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夕食時を過ぎたころ、無事ミディールへ到着した3人だったが、たまたま出迎えたレノからルーファウスの家への立ち入り禁止を言い渡されてしまう。 報告は電話で聞くから、臭いが無くなるまで出勤するな。 そんな容赦ない言葉にセフィロスは気まずそうに目を逸らすと、貸し与えられた家に帰って風呂に入る。 同じく家に帰るガイ達に、入浴後の外食を誘われたが、多分自分の匂いはすぐにとれないと判断して断った。 慣れない家の中、段ボールに入ったままの荷物から洗面道具を出すと、セフィロスは風呂場に直行する。 3時間かけて徹底的に体を洗い、これで駄目ならに体を作り直してもらわなければと考えていると、から明日の朝にタブレットを回収しに来ると連絡が来る。 レノがもう徹夜できる年齢ではないので、セフィロス達の臭いが無くなるまで、は家に帰らずルーファウスの警護をするらしい。 元はと言えばお前の鎧のせいだろうと思って、ちょっとだけセフィロスは怒りたくなった。 Illusion sand ある未来の物語 85 タークスの救助を終えた翌日、念入りな入浴のおかげで臭いが取れたセフィロスは、から合格点を貰い、午後から報告のため出勤することになった。 徒歩3分の距離にあるルーファウスの自宅兼事務所に向かうと、返したばかりのタブレットが透明な袋に入った状態でレノから戻される。 「このタブレット、臭いがついてて、もう社長は使えないぞ、と」 「……そうか」 「データは移した。今後はアンタが使え。あ、中の消臭剤の色が変わるまで、その袋からは絶対に出すなよ、と。袋の上からでも使えるから、仕事には問題ないはずだ」 「わかった」 結構いい機種だろうに、ちょっと悪い事をしてしまったと思いながら、セフィロスはレノの隣のデスクで報告書を作る。 タークスの様式は初めてなので少し手間取ったが、既に完成しているシステムに項目を入力するだけなので、苦戦はしなかった。 救助された2人は、昨夜のうちにメールで報告書を提出し、明日の朝まで休養らしい。 自分の報告書を出し終えると、すぐにレノから情報精査の作業を回される。 元ソルジャーとしては、机上より現地調査の方が得意なのだが……。 そう思いながら内容に集中し始めると、あっという間に時間が過ぎ、呆れ顔のレノに肩を叩かれるまで窓の西日にも気づかなかった。 「もう時間か?」 「うちはデスクワークでの残業禁止だからな、と」 「昔とは違う……か」 「時代もあるが、アンタがいた頃のソルジャー部門が悲惨だっただけだぞ、と。何であんな給料でおかしいと思わなかったんだ?」 「明細を見なくても問題なく生活できたからな。戦勝ボーナスと1STの手当だけでも、十分足りていた」 「そういやアンタ、広告のために支給品かなり渡されてたな……」 「殆どはアンジールに押し付けていたがな。シャンプーなんかは、喜んで実家に送っていた」 「アンタ神羅の最高級シャンプー愛用してたんじゃないのか?1回で1本使うって聞いたぞ、と」 「毎日泥につかるわけでもないのに、本当にそんなに使うと思うか?それに、昔のは今より人工的な匂いが苦手だった。その影響で、俺の匂いの好みが変わってからは、手をつけなくなった」 「アンタのファン、すごい勢いで買ってたぞ、と。それに、匂いも結構好評だった気がするけどな……」 昔、セフィロス愛用と知られるや否や、そのシャンプーは最高級なのに一時期品薄になり予約待ちにもなったのだが、その頃には本人は違うものを使っていたとは……。 確かにお試しサイズでもないのに、毎日1本使い切るなんて、相当頭が汚いと言っているようなものだと当時のレノも思っていた。 ファンに売るために話を誇張しているのだろうと思っていたが、あの髪の長さだし3分の1くらい使うのだろうとは思っていた。 よもや使ってすらいなかったとは予想外である。 「確かに匂い自体は悪くなかったし最初は気に入っていたが、匂いの主張が強くての草原の中にいるような匂いが分かりにくくなって、嫌になった。納得したか?」 「……そうだな。……少しだけ、分からなくはないぞ、と」 頷きながらも、草むらの匂いってそんなに惹かれるか?と首を傾げるレノを横目に、セフィロスは机の上を片付けた。 今日から数日は家に戻らず、と交代しながら用意された部屋での寝泊まりになる。 家事はルーファウスが雇っている家政婦がやってくれるので、休みの日以外に使わない家が本当に必要なのか、少しだけ疑問だった。 帰宅するレノを見送りながら建物の事務所部分を施錠して周り、2階の休憩スペースで用意されていた食事と入浴を済ませる。 緊急時用の2階ドアではなく、1階事務所にあるドアからルーファウスの自宅スペースに入ると、今では慣れた友人宅の匂いがした。 キッチンで夕食の準備をしている家政婦は、過去の反省からか50代くらいの落ち着いた雰囲気の女性だ。 忙しそうな女性に話しかける事はせず、竪琴の音を辿ってリビングへ行くと、ベランダで少し疲れた顔をしているルーファウスがいた。 視線を横に移せば、彼の斜め後ろで竪琴を爪弾いていたが、セフィロスへ苦笑いを向けながら肩を竦める。 「セフィロスか。レノから報告は受けている。私の部下だけでなく、ひ孫まで世話になったようだな。感謝する」 「ただのついでだ。ところで……、俺がいない間に何かしたのか?」 「……ルーファウスに聞いてください」 「悪かった。セフィロス、前が以前言っていたことがどうしても気になって、に少し歌ってもらった」 「よく生きていたな。……あ、いや……蘇生が間に合ってよかっ……いや……そうだな、二度と、試さない方が……良い。のためにも……」 「…………」 セフィロスがボロボロ零す失言の数々に、が奏でる竪琴の音が鋭くなる。 即行でフォローを放棄したルーファウスは遠い目で日没を眺め始め、挽回を諦めたセフィロスも同じように夕日へ目をやった。 久しぶりにデスクワークに集中したせいで、疲れているのだ。 そう自分に言い聞かせたセフィロスは、が1曲弾き終わったタイミングで護衛を交代し、彼女が去ると同時に安堵のため息を吐いた。 「セフィロス、先ほどの失言は、流石にが可愛そうだ」 「歌わせた張本人が言うな。だが……わかっている。後で謝っておく」 「それがいい。しかし、セフィロス、私はお前が思っているほど長くの歌を聞いてはいない。彼女は3音目で私が気を失ったと言っていたが、生憎私には2音目からの記憶がない」 「の歌は魔力が込められていて、脳に影響が出るらしい。加減はしただろうが、早めに気を失えてよかったな。医者には見せたのか?」 「が確認してくれた。歌の影響で魔力の循環が乱れたらしいが、既に処置してくれている。首周りが少し疲れている以外は、健康そのものだそうだ」 「そうか……」 それなりに忙しいだろうに、流石の健康管理能力だと考えていると、家政婦から夕飯の準備ができたと声がかかる。 バランスが良く色どりも豊かな食卓に、流石プロは違うと内心感心しながら控えていたセフィロスは、ルーファウスが夕食と入浴を終えると同時にソファへ腰を下ろすよう誘われた。 「セフィロス、夜は、私の寝室の隣にある休憩室で休むと良い。何事もなければ、朝までやすんでくれて良い」 「がお前にかけている防御の魔法があるからか?」 「以前は敵性勢力からの攻撃のみに対応する魔法だったらしいが、ジュノンで怪我をした後からは、かなり強化されている。この家が爆破されて吹き飛んでも、私は無傷でいられるらしい」 「俺がここにいる意味があるのかすら不明だな……」 「だが、丸腰だと思わせるわけにもいかない。昔のように物騒な組織に狙われることは無くなったが、代わりに金銭を狙った小物に目を付けられやすくなった」 「お前は、俺たちとは別の方向性で、平穏とは縁が遠いようだな」 「寂しい事を言う。セフィロス、そこは仲間意識を持ち、私を懐に入れてくれるべきところではないか?」 「が特別に目をかけている。それで十分だろう」 「妻が自分以外を特別視しているというのに、寛容なことだ」 「安心しろ。がお前を友人以上に見たとしても、せいぜい生意気な弟どまりだ」 「そうか……そうであれば、私も嬉しく思う」 「…………」 酔いが回ってほんのりと頬を染めているルーファウスに内心でため息をつきながら、セフィロスは差し出された水を受け取る。 念のため酒が入っていないか匂いを確認してから口に含むと、苦笑いしたルーファウスにソファを勧められた。 「悪いが仕事中だ」 「私が許可している。それとも、お前の剣はソファに腰を下ろした程度で鈍ると?」 「今日はナイフと銃だ」 目尻を赤く染めながら流し目を向けてくる雇用主に、セフィロスは諦めてソファに腰を下ろし、テーブルの上の酒を遠ざける。 代わりに水のボトルを近づけると、ルーファウスはやれやれと首を振り、手に残ったグラスのお酒を大事そうに口に運んだ。 「お前が留守の間、とこれからの話をした。セフィロス、お前は、今の人間たちが、ミッドガルで起きている騒ぎを無事乗り切る事ができると思うか?」 「指揮官が逃げ腰にならなければ、勝てない戦いではないだろう」 「そうか。ならばまだ時間がかかりそうだ。今の人類は、ここに至ってもまだ主導権を争っている」 「一度滅べば学習する。好きにやらせればいい」 「と同じことを言う……。だが、彼らはそうは思っていない。少なくとも、歴史に学ぶ賢さはある」 「……」 ルーファウスの言い方には、喜びが見えないどころか呆れが見える。 また何かロクでもない情報事を聞かされるのかと眉間に皺を寄せたセフィロスに、彼はちらりと視線を向け、そして少し悩まし気な顔をすると、わざとらしく諦めた顔を作った。 「人々は英雄を求めている。過去、神羅がお前に求め、成し遂げさせたように、この危機を背負い乗り越える圧倒的な強さを持つ英雄だ。そして……その存在は既に見い出された」 「…………」 「昔のお前には、決して及ばないだろう。だが彼は、信じられないことに、今の人類で最も強く、多くの魔物を屠り、人々の安寧に貢献している」 「ルーファウス、それは、俺には関係ない話だ」 一瞬目をつけられているのかと考え、しかし違うと知って安堵したセフィロスだったが、ならば何故ルーファウスがこの話を聞かせるのかと考える。 まさか、クラウドの身内かなにかで、また因縁がどうとか言ってくるのかとセフィロスは身構えた。 だが、それを見つめるルーファウスの表情は、それほどの深刻さはなく、けれど何処か気まずそうである。 どこまで警戒すべきか判断できず、つい怪訝な顔になったセフィロスに、ルーファウスはお酒で唇を濡らすと、再び視線を交えた。 「セフィロス、お前が初めてと私を訪ねてミディールへ来た際、店の前で会った男を覚えているか?」 「……10年近く前の話だ。記憶にない」 「お前の体に陶酔し、つきまとってに追い払われた男だ。通りすがりのバハムートによって、隣町の山中に放棄された」 「…………思い出すには、時間がかかる。それで、その男が……今の人類の英雄か?」 「あの後、お前たちが私を訪ねる度に接触を図り、我々が気づく前にの召喚獣によって山の中へ捨てられていたらしい。結果、それが男を鍛える事となり、今や英雄に至るまでの強さになった」 「嘘だろう……?」 「拉致して妨害してくる召喚獣を倒せば、お前と接触できると考えて鍛えたらしい。恐ろしい執念だ」 「…………」 件の男の顔は思い出せないが、その執着に寒気がして、同時に10年近く前の記憶がぼんやりと蘇ってくる。 顔を鷲掴みにした記憶、うっとりとした顔で体を触りたいと言われた記憶、遠くの塀の陰から目を見開いたままじっと見つめられていた記憶。 思い出した瞬間、背筋がゾクリとして、セフィロスは思わず身を震わせる。 一瞬で血の気が引いた彼に、ルーファウスは不憫そうな目を向けると、気まずそうに一度視線を落とした。 「思い出したようだな。そこでひとつ、お前には悪い知らせがある」 「……聞きたくない」 「新たな英雄が、お前を探している。名前こそ知られていないが、所属している組織が奴の証言を元にお前のモンタージュを作った。今は伏せられているが、次の活躍と共に公表されるらしい」 「……殺してくる。そいつは何処だ?」 「耐えろ。次の英雄がいない。これは既に決定している」 「嫌だ。本当に嫌だ」 俯いて顔を覆うセフィロスに、ルーファウスは同情しつつ同じように殺害を即決したを思い出す。 セフィロスの負担を考え、本人に知らせる事も察知させる事もなく対処し続けていた彼女は、度重なる拉致放逐という警告を無視した新英雄に内心で腸が煮えくり返っていたようだ。 色々理由や条件をつけて何とか抑えてもらったが、セフィロスの制止には協力しないとハッキリ言われてしまった。 「我々も、いくら英雄の願いだろうと、一般人であるお前の情報を公表するべきではないと、あちらの組織へ何度も言っていた。もう3年ほどになるが、大分抑えてきたつもりだ」 「……見つかった時は、殺していいんだな?事故なら問題あるまい」 「お前が再び英雄にされても良いのなら」 「……終わりだ。ルーファウス、俺はと彼女が生まれた世界に行く」 「もその気だが、この危機を乗り越えるまでが、星との契約らしい。異世界に逃げられるのは、その後だ」 「ルーファウス、俺はもう一度この星……」 「星を破壊するのはやめてもらおう。セフィロス、お前が留守の間、私とは幾度も話し合い、そして、結論を出した」 「暗殺か」 「お前には、暫く姿を変えてもらう」 「…………」 の魔法で、ジジイになるのか? レノもいることだし、今更老齢の部下が増えても確かに目立たないだろうと考えたセフィロスは、落ち着かない気持ちを抑えながらルーファウスを見る。 表面上だけかもしれないが、ようやく平静に戻った様子のセフィロスに、ルーファウスは内心安堵すると、美容室のチラシを差し出す。 「の魔法で20年ほど老化するか、美容室で髪を切って染めてくるか、選んでほしい 」 「……は、俺の髪を気に入っている。切る事には納得しているのか?」 「納得はしていないが、了承はした。ただし、切った髪は持ち帰るという条件付きだ。事が済んだら、お前の体を作り直し、髪も元に戻せるそうだ」 「……相当渋っていなかったか?」 「この危機が終わった後、元凶である英雄の生殺与奪、そして彼が所属する組織に何が起きても口出しをしないという条件をつけられた」 「……一先ず、に頼んで老化する。それで見つかりそうになったら、その時髪をどうにかしよう」 が老化した姿を見たことはあったが、セフィロスが老化した事はない。 50や60老化するわけではないので、そこまで大きく見た目が変わる気はしないが、あまり見た目を変えてを落ち込ませるのはセフィロスも気が引けた。 あまり今の姿との差が激しいと、危機が終わったあとが大暴れして新たな危機とみなされる可能性もある。 ならあり得るので、セフィロスは突然明かされた我が身の危機に受けたショックもそこそこに、痛む頭を押さえて最善を考えた。 「今更だが、セフィロス、身の回りには十分気を付けてほしい。万が一、外見を変えてもお前の存在を英雄に知られそうになったなら、は私を5歳まで若返らせると脅してきた」 「大変だな」 「セフィロス、余裕な顔をしている場合ではない。は、幼くなった私をお前との間に出来た子として戸籍を作り、新たな史上最強の英雄に育てると言ってきた」 「……お前の……」 友人は良いが、父親にはなりたくない。 これは、ルーファウスとセフィロス、両方へ対する脅しと警告だと理解したセフィロスは、万が一の未来を考えて素で身震いした。 もし、今代の英雄に存在が知られそうになったなら、その前に何処かの無人島に逃げるか、次元の狭間に引きこもろう。 もしくは、が腰を上げてしまう前に、セフィロス自ら今代の英雄を暗殺するか……。 世界の何とかより自分の安寧の方が大事なセフィロスは、出した結論に満足すると、グラスの中身を一気に煽った友人を見る。 今ぐらいの距離が丁度良い。お互い、親子にはなりたくないと目で会話すると、セフィロスは就寝するルーファウスを見送った。 |
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書いてたら、当初予定していなかった、色んな展開がいくつか出てきっちゃった。 ……まあ、何とかするけど、不思議ですなぁ……。 2023.10.15 Rika |
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