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栄華の象徴から災厄の象徴となり、傲慢と戒めの象徴となった街は、数十年の時を経て再び新たな災厄の中心となった。 荒野から草原へと変わり始めた平野には軍隊がひしめき、空では数百隻の飛空艇が街を取り囲んでいる。 どこからか集まってきた魔物たちは、立ちはだかり剣を向ける人間達には目もくれず、牙を剥くでもなく人々の間をすり抜けていった。 それらが向かうのは、巨大なプレートの上で成長するおぞましい怪物。 鳴き声を上げるでも、終結する人間達に攻撃するでもなく、ただひたすら多くの魔物を取り込み膨らむ怪物は、もはや魔晄炉の高さを超え、神羅ビル跡の高さに届こうとしていた。 Illusion sand ある未来の物語 83 「……スラムから行くか」 夜の闇を待ってから飛空艇の間をすり抜け、プレート上の様子を見たセフィロスは、廃墟の街に溢れた魔物を確認すると乗っているバハムートの首を軽く叩く。 ちらりと振り返ったバハムートは、求められた通り落ちたプレートの隙間からスラムの空へ入る。 比較的魔物が少なかった4番街スラム上空で旋回し、ルーファウスから奪ってきたタブレットで出入り口を探すと、巨大支柱に機材搬出用の大きな扉を見つけた。 セキュリティレベルは足りているが、扉に動力が通っていないため、開閉は手動になる。 多少厚い壁でも、斬れば問題ないだろうと考えると、セフィロスはバハムートに辺りの魔物を任せて扉の近くへ跳んだ。 メテオの後復興や新たな街づくりのために鉄や資材になるものが持ち出されたため、スラムは予想していたよりも瓦礫が少ない。 歩きやすくて結構だと思いながら、地下への入り口にあっさりと到着すると、セフィロスは巨大な鉄壁を躊躇うことなく斬って破った。 大型車両がすれ違えるほど広いそこは、通路とうよりトンネルのようだった。 暗く長そうな道のりに、セフィロスは少し考えると、小さく頷いてオーディンを召喚する。 スレイプニルの青い炎で辺りを照らし、斬鉄剣を抜いて現れたオーディンは、しかし敵の姿が無い状況を見回すと物言いたげにセフィロスへ振り向いた。 「敵はどこにいる?」 「悪いが、今回はお前ではなく、その馬に用がある」 「スレイプニルに……?」 「この長い暗闇の道を、地下へ向かって進む必要がある。スレイプニルを貸してくれ」 戦う力ではなく、当たり前に愛馬を要求するセフィロスに、オーディンは数秒固まり、スレイプニルへと視線をやる。 蹴散らす敵を探して辺りを見回していたスレイプニルは、セフィロスの言葉を聞くと馬のくせに器用に怪訝な顔を作り、鼻息荒くそっぽをむいて拒絶した。 「悪いが、今は機嫌が悪いらしい」 「……そうか。残念だ」 「灯りと移動手段がほしければ、フェニックスを呼び出すと良い。我は……せっかくだ。バハムートの打ち漏らしを始末してこよう」 「頼んだ」 オーディンとスレイプニル、両方の機嫌が良い時は乗せてくれるのだが、運が悪かったと思うしかない。 地下空間で炎を使うのは気が引けるが、仕方がないと考えると、セフィロスはフェニックスを召喚し、その背中に乗せてもらう。 彼を背に乗せた途端、フェニックスが通路の奥に向かって炎を吐き出すと、潜んでいた魔物が火だるまになって転がりまわるのが見えた。 「倒すのは道を塞ぐ魔物だけでいい。進むことを優先しろ」 小さな横道まで覗き込もうとするフェニックスを止めてそう言うと、フェニックスは小さくひと声なき、大きく翼をはためかせる。 入り組んだ道を器用に飛び、地下へと行ける大型のエレベーターの前に着いたセフィロスは、しかし電力が通らず動かないそれに、動力源を探してタブレットを見た。 「データに該当する道が塞がれているな。ここは……昔に破壊されているのか?」 メテオから数年後になっている地図の最終更新日に、セフィロスは他の動力源を探すべく地下地図を辿る。 だが、元々が機密の施設だった地下の巨大空間へ通じる場所だ。都合が良い代替えの通路や動力源が簡単に見つかるはずがなく、セフィロスは諦めて建物の構造を確認する事にした。 「もう少し先にいった所の床なら、穴を開けても良さそうだな……」 元々廃墟だし、今も騒ぎの中心地なので、今更多少壊れたところで問題にはならないだろう。 そう結論を出したセフィロスは、目星をつけた場所にフェニックスで移動すると、全力で攻撃を仕掛けさせた。 腐っても、鉄壁が腐食していても、元神羅の重要施設というわけか。 思ったより30分ほど長く時間をかけて、セフィロスとフェニックスは床に大穴を開けると、魔晄に照らされた地下巨大空間へと降りた。 地上の街と遜色ないほどに広大な敷地と施設跡に、セフィロスはやっぱり神羅はロクでもなかったな……と思いながら、目的の二人を捜す。 巨大空間も、昔の戦闘で瓦礫が散乱しているが、魔晄で昼間のように照らされているからかスラムよりも汚れていないように見える。 それでも、比較しているのは屋外のスラムなので、ここが埃っぽい事に変わりはなく、どちらにしろさっさと用を済ませて帰りたかった。 地下空間にも、地上で見られた魔物がいて、所々で戦闘をしている人間達が見える。 タークスの二人同様にとりのこされたのか、それとも戦闘しているうちにここまで追い込まれたのか。 もしそれらの戦闘要員と救助対象が共闘していたら、2人だけを助けるわけにはいかなくなりそうだ。 できれば2人だけで隠れていてくれるように願いながら、セフィロスはタブレットから2人の反応を確認し、施設の端へ飛んだ。 巨大空間の端も端。 地面にできた大穴の周りには、半壊している小規模の魔晄炉跡があり、一際強く魔晄が溢れていた。 普通の人間なら中毒を恐れて近づかないそこに二人の反応を見つけたセフィロスは、誰もいない端にいてくれたことを感謝し、同時に何故出入り口から最も離れた場所にいるのかと首を傾げる。 魔物が出ない場所を選んだとしても、救助を待つ人間がいるべき場所ではない。 フェニックスに乗って近づくと、建ち並ぶ施設の間から2人の姿が見えてくる。 ボロボロになった黒いスーツで瓦礫の上に横になっている2人に、ちらりとタブレットを確認するが、2人の反応は生存・異常なしのままだ。 まさか、この状況で寝ているのだろうか。 普通ではありえない事だが、の元教え子でタークスになった2人だ。片方は元々変わり者だったというし、あり得るかもしれない。 変な行動をする奴だったら嫌だな……と、召喚獣に乗って施設の扉を斬ったり床に大穴を開けたりして侵入しているセフィロスは考えながら、地べたに寝転がっている二人のそばに降り立った。 口を開けながら宙を眺めていた二人、カーフェイとガイは、突然視界に入ってきたフェニックスと上司の友人に、驚いて起き上がる。 「随分と油断しているな。念のため聞いておくが、無事か?」 「無事ッスけど……え?セフィロスさん?何で?」 「てっきりさんが来るかと思ったから、ここまで来たんだけど、無駄だったみたいだね」 「……ルーファウスに頼まれて迎えに来たが……酷い有様だな」 「そりゃぁ、何回も魔物に囲まれたり、追いかけまわされたりしたんで」 「えー?カーフェイその前から靴の裏はがれてたでしょ」 「…………」 「あ、大丈夫っスよ。4日目なんで、もう裸足は慣れましたから」 「それよりセフィロスさん、ここまで一気に飛んできたんですか?上につながる通路の周りで、他の奴らに捕まらなかった?」 「床……いや、天井に穴を開けて飛んできた。誰にも遭遇はしていない」 「なら良かったッスね。一緒に閉じ込められた兵士のやつら、自警団みたいなの作ってんスけど、面倒なんスよ。ガイなんか回復薬アイテム全部とられたんスから。ケアルのマテリアもッスよ?」 「もー、聞いてくださいよー。アイツらさぁ、外に出たいのに魔物が恐くて、上へ戻る通路の所から動こうとしないんですよ。俺たちが一番レベル高いって知ったら、先陣切って戦えって言ってきてさ。専門分野が違うの、考えてないんだよね。殺意湧くわー」 兵士の行動は、閉じ込められ、追いつめられた人間のやりそうな事だが、彼らを放置して脱出するこの2人の行動も似たようなものだ。 とりあえず、長居は無用な事に変わりはないので、セフィロスは右耳から入った二人の愚痴を左耳から抜いた。 「……話はあとで聞いてやる。乗れ。とっとと帰るぞ」 「はい、セフィロスさん、ここで残念なお知らせッス」 「実は兵士に社長のひ孫が一人混じってまーす」 「そんな情報は聞いていない」 「俺らも昨日見つけたんスよ。何でも、英雄になりたかったらしいッスよ」 「新人だからパシられてたけどねー。だから、さんが来たら一緒に誘拐してもらおうと思ってたんだけど……ほら、得意の、通りすがりのバハムートにってやつ」 ルーファウスが言わなかったという事は、まだ知らないか、切り捨てて良いと判断したのだろう。 孫やひ孫が何人いるか知らないが、息子は一人だけなはずなので、血縁はそう多くないはずだ。 見捨てたとしても仕方ないと言うだろうが、助けない理由もない。 「ルーファウスの息子が忙しいというのは、そのせいか……?」 「いや、それは別件だと思いますけど……頭痛の種の一つにはなってるでしょうね」 「誘拐を手伝ってくれるか、通路のドアを壊してもらえると、助かるんだけどなぁ……チラッ……チラッ」 「通りすがりのオーディンに扉を破壊させる。その後は、状況次第だ」 「ありがとうございまーす!」 「最悪、骨の2〜3本折れば大人しく攫われてくれると思うから、気楽にお願いしまーす」 ソルジャー時代に色々な社員やタークスを見たセフィロスだったが、上司の身内の骨を折っていいなんて言う社員を見たのは初めてだ。 代替え手段で友人のひ孫の骨を折ると言われて、気楽になれるわけがない。 は変わった子と言っていたが、むしろ頭がおかしい奴なんじゃないのかと思いながら、セフィロスはガイと目を合わせないよう視線を逸らした。 その男と長く付き合って平然としているカーフェイも、多分どこかネジが飛んでいる気がするので、契約が終わる春までの事を考えると少し憂鬱になる。 一先ずオーディンを呼び出し、中央通路の扉の破壊を頼むと、セフィロスは2人をフェニックスに乗せて飛ぶ。 巨大空間の天井付近まで高度を上げると、オーディンとスレイプニルが、青い炎の尾を引きながら正規の出入り口へ向かって駆けていくのが見えた。 取り残された兵士たちがざわめき注目する気配に、セフィロスは侵入する際に空けた穴にゆっくり近づきながら、オーディンの様子を見守る。 やがて、オーディンの斬鉄剣によって閉ざされていた扉が切り捨てられ、巨大空間に轟音が響く。 だが、次いで響いたのは人々の声ではなく、扉の向こうから雪崩れ込んでくる魔物の声で、通路前に作られたキャンプは大混乱に陥っていた。 「中にも魔物がいたのか……」 「セフィロスさん、この状況なら普通はいると思いますよ」 「キャンプが扉に近すぎるせいもあるよねぇ。やっぱり混乱に乗じて誘拐……あ、社長のひ孫が襲われてる」 「ルーファウスのひ孫は、どれぐらいの強さだ?」 「新人ッスから、素人に毛が生えたぐらいッスね」 「補佐と支援で来てたら、魔物の勢いに押されて部隊ごとこのエリアまで追い込まれたらしいし、戦闘経験は今回が初めてだって」 溢れ出た魔物をノリノリで蹴り飛ばしているスレイプニルの上で、オーディンも大型の魔物の首を次々落としている。 それでも、全ての魔物を退けることはできず、漏れた魔物が体勢を立て直そうとする兵士たちを次々と襲っていた。 今はオーディンがその場のノリで手を貸してくれているが、それがあっても兵士たちが瓦解するのは時間の問題だろう。 となると、どこにいるか不明だが、ルーファウスのひ孫も命を落とす事になる。 「仕方がない。上までの道を作る。ついてこれるな?」 「余裕ッス。先生の剣に比べれば、あんな魔物ナメクジの動きッスね」 「じゃあ着替えなきゃ。あ、セフィロスさんも、タークスってバレないように変装してもらえます?目出し帽は貸しますよ〜」 得意げな顔で自分の剣を見せたカーフェイはまだいい。 だが、当たり前の顔で黒い目出し帽を差し出してきたガイに、セフィロスは一瞬固まり、渋々受け取りながらカーフェイを見る。 「待て。何故脱いでいる?」 「俺、今日、変装できる服ないんスよ。なので、パンイチが一番無難かなって」 「無難……」 「インパクトありますけど、逆に特徴もなくなるんで。下手に何か身につけるより正体わかんないんス」 自分が知る無難の意味と、カーフェイが知る無難の意味は違うのかもしれない。 混乱しかけた思考でそう結論を出すと、セフィロスはカーフェイの言葉を話半分に聞きながら視線を逸らす。 よもやガイまでパンツ1丁になるのではと、恐る恐る視線をやると、彼は真っ黒な長袖長ズボンと革の手袋という服装だった。 目出し帽を被れば、完璧な銀行強盗である。 「これ、お尻ちょっと破れてるから恥ずかしいんだよねー。セフィロスさんはどうするの?」 「…………」 の教え子は、皆こんななのだろうか。 ルーファウスに会いに行って話した時は普通だったのに、戦闘になるとおかしくなるのは何なのだろう。 それともこれはたまたまだろうか? いや、駄目だ。 今は余計な事を考えて脳を疲れさせている場合じゃないと自身に言い聞かせると、セフィロスは魔物討伐の際にから分けてもらった装備を選ぶ。 目だし帽はやっぱり気が進まなくて、顔まで隠れるフルアーマーを選ぶと、彼は2人に文句を言われる前に素早くそれを装備した。 「う゛っ!」 「クッサ!」 「ちょ、セフィロスさん、何その臭い鎧!」 「待て、装備を変える!」 「駄目っスよ!もう着いちゃいます!」 「今脱いだら顔見られちゃうから!ほら、行きますよー!」 「着替えさせろ!」 「往生際悪いッス!」 「穴空いてないし服も着てるんだからいいでしょー!」 そういう問題じゃないと叫ぼうとしたセフィロスの腕を掴み、2人はフェニックスから飛び降りる。 予定より行き過ぎた3人は、魔物と兵士の間ではなく魔物のど真ん中に着地する事となった。 瞬間、セフィロスが着ている鎧から発せられる異臭に、魔物たちは悲鳴を上げ、一気に距離をとる。 以前、が砂漠の魔物を討伐する際に使っていた鎧は、これまで何度も洗ったが匂いが落ちず、日が経つにつれ酸化した油のようなにおいまで加わってきたので、近々海に捨てようと持ち歩いていた。 慌てていたとはいえ、何故よりにもよってこの鎧を装備してしまったのか。 後悔しても時既に遅く、セフィロスはとっとと退路を確保してこの場を離れることを決意した。 臭いのお陰でほどよく間合いを開けてくれた魔物に、大剣を持ったパンツ+靴下+目出し帽の変態が突っ込み、銀行強盗が後ろからワイヤー付きの短剣を投げて援護している。 兵士たちがいる方の魔物を掃除し始めた二人に、セフィロスは背を向けて刀を出すと、彼から放たれる異臭と威圧感に後ずさる魔物へ刀を振った。 突如現れた召喚獣により地上へ続く扉が破壊され、溢れだした魔物に急襲された兵士たちは、再び現れたフェニックスとその背から降りてきた人影に気づきながら、しかし目の前の魔物の相手をするのが精いっぱいだった。 やがて目の前の魔物の間から、怪しげな3人組の姿が見えてくる。 全身真っ黒な服装で、目出し帽を被った強盗スタイルの男と、パンツと靴下、そして黒ずくめの男と同じ目出し帽を被った変態。 その奥にいる、古めかしい鎧を纏う人間。 次々と魔物を倒していく彼らに、話しかけるべきなのだが話しかけたくない。 だが、今、目の当たりにする彼らの強さは心強く、少なくとも魔物を相手にしている状況では味方と考えて良さそうだった。 兵士との間にいた魔物を倒し終えた変態と強盗は、踵を返すと全身鎧に加勢しに行く。 『黙って見て守られてる場合ではない』そう自分たちを叱咤し、3人組を援護しようと魔物の山を越えた兵士たちは、しかしそこに漂う強烈な異臭に思わず呻き声をあげた。 今まで感じた事のない、鼻の奥から喉、舌の付け根へと苦みが広がるような感覚に、彼らはおもわず後ずさる。 変態と強盗が目の前で戦っていた時には感じなかった臭いに、兵士たちの視線は自然と全身鎧の人物へ向かう。 多少古風で風変わりな印象はあるが、この3人組の中では一番マシだと思っていたが、これほどの臭いを発するなど明らかに異常だ。 マトモな奴が皆無な助っ人に、兵士たちは困惑し、誰が一番に話しかけるかを視線で擦り付け合う。 結局全員から視線を向けられた一番階級が上の兵士は、ディープグラウントに閉じ込められた時より悲壮感に溢れた顔をしている。 援護や助太刀はしないのか問う部下に、3人組との実力差がありすぎてむしろ邪魔になるという、もっともらしい言い訳を返すと、彼は部下たちに鼻に詰める綿の準備を命じた。 |
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2023.10.05 Rika |
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