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業務にも余裕があった事から、当初の予定通り春にルーファウスとの契約を終了させたとセフィロスは、数か月ぶりに過ごす我が家での日々に、僅かばかり戸惑いを感じる。
その最たる理由はミディールとの気候の違いだ。

遠い山々が雪雲に覆われていても、ふもとでは柔らかな日差しが積もった雪を溶かしていく。
見慣れたアイシクルエリアの春だが、ほんの1週間前までいた、暖かく湿度もあるミディールの春とは雲泥の差だった。
例年と変わらない春なのに、殊更肌寒く感じてしまう事に、とセフィロスは揃って苦笑いを零した。

「気候もそうですが、久しぶりにのんびりとした生活に戻ると、少し落ち着きませんね」
「短い休息だ。本格的に雪が溶ければ、またすぐに忙しくなる」

「道路……なおさなきゃいけませんからね」
「それから、車の整備も呼ぶ必要がある」

「そういえば、以前、川までの移動用に自動二輪が欲しいと言っていましたが、どうするんですか?」
「販売店が再開するまでは、まだかかる。……チョコボでも飼うか?」

「動物は襲ってくるから嫌です」
「…………」

ハッキリと断ったに、これ以上言えばモンスターを飼うと言われそうな気がして、セフィロスは口を閉ざすことにした。
数年動かしていない上、タイヤが完全に劣化して駄目になった車の整備にどれくらいの期間と金額がかかるのか。
むしろ、金属の価格が高い今のうちに売って、新しい車に買い換えた方が良いかもしれないと考えながら、セフィロスは暖炉に薪をくべた。



Illusion sand ある未来の物語 95


敷地内の雑草処理や畑の柵の修繕、川へ続く道の枝払い。
例年の作業だが、それに加えて今年からは数年ぶりに街道へ続く道の整備も追加される。
達も、アイシクルロッジ以北が封鎖されてから2〜3年は道を整えていたが、解除の見通しが立たなかったため5年以上放置していたので道は荒れ放題だ。

「セフィロス、貴方も魔力の制御がかなり上手になりましたし、今回の山道の整備をやってみませんか?」
「……一人じゃないだろうな?」

「もちろん、私もタイタンも一緒ですよ。魔法の基礎理論も十分理解なさってますし、貴方なら簡単にできるかと。やり方は、お任せしますけれどね」
「……わかった」

まずは道に生えている草木を刈り端に寄せる。
それだけの作業だと言われて家を出たセフィロスは、昔ののやり方に倣い、道の端と足元の草木をエアロで切る。
が、予想通り最初は威力が弱く、半端に切れた木の枝がぶらさがって逆に道を遮られてしまった。
すぐに魔法の威力を上げて残る枝を刈ったのだが、今度はそれらで道が塞がり、前に進めなくなる。
一瞬燃やそうかと思ったセフィロスだったが、生木を燃やして爆ぜた火の粉で山が燃える様が想像できた。

「どうしました?」
、昔、この道を整えた時、落とした枝はどう処理をした?」

「うーん……以前はここまで木が茂っていませんでしたから、道の端に寄せてから、後で処理しました。小さいものはそのまま、大きいものは細かく刻んでから、家の横で燃やしました。ここで燃やすと、灰で道が滑るようになりますよ」
「……そうか」

細かくしてもかなりの量になりそうだと思いながら、セフィロスは前例に倣って枝葉を細かくする。
氷の箱にそれらを集めたというので、同じようにしていると、いっぱいになったところでタイタンとゴーレムを呼び出し家の方へ運んでもらった。

が簡単そうな顔で魔法の作業をする姿ばかり見ていたが、実際は見た目以上に集中力が必用で、セフィロスは作業開始すぐ無言になった。
初めて目にした時に想像していたより、難しい作業ではない。
だが、決して簡単ではない。

の魔法に関する『簡単』は信用できないと思いながら枝を切り刻んでいると、あっという間に昼食の時間になった。


「……思ったより、進んでいないな」
「まあ……そうですねぇ……」

家に引き返して歩いていたセフィロスだったが、10分ほどで見えてきた家に、ついポツリと漏らしてしまう。
草木の根が残る道は歩きにくく、平坦だったら半分の時間で来られると分かっているから、尚更だ。

励ますかと思っていたが、何処か含みがあるような、歯切れが悪い返事をしたので、彼は自然と彼女へ目をやる。
彼女は微かに苦笑いしていたが、その様子がたまに見せる、見守る姿勢の時のそれだという事にセフィロスは気が付いた。

、その顔は、何か他に方法があるな?」
「他にというか……一度道の真ん中に枝を置かずに、最初から道に箱を置いて、エアロで切り刻みながら箱に運んだ方が早いだろうとは思いましたよ。ただ、貴方にはそうしない理由があるかもと思ったので……」

「ない。、そういう事はもっと早く言え」
「おや……そうでしたか。それは失礼。それと、枝で箱がいっぱいになったら、一度蓋をして中で燃やせば、灰になって嵩が減りますから運搬の回数が減ると思いますよ」

「……そうだな」
「ちょっと風が冷たくて寒いですね。昼はスープ系にしましょうか」

作業中にアレコレ口出しされるのは苛つくが、後から効率的な方法を教えられると疲労感が増す。
が口を挟まなかった理由の半分が、日頃の自分の態度が理由だと分かっているので、セフィロスは強く文句が言えなかった。
それに、作業を頼まれた時、やり方は任せると言われたので、は尚の事何も言わなかったのだろう。
もしかしたら、は、枝を落として切り刻むまでは魔法ではなく物理ですると思っていたのかもしれない。
というか、おそらくそうだ。
そして、作業してくれるだけで十分有り難いと思い、好きにさせると決めたに違いない。そういう女だ。


「何でしょうか?」

「午後から、剣で枝を落とす。刀身が長めのものを貸してくれ」
「ご自分の刀は使わないのですか?」

「……刃が痛む」
「おや……魔法剣、教えていませんでしたか?」

「……忘れていたな。やっぱり自分の刀を使う」
「他にもいろいろと忘れていそうですね。早めに次元の狭間で体を動かしに行きましょうか」


雑魚のような変種モンスターやタークスの書類仕事以外、ゆったりとした生活が長かったせいだろうか。
せっかく身につけた戦闘技能を忘れてしまっているセフィロスに、は小さくため息をつく。
そもそも戦闘技能を戦い以外で使う方が普通じゃないのだが、生憎彼女の考えもそれを培った環境も普通じゃなかった。

1週間ほどで作業を終わらせられるなら上出来だろうと話し合いながら家へ戻った二人は、昼食と休憩を済ませるとすぐに作業を再開する。
午前に決めた通り、剣で枝を処理していたセフィロスだったが、段々とその後の処理が面倒になり、結局それらはに任せる事にした。
午前とは段違いのペースで作業を終えた2人は、結局3日ほどでふもとの道までの枝払いを終えた。
後は残る草木の根を燃やし、凹凸を魔法で均した後タイタンに踏み固めてもらう。
今回はそれに加え、崖部分に柵も設置する予定たが、作業の進捗次第で追い追いと考えていた。


数年ぶりに目にしたふもとの集落に、人影は全くない。
主要道へ続く道は雪に埋もれているし、道の真ん中と記憶していた場所には立派な針葉樹が生えている。
曲がり角の目印にしていた商店は建物自体が潰れていて、溶けかけの雪山から姿が見えていた事で、辛うじてそれと分かるくらいだった。
街道の先に小さく見える石橋は無事のようだが、そこへ行くまでの道は、雪の下でどうなっているのか。

元の生活へ戻るには数年……と思っていたが、その荒廃ぶりを見るに、当然元通りにはならないだろう。
普通の生活をするにも、10年はかかりそうな気がした。車の修理屋を呼べるのは、多分それからだ。

しかし、年月を経ても見た目が変わらず、元より人里離れた場所に住みたかった達にとっては、多少不便でも都合が良い土地に変わりはない。
一応ふもとから主要道への道は通れる程度に修繕するが、それ以上は復興の進捗次第で考えようと決めると、2人は山道を均すだけで作業を終了させる事にした。



夜、夕食と入浴を終えたがソファで縫い物をしていると、携帯を見ていたセフィロスが徐にテレビをつける。
何か気になる番組でもあったのかとも画面に目をやると、ずっと放送休止だった地元チャンネルで、数年ぶりに見たアナウンサーが泣いた跡がある顔で原稿を読んでいた。
内容は、軍事施設が殆どとなったアイシクルロッジの姿と、現在のアイシクルエリアの様子。
封鎖区域に残りながら生活していた人達の情報と、復興予定についてだった。


「もしかして、今日から放送再開だったんですか?」
「そうらしい。今日はこの番組だけで、明日からは暫く午前10時から15時までの放送になるそうだ」

「では、あのよく見ていた料理番組は、やりそうにありませんね」
「やっていた料理人は、だいぶ年だったからな。移住しているか、もう死んでいるだろう」

「確かに、そうかもしれません。あの、小麦粉を手づかみでボウルにブチ込む思いっきりの良さ、好きだったんですが……」
「毎回放送事故扱いされていたからな……。俺は天ぷら鍋にわざと火を噴かせて串焼きを作る回が気に入っていた。もう見られないのは、残念だ」

作り方はとんでもないのに、出来上がる料理は見た目も味も素晴らしいという、アイシクルエリア名物の料理番組を2人は軽く惜しむ。
冬以外は娯楽が少ない地域なせいか、地元テレビ局が作る番組は前衛的な内容が多く、一部には熱狂的なファンまでいたが、同じような番組は流石にもうやらないだろう。
番組の間に流れるスポンサーCMは、以前はスポーツメーカーや地元の農業関連会社だったのに、今ニュースの間に流れているのは世界的な武器製造メーカーや建設会社だ。
それを目にしただけで、昔の緩い雰囲気の番組は遠くなってしまったと理解して、は読んでいた本に視線を戻した。
セフィロスも、めぼしい情報があるわけでもなかったので、テレビを切って酒をとりに向かう。

ミディールから戻ってから作業を始めたので、去年より畑の作業が随分遅れてしまっている。
だが、何を植えるかはミディールにいる間に決めていたので、頭を悩ませる問題はない。
山道の整備が予想より早く終わった事もあり、種まきが終わったら追加で何か植えようかと考える余裕もあった。

ミディール帰りで未だ寒さに適応しきれない体に、セフィロスはいつもより少しだけ強い酒を飲み、一人余裕で7分袖のワンピースを着ているに身を寄せる。
ソファの真ん中にいたを端に移動させ、背もたれにかけてあったブランケットを手に取って包まった彼は、仕方なさそうに裁縫道具を置いた彼女の膝を借りた。
目を閉じようとしたところで、顔にかかった髪をそっと指先で払う感触に、セフィロスはへと視線をやる。
人の顔の上で針仕事をする事もできず、手持ち無沙汰になったは、片手で彼の額を撫でながら彼がテーブルへ置いたテレビのリモコンに手を伸ばした。

暫くボタンを操作した後、聞こえてきた馴染みがある音楽に、セフィロスはテレビへと視線を向ける。
最近よく見る園芸チャンネルが始まったが、今日の内容は温暖な気候で育つ花だったので、他のチャンネルでやっていた映画を見る事にした。
古い時代を舞台にしたそれは、豪奢な衣装と不思議な髪形に、現代風の化粧をした役者が惚れた腫れたと騒いでいる。
話の内容はさておき、衣装や小物が気になったが集中していると、いつの間にかセフィロスは膝の上で寝息を立てていた。

やれやれと溜め息をつくと、はテレビの電源を切り、彼の体をレビテトで浮かせて寝室へ運ぶ。
室内とベッドの冷たさに鳥肌を立てた彼女は、すぐにそれらを暖めるとセフィロスをベッドに寝かせ、リビングの片付けに向かった。
テーブルの上にあった裁縫道具を仕舞い、台所にある彼のグラスに3分の1ほど残った酒を見つめて少し考えると、その残りを一気に飲む。
思ったより強い酒に少しだけむせながらグラスを洗うと、殆ど燃え尽きている暖炉の火に灰をかけて洗面所へ向かった。
風呂上がりにセフィロスが使って丸めたままのタオルを軽く魔法で乾かし、適当に畳んで洗濯かごに入れる。
暖かい時期はちゃんとタオル掛けに干しておいてくれるのだが、寒くなると着替えて暖かい場所に行く事を優先するらしく、彼は途端に横着者になった。
例年なら、今の春先はきちんとタオルを干してくれていたが、ミディールの気候に慣れすぎてここの春が寒くなったのだろう。
数か月の事だから、と、気にせず脱所を片付けたは、家の中の戸締まりを確認すると寝室へ戻る。

先に寝ているセフィロスのおかげで、布団はいつもより暖かくなっているだろう。
そう期待した彼女だったが、いざ寝室へ来てみれば彼はベッドの真ん中へ移動し、横を向いた姿勢での枕がある方へ手足を伸ばしながら眠っていた。

どうやって眠ろうか……。
数秒考えたは、仕方なくセフィロスが背を向けている方。彼の枕がある位置に入ると、深く息を吐いて目を閉じた。


ドスッ
「ぬ……?」

眠りに落ちて3分。
下半身にかかった重さに目を開けたは、自分の骨盤の上に載せられたセフィロスの脚を手探りで確かめる。
寝返りを打ってこちらを向いたセフィロスは、難しい夢でも見ているのか何やら眉間にしわを寄せ、先ほどまで投げ出していた腕はしっかりと組んでいる。

彼の寝相が悪くなるのは、たまにある事で、も同類なので特に文句はない。
とりあえず重い脚を下ろすと、彼が再び寝返りを打って背を向けたので、は追撃を避けるために彼の背中にぴったりとくっついた。
また数分すると、抱え込めるものを探した彼の脚が動き出し、後ろにいるの脚を絡めようとしたが、具合が良くなかったのかすぐに離れる。
次は何が来るのだろうと、は眠気で頭がぼんやりしながら、少しだけ楽しくなってきた。
だが、その後のセフィロスは手足をバタつかせる事もなく、大人しく寝返りを繰り返すだけ

しかし、何度も同じ布団の中でセフィロスに動かれ、は眠気もあって苛々してきた。
起こすほどではないが、放置するのも気になって眠れず、結果、何度目かの寝返りの後、は彼のを抱き込んだ。
少しだけ手足を動かして逃れようとしたセフィロスだったが、人肌の暖かさに負けたか、すぐに大人しくなる。

明日の朝には少し節々が痛むかもしれないと思っただったが、ようやく静かに眠れる安堵の方が大きい。
顔をうずめた彼の頭頂部に、ふぅ……と安堵の息をふきかけると、はどうか朝までゆっくり眠れるようにと願いながら、静かに目を閉じた。

その後、腕を振り払われた回数1回。
スネを蹴られた回数2回。
寝返りで押されてベッドから落ちそうになった回数3回。

起こされるたび、今日は寝室ではなく客間かリビングで寝ようかと迷ったは、夜中2時、仰向けに寝ていたセフィロスに乗ってしがみつく事で、ようやく朝まで眠る事ができた。

彼の寝苦しそうな呻き声は無視した。






今度こそ、ほのぼのスローライフ……

2023.12.07 Rika
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