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Crown or Clown 04



「納得できねぇ…」
「え?な、何かおかしかった?」


不機嫌そうに呟いたアーサーに、カーフェイは驚いて振り向く。
周りを見回す彼に、アーサーは何でもないと返し、生い茂る緑を掻き分けた。

慌てて追ったカーフェイは、再度周りをよく見回す。
アーサーが言うような、納得出来ない部分は無いようだが、念には念をと、周囲への警戒を強めた。

木々の間から見えるアジトは、まるで幽霊屋敷のよう。
元は大きな洋館だったようだが、打ち捨てられて久しいそれは、人が住んでいるとは思えない有様だった。

初めて訪れた時は、ガイ達と幽霊が出るんじゃないかと騒いだものだ。
毎日が肝試しだと冗談を言っていたが、今となっては、幽霊より恐ろしい人々が住み着いている。
恐らく、ここは世界で一番の恐怖スポットだろう。

周囲に張り巡らされた罠を確認しながら、アーサーは決められたルートを進んで行く。
一つでも忘れて引っかかったら、間違いなく命を落とす見回りは、何度やっても恐いものだ。


「なあアーサー、何かあったのか?」


残り最後の罠を確認するアーサーに、カーフェイは疑問に思っていたことを口にする。
ちらりと振り向いたアーサーは、暫く考えると、服についた埃を払った。

「…ちょっとな…」
「アーサーさんの悪い癖その1、何でも腹に溜め込む所!一人で解決できる事には限界があります!」

「カーフェイ…」
「その2、心配してる人間に何も言ってくれない所!余計な心配させまいとする気持ちは、時に逆効果…」

「カーフェイ、わかった。言うから」


大声で欠点を言ってくる彼に、アーサーは溜息をついて腰を上げる。
笑顔になったカーフェイに、彼は苦笑いを浮かべて、屋敷の方へ足を向けた。


「大した事じゃ、ないんだけどな…」
「小さい事なら、アーサーはそこまで悩まないだろ」

「…別に、悩んでるってほどじゃない…」
「じゃ、そういう事にしとく…って、あれ、ロベルトとじゃん」

屋敷の庭に見えた二人に、カーフェイが声を上げた瞬間、アーサーの眉がピクリと動いた。
いつもと違う反応に、カーフェイは少し驚き、彼の不機嫌の理由を予感する。



そんな二人に気づいていないとロベルトは、仲良く庭を歩いていた。
と言っても、今日のトレーニングを終えて、休憩場所を探しているだけなのだが…。


「別に外じゃなくても、部屋でも休めるじゃないか」
「そうだけど、天気いいから外のほうが気持ちいいいでしょ?」

「此処じゃいつ邪魔が入るかわからないよ?」
「じゃ、邪魔って何の……?別に人がいても、休めると思うけど…」

がそうしたいなら、仕方ないね」
「ありがとーございまーす」

笑顔を向けるロベルトに、ヘラリと笑いながら腰を下ろす。
自然のままに生えた草は、ロベルトの股下辺りまで伸びている。
隠れ鬼をしているようだと頬を緩めた彼は、のすぐ隣に腰を下ろした。

手を伸ばさずとも触れられる距離に、彼女は少し目をやる。
だが、気にした様子が無いロベルトの様子に、は自分も気にしない事にした。






「あああああああれなんだよ!?アーサー、どういう事!?」
「俺が知るか…」


あら、メッチャ機嫌悪…。

ギリッと歯を噛み締め、二人が居る場所を睨むアーサーに、カーフェイはどうしようかと考える。
二人の頭はギリギリ草の中から見えているが、その距離は非常に近い。
いつの間にこんな事になっているんだと混乱しながら、カーフェイは二人の様子を注意深く観察した。
二人の会話は聞こえないが、時折笑い声が聞こえてくる。
普通といえば普通なのだが、場所が場所だけに良い雰囲気だとしか思えない。


「アーサー、とりあえず、様子見よう。ヤバくなったら止めに行こう」
「話してるだけだろ…」

「何かあったらどうすんだよ!ほら、立ったままじゃ見つかるから、腰低くして!」
「お前な…」


身を屈めるカーフェイに服を引っ張られ、アーサーは渋々姿勢を低くする。
ふざけているのかとカーフェイを見てみるが、彼の目はかなり本気で、アーサーは小さく溜息をついた。

が誰かとトレーニングする事も、外を散歩する事も、いつもの事だ。
偶々今日はロベルトと一緒で、昨日の事があったから気を引かれているだけ。
珍しい事なんて何も無い…あるわけがない。

…俺は…、気にしてなんかない…。

「アーサー、顔、恐い」

身を離して言うカーフェイに、アーサーはじろりと彼を見る。
睨まれて、ビクリと肩を震わせたカーフェイは、逃げるようにアーサーから視線を逸らした。


「そんなに嫌なら邪魔しにいけば良いのに…」
「何か言ったか?」

「いえ、何も…」


何で俺が怒られんの?!

理不尽だと心の中で叫びながら、カーフェイは再び達を観察する。
二人の笑い声は絶えず、疚しい事をしている様子は無いが、彼は何処か面白くなかった。

もしあそこにいるのがアーサーだったなら、カーフェイだって大人しく諦める事は出来た。
だが、それがロベルトとなると、どうにも納得出来ない。
ロベルトを突き飛ばしてを連れて行きたくなる。

「とりあえず、話が聞こえる場所まで近づこう」
「…お前一人で行け」

「何でだよ…気になんないのか?」
「これぐらい平気だ」

「…すっげぇ恐い顔して、平気も何もねえじゃん…」
「突っ込むのもいいけど、耐える事も大事だ」


くしゃりと頭を撫でてきたアーサーに、カーフェイは口を尖らせる。
子ども扱いされ、少しだけ頬を染めた彼は、アーサーに聞こえない声で『五歳しか違わねぇのに』と呟いた。


「お前が心配する事ない。それに、俺だって引く気なんか無い」
「じゃぁ動けって」

「……俺は、お前らの事も好きなんだよ」
「………何だソレ…」


鋭くなっていた目元を緩めたアーサーに、カーフェイは少し照れながら溜息をつく。
『俺もアーサーの事愛してる』と言ったカーフェイに、アーサー微妙な笑顔を返して傍の木に背を預けた。




「風、気持ちいいねー」
「そうだね…」

覗かれている事など全く気づいていない二人は、暢気に日光浴を楽しんでいた。
まるで老人のようだと思うが、こういう長閑な時間は嫌いじゃない。

ちらりと隣に目をやると、気づいたが笑顔を向けてくれる。
自然と緩んだ頬に、僅かな熱を感じて、ロベルトはさり気無く彼女から視線を移した。

頬を撫ぜる風は、草の上を滑り、心地良い音色を奏でる。
深い緑に囲まれた景色の中、視線を遠くに向けてみると、僅かに秋の色を纏う山の頂が見えた。
巡り行く季節は、瞬く間に自分達を追い抜いて行く。
置き去りにされるような錯覚の中、確かに時を歩んでいる自分が、不思議に思えた。


「もうすぐ…かな」
「何が?」

「…初めて、に好きだって言った季節」


ほんの少し前だと思っていたのに、気づけばもう思い出になっている。
真っ赤になって目を見開くに、その時の姿が重なって、ロベルトは目を細めた。

「ジュノンに行く前…学校の屋上でさ…」
「屋上って…アレの事?なんだ、紛らわしいなぁ…。友達としてって意味の、ね」

友人として…好きだ、と。
そう言う事で逃げた時の事、今でもよく覚えている。
最初で最後。一生で一度だけ。その先に残された時間が長くないと思っていたから、言えた言葉だった。

もしかしたら、彼女は忘れてしまったかもしれないと思っていた。
それならそれで良いかもしれない、と…そう思っていたのに…

「不思議だね…」
「何が?」

「…何処かで、忘れて欲しいって思ってたのに…。が覚えててくれた事が……、凄く、嬉しいと思ってる」


どうしてだろう。
柔らかく笑うロベルトが、とても眩しく思えた。
胸の奥でコトリと動いた何かが、少しだけ懐かしい。
どうして?と、その感覚の先を探せば、あの日、屋上で聞いた彼の声が思い出される。

『いつか』『また』そう言えなくなる時が来たら…。

その言葉に感じた不安と予感は、あの頃の彼が時折見せた憂いと共に、いつの間にか消えていた。

もう、彼は大丈夫。

そんな言葉が自然と浮かんできて、どうしてかは分からないのに、ホッとする。
温かくなった胸の奥が、穏やかな鼓動を少しずつ早めていく。
それが何か、知っているような気がするのに、考えてはいけない気がした。


「忘れるわけないじゃん。ビックリしたんだからね、あの時」
「…少し、紛らわしかったからね」

「本当だよー。懐かしいなー…」


空を見上げて言うに、ロベルトは小さく笑う。

何も言わなければ、彼女はずっと本当の事には気づかない。
それに少しだけ寂しさを感じるが、胸を掠めた小さな痛みさえ、心地良く…愛しく思えた。

天上に広がる青も、降り注ぐ光も思い出とは違うのに、心が遠い日と重なっていく。
今尚変わらない想いは、しがらみが無くなった今、何より自由なのかもしれない。

いつだって、彼女を求めたい時は、最初で最後の予感が付きまとう。
今の自分には、あとどれだけの時間が許されるのだろう。

願わくば、刹那でも長く…

遠い日を手繰り寄せるように、過去を塗り替えるように。ロベルトは、彼女の手を包んだ。


「君の中で…」
「え?」

「それが、思い出になっても…どんなに過去になっても……僕は、変らない」
「…ロベルト?」


触れる手に緊張しながら、少し驚いた顔で見上げてくるに、ロベルトは微かに瞼を伏せる。
踏み込みすぎただろうかと、僅かに揺らめく心さえ、過去と重なってしまう。

けれど、もう思い出の中には帰れない。

彼女の手を、少しだけ強く握って、揺れる瞳を見つめる。
片方の手で、そっと彼女の頬を撫ぜ、風に遊ばれる髪に触れた。


「だから…ね、…ずっと……、今までも、きっと、これからも……」


少し離れた場所の草が、風の後にカサリと揺れる。
それに僅かばかり気を引かれながら、ロベルトはと視線を重ねたまま、柔らかく目を細めた。


「僕は、君が好きだよ」


立ち止まれるからこそ、言える言葉だった。

一瞬目を見開き、瞬く間に頬を染めたは、すぐにクスクスと笑い出す。
思ったとおりの反応に、ロベルトは少しだけ表情を緩め、彼女から手を離した。


「ロベルト、また紛らわしい言い方して…」
「そう?」

「さっき自分で言ってたじゃん。他の人が聞いたら誤解するよ?」
「僕は、別にいいけど?」

「何言ってんのー。もう、誤解されたらロベルトだって厄介でしょ?ちゃんとガイとか、カーフェイとか、皆と同じように好きだって言わなきゃ…」
「嫌だな、それぐらい分ってるよ」

「だったら…」
「分ってて、言ってるんだけどな」

「……へ……?」


目を丸くしたに、ロベルトは柔らかく微笑む。
呆然とする彼女は、多分思考が停止しているのだろう。
こういう所は変わらないな…と、暢気な事を考えながら、彼はぐっとに顔を近づけた。


「僕は皆が好きだよ。勿論の事もね。でも、君だけは…」
「………」

「特別な意味で、そんな風に思ってる」
「…………」

「…そう言ったら、どうする?」


の額に自分のそれを軽く重ねながら、ロベルトは問いかける。
耳まで赤くなった彼女の額は、徐々に熱をもってきた。
薄く開かれた唇は、何度か動くが声を出さず、呆然とする瞳も瞬きだけを繰り返す。

揺れた草が、大きく動き出す前に、ロベルトは口を押さえて彼女から離れた。


「ぶふっ!」


突然噴き出したロベルトに、は目をぱちくりさせた。
停止した思考のまま、彼の姿を目で追えば、ロベルトは俯いて肩を震わせている。


「ロ、ロベルト…?」
「…く…くくく…!」


…笑っていらっしゃる…。

唖然とするを横目に、ロベルトは必死な様子で笑いを抑えていた。
漸くからかわれたと気づいた彼女は、今度は恥かしさに顔を真っ赤にする。


「か、からかったの!?」
「ゴメ…ぶくく…」

「ロベルト〜〜!」
「ぐっ…アハハハハハハハハ!!」


彼女が怒りを爆発させると、彼は声を上げて笑い出した。
一瞬本気にした自分が馬鹿みたいで、は口を尖らせてロベルトを睨む。

「酷いよ!凄いビックリしたんだからー!!一瞬本気にしちゃったじゃん!もう、馬鹿!ロベルトの大馬鹿!ド馬鹿!」
「ごめんごめん。でも、結構本気だったかもしれないよ?」

「もう引っかかりません!」
「残念だな」


そっぽを向いたに、ロベルトは小さく肩を竦める。

からかい過ぎたとは思わない。今は、これで良かった。
悩ませたくて、傍にいるんじゃない。

ちらりとこちらを見たに、困ったように笑って見せると、彼女も同じように笑い返してくれる。

それだけで十分だった。





『アーサー』
「…………」

『なあ、どうすんだよ』
「………」


二人の会話を聞いて戻って来たカーフェイは、腕を組んで目を伏せているアーサーに詰め寄る。
声は聞こえていなくても、二人が良い雰囲気だった事ぐらいはわかるだろう。


『このままじゃとられちゃうぞ!』

達がいる方をしきりに振り向きながら、カーフェイは声を抑えて言う。
膨れっ面の彼をちらりと見たアーサーは、小さな溜息をついて立ち上がった。

ロベルトと勝負か!と、カーフェイは続いて立ち上がる。
ところが、アーサーは勝負どころか、達とは逆の方向に向かって歩き出した。


「ア、アーサー!?何処行くんだよ!!」


呼ぶ声に振り向きもせず、アーサーは森の奥へ消えていく。
ガシガシと頭をかいたカーフェイは、溜息をついて、達の方へ振り向いた。

思わず大きくなってしまった声で、二人も自分達の存在に気が付いている。
呆然とこちらを見るの隣には、さして驚いた様子のないロベルトがいた。


まさか、気づいててやったのか…?


だとすれば、どんな意図があったのか。
他にも問い質したい事は沢山あるが、がいる手前、ここで聞くわけにもいかない。
ズカズカと二人に歩み寄ったカーフェイは、ロベルトの腕を掴んだ。

「ちょっと顔かせ」


ロベルトを無理矢理立ち上がらせると、カーフェイは彼の返答を待たず歩き始める。
こうなる事を予想でもしていたのか。ロベルトはに先に戻るよう言うと、大人しくカーフェイについていった。

人気がない場所までつくと、カーフェイは足を止めてロベルトの腕を離す。
振り向いたカーフェイの目は険しく、ロベルトはやはりと思いながらいつもの笑みを作った。


「お前何考えてんだよ」
「やっぱりカーフェイはそうきたか…」

「…質問に答えろよ」
「もちろん、ちゃんと答えるよ?」

状況が分っているはずなのに、ロベルトは笑顔でカーフェイを見つめている。
何処かノホホンとしている空気は、毒気を抜くようで、カーフェイは項垂れながら額を押さえた。

「ロベルトさぁ、二人の気持ちわかってんだろ…?」
「勿論。だから、こうして動いてるんじゃないか」

「…は?」

訳がわからないという顔のカーフェイに、ロベルトはクスリと笑みを零す。
よくよく素直な友人だと思いながら、彼はアレンに言った事と同じ内容を話した。
さして長い話ではないが、進むにつれてカーフェイの顔色がどんどん変わっていく。
苦い顔や呆気にとられた顔を繰り返した後、彼は呆れた顔でロベルトを見ていた。


「…お前、本当……いや、何でもね」
「ふふっ。協力してくれる?のために…」

「…わかったよ」
「よかった」


項垂れるカーフェイに対し、ロベルトはニコニコ笑っているだけ。
言い包められているのは自覚しているが、こういう顔のロベルトは、ある意味暴走しているガイより性質が悪い。
それを知っているカーフェイは、この期に及んで止めようという気にはならなかった。

話は終ったとばかりに、ロベルトは歩き出す。
その背中を、何とも言えない気持ちで眺めていたカーフェイは、ふと思い出した事を口にした。

「なあ、ロベルト。最後に1コ聞いてもいいか?」
「何?」

「さっきに言った言葉、どこまで本気だった?」
「………どこまでだろうね?」

返答次第では、協力するのをやめようかと考えていた。
だが、ロベルトの答えはどちらとも受け取れるもの。
暗に『あまり突っ込んでくるな』と言われ、カーフェイは肩を竦めて答えを諦めた。



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