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*本編78〜79話辺りを読んでからこちらを読むと、セフィロスの混乱ぶりが分かりやすくなると思います。



数週間ぶりに帰ったアイシクルエリアの山々は、早くも白い衣をかぶって姿を変え、北から吹き下ろす風には雪の匂いがした。
家に着くなり急ぎ煙突の掃除を終え、暖炉に火を入れたおかげで、夜半を過ぎても家の中にはほんのりとした暖かさがある。

前もって約束していた通り、の命日1週間前から休みをもらっていた2人は、何かあったら連絡するようにと言うルーファウスに見送られてアイシクルエリアの家に帰ってきた。
家の中を整え、久しぶりの我が家にホッと息をついたものの、今年のセフィロスはどうなるのかと、は不安半分期待半分で見守る。
久々に老化せずのんびり過ごせるおかげで、終始セフィロスの機嫌は良い様子だが、時折無意識に揺れる彼の魔力に、は穏やかに微笑みながら油断なく彼を見守っていた。

それを知ってか知らずか、彼は例年の精神的不安定さはないのに、ここ数週間分の我慢を解放するように、隙あらば彼女に手を伸ばす。
仕方ないと苦笑いを浮かべながら、しかし頬をくすぐる指の温かさに目を細めたは、僅かな間すら離れがたいと身を引き寄せるセフィロスに、ここにいる間だけは望みを全て受け入れると告げた。


だが、もう二度とそんな安易な事は言わない。

そう強く心に誓ったが眠ることが出来たのは、既に日付が変わった後だった。
体を綺麗にする事も、汚れた寝具を変える気力もないまま重い瞼の隙間からみえたセフィロスは、同じく疲れた様子だったが、その表情はすっきりとして満足げだ。
明日ばかりは、彼の腰が痛んでも、回復してやらない。
そんな意地を張っても自分で何とかしてしまうだろうけれどと考えているうちに、の意識は眠りの中にストンと落ちた。

だが、数十分後、は突如激しく乱れたセフィロスの魔力に叩き起こされることになる。
満足そうな顔で目を閉じながら、しかしカーテンが揺らめくほど魔力を溢れさせている彼に、は慌てて自分の魔力を流し込み、暴れまわるそれを穏やかな流れに抑える。
いつもなら、それで目覚めてくれるはずの彼だが、今日は何も知らないような顔で眠ったまま、起きる気配は微塵もない。

今回の不調は無意識の魔力の乱れだろうかと考えながら、彼の魔力が平常に戻ったのを確認したは、その寝顔に頬を緩め、しかし同時に感じた顎の疲労に表情を消すと、再び訪れた眠気に目を閉じた。




Illusion sand ある未来の物語 87




友人という距離ではなく、恋人となるにはまだ1歩足りないが、互いに離れる事などないのは深い場所で分かっている。
そんな女性と同じ部屋で暮らしながら清い関係を楽しんでいたある日、目が覚めたら見知らぬ場所で、隣にその女性が裸で寝ている状況。

他人から聞けば、酒でも飲んで覚えていないだけだろうと一笑に付す状況だ。
しかし、自分がいざその状況になれば、なるほど、確かに思考が停止するようだと、セフィロスは混乱する頭の隅で冷静に考える。

確か、今日は午後にが実習旅行から帰ってきたのだ。
出迎えて、少し距離を詰めたら狼狽えて逃げられた挙げ句、何故かザックスの家に行っていて頭にきたが、一応解決して連れ戻した。
その後は普通に夕食をとり、の様子を見て距離を詰めると言ったら、信じて任せるので無理せず良いようにしてほしいと言われた。
信頼からくる言葉と分かっていても、全く意味が分かっていない様子の彼女に、何でそうなるのかと頭を抱えながらそれぞれの部屋で眠ったはずだ。

それがどうして、いきなり一線を越えた状況になっているのか。
この状況が起こりうる要因を思い出そうとしても、セフィロスが持つ直前の記憶には何一つかすりやしない。

街の喧騒に代わり、鳥の囀りが聞こえるここは何処なのか。
肌を刺すような寒さに、北の地だと予想を立てるが、窓硝子の向こうは板が打ち付けられていて様子が分からない。
室内を照らすのは、消し忘れたと思しきナイトランプの灯りだけで、それに照らされているのは自分の隣で一糸まとわぬ姿に情事の跡を残して眠る
見間違いではないぞと言い聞かせるような、鈍く痛み重だるい自分の腰。
明らかに事後とわかる状況に、セフィロスの思考は完全に停止し、彼女の肩や胸元に覗く噛み跡を呆然とみつめるしかなかった。




冬を目前にした北の朝は寒く、その空気は穏やかな南の地とは比べ物にならないほどに鋭い。
布団の隙間から入り込んだ空気が肌を粟立たせ、夢現に身震いをしたは、傍らにあるセフィロスの体温に自然と身を寄せた。
瞬間、大げさなほどビクリと震えた彼に内心首を傾げるが、寒さの原因は彼が布団をめくりあげているせいなので、無視してその体に腕を回してしがみつく。

「……っ、待て、!」
「寒……布団……ください」

「分かったから離れろ!」
「汚れて冷たいんです……まだ眠い……」

……頼む、離れろ」
「んうー……」

しがみつくを引きずるように端へ逃れていくセフィロスに、は寒さと眠気でうなり声を上げる。
離さないと言ったり離せと言ったり、一晩で意見を二転三転させて困った人だと思いながら、は寒さに耐えかねて魔法で部屋の空気を暖める。
元の場所に戻ろうにも、暖かかった寝床は湿っているせいで冷たく、は仕方なく眠気と疲労でだるい体でゆっくりと起き上がる。
全く疲れがとれていない体と、指先にまでつけられたセフィロスの歯形に、とりあえず回復しようかと乱れた髪を掻き上げると、何故か目を見開いて固まるセフィロスと目があった。

目が覚めたら叫ばれるか、魔法をぶっ放されるか、また雄叫びを上げてワケのわからない言動をして逃げられるか。
がどんな反応をしてくるのかと身構えていたセフィロスは、むしろ自分より落ち着いている彼女に驚かされ、次いで目の前で露わになった彼女の肌をつい凝視する。
目を逸らせ。冷静になれ、と自分に言い聞かせるものの、目に飛び込んできた白い肌の上にはいくつもの赤い歯型がつき、肌どころか長い黒髪にも半乾きの残滓がある。
明らかな痕跡は、一線を越えるどころか、二線三線を越えて反復横跳びでもしていたのかと問いただしたくなるような汚れ方だ。
なのにどうして、前日には顔を近づけただけで悲鳴を上げて逃げたが、驚く様子もなく普通の顔をしているのか。

状況もわからないが、の状態も更に訳がわからなくて、セフィロスは自分の思考がおかしくなっていくのを感じるが、ショックが大きすぎて頭の中が真っ白になったまま、冷静に戻ってこられない。


「?……ああ、失礼……しまっ……た」


眠気とだるさで肌を隠す事を失念していたは、緩慢な動きでシーツを引き寄せ、露わになっていた胸元を隠す。
舌が上手く動かず謝りながら噛んでしまったが、顎に力が入っていないせいで幸いにも強く噛んだわけではなかった。
しかしこのままでは会話に難儀してしまうので、はヘトヘトのままの体を魔法で回復させる。
肌に残る噛み跡も消してしまおうとしたところで、今の期間はセフィロスに聞いてからの方が良いだろうと考えて顔を上げた彼女は、先ほどから変わらず目を見開いている彼に気づいて首を傾げた。


「セフィロス、どうしたんですか?」
「……どうしたじゃない。、これは……どういう事だ?」

「……仰る意味がわかりかねるのですが、具体的に何を……というか……あの、すみません、お話の前に、前を隠しては?」
「っ!!」


言われて、カッと頬を赤くして下半身を布団で隠したセフィロスに、はようやく彼の様子がおかしい事を理解する。
こちらを凝視してくる様子もそうだが、彼が無防備に裸を晒して呆ける事も、指摘されて顔を赤くする事も、普段なら見られない反応だ。
詳しく話を聞いた方が良さそうだが、まずは体と寝室を綺麗にして落ち着く環境を整えるべきだろう。
そう考えると、は布団の上に放られているガウンに手を伸ばした。

が背を向け、体を動かしたことで、それまで見えなかった場所に残っていた痕跡を目の当たりにしたセフィロスがまた息を飲む。
彼が何かおかしいのは分かるが、何がおかしいのかまでは分からないは、とりあえずガウンを着てしっかり肌を隠すと、セフィロスにも同じものを渡した。
だが彼は、ガウンを受け取ることなく、何かを確かめるようにじっとの瞳を見つめている。


「セフィロス、先にシャワーを……」
……俺は、お前を……抱いたのか?」

「……え?ええ、そうですね」
「念のため聞くが、同意の上か?」

「は?」
「……まさか、違うのか?」

「え、いえ、勿論同意していますが……あ、いやでも後半は……」
「!?」

「セフィロス、顔が真っ青ですよ?!……ああ、そういう事ですか。ええ、大丈夫。ちょっと押し切られて流されましたが、ちゃんと同意の上ですよ。ですから、一度お風呂に入って落ち着きましょう。それからゆっくりお話しましょうね」
「………」


今年の不調は魔力の乱れかと思ったが、事態はもう少しややこしいかもしれないと思いながら、はセフィロスの手を引いてバスルームへ向かう。
何かまだ物言いたげな様子の彼にバスローブを押し付けて洗面所の扉を閉めると、彼女はその足で玄関を開け放ち、寝室の扉を開けてエアロを使って換気した。
汚れた寝具を回収し、ガウンの上からコートを羽織ると、同じく汚れたベッドマッドを外へ運び出す。
魔法で浮かせたマットを水魔法でジャブジャブと洗い、エアロとファイアを合わせた風で一気に乾かすと、足早に屋内に戻ってベッドにマットを戻した。

セフィロスがシャワーを浴びている間にカバー類を洗濯機に入れ、その間にマットと同じ要領で布団や枕も洗いに行く。
一通り綺麗になった寝具にカバーを付けなおして満足すると、玄関を閉めて空気を暖め、リビングの暖炉へ火を入れに向かった。

1階の窓は積雪に備えて全て板で塞がっているため、太陽の灯りは吹き抜けになっている2階の窓からしか入らない。
少しだけ閉塞感を抱きながら電気をつけたは、珈琲のお湯を沸かしながら暖炉に薪を組み、火種から薪へ火が移るのを見届けた。

何だかバスルームからガタンバタンと大きな物音が聞こえるが、セフィロスが足でも滑らせたのだろうか。
もしや、お湯が沸いていると思って水に足を入れてしまったのかと少し心配しながら様子を窺っていると、暫くして何だか疲れた顔の彼が脱衣所から出てきた。


「セフィロス、 随分騒がしかったようですが、大丈夫でしたか?」
「……ああ。心配をかけた。……服はあるか?」

「大丈夫なら良いのですが……。服は寝室にありますが……もしや、分からないのですか?」
「……俺はここを知らない。教えてくれ」

「……わかりました。寝室のクローゼットですから、こちらへどうぞ。それと、私の服も選んでください」
「わかった」


服のセンスがアレで選ばせることは変わらないのか、と。セフィロスは自分が良く知る情報にやっとありつけた気がして安堵する。
バスルームで気づき驚倒した左手の指輪を指先で確かめながら、彼女の左手を盗み見て、同じものがあることに安堵した。

とりあえず、今自分が訳の分からない状況にあることは確かなのだ。
万が一の手に指輪が無かったり、自分とは違う指輪があったらどうしようとまで考えていたので、顔には出さないがセフィロスは心底ホッとしていた。

自分のものだと言われた見慣れない服を適当に選び、次いでの服も選ぶ。
着替えたらリビングで珈琲を飲んで休んでいるよう言うと、は足早にバスルームへ向かってしまった。



他人の服を着ているような感覚で着替えを済ませ、廊下へ出たセフィロスは、リビングを探して廊下を見渡す。
恐らく左手にある廊下の先のドアを開ければ行けるのだろうが、その前にこの家の中を確認しておきたかった。

先ほどまでいた脱衣所のドアを通り過ぎて玄関を覗けば、手前に扉があってトイレを見つける。
確認しておいて良かったと思いながら隣のドアを開けるとシューズクロークがあり、自分の趣味だと納得できる靴が並んでいた。

ブーツと一緒に並んでいる汚れた長靴に少し首を傾げつつ扉を閉めたセフィロスは、寝室の前まで戻るとバスルームの隣にあるドアを開けた。
分かりやすく棚が並ぶ階段下の物置だが、ここも窓は板で打ち付けられている。
入ってすぐに、下の階へ降りられる階段があったので覗いてみると、地下には沢山の棚と何かを漬けた瓶、封がされた甕が並んでいて、奥ではよくわからない大きな機械が動いていた。
肌寒さとほんのりとした湿り気に、ここが地下であることを理解しながら一通り室内を見ると、棚の奥に木箱に入った野菜とワインを見つける。
随分大きな貯蔵庫を持っているものだと思いながら1階に戻ると、セフィロスは上階へ続く階段を探して廊下を見回し、リビングの扉を開けた。

ドアを開けた瞬間、ふわりと暖かい空気に包まれて、彼は知らずホッと息を吐く。
入って右手にある2階への階段を見て、そこから続く2階廊下の手すりと吹き抜けの天井へと視線を移す。
一度視線を1階に戻し、リビングスペースを眺めたセフィロスは、温かな火が燃える暖炉を数秒見つめ、それを挟んで左手にある2人用のダイニングテーブルを見た。
奥にある窓も全て板が打ち付けられていて、外の様子は窺えないが、暖炉と照明、それに高い天井のおかげか、他の部屋より開放感がある。
次いで左にあるキッチンを覗いた彼は、大型の冷蔵庫に目をとめ、そして普通のキッチンの奥にある土間と竈に目を丸くした。

見間違いかと思いながらじっと竈を見つめてみる。
ミッドガル生活が長いセフィロスは、本物の竈を見たことがないが、レンガと鉄の扉で作られ、上部に羽付きの鍋がはまっているあれは竈で間違いないだろう。


「…………」


どう処理したら良いのか分からない感情に言葉を飲み込みながら、セフィロスはの言葉を思い出して、とりあえず珈琲を入れようと考える。
しかし、目についたホットドリンクメーカーの前に立ち、電源を入れようとした彼は、電源の横に並んだ沢山のボタンに動きを止めた。

「…………」

色々な機能がついているのはわかるが、肝心の珈琲が、どのボタンで出てくるのかわからない。
どうして家にあるような、水と粉とフィルターを用意するだけの簡単な機械ではないのか。
珈琲を早々に諦めて振り向いた彼は、ガス台の上にあるヤカンと、その横にある1杯ドリップの珈琲を見つけて少しだけホッとするが肩を落とした。
その更に隣にある、サイフォン式のコーヒーメーカーが少し気になったが、使い方を知らないので見なかった事にした。

汚れを落として体はさっぱりしたが、腰は痛いままだし、状況も把握できていない。
風呂上りに出迎えられると同時に魔法で髪を乾かされたので、今朝から目の当たりにしているが偽物だなんて荒唐無稽な考えは消えたが、しかしセフィロスが知る初心を通り越して朴念仁なと今朝の彼女は、上手く結びつかなかった。

少しだけ落ち着いてきたせいか、フラつきそうになる足を叱咤しながら、セフィロスはソファへと向かう。
家にあるソファとデザインが似ているが、大きさも座り心地も違うそれに腰を下ろすと、その口からは自然と深い息が吐き出された。
窓の外に打ち付けられた板の間からは、太陽の光が差し込んでいて、それを見ていると無性に外の景色が見たくなる。

2階に行けば見えるだろうかと、視線を上げかけたセフィロスは、しかしその前に壁にかけられたカレンダーに目をとめる。
認識している今日より1カ月先のカレンダーに、もしや自分に何かあって記憶が1月分ほど抜けているのだろうかと思い至る。
ならばこの事態をある程度理解はできる。
そう考えて落ち着こうとしたセフィロスは、暦に書かれている、50年以上先の日付に今度こそ動きも思考も固まった。






やりたい放題書いてすみません(笑)
2023.10.23

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