。
だが彼女は、彼の様子に、何処か引っかかるものを感じた。

ロベルトには、それ以上何かを言う様子は見えず、既に別の事を考えているように見える。
だが、親しい間柄でも、闇雲に首を突っ込んで良い場所と悪い場所があるものだ。
ガイとロベルトの態度に、は少しだけ気を引かれたが、今は詮索しない事にした。

そもそも、ガイに何かあったとしても、彼は大概の事は1人でなんとかしてしまう。
彼が悩む事に、自分が力になれるかと考えると答えは否しかない。
心配だと言って下手に周りをウロついても、彼にとっては邪魔にしかならないだろう。
必要なのは、ガイが助けを求めてきた時、手を貸す事。

とはいえ、ガイが自分に助けを求めてきた事など一度も無いので、考えるだけ無駄かもしれないが……。



「ところで、さっきアーサーと話したんだろう?」
「うん。まあ、ボチボチって感じで…ね」

「……それで、アーサーは何て言ってたんだい?」
「んーと………………」


どう言ったら良いものか……。

アーサーの言葉は十分理解できただったが、ここで言えば間違いなくロベルトは気を使ってしまうだろう。
多少言葉を柔らかくして言っても、自分は不用意に男性に近づきたくないという意味は変わらない。
そうすれば……ロベルトの事だ。アーサーを探してくると言って出て行ってしまうかもしれないが、結局は彼を追い出す事になる。

突然の訪問者である自分が、元々いた部屋の主を追い出してしまうのは気が引ける。
それに、昨日今日まで普通にしていた友人から、突然距離をとられたら、いくらロベルトだって良い気はしないだろう。

これからのロベルトや他の男友達との関係に、多少なりとも気をつけなければならないのは、アーサーの言葉でよくわかった。
だが、だからと言って今日その日から態度を変えるのはあんまりな気がすする。
豹変と言う程態度は変わらないにしても、仲の良い友人なら尚の事、匙加減は難しかった。


……?」
「う、うーん…………」

「…………」
「…………」


天井を見上げながら黙ってしまったに、ロベルトは少しだけ嫌な予感がする。
医務室で会った後、ロベルトは二人の会話を最後まで廊下で聞いていたので、アーサーが彼女に何を言ったのかは知っている。
それを、がちゃんと理解しているかどうか。
その確認のために、今質問したはずなのだが………彼女のこの態度は一体どういう事か。

理解出来ていないはずはない。
あれだけハッキリ……。
いや、対用にしては少々曖昧だったが、アーサーの言葉は、状況的にも十分理解できるはずの言葉だった。


……まさかとは思うけど、よく分からなかったとか……」
「それは無いよ!ただ、何ていうか…………そ、その、口で言うのは……て、照れるかなぁ〜って……」

「そ、そう。ならよかった…」


はにかんで俯いたに、ロベルトは安堵の息を吐く。
もし万が一にも彼女が分っていないと言ったら、自分はアーサーの代わりにの頭を叩いていただろう。

が、ロベルトが安心するのも束の間。
アーサーの言葉が理解できていると言うのなら、何故は今自分と二人きりになっているのか。
そういう意味で、気をつけるように言われたはずだろうに、それからまだ数時間しか経っていないではないか。

よもや、ここ数日であれだけ近づいた自分を、全く意識していないわけではあるま…………あるかもしれない。


「……、僕が男だって、ちゃんと分ってる?」
「え?わかってるけど……ロベルトは、絶対変な事したりしないでしょ?」

「……っ……」
「それに、アーサーもすぐ帰ってくるって言ったじゃん?」


何の疑いも無く答える彼女に、ロベルトは深く息を吐いて額を押さえる。
彼女の言葉は、他人が聞けば単なる愚かな楽観だが、強い信頼が無ければいえない言葉だ。
そして、その信頼は邪な思いに対する強固な壁でもある。

あっさりと言われてしまった言葉に、ロベルトの中で落胆と喜びが複雑に混ざり合う。
の言葉を否定する事が出来ない自分に、ロベルトは内心肩を落とす。
だが、そんな言葉で自分の手を遠ざけようとする彼女を、嘲笑っている自分もいた。

相反する心が、意思とは無関係に葛藤を始めて、心は誘惑に引かれ始める。
けれど、これまで作り上げた関係が自分の首を絞めるようで、ロベルトは息苦しさに似た痛みを感じた。


「……馬鹿だな、本当……」
「う…否定はしないけど。でもさ、ロベルトは何があっても私の味方なんでしょ?」

「っ…………」
「だから、ロベルトは私を傷つける事はしない。絶対にね」


そういう意味じゃない、という言葉は、彼女の自信に満ちた声と瞳に呑まれて消えた。
彼女が向ける笑みにあるのは、愚鈍な楽観的思考や、逃げ腰の防御壁じゃない。
迷いの欠片すらない確信だけがそこにあった。

それは、が心から自分を信じてくれている事を、明瞭すぎるほどに教える。
同時に、昔アーサーが自分を止めてくれた時の瞳が、嫌と思うほど彼女のそれに重なった。
まるで、裏切りの未来へ、僅かでも心揺れた自分を見透かしたように。


「……嫌になるよ……」
「え?」


が寄せてくれる情を思い知る程、どうしようもなく嬉しく、同じくらい辛くなる。

それは、自分が向ける情とは決して同じにはならない事を……。
彼女が与えてくれる思いほど、自分の思いは綺麗じゃない事を、思い知らされるから。



「君も、アーサーも、……本当に……」
「……ロベルト……?」


彼の言葉を一瞬では理解出来ず、は半ば呆然と彼を見つめていた。
単純な言葉を何度も頭の中で反芻してしまうのは、きっと彼の言葉を理解したくないからだ。

ロベルトに、自分を否定された事など一度も無かった。
そんな素振りを見せられた事も無かったから、彼が零した言葉を信じる事が出来なかった。

選んだ言葉を、選択を間違えたのか。
それとも、本当は以前から嫌われていて、気づかなかっただけなのか。

今何を言うべきか、どうするべきかもわからず、は固まったまま彼の言葉を待つしかなかった。



「……違う」
「え?」

「君を、嫌いだと思った事なんか、一度も無い……」


付き合いの長さのせいか、それとも、彼女へ持つ特別な感情のせいか。
一見呆然としているだけの表情なのに、ロベルトには彼女が何を考えているのか手に取るようにわかってしまった。

不可抗力の勘違いを、呟くように否定しながら、ロベルトは頭を抱えて顔を伏せる。

今は何をしても、何を言っても、己の胸の内を思い知る事にしかならない。
それは、どうしようもない現実だ……と。
腹を括る瞬間にさえ、目の奥は勝手に熱くなっていった。


「ただ、君達は僕が何か捨てようとする度……手を離そうとしないから……」


揺れそうな声を抑えながら、ロベルトは薄く滲み始めた視界にきつく目を閉じる。
深く息を吐いて、誘惑に駆られたがる心を繋ぎとめるが、疼くような胸の痛みは消えてくれない。

最初で最後。
そう言い訳した昔が、今の自分と重なる錯覚を覚える。
瞼の裏に過ぎる過去を振り払うように目を開けると、彼は伏せていた顔を上げた。


「だから、僕は……何時までたっても、自分の気持ち一つ捨てられない…………」


静かに顔を上げたロベルトは、惑い揺れるの瞳に目を細めながら、そっと彼女へ手を伸ばす。

これ以上触れてはならない。
本能のように浮かんだ言葉に、は僅かに身を引いた。

過去、幾度と無く感じては目を背けてきた予感が脳裏を過ぎる。
慌てて何も考えるなと自分に言い聞かせるが、背を向けようとした心の行く先には、逃げてはいけないと言う自分がいた。


「…………奪い取る気も、無いくせにね……」


相反する思いに惑う、一瞬の間。
その隙を突いたように頬に触れた彼の指と、向けられた笑みが、彼女の胸の奥にあるざわめきを引き摺り出す。

ロベルトは、決して私を傷つけない。
そんな事はずっと分っていた。
分っていても、彼の思いを認識しようとしなかったのは、それを許す彼に甘えていたからだ。

幾度と無く感じた予感に、そんなはずはない…と。
自惚れ、自意識過剰だと言い聞かせて、どれだけ彼から逃げたのだろう。

ずっと自分に向けて伸ばされていたロベルトの手は、触れる事も、下ろされる事も無かった。
触れた瞬間互いに出来てしまう僅かな傷に、怯えていたのかもしれない。否、怯えていたのは自分だけだろう……。

肌を撫でる彼の手から、逃れる事など造作もない。
けれど、柔く捕らえるような温もりと、慈しむような彼の瞳に、の心は咎を待つ罪人のように静かになっていった。


「ロベル…っ?」


名を呼びかけた彼女の唇を、ロベルトはそっと指で触れて止めた。
目をぱちくりさせるに、彼は小さく笑うと、壁にかけてある時計に目を向けた。

長針が残された時を満たすより先に、遠くにあるざわめきが、夢の終わりを与えるのだろう。
誘惑に駆られたがる心を抑えながら、彼は己の心に二度目の最後を告げる。

指先に感じるの唇の感触と、その温かさに、ロベルトは微かに目を伏せた。
名残惜しむように離した指先で、薄紅に染まる彼女の頬を撫ぜ、横髪をそっと梳く。
微かに身を引いた彼女に小さく笑みを零した彼は、近づいてくる足音を聞きながら、そっと彼女から手を離した。


「時間切れだ」
「……え……?」
「ロベルト!!」


ロベルトが目を伏せると同時に、部屋の扉が乱暴に開かれる。
驚いて振り向いたの視線の先には、自分と同じ驚いた顔で、息を切らせるアーサーがいた。
その後ろには、苦い顔をする友人達がいて、と目が合うと、彼らは作り笑いを浮かべて廊下に戻っていく。


「思ったより遅かったね」
「…………」


振り向いて、いつもの柔らかい笑みを浮かべるロベルトに、アーサーは顔を顰める。
睨みつける彼など気にした様子もなく、ロベルトはクスリと笑うと、へ視線を向けた。


「さあ、君はどうする?」
「……え?」

「此処で線引きをするか、それとも、また逃げ続ける?」
「あ……」


指先で止めたはずの言葉を、今になって促すロベルトに、は当惑した瞳で彼を見る。
変わらず穏やかな彼の瞳に、最初からそのつもりだったのではと感じながら、彼女はちらりとアーサーに目をやった。

ずっとロベルトを睨みつけていた彼は、彼女の視線に気付くと目を合わせたが、眉間に皺を寄せて物言いたげな顔をしている。
数秒見つめあうと、アーサーは廊下にいる友人達を見やり、舌打ちしながら乱暴にドアを閉めた。
その音に、は思わずビクリと肩を揺らしたが、彼は一瞥だけするとすぐにロベルトへ視線を向けた。


「悪いが、その前に、俺がロベルトに聞きたい事がある」
「え……あ、うん……」
「聞くだけ無駄だと思うけど?」

「だとしても、お前が答えないなんて事は絶対に無い」
「そう……。そうかもね」



強い声で言うアーサーに対し、ロベルトは柔和な笑みを浮かべたまま、彼の言葉を受け流す。
張り詰めた空気に、はどうすべきかと迷ったが、此処で自分が出ても状況が変わるとは思えない。
ちらりと振り向いたロベルトも、腰を上げないに小さく頷いたので、彼女は大人しく事の次第を見守る事にした。
もし何かあったとしても、廊下にいる友人達が出てきてくれるだろう。


「最初に……一応聞いておくぞ。に何かしたか?」
「さあ……どうだろうね?」


はぐらかしたロベルトに、アーサーの顔が一気に険しくなる。
だが、苛立ったのはロベルトの反応に対してだけだ。
の様子から、妙な事など無かったと分っているアーサーは、舌打ちしたいのを抑えて笑みを浮かべる友を見下ろした。


「アレン、カーフェイ…それと、ジョヴァンニ。3人を丸め込んで、どうするつもりだった?」
「…………そうだな……。今此処で僕の答えを聞かなくても、あと10分もすれば、全部分かるよ」

「まるで答えになってないな」
「でも、それが事実であり現実さ。僕の言葉を聞くより、よっぽど理解出来るって保障するよ」


ジョヴァンニの名に、ロベルトは微かに眉を上げたが、すぐに笑みを作りなおした。
彼を丸め込んだ覚えは無いのだが、ジョヴァンニもアーサーも天然が入ってるのだ。
恐らく何かしらの「不幸な奇跡」でも起きたのだろう。

のらりくらりと交わされる返答に、アーサーはどんどん殺気立っていくが、それに比例してロベルトの笑みも作ったものになっていく。
彼らしからぬ曖昧な返答の数々に、は違和感を覚えて彼を見るが、ロベルトが視線を向けてくれる事は無かった。


「アーサー、もし僕の意図が、君が思う通りだったとしたら、君は何て言うんだい?」
「……影でコソコソ動いてないで、正面から向かって来い。それも出来ない覚悟なら、そんな感情捨てちまえ!」

「言うと思ったよ……。正面から来るなら、受けて立つ……かい?」
「当たり前だ。……その程度の感情しかない奴に、をやる気は無い」

「ふーん……。じゃあ、君が認めるだけの覚悟と思いがあるなら、君はを譲るのかい?」
「ふざけてるのか?」

「まさか。至って真面目に聞いてるんだよ」
「……譲る気なんか更々無い。誰が相手だろうが、どんな手を使われようが、俺はを手放さない」

「そっか……」
「…………」



アーサーの返答に満足したのか、ロベルトは薄笑を作ると、の方を向く。
すると、案の定…。はアーサーの言葉の数々に、耳まで真っ赤になって目を丸くしていた。


、呆けてる場合じゃないよ?」
「え?」

「さっきの言葉の続きは?」
「あ……?」


驚いて振り向いた彼女に、ロベルトは小さく笑みを零し、膝に肘を立てて頬杖をつく。
結局返答らしい返答を貰えなかったアーサーが、じっと見つめてくるのを視界の端で見ながら、は熱くなった頬を押さえながらロベルトに向き合った。

何となく……何となくだが、ロベルトがアーサーに向けた言葉に、は違和感を覚えていた。
アーサーの言葉で、少々思考が止ってしまったが、今言葉を促された事で、憶測が形作られる。

そしてそれは、ロベルトが頬杖をついていない、アーサーから見えない方の顔が、嫌な笑みを作っている事で確信へと変わった。


「ロ……ロベルト……」
「うん」


結構、意地悪だね……。

器用に片口吊り上げて笑うロベルトに、は軽く脱力しつつ苦笑いを零す。
仕切りなおすように溜息をついた彼女は、怪訝な顔をするアーサーにちらりと目をやり、再びロベルトと目を合わせた。

逃げる事をやめた今、何と言うべきなのか。
目を逸らし続けた報いなのか、最良の言葉というものは分からなかったが、思うままを言葉にするべきだとは分かった。


「私は……ね、ロベルトの事、好きだよ?友達として。……でも、そうじゃない気持ちでは……傍にいたいのは、アーサーなの」


口を開いた途端、胸の奥が疼くように小さく痛んだ。
けれど、目を背ける後ろめたさに比べれば、それは何の抵抗もなく受け入れる事が出来る。

じっと見つめてくるアーサーの視線に、ただでさえ熱い顔が余計熱くなるのを感じながら、は顔を覆いたくなる恥かしさを無理矢理押さえつけた。
静かに息を吸いながら、柔らかく微笑むロベルトの瞳に、彼女は自然と笑みを浮かべる。


「それは、この先も、きっと変わらない。変わりたくない。だから……私は、アーサー以外の手は取らない。……何があっても」
「……そう」


アーサーのような勢いは無いが、十分合格点だったのだろう。
の言葉に、ロベルトは満足そうに笑みを浮かべると、頬杖を付いていた手を離す。
ホッとした顔をする彼女に、彼は小さく笑みを浮かべると、黙って聞いていたアーサーの方へ振り向いた。

それはそれは、悪魔のような嫌な笑顔で。


「だってさ、アーサー。良かったね」
「…………………………………………………………………………は?」

「ふふっ。これで僕も一安心だよ。頑張った甲斐があったと思わない?」
「………………………………………………………は!?」


悪戯が成功した時のガイとアーネストを足したような顔で言うロベルトに、アーサーはこれでもかという程目を見開く。
突然見せられた友の見た事も無い顔に放心する彼を無視して、ロベルトは笑顔で話しかけてくるが、アーサーは言葉の意味を理解する事が出来ない。
真っ白になった頭の中には、「どういう事だ」という言葉だけがぐるぐる回り、同時に理解したくないという思いが生まれる。


も、頑張ったね」
「ありがと。でも……あんまり、アーサーの事苛めないでね?」

「わかってるよ。今回だけ」
「うん、そうして」

呆然とするアーサーなど全く気にせず、ロベルトはと笑顔で会話していた。
まるで機械のように二人を交互に見ながら、アーサーは必死に頭を働かせようとするが、考えれば考えるほど思考が霧散してしまう。
一体何処から、一体何が起きていたのか。
混乱を極める中、朧に出てきた答えが見えるが、認めたくないという思いが脳を鈍らせていった。


「アーサー、何時まで呆けてるんだい?」
「ロ、ロベルト、お前いつから……」

「いつって……最初からに決まってるじゃないか」
「最初って、何処の最初だ!?」

「だから、最初だよ。最初から全部」
「…………」


最初から……全部…………最初って何処だ……?


唖然とした顔をしながら、必死に目を泳がせるアーサーに、ロベルトは楽しそうにクスクス笑う。
そんなロベルトと顔を見合わせたは、仕方が無さそうに笑うと、アーサーの腕を引いてベッドに座らせた。


「アーサー、落ち着いて?」
「……………………一体、何がどうなっ……」
「皆ー、終ったよー!」


混乱しているアーサーに、更に追い討ちをかけるように、ロベルトが清清しい声で廊下へ叫ぶ。
『皆』という言葉に、アーサーの思考は完全に止められ、見るだけになった視界の先でカーフェイが部屋の扉を開いた。


「マジかよー?話全然聞こえてこなかったぞ?」
「ふふふっ。大丈夫だよカーフェイ。今回は、全部計画通りに行ったから」


計画…………?


「アーサー、平気?」
「うん。アレンも協力してくれてありがとう。アーサーは今、ショックで放心状態みたいだから、少しそっとしておいてあげよう」


アレンも……協力…………?


「ガイ、やっぱりアーサーを見つけて来てくれたね」
「…………」


ガイまで…………グル?


友人達の賑やかな会話が、アーサーの身と心をどんどん真っ白にしていく。
灰のようになっていく彼に、は労わるようにその背を摩るが、効果の程は見られない。


「アーサー」


呼ばれて、ゆるゆると顔を上げたアーサーに、ロベルトは物凄く楽しそうな笑顔を返した。


「お疲れ様」


トドメのような一言を放つと、ロベルトは爽やかに部屋を出て行った。

閉ざされたドアに、小さく息をつき、やがて静かに目を伏せた。
長く胸の端に転がしたままだった思いに、彼女は心の中でそっと別れを告げる。
胸の奥に零し落とされた彼の思いを、思い出の片隅に仕舞うと、は傍らにいる存在を確かめるように目を開けた。

が、当のアーサーは未だ呆然とした顔で、閉じたドアを見つめていた。
もはやダメージを受ける気力も無いのか、そっと背を摩ってみるが、彼は全く反応しない。


「ア、アーサー、大丈夫?」
「…………」


抜け殻状態のアーサーに、はそっと顔を覗きこみながら問いかける。
呆けた顔のまま、ゆっくりと振り向いたアーサーは、見上げる彼女の顔を確かめるように凝視した。



「な、何?」

「お前までグルとか……言わないよな?」
「う、うん。私は、違うよ?」

「……そうか……ならよかった……」


頷いたに、アーサーは心底ホッとした顔で肩の力を抜いた。
漸く魂が戻ってきてくれた彼に、は安殿笑みを浮かべるが、ふとある事に気が付いて口を開いた。


「あ、でも、アーサー?」
「ん?」

「その、ね?確信はなかったんだけど、さっき、アーサーが来た時……何となくだけど、勘付いてたってゆーか」
「…………………………」


今、彼女は何と言った?


それはつまりアレだろうか。
最終的には、最後には、彼女も何が起きているか分っていたと……そういう事だろうか。
騙されるままにロベルトに言ってしまったあの言葉も、その時は勘付いていながら聞いていたという事だろうか。
頭に血が上って言ってしまったあの言葉を、は幾分か裏事情を感付きつつ聞いていたという事だろうか。
そういう事だろうか。


「これ、本当は黙ってた方いいのかな?でも…何か、騙すみたいでアレだし……」
「…………う……」

「でも、アーサーの言葉、凄く嬉……」
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」









「プッ!クククククク!!」

ドアの向こうから聞こえてきたアーサーの叫び声に、ロベルトは口を押さえて笑いを堪える。
呆れた顔で彼を見るアレンに、カーフェイは苦笑いを向けて肩を竦めた。


「アーサー、壊れちゃったね」
「……だな。ロベルト、あんま笑ってやるなよ」
「ゴメン、ゴメン。上手く行ったから、嬉しくてつい……ね」


目に浮かんだ涙を拭きながら、ロベルトは顔を上げる。
何処か吹っ切れたような彼に、アレンは離れた場所にいるガイをちらりと見やり、大きな溜息をついたカーフェイにつられて深く息を吐いた。


「……よくやるよ、君」
「ホンット、イイ性格してるっての」
「そりゃあそうさ。……だって、ガイに悪戯のし方を教えたのは、僕だからね」

「?!」
「ウソォ?」


『そういえば、言って無かったな…』と暢気に考えながら、ロベルトは目を丸くして驚く二人にニヤリと笑って返す。
呆然とする二人を置き去りに歩き出すと、書類をヒラヒラさせているジョヴァンニが首を傾げて見てきた。


「どうかした?」
「お前、何か捨てたか?」


やっぱりジョヴァンニは鋭いな……。

理屈ではなく感覚だけで物事を見る彼だから、仕方が無いと思いながら、ロベルトは彼の手から書類を取る。
自分の名前に引かれた二重線と、その上にカーフェイの名がある任務の組み合わせ表に、ざっと目を通した。

「捨てたんじゃなくて、踏ん切りつけただけだよ。だから、大丈夫」
「ん、なら、いいわ。俺は何も言わねえ」

「ありがとう」
「礼言われても……俺、何にもしてねぇっつの」

「そうだね」


承認欄に自分のサインを入れると、ロベルトは欠伸をするジョヴァンニに書類を返す。
提出してくると言った彼を見送り、再び足を進めると、壁に凭れてじっと見つめるガイがいた。


「馬鹿」


無言で暫く見つめ合うと、やがてガイは吐き捨てるように言い放った。
予想していた言葉に、ロベルトは柔らかな笑みを浮かべながら、壁から背を離した彼を眺める。


「俺を焦らせるなんて、ロベルトぐらいのもんだよ」
「君を走らせるのも、僕ぐらいだろ?」

「何笑ってんの。褒めてないし」
「そう?いい性格だって思わない?」

「思わない」
「それは残念」


笑顔で肩を竦めるロベルトに、ガイは肩を落として大きな溜息をつく。
ポケットに手を突っ込んだ彼は、不貞腐れた顔をしながら、歩き出したロベルトの隣についた。


「二度とあんな風に焦らせないでよ」
「分ってる」

「ハァ……ホンット、ロベルトって馬鹿だね」
「知ってるよ」

「馬鹿過ぎてムカつくよ!」
「ハイハイ」

「……満足した?」
「……それなりにね」














Crown or Clown  END


Crown or Clown、最後までお読みくださりどうもありがとうございます。
今回のお話は、この一言に尽きるでしょう…。
『何故こうなった……?』
いや、もうホント……それ以外思い浮かばない。
この作品は、草薙五城さんへの、2008年の誕生日プレゼントとして書いたものです。
なのに何故半年近く遅れている!!半年!半年!!
長らくお待たせしてしまった五城さんには、この場を借りて深くお詫び申し上げます。ホントすみません(TT皿TT)
アーサーの表夢というリクエストをいただいたのが、08年の10月ぐらいだったでしょうか。
ロベルト絡みのネタは、以前に考えておりました。
当初は夢主とアーサーはまだ交際しておらず、その手前という設定でしたが、書いてるうちにそういう設定じゃダメになりましたorz
何故……。
プロットの時点では、内容はかなりコンパクトで、5話で終るようなものでしたが、出来上がってみると……支流は辛うじて外れていないものの、内容が全然違……。
何故こうなった自分……?
タイトルの『Crown or Clown』は、直訳のまま『王冠か道化か』という意味です。
アーサーを指先で小突く事で、この1つの物語を作った、物語の王ロベルト。
同時に、夢主への思いを抱えつつ、自らピエロの役を演じた道化師ロベルト。
どちらにしろ、タイトルの時点で既にこの物語の主人公がロベルトになってるわけです。
そこから既にRikaさんは道を間違えちゃってたんだと思います。
勿論、最終的に夢主とくっついてるアーサーを王−勝者と見る事も出来ますね。
ま、これは見る人次第という事で。
しかし、本当に……アーサー夢のはずだったのに……もう、コレ、ロベルト夢じゃんorz
完全に乗っ取られてる。主役の座奪われてるよアーサー!もっとがんばれよお前ぇぇぇ!!見事に道化に化かされてるじゃんかよ!!
『せっかくだから、アーサーだけでなくロベルトにもトキメいてもらえる話にしよう!』…なんて考えたのがいけなかったのか…?いけなかったのか?まぁ、第一話の最後辺りから「あ…何かマズったかもしれない」と思ってましたけどね(おーい…)
とにもかくにも、何とか話を纏めて書き上げられた事に、今はホッっとしております。
あーよかった。ちゃんと最後までかけてよかった。本当よかった…。
えー、そんな感じで…「可哀想なアーサー」夢でございました。(物は言い様)んな品でよければ……五城さん、受け取ってくださませませ〜。
2009.06.13 Rika
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