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Crown or Clown 07


積み上げられたジャガ芋をせっせと皮むきしながら、カーフェイは厨房にいる面子をぐるりと見回す。
玄関ホールでの訓練後、殆どの者は夕食の準備をしに此処へ来たが、白熱した試合を見せた二人との姿は見つからなかった。


「なあアレン、アーサー達は?」
「傷の手当てしに行ったんじゃない?」

も?今あの3人で行くのか?」
「…さあ。僕はずっと此処にいたから…」

「そっかぁ。あ、アレンも、ロベルトから話されたんだろ?」
「うん。…さっきの試合で白黒つけたんだと思ってたけど、違うの?」

「違うんじゃないか?ホールに行くまで、俺、アーサーと一緒だったけどさ。ロベルトが連れてったって言ったら、機嫌悪くなってたし。まあ、試合に勝って少しはスッキリしたみたいだけど、それで全部解決ってわけじゃないだろ」
「……そうだね……」


…となると、もしかして今頃修羅場になっているのだろうか。
考えて、少しだけ興味を引かれた二人だったが、そこまで巻き込まれるのは御免なので探そうとは思わなかった。
しかし、全く気にならないと言えば嘘になるわけで、正直者のカーフェイは新たな情報提供者を探す。
少し離れた場所にジョヴァンニもいたが、大きな肉塊をナタのようなもので叩き切っている最中なので、話しかけるのが恐かった。
シンクを挟んだ向かいにガイがいるが、ゴーグルをかけて鬼気迫る顔で玉葱を摩り下ろしている彼は、あまり話しかけたくない。


「ガイ、君、何か知ってる?」


友人がどんな奇行をしようと、もはや動じる事すらしないのか。
厨房の中でも一際浮いている人物に、アレンは全く物怖じした様子もなく尋ねる。
勇敢な友に密かに感心したカーフェイは、顔を上げたガイの赤い鼻にちょっとだけ噴き出した。


「俺は何も聞かない事にしたから」
「そうだね。でも、予測は出来るでしょ?」
「今、どうなってると思う?」

「うーん…ロベルトはあんまり動かないかもね。予定と状況が違ってるから、次の作戦練ってるかも」
「…作戦ねえ」
「じゃ、放っとくか」

「うん。でも二人は、多少でも協力した手前、後でまた巻き込まれるのは覚悟した方がいいかもね」
「え……また…アーサーに怒られるの…?僕嫌なんだけど…」
「アレンはアーサーに可愛がられてっからいいだろ。俺なんか昨日から何回も睨まれてんだぞ?」

「だってー、アーサーとアレンは、昔結婚する約束してたんだもん。仕方ないよ」
「何処が仕方ないんだよ。小さい頃の話じゃないか。そんな約束無効だよ」
「え?アーサーの親父さん、アレンにはアーサーの愛人になってもらうっつってたぞ?」


「…………」


聞き捨てならない情報に、アレンはピキリと表情を固めて沈黙した。
どんどん険しくなっていく彼の気配に、ガイとカーフェイはやっぱりと思いながら、アレンの前にある食材を手元に寄せた。


「アレン、アーネストさんなら今自室にいるよ」
「ありがとう。ちょっと行ってくる」
「がんばれよ〜」


剥きかけの芋と包丁をテーブルに置いたアレンは、ガイに礼を言って厨房を後にする。
一々大きく反応するから面白がられるんじゃないかと思いながら、カーフェイは般若を背負ったようなアレンの背中を見送った。




呆れが混じる怒りを抱え、アレンは暗い廊下を足早に進む。
前々から、叔父のアベルがアーネストの悪戯の餌食になっていたのは知っていたが、まさか自分にお鉢が回ってくるとは…。
幾らアーサーを兄のように慕っているとはいえ、同性なのに愛人は無いだろう。
容姿について言ったつもりでは無いのだろうが、物申さずにはいられない。

当のアーネストが、アレンの抗議をウキウキして待っているとは知らず、アレンは言う言葉を考えながら廊下を進んでいた。
と、階段を登りかけた彼は、踊り場の窓から外を見ているを見つけて足を止める。
背を向けている彼女は、アレンの存在に気付いていないようで、彼は静かに彼女の傍へ行った。


「何してるの?」
「うひゃ!!ア、アレン!?びっくりした…いきなり話かけないでよー」

「先に声かけてもかけなくても、君が驚くのはいつもの事でしょ」
「その通りです…。アレンはどうして此処に?」

「たまたま通りかかっただけだよ。それより、窓際、冷えるんじゃない?」
「ううん。大丈夫」

「そう…」


アーサーかロベルトと一緒だとばかり思っていたが、彼女が1人だったとは予想外だ。
珍しい事とは思ったが、誰が何処で何をしていようと本人の自由なので、アレンはそれ以上気にしなかった。


…と、アレン?」


上から降ってきた声に、二人は同時に階段の上へ振り向く。
そこには、既に着替えと手当てを終えたロベルトがいて、珍しい組み合わせだと言わんばかりに首を傾げていた。


「ロベルト、もう平気なの?」
「うん。少し休んだから、もう大丈夫」

「そっか」
「アレンはどうして此処に?今日は炊事当番だって聞いてたけど」
「…ちょっと用があってね。此処に居るのは、通りかかっただけ。じゃあ、僕は行くよ」


何か悪い事を聞いてしまったのだろうか。アレンは突然声と表情を硬くし、ツカツカと横を通り過ぎていった。
いきなり態度が変わった彼に、自分同様、も目をぱちくりさせたが……アレンの事だ。きっとまた女顔とでも言われたのかもしれない。

その類の話なら、聞かないほうが身の為だと考え、ロベルトは黙ってアレンを見送る。
視線をに戻すと、彼女は少しだけ不安そうな顔をしていて、ロベルトは安心させるように少しだけ微笑んで見せた。


「アーサーの所の…帰り?」
「ううん。まだ…行ってない」

「そう…か」


ゆっくり階段を降りてきたロベルトは、の手の中にあるマテリアを見て問う。
彼女が1人でいる時点で予想していたが、やはりアーサーの元へ訪れていない彼女に、ロベルトは少し考えて窓辺に腰を下ろした。


「行かないの?」
「う…ん…。何かね、今、何て言おうか、考えてる」

「そっか。…でも、早く行かないと、アーサー自分で手当て終らせちゃうんじゃないかな?」
「それもわかってるんだけど…」


掌でマテリアを弄びながらモソモソと答えるに、ロベルトは頬を緩める。
暫く鑑賞していたい気分になるが、今自分達が二人で居る所を他人に見られるのは、得策ではないと思った。
特に、アーサーなどに見られたら、本格的にを巻き込んで話が拗れしまいそうだ。
それは、自分の本意ではない。
が何故アーサーに会うのを躊躇うのかは、半ば予想がついているが、悠長に相談に乗っている暇は無かった。


、難しく考えないで、簡単に考えてごらん?」
「簡単…?」

「そう、簡単な事だよ。がアーサーの所に行きたいか、行きたくないか。どっちかな?」
「そりゃ…行きたい…けど…」

「じゃあ行こう。言う言葉なんか、会うまでにだって考えられるよ?まとまらなくたって、アーサーはちゃんと聞いてくれるだろう?」
「…うん」

「伝えたい事があるのに、こんな所で僕と時間を無駄にしちゃダメだよ」


言って、ロベルトは彼女の頭に伸ばしかけた手を途中で止める。
まだ少し踏ん切りがついていない顔のに、小さく苦笑いを浮かべた彼は、宙を彷徨った手を彼女の肩に置いた。
そのままの体を医務室の方へ向かせると、目を丸くする彼女の背中を軽く押す。


「僕も後で様子を見にいくよ。だから、大丈夫。行っておいで」


優しく送ってくれるロベルトに、は小さく頷き、笑みを返して歩き出す。
暗い廊下に消えていく小さな背中を、目を細めて見送った彼は、未だ雨が降り続ける窓の外を見つめて小さく息を吐いた。

















名残惜しむような静かな雨音と、遥か遠くへ去った雷鳴が時折窓の向こうから届く。
備え付けの燭台に灯された蝋燭が、消毒液と薬草の匂いが混ざり合う医務室を橙色に染めていた。

朧な影が落ちる部屋の中、椅子に腰掛けるアーサーは、自身の傷とボロボロのシャツを見て溜息をついた。
ボタンが外れて裾が裂かれているシャツは、雑巾にして活用できるから良しとする。
だが、肌の上に出来た傷は、浅いながらも急所ばかりに集中していて、自分の未熟さを思い知らせるようだった。


「まだまだ……だな」


小さな怪我でも、毒の危険性がある実戦では十分命取りになる。
無傷でいるのは不可能だとしても、傷の場所を考えると簡単に容認出来はしないだろう。


「…………」


考えていても仕方が無い。次からはもっと注意するしかないと考えると、アーサーは気を取り直して救急箱に手を伸ばす。
中から出した脱脂綿を素手で摘み、雀の涙程の消毒液を含ませて脇腹の傷に当てると、固まりかけていた血がドロリと溶けて白い綿に吸い込まれていった。
塞ぐものが溶けた傷から再び赤が滲み始め、再び脱脂綿でそこを拭ったが、乱雑な手当が余計に傷を開かせてしまう。


「……まずい…」


手当てしているつもりなのに、余計に流血しはじめて、アーサーは小さな焦りを感じる。

任務中も怪我をする事はあるが、大概は自分や仲間からの回復魔法で治してしまうので、手当てなど暫くしていない。
魔法で塞ぎきらなかった傷は、帰還後にこの医務室で手当てするのだが、アーサーはいつもにしてもらっていた。

そんな事を考えている間にも、傷から滲んだ血が小さな雫になって肌の上を伝い始めた。
慌ててティッシュで抑えたものの、そこから先はどうしたらいいのか…。

救急箱の中と、備品が入っている棚のダンボール箱を睨んでみるが、アーサーが唯一使えそうなのは絆創膏ぐらい。
回復魔法で手っ取り早く傷を塞げばいいのだが、マテリアは部屋に置いてあるし、汚れた床の上を転がって戦ったせいで、傷には所々土埃がついたままだ。
どちらにしても、何とか処置するしかないのだが…。


「……うん………適当にやるか」
「駄目だよ適当じゃ」

「!?……」


開き直って救急箱に手を伸ばしたアーサーは、咎める声にピクリと肩を揺らす。
まるで悪戯が見つかった子供のように、恐る恐る振り向くと、開けっ放しにしていた入り口の傍で、が笑みを抑えながらアーサーを見つめていた。
少々の情けなさと恥かしさに、アーサーは視線を逸らすと、壁に寄せていた折り畳みの椅子を出し、自分の椅子の前に置いて彼女を見る。


「…頼む」
「はーい」


少しだけ声に笑いが混じるものの、すぐに椅子に腰掛けてくれた彼女に、アーサーは少しだけほっとしてシャツを脱ぐ。
既にボロ布と化したシャツを受け取ったは、苦笑いを浮かべながらそれを畳むと、寝台の上に置いた。
上着のポケットから回復マテリアを出し、救急箱から必要な物を出していくを眺め、アーサーはふと自分の視線が彼女の顔に集中しているのを感じる。


「…そういう事か…」
「え?何?」

「何でもない」
「そう?」


なるほど。
いつも手当てされているのに、肝心の手元ではなく顔ばかり眺めているのだから、方法がわからなくなるわけだ…。
そんな事を考えているのに、アーサーの視線はの手など全く見ずに、頭の旋毛や前髪の艶、瞳の動きばかりを追っていた。


「…っ!」
「染みた?」

「いや…」


濡れた脱脂綿が皮膚に当たる冷やりとした感覚に、アーサーは不意打ちを食らったように反応してしまった。
「気にしなくて良い」と付け加えたものの、の手つきは優しくなる。
慎重に当てられる脱脂綿の感触がくすぐったくて、アーサーは笑いを抑えながら、真剣に手当てする彼女の顔を見つめていた。



口を閉ざしてしまうと、室内には時折蝋燭が鳴る音しか無くなる。
建物の奥にある医務室は離れた場所にある食堂のざわめきさえ届かかった。
雨は既に上がって薄い雲が空を流れ、天を覆したかのように響いていた雷鳴も、遠い空へ去ってしまっていた。


「ねえ、アーサー」
「ん?」

「今日の、ロベルトとの戦いの時ね…………」
「ああ」


の声は何処か沈んでいて、途切れた後の沈黙と共に、アーサーに彼女の気持ちを教えてくれる。
医務室にきた時は、思ったより平気そうな顔をしていたが、やはりああして力の差を見せ付けられたのは堪えたのだろう。
口を閉ざしたに、黙って言葉の続きを待っていると、やがて彼女は決心したように顔を上げた。


「あの……、…名前忘れちゃったけど、黒い髪の……」
「ああ…、わかる」


頷きながら、アーサーは内心で『またか…』と呟いた。
何とはなしに予想はしていたが、やはりは裏ボス様の名前を覚えられなかったらしい。
今はまだ顔や特徴を覚えているようだが、数日後にはまた裏ボス様の事を忘れているに違いない。
裏ボス様には同情するが、のこんな反応などアーサーは慣れているので、あまり気にせず会話に集中する事にした。


「その人がさ、言ってた…。アーサーが、その…私とアーサーの力の差、分からせたいから、あんな風にロベルトと戦ったって」
「……俺が行く任務についてくれば、お前は確実に死ぬ。だから、連れて行かなかった。これからも、それは変わらない」

「…うん。今日ので、よく分かった」
「…………」

「私…ロベルトにも全然勝てないのにさ…、それなのに、アーサーと同じ任務なんて、無理…だよね……」


淡々と返すアーサーの言葉は、覚悟していたはずなのにの胸を重くした。
明るくするつもりだった声も落胆と無理が滲み、考えて出したはずの答えさえ不安になってくる。

これが現実だとわかっているはずなのに、心の奥底には宛所の無い悔しさと怒りが湧いてくる。
弱い自分では、彼に背を預けてもらえる事も、隣で戦ってもらえる事も、身を捨てて盾になる事すら出来ず…きっと、その機会すら手に入れられない。

守られるだけじゃないと言い、共に戦っていると言った、自分の驕りが許せないのだろうか。
自分が見ていた彼の姿が、横顔ではなく背中だったのだと、今更になって気づいてしまったからか。
負けない、と言った決意は、僅かに心が揺らぐだけで、ただの強がりになってしまう。
奮い立たせる心さえ、その中は空洞で、継接ぎだらけの支えだった。


「でも…ね…」


手を止めて顔を上げたを、アーサーは目を逸らす事無く見つめる。
不意に揺れた蝋燭の火が、静まり返る室内を一瞬だけ陰らせ、刹那の薄闇は影となって彼女の不安を浮き上がらせた。
けれど次の瞬間には、それを必死で押さえ込む不安定さと、何があっても折れようとしない強さが現れる。


「私…もう少し頑張りたい」


小さな声が、いやに大きく響いたのは沈黙のせいだろうか。
夜の闇を拭う朧な橙の光は、小さく揺らめいては、床に落ちる二人の影を淡く霞ませた。

天から差す青の月でも、雲に隠れ沈んだ白の太陽でもない。
息一つで消え去ってしまう程頼りなく、けれど温かく包む黄昏色の灯りは、彼が望んだ彼女を包む世界によく似ていた。


「無理かもしれない。アーサーは嫌かもしれない。でも、諦めるのは…自分でダメにするみたいで嫌なの。そんな風に、自分で…自分から自分に負けたくない」


人は、彼女言葉を子供の意地と笑うかもしれない。
けれどアーサーにとっては、その名残のような幼さこそが、何より純粋な想いに思えた。
故に、手折る事への苦痛と罪悪感が増す。

穏やかな眠りを得られる場所や、何に憂いる事も無い静穏の約束を与えられても、きっと彼女は自分の隣にいる事を選ぶだろう。
そして自分も、そんなを求め、手を取ってくれる彼女に喜びを感じる。
血の匂いが染みる大地を行く事になっても、掌にあるの温もりに、きっとこの心は幸せを感じるのだ。

利己的な心に、醜悪だと自身で罵りながら、彼女が傍にいる未来という泡沫の夢にさえ、荒みそうな心は穏やかに静まっていく。
例えその先に行き着く場所が、血に塗れた真紅の世界であったとしても、楽園なのだと錯覚させる。

だからこそ、彼女を失う未来が、何より恐ろしくてならなかった。


「……アーサー…?」


答えを待つの瞳に、苦悶に顔を歪めるアーサーが映る。
たどたどしく伸ばされた彼の手が、橙に照らされたの頬に触れ、そこから伝わる温もりに彼女は僅かに目を伏せた。

硬い掌の感触が両頬を包み、指先がそっと肌の上を撫でて、慈しむ温もりをくれる。
ゆるりと瞼を上げた先には、きつく目を閉じる彼いて、は微かに震える彼の手に自分のそれを重ねた。
薄く目を開けた彼は、全てを吐き出すように深く息を吐き、彼女の額と自分のそれを重ねる。


「頑張らせたくて、見せたんじゃない」
「…うん」

「俺は、お前に、同じだけの強さを求めたりなんかしてない。でも…お前は足掻く事を止めないのも、俺はきっと分ってて……何処かでそれを望んでた」
「………うん」


頬を包んでいたアーサーの手が、の横髪を梳き、ゆっくりと引き寄せられる。
心地良い束縛は不意にまどろみを誘い、は彼の肩に顔を埋めながら、その肌の熱さにそっと頬を寄せた。


「俺は、きっとお前を止められない」
「……」

「でも、お前が血を流すような事だけは…絶対に許さない。…何をおいてもだ」
「うん……」


彼が言葉を続けるにつれ、包み込む腕に力が篭る。
何処か縋るような抱擁が、遠い日を思い出させて、は目を伏せてアーサーの背に手を伸ばした。

「だから…約束しろ。絶対、無理しないって」
「…うん。わかった」

小さく安堵の息を漏らしたアーサーに身を預けていると、僅かに身を離した彼の唇がこめかみに触れる。
いつの間にか頬を撫でていた彼の手が、彼女の顔を上に向かせ、瞼に一つ軽い口付けが落とされた。
くすぐったさに頬を緩めながら目を閉じたは、鼻先が重なる感触に、彼女は唇が重なるのを待つ。


「そういうの、扉閉めてした方がいいんじゃないかな?」
「!?」


突然入り口からかけられた声に、は驚いてアーサーから身を離して入り口に振り向く。
そこには、何処か冷たい笑みを浮かべながら壁に寄りかかっているロベルトがいて、目を見開いて顔を真っ赤にさせるに、クスリと笑みを零した。


「ロ、ロロロロベルト!?」
「何か用か?」


慌てて椅子から立とうとするの腕を捕らえ、アーサーはゆっくりと振り向く。
常と同じ無表情ながら、アーサーその目は僅かに冷たさを帯び、綺麗な笑みを浮かべるロベルトを見据えていた。


「邪魔しに来た…。って言ったら……どうする?」
「別に…続けるだけだ。見たいなら好きにしろ」
「う、うぇええええ!?ちょ、アーサー、何言ってるの!」

「アハハ。嫌だな、ムキにならないでよ。冗談に決まってるだろ?」
「…どうだか……」
「……エ…え?二人とも…、急に…どうしちゃったの?」


柔らかく笑い飛ばすロベルトと、微かに口の端を上げて笑うアーサー。
冷めた目で見詰め合う二人の様子は、普段とは全く違っていて、はわけがわからないまま二人を見比べる。


「よ、よくわかんないけど、喧嘩はだめだよ?ね?」
「………」
「大丈夫だよ、。そういうつもりで来たんじゃないから」


笑って答えたロベルトに、は少しだけホッとしたが、彼の視線はそのまま彼女とアーサーの間に行く。
視線を追ったは、まだ繋いだままだった手を慌てて手を離そうとしたが、逆に強く掴まれてサーサーに睨みつけられた。


「…っ…!?」


一瞬ビクリと震えたは、悲鳴を押さえながら、恥かしさに頬を染めていく。
普段人前ではこんな事はしない彼の突然の行動は、正直とても嬉しいのだが、素直に顔に出せそうな雰囲気じゃなかった。
心拍数を上げさせるアーサーの視線から逃げるように顔を上げると、微かな笑みを浮かべるロベルトと目が合う。
気にしなくて良いと言うように、ふわりと微笑みかけられるが、その顔が何処か疲れているように見えて、は小首を傾げた。


「ロベルト…?」
「その様子じゃ、大丈夫みたいだね」

「あ…、うん…」
「もう夕食の準備出来てるから、二人も早くおいで」


言うと、ロベルトはいつもの笑みを浮かべて、部屋を出て行ってしまう。
邪魔をしたかと思ったらすぐに去ってしまった彼に、アーサーは意図が分からずを見る。
だが、彼女はロベルトが去った場所をじっと見つめていて……。


「…っ!アーサー…?」


空白に似た場所を見つめるの横顔が、何故か急に遠く思えて、アーサーは繋いでいた手に力を込めた。
驚いて振り向いた彼女と目が合い、彼はハッと我に返って力を緩めたが、燻る嫉妬と焦燥が彼女の手を離そうとしない。
まるで繋ぎとめようとしているようだ…と。いつもなら苦笑いで終らせるはずの考えが、今は簡単に拭い去れない。
この手を離した瞬間、彼女が手が届かない存在になってしまうような、危うい錯覚すら覚えた。


「アーサー、どうしたの?」
「…………」


腰を折り、視線を合わせたに、逸らしかけた視線を戻す。
靄つく胸の内と、感情に捕らわれる自分への情けなさを抑えながら、彼は繋いだままだった手をゆっくりと引き寄せた。


「時々…誰の目も届かない場所に……閉じ込めたくなる」
「…え…?」


僅かな隙間も埋めるように、強く彼女を引き寄せた彼は、閉じると同時に深く息を吐き出した。
心の奥底で目を覚ます独占欲と征服欲は、放し方を間違えれば破壊的衝動に変わるだろう。
胸に伝わるの鼓動と、確かに感じる温もりは、僅かな安堵を与えてくれるが、荒れ騒ぎたがる心を静めるにはまだ足りない。


「俺の中から…抜け出て行こうとしないでくれ。じゃなきゃ、……俺は、きっとお前を傷つける……」


が戸惑う気配を感じながら、アーサーは呟くように言葉を紡ぐ。
温かな彼女の首筋に頬を寄せ、静かに目を伏せた彼は、騒ぎ続ける感情を心の淵に沈めた。



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