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問えば、すぐに応える。 けれどそれは言語ではなく感情そのもののような意思で、返答として受け取るためには理解力が必要だった。 きっと他の人間では、上手くいかないだろう。 いや、昔いたという古代種と、最近蘇らせた彼らの力を持つ者達なら、そう難しくないのかもしれない。 そんな、星との意思の疎通は、生まれた世界で幾度か経験した……否、させられた、クリスタルとの会話……会話?いや、あれは、一方的に意思を脳内に叩き込まれたような状態だったので、会話とは言えない気がする。 とにかく、クリスタルの意思が伝えられた時の感覚に似ていて、それが少しだけ懐かしかった。 Illusion sand ある未来の物語 99 セフィロスを餌にを災厄に立ち向かわせ、あわよくばそれら不穏分子と異物を一掃する。 そんな星の狙いを勘づきながらも、この星にいる限り彼の首に縄がかけられているため、は我を通しつつも、結局は従順に取り引きをする他なかった。 だが今、状況は変わった。 間接的に首輪をつけた異物が、よもやたった10年の間に災厄をあしらえるほどの力を持つとは、星も予想外だったのだろう。 しかも、首輪であるはずのセフィロスも一緒に、である。 この星の上にいる限り、その理から逸脱した力は得られないと高を括っていたら、次元の狭間などという得体のしれない空間に出入りして、簡単に想像を超えられてしまった。 手に余る力を持った存在を、二つも腹の内に住まわせる居心地の悪さと、予定を狂わされた僅かな不快感。 そんな感情が星から伝わってきて、は口の端が吊り上がるのを止められない。 セフィロスと蘇った先に、人としての平穏な営みを求めたために、星はその後もが人であることに固執するだろうと予測していたようだ。 何故、即行で化け物化に磨きをかけるのか。そんな星の負け惜しみが、心地良くて仕方がない。 災厄は蘇らせた古代種達に解決させるから、さっさとこの星から出ていってほしい……なんて、ちょっと切実さが滲む思いを訴える星に、は愉快そうに目を細めると意識を肉体へ戻した。 「……終わったか」 「ええ。只今戻りました」 少しだけ霞む視界に一度強く目を閉じると、はゆっくりとソファから起き上がる。 体から落ちたブランケットを拾ってから、グッと体を伸ばすと、横向きに寝ていたからか肩と背中らゴキゴキと音が鳴った。 「星との会話は、随分楽しかったようだな?」 「ん?どうしてそう思うのですか?」 「ずっと顔が笑っていた。少し意地が悪い笑い方だったが……」 「おや……私の事は、貴方にはすべてお見通しですか」 「あれだけ顔に出ていれば、誰でも分かる。珈琲は飲むか?」 「はい。お願いします」 目を細めて苦笑いしたセフィロスは、読んでいた本をテーブルの上に置くと、冷たくなった自分のカップを持って台所へ向かう。 体の感覚に異変がないか確かめながら、相変わらず雨模様の外を見たは、そのまま壁にかけられた時計に目をやった。 時刻は午後二時半を過ぎたところ。 星に意識を潜らせたのは昼食後すぐだったので、2時間ほど意識を落としていた事になる。 星との対話は、体感では10分程度だが、どれだけ回数を重ねても、その誤差は埋まらなかった。 ライフストリームにいた頃は、その誤差のせいでルーファウスと会うときに何年も時間があいたりした。 今では星と話す用事が殆どないので、そんな心配はいらなくなったが……。 今回は、夜までに目覚めなければ無理矢理でも叩き起こしてほしいとセフィロスにお願いしていた。 当然ながら、そのお願いをした時点で星との接触を渋られたので、数年に1回だからと頼んで何とか許しを得たのだ。 そんな彼の手を煩わせ、余計な心配をさせずに済んで良かったと思う。 その点は、一先ず安心だと密かに息をついていると、戻ってきたセフィロスにカップを差し出される。 砂糖もミルクも既に入っている珈琲に、さすが今の気分を理解してくれていると嬉しくなりながら、は礼を言うとカップに口をつけた。 隣に腰を下ろしたセフィロスのカップの中身は、いつも通りのブラック珈琲だった。 「星の様子はどうだった?」 「当初の目論見が外れ、不満げでしたよ」 「……どういう事だ?」 「星は、災厄の混乱に乗じて私と貴方の事も始末したかったようです。しかし、それが叶わないほど私と貴方が強くなったので、腹が立っているようです」 「……お前が楽しそうだったのは、そのせいか」 「ええ。災厄は蘇らせた古代種に全て対処させてでも、私達にこの星から出て行ってほしい。そう思ってしまうくらいには……」 星から感じた負け惜しみの感情を思い出して、の顔にはニヤニヤと嫌らしい笑みが浮かぶ。 その姿を横目に見るセフィロスは、そんなに手駒にされるのが不快だったのかと考え、しかし彼女が主を選ぶタイプの忠犬だったことを思い出して納得した。 が交わした契約だからと、この世界で暫く生活することを受け入れていたセフィロスだったが、そんなに星が出て行ってほしいと思っているならすぐに星と縁を切って出て行ってもかまわない。 だが、それはそれで、星の我が儘を叶えているようで癪に思える。 「勝手な話だ。だが……せっかくだ。俺は、もう暫く、お前とこの生活を続けたいと思っている」 「私もです。それに、専門職の学校にも興味がありますしね」 「どうせ有り余る時間だ。ここを去るのは、星と人間達が災厄を前に右往左往する様を見てからでも遅くはない」 「そうですね。焦る必要はありませんし、私も、良い時期を見計らった方が良いと思います」 元々、最低でもルーファウスが生きている間はこの星に留まるつもりでいたので、向こう20年ほどはある程度予定を立てている。 約束通り災厄を迎え撃ち、落ち着いてからこの星を去るつもりだったが、それまでは定期的に済む場所を変えなければならないので、色々と面倒だとは思っていた。 だが、星が、その約束を反故にしても良いと思っているなら、こちらも気が楽だ。 ならばルーファウスを看取った後、すぐに立ち去ってやるか。 そう考えかけたセフィロスだったが、笑みを浮かべたままのに目をやり、その考えを改める。 彼女にとって、星には、次元の狭間を彷徨っていた身を受け入れてくれた恩がある。だが、それを差し引いて有り余るほどの恨みがあった。 嫌がらせする時間くらいは、持たせてあげても良いだろう。 根が真っすぐな人間を弄んだのだ。当然の結果だろうと考えると、セフィロスは楽しそうなから視線を外し、静かにカップに口をつける。 同じタイミングで珈琲を飲んだは、ただ居るだけで嫌がらせになるなんて最高だと思いながら、テーブルの下に置いていた専門学校の資料を出して目を通した。 梅雨時期の増水が収まると、アイシクルエリアに短い夏がやってくる。 以前は、少しだけ畑に手を加えたら好きに過ごしていた二人だが、今年は北の牧場主に声をかけられたので、セフィロスは日中そちらの手伝いに行っていた。 初日は、厩舎の匂いに心が折れそうになったというセフィロスだったが、動物と触れ合う時間は嫌いではないようで、臭い以外は文句を言わず通っている。 出される昼食も気に入ったようで、作り手だという農場主の祖母から毎日のようにレシピを聞いて帰ってきては、カレンダーに献立として書き込んでいた。 も牧場の手伝いに誘われたが、自分が行けば家畜が怯えて牧場から逃げそうだし、子牛や気弱な個体は恐怖に耐えられず死ぬかもしれないので辞退した。 対外的には、昔チョコボに頭を齧られてから、生きている動物全般が駄目になったという事にしている。 セフィロスが牧場に行っている分、家の畑はが管理する事になり、日に日に内緒で植えた野菜が増えていたが、彼は全く気付いていない。 それ以外の空いた時間は、庭で剣を振るか、集落付近に迷い込んだ魔物を散歩ついでに狩って過ごしていた。 当初の予定より交通の便は悪くなったが、人々から魔物の脅威が去った事で、とセフィロスも本来目的とした普通の生活を送る事が出来ている。 昔アイシクルロッジの市場で買っていた生ハムの製作者が、南隣の集落でまだ畜産業をしていると知った日は、セフィロスが見てわかるほど嬉しそうな顔で帰ってきた。 どうやら、北の牧場主の知り合いだったらしく、今も毎年秋には大量のハムを仕込んでいるらしい。 「現金払いなら、市場に出すより安く売ってくれるらしい。、何本までなら買える?」 「1本までに決まっているでしょう。そんなに沢山買って何処に置くつもりですか。匂いだってあるんですよ?」 「……12カ月熟成と48カ月熟成、どちらにするか迷うが……」 「貴方が好きな方でよろしいかと。……もう一度言っておきますが、1本だけですからね?」 「脚以外にロースやバラで作った生ハムもあるらしい」 「……全部、1個ずつです。それ以上は駄目です。場所がありません」 喜びすぎて無意味なまとめ買いをしそうなセフィロスに、は真面目な顔で念を押す。 何でこの人は生ハムになると張り切るのだろうと内心首をかしげながら、は明日から貯蔵庫と冷蔵庫の整理をしなければと考えた。 春頃に狩ったベヒーモスの肉はまだ十分残っているので、できればあまり買い込まないでほしいと思う。 昼間の空いた時間を使ってが作ったウータイ風のちまきを、ハイペースで食べていくセフィロスが、彼女の言葉をちゃんと受け止めてくれているかは謎である。 セフィロスが牧場の手伝いに行ってくれているおかげで、新鮮な卵や牛乳を直接買えるのは嬉しいのだが、突然妙なスイッチが入るので油断できなかった。 先日も、牧場でチーズを作っていると知り、大小様々な大きさや種類のチーズを大量に買ってきたばかりなのだ。 牧場でチーズ作りも手伝う事になったというセフィロスから『そのうち家でも作りたい』と言われて、は『この人はどこへ向かうんだろう』と思った。 保存がきく食品なので、覚えて実践するのはかまわないが、その前に保存する小屋や地下室の作り方を学んできてほしいと思う。 「……わかった。一つずつでも十分だ。ところで、一つ相談がある」 「約束ですよ?それで、何でしょうか?」 「お前がベヒーモスの解体をしていると聞いて、南の集落の牧場主が手伝いを依頼したいらしい」 「……作業自体はかまいませんが、他の家畜が怯えるのでは?」 「牧場と加工場は離れているから、家畜の脱走は心配ないだろう。手伝ってくれるなら、生ハムの加工の仕方を教えてくれるそうだ」 「それが狙いですか……」 「さっき言った生ハムも、安くしてくれると言っていた」 「……まあ、暇ですからかまいませんよ」 話の流れから何かありそうだとは思っていたが、予想の範囲内のお願いだったので、は肩の力を抜いて引き受ける。 南の集落へ行くとなると、何かしらの移動手段が必要だろうか。 いや、セフィロスも毎日走って北の牧場に通っているし、最近では道ではなく山の中を突っ切って近道までしているので、も移動手段は必要ないかもしれない。 もし必用そうなら、適当に飛べる魔物を捕まえて服従させようと考えている間に、セフィロスは早速牧場主に連絡をとっていた。 「、南の牧場には、秋に来てほしいそうだ。詳しい日程はまた連絡が来る」 「わかりましたが、食事中に連絡をしないでください。行儀が良くありませんよ」 「……悪かった」 「はい」 どれだけ生ハムが好きなんだこの人は……。 そう言いたげなの呆れた視線に、セフィロスは気まずそうに目を逸らすと、携帯をテーブルの端に置き、箸を持ち直す。 昨日牧場から買ってきた卵を使ったスープを口にして、再びちまきに手を伸ばす彼に、一体幾つ食べるのだろうとはまた呆れた視線を向けた。 夏の盛りに1週間ほどルーファウスのバカンスに付き合うと、牧場の手伝いで焼けたセフィロスの肌は更に濃い色になった。 ルーファウスが昔の写真を引っ張り出して比較してくるくらいには、彼の肌は健康的な色になっている。 軍手をしていても汚れ、荒れる彼の手をなぞるたび、もまた彼の昔の手を思い出した。 けれど、その変化を自然と楽しんでいる彼の姿を傍らで見るのは楽しく、微笑ましくも思った。 秋、約束していた肉の解体に行った日は、解体の手伝いだったと言うのに、生ハムを作ったのか聞いてきたセフィロスに呆れて空笑いした。 初日だけは、北の牧場主の次男が、集落の中心から現地に送ってくれたが、翌日からはオーディンからスレイプニルを借りて通勤した。 セフィロスを乗せる時は気分次第なスレイプニルだが、狩りのたびにベヒーモスの尻尾をくれるに対しては、割と融通を利かせてくれる。 対象こそ違うが、解体は慣れた作業だったので、要点さえ教えられれば家畜の解体も難しいものではなかった。 解体用の刃物が使いにくくて研ぎなおしたところ、作業場にある他の刃物の研ぎも頼まれたのが少し面倒だったくらいだ。 2週間ほど解体の手伝いに通った後、更に3週間ほど加工の手伝いをしながらその手法を教わった。 セフィロスが所望していた生ハムの作り方も学んだが、故郷の世界で一般的に作られている肉の塩漬けと製法が同じだったので、新たに学ぶのは湿度や温度の管理、それとより美味しくするための小技くらいだった。 であれば、家で生ハムを作れるのか、と、心なしか目を輝かせるセフィロスから、は頑なに目を逸らす。 加工場に通い初めてすぐ、セフィロスが注文した品だと言われて渡された加工肉が、貯蔵庫にはまだ沢山ある。 冷凍しているベヒーモスの肉もまだ残っているので、多分来年の梅雨くらいまでは無くならない。 あまりに量があるので、一部をルーファウスにあげたりしたのだが、それでもあまり減らなかった。 晩秋、例年通り、セフィロスはの命日前に不調を起こした。 1カ月前辺りから苛々としている事が増えたので、雪解けまで牧場の手伝いを休む事にしたのだが、それはそれで外出できないストレスが溜まってしまったようだ。 已む無く付近の山を散策したり、孤島へ釣りに連れて行ったりしたが、結局数年ぶりに次元の狭間に籠もって剣を合わせ続ける事で落ち着いてくれた。 命日1週間前、不調のピークを迎える頃合いになると、今度は苛立ってはいるもののセフィロスはにへばりついて離れなくなる。 対するはもう慣れているので、彼の膝に横向きに乗せられ、腰に腕を回されながらうなじに額をこすり付けられていても、気にせず料理本を開いて今夜のおかずを考えていた。 「暫く肉ばかりでしたから、魚介類が食べたいですねぇ。できればあっさりしたものを」 「イカフライ」 「それはアッサリしてますか……?」 「しらす丼」 「ああ、先月ウータイで買った釜揚げしらすが冷凍してありましたね。では、今のうちに出して暖炉の傍に置いておきましょうか」 「行くな。離れたくない」 「ありがとうございます。私も、このままずっと貴方と離れずにいたいと思っていますよ。では台所に行きましょうか」 「……誰か来た」 トイレと風呂以外、本当に離さないモードになったセフィロスを、巨大なコアラか何かだと思う事にすると、は腰を捕らえる彼の手を掴んでソファから立ち上がる。 口では不平を言いつつも、実際セフィロスはの動きに合わせ、背中にへばりついているだけで無害だ。ちょっと邪魔なだけ。 台所へ向かおうとしたにくっついて移動しようとした彼は、外から聞こえた機械の音に反応し、彼女の髪に頬を擦り付けながら玄関を睨む。 来客予定なんてあっただろうかとカレンダーに目をやったは、今日の日付にかかれた牛乳と卵の絵に、北の牧場からの届け物だと理解した。 「セフィロス、北の御一家に卵と牛乳をお願いしていたでしょう?それを届けに来てくれたのだと思いますよ?」 「……日付の希望を間違えた……」 「私が対応しますから、貴方は黙っていてくださいね。八つ当たりして揉めると後が大変ですから」 「離れるな」 「ええ、ではこのまま行きますよ。次の手伝いの時、どうからかわれても知りませんからね」 「次の手伝いは春だ。どうせ忘れてる」 「そうだといいですねぇ」 まあ、忘れられないだろうな……。と思いながら、は財布を掴むとセフィロスを引きずりながら玄関へ向かう。 北の牧場主が、雪が降るまでの間なら、配達料金を払えば食材を届けてくれると言ってくれたので、それに甘えて利用する事にしたのだ。 セフィロスが不調になってから全く携帯を見なくなったので、彼の無事を知らせるという目的もあるのだが、本当はの命日の後、セフィロスが普通の状態に戻ってから配達してもらう予定だった。 心を病んだために田舎に住んでいる事や、秋の終わりに不安定になる事は集落の人間に言っている。 先日までの苛々している状態では顔を見せられないが、ただのひっ付き虫なら見られても問題は起きないだろう。 セフィロス本人も、今はこの状態を見られる事よりと離れる方が嫌そうなので、彼女はノッカーが鳴らされると同時に玄関を開いた。 余談だが、最初つけられていたカメラ付きインターホンは3年くらい前に壊れた。 「どうもー。配達……ぅわ、びっくりした!!」 「ご苦労さまです。こんな姿ですみません。わざわざ配達してくださって、どうもありがとうございます」 「…………」 玄関の向こうにいた牧場の3男は、笑顔で品物を見せようとし、しかし出てきたにへばりついた銀髪の幽霊に驚いて牛乳の缶を落としそうになった。 一瞬、北の大氷河に住む妖魔型の魔物スノウが出たかと思ったほどだ。 数か月の間、セフィロスが毎日のように牧場の手伝いに来て顔を合わせていたから、すぐに彼だと気づいたが、そうでなければ魔物が出たと更に悲鳴をあげていただろう。 を後ろからがっちりと抱きしめながら、その髪に頬を寄せて胡乱に睨みつけるセフィロスは、牧場で一緒に働いていた時とかなり雰囲気が違う。 無口で俗世とは離れた雰囲気を持ちつつも、白かった肌を日焼けさせながら、それなりに楽しそうに仕事していた人物と同じとは思えない。 手伝いに来るときはいつも三つ編みにしていた髪を下ろしているから、尚の事違いを感じる。 昔、何度か見たことがある変種の魔物より、遥かに危険な雰囲気を感じて、3男は妙な汗をかきそうになる。 だが、妻に抱き着く姿には何処か幼さのようなものも感じられて、恐れるに恐れられない。 抱き着かれているが、いつもどおりの笑顔で、何事もない様子だからかもしれないが、それはそれでちょっと異様だ。 「すみませんね。夫は、今ちょっと不安定な時期になっているんです。来週には元に戻るので、その頃に配達をお願いするつもりだったんですが、日付を間違えてしまいました」 「あ……ああ、なるほど。来週にするつもりだったなら、品物はどうします?」 「…………」 「せっかく届けていただいたので、購入します。丁度牛乳が切れたところでしたから。次の購入の時には夫も元に戻っていますから、配達ではなくそちらに伺えると思いますので、また連絡しますね」 「わかりました。ところで、セフィロスさん、本当にすぐ戻るんですか?奥さん一人で大丈夫?」 「……俺のだ。をじろじろ見るな」 「会話する相手を見るのは当たり前でしょう。すみませんね。毎年の事ですから、私は慣れておりますし、大丈夫ですよ。こちら、代金と前回の牛乳の容器です」 「ど、どうも。あの、もし何かあったら、遠慮なくウチの誰かに言って下さい。姉とか母ちゃんも、心配してましたし。……それじゃあ、頑張ってください」 「…………」 「ええ。配達どうもありがとうございました。帰り道、どうぞお気をつけて」 会話の間、終始暗い目で無言無表情、しかし徐々にを抱きしめる腕の力を強くしていくセフィロスに、農場の3男は引きつった笑みを残すと足早に帰っていった。 まあ当然の反応だろうと思いながら、去っていくトラックを見送ったは、腹にまわされた彼の手に牛乳の缶を持たせると、卵が入った箱を持ち直し、玄関を閉める。 5Lのミルク缶を持っていても後ろから抱き着く姿勢を崩そうとしないセフィロスに、は躊躇いなくその腕から抜け出ると、睨みつける彼の手をとってリビングへ戻った。 ただくっついているだけの不調なら楽なもの。 そう思いながら卵と牛乳を片付けたは、冷凍していた釜揚げしらすを出すと暖炉の前に置き、ついでに暖炉の中に薪を入れた。 さて、夕飯の準備までどう時間を潰そうかと考えていると、セフィロスに抱き上げられてソファまで運ばれる。 再び彼の膝に乗せられ、項に額を擦り付けられる状態に戻ったが、今度は襟を引っ張られて時折肩口に歯を立てられた。 例年にはなかった他者との日常的な接触という刺激が、小さな負担を蓄積させた結果、セフィロスを数週間も苛立たせたのだろうとは予想していた。 では、この一番敏感な時期に起きた、他者との不意の接触は、彼にどんな作用をもたらすのか。 昼間からリビングで肌に歯を立ててきた事から、結構負担だったのは理解できたが、それで済ませられるだけの負荷で済んでいる可能性もある。 とりあえず、どう転ぶのかもう少し様子を見てから考えようと決めると、は再び料理本を眺め始めた。 幸い、その日のセフィロスは、にしがみつき、肩口を唾液と歯形だらけにされる以外は、至って健全な行動しかしなかった。 よくぞここまで回復してくれたと、は少しだけ嬉し涙で目を潤ませ、胸に顔を埋めて眠る彼の頭を撫でながら眠りにつく。 しかし、翌朝ベッドで一人目を覚ましたは、懐かしい乱れ方をしているセフィロスの魔力に慌てて台所へ向かう。 そして、炊飯器と竈で大量の米を炊きながら、出来たばかりのサラダを食べている彼の姿と、振り向いたときに向けられた捕食者の目に血の気が引いた。 あの飯を食い終わったら、今度は別の意味で自分が貪り食われる。 そう確信したは、彼が箸を下ろすより早く距離を詰めると、モグモグと口を動かしている顔面を鷲掴み、一瞬でその乱れた魔力を整えた。 急激に魔力の流れを変えられたせいか、セフィロスの喉の奥からおかしな音が鳴ったが、知ったことではない。 顔を掴むの手を慌てて引きはがした彼は、シンクに顔を向けると咳き込みながら口の中のサラダを吐き出したが、魔力は平常に戻ったのでは安心してその背中を摩る。 その後、少しだけセフィロスは文句を言ったが、自分が炊いていた米の量に気づくと、流石になにもいわなくなった。 前日のようにから離れられないという事もなくなった彼は、炊きあがった米をお握りにしたが、少なく見ても丸2日は毎食おにぎりになりそうだ。 肩を落として謝る彼を慰めたは、多少注意さえすれば、今年の命日は平和に過ごせそうだと、ちょっと大きめのお握りを口に運んだ。 |
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セフィロスが普通の生活してる(笑) いや、『(笑)』じゃないわ。 2024.01.19 |
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