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今年もまた、ルーファウスの料亭用の山菜をとるために、は雪解け間もない山へ入った。
例年と同じ場所に向かい、群生する山菜を半分ほど採ったところで、ふとそこから牧場跡が見える事に気づく。
建物の陰にまだ雪を残す厩舎は、集落の建物同様に長年の痛みと雪の重さで屋根が潰れている。
放牧用の平野も草木で荒れ果てていて、あと数年もすれば厩舎跡も飲み込んでしまうだろう。

そんな荒れた平地に目をやったのは、ふらふらと歩く人影が見えたからだ。
集落に残留していた住人がそこにいる理由は思い浮かばず、内心首を捻りながらは人影に目を凝らす。

離れた山の上からは、人相など見えやしないが、ある程度の体格や特徴が分かれば、先日会った住人かそれ以外かぐらいは分かる。
だが、見えたのは住人の誰にも当てはまらない、長く真っ赤な髪。
それだけなら、WROが見落とした住人がいたか、封鎖解除でやってきた余所者か元住人と思った。
けれど、何度目を凝らしても、その人影は素肌が見える服装で、防寒着を身につけているようには見えない。
この土地の春は、どれほど暑がりだったとしても、素肌を晒して歩くには難しいので、それは人型の魔物だろうと見当がついた。

この世界で人型を目にしたのは初めてだな……と、少しだけ呑気に考えながら、住人用のグループチャットで注意を促そうとしたは、電波ゼロの山にため息をつくと、さっさと山を下りることにした。



Illusion sand ある未来の物語 98



牧場跡に魔物が出没したため注意するよう連絡すると、住人たちは警戒を強め、戦闘が出来ない者は外出を控えるようになった。
だが、その数日後、件の魔物は集落の川に行って釣りをしていたセフィロスの前に現れて瞬殺され、集落の緊張はすぐに解かれる。
たまたま通りかかった数人の住人に見られたことから話が広まり、グループチャット内は、一時彼へのファンレターのようなメッセージでいっぱいになった。
娯楽がない僻地なので仕方がないのだろう。
その後、牧場主より山から冬眠明けの熊が降りてきているという注意喚起が出たが、その熊も数週間後には西に住む男が作った罠に捕らえられ、彼の胃袋へ消える運命となった。
多少の危険はあれど、住人それぞれが僻地で暮らすに十分な戦闘能力を持っている事が分かると、度重なる注意喚起にも住民たちは良い意味で慣れてくる。
南東に住む女が、同居する祖父を連れて大家族の家の近くにある空き家に引っ越すと、更に空気は落ち着て行った。

人型の魔物が再び集落に現れたのは、梅雨を目前にした頃である。
けれど、僻地に住めば魔物の存在など日常茶飯事で、魔物の情報、討伐目安のレベルや弱点、攻撃方法の情報が交換されるだけに留まった。
北の大空洞近辺の魔物が増え、南下している可能性があるというWROからの知らせと同時に、各地で魔物の生態系に大きな変化が起きているという噂が広がる。
10年近く縄張りを奪っていた魔物がいなくなって1年経つのだから、繁殖と移動の結果が顕著になるのは当然。むしろ変動はここからが本番。
そう思っているのは魔物と縁深い土地に住んだことがある者だけで、都会では新たな脅威かと騒いでいる者もいるらしい。


「人間が多く移動して街を広げているのですから、他の生き物に変化があるのは当然でしょうに……」
「前の変種が余程怖かったのだろう。生活を大きく変えることになったからな」

「起きてもいない事で大騒ぎできるなら、余裕がある生活を送れている証拠……でしょうか」
「心に堪えた者と、非日常を求める者。半々だろう。浮き足立っているのは確かだな」

危険だ、犠牲が出る前に転居させろと一部から騒がれている僻地の自宅で、2人はゆったりとした朝食後の時間を過ごす。
去年までは魔物討伐の仕事が忙しかったが、今年はWROや各地の自治組織が対処する余裕があるので、今年は毎日、今日は何をしようかと考える余裕があった。

「セフィロス、ルーファウスからの注文もありますし、そろそろ肉を調達しに行こうかと思っているのですが、貴方はどうしますか?」
「家にいても暇なだけだ。一緒に行こう。今回は何匹狩るつもりだ?」

「家の食糧は冬の瓶詰めが残ってますから、中型のベヒーモスを1匹と考えていました」
「わかった。……久しぶりに、角煮が食べたいが、いいか?」

「そうですね。では、処理が終わったら沢山作りましょうか」
「出発は今日か?」

「今日、準備をして、明日の夜明け前に出発するつもりでした。貴方がすぐに行きたいのなら、それでもかまいません」
「……急ぎはしないが、今日も暇だ。これから準備して、午後になる前に出る。問題ないか?」

「ええ。大丈夫です。では、早速準備をしましょう」


解体にかかる時間を考えて、早速席を立ったに続き、セフィロスもテーブルの上を片付ける。
着替えに向かった彼女を見送り、台所に立った彼は、手早く昼食用の弁当と、夜までかかった時のための軽食を準備した。
水筒に温かい緑茶をいれたところで、買い置きの茶葉がもう殆どない事に気が付く。
ふと、思い出して調味料の在庫を確認すると、醤油の在庫が心もとなくなっていた。

明日……いや、明後日に、ウータイへ買い出しに行く予定が出来た。
翌日は一日中料理。その次の日以降はまたゆっくりと農作業。
小さくても予定が出来ると、少しだけ生活に張りが出る気がして、セフィロスは一人満足げに頷く。
荷物の準備を終えたに声をかけられ、手早く着替えを済ませた彼は、狩りへの同行を決めて1時間後にはバハムートの背に乗って北の大空洞へ向かっていた。

今日も脚1本で手を打ってくれたバハムートは、こちらの希望に反して一番大きな個体を狙おうと言い出す。
勝手に狩るなら好きにしろと言った途端、バハムートから魔力をごっそり吸いとられたは、大きく舌打ちしてバハムートの背中を殴りつけていた。
飛行に影響がない程度に抑えられた攻撃に、調子に乗って挑発するバハムートとの口喧嘩を聞き流しながら、セフィロスは未だ冬の白さを纏う雪原を見下ろす。
いつもは何もない白い原野だが、今日はぽつりぽつりと人影のようなものが見えて、目を凝らすとそれらが全て最近また集落に現れだした人型の魔物だと気が付いた。

付近に生息する種類とは毛の色が違うそれに、亜種が発生したのだと理解すると、セフィロスはすぐに映像に収め、集落の担当のWRO隊員に情報を送る。
一般人が対処するには難しくても、訓練された兵ならば十分倒せる強さの魔物なので、目の前に現れない限り対処は丸投げだった。


例年通り北の大空洞付近でベヒーモスを狩ると、出発する時にが作った目隠しの濃霧に隠れて帰宅した。
軽く休憩している間に日が傾き始め、夜通し作業をした2人は、日の出と共に風呂に入ると食事もとらず泥のように眠る。
予定通り、翌日ウータイへ買い物に出かけ、その後ミディールへ肉を届けながらルーファウスの顔を見に行った。

なんでも、数日前にWROから、セフィロス達に集落の魔物の日常的な討伐が可能か問い合わせがあったらしい。
半年契約と通年契約で見積もりを出してやったら、金額を聞いた瞬間に驚いて依頼を保留したそうだが、一体どんな数字を見せたのやら……。
自家用車の相談をしたらヘリの操縦免許の話を始めたルーファウスへあっさり別れを告げると、2人はウータイで買えなかった消耗品を買ってミディールを後にした。



バハムートの背の上、とセフィロスは、ルーファウスのところの家政婦が持たせてくれたお弁当を広げる。
山菜おこわのお握りが美味しくて、何度も頷きながら食べているは、追加の買い物のせいで紙袋に囲まれている状態だ。
女性用の商品を取り扱う店だったのでセフィロスは外で待っていたのだが、紙袋の口から覗き見える商品は普段が使っていないものばかりである。
化粧品やシャンプー類は、肌に合うものなら気分転換に市販品を使う事もあるだが、袋の中には絶対肌に合わないだろう製品や大量の靴下なども見え隠れしている。
いや、入っていた店を思い出して予想するなら、靴下は目隠しでその下にあるのは下着だろう。
他にも、は薬局でかなり買い物をしていたが、それらも全て中身が見えない紙袋に入れられている。
先にウータイで散々調味料を買っていたので、ストレス発散の散財でもなさそうだが……。

、ミディールで随分買い物をしたようだが、使いきれるのか?」
「これは、私用ではなく、集落の女性達に頼まれたものですよ。WROの代理購入はすぐ在庫切れになる上に、ほしい品を取り扱っていないそうです」

「それで、この量か……」
「女性は何かと入り用ですから」


セフィロス達男性がどうなのかは知らないが、集落の女性達(主に牧場の女性達だが)とは、女性だけのグループチャットで交流している。
話の内容は料理や男性達に対する聞かせられない話なのだが、が時折仕事で外出していると言ったら、控えめに色々とお願いされてしまった。
も使いっ走りになる気はなかったのだが、破れた下着を如何に工夫して何年我慢して履き続けているかでマウントを取り合っている様を見ては、同情せずにいられない。
次元の狭間で、破れ、擦り切れ、穴が開いた下着を、何とか騙し騙し使い、とうとう諦めて燃やした頃を思い出してしまった。

の外出は、稀にある送迎付きの討伐依頼が来た時しかできないと前置きしているし、女性達も色々と弁えた大人ばかりだ。
過剰な要求はされなかったし、時折匂わせる発言があっても、他の女性が諫めていた。
それぞれから頼まれる数が少なくても、人数が多いので大荷物になるのは仕方がない。


「私は明日の朝、これを届けに集落まで行きますが、貴方はどうしますか?」
「お前一人で持てる量か?」

「ふもとまではシヴァに馬車を出してもらいます。そこからは、集会場にある手押し車を借りて、北のお宅の近くまで運ぶつもりですよ」
「……あそこの牧場は、牛や鶏、それにチョコボもいると言っていたが、大丈夫か?」

「ええ。ですから、南東に住んでいた女性の、今のお宅の庭まで届ける事にしています。そこなら、牧場の厩舎と距離がありますから、動物が怯えることはないでしょう。チョコボも、乗ってこないようお願いしていますし」
「ならいい。俺は……ふもとまでは一緒に行って、集落の川で釣りをして待つ」

「もし天気がよければ、そのままお茶会をするらしいのですが、遅くなっても大丈夫ですか?」
「……釣れなかったら、先に帰っている。連絡はするから、お前は好きなようにしろ」

「わかりました。あ、このおにぎり、最後の1個食べて良いですよ」
「ああ」


女性が何人も集まって話をするなら、確実に長時間になる。
適当に釣りをしたら一人で帰ろうと決めると、セフィロスはに勧められるままおにぎりに手を伸ばした。
すると、タイミングを同じくしてセフィロスの携帯からメッセージの受信を知らせる音がなる。
弁当箱に延ばした手を携帯に移して画面を開くと、送り主は牧場主の次男で、集落の男性用のグループチャットを作ったという連絡だった。
最初のメッセージは軽い挨拶と女性達も作っているからという理由でグループチャットを作ったと書かれている。
即座に長男がメッセージを入れてきたのだが、その内容は牧場の女性達が明日は仕事を休み子どもも任せてきた理由を問うものだった。

あっさり答えを言えば、今夜あたり牧場で男女の喧嘩が起きるし、秘密にしているだろう女性達からの心証が悪くなり、明日のにも迷惑がかかる。
しかし、言わなければ男性達から心証が悪くなって、後々の面倒につながりそうだ。
メッセージに気づいていないフリをして逃げるのが一番いい。

仲介や調停、ましてや打開策を考えて行動する気など更々ないセフィロスは、今飛んでいる地点を確認する。
今日はミディールからまっすぐ南へ飛び、今は北の大空洞東側をまわって家が霧に包まれているのを見えてきたところだった。
西に目をやれば、山二つ向こうに集落北にある牧場がちらりと見える。


、予定変更だ」
「と、言いますと?」

釣りする場所を変えるのだろうかと首を傾げたは、セフィロスに携帯の画面を差し出されて目をやる。
揃って仕事も育児も休むと言い、浮き足立っている女性達を不審がる男達の会話がそこにあった。

女性達が、買い物の事を、男性達に言っていなかったと初めて知ったは、内緒と言われていただろうかと自分の携帯で確認する。
だが、女性達とのメッセージを見返してもそんな内容はなかったので安堵した。

騒いでいるのは主に牧場の男性達なので、争いが起きても、これは北の家の家庭内問題だ。
頼まれた買い物をしただけの身なので、は気にせず携帯を戻したが、眉間に皺を寄せているセフィロスはなにやら深刻に考えているようだ。

「北のご一家の家庭問題ですね。セフィロス、貴方がそんな顔をしなくても良いんですよ?」
、お前は女達から何を頼まれた?消耗品だけではないだろう?」

「代理購入で手に入らなかった衣類ですよ。と言っても、靴下と下着ばかりですが。南東の女性に頼まれた介護用の下着は手に入らなかったので、代替品にしましたが」
「女性物だけか?」

「それぞれの家族分と、西に住んでいる方の分ですよ。だからこの量なんです。あとは女性用の消耗品ですね」
「そうか……」

男性分もあるのなら、問題は本当に北の家の中の連絡不足だ。
そう安堵したセフィロスだったが、画面の中での男達の会話は戸惑いが止まらず、女性のストライキか、働かせすぎだったか、まさか家出か、離婚されるかと、戦々恐々な状態だ。
平和だが馬鹿馬鹿しくて、やっぱりこの会話に関わりたくなかった。

、俺はこの騒ぎに関わりたくない。明日は家で角煮を作っている」
「おや、よろしいんですか?では、お願いします。楽しみにしてますね」

「ああ。期待しておけ」


どうしたら妻の、母の機嫌がとれるかと必死になっている男達の会話を放置して、セフィロスは角煮を楽しみにしてご機嫌なに目元を緩める。
料理一つで機嫌がとれる自分の妻のお手軽さに少しだけ苦笑いが零れるが、同時に慌てふためいている北の家の男達に、少しだけ優越感をおぼえた。

翌日、集落の女性達から『山奥から妻一人に大荷物を運ばせて、手伝いもせずに家で悠々と趣味のお料理を楽しんでいる男』と認識されるなんて、セフィロスは全く想像していなかった。






2024.01.11 Rika
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