次話前話小説目次 



Crown or Clown 02



天を覆う暁が、白へ、青へと変わっていく。

ぼんやりしたまま朝を迎えたは、廊下から聞こえた人の声にベッドから起き上がった。
こっそりドアを開いて覗くと、昨夜発った仲間が戻ってきている。
廊下を行く仲間達は、を見て目を丸くしたが、何も言わず自室へ引っ込んでいった。


…アーサーいない…。


もう自分の部屋に入ってしまったのだろうかと、は静かになった廊下に顔を出す。
彼の部屋の方を見ても、扉は既に閉ざされていた。

もしかしたら、まだ来ていないだけかも…。

そんな小さな希望に、はキョロキョロと廊下を見回す。
すると、丁度角を曲がってきたアーサーが、彼女を見つけて目を丸くしていた。


見つかった!!


目が合った瞬間、は慌てて首を引っ込める。


…あれ?何で私隠れてるの?


既に見つかっているのに、今更隠れても無駄だろう。
自分の行動に首を傾げながら、は数秒考え、恐る恐る扉を開けた。


「何してるんだ?」
「わっ!」


扉の前にいたアーサーに、は驚く。
目を大きく開いて飛び跳ねた彼女に、彼は声を抑えて笑い出した。


「何で隠れる?」
「な、何でだろ?」

「…さては、疚しい事でもあるな?」
「…え……べ、べ、別に?何にも…」


ニヤリと笑った彼の言葉を、はすぐに否定しようとする。
だが、昨夜のロベルトとの事が頭を過ぎり、答えはたどたどしいものになった。
自然と温かくなっていく頬に、はわけがわからず首を傾げる。

そんな彼女の反応に、アーサーは引っ掛かりを覚えた。
だが、それは些細なものでしかなく、実際はあまり気にしていない。
ただ、妙に慌てる彼女を見ていると、少しだけからかいたくなってきた。


「…怪しいな」
「あ、怪しくないよ。別に何も無かったし…」

「本当か?」
「本当だってば。うん、本当」

「…うーん…怪しい」
「アーサ…ふぎっ!」


ニヤニヤ笑うアーサーに、は恨めしげな目を向ける。
すると、彼はサッと手を伸ばし、彼女の鼻をかるく抓んだ。
悲鳴を上げて離れたは、鼻を押さえてアーサーを睨むが、彼はクスクス笑うだけ。
口を尖らせようとすれば、すぐに彼は唇に手を伸ばしてきて、はムッと口元を引き締めた。


「大分勘が良くなってきたな」
「分かりやすすぎですー」

「分かりやすくしてるからな」
「…くっ…」


悔しそうな顔をする彼女の頭を、アーサーはグシャグシャと撫ぜる。
不意に瞳に入った光に目を細めると、窓を覆う蔦の合間から、朝の光が差し込んでいた。


「ずっと起きてたのか?」
「少し寝たけど、目、覚めちゃって」

「そうか」
「うん。あ、言い忘れてた。おかえり、アーサー」

「今更だな…。ただいま」
「アーサーがからかうからだよ」

「お前が変な行動してるからだろ…」


確かにその通りだと思いながら、はわざとらしく視線を逸らす。
小さく笑った彼は、彼女の乱れた髪を指でなおすと、少しだけ紅に染まった頬に触れた。


「次から、俺達の任務のメンバー決めるのがジョヴァンニになる」
「大丈夫かな…」

「あのな…、ジョヴァンニ…結構頭いいんだぞ。字間違えるけど」
「そうだったっけ」


友人に対して失礼な…。

素で酷い事を言うに、アーサーは少し呆れた顔をした。
小さい仕事なら、面子選びは任せられる事が多い。
昨日まではアーサーがその仕事をしていたが、万が一の事を考え、仕事は全員一通り回される事になっていた。

アーサーも考えがあってジョヴァンニを選んだのだが、端からこんな言葉を出されるとは…。
少しだけジョヴァンニを可哀想になった。


「だから、…希望があるなら、ジョヴァンニに言え。いいな?」
「わかった」

「…じゃ、俺はもう行く」
「うん。おやすみ」


朝日の中で就寝の挨拶をすると、はアーサーを少し見送って扉を閉めた。
徐々に明るくなってきた室内に、何度か瞬きを繰り返すと、彼女はゆっくりベッドに横たわる。

彼が言った『希望はジョヴァンニに言え』とは、昨夜した会話を考えての言葉だろう。
てっきり聞き流されるだけかと思っていたが、ちゃんと聞いていてくれていたらしい。

毛布を手繰り寄せながら、はアーサーが触れた頬を指でなぞる。
温みがある肌は、まだ少し赤くなっているような気がした。

彼が自分の事を考えてくれている。
それだけで、嬉しいような、恥かしいような気持ちになる。
自然と緩む頬は、考えれば考えるほど熱くなってきて、は頭から毛布を被った。








「ねぇマイラ…」
「なぁにー?」

「私…やっぱりアーサーが好き…」
「あー、知ってる知ってる」


窓の外を眺めて呟くに、マイラは化粧する手を止めないまま答える。
そのぞんざいな返答に、は少しむくれるが、対するマイラは背を向けたままだった。

「マイラが冷たい…」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。アタシは慈母の女神以上に優しい女よ?」

ツッコミを入れる気になれず、はゴロリと寝台に横になる。
鏡越しにマイラと目があったが、は気にせず瞼を伏せた。

さぁ、アーサーが好きつってるけど…」
「うん」

「じゃぁ、何で昨日の夜ロベルトと抱き合ってたの?」
「プヒィィィィ!?」


マイラの口から出た予想外の言葉に、はガバリと起き上がる。
朝方のアーサーで頭がいっぱいだったは、その事をすっかり忘れていた。
顔を赤くして口をパクパクさせる彼女に、マイラは振り向いてニヤリと笑うと、の寝台に腰掛けた。


「やっぱりアンタだったのね」
「あああああのですね?あれは別に抱き合ってたとかじゃなくてですね?ロベルトさんがいきなりこう…その…ってか、何で知ってるの!?」

「たまたま通りかかっただけよ。それにしても、まさかアンタがロベルトがねぇ…」
「信じてよ!私、全然そんなんじゃなくて…!本当、何か良くわかんないけど、ロベルトが…ロベルトがぁぁ〜〜!!」

「アンタを抱きしめてきたって?」
「そ、そう!そうなんですよ!いや、でもロベルトの事だし、多分他意はないと思うんだよね?恐らくこう…月の重力にヤラれたとか、真っ暗だったから恐かったとかで、奇天烈な方向にネジが飛んだんじゃないかと思うわけよ!」

「…ふーん」
「ホラ、こんな状況だし、多分欲求不満とか、目の前にいたからとか、そんな感じで、おかしくなっちゃたんだと思うよ?!友情が溢れちゃってったとかさ!?じゃなきゃ私なんか相手にしないって!」

「そうかしら?」
「そうだって!そうに決まってるって!!」
「ふーん、はそういう風に受け取ったんだ」


突然聞こえた声に驚いて部屋の入り口を見れば、困ったように笑うロベルトがいた。
真っ赤な顔で焦るは、慌ててマイラに目をやるが、彼女は無表情でロベルトを見ている。


「入るときはノックぐらいしたら?」
「ちゃんとしたよ。の声で、聞こえなかったんじゃないかな」
「ロ、ロベルト、今のは…その…」


慌てていたとはいえ、ロベルトをとんでもない扱いにしてしまった。
誤魔化そうか、素直に謝ろうかとワタワタするを、マイラは呆れ顔で見る。
対する彼は小さく笑うだけで、気にした素振りも無く部屋に入ってきた。


「じゃぁ全部聞いてたのかしら?」
「真っ暗で恐かったっていう当たりからだよ。因みに、僕はが言ったような変な習性は無いからね」
「は…はい。ゴメンナサイ」

「習性云々はさておき…、本当にそうかしらね…ロベルトちゃん?」
「ふふっ。やだなマイラ。ちゃん付けなんて…気色悪いよ、マイラ」
「うーん、確かにロベルトは、『ちゃん』って感じじゃないね。『君』ならしっくりくるけど」

「可愛いわねぇ。それって男の意地かしら?それともボウヤの駄々かしら?」
「あははっ。背丈に見合わない余裕って初めて見たよ。思ったより、滑稽なものだね」
「……え゛…?二人とも、どうしたの…?何か…おかしいよ?」


探るような目を向けるマイラにも、ロベルトは笑みを崩さない。
間にいるは、いきなりの剣呑な雰囲気に、わけがわからず二人の顔を見た。


「アンタが何考えてるか、教えてくれる気は無いのかしら?」
「マイラ、聞いた話だけどね…好奇心旺盛なのは良いことだけど、無闇に首を突っ込みすぎると、そのまま首を切り落とされる事もあるんだって」

「あら、恐い。そうそう、私も聞いた事があるわ。勇敢なのは素晴らしい事だけど、踏み込みすぎると命を落とす事もあるんですって。命拾いしても、道を無くする事もあるらしいわよ」
「へえ。それは気をつけなきゃね」

「ええ。何事も程々が大切よね」
「そうだね」


笑顔の会話なのに、二人の間には冷たい空気が漂っている。
急に互いを威嚇し始めた二人に、はわけが分からないまま冷や汗をかいた。
止めた方が良いと思うのだが、言葉を挟むと恐い事になりそうな気がする。
でも、この空気の中にいるのは絶対嫌だ。

きっとマイラに何か言っても、自分まで威嚇されてしまうだろう。
それを分っているは、絶対自分に敵意を向けないロベルトに、助けを求める事にした。

「あの、ロベルトは、どうして此処に来たの?何か用とか?」
「用が無くちゃ…来ちゃダメかな?」

「え?そんな事ないよ?じゃあ、とりあえず廊下に出よっか」
「うん。それじゃあマイラ。お邪魔したね」


マイラが新たな威嚇を始めないようにと、は逃げるようにロベルトを廊下に連れ出す。
昼食前だからだろう。
廊下には良い匂いが漂っていて、二人の足は自然と食堂に向かっていた。


、今朝、アーサーを待ち構えてたんだって?」
「ま!?そ、そんな事してないよ!」

「そうなの?何か、部屋から顔半分出して、アーサーを部屋に連れ込もうと口説いてたって…」
「シテナイ!シテナイ!!普通に話ししてただけだよ!」

「じゃあ、いい雰囲気になったりとかは…」
「なってません」

「…そっか」


事の詳細まで知らないロベルトは、相変わらず動かないアーサーに溜息をつく。

せっかくの機会なのだから、そのまま食うか唾をつけるかしてしまえばいいのに…。
そう思うが、アーサーはそんな短慮な事をする性格では無いので、仕方ないかもしれない。


「男なら勢いも大事だと思うんだけどね…」
「ロベルトが考えてるような、色気があるような雰囲気なんか無かったよ」

「アーサー、何もしなかったの?」
「……うん、普通…」

「…ふーん…」


ほんのりと熱を持つ頬を、はさり気無く抑える。
何も無いとは言い難い様子の彼女を、ロベルトは特に感情の無い目で見つめていた。


「普通は、そういう時、勢いで押しちゃうものなの?」
「人と関係によるけど…少しぐらいは何かする…かな」

「じゃあ、ロベルトは何かする?」
「任務後だと微妙かもね。でも、二人っきりで、部屋にその子しかいないなら……何かしたくなるかもね」

「そうなんだ…」
「でも、早急な事はしないから、安心していいよ?」

「うん、わかった。………って、ん?何で私に言うの?」
「あ、アレンとガイだ」


首を捻るを無視するように、ロベルトは声を上げる。
特に弁解されなかったので、は気にしなくていいかと楽観的に考えた。
彼と同じように前方に目をやると、食堂に入ろうとしていたアレンとガイがこちらを見ていた。


一方、呼ばれたアレンは二人の顔を見て、少し怪訝な顔をした。
ガイは表情に変化が見られなかったが、じっとロベルトを見つめている。

いつもより近いとロベルトの距離。
ベッタリとくっついているわけではないが、友人というには近すぎる距離だった。
話をしながら自然に近づいたので、本人は気づいていない。例え気づいたとしても、気にしないだろう。

だが、周りの目はそうじゃない。
いくら仲が良いとは言え、の気持ちを知っているロベルトが、そこまで気遣いを忘れるわけがなかった。
目敏いガイと、勘が良いアレンが反応するのは、当然だろう。


「アレン、俺が留守の間に何が起きたの?」
「さあ…昨日までは何も無かったはずだよ」


目の前の光景から目を逸らさないまま、ガイは達には聞こえない声で聞く。
ずっと此処にいたアレンが知らないとなると、今日始まった事なのだろうか。

隠した意図を探るように、ガイはロベルトを見つめる。
だが、それを正面から受け止めた彼は、特に何を言うでもなく、いつもと同じ笑みを返すだけだった。


「…相変わらずだなぁ…」


呟いたガイに、アレンがちらりと目をやる。
それにガイは口の端を上げるだけの笑みを返し、へと視線を移した。


「ガイ、2週間ぶり〜。戻って来てたんだね」
「うん。ついさっきねー…」
、ロベルトと一緒だったんだ…」

「うん、部屋に来たから、そのままお昼食べようと思って」
「へぇ…」
「…………」


じっとロベルトを見る二人に、は少し首を傾げる。
もしかして男同士の話し合いがあるのだろうか。
そう考えると、彼女は先に食事していると言い、一足先に食堂に入る。

引き止めなかった3人は、互いに黙って見詰め合うだけ。
やがて彼らは、無言で廊下を歩き出した。







「単刀直入に言うけど、どういう事?」


人気がない廊下に着くと、アレンは有無を言わせない空気でロベルトに問い質した。
対する彼は、少し困ったように笑い、腕を組んで壁に背を預ける。
反対の壁には、しゃがみ込んだガイが、じっとロベルトを見つめていた。

「いきなりそう言われてもね…」

「…僕、回りくどいの嫌いなんだ。考えてる事、教えてくれる気はあるんでしょ?」
「勿論。それと、二人の勘は、半分合ってると思うよ?」

「ふーん…」


いぶかしむアレンに、ロベルトは穏やかな笑みを返し、小さく咳払いする。

どんな言葉を並べても、きっとガイには、全部分ってしまうだろう。
嫌な時に帰ってきてくれたと、少し酷い事を考えながら、ロベルトはアレンをまっすぐ見つめた。

言葉にしたのは、今のアーサーとの状態と、彼女の気持ち。
が悩んでいるのだと言うと、アレンは今更だと言って小さく溜息をついた。


「それで何でロベルトが悩むわけ?本人達の問題なんだから、放っておきなよ」
「僕だって、今まではアレンみたいに考えてたよ。でも、これ以上はが可哀想で……見ていられないよ…」


成長するにつれ、自他共に放任主義思考になってきたアレンの言葉は、何とも冷たい。
一理あるものの、ちょっとあんまりな反応に、ロベルトは苦笑いを零した。

予想していたとはいえ、本当にこんな返答をされるとは…。
アーサーの事とは別観点で、ロベルトはの事が可哀想に思えてきた。


「だからって…無闇に他人が首突っ込むのは…」
「じゃあ、アレンはが泣いてもいいの?」

「…………」
「友達が悩んでるんだ。力になりたいって…何かしてあげたいって思わないかい?」


押し黙ったアレンに、ロベルトは訴えかけるような瞳を向ける。
暫く考え込んだアレンは、やがて大きく溜息をつくと、ロベルトと視線を合わせた。


「……で?何をすればいいの?言っとくけど、僕、アーサーに嫌われたり、怒られたりするのは嫌だからね」


落ちた。

優しい微笑の裏で、ロベルトはニヤリと口の端を吊り上げる。
アーサーから離れたがらないのは相変わらずだが、それぐらいは問題ない。

「勿論、そんな事はさせないよ。アレンはただ、これから僕が何をしても、アーサーには黙っていて。のためだって言ってほしいんだ」
「……それだけ?ってか、何か胡散臭い気がするんだけど。しかも…何その最後の…?」

「うーん…魔法の言葉…かな?最重要事項でもあるけどね」
「……に変な事しないだろうね?」

「当たり前じゃないか。まぁ、アーサー次第な所はあるけど…」
「……わかった。とりあえず、君の言う通りにしてみるよ…」


疑問を残しながらも納得してくれたアレンに、ロベルトは安堵する。
次は、どう返答してくれるかわからないガイだ。
他の人ならば、ある程度言いくるめて納得してもらえるが、彼だけは全く自信が無い。
妨害する事はしないだろうが、どんな言葉を出されるか。
少しだけ恐くなりながら、ロベルトはガイへと視線を向けた。


二人のやりとりを黙って見ていたガイは、アレンを先に戻らせると、静かに立ち上がる。
服についた埃を払い、溜息をついて髪をかきあげた彼は、睨むようにロベルトを見た。


「ロベルトは、本当に馬鹿だね」
「いきなり酷いな」

「馬鹿すぎて…苛々するよ」


流石に一番付き合いが長いだけあって、彼は自分の考えを全て分ってしまったようだ。
きっと、ガイが自分と同じ事をしても、自分は彼のような言葉を吐くだろう。
それが嬉しくて、不謹慎とは思いつつも、ロベルトは緩んだ頬をなおせなかった。

「何でロベルトが動くの?アーサーだけが問題じゃないだろ。アーサーが動かないなら、が動いたっていい。でも彼女は、それだけ大きく動いてない。彼女を動かさないままロベルトが動くなんて、どう考えたって順番がおかしいんじゃない?」
「ガイ、誰もが君みたいに強いわけじゃないんだ」

「傷つかずに強くなれる人間なんか稀だよ。は、そういう類の人間じゃない」


ガイの言葉はもっともで、ロベルト自身よく理解していた。
そこまで短慮ではない事ぐらい知っているだろうに、わざわざ口にするのはわざとだろうか。
止める気があるようには思えない。
だが、応援する気が無いのも確かだ。
その姿勢がどんな考えから来るか、分ってしまうだけに、心苦しくなる。


「好きで、大切で、だから一生懸命になる。ロベルトのそういう所、俺は好きだよ。でもね、ロベルトはもう少し、自分の事だけ考えたりしていいと思うんだ」
「考えてるよ。十分すぎるくらい…」


いつもの笑みを消さないロベルトに、ガイは顔を顰めた。
どんな言葉を吐き出しても、今の彼はきっと動かない。
諦めを感じるのは容易で、けれどまだ手放したいとは思えない。

先がどうあっても、自分が傷つかないわけがないのに、迷いが無い目を返してくる。
これで、どう止めろというのか。

本当に、こういう時のロベルトは厄介だと、ガイは大きく溜息をついた。


「俺は、より君の方が…時々、見ていられなくなる」
「僕は平気だよ。心配しなくても、大丈夫」

「昔はね。昔のロベルトは、何を無くしても平気な顔してた。何も『大切』にはしなかったから、得る事も、失くす事もしなかった。でも、今は…今の君は昔の君とは違う」
「………」


そこまで自分は見られていたのかと、ロベルトは少しズレた場所に驚く。
確かに昔は、ガイが言う通り、物事全てがどうでも良いと思っていた。
変わったのは、士官学校に入ってからだ。けれど、豹変したわけでもないので、気づかれていないと思っていた。

もしかしたら、ガイは、ずっと昔からそんな自分を分っていたのだろうか。
思えば、彼はであった頃から何かについて自分を巻き込んできた気がする。
普通の子供だからだと考えていたが、もしかしたら全て考えた上での行動だったのか…?
だとしたら、ガイは相当油断出来ない人間だ。
多分今も、自分の心を完全に見透かしてしまっているのだろう。


「…本当に、それでいいの…?」


受け流すはずだった彼の念押しが、いやに重く感じる。
こんなはずじゃなかったのにと、小さく後悔しながら、ロベルトは己の中に出た答えに頬を緩めた。


「僕は、自分が一番後悔しない選択をしたつもりだよ」
「…………」

「心配しないで。今の僕は、昔とは違うから…大丈夫」
「……そう」


微笑む彼に、ガイは僅かに瞼を伏せる。
予想通りすぎるロベルトに、それ以上かける言葉も、その必要も見つからなかった。

いつまで一人で歩くのだろうと、寂しさと同時に苛立ちを感じる。
けれど、助けを求める事を知って間もない今の彼には、まだそれぐらいで良いのかもしれない。


「俺は、傍観してるよ」
「ありがとう」

「でもムカつくよ!」
「いたたたた!」

心中は複雑だろうに、ロベルトは清清しいくらいの笑顔で礼を言う。
それが何だか勘に触って、ガイは彼の頬を思いっきり引っ張った。


次話前話小説目次