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「……20年程度の老化では、そこまで大きく変化しませんね」 「多少は年をとっているようだがな……」 前夜ルーファウスから言われた通り、にオールドをかけてもらったセフィロスは、ちょっと皺が増えて髪が銀から白っぽくなった鏡の中の自分を見つめる。 頬の肉が少し減り、眉間の皺が深くなって、以前より輪郭が少しシャープになったようだが、肌の張りが衰え、目元が微かに緩んでいるため、険がある顔にはなっていない。 髪が細くなってボリュームが減った気がするが、元々セフィロスは毛量が多いので、頭部で老化を感じることはなかった。 シミやソバカスが出るわけでもなく、50前後の年齢では背中も曲がらない。 確かに20年分の老化はしているようだが、ただの年を経た美丈夫にしかなっていないセフィロスを、は腕を組んで見つめた。 「お年を召しても、貴方が素敵な方なのは嬉しいのですが、これでは変装になりませんね」 「髪を切って、色を変えてみるか……」 「……貴方の綺麗な髪を切ってしまうのは、正直気が引けます」 「気持ちは嬉しいが、あの変態に見つかりたくはない。……だが、お前がそこまで嫌なら、レノへ相談する前に、もう少し老化させて様子を見るか」 白と銀が半々になった髪をそっと掬いながら、は名残惜し気に呟く。 まるで肉を切り落とすと言われたかのように、痛まし気な顔で彼の頭を抱いてくるに、セフィロスは小さく笑みを零した。 Illusion sand ある未来の物語 86 最初の20年に追加で10年老化させると、セフィロスの顔にはうっすらとシミが現れ、目元の皺が濃くなった。 年齢60歳程度のはずだが、そこでようやく見た目年齢が50くらいになってくる。 更に10年老化させると、一気に髪が白くなりボリュームが減ったが、やはり頭皮が見えるようなことはない。 額と目尻に皺ができ、瞼がたるんで少しだけ下がったので、顔つきが優しくなった。 脂肪が一気に落ちて、首元の筋が浮き出るようになったが、逆に鍛えられた体の筋肉がよくわかる。 年を取っているのに美形で、やたらと強そうなジジイが出来上がった。 やはり、70歳程度に老化させているのに、見た目はそれより10歳くらい若い。 だが、元の若い姿と今の姿を見比べた時、親子関係を疑われても同一人物とは思われない。 セフィロスの見た目の変更はそれで良しとする事になり、彼の髪を切らずに済むと知ったは、傍目に見ても上機嫌になった。 「外出と勤務時間以外は、元の姿に戻しましょうね」 「その間に人に見られたらどうするんだ、と」 「レノ、は俺の顔を1週間以上見ないと調子を崩す。そこは譲ってやれ」 「今のお年を召した姿も素敵ですが、やはり元の姿が一番好きですよ。次の休みはその姿でデートしましょう」 「仕事中にウザったいぞ、と。そういうのは家でやれ。それから、元の姿に戻るのは窓にカーテンをした部屋の中と、アンタらの北にある家だけだぞ、と。いいか?」 「問題ない。一度、ルーファウスに顔を見せてくる」 真っ白になった銀髪を一つにまとめながら、老体とは思えないしっかりとした足取りでセフィロスは部屋を出る。 ルーファウスの反応が予想できるとレノは、ほんのりと暖かい笑みでそれを見送り、すぐに頭を仕事に切り替えた。 未だ休養中の若い二人に代わり情報収集を割り当てられたは、ターゲットや調査地点の情報を頭に入れながら支給されたカメラと情報端末を仕舞う。 レノに外出を告げ、事前に話していた通り女性用のトイレに入ると窓を開け、砂に身を変えて空へ飛び立った。 トイレの鍵は閉められたままだし、着ていた衣類はそのまま床に落ちているが、諜報が終われば同じ場所に戻ってきて身なりを整えてから出てくる予定だ。 最初は庭にある物置から出入りするはずだったが、毎日長時間物置に籠もる女性社員なんて、怪しさしかない。 ミディールで数々の事業を手掛け、更にニブルヘイムに鉱山まで持っているルーファウス神羅の隠し子は、忘れた頃にゴシップを求める人間が様子を見に来る状態だった。 が女子トイレから出入りする理由は、そういう類の人間に偶然でも目をつけられないためだ。 魔物の脅威が増した世界でルーファウスが強力な武力を所持していると知られれば、神羅の隠し遺産とか、封じられた生物兵器とか騒がれる可能性がある。 強力な魔物専門討伐屋を抱え込んでいる事が知られた時も、十分怪しまれて色々な所から探られた。 当時は衰えた神羅を過剰に侮る輩が多かった時期なので丁度良かったが、今は状況が違う。 交通費をかけずに遠方の諜報活動ができるを少しだけありがたく思いながら、レノは昔よりはるかに温和になった仕事の情報を見る。 昔は墓の掘り起こしとか、誘拐して尋問とか、交渉という名目の脅迫とか、後ろ暗い業務が半々だった。 それが、今や多少の荒事はあっても、ルーファウスの健全な経営のお手伝いだ。 感慨深いが、同時にこの年まで生き残れるとは……とも思う。 まだ生きたいと言って逝った仲間も、死んでしまえと言いながら逝った敵もいて、けれど自分は生死に執着することなく散ってやろうと考えていた。 他人の死を背負うなんて重たい真似をする気は更々ないが、引っかけて進んで行ってやるぐらいは考えていた。 だから、早死にはしなくとも、もうろくする前にはこの世とオサラバしているのだろうと、それが確定した未来だと思い込んでいた。 それがまさか、先輩の引退を手伝い、相棒の老人ホームを探し、自身の定年の準備をするまで生き残るとは……。 人生は先がわからないものだというのは分かるが、途中で頭にくる奴に若返らせられて、余計に人生設計が狂ったのは間違いない。 なのに、何故人生の終盤にもなって、その無害そうな顔で不意打ちに爆弾を投げつけてくる奴と、取扱注意の男を後輩にして仕事をしなければならないのか。 レノにとって、がどんな存在かと問われれば、忘れたころにやってくる疫病神である。セフィロスは、その役立たずなストッパーと言ったところか。 面倒な仕事も難なくこなしてくれるし、腕が立って頼りになる。 何より絶対にこちらを裏切らないという信用はあるのだが、レノにとって達は、決して『安心』できる相手ではなかった。 「レノ、社長が呼んでいる」 「了解、と」 扉を開けるなり疲れた顔で言うセフィロスに、やはりからかわれたのかとレノは小さく笑みを零した。 雑念を振り払い、セフィロスにが出かけた事を告げたレノは、昨日の仕事の続きをするよう指示すると、今、職場で一番安心できる存在である上司の元へ急いだ。 『WROなど過去の遺物ではないか!やはり今こそ、新たな勇士たる我々が代表として立つべきだ。そうではないか!?』 『だが、積み重ねた実績は確かなものだ。下手をすれば、逆に多くの反感を買うと、何度も言っているだろう』 『資金源の大半が神羅であったことは、随分前から知られているが、それでもWROの支持は変わらない。覆すのではなく、やはり足並みをそろえて共闘すべきだ』 『その結果がこの体たらくではないか!見ろ、あのミッドガルの魔物を!奴らに合わせて慎重に動いた結果がこれだ!』 『今はまだモンスターがエッジへ流れるのを防げてはいるが、時間の問題だろうな』 長い……。 かれこれ1時間、同じことしか話していない男たちを通気口から眺めながら、は欠伸を噛み殺す。 自分たちだけでは手詰まりなのを認めたくないのか、ひたすらWROへの不満を漏らすのは、共闘して倒しているはずの新興武装勢力の一つだ。 主導権争いがきな臭くなってきたからと、彼らの作戦会議を盗み聞きするよう頼まれてやってきたのだが、その内容に建設的要素はまったくない。 まさに会議をしたいための会議。 もしかして覗いているのがバレて一芝居うっているのかと思ったりしたが、魔力を抑え、気配を完全に消し、姿は砂のままだ。 ただの人間に感づかれる要素がない。 本当にキナ臭いなんて噂があるのだろうかと疑問に思いながら更に30分ほど話を聞いてみたが、結局会議は単なる愚痴大会で、最後に「これからもガンバローね!俺達運命共同体!」という微笑ましい結論を出して終わった。 「……時間の無駄だったな」 しかし、成果なしで帰るのも気が引けるので、は代表らしき男の跡をつけて更に情報を探る。 乱雑に置かれた書類からは、金の出所や支持している団体、同盟関係の勢力という、既に知っている情報しか得られなかった。 新規の情報があるとすれば、彼が水虫に悩んでいる事を知れたぐらいだろうか。 そんな調子で他の上層部、他の組織の様子を探ったが、得られた情報は似たようなもの。 女装趣味とか、犬が大好きとか、側近と不倫関係とか、あって損はないが、微妙な情報ばかりだ。 しかし、諜報活動など大半がそんなものだろうと考えると、は彼らの金庫の中身を調べてから離れる。 資金繰りが怪しそうな組織が半分だったが、今のご時世では寄付金などすぐに集まる。 事前にレノから言われていた通り、エッジにある神羅支社へ向かうと顔が隠れる鎧を纏い、待っていたタークスに報告をして録画した端末を渡した。 代わりの端末を受け取り、道すがら買った串焼きをミッドガルの化け物を眺めながら食べると、は日没の光に紛れてミディールへと帰った。 やはり自分は荒事の方が得意だと考えながら、行った時に使った女子トイレに窓から入ったは、一瞬で砂から肉体へと姿を変えると手早く服を着る。 鏡で身なりを確認してからドアを開けると、珈琲を取りに行っていたレノと廊下で鉢合わせした。 「おや、お疲れ様ですレノ。只今戻りました」 「ああ。本社から連絡が来てたぞ、と。連中の隠し金庫の中まで見てきたらしいな?」 「どこの会議も建設的な内容ではなかったので、ついでです。問題がありましたか?」 「いいや。ただ、本社の奴ら、血判状なんて初めて見たって、驚いてたぞ、と」 「ああ、古い技術の提供がどうこうという書類でしたか。神羅の文字があったので、念のため撮影してきたものですね」 「見つけれてくれて助かったぞ、と。明日はその研究施設を見てきてくれ。また遠出で悪いな」 「仕事ですから、お気になさらず」 「そりゃあ良かった。アンタの旦那は0時まで休憩だ。部屋にいるから、顔を見せてやれ。心配してたぞ、と」 「そんなに落ち着きがなかったんですか?」 「昼頃は大分イラついてたぞ、と。昼飯とったら、落ち着いたけどな」 それは単に空腹だっただけだろうと内心呟きながら、は給湯室へ入るレノと別れて自分のデスクへ向かう。 別件でレノから頼まれていた、接触したタークスとのやりとりを録画した端末を取り出し、内容を軽く確認していると、レノが珈琲を手に戻ってきた。 の仕事をちらりと見て自分のデスクへ戻ったレノは、暫く自分の仕事を続けていたが、18時になると同時にパソコンを閉じる。 「、今日会った新人はどうだった?」 「もう少し気配の消し方を上手くしなければ、危ないかと。派手な顔立ちと青い髪ですから、本人が思っている以上に人目を引いていますよ」 「手厳しいな」 「自分が見張られている事にも気づいていませんでしたからね。素質ある人材だと思うなら、もう少し大切に育ててあげた方が良いでしょう。あれで最前線に出す判断をするなら、上司は無能ですね」 「俺の後輩、泣いちゃうぞ、と」 「レノ、貴方ほどの実力があってあの目立つ容貌なら納得しますが、彼は昔の貴方の足元にも及びません。後輩達が可愛いなら、命を落とす前に再教育してあげた方が良いでしょう」 誰を基準に物を言っているのかと思いながら軽口を叩いていたレノだったが、昔の自分と比較しての話と知って表情を改める。 期待の新人を見てほしいと本社の後輩に言われ、暇がないからと言ってに頼んだのだが、剣の素質以外は分からんと豪語するにここまで言われるなら相当だ。 が確認している真っ最中の、今日会ったという新人の動画を見るのが正直こわい。 「良い点を挙げるとするなら、鎧姿で現れた私に動じなかったのは、まあ、良いかもしれません。それと、ハキハキした物言いと、決断の早さと行動力……あとは貴方が判断してください。私のタークスの基準は貴方ですから、高望みをしている可能性もあります」 「わかった。後でデータ送っといてくれよ、と」 「もうすぐ確認が終わりますから、10分以内には」 「助かるぞ、と。俺は食事してから、社長のところにいく。後は頼んだぞ、と」 空のカップを手に給湯室へ入ったレノは、夕食が入ったトレーを手に自分の休憩室へ向かう。 今日の夕食はルーファウスの家の家政婦が用意してくれた食事だが、メニューは庶民的なものだ。 週の半分はこうして作ってもらい、もう半分はルーファウスが経営している飲食店からのデリバリーしているが、仕事に余裕があれば外食する事もあった。 ここ数日はセフィロスとが入ってきて忙しかったので、落ち着いたら何処かに食べに行こうと考えながら、レノは茄子の煮浸しに箸をつけた。 醤油で味付けされた栗ご飯を食べ、アサリのお吸い物で口の中をさっぱりさせると、小さく刻まれた糠漬けを口に運ぶ。 いつもと違うが覚えがある味に、一瞬箸を止めて考えたレノは、それがセフィロス達が持ってきた糠漬けの味だと思い出すと、食事を再開した。 年々所帯じみていくとセフィロスが一体どこへ行き着くのか、レノには見当がつかないし見届ける気もない。 だが、少なくとも今のセフィロスに対し、英雄というイメージはまるでなくなっていた。 見た目はさておき、その生活は僻地で細々と農業をしている田舎者だ。 蘇って数年は、この男は本当にそれでいいのかと様子を見ていたのだが、レノの予想に反してセフィロスは毎日楽しそうだったので少しだけ驚いた。 色ボケしてるのか、におかしな洗脳でもされているのかと警戒していた頃が懐かしい。 それから何年経ったのかと考えて、自分が考えていたより経っていた年月に、レノは小さく息をつくと食後のお茶に手を付けた。 珍しく過去に思いを馳せる自分に気づいていたが、年を取っているのだからそれぐらいするかもしれない。 昔は自分達世代のタークスが引退してからルーファウスがどうなるか、後輩を信用しつつも心配だった。 介護から葬式まで、その後の相続手続きも対応する気のガイとカーフェイがいたので、正直あまり心配していなかった。 ただ、流石のルーファウスも精神的な部分はどうだろうと多少心配していたので、その点は、セフィロスとを呼べた事で安心できた。 春までという契約ではあるが、あの2人だ。 何だかんだでルーファウスが寂しがる素振りを見せれば、期間限定と言いながらミディール近辺へ居を移してくれるかもしれない。 レノはそれを望んでいるし、ルーファウスもそれを狙っているので、多分大丈夫な気がする。 根が善良なあの夫婦なら、放っておけないと心配させれば、こっちのものである。 先ほど浮上した本社タークスの質の低下も気がかりだが、今はツォンの息子が統括をしている。 これも彼ら世代の試練の一つとして、口出しは年寄りからの苦情程度に留めた方が良いだろう。 できるなら、このまま順調に楽隠居したい。 先に引退した相棒と、毎日まだ生きてたのかと言い合いながら、のんびりした生活をしたい。 そのために、早くセフィロスとを完全に引き込まなければと考えると、レノは満足気に湯のみを置いた。 |
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何か、予想外にレノ回。 2023.10.23 Rika |
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