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Illusion sand ある未来の物語 84 臭くて変な3人組が現れてから数十分。 魔物で封鎖された出入り口を無事奪還し、地上の神羅ビルへ繋がるエレベーターも掃討が完了した。 落ちていた電源は、セフィロスが持っていたタブレットを使い、カーフェイとガイがすぐに解決してしまう。 ルーファウスの端末なので、どのセキュリティレベルのシステムでも問題なく作業出来たのが良かったらしい。 鼻に綿を詰め、話しかけたそうにしながらも近づけず見つめてくる兵士達を無視しながら、3人はエレベーターで地上へ向かう。 到着すると、開いた扉から大きな狼のような魔物が現れ、しかしセフィロスの鎧から発せられる臭いに悲鳴を上げなが逃げていった。 廊下にも様々な魔物がいたが、獣に近い姿の魔物は近づくだけで逃げていく。 代わりに、頭が4つあったり、6対の手足がついたりした、肉塊のようなグロテスクな魔物はお構いなしに襲い掛かってきた。 魔物を倒しながら朝日が差し込む出口へ向かっていくと、少し遅れて兵士たちがエレベーターで地上に上がってきた音がする。 ここまでお膳立てしたなら、もう大丈夫だろうと考えると、セフィロスはバハムートを召喚し、魔物ひしめくミッドガルを後にした。 「ォエッ……セフィロスさん、ちょっともう、その臭い無理。吐きそうだから、1回降りて着替えてほしいんだけど」 「わかった。帰る前に、一度風呂に入りたい。適当な街の宿に行く」 「いや、この臭いで宿に行っても拒否されるに決まってるじゃないッスか。ミスリルマインの北にある山に温泉湧いてるんで、そこ行きましょう」 ミッドガルの包囲を抜けると同時に鎧は脱いだが、アンダーウェアや体に染みついた匂いは消えず、3人はフェニックスの上で青い顔になっていた。 カーフェイの提案に頷き、南東からさらに東に進路を変えると、道も集落もない山の中、崖の陰に隠れた広い天然温泉を見つける。 硫黄の匂いが少し鼻につくが、こびりついた異臭よりはマシだ。 とっとと着ていたものを脱いでお湯の中に入った3人は、セフィロスが持っていた石鹸で全身を洗った。 だが、悲しいかな。元凶の鎧を纏っていたセフィロスは、1度石鹸で洗ったくらいでは臭いが落ちない。 もう一度頭からつま先まで洗ったセフィロスだが、それでも臭いは残っていて、結局ガイとカーフェイに手伝われながら、何度も全身を洗うことになった。 「臭っ!セフィロスさん、髪の毛超クッサいッスよ」 「その言い方はやめろ」 「1時間くらいそこら辺の土に髪の毛埋めてた方が、臭い取れるんじゃないの?」 「ここら辺だと硫黄臭さが足されるだけじゃね?」 「勝手な事を言うな」 「じゃあもう切っちゃう?あ、はいはい、切りません。勝手に切りませんから睨まないでー」 「大分匂い薄くなったし、香水かけて誤魔化しますか?」 「鼻が麻痺しているだけだったらどうする?」 「ありえるー……でも石鹸の臭いは分かるし、大丈夫かなー?」 「んじゃ、この泡落としたら終わりにしていいッスか?」 「……ああ。後は自分でやる。お前たちは少し休んでいろ。手伝わせて悪かったな」 「いいえー、お気になさらずー」 何が楽しかったのか分からないが、やたらとはしゃいでいた2人は、セフィロスに言われてお湯から上がる。 2人が再びボロボロのスーツに着替えた頃にお湯から上がってきたセフィロスは、手早く身なりを整えると2人がおこした焚き火の前に腰を下ろした。 「セフィロスさん、今からミディールに帰ると夜になりますけど、どうするんスか?」 「ルーファウスには3日で戻ると言っているが、ここで夜を明かす理由はない」 「じゃあ、セフィロスさんの髪が乾いたら出発って事で、それまで休憩ー」 この長い髪が乾くまでとなると、かなり時間がかかるのではないかと思ったセフィロスだったが、既にくつろぎ始めた二人が休憩を求めている事を理解して口を閉ざした。 長い事体を洗っていたので、ここへ到着した時は東にあった太陽が、今は真上にある。 「お前たち、腹は空いていないのか?」 「そりゃあ滅茶苦茶空いてますよ。何かあるなら貰いたいっス」 「俺達、普通よりは餓死しにくいだけで、ずっと食べなきゃ力は落ちちゃうからねー」 ガイの言葉を一瞬理解できなかったセフィロスだったが、彼らが昔と彼女が持っていたクリスタルの力の影響で老いなくなった事を思い出した。 死に難くもなったのかと思いながら、荷物の中から日持ちする焼き菓子を出したセフィロスは、目を輝かせる2人にそれを分け与えた。 遠慮なく受け取って口に運ぶ2人は、見た目だけならまだ10代の少年だ。 顔つきにあどけなさがないので、いくつに見えるかと問われれば20代と応えるが、実年齢が60を過ぎているとは誰も思わないだろう。 見た目に合わせた口調をしているので、尚の事。 「御馳走様ッした。本当、有り難いッス」 「本当。社長の事看取らずには死ねないしねー。しかも餓死でなんて」 「……お前たちは、ルーファウスが死ぬまでしか、生きないつもりだとに聞いたが、本当か?」 「そうッスよ。年齢的にも、丁度いいですし、この見た目で無駄に長生きしすぎるのも、キツいんで」 「俺達の世代で70前まで生きて居られるなら、十分長生きですから。昔の友達とか仲間とか、半分も生き残ってないしねー」 「……そう……か」 「セフィロスさんは、生き返ってからまだ10年くらいッスよね?なら、まだよくわかんなくて当たり前ッスよ」 「んー、周りが年とっていって、自分たちだけおいていかれる感覚はさー、俺達は耐えられないんだよねー。先に死なれるのとは、また違うしー」 「…………」 ウータイ戦争に加え、メテオや星跡症候群、更にはディープグラントと、災厄だらけの世代な彼らに、原因の半分に心当たりがあるセフィロスは、自然と視線を逸らして考える。 時を経て蘇った自分は、確かに置き去りにされていく感覚をまだ知らず、ルーファウス達が先に逝く時に感じるのも彼らが言う感覚とは別のものだろう。 ともすれば、無限に生き続ける事も可能な肉体を持つこの2人が、何故あえて終わりの期限を決めているのか。 初めから2人の事情を聞いたときは不思議だったが、今話していて何となくセフィロスは分かった気がした。 「ま、死ぬのは恐いッスけど、死ねないのはもっと恐いッスからね。先が見えてる分、今は昔より生きるのが楽ッスよ」 「本当だよねー。社長に拾ってもらってさんに再会した時、凄くホッとしたし。俺達には、終わりがないってのは恐怖でしかなかったから」 「…………」 ガイとカーフェイが感じていたことを漠然と理解するセフィロスの脳裏に、次元の狭間を彷徨っていたの幻が蘇る。 まだその感覚を知らない自分でも、彼らが昔抱えただろう絶望感を想像できたのは、あの幻を見たからだろう。 自分と同じにならないよう、責任を持って彼らの人生に幕を引く。 そのズレた律義さと極端な責任感も彼女らしくて、セフィロスは少しだけ表情を緩めた。 「まー、セフィロスさんはさんと一緒なんで、多分どう転んでも大丈夫だと思いますけどね」 「だよねー。ずっと一緒にいるのもアリだし、途中でギブアップもアリだし」 「……何を言っている?」 「……今の気持ちがずっと続くかなんて、分かんないじゃないッスか。ああ、夫婦仲とかそういうんじゃないッス」 「そうじゃなくてさー……想像できないんじゃなくて、してないんだと思うけど、将来、自分が今の俺らみたいに、疲れないって言い切れます?未来って、けっこう分かんないんだよ。時間って、流れるしさ」 「…………」 「さんはまあ、あの性格だから、良くも悪くも多分変わらないと思うんスけど、2人で生きるなら、色々あるでしょうし」 「何があっても対応してくれると思うけどねー、さんだし。でもさ、あの人、素で……っていうか、天然で、いきなりそういう事、突き付けてくるところあるからさ。セフィロスさん、前もって少しぐらい考えた方がいいかもよー?って、お節介言ってみる」 「つまり、俺が長く生き続ける事に、耐えられなくなるという事か?」 「可能性っスよ。なるかもしれないし、ならないかもしれない」 「でも、一度はちゃんと考えないと、一番辛くなるのはセフィロスさんだと思うなー」 「…………」 一応年下ではあるが、生きている時間は自分より長い二人の言葉に、セフィロスは炎に視線を落として考える。 今はまだ漠然としているが、確かに時が流れ、知る者が誰もいなくなったなら、たとえが隣にいても生に苦痛を覚える日が来るかもしれない。 だがそれは、きっとも同じで、彼女は一人で自分の中に折り合いをつけるのだと想像できた。 そして自分も、彼女と同じことをするだろう。 難しければ、きっとが手を貸してくれるのだと、セフィロスは考えずともわかる。 けれど、もし、それが出来なかったならどうなるか。 一人で勝手に想像して『別居は嫌だ』と半泣きになるが、簡単にセフィロスを手放すとは思えないので、相当足掻いてくれるのは間違いない。 だが、セフィロスが限界まで耐え抜いた末、苦しみに変わった生から逃れたいと零したら……。 恐らく、彼女はそれも許してくれるのだろう。 自分だけが一人生き続けることになるとしても、は彼の心を優先し、名残惜しくとも仕方がないと言って、握っていた手を手放すのだ。 起きるかもしれない。 けれど、起きない可能性の方が遥かに大きなその可能性に、セフィロスは瞼を伏せて大きく息を吐く。 同じく長く生きる召喚獣と深く関わらせるのは何故か。 いるかどうか分からない、子を成すための術を備えようとするのは何故か。 この世界の外を垣間見せるのは何故か。 全てはここに帰結するのだ。 寿命が変わろうと、人としての営みなどいくらでも叶えられる事。 目の前の現実を忘れ、見た事もない世界で新たな人生を始めることだって可能なこと。 それをは、今とこれまでの自分の姿で示しながら、未来のセフィロスに対し選択肢として示している。 それを理解してもなお、自分を手放すの姿を拭い去れないのは、一体どうしてなのか。 考えて、考えて、暫く炎を見つめていたセフィロスは、暫くの後、それが自分がずっと恐れていたものだと受け入れた。 すでに一度、手放されたのだ。 を失う事よりも、見失う事よりも、手放されることが一番恐ろしいと身をもって知っている。 蘇ってしばらく、そして毎年彼女から最初に手放された日が近づくたび、どうしようもなく離れがたくなるのはそのせいだ。 まとわりつき、我が儘をぶつけてもは受け止め、暴走して時に手酷い仕打ちをした時ですら、投げ出す事も目を逸らすこともせずにいてくれた。……限度を超えると後日剣と魔法でボコボコにされたが。 蘇る前の数十年、ルーファウスだけでなく、ガイとカーフェイの事も見ていただ。 セフィロスが今抱えている恐れも、今後抱く苦しみも、全てわかっているから、全て許容できるのかもしれない。 ……いや、しかしよく思い出すと……どうだろう。 命日前の荒れに荒れている時は、夜9時になるとスリプルで強制的に眠らされるし、ここ数年は朝食どころか昼食前に起こされている気がする。 風呂も寝ている間に終わっていた事があるし、去年は寝て起きたら1日経っていた気がして、でもから記憶違いだと微笑まれたが……。 なるほど。 ガイが言う通り、時は流れる。 が昔より甘い顔ばかりじゃなくなったのは間違いない。 「セフィロスさん、髪、乾いてきたッスね」 「そうだな。帰るぞ」 「はーい。火、消しますから下がってねー」 焚き火が完全に消えているのを確認すると、3人はバハムートに乗り、南西のミディールを目指す。 帰ったら何を食べるか相談する2人を横目に、セフィロスは日没にはまだまだ余裕がある空を眺めた。 あとひと数週間もすれば、またが死んだ日がやってくる。 己の中の恐れをようやく受け入れた今年は、これまでと何か変わるのだろうか。 劇的な変化なんて高望みはしないが、そろそろの負担が減る方向へ向かってくれればいいと思いながら、セフィロスは厄介な未来の自分に少しばかり祈った。 |
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2023.10.11 Rika |
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