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Crown or Clown 05



「なあ、アーサー。何イラついてんだぁ?」
「…大した事じゃない」

「小せえ事なら苛つかねえだろ」
「…そうだな」


森の中へ入ったアーサーは、罠を作っていたジョヴァンニと偶然会った。
見た目の割りに手先が器用なジョヴァンニは、原始的だが効果的な罠を次々作っていく。
呼び止められて、手伝いを頼まれたアーサーは、彼が作った罠を草の中に仕掛けていた。


「そういやぁよ、最近とロベルト、頑張ってるみてえだな」
「………」


頑張ってるって何だよ…。

どういう意味だと思いながら、アーサーはジョヴァンニをじろりと見る。
せっせと罠を作っているジョヴァンニは、彼の視線には気づいていない。


「昨日もロベルトと部屋でやってたしよ。今日の朝も、飯食った後一緒にどっかいったし」
「……………………」


…今、何て言った……?


その主語は何だと考える傍ら、脳内で勝手に出来上がった想像に、アーサーは目を見開く。
早とちりするなと自分に言いきかせるが、一度過ぎった考えはなかなか消えてくれない。
まさかまさかと考える傍から、彼の中では想像が事実になっていく。
そんな彼の心中を知らないジョヴァンニは、顔を上げると輝くような笑顔を向けた。


「何かよ、ああいうの見ると、応援したくなるよな!」
「お…応援だと…!?」

「おう!ロベルトの奴、見かけに寄らず激しいけどよ、ちゃんとの事良く見て、気使ってやってんだ。だから、体壊すんじゃねえかって心配しなくていいし。色々教えてもらえて、も喜んでるみてえだぞ!」


ショックで呆然とするアーサーの手から、作ったばかりの罠がボタリと落ちた。
悪気の一欠けらも無く言うジョヴァンニとは裏腹に、アーサーは怒りと絶望で真っ白になる。
遠のきそうな意識と理性を必死で保つが、半分抜けた魂はそのままだった。


「俺達も、うかうかしてらんねえよな。これからの戦闘、多分もっと激しくなんだろうしよ」
「…………」

「任務が立て込むとあんま時間作れねえけど、そんなの理由になんねえよなぁ」
「…………」

「一人ですんのも悪くねえけど、やっぱ誰かと一緒にする方が楽しいじゃねえか!」
「…………」


ガハハと笑うジョヴァンニの言葉など、もうアーサーの耳には入っちゃいない。
飛びかける意識の傍らでは、ロベルトとそれぞれとの思い出が、走馬灯のように流れていた。

初めて実技で顔を合わせたロベルト。負けた彼の悔しそうな目に、きっとすぐ追いついてくると感じた。
3度顔を合わせても初めましてと言ってきた。4度目で漸く同じクラスの人と記憶してくれた。
対抗心を燃やしてきて、顔を見るたび突っかかってきたロベルト。実技テストの時、本気でやり合ってお互い打撲だらけになった。
連休明けに学校で顔を合わせた。1週間しか経っていないのに、名前を忘れられてマーカーと呼ばれた。

今となっては微笑ましい思い出が、次から次へと溢れてくる。
どうして今、こんな事を思い出してしまうのか。

ロベルトの幸せを喜びたい気持ちと、を奪おうとする事への怒り、悲しみ。
に自分だけの傍にいてほしい気持ちと、欺むかれたような怒り。彼女の不安を取り除いてやれなかった申し訳なさ。
沢山の相反する感情が、胸に大きな痛みを与え、アーサーは奥歯を強く噛んだ。


「……どうしろっていうんだ…」
「んあ?そんなの決まってんじゃねえか!」


搾り出した言葉は独り言のつもりだった。
だが、それを聞いたジョヴァンニは、答えなど分かりきってると言うように、アーサーの肩を叩く。


「俺らもロベルトとを見習って、トレーニング強化すんだよ!」


……………。


ジョヴァンニの言葉から繋がる道が見つからない。
何を言っているのだろうと考える傍ら、アーサーの脳は今の言葉と先ほどの言葉を繋ぎ合わせる意味を必死で探していた。


「…な…なんでだ?」
「は?何でって…負けてらんねえからじゃねえか」

「何処からトレーニングが出てくる?」
「最初からその話だろ?」

「待て。待てジョヴァンニ」
「んあ?何をだよ?」

「……………………とロベルトは…」
「一緒にトレーニングしてんじゃん」

「…昨日二人がしてたのは…」
「だからトレーニングだって」

「…………」
「アーサー、どうしたんだあ?」




俺は馬鹿だ。




もはや、ジョヴァンニに言葉を返す気力も無い。
何を考えたら良いのかもわからない。

首を傾げるジョヴァンニの傍らで、抜け殻状態のアーサーは、己の馬鹿さ加減を思い知る。
混乱で一気に頭を使ったせいか、妙に疲れた気分になった。

「おいアーサー、どうしたんだ?大丈夫か?」
「ああ。そろそろ、部屋に戻る」

「そうかぁ。手伝ってくれてありがとな!」

ニカッと笑って礼を言うジョヴァンニ、アーサーは小さく頷き返すとアジトの方へ歩く。

今日はもう風呂に入って眠ってしまおう。
そんな事を考えながら、アーサーは重い体を引き摺るように森を抜けた。




緑に覆われた洋館は、夕暮れの色に染まり、荒れた庭に伸びた草が風に揺れていた。
夕食の香りと微かな喧騒の中、アーサーは数刻前までとロベルトがいた場所を見る。

胸の奥で騒ぐ嫉妬と焦燥に、彼は目を伏せた。
瞼の裏にあったのは、時折目にした、を見るロベルトの柔らかな瞳。

もしもが、ロベルトの手を取るなら…

それが彼女の意思なら、それでいいかもしれない。
そんな事を思う自分に、間髪入れずに「ふざけるな」と叫ぶ自分がいる。

それは、昔彼女をロベルトに託せと言った自分。

間逆になってしまった本音は、何が何でもを渡すなと、駄々を捏ねるように叫んでくる。
ロベルトの気持ちはどうするのだ…と。
何度理性が問いかけても、奥底で吠える自分は意思を曲げなかった。


「…難儀だな…」


が2人いればいいのに…。

無茶な望みに現実逃避してみるが、彼女が2人いるというのも、何だか微妙な気がする。
やはりは1人だけでいい。ただ1人だからこそいいのだと結論を出した。

馬鹿げた事を真剣に考える自分に、アーサーは苦笑を浮かべながら、玄関へ向かう。
だが、何かが引っかかるような気がして、彼は庭の方へ足を向けた。



「………」


誰もいない庭は、草が風に揺られる音しかしない。
軽く辺りを見回したアーサーは、腰に下げた剣に手を伸ばしながら、ゆっくりと庭に足を踏み入れた。

確かに誰かの気配がするのに、殺気も何も感じられない。
内心首をかしげながら進む彼は、草の間から見え隠れする、黒いものを見つけた。


「………」


そこにいたのは、屋敷の壁に背を預け、草の中に埋もれるように眠るの姿。
静かな寝息を繰り返す彼女に、アーサーは脱力して剣から手を離した。


「何でこんな所で寝てるんだ…」


しゃがみ込んで、彼女の顔を覗きながら、アーサーは苦笑いを零す。
少し冷たくなってきた風に、彼は上着を脱ぐと、眠っている彼女の体にかけた。
僅かに触れた彼女の体は、思ったより冷たくなっていて、アーサーは少し溜息をつく。

一体どれだけここにいるのか。
昼寝するにも寝すぎだろうと、アーサーはの頬を軽く突付いた。


「…ぬぅ…」

「…クッ…」

眉間に皺を寄せて顔を背けた彼女に、アーサーは小さく噴出す。
軽く悪戯心が芽生え、今度は逆の頬を突付いてみると、は逆に顔を背けた。
だが、彼女の体はそのままズルズルと横に倒れていき、アーサーは慌てて手を伸ばす。
の体を抱きとめた彼は、小さく安堵して彼女の顔を覗き見る。

流石に起きたかもしれない。
そう思ったのだが、彼女は彼の腕にいても、ぐっすり眠っていた。

「普通起きるだろ…」

平和そうな寝顔に、アーサーは苦笑いを零す。

トレーニングで疲れているのだろう。
熟睡している彼女を起してしまうのは、少し可哀想な気がした。

「少しだけだからな?」

囁くと、アーサーはを起さないように抱えなおし、壁に背を預ける。
僅かに感じた肌寒さに、腕の中の彼女で暖をとりながら、彼は彼女の髪にそっと口付けた。


こんな姿を誰かに見られたら、間違いなく騒がれるだろう。
だとしても、そんなの勝手に言わせておけばいい。
元々、を誰かに譲る気など無い。

昨日までなら、それ以外の事など考えなかった。
今は、思考の片隅にいるロベルトが、その考えを阻んでくる。

ロベルトには、見せないほうが良いのかもしれない。
だが、見られたとすれば、自分の意思を彼にはっきりと伝えられる。
けれど、そうなれば…の気持ちはどうなるのだろう。

昨日までは、自分と彼女を繋ぐ糸が、何処かではっきりと見えていた気がする。
自惚れは勿論あっただろう。
だが、それを抜いても、とは何処かで繋がっているような気がしていた。

なのに、ロベルトが動き出した途端、その繋がりが霞んで見えなくなった気がする。
他の誰がに近づいても、こんな風には思わない。
ロベルトが、彼女にどれだけの想いを持っているか。それを知っているからかもしれない。


もし、このままこの戦場で自分が死んだら…。
そう思うことが何度もあった。
そんな時真っ先に思い浮かぶのはの顔で、次いでロベルトの事を思い出した。

自分がいなくなっても、ロベルトが彼女の傍にいてくれる…と。
言葉にする事は無いが、それは暗黙の了解のようになっている。
昔一度それを言って拒否された事があるが、ロベルトは絶対覚えているだろう。

彼ならば、を託しても信頼できる。
その思いがあったからこそ、迷い無く戦い、同時に意地でも帰ってこようと思えた。
もし自分とロベルトが逆の立場でも、同じ事を思うかもしれない。
互いを最後の手札にするだけの信頼はあるつもりだ。


なのに、どうしてだろう。
そのロベルトが僅かに己で動いただけで、不安定な場所に立っている気になる。

自分を取り囲む世界が、確かなものだと分っているはずなのに、今にも崩れていきそうな錯覚。
今腕の中にある彼女の存在さえ、気を抜けば掻き消えてしまいそうな気がした。


「…どうしたもんだろうな?


苦笑いで聞いてみても、彼女は寝息を立てるだけ。
けれど、そんなの姿が、彼女の名を呼ぶ事が、波立つ心を穏やかにしていった。
彼女の温もりが、胸の奥まで伝わるようで、アーサーは頬を緩める。
眠り続ける体をそっと引き寄せ、包み込む腕に少しだけ力を込めた。

唯一つ確かなのは、どんな形であっても、彼女を失いたくない事。
が傍にいなくなる事も、触れる事が出来なくなる事も、考えるだけで息が苦しくなる。
この手が彼女に届かないと考えるだけで、歩き方さえ忘れてしまいそうな気がした。


「お前が誰と一緒にいても、俺は何も言わない。…でも、何とも思わないわけじゃない」


日は沈み、吹き抜ける風が夜の気配を纏い始める。
温かさに身を摺り寄せたに、アーサーは彼女の体を引き寄せ、その額に唇を落とした。







「え、えぇぇぇぇ!?」
「何でそんな悲鳴上げるんだ…」

数十分後、目を覚ましたの第一声に、アーサーは思わず顔を顰めた。
バッとアーサーから離れたは、彼を凝視したままプルプル震えている。

「…そんなに嫌なのか?」
「ち、違う!そうじゃなくて!だって、起きたら顔が傍にあるし!何か、何か…びっくりして!」

「……………」
「本当だよ!嫌なんて全然思ってないよ!暖かくて寝心地良かったからー!」

「…その言い方も複雑だな…」
「え、そう?でも本当だよ?」

「…わかった」


良い毛布ぐらいにしか思われていないような言い方たが、これ以上彼女を困らせるのも可哀想だ。
不満は残るものの、一応納得したアーサーは、立ち上がっての手を取る。
東の空に浮かんだ月と、姿を見せ始めた星に、彼女は目を丸くして辺りを見回した。


「今、何時くらい?」
「さあな。お前、いつから…ってか、何でこんな所で寝てた?」

「…アーサー待ってた」
「何か用でもあったのか?」

「…用が無くちゃ、待ってちゃ駄目なの?」
「いや…。でも、危ないから、外で寝るのはやめとけ」

「うん………」


手を引かれて歩きながら、は彼の背中を眺める。
勝手に待っていたのは自分だが、少しぐらい詫びるとか、嬉しそうにするとかしてもいいじゃないか。

眠っている間、傍にいてくれた事は嬉しかった。
だが、それにしてもこの態度は、素っ気無いにも程がある。

アーサーの注意は最もだが、あまり素直に聞く気になれない。
カーフェイやロベルトだって、もっと優しい事を言ってくれるのに……本当に彼は自分の事が好きなのだろうか。


「アーサー」
「ん?」

「…それだけ?」
「…………」


不満そうな声に、アーサーは足を止めて振り向く。
じっと見上げてくる彼女の姿に、『可愛いな…』と、暢気な事を考えながら、頭の中で言葉を探した。


「…俺以外に見つかってたら、襲われてたかもしれないぞ」
「………………」


それ…どういう意味?


『襲われる』という意味ぐらいはわかる。
だが、『俺以外だったら』とはどういう意味だろう。
つまり、アーサーは襲ったりしないという事だろうか。襲わない…襲う気が無いという事だろうか。という事は、女として見られていないという事だろうか。彼女なのに。


「…………何それ」
「何って…」


そのままの意味じゃないかと、アーサーは首を傾げる。
は益々不機嫌な顔になっていくが、彼には何故彼女が怒るのか理解出来なかった。

自分が言った事は何か間違っているのか。いや、間違っているはずはない。

いくら仲間と言っても、ここは男所帯だ。
数少ない女性が無防備にしていて、何かされないという保障はゼロではない。
だってそれぐらいわかっているはずだった。

じゃぁ、『俺以外』の言葉が気に食わなかったのか?
確かに、これは仲間を信頼していないような言葉だが、気をつけるに越した事は無いだろう。

自分は唯一を襲っても良いと言える立場にいるが、何が楽しくてわざわざ惚れた女に嫌われる事をしなければならないのか。
そもそも、自分は外で事に及ぶような危ない趣向は持ち合わせていない。


…………もしかして、襲ってほしかったのか?
いや、まさか…。


そう思いつつも、一瞬脳裏に過ぎった桃色の妄想に、アーサーは思わずから視線を逸らす。
だが、その拍子に現実からも意識を逸らしてしまったのか。
頭の中には、のあんな姿やこんな姿が、意思とは関係なく浮かんできた。
繋いだ掌に、妙な汗までかきそうだ。


「とにかく、中に入るぞ。このままじゃ、風邪ひくだろ」
「…………」


手を強く引いて歩き出した彼に、は空いた手を握り締めた。
言葉が足りていないのも、その上で肯定されたわけでもないのはわかっている。
だが、不機嫌になっているのが分っているのだから、「どうしたんだ」とか言うのが普通ではないだろうか。
それとも、この態度は本当に、自分を襲う気も起きないという表れか……?
しかも、昼間自分とロベルトが此処にいたことを知っているはずなのに、嫉妬しても見せない。
それどころか、アーサーは何処か機嫌が良さそうにさえ見える。


「……アーサーは…」
「ん?」

「私の事なんか…どうでもいいんだ…」
「は?」


不貞腐れた声に、アーサーは眉を寄せて振り向く。
何がどうしてそんな言葉が出てくるのか。会話と会話の線が全く繋がらない。


「好きだって言ってくれたのに…全部嘘だったんだ…」
「待て。何でそうなる」


完全にヘソを曲げているらしいは、口をヘの字にして睨んでくる。
八つ当たりもしなければ、理由も無く怒る事のない彼女だ。
多分、自分に何かしらの非があるのだろう。
とはいえ、それに当たるような事を言った覚えは無かった。
何に怒っているのかわからなければ、謝りようも、宥めようも無い。

手をこまねいてるアーサーに、は彼の手を振り払うと、その横をすり抜けた。


!」
「どうせ私が何してたって、アーサーは何も言ってくれないんでしょ…」

「…は?」
「いいよもう。私は私で勝手にやるから!」

、ちょっと落ち着け!」


1人で行ってしまおうとする彼女を、アーサーは慌てて止める。
だが、腕を掴んだ手はまた振り払われてしまって、彼は仕方なく彼女の肩を掴んだ。
それさえ振り払おうとするを、半ば無理矢理振り向かせると、アーサーは身を屈めて視線を合わせる。

顔を背けた彼女に、溜息をつきたくなるのを押さえながら、アーサーは今の会話を頭の中で繰り返した。


「………」
「…何?私、もう部屋に戻りたい」


ここまでヘソを曲げるのは珍しいな…。

現実逃避なのか、暢気な事を頭の隅で考えながら、アーサーは彼女が怒り出したタイミングを考える。
となると、やはりあの言葉に原因があったとしか思えない。

「……、お前…」

まさか、まさかと、何度か頭の中で考えるが、他に答えらしいものが見つからなかった。
もしそれで正解なら、…嫌いにはならないが、への見解を少々改めなければならないだろう。

それはそれでいいような、しかしちょっと困るような、しかしやっぱり嬉しいような…。

何とも言えない気持ちの中、阿呆のように正直な自分が、瞳に期待の色を映す。
想像してもいないのに、少しだけ熱くなってきた体は、頭のネジが飛んできているからだろう。


「もしかして……俺に、襲ってほしかったのか?」




変態がいる。



アーサーの声で紡がれた、意味不明の単語達に、は本気で耳を疑った。
ギギギと音がしそうな動きで首を動かし、じっと見つめる彼と視線を合わせる。

平素ならドキリとする顔の距離が、今だけは別の意味で脈拍を上げていく。
まっすぐに見つめる彼の瞳には、何か期待するような輝きがあり、その頬は僅かに紅潮しているように見えた。


「どうなんだ?

どうもこうも…

「…お前がそうしたいなら、俺は受け入れる」

そんな事期待してないから受け入れないで!

「どんなお前だって、それがお前なら、俺は全力で答えてやる」

全力でいりません!!


本気の目で言うアーサーに、は口を開けたまま震え出す。

否定しなければと思うのだが、一体どう言ったらいいのかわからない。
ハッキリ言っても良いのか。だが、それはアーサーを傷つけることになるのでは…?

そもそも、何故『アーサーは何も言ってくれない』という言葉から、『襲ってほしいのか?』になるのか。
その経緯がわからない。全くもってわからない。

まさかアーサーは自分が何を言いたいのか考えて、『襲いたい』という結論に行き着いたのだろうか。
触れたいだとか、抱きたいだとかならまだ分かるが、『襲う』ともなれば意味も行為も全く違ってくる。

よもや彼はそういうのが好きなのか?
一見冷たそうだが、実は懐が広くていい兄さんタイプなアーサーは、そういう趣味趣向を持っていたのか?


じっと答えを待つアーサーの前で、は彼への見解を改め始めていた。


…」


沈黙する彼女に、アーサーは焦れたように名を呼ぶ。
瞬間、はビクリと震えて、怯えた目になった。

暗がりでもわかるほど紅潮しているアーサーの頬。
何処か虚ろな瞳は僅かに潤んでいて、静かな呼吸すら、何処か乱れている錯覚を覚える。

だが、状況が状況だけに、は正直にトキメくどころか身の危険を感じていた。
乱暴な態度も、粗暴な言葉もないだけに、逆に恐ろしい。

がそんな風に思っていると知らないアーサーは、いつまで経っても答えない彼女を根気よく見つめていた。
熱に浮かされるようにボンヤリした頭で、夜風の冷たさと身体の熱さに奇妙さを覚える。
少しだけ顔を背け、ムズつく鼻をスンッと啜ると、彼は再びと視線を合わせた。


…どうなんだ?」
「……ア…」

「俺に、襲われたかったのか?」
「アーサーの…変態ー!!」


悲鳴のような叫びと同時に、バチーンという音が夜の庭に鳴り響く。
の平手を見事に食らったアーサーは、小さく呻き声をあげると、そのまま地面に転がった。

そのまま逃げてしまおうとしていただったが、予想以上の攻撃力に、驚いて彼を見る。
せいぜい体勢を崩す程度だと思っていたはずが、彼は受身もとらずに倒れてしまった。

クリティカルヒットになったのだろうかと考えつつ、はアーサーの顔を覗き見る。
だが、彼は起き上がるどころか、顔を上げる事もせず、虚ろに視線を彷徨わせるだけだった。


「…え、アーサー…大丈夫?」
「……………」

「アーサー?ねぇ、アーサー!?」


返事をしない彼に、は慌てて膝をつく。
名を呼びながら肩を揺らしてみるが、アーサーは虚ろに視線を向けるだけ。
赤い顔と、苦しそうな息に、まさかと思って額に手をやると、そこはかなりの熱をもっていた。


「ア、アーサー!!ねえ、しっかりして!アーサーー!!」
、どうしたんだぁ?アーサーがどうかしたかー?」

「ふわっ!ジョ、ジョヴァンニ、熊かと思った!って、そうじゃないよ。アーサーが倒れたの!熱があるのー!」


の悲鳴を聞きつけ、ひょっこり森から出てきたジョヴァンニは、二人の姿を見てガハハと笑う。
笑い事じゃないと怒る彼女に、彼はニンマリ笑うと、その頭をガシガシと撫でた。
上着をアーサーにかけると、ジョヴァンニは彼をヒョイと担ぎ上げる。


「何で、アーサー、さっきまで全然平気そうだったのに…」
「最近かなり忙しかったからなー」

「でも、昨日はピンピンしてたよ…何で私気づかなかったんだろ…」
「それだけじゃねえって。夜に何時間もシャツ1枚で外にいれば、風邪だって引くんじゃねぇか?」

「何でそんな格好…」
「んー?…そりゃー、が大事だからなんじゃねえの?」


言って、ツンと肩を突付かれたは、自分が着ている物に気がついた。
暗いせいで見えなかったし、アーサーがいる事に頭がいっぱいで気づかなかったが、自分が着ている上着はかなり大きい。


「……これ…」
「ま、自分が風邪ひいてりゃ世話ねえけどな〜」


軽く笑ってアジトに入るジョヴァンニの横で、は自分が着ているアーサーの上着を握り締める。

どうして起きた時にすぐ気づかなかったのだろう。
そしたら、ヘソを曲げて彼を突っ撥ねたりしなかったのに…。

彼に言ってしまった言葉を思い出して、は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「言ってくれればよかったのに…」
「言わねぇって、アーサーは」

「寒いなら途中で起してくれても良かったのにさ…」
「小さな幸せってやつだったじゃねえのか?アーサーにとってはよ」


目を伏せているアーサーの顔を覗き込み、は小さく溜息をつく。
既に寝息を立てている彼は、少しだけ幼く見えて、彼女は小さく笑みを零した。




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