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集落の人間と交流を始めてから5年経った。
他人との日常的な交流を問題なくこなすセフィロスの様子に、は街中への移住を考え始めた。
アイシクルエリアの辺境は、静かに生活するなら文句のない土地だが、知識や技術を得るには不向きだ。
住人たちに伝えている達の嘘の年齢と外見の差に、違和感を持たれずに済むのは、引き延ばしてもあと数年だろう。
そう2人で話し合ってからは、魔物討伐で外出する度に移住先を探すのが習慣になった。


Illusion sand ある未来の物語 100


それなりに人が多く、求める知識が得られる土地と条件をつけると、移住先は自然とジュノンに行き着いた。
昨今は発展目覚ましい旧ロケット村付近が、知識や技術の中心になりつつあるが、そこはアイシクルエリアに近く、万が一を考えて10年は候補から外す事にした。

それに、旧ロケット村付近で得られるのは最先端の航空技術が主だ。
生憎とセフィロスが求めているのは、僻地でもそこそこの家を建てられる知識と、それなりに不自由なく生活できる上下水道設備の知識だった。
となれば、新旧の知識と技術が入り混じり、最近寂れつつあるなんて言われるジュノンの方が良い。

討伐の仕事でジュノンの近くを通る事はあったが、街に立ち寄ったのはルーファウスの手伝いをしていた時が最後だ。
丁度、ミドガルズオルムの間引き依頼もきている。
移住はまだまだ先だが、2人は討伐のついでに街の雰囲気を見に行く事にした。
……が、ふと何かに気づいたは、ダイニングテーブルに地図を広げ、依頼現場の位置を確認すると、その表情を曇らせた。
台所で弁当箱を準備していたセフィロスは、首を傾げて手を止めると、彼女の傍に行って同じく地図に目をやる。      

、どうした?」
「今回依頼されたエリア……湿地の北東にある草原との堺でしたよね……」

「ああ。……チョコボファームが近いな」
「…………」

数年おきに依頼されるミドガルズオルムの討伐だが、その度に、どこからか現れるチョコボに後ろから急襲されるは、どうしても渋い顔になる。
それはたまたま散歩中だったチョコボだったり、希少だという野生種だったりするのだが、時折チョコボファームから脱走してきた個体や、人を乗せた状態で暴走した個体が突っ込んできたりする。
野生種までは大変そうだと思って助けていたセフィロスだったが、わざわざを襲うために脱走してきたチョコボを見た時は流石に唖然とした。
西にある洞窟付近での討伐依頼の時は、牧場から遠いので安心していたのだが、その油断をあざ笑うかのように、背後の山から砂煙を上げながら駆けおりてきたチョコボが、青い顔で手綱を握りしめる若者を乗せたままに襲い掛かっていった。

セフィロス一人でミドガルズオルムを討伐できれば良かったのだが、一体どうしたことか、あの大蛇は彼が一人で行くと姿を見せない。
大量発生だ、大繁殖だと依頼を受けて向かうのに、小蛇1匹見当たらないのだ。
しかし、誰かが倒したのだろうかと湿地から離れると、翌日、かの魔物は鬼が去ったといわんばかりに再び湿地に溢れてくる。
だが、そこでセフィロスがと共に行くと、蛇は逃げ隠れていたのが嘘のように、悠々と湿地を闊歩しているのだ。

一体どういう仕組みなのか。
考えられるのは、セフィロスが持つジェノバ細胞だ。
もはや彼自身の力の方が強くなり、完全に影が薄くなっているが、と彼の違いで影響力を持つとなると、それ以外に原因が思いつかない。
昔湿地を通った時に遭遇したミドガルズオルムは、そんな反応などしなかったのだが、不思議なものである。

2人揃えば出現するのなら、討伐に問題ないので、以降、ミドガルズオルムの討伐は2人で行っていた。
チョコボが出たら、はすぐに召喚獣で空に逃げて、セフィロスは慌てて逃げる大蛇を追撃して倒していた。

2人にとって、ミドガルズオルムの討伐は、楽だけが面倒な仕事になっていた。
平時は軍事組織が対処してくれるので、大量発生する年しか依頼されないのがせめてもの救いだ。

、心配するな。前回と同じように、チョコボが来たら空に逃げればいい。後は俺に任せておけ」
「そうですね……ありがとうございます、セフィロス。私は、空から遠くにいる個体を始末します」

彼がそう言ってくれるなら大丈夫だろうという気持ちと、そういう時に限って妙な事が起こるという嫌な予感を胸に抱えながら、は彼に微笑むと地図を片付ける。
何体もの大蛇を相手にするため、湿地での討伐は夜に行うのが恒例になっていた。
夜なら牧場のチョコボが厩舎に入っているので、脱走してきても数が限られる。

今から食事等を準備して出発すれば、日付が変わる前には北東の海側から現場に着けるだろう。
その後は平地の人里を騒がせないよう湿地の西からミッドガル南方の山脈に沿って進み、途中の川に沿って西の海に出てからジュノンへ向かう予定を立てた。


が戦闘で使う靴や着替えの確認をしていると、台所から揚げ物の匂いがしてくる。
夜の討伐では片手で食べるような軽い夜食で済ませているので、気になって台所を身に行くと、セフィロスがせっせと海老の天ぷらを作っていた。
他にも、甘辛く炒めた肉や塩抜きした若菜が調理台の上に並んでいて、竈では土鍋で米が炊かれている。

このタイミングで料理のスイッチが入ってしまったセフィロスに、は小さく苦笑いを零したが、好きにさせる事にした。
ジュノンの近くは野生のチョコボも少なく、町から離れた平地では星が綺麗に見えるので、食事しながら夜明けを待つのも良さそうだ。


2段の重箱にぎっしりと詰められた多種多様なお握りに、は何人分だろうかと考えたが、自慢気なセフィロスを見ると文句が引っ込んで微笑ましくなる。
準備した着替えを確認してもらった時、いくつか交換されるのはいつもの事なのでもう慣れた。
陽が落ちて辺りが暗くなったのを確認すると、2人はバハムートに乗って空に飛び立つ。
騒いだら羽を切り落とすと脅してくる2人を背に乗せて、バハムートは静かに雲の上を飛んだ。





湿地は雨だった。
暗い雲が天上を覆い、月の光は無く、激しい風が吹き荒れる。
代わるように天が与える雨は注ぐようで、水面を叩くそれが傍らに立つ互いの声すらかき消した。
戦闘を始めた頃には、強風こそあったが月も星も見えていたのに。

いつも通りブリザドで地面ごとミドガルズオルムを固めれば、氷の表面が雨で濡れて足場が最悪になる。
サンダーはどこまで威力が広がるか見当がつかず、下手をすれば空から雷を誘発して大災害を巻き起こしそうだった。

到着と同時に襲い掛かってきたミドガルズオルムは、滝のような雨を飲み込みながら燃えて辺りを照らす松明と化す。
だが、波のように襲ってくる大蛇を照らしていたのはせいぜい数十分の事。
2体目3体目が現れると共に訪れた嵐によって、炎が雨を蒸気に変え視界を遮り始めた。
穀倉地帯が近いこの土地で、自然に起こる嵐を散らせるのは影響が大きそうで、気が引ける。
已む無く炎へそそぐ魔力を切ると、大蛇の躯を燃やす炎はあっという間に雨に呑まれて消えた。

再び視界は闇に帰ったが、魔物の気配さえあるなら、戦うに問題はない相手だ。
ただ、視界と音が効かない事に不便さは感じる。
セフィロスが肩を竦めてため息をついた気配に目をやるが、見えるのは暗闇と雨と霧の中、ぼんやりと見える銀の髪の影だけだ。
負ける戦いではないが、一旦出直そうかと考えていると、雨に交じって近づいてくるいくつもの気配に気づいた。

こんな天候でも現れるのかと驚いて振り向いただったが、効かない視界ではその姿を確認できない。
しかし、この天候で目視できる距離まで近づかれては手遅れなので、彼女は軽くセフィロスの肩を叩いて合図すると、正面の暗闇に潜むミドガルズオルムの群れに向かって駆けだした。

向かってくる大蛇も、気づいていない大蛇も、剣が届く範囲の敵の首は無差別に切り落としていく。
同時に、上空で待機するよう頼んでいたのに、嵐が始まると同時に山の向こうへ行ってしまったバハムートを呼び戻した。

に一瞬出遅れて飛び出し、ミドガルズオルムを切り捨てて走るセフィロスの気配を後ろに感じる。
魔物の群れの中を突っ切って抜けた彼女に対し、彼は群れの真ん中で足を止め、集まってくる敵を一掃する事にしたようだ。
ライらもまた、追撃する大蛇の胴を次々と切り裂く。


やがて、雨と沼地の匂いに、魔物の血肉の匂いが混ざり始める。
嵐の空が一瞬だけ割れ、湿地の端に月明かりが差し込むと、やたらと勿体ぶった動きでバハムートが降りてきた。

「早く来んか!」

呑気に恰好を付けているバハムートの横っ面に、が放ったエアロが叩きつけられる。
その勢いで、空中で一回転したバハムートは、既に準備されている二撃目に目を丸くすると、心なしかぶすくれた顔での前に降りてきた。

よ、前から思っておったが、おぬしちょっと我の扱いが雑すぎぬか?」
「お前が余計な事ばかりするからだ。何でこんな時に恰好をつける必要がある?」

「こんな嵐であるぞ!?我の背景に最適ではないか!」
「そういう所だ」

平原から迫ってきた足音は、既に大蛇の群れに迫りつつある。
魔物の始末はセフィロスが引き受け、は時期を見て退避するという当初の計画のまま、はバハムートの背に飛び乗った。
ミドガルズオルムも届かない高さまで上がり、下を見下ろすが、いつもは見える戦況が嵐のせいで見えない。
ただ、セフィロスがどのように動いているのか、彼の魔力を感じて知る事は出来るし、この程度の相手に彼は負けないので、心配はしていなかった。

視界が効かなくても戦えるが、面倒そうではある。
ならばせめて……と、炎に代わってホーリーを群の端にいるミドガルズオルムに打つと、青白い聖属性の光が仄かに、しかし広く辺りを照らした。

やはりセフィロスは、大蛇の群れの中で刀を振るっている。
獲物は己だったと気づき慌てて逃げる個体もいたが、密集した群の中では上手く逃れられず、そうこうする間に尾から胴を斬られて沈んでいた。
群がる大蛇も、牙を剥いた瞬間に切り捨てられていて、彼の戦いはいつも通り安定している。

けれど、ホーリーの光に照らされた場所の端に、とうとう奴らの姿が現れ始める。
憎き黄色い嘴に、がバハムートの背でげんなりとしたのは一瞬。
両手で足りる数と感じていたはずの気配は、しかしいざその姿が見えると予想していた数を超えていた。
それは飛沫を上げて駆けながら大蛇の死骸の山を越え、その数に驚いているセフィロスの体を宙に跳ね上げる。
あ……と、声を漏らす間もなく黄色い鳥の群れに落ちて行った彼は、宙で体を捻って着地しようとしたが、地に足をつける前に後ろから突進してきた別の黄色い鳥が背中に突撃してきてまた体を跳ね飛ばされた。

「セフィロスー!!!」

仄かな灯りが照らす嵐の中、セフィロスの体はボールのようにチョコボの群れの上を跳ね飛ばされる。
4度、彼の体が宙に飛んだところで、急降下したバハムートによって彼を助け出すと、見計らったように飛び上がったチョコボが大口を開けてバハムートの上を跳んでいった。
苛立った顔でそれを追おうとしたセフィロスに、は慌ててその体にしがみついて止め、眼下で渦を巻いて走るチョコボの群れにエアロを叩きつける。
攻撃を受けて吹き飛ばされる鳥、ひらりと身をかわして避ける鳥、向かってくる風を利用して飛び上がる鳥。
どれもこれも、視線はバハムートとその上にいる2人に向いていた。

が動物に嫌われるのは昔からだし、チョコボはもはや天敵だが、この襲撃は明らかに異常だ。
理由を考えて真っ先に思い浮かぶのは星の関与で、なるほど、ならば受けて立とうとはリヴァイアサンを召喚した。

暗雲を泳ぐようにリヴァイアサンが現れると、降り注ぐ雨が、地を覆っていた水が、沼地の水が潮のように引いていく。
それは巨壁のような波となり、ぬかるんだ地面にのたうつ大蛇と、正気に返って首を傾げたチョコボの群れを飲み込んだ。
大波は、湿地の泥を巻き上げ、濁流となって平原へ向かっていく。

それがどこまで続いていくか、どれだけの物を押し流していくかなど、既に彼女の興味の範疇になかった。
いつも通りチョコボに頭を齧られたり、群れてこられたりしても、追われる程度なら、地味な嫌がらせだと思って済ませただろう。
だが、軽傷といえどセフィロスに被害が出たとなれば話は別だ。当初気にしていた周辺の環境への配慮など消え失せる。

沼地が湖に変わらなかっただけ有り難いと思えと内心吐き捨てながら、はバハムートを薄くなった雲の上へ向かわせた。
雲を抜け、天上が星空へ変わると同時に、自分と彼の体を魔法で乾かす。
髪や上着どころか、下着まで雨に濡れていた不快感が消えたのは良かったが、沼地と雨の匂いまでは消えてくれなかった。
服についてしまった匂いを嗅ぎ、溜め息をついたは、同じく微妙な顔で袖を鼻に近づけているセフィロスを見上げた。

「……匂いますね」
「雨の中での戦闘なら、こんなものだろう。ところで、あのチョコボの群れは酷かったな。……星か?」

「ええ。あそこで戦闘する度に来るのは、数年に一度の嫌がらせと思って許していましたが、今回はやりすぎですね。セフィロス、お体は……大丈夫そうですね。でも驚かれたでしょう?」
「まあな。…………何度も撥ねられながら、昔、クラウドに分身する技で倒された時の事を思い出した」

「……ああ、あれですか」
「あれだ。姿勢を崩している間に追撃を食らうやり方、そして髪……いや、やはりこの話はいい」

「そうですか?」
「ああ。気にするほどでもない、些細な事だ。ところで、これからどうするつもりだ?予定通り、ジュノンに向かうのか?」

「ええ。予定より早い時間ですが、逆に今の時間なら、まだ何処かに宿をとれるのではないかと……」
「そうだな。俺も、体を洗って匂いを落としたい。だが、この時間となると……歓楽街に近い宿になるが、大丈夫か?」

「身ぎれいにして仮眠をとるだけですから、十分かと思いますが……何か問題でも?」
「……いや、お前が気にしないのなら、それでいい。だが、宿に着いて無理だと思うなら、遠慮せず言え。俺は適当な場所で野宿でもかまわん」

「はい。ですが、雨が山を越えるかもしれませんから、安易に野宿するのは、どうかと……」
「……それもそうだな。だが、俺が駄目だと思ったら宿は変える」


人によっては、夜の街の宿は嫌がる。
は普段から、それなりの宿やサービスを選ぶ傾向があったので、歓楽街の安宿をすんなり受け入れられてセフィロスは少なからず驚いた。
とはいえ、宿でするのは本当に入浴と仮眠だけのつもりなので、そういった宿でも十分なのは確かだ。
一先ず入浴だけを目的に行って、部屋の衛生面が気になったら仮眠場所は別に探す。
見つからなければ、街の下見は後日にして家に帰ればいいと考えると、セフィロスはそれ以上彼女に問うのをやめた。

雲の上に顔を出した山脈の上に着くと、 バハムートは山脈に沿って北に向きを変える。
幸い雨雲は山の東側にしかなく、遠くからでもコンドルフォート近辺の農耕地とジュノンの夜景が綺麗に見えた。
ゆっくりとした飛行に切り替えたバハムートは、山々に沿ってゆっくりと方向を西に変え、飛空艇の飛行エリアを避けて途中山脈から流れ出る川の上へと移動する。
ジュノンの外れへ行くには、そのまま海上へ出た後で大きく迂回しなければならないが、バハムートの速さでも小腹を満たす時間くらいにはあった。

、少し腹が減った。弁当を出してくれ」
「かまいませんが、今日は飛空艇の数が少ないので、少し早めに着くかもしれません。到着までに食べ終えられるか分かりませんよ?」

「かまわん。残った分は、宿についてから食べる」
「わかりました」

できれば入浴を済ませて匂いが無くなってから食べたかっただが、腹が減ったと言われては仕方がない。
しかし、今日は本当に空を行く飛空艇が少なくバハムートが飛びやすそうにしているので、寛ぐ暇はないかもしれないと考えながら、はセフィロスにおしぼりを渡して夜食入りの重箱を開いた。









とうとう100話いきよった……

2024.03.18 Rika
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